巻107下

孝静帝の世、壬子暦の気朔が次第に違ってきて、熒惑がその順序を失い、四星が出没し、暦もまた誤りを生じた。興和元年十月、斉の献武王が ぎょう に入り、再び李業興に命じて、これを改め正させ、甲子元暦を立てさせた。事が終わると、 尚書 しょうしょ 僕射 ぼくや の司馬子如・右僕射の隆之らが上表して言うには、

詔をもって新暦を斉の献武王の田曹参軍である信都芳に示したところ、芳は暦術に通暁しており、業興を駁して言うには、「今年十二月二十日、新暦では歳星が営室十三度にあり、順行、疾行している。天上の歳星は営室十一度にある。今月二十日、新暦では鎮星が角十一度にあり、留まっている。天上の鎮星は亢四度にあり、留まっている。今月二十日、新暦では太白が斗二十五度にあり、晨に見え、逆行している。天上の太白は斗二十一度にあり、逆行している。すなわち差異がある。」

業興が答えて言うには、

献武王がこれを上言したので、詔を下して外に施行させた。

興和暦

上元甲子以来より春秋魯隠公元年に至るまで、歳は己未に在り、積二十九万二千七百三十六、算上。

甲子の歳、甲戌紀に入る以来、積十二万四千一百三十六、算上。

上元甲子以来より大魏興和二年、歳は庚申に在るに至るまで、積二十九万三千九百九十七、算上。

甲子の歳、甲戌紀に入り、今の庚申に至るまで、積十二万五千三百九十七、算上。

元法、一百一万一千六百。〈三統の数。〉

統法、三十三万七千二百。〈二紀の数。〉

紀法、十六万八千六百。〈十蔀にして紀を成し、日数は十に至る。〉

蔀法、一万六千八百六十。〈三十に章歳を乗じ、日月の余皆尽きるの年数を得。〉

度法、一万六千八百六十。〈三十に章歳を乗じ、此の数を得。〉

日法、二十万八千五百三十。〈三十に章月を乗じ、此の数を得。〉

気時法は、一千四百五である。〈十二分度法により、一時の数を得る。〉

章歳は、五百六十二である。〈二十九章にして、十一年ごとに閏餘を一減じ、一萬六百七十八年ごとに一閏月を減ず。〉

章閏は、二百七である。〈五百六十二年間の閏月の数。〉

章月は、六千九百五十一である。〈五百六十二年間の月数に閏月を併せたもの。〉

章中は、六千七百四十四である。〈五百六十二年間の月数から閏月を除いた数。〉

周天は、六百一十五萬八千一十七である。〈度法を通じて度を計り、斗分の数を内包する。〉

通数は、六百一十五萬八千一十七である。〈日法を通じて二十九日を計り、経月の餘の数を内包する。〉

沒分は、六百一十五萬八千一十七である。〈餘数を通じて經沒六十九を計り、内分五萬七千二百四十四を加えてこの数を得る。〉

餘数は、八萬八千四百一十七である。〈度法を通じて一年の下五を計り、斗分の数を内包する。〉

沒法は、八萬八千四百一十七である。〈一年のうち、甲子が成る以外の分數。〉

斗分は、四千一百一十七である。〈斗より周天を量りて此に至る、度を成さざる分。〉

虛分は、九萬七千八百八十三である。〈経月二十九日の外に此れが少なく、三十日に満たざる分。〉

小分法は、二十四である。〈二十四気をもって周天の分を除した数なり。〉

歳中は、十二である。〈十二月の中気。〉

會數は、一百七十三である。〈月が黄道を一出し一入する日数、五月と二十三分月の二十なり。〉

会余、六万七千百十七。(百七十三日以外の不成日の分。)

会通、三千六百十四万二千八百七。(日法をもって百七十三を通じ、会余の数を内に入れる。)

会虚、十四万一千四百十三。(会余以外の不成度の数。)

周日、二十七。(周天は一日の月行数をもって除す。)

周余、十一万五千六百三十一。(周天の日以外及び本処の分数。)

通周、五百七十四万五千九百四十一。(日法をもって二十七を通じ、分を内に入れる。)

周虚、九万二千八百九十九。(周余以外の不成日の数。)

小周、七千五百十三。(月一日の行く数。)

月周、二十二万五千三百九十。(小周を通じ、度数を内に入れる。)

朔望合数、十四。(経月の半ばの日数。)

度余、十五万九千五百八十八半。(経月の半ばの日余。)

入交限数、百五十八度。(月の黄道出入より半月の数を減ず。)

度余、十一万六千五十八半。(半月の小余以外を減ず。)

月朔弦望を推す術第一

積月を推す術に曰く、入紀以来より求めんとする年を尽くし、一を減じ、章月を以て之を乗じ、章歳の如く一と為し、得る所を積月と為し、尽きざるを閏余と為す。閏余三百五十五以上なれば、其の年閏有り。余五百十五以上なれば、進退天正十一月の前後に在り、冬至を以て之を定む。

積日を推算する術は曰く、通数を以て積月に乗じ、朔積分と為し、日法にて一と為し、積日と為し、尽きざるを小余と為す。六旬を以て積日を去り、尽きざるを大余と為す。大余を以て紀に命ず(今は甲戌紀に命ず)。算外、即ち求めんとする年の天正十一月朔日なり。

次月の朔を求める術は曰く、大余二十九、小余十一万六百四十七を加え、満てば上記の如く除し、紀に命じ、算外、即ち次月の朔日なり。其の小余が虚分九万七千八百八十三に満つれば、其の月は大なり。減ずれば、其の月は小なり。

上下弦及び望を求める術は曰く、朔の大余七、小余七万九千七百九十四、小分一を加う。小分が四に満てば、小余に従う。小余が日法に満てば、大余に従う。大余が六十に満てば、之を去り、紀に命じ、算外、即ち上弦の日なり。又加え、望・下弦・後月の朔を得。

二十四気及び閏を推算する術 第二

二十四気を推算する術は曰く、紀に入りて以来、求めんとする年を尽くし、一を減じ、余数之に乗じ、蔀法にて一と為し、積没と為し、尽きざるを小余と為す。六旬を以て積没を去り、尽きざるを大余と為し、紀に命じ、算外、即ち求めんとする年の天正十一月冬至の日なり。

次気を求める術は曰く、大余十五、小余三千六百八十四、小分一を加う。小分が小分法二十四に満てば、小余に従う。小余が蔀法に満てば、大余一に従う。上記の如く命じ、算外、即ち次気の日なり。

閏を推算する術は曰く、閏余を以て章歳を減じ、余を歳中十二に乗じ、章閏二百七に満てば一を得、月余が半法以上も亦一月を得。数は天正十一月より起こし、算外、即ち閏月なり。閏月には進退有り、中気無きを以て之を定む。

閏を推算する又の法術は曰く、歳中を以て閏余に乗じ、章閏に如きこと一を得、章中六千七百四十四に盈つれば、数は冬至より起こし、算外、中気の終わる閏月なり。中気に盈つること朔若しくは二日に在れば、即ち前月閏なり。

合朔の却去度及び表裏を推算する術 第三

合朔の却去交度を推算する術は曰く、紀に入りて以来の朔積分を置き、又入る紀の交会差分を以て之に併せ(甲戌紀の交会差分は二千六百五十二万二千六百四十九)、会通を以て之を去り、得る所を積交と為す。尽きざる者は、日法を以て之を約し、度と為し、尽きざる者を度余と為し、即ち求めんとする年の天正十一月朔の却去交度及び度余なり。甲子紀(紀首合朔、日月合璧、交中)。

次月の却去交度を求める術は曰く、度二十九、度余十一万六百四十七を加う。度余が日法に満てば度に従い、度が会数に満てば之を去り、亦其の会余を除く。即ち次月朔の却去交度及び度余なり。

望の却去交度を求める術は曰く、度十四、度余十五万九千五百八十八半を加う。満てば上記の如く除す。即ち望の却去交度及び度余なり。

月の日道表裏に在るを推算する術は曰く、紀に入りて以来の朔積分を置き、又紀の交会差分を以て之に併せ、会通を倍して之を去り、余を会通を以て減じ、一減を得る者は、月の日道裏に在るなり。得る所無き者は、月の日道表に在るなり。

次月の表裏を求める術は曰く、次月の度及び度余を加う。表に加えて会数及び会数余に満つれば、則ち裏に在り。裏に加えて会数及び会余に満つれば、則ち表に在り。

交道の所在する日を推算する術は曰く、十一月朔の却去交度及び余を以て会数及び会余を減ず。会余若し減ずるに足らざれば、一度を減じ、日法を加えて乃ち之を減ず。又十一月朔の小余を以て之に加え、日法に満てば度に従い、余を度余と為す。即ち是れ天正十一月朔前の去交度及び余なり。暦月の大小に如く之を除し、天正月十一月より起こし、月に満たざる者を入月と為し、算外、交道の所在する日なり。又歳中を以て入月の小余に乗じ、日法を以て之を除し、得る所を子に命じ、算外、即ち交道の所在する辰なり。其の交が望前に在る者は、其の月の朔は則ち交会し、望は則ち月蝕す。交が望後に在る者は、其の月は月蝕し、後の朔は交会す。交正しく望に在る者は、其の月は月蝕既にし、前後の朔は交会す。交正しく朔に在る者は、日蝕既にし、前後の月の望は皆月蝕す。

後交の月及び日を求める術は、会数及び会余を以て前入月算及び余に加え、余が日法に満てば日とし、日が暦月の大小に従ってこれを除き、前交月より起算し、算外とすれば、即ち後交の月及び日となる。次いでこれを繰り返す。

交会の起角を推す術は、その月が外道にある場合、先に会して後に交するものは、虧が東南角より起こり、先に交して後に会するものは、虧が西南角より起こる。その月が内道にある場合、先に会して後に交するものは、虧が西北角より起こり、交中に合すれば、蝕は既となる。その月蝕が日の衝にある場合、起角もまたこれに同じ。

蝕分の多少を推す術は、その朔望去交度及び度余が入交限数一百五十八度、度余十一万六千五十八半以上であるならば、会数及び会数余を以てこれを減じ、余を不蝕度とす。若し朔望去交度が朔望合数十四度、度余十五万九千五百八十八半以下であるならば、即ち不蝕度となる。皆十五を以てこれを減じ、余を蝕分とす。朔望去交度が尽きるものは、蝕は既となる。

合朔月蝕が遅疾暦の盈縮に入ることを推す術第四

合朔が遅疾暦に入ることを推す術は、入紀以来の朔積分を置き、また入る紀の遅疾差分をこれに併せ、〈甲戌紀の遅差分は二百三十五万二千一百九十一。〉通周を以てこれを去り、得るところを積周とす。尽きざるものは、日法を以てこれを約し、日とし、尽きざるものを日余とす。日に命じ、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月合朔が暦に入る日となる。

次月の入暦日を求める術は、一日、日余二十万三千五百四十六を加え、日余が日法に満てば日とし、日が周日及び周余に満てばこれを去り、上記の如くに命じ、算外とすれば、即ち次月の入暦日となる。

合朔交会月蝕の定大小余を推す術は、入暦日余を以て入る暦の下の損益率に乗じ、小周七千五百一十三を以てこれを除し、得るところの損益盈縮積分を定積分とす。積分が盈なるものは、本朔望の小余を以てこれを減じ、縮なるものは、これを加う。これを加えて日法に満つれば、交会の加時は後日にあり。これを減じ、減ずるに足らざれば、一日を減じ、日法を加えて乃ちこれを減じ、交会の加時は前日にあり。月蝕の場合は、定大小余に随って定日の加時とす。

加時を推す術は、歳中を以て定小余に乗じ、日法を以てこれを除し、得るところを子に命じ、算外とす。朔望の加時に余有りて尽きざるものは、これを四倍し、法にて一を得れば少とし、二を得れば半とし、三を得れば太とす。半にまた余有るものは、これを三倍し、法にて一を得れば強とし、半法以上は一に成し、半法に満たざればこれを棄つ。強を以て少に併せれば少強とし、半に併せれば半強とし、太に併せれば太強とす。二強を得れば少弱とし、これを以て少に併せれば半弱とし、これを以て半に併せれば太弱とし、これを以て太に併せれば一辰弱とす。所在の辰に随ってこれを命じ、即ちその強弱とす。日の衝を破と為し、月は常に破の下に在りて蝕す。日月の合朔弦望の度を推す術第五 日の度を推す術は、入紀以来の朔積日を置き、日度法一万六千八百六十を以てこれに乗じ、周天に満てばこれを去り、余を日度法を以て約して度とし、尽きざるものを余とす。牛前十二度より起算して命じ、宿次を以てこれを除き、宿に満たざるものは、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月朔夜半の日の所在する度及び分となる。

日の度を推す別法、術は、周天三百六十五度、斗分四千一百一十七を置き、冬至去朔日数を以て一を減じ、周天度を以てこれを減じ、冬至小余を以て斗分を減ず。斗分減ずるに足らざれば、一度を減じ、日度法を加えて乃ちこれを減ず。上記の如くに起算して命じ、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月朔夜半の日の所在する度及び分となる。

次月及び次日の日の所在する度を求める術は、月大なる場合は度三十を加え、月小なる場合は度二十九を加え、次日の場合は度一を加え、宿次を以てこれを除き、斗に逕ればその分を除く。

合朔の日月共度を推す術は、章歳五百六十二を以て朔小余に乗じ、章月六千九百五十一を以てこれを除し、得るところを大分とし、尽きざるものを小分とす。夜半の日度分にこれを加え、分が日度法に満てば度とし、上記の如くに命じ、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月合朔の日月共度となる。

合朔の日月共度を推す別法、術は、度二十九、大分八千九百四十五、小分六千九百一十九を加え、小分が章月に満てば大分とし、大分が日度法に満てば度とし、宿次を以てこれを除き、斗に逕ればその分を去り、算外とすれば、即ち次月の合朔日月共度となる。

月の度を推す術は、入紀以来の朔積日を置き、月周二十二万五千三百九十を以てこれに乗じ、周天に満てばこれを去る。余を日度法を以て約して度とし、余を度分とす。牛前十二度より起算して命じ、宿次を以てこれを除き、宿に満たざるものは、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月朔夜半の月の所在する度及び分となる。

月の度を推す別法、術は、小周を以て朔小余に乗じて実と為し、章歳を以て日法に乗じて法と為し、実を法にて一を得れば度とす。法に満たざるものは、章月を以てこれを除き大分とし、余を小分とす。得るところを以て合朔の度及び度分を減じ、算外とすれば、即ち求むる年の天正十一月朔夜半の月の所在する度及び分となる。

次月の月の度を求める術は、月小なる場合は、度二十二、分七千三百七十三を加え、月大なる場合は、度三十五、分一万三千五百八十三を加え、分が日度法に満てば度とし、宿次を以てこれを除き、宿に満たざるものは、算外とすれば、即ち月の次月の所在する度となる。

日月の度を求める術は次の通り。度に十三を加え、分に六千二百一十を加える。分が日度法に満てば度に従い、除くことは上記の通り。算外とし、即ち月の次の日の所在する度である。

弦望の日の所在する度を求める術は次の通り。合朔の度に七を加え、大分に六千四百五十一を加え、小分に三千四百六十七を加え、微分に二を加える。微分が四に満てば小分に従い、小分が章月に満てば大分に従い、大分が日度法に満てば度に従う。命ずることは上記の通り。算外とし、即ち上弦の日の所在する度である。また加えれば、望、下弦、後月の合朔を得る。

弦望の月の所在する度を求める術は次の通り。合朔の度に九十八を加え、大分に一万一千六百九十五を加え、小分に五千二百二十五を加え、微分に一を加える。満ちれば除くことは上記の通り。算外とし、即ち上弦の日月の所在する度である。また加えれば、望、下弦、後月の合朔を得る。

周天は三百六十五度、一万六千八百六十分度の四千百十七分である。通分すれば、六百十五万八千十七を得る。これを周天と名づける。

第六 土王・滅没・卦候・上朔を推す術

土王の日を推す術は次の通り。四立(立春・立夏・立秋・立冬)の大小余を置き、それぞれその大余より十八を減じ、小余より四千四百二十を減じ、小分より十八を減じ、微分より二を減ずる。大余が減ずるに足らざる者は、六十を加えて乃ちこれを減ずる。小余が減ずるに足らざる者は、一日を減じ、蔀法を加えて乃ちこれを減ずる。小分が減ずるに足らざる者は、小余一を減じ、小分法二十四を加えて乃ちこれを減ずる。微分が減ずるに足らざる者は、小分一を減じ、五を加え、然る後に皆これを減ずる。紀を以て命ず。算外とし、即ち四立前の土王の日である。

土王を推すまた別の法。術は次の通り。冬至の大余に二十七を加え、小余に六千六百三十一を加え、小分に六を加え、微分に三を加える。微分が五に満てば小分に従い、小分が小分法に満てば小余に従い、小余が蔀法に満てば大余一に従う。紀を以て命ず。算外とし、即ち季冬(十二月)の土王の日である。

次の季の土王の日を求める術は次の通り。大余に九十一を加え、小余に五千二百四十四を加え、小分に六を加える。小分が小分法に満てば小余に従い、小余が蔀法に満てば大余に従い、大余が六十に満てばこれを去る。紀を以て命ず。算外とし、即ち次の季の土王の日である。

滅没を推す術は次の通り。冬至の積没に因りて小余ある者に、積没一を加え、没分を以てこれを乗じ、没法八万八千四百十七を以てこれを除す。得るところを積日と為し、尽きざるを没余と為す。六旬を以て積日を去り、尽きざるを没日と為す。紀を以て命ず。算外とし、即ち求めるところの天正十一月冬至後の没日である。

次の滅を求める術は次の通り。没日に六十九を加え、没余に五万七千二百四十四を加える。没余が没法に満てば没日に従い、没日が六十に満てばこれを去る。紀を以て命ず。算外とし、即ち次の没日である。余尽きる者は滅と為す。

次の没を求める術は次の通り。没日に六十九を加え、没余に一万九百十五を加え、没分に六万二千二百八十五を加える。没分が没法に満てば没余に従い、没余が蔀法に満てば没日に従う。前の没月より命じて起し、歴月の大小を以てこれを除す。月に満たざる者、即ち後の没日及び没余・没分である。命ずることは上記の通り。算外とし、即ち次の没日である。

四正卦を推す術は次の通り。冬至の大小余に因りて即ち坎卦の用事する日と為し、春分は即ち震卦の用事する日と為し、夏至は即ち離卦の用事する日と為し、秋分は即ち兌卦の用事する日と為す。中孚は坎卦に因る。

次の卦を求める術は次の通り。坎卦の大余に六を加え、小余に一千四百七十三を加え、小分に十四を加え、微分に四を加える。微分が五に満てば小分に従い、小分が小分法に満てば小余に従い、小余が蔀法に満てば大余に従い、大余が六十に満てばこれを去る。紀を以て命ず。算外とし、即ち復卦の用事する日である。

十一月は、未済・蹇・頤・中孚・復。

十二月は、屯・謙・睽・升・臨。

正月は、小過・蒙・益・漸・泰の卦である。

二月は、需・隨・ しん ・解・大壯の卦である。

三月は、 ・訟・蠱・革・夬の卦である。

四月は、旅・師・比・小畜・乾の卦である。

五月は、大有・家人・井・咸・姤の卦である。

六月は、鼎・豐・渙・履・遯の卦である。

七月は、恒・節・同人・損・否の卦である。

八月は、巽・萃・大畜・賁・觀の卦である。

九月は、歸妹・无妄・明夷・困・剝の卦である。

十月は、艮・既濟・ ぜい 嗑・大過・坤の卦である。

四正の卦は方伯に、中孚は三公に、復は天子に、屯は諸侯に、謙は大夫に、睽は九卿に配当し、升はまた三公に還り、周りて始めに復す。

九三が上九に応ずれば、清淨・微温・陽風なり。九三が上六に応ずれば、降赤・決温・陰雨なり。六三が上六に応ずれば、日澤・寒・陰雨なり。六三が上九に応ずれば、麴塵・決寒・陽風なり。諸卦の上に陽爻あるものは陽風、上に陰爻あるものは陰雨なり。

七十二候を推す術に曰く、冬至の大小餘を以て即ち虎始交の日と為し、大餘に五を加え、小餘に一千二百二十八を加え、微分に一を加う。微分満てば三より小分に従い、小分満てば小分法より小餘に従い、小餘満てば蔀法より大餘に従い、大餘満てば六十を去り、紀を以て命じ、算外、次第に候の日に依る。

上朔を推す術に曰く、紀に入りて以来、求めるところの年を尽くし、一を減じ、六律を以て之を乗じ、六旬を以て之を去り、尽きざる者を甲子を以て命じ、算外、即ち上朔の日なり。

五星の見伏を推す術第七

上元甲子より以来、春秋魯隠公元年に至るまで、歳は己未に在り、積算二十九万二千七百三十六。

上元甲子より以来、今の大魏興和二年に至るまで、歳は庚申に在り、積算二十九万三千九百九十七。

木の精を歳星と曰い、その数は六百七十二万三千八百八十八。

火の精を熒惑と曰い、その数は千三百十四万九千八十三。

土の精を鎮星と曰い、その数は六百三十七万四千六十一。

金の精を太白と曰い、その数は九百八十四万三千八百八十二。

水の精を辰星と曰い、その数は百九十五万三千七百十六。

五星を推す術に曰く、上元以来より求めんとする年を尽くし、一を減じ、周天を以て之を乗じ、五星の実と為す。各其の数を以て法と為し、之を除し、得る所を積合と為し、尽きざるを合余と為す。合余を以て法を減じ、余りを歳に入る度分と為す。日度法を以て之を約し、得る所即ち求めんとする年の天正十一月冬至後の晨夕合度算及び度余なり。其の金・水は、一合の日数及び合余を以て合度算及び度余を減じ、一を得る者は晨と為し、得る所無き者は夕と為す。若し度余減ずるに足らざれば、合度算一を減じ、日度法を加えて乃ち之を減ず。牛前十二度より命じ起し、宿次を以て之を除し、宿に満たざる者は、算外とし、即ち求めんとする年の天正十一月冬至後の晨夕合度及び度余なり。

径ちに五星を推す術に曰く、上元以来より求めんとする年を尽くし、一を減じ、法の如く之を算す。合度余日度法に満てば、合度算一を加え、合度算合終日数に満てば之を去く。亦た合終日余を以て合度余を減じ、若し減ずるに足らざれば、合度算一を減じ、周虚を加う。得る所即ち求めんとする年の天正十一月冬至後の晨夕合度算及び度余なり。其の金水を求め及び度を命ずるは、皆上法の如し。

星の合する月及び日を求むる術に曰く、冬至朔を去る日数を置き、一を減じ、合度算を加う。冬至の小余を以て合度余に加え、合度余日度法に満てば之を去き、合度算一を加う。合度算変じて合日算と成り、合度余日余と為り、日を天正十一月より命じ起し、暦の月の大小の如く之を除し、月に満たざる者は、算外とし、即ち星の合する月及び日なり。閏有れば閏を以て之を計る。

後の合する月及び日を求むる術に曰く、合終日数及び合終日余を以て前の月に入る算及び余に加え、余り日度法に満てば日に従い、暦の月の大小の如く之を除し、前の合月より起し、算外とし、即ち後の合する月及び日なり。其の金・水は一合の日数及び合日余を以て之に加え、夕に加うれば晨を得、晨に加うれば夕を得なり。

後の合する度を求むる術に曰く、行星の度余を以て前の合度及び度余に加え、度余日度法に満てば度に従い、前の合度より命じ起し、宿次を以て之を除し、宿に満たざる者は、算外とし、即ち後の合する度余なり。径ちに斗を除き其の分を除く、其の分四千一百十七。

歳星:合終日数三百九十八、合終日余一万二千六百八、周虚三千二百五十二、行星三十三度、度余八千四百九十一。

歳星:晨に日と合し、日の後に在りて伏し、十六日、日余六千八百四、行星二度、度余一万三千百七十五。晨に東方に見え、順行、疾く、日行五十八分の十一、五十八日行十一度。順行、遅く、日行九分、五十八日行九度にして留まる。行かず、二十五日にして旋る。逆行、日行七分の一、八十四日退くこと十二度。復た留まり、二十五日。復た順行、遅く、日行九分、五十八日行九度。復た順行、疾く、日行十一分、五十八日行十一度。日の前に在り、夕に西方に伏し、順行、十六日、日余六千八百四、行星二度、度余一万三千百七十六にして、日と合す。

熒惑:合終日数七百七十九、合終日余一万五千百四十三、周虚千七百十七、行星四十九度、度余六千九百九。

熒惑(火星)は、朝に太陽と合し、太陽の後に隠伏し、七十一日と日餘一万六千一、五十五度と度餘一万三千九百四十三を運行する。朝に東方に現れ、順行し、疾速に、一日に十四分の二十三度を運行し、百八十四日で百十二度を運行する。順行し、遅速に、一日に十二分の一度を運行し、九十二日で四十八度を運行して留まる。運行せず、十一日で旋回する。逆行し、一日に十七分の六十二度を運行し、六十二日で十七度退行する。再び留まり、十一日。再び順行し、遅速に、一日に十二分の一度を運行し、九十二日で四十八度を運行する。再び順行し、疾速に、一日に十四分の一度を運行し、百八十四日で百十二度を運行する。太陽の前にあり、夕方に西方に隠伏し、順行し、七十一日と日餘一万六千二、五十五度と度餘一万三千九百四十三を運行し、太陽と合する。

鎮星(土星)は、合の終わりの日数三百七十八、合の終わりの日餘九百八十一、周虚一万五千八百七十九、十二度と度餘一万三千七百二十四を運行する。

鎮星(土星)は、朝に太陽と合し、太陽の後に隠伏し、十八日と日餘四百九十、二度と度餘六千八百六十二を運行する。朝に東方に現れ、順行し、一日に十二分の一度を運行し、八十四日で七度を運行して留まる。運行せず、三十六日で旋回する。逆行し、一日に十七分の一度を運行し、百二日で六度退行する。再び留まり、三十六日。再び順行し、一日に十二分の一度を運行し、八十四日で七度を運行する。太陽の前にあり、夕方に西方に隠伏し、順行し、十八日と日餘四百九十一、二度と度餘六千八百六十二を運行し、太陽と合する。

太白(金星)は、合の終わりの日数五百八十三、合の終わりの日餘一万四千五百二、周虚二千三百五十八、二百九十一度と〈亦た一合の日数と曰う。〉度餘一万五千六百八十一を運行する。〈亦た一合の日数と曰う。〉

太白(金星)は、夕方に太陽と合し、太陽の前に隠伏し、四十一日と日餘一万五千六百八十一、五十一度と度餘一万五千六百八十一を運行する。夕方に西方に現れ、順行し、疾速に、一日に一度と三分の十三度を運行し、九十一日で百十二度を運行する。順行し、遅速に、一日に一度と二分の十三度を運行し、九十一日で百五度を運行する。順行し、大いに遅く、一日に十一分の十五度を運行し、四十五日で三十三度を運行して留まる。運行せず、八日で旋回する。逆行し、一日に三分の二度を運行し、九日で六度退行する。太陽の前にあり、夕方に西方に隠伏し、六日間隠伏し、四度退行し、太陽と朝に合する。

太白(金星)は、朝に太陽と合し、太陽の後にあり、六日間隠伏し、四度退行する。朝に東方に現れ、逆行し、一日に三分の二度を運行し、九日で六度退行して留まる。運行せず、八日。順行し、一日に十一分の十五度を運行し、四十五日で三十三度を運行する。順行し、疾速に、一日に一度と二分の十三度を運行し、九十一日で百五度を運行する。順行し、大いに疾速に、一日に一度と三分の十三度を運行し、九十一日で百十二度を運行する。太陽の後にあり、朝に東方に隠伏し、順行し、四十一日と日餘一万五千六百八十一、五十一度と度餘一万五千六百八十一を運行し、太陽と夕方に合する。

辰星(水星)は、合の終わりの日数百十五、合の終わりの日餘一万四千八百十六、周虚二千四十四、五十七度と〈亦た一合の日数と曰う。〉度餘一万五千八百三十八を運行する。〈亦た一合の日数と曰う。〉

辰星(水星)は、夕方に太陽と合し、太陽の前に隠伏し、十七日と日餘一万五千八百三十八、三十四度と度餘一万五千八百三十八を運行する。夕方に西方に現れ、順行し、疾速に、一日に一度と三分の一度を運行し、十八日で二十四度を運行する。順行し、遅速に、一日に七分の五度を運行し、七日で五度を運行して留まる。運行せず、四日。太陽の前にあり、夕方に西方に隠伏し、逆行し、十一日で六度退行し、太陽と朝に合する。

辰星(水星)は、朝に太陽と合し、太陽の後に隠伏し、十一日、六度退行する。朝に東方に現れて留まり、運行せず、四日。順行し、遅速に、一日に七分の五度を運行し、七日で五度を運行する。順行し、疾速に、一日に一度と三分の一度を運行し、十八日で二十四度を運行する。太陽の後にあり、朝に東方に隠伏し、順行し、十七日と日餘一万五千八百三十八、三十四度と度餘一万五千八百三十八を運行し、太陽と夕方に合する。

五星の暦歩術に曰く、術法の伏日度及び餘を以て星合の日度及び餘に加え、餘が日度法一万六千八百六十に満てば一を得、全に従って前に命ずるが如くし、星見の日度及び餘を得る。星行の分母を以て見度分に乗じ、日度法にて一を得れば一分と為し、尽きざるも半法以上も亦た一を得、以て行分に加え、分が其の母に満てば一度を得る。逆順の母同じからず、当に行く母を以て故分に乗じ、故母にて一を得れば、当行分と為す。留は前を承け、逆は則ち之を減じ、伏は度を書かず、斗分を除き、行母を以て率と為し、分に損益有り、前後相御す。

五星の行く所在の度を求める術に曰く、行分子を以て行日数に乗じ、分母を以て之を除き、得る所即ち星行の所在の度なり。

校勘記

原本を確認する(ウィキソース):魏書 巻107下