金史

志第九: 礼一

金人が汴京に入った時、宋は太平の世が長く続き、典章礼楽が整然と備わっていた。金人はその図籍をことごとく収め、車輅・法物・儀仗を載せて北へ運んだが、当時は軍事に忙しく、まだ講究する暇がなかった。やがて会寧に宗廟社稷を建て、諸事は草創であった。皇統年間、熙宗が析津に巡幸し、初めて金輅に乗り、儀衛を先導させ、鼓吹を陳列して、その観聴は赫然と一新し、宗廟社稷・朝会の礼も次第に行われるようになった。続いて海陵王が狼顧の相を示し、江南を併呑せんと志し、官に命じて汴の故宮を修復させ、宗廟社稷を整え、宋の旧礼器をことごとく載せて還った。外には濫武を行い、内には欲望に耽り、その謀略既に失われ、どうして礼楽を議することができようか。世宗が興ると、再び以前に移した宋の旧礼器を収めて戻り、官に命じて唐・宋の旧典の沿革を参酌校訂させ、「詳定所」を開いて礼を議し、「詳校所」を設けて楽を審査させ、宰相で学術に通じる者を統括させ、一事の適宜、一物の節文について、上聞した後に初めて彙次し、明昌初年に書が成り、凡そ四百余巻、名づけて『金纂修雑録』といった。凡そ事物の名数は、枝分かれして派を引き、珠を貫き棋を布くが如く、井然として序があり、炳然として丹の如し。また吉・凶二儀の図を描き、大葬に備えて鹵簿十三節、郊廟に備えて小鹵簿九節とした。そして尚書左右司・春官・兵曹・太常寺に命じて各々一本を掌らせ、その意は極めて深遠である。この時、宇内は安泰で、民物は小康を保ち、幾百年を維持したのは実にこの基による。嗚呼、礼が国を為すことは誠に然り。ましてや『関雎』『麟趾』の教化、その流風遺思が後世に及ぼすところは、如何なるものであろうか。宣宗が南遷し、疆宇は日々狭まり、旭日方に昇るに燋火の燃え、蔡流東に弗くして余燼滅びた。図籍は散逸して既に尋べる由もなく、その宰相韓企先等の論列、礼官張暐とその子行簡の私著『自公紀』もまた伝を亡くした。故に存する書は、僅かに『集礼』若干巻、史館に蔵するものはまた残欠して完からず、姑くその郊社宗廟諸神祀・朝覲会同等の儀を掇って書と為し、凶礼については略す。蓋し熙宗・海陵王・衛紹王の相次ぐしいしいぎゃく以来、『鹵簿十三節以備大葬』とは言え、それが行われたか否か。蓋し考うるを得ず、故に宣孝の喪礼は存するも、また紀さない。噫、告朔の餼羊は孔子の去らざる所と雖も、史の缺文は則ち亦慎む。『礼志』を作る。

南北郊

金の郊祀は、その俗に拠って天を拝む礼に本づく。その後、太宗が即位し、乃ち天地に告祀したが、蓋し位を設けて祭るものである。天徳以後、初めて南北郊の制が有り、大定・明昌に至ってその礼は次第に備わる。

南郊壇は、豊宜門外に在り、闕の巳の地に当たる。円壇三成、成毎に十二陛、各々辰位に按ず。濆牆三匝、四面各三門。斎宮は東北に、厨庫は南に在る。壇・濆は皆赤土で塗る。北郊の方丘は、通玄門外に在り、闕の亥の地に当たる。方壇三成、成毎に子午卯酉の四正陛。方濆三周、四面亦三門。朝日の壇を大明と曰い、施仁門外の東南に在り、闕の卯の地に当たり、門濆の制は皆方丘と同じ。夕月の壇を夜明と曰い、彰義門外の西北に在り、闕の酉の地に当たり、地を掘って汚し、その中に壇を為す。常に冬至の日に昊天上帝・皇地祇を圜丘で合祀し、夏至の日に皇地祇を方丘で祭り、春分に東郊で朝日し、秋分に西郊で夕月す。

大定十一年に初めて郊祀を行い、宰臣に命じて配享の礼を議させた。左丞石琚が奏して曰く、「『礼記』に按ずるに、『万物は天に本づき、人は祖に本づく、これ祖を以て上帝に配する所以なり』と。蓋し配する者は、神を侑えて主と為すなり。外より至る者は主無くして止まらず、故に祖考を推して天に配し、之を尊ぶなり。両漢・魏・晋以来、皆一祖を以て配す。唐の高宗に至り、初めて高祖こうそ・太宗を崇めて配す。垂拱初年、又高宗を加え、遂に三祖同配の礼と為る。宋に至っても、亦嘗て三帝を以て配し、後礼院が上議して、天地に対越するには、神に二主無しと為し、ここに太祖のみを配するに止む。臣謂うらく、冬至親郊は宜しく古礼に従うべし」。上曰く、「唐・宋は私親を以てし、古に合わず、法と為すに足らず。今は止むべく太祖を以て配すべし」。又宰臣に謂いて曰く、「本国の天を拝む礼は甚だ重し。今汝等が古制に依り壇を築くと言うは、亦宜し。我が国家は遼・宋の主を絀き、天下の正を拠り、郊祀の礼豈に行わざるべけんや」。乃ち八月に詔して曰く、「国は祀より大なるは莫く、祀は天より大なるは莫く、振古に行われ、旧章咸在り。仰ぎ惟うに太祖の基命、我が本朝の燕謀を詔し、万邦を奄有し、今に五紀。時に因り制作すと雖も、国容に増飾するも、本を推し奉承するは、猶郊見に遑あらず。況んや天休滋く至りて年穀屡豊なり、敢えて曠文を敷繹し、大報を明昭せざらんや。陽昇の至日を取り、将に親しく円壇に享せんとし、臣工と嘉与し、共に熙事を図らん。今年十一月十七日を以て南郊に事有らんとす、爾が有司に咨り、各々乃職を揚げ、予が肆祀を相け、或いは欽ざること無からしめよ」。乃ち前日に、遍く祖宗に謁見し、郊祀の事を告げた。その日、法駕鹵簿を備え、躬ら郊壇に詣でて礼を行った。

儀注

斎戒: 唐制を用いる。大祀は、散斎四日、臻斎三日。中祀は、散斎二日、致斎一日。

天子が親しく祭祀を行う際には、皆、期日の七日前に、摂太尉が誓いを立てて、亜献官・終献官・親王・陪祀の皇族を宮省において誓わせる。皇族で十五歳以上の者は、官位が七品に至らなくても助祭し誓いを受ける。また百官を尚書省において誓わせる。摂太尉は南に向き、司徒しとは北に向き、監祭御史は西に、監礼博士は東に立ち、皆互いに向き合う。太常卿・光禄卿は司徒の後ろに、重なって北に向く。司天監・光禄丞・太廟令丞・大楽令丞・太官令丞・良醖令・廩犧令・郊社丞・司尊・太祝・奉礼郎・協律郎・諸執事官は皆重なって西を上として北に向く。礼直官が誓文を摂太尉に授けると、乃ち誓って曰く、「維れ某年、歳次某甲、某月、某日、某甲、皇帝南郊に事有り、各其の職を揚げよ。其れ或いは恭しからざる有らば、国に常刑有り」と。礼直官が賛して曰く、「七品以下の官は皆退け」と。余りは皆再拝し、退く。宮省における誓いの儀式は皆同じである。ここに於いて、皇帝は別殿において散斎する。致斎の前一日、尚舎が大安殿に御座を設け、中央で南に向く。東西の房を御座の側に設け、御幄を室内に設け、簾を楹の下に施す。享前三日、小次を陳設する。享前一日、拝褥及び皇帝版位・皇帝飲福位、並びに黄道の氈褥を、玉輅より下りて輿に昇る所まで設ける。及び致斎の日、通事舎人が文武五品以上の官を導き、陪位を式の如くする。諸侍衛の官は、各其の器服を着用し、並びに佩を結び、俱に閣に詣でて奉迎する。上水二刻、侍中が版を奏して「外辦」と。皇帝は袞冕を着用し、佩を結び、輿に乗って出で、警蹕・侍衛は常の儀の如し。皇帝即ち御座に即き、東に向いて坐す。通事舎人が承伝し、殿の上下俱に拝し、訖りて、西面し、「各祗候せよ」と賛する。一刻頃、侍中が跪奏して、「臣某言す、請うらくは降りて斎に就かん」と。俛伏し、興り、還って侍位に就く。皇帝は座を降り、室に入り、群官皆退く。諸執事官は皆正寝に宿し、事を治むるは故の如く、喪を弔い疾を問わず、刑殺の文字を判署せず、罪人を決罰せず、穢悪の事に与せず。致斎の日は、惟だ祀事のみは行い、余りは悉く禁ず。既に斎して闕く有る者は、通じて摂りて事を行え。

陳設:祭祀の五日前、儀鸞・尚舎が斎宮を陳設する。有司が扈従侍衛の次を宮の東西に設ける。又、陪祀の親王の次を宮の東稍南に設け、西に向き北上とし、宗室子孫の位を其の後に設ける。又、司徒・亜終献・行事執事官の次を壇の南外濆門の西に設け、東に向き北上とし、重なって異位とする。又、天名房を壇の南外濆門の東に設け、西に向く。大礼使の次を其の後に設け、皆西に向く。又、席大屋を壇外西北に設け、車輅を駐めて風雪に備える。

祭祀の三日前、尚舎が大次を東濆外門内の道北に設け、南に向く。又、小次を壇下卯陛の北に設け、南に向く。有司が饌幔を東濆中門の北に設け、南に向く。兵衛を設け、各其の器服を着用し、濆門を守衛し、毎門二人とする。郊社令が其の属を帥い、壇の上下及び濆の内外を埽除する。乃ち燎位を為し、南中濆東門の東、壇の巳位に在る。又、瘞坎を為し、中濆内戌位に在る。祭祀の二日前、大楽令が其の属を帥い、登歌の楽を壇上稍南に設け、北に向く。玉磬は午陛の西に、金鐘は午陛の東に、柷一は鐘の前稍北に、敔一は磬の前稍北に在り、東西相向かい、歌工之に次ぎ、余の工は各県の後に位す。琴瑟は前に、匏竹は後に在り、壇下第一等の上に在り、皆重なって異位し、北に向く。又、宮県楽を南濆外門の外に設け、八佾二舞を楽の前に表す。又、『采茨』楽を応天門前に設ける。祭祀の前日、奉礼郎が昇って皇帝版位を壇上辰巳の間に設け、北に向く。又、皇帝飲福位を其の左稍卻に設け、北に向く。又、礼直官を帥いて亜終献の位を卯陛の東北に設け、西に向き北上とする。司徒の位を卯陛の東、道南西向に設ける。礼部尚書・太常卿・光禄卿・礼部侍郎の位各之に次ぎ、太常丞・光禄丞又之に次ぐ。又、大礼使の位を小次の左少卻に設け、西に向く。又、分献官・司天監・読冊中書侍郎の位を中濆門道北に設け、西に向く。郊社令・廩犧令・太官令・良醖令の位を其の後に設ける。又、郊社丞・太祝・奉礼郎以下の諸執事官の位を其の後に設け、皆西に向き、重なって異位とする。又、従祀の文武群官一品から五品の位を中濆門内道南に設け、西に向き、皆重なって立つ。又、助奠祝史斎郎の位を東濆門外道北に設け、西に向く。又、陪祀の皇族を道南に設け、西に向く。六品から九品の従祀群官は、又其の南に在り、皆西に向き、重なって異位し、各其の品に依る。又、監祭御史二員を設け、一員は午陛の西南に、一員は子陛の西北に在り、皆東に向く。又、監礼博士二員を設け、一員は午陛の東南に、一員は子陛の東北に在り、皆西に向く。又、大楽令の位を楽虡の間稍東に設け、西に向く。協律郎の位を楽虡の西に設け、東に向く。又、奉礼郎の位を壇南稍東に設け、西に向く。賛者之に次ぐ。司尊の位を酌尊所に設け、俱に北に向く。又、牲榜を外濆東門の外に設け、西に向く。饌榜を其の北稍西に設け、南に向く。牲榜の東に、牲位。太史・太祝各其の位を牲後に設け、俱に西に向く。又、礼部尚書・太常卿・光禄卿の位を牲榜南稍北に設け、西に向く。太常丞・光禄丞・太官令の位を其の後に設ける。監祭御史・監礼博士を礼部尚書位の西稍卻に設け、北に向く。廩犧令の位を牲位の西南に設け、北に向く。又、礼饌を榜の前の案上に陳える。

未の刻の後三刻、饌を陳列する時に、また礼部尚書・太常卿・光禄卿の位を案の前のやや東に設け、北を上とし、西に向かう。太常丞・光禄丞・太官令の位はその後に設け、西に向かう。また監祭御史・監礼博士の位を案の前のやや西に設け、北を上とし、東に向かう。また異宝嘉瑞の位を宮懸の西北に設け、太府少監の位は宝の後に設ける。諸州の歳貢の位を宮懸の東北に設け、戸部郎中の位はその後に設ける。天子八宝の位を宮懸の西南に設け、符宝郎八員は各々宝の後に設ける。伐国毀宝の位を宮懸の東南に設け、少府少監の位はその後に設ける。また大楽令の位を宮懸の北のやや東に設け、協律郎二名は大楽令の南に、東西相対して設ける。司天監は、未の刻の後二刻に、郊社令とともに昇壇して昊天上帝・皇地祇の神座を壇上の北方に南向きに設け、地祇の位は東のやや退けた所にし、席はすべて槀秸を用いる。太祖の配位の座は東方に西向きに設け、席は蒲越を用いる。五方帝・日・月・神州地祇・天皇大帝・北極の神座を壇上の第一等に設け、席はすべて槀秸とし、内官五十四座・五神・五官・嶽鎮海瀆二十九座を壇上の第二等に、中官百五十八座・崑崙・山林川澤二十一座を壇上の第三等に、外官百六座・丘陵墳衍原隰三十座を内濆の内に、衆星三百六十座を内濆の外に設け、席はすべて莞を用いる。神座版は各々座の首に設ける。また礼神玉を設ける。告潔が終わるのを待ち、一時的に壇上及び第一等の神位を撤去し、祀日の丑の刻前五刻に再び設ける。

奉礼郎が司尊及び執事者とともに天・地・配位の各左に籩十一、右に豆十一を設け、ともに三行とする。登三を籩豆の間に置く。簠一・簋一を登の前に置き、簠は左、簋は右とする。各々神座の前に席を敷いて置く。また天・地位に太尊各二・著尊各二・犧尊各二・山罍各二を設け、壇上の東南隅の配位に著尊二・犧尊二・象奠二を設け、天・地位の酒尊の東に置き、ともに北に向かい西を上とし、すべて坫があり、勺・冪を加え、酌尊の所とする。また天・地位に象尊各二・壺尊各二・山罍各四を壇下の午陛の南に設け、北に向かい西を上とする。配位に壺尊二・山罍四を酉陛の北に設け、東に向かい北を上とし、すべて坫があり、設けるが酌まない。また左に明水、右に玄酒を置く。

また五方帝・日・月・神州地祇・天皇大帝・北極の第一等にはすべて左に籩八、右に豆八を設け、登を籩豆の間に置き、簠一・簋一を登の前に置き、爵坫一を神座の前に設ける。第二等の内官五十四座、五神・五官・嶽鎮海瀆二十九座には、各座に籩二・豆二・簠一・簋二・俎一・爵坫一を設ける。第三等の中官百五十八座、崑崙・山林川澤二十一座、及び内濆内外の官百六座、丘陵墳衍原隰三十座、内濆外の衆星三百六十座には、各位に籩二・豆二・簠一・簋一・俎一・爵一を設ける。また第一等の各位に太尊二・著尊二を設け、すべて坫があり勺を加える。第二等には各陛に山尊二を、第三等には各位に蜃尊二を、内濆内外には各辰に概尊二を設け、すべて勺を加える。第二等以下はすべて匏爵を用い、先に洗い拭うことを終え、尊所に置く。その尊所はすべて神位の左にある。凡そ祭器はすべて席を敷き、籩豆は各々巾蓋を加える。また天・地及び配位に籩一・豆一・簠一・簋一・俎四、及び毛血豆各一を設け、並びに第一等神位の各位に俎二を設け、饌幔の内に置く。また皇帝の洗位を卯陛下の道の北に南向きに設ける。盥洗は東に、爵洗は西に置く。匜は東に、巾は西に置く。篚は南に肆し、玉爵坫を実にする。また亜終献の洗位を小次の東に南向きに設ける。盥洗は東に、爵洗は西に置き、勺を加える。篚は西に南肆し、巾を加える。また第一等分献官の盥洗爵洗位、及び第二等分献官の盥洗位を、各々その辰陛道の左に設け、罍は洗の左に、篚は洗の右に置き、ともに内向きとし、罍篚を執る者はその後に位する。

太府監・少府監は、祭祀の前日の未の刻の二刻後、その属官を率いて壇に登り、玉幣を陳列する。昊天上帝には蒼壁・蒼幣を、皇地祇には黄琮・黄幣を、配位には蒼幣を、黄帝には黄琮を、青帝には青珪を、赤帝には赤璋を、大明には青珪璧を、白帝には白琥を、黒帝には玄璜を、北極には青珪璧を、天皇大帝には玄珪璧を、神州地祇には玄色の両珪有邸を用い、皆匣の中に置く。五帝の幣はそれぞれその方の色に従う。凡そ幣は皆篚の中に陳列する。設置が終わると、潔斎の報告が終わるのを待って一旦撤去し、祭祀の当日に再び設置する。祭祀の当日、丑の刻の五刻前、礼部は祝冊を神座の右に設置し、皆机を敷いて置く。太常卿は灯火と燎火を点じる。戸部郎中は諸州の歳貢を宮懸の東北に設置し、金を前列とし、玉帛を次とし、残りを従列とし、皆筵を敷き、歳貢の後に立ち、北を向く。太府監・少府監は異宝嘉瑞を宮懸の西に設置し、北を上とし、瑞を前に、中・下を次とし、皆筵を敷き、宝の後に立ち、北を向く。少府少監は伐国毀宝を宮懸の東南に設置し、皆筵を敷き、宝の後に立ち、北を向く。符宝郎は八宝を宮懸の西南に設置し、それぞれ宝の南に分かれて立ち、皆北を向く。司天監・太府監・少府監・郊社令・奉礼郎は壇に登り、昊天上帝・皇地祇・配位、及び壇上第一等の神座を設置し、また玉幣をそれぞれの位に設置する。太祝は瘞玉を取り幣に加え、礼神の玉をそれぞれ神座の前に置き、乃ち退く。光禄卿はその属官を率いて入り、祭器に実物を盛る。昊天上帝・皇地祇・配位の每位に籩を三行、右を上とし、形塩を前に、魚鱐・糗餌を次とし、第二行は榛実を前に、乾桃・乾裛・乾棗を次とし、第三行は乾菱を前に、乾芡・乾栗・鹿脯を次とする。豆を三行、左を上とし、芹菹を前に、筍菹・葵菹を次とし、第二行は韭菹を前に、菁菹・魚醢・兎醢を次とし、第三行は豚胉を前に、醓醢・酏食・鹿臡を次とする。簠には黍、簋には稷、登には皆大羹を盛る。第一等壇上の十位、每位皆籩を三行実物で盛り、右を上とし、形塩を前に、魚鱐を次とし、第二行は乾裛を前に、桃・棗を次とし、第三行は乾芡を前に、榛実・鹿脯を次とする。豆を三行、左を上とし、芹菹を前に、筍菹を次とし、第二行は菁菹を前に、韭菹・魚醢を次とし、第三行は豚胉を前に、醓醢・鹿臡を次とする。簠には黍、簋には稷、登には大羹を盛る。第二等・第三等の每位には籩二つ、鹿脯・乾棗。豆二つ、鹿臡・菁菹。俎、羊一段。内濆内・内濆外の每位には籩に鹿脯、豆に鹿臡、俎に羊一段。良醖令はその属官を率いて入り、尊罍に実物を注ぐ。昊天上帝・皇地祇には大尊を上とし、泛齊を実す。著尊を次とし、醴齊を実す。犧尊を次とし、盎齊を実す。壺尊を次とし、醍齊を実す。象尊を次とし、沈齊を実す。山罍を下とし、三酒を実す。配位には著尊を上とし、泛齊を実す。犧尊を次とし、醴齊を実す。象尊を次とし、盎齊を実す。壺尊を次とし、醍齊を実す。山罍を下とし、三酒を実す。第一等の每位には大尊に泛齊を実し、著尊に醴齊を実す。第二等には山尊に醍齊を実す。第三等及び内濆内には、蜃尊に泛齊を実す。内濆外及び衆星には、概尊に三酒を実す。

省牲器:祭祀の前日の午の刻の八刻後、壇から二百歩の間で行人を禁止する。未の刻の二刻後、郊社令・丞はその属官を率いて壇の上下を掃除し、司尊・奉礼郎は執事者を率いて祭器を持ち込み、位に設置する。司天監は神位を設置し、太府監・少府監は玉幣を篚の中に陳列する。未の刻の三刻後、礼直官は廩犧令と諸太祝・祝史を導き、犠牲を携えて位に就かせる。また礼直官・賛者は分かれて礼部尚書・太常卿・光禄卿・礼部侍郎・太常丞・監祭御史・監礼博士・廩犧令、太官令・太官丞を導き、内濆の東門外の省牲位に赴かせる。立って定まると、乃ち礼部尚書・侍郎・太常丞、及び監祭御史・監礼博士を卯階から昇らせ、濯滌を視察させ、執事者皆冪を挙げて潔斎を告げ、全て終わると、降りて元の位に戻る。礼直官が少し進み出て言う、「潔斎の報告が終わりました。犠牲の点検をお願いします」。礼部尚書・侍郎及び太常卿・丞が少し進み出て、犠牲を点検し終わると、退き、元の位に戻る。次に光禄卿・丞を導いて犠牲を一巡させ、光禄卿は退き、光禄丞は西を向いて身を折り、「準備が整いました」と言う。乃ち元の位に戻る。次に廩犧令を導いて犠牲を一巡させ、西を向いて身をかがめ、「充実しております」と言う。また諸祝史を導いて犠牲を一巡させ、首席の一人が西を向いて身をかがめ、「肥えております」と言う。終わると、皆元の位に戻る。礼直官が少し進み出て言う、「饌物の点検をお願いします」。乃ち礼部尚書以下をそれぞれの位に導き、立って定まると、饌物を点検し、終わると、礼直官は礼部尚書・侍郎・太常卿・丞をそれぞれ斎所に還らせ、残りの官である廩犧令と諸太祝・祝史は順次犠牲を牽いて厨に赴き、太官令・丞に引き渡す。次に光禄卿・丞・監祭・監礼を厨に導き、鼎鑊を点検し、滌濯を視察し終わると、乃ち斎所に還る。晡の刻の一刻後、太官令は宰人を率いて鸞刀で犠牲を切り分け、祝史はそれぞれ毛血を取り豆に盛り、饌幔の中に置き、遂に犠牲を烹し、祝史は乃ち瘞血を取り盤に貯える。

奠玉幣:祭祀の当日、丑の刻の五刻前、亞献・終献・司徒以下、行事に応じ陪従する群官、それぞれその服を着て次に就く。司天監は再び壇上及び第一等の神位を設置する。太府監・少府監は玉幣を陳列する。太常卿・郊社令・丞は灯火と燎火を点じる。光禄卿・丞は籩・豆・簠・簋・尊・罍に実物を盛り、監祭・監礼の検視が終わるのを待ち、巾蓋を撤去する。大楽令は工人を率いて宮懸の内に配置し、文舞八佾は懸前の表の後に立ち、武舞八佾はそれぞれ四佾となり宮懸の左右に立ち、引舞は纛などを執って前に立ち、また登歌の楽工を卯陛から昇らせ、それぞれその位に就かせる。歌・撃・弾者は座り、吹者は立つ。奉礼郎・賛者は先に入り位に就き、残りの礼直官・賛者は分かれて分献官、監祭御史、監礼博士、諸執事及び太祝、祝史、斎郎、助奠、尊罍を執る者、冪を挙げる者などの官を導き、中壝の東門から入り、壇の南で重行し西を上として北を向き立って定まる。奉礼郎が賛する、「拝」。分献官以下皆再拝し、終わると、奉礼郎が賛する、「各々その位に就け」。賛者・礼直官は分かれて監祭御史・監礼博士を導き、壇の上下を巡視し、儀に合わない者を糾察させ、退いて元の位に戻る。礼直官は司徒を導き入り位に就かせ、西を向いて立たせる。礼直官は博士を導き、博士は亞献を導き、東濆の偏門から入り位に就かせ、西を向いて立たせる。また礼直官は終献を導き、次にその位に就かせる。

祭祀の日の未明一刻、通事舍人が侍中を導いて斎殿に至り、跪いて奏上する、「中厳を請う」。俯伏し、起つ。また少時して、乃ち跪いて奏上する、「外辦」。尚輦が輿を進めるのを待ち、乃ち跪いて奏称する、「具官臣某、皇帝に座を降り輿に昇らんことを請う」。皇帝が大次に至ると、乃ち跪いて奏称する、「具官臣某、皇帝に輿を降りんことを請う」。皇帝が次に入り、大次外に即座する。質明、次前に行き跪いて奏上する、「中厳を請う」。少時して、また奏上する、「外辦」。終わり、太常卿乃ち次前において跪いて称する、「具官臣某、皇帝に行事せんことを請う」。俯伏し、起つ。凡そ跪奏は、此に準ず。皇帝が次を出で、乃ち前導して中濆門に至る。殿中監が大圭を進め、太常卿が奏上する、「大圭を執らんことを請う」。正門より入り、皇帝が小次位に入り、西に向かって立つ。太常卿乃ち博士と分かれて左右に立ち定まり、乃ち奏上する、「有司謹んで具す、行事を請う」。降神、六成、楽止む。太常卿別一員、乃ち煙をのぼせ血をうずめ、終わり、乃ち奏上する、「拝」。終わり、侍中が壇に昇るのを待ち、盥洗位に詣らんことを請う。位に至り、奏上する、「大圭をし、手をすすがんことを請う」。終わり、奏上する、「手をぬぐわんことを請う」。皇帝が手を帨い、終わり、奏上する、「大圭を執らんことを請う」。乃ち導いて壇上に至らしめ、殿中監が鎮圭を進め、乃ち奏上する、「大圭を搢し、鎮圭を執らんことを請う」。皇帝が鎮圭を執り、昊天上帝の神座前に詣でる。奏上する、「跪き、鎮圭をささげんことを請う」。皇帝が奠め、終わり、大圭を執り、俯伏し、起つ。侍中が玉幣を進め、乃ち奏上する、「大圭を搢し、跪いて玉幣を奠めんことを請う」。終わり、乃ち奏上する、「大圭を執らんことを請う」。俯伏し、起つ。少しく退き、また奏上する、「再拝せんことを請う」。皇地祇及び配位に詣で、鎮圭・玉幣を奠むるは、並びに儀の如し。配位には唯、鎮圭及び幣を奠めんことを奏請す。玉幣を奠め終わり、皇帝が版位に還る。乃ち奏上する、「小次に還り、大圭をかんことを請う」。皇帝が小次に入る。乃ち小次の南、やや東に立ち、以て俟つ。皇帝、配位の幣を奠めんとするや、賛者が分かれて第一等分献官を導き、盥洗位に詣らしめ、笏を搢し、手を盥い、手を帨い、笏を執り、各おの其の陛より昇る。唯、午陛よりはせず。神前に詣で、笏を搢し、跪く。太祝、玉幣を以て之に授く。奠め終わり、俯伏し、起つ。再拝し、終わり、各おの本陛より降り、位に復す。初め、分献将に降らんとするや、礼直官が諸祝史・斎郎・助奠すべき者を導き再拝せしめ、祝史各おの毛血の豆を奉じて入り、各おの其の陛より昇る。諸太祝、壇上にて迎え取り、奠め終わり、退きて尊所に立つ。

進熟:玉幣を奠め終わり、降りて小次に還る。有司、先ず牛鼎三、羊鼎三、豕鼎三、魚鼎三を陳べ、各おの鑊の右に在り。太官令丞、進饌者を帥いて厨に詣り、匕を以て牛・羊・豕・魚を升い、鑊より各おの鼎にたす。牛・羊・豕は皆、肩・臂・臑・肫・胳・正脊各一、長脅二、短脅二、代脅二、凡そ十一体。牛・豕は皆三十斤、羊十五斤、魚十五頭一十五斤、実め終わり、おおう。祝史二人、かなえのつるを以てむかいあわせて一鼎を挙げ、牛鼎は前、羊・豕は之に次ぎ、魚は又之に次ぐ。有司、匕を執いて従い、各おの每位の饌幔位に陳ぶ。壇上の第一等、五方帝・大明・夜明・天皇大帝・神州地祇・北極に従祀する者は、皆羊・豕の体並びに同じ。光禄卿、祝史・斎郎・太官令丞を帥い、各おの匕を以て牛・羊・豕・魚を俎に升す。肩・臂・臑は上端に、肫・胳は下端に、脊・脅は中に在り。魚は即ち横に置き、頭は尊位に在り、鼎の冪を去るを設く。光禄卿丞、太官令丞と同しく籩・豆・簠・簋を実む。籩は粉餈を以て実め、豆は糝食を以て実め、簠は稻を実め、簋は粱を実む。

皇帝が小次に還御するのを待ち、楽は止む。礼直官が司徒を導き出して饌幔の所に詣らせ、薦籩・豆・簠・簋・俎・齋郎とともに、それぞれ天・地・配位の饌を奉る。司徒は太官令を率いて順序をもって内濆の正門より入り、楽が奏され、壇下に至り、待つ。祝史が進み出て毛血豆を徹し、卯陛より降り、順次に出て、終わると、司徒と薦籩・豆・簠・簋・俎・齋郎は、昊天上帝・皇地祇の饌を奉り、午陛より昇る。太官令・丞と薦籩・豆・簠・簋・俎・齊郎は、配位及び第一等神位の饌を奉り、卯陛より昇る。各位の太祝が壇陛の道の間にて迎える。昊天上帝の位において、司徒は笏を搢げ北向きに跪いて奉り、粉餈の籩は糗餌の前に、糝食の豆は醓醢の前に置き、簠は左、簋は右とし、いずれも登の前にあり、牛の俎は豆の前に、羊・豕・魚の俎はこれに次ぎ、右を上とする。司徒は俯伏し、興き、奉饌する者は奉り終わり、皆笏を出して位に就き、一拝する。司徒は次いで皇地祇に詣り奉奠し、すべて上記の儀式の通りである。配位も同じである。司徒及び天・地・配位の饌を奉る者は順次降壇する。太官令は第一等神位の饌を奉る者を率い、それぞれその位に就き、すべて前の儀式の通りである。すべて終わると、楽は止む。司徒・太官令以下は皆位に就き、終わると、侍中が卯陛より昇り、昊天上帝の酌尊の所に立ち、待つ。太常卿はまさに次前において俯伏し、跪いて奏上する。「請う、皇帝盥洗の位に詣らんことを。」俯伏し、興く。皇帝は次を出、殿中監が大圭を進め、乃ち奏上する。「請う、大圭を執らんことを。」盥洗の位に至り、奏上する。「請う、大圭を搢げ、手を盥わんことを。」皇帝が手を盥い終わると、奏上する。「請う、手を拭わんことを。」皇帝が手を拭い終わると、奏上する。「請う、大圭を執らんことを。」乃ち爵洗の位に詣る。位に至り、奏上する。「請う、大圭を搢げ、爵を受けんことを。」また奏上する。「請う、爵を洗わんことを。」皇帝が爵を洗い終わると、奏上する。「請う、爵を拭わんことを。」皇帝が爵を拭い終わると、奏上する。「請う、大圭を執らんことを。」爵を奉爵官に授ける。皇帝は昊天上帝の酌尊の所に詣り、爵を執り、良醖令が冪を挙げ、侍中が跪いて太尊の泛齊を酌し、酌し終わると、皇帝は爵を侍中に授ける。皇帝は乃ち昊天上帝の神座前に詣り、侍中が爵を進め、乃ち奏上する。「請う、大圭を搢げ、跪いて爵を執り三たび酒を祭らんことを。」終わると、奏上する。「請う、爵を奠めんことを。」爵を奠め終わると、奏上する。「請う、大圭を執らんことを。」俯伏し、興く。また奏上する。「請う、少しく退かんことを。」立って待つ。中書侍郎が冊文を読み終わると、乃ち奏上する。「請う、再拝せんことを。」皇地祇の位及び配位に詣り、すべて上記の儀式の通りである。献が終わると、皇帝は版位に還り、乃ち奏上する。「請う、小次に還り大圭を釋かんことを。」皇帝が小次に入ると、太常卿は小次の東南に立つ。礼直官が博士を導き、博士が亞獻を導き、次に詣り、盥洗の位に至り、笏を搢げ、手を盥い、手を拭い終わると、爵洗の位に詣り、笏を搢げ、爵を洗い、爵を拭い終わると、爵を執事者に授け、笏を執り卯陛より昇り、昊天上帝の酌尊の所に詣り、西向きに立つ。執事者が爵を授けると、乃ち笏を搢げ爵を執る。執尊者が冪を挙げ、良醖令が跪いて著尊の醴齊を酌し、酌し終わると、再び爵を執事者に授け、笏を執り昊天上帝の神座前に詣る。初め、亞獻が盥洗の位に至ると、文舞は退き、武舞は進み、楽が奏される。亞獻は昊天上帝の神座前に詣り、笏を搢げ跪き、執事者が爵を授けると、乃ち爵を執り三たび酒を祭り、爵を奠め、笏を執り、俯伏し、興き、少しく退き、再拝する。次いで皇地祇及び配位に詣り、すべて上記の儀式の通りである。献が終わると、降壇して復位する。礼直官が博士を導き、博士が終獻を導き、盥洗の位に詣らせ、手を盥い、爵を洗い、壇に昇り奠献し、すべて上記の儀式の通りである。

初め、終獻が壇に昇らんとする時、礼直官が分かれて第一等分獻官を導き盥洗の位に詣らせ、笏を搢げ、手を盥い、手を拭う。笏を執り、それぞれその陛より昇るが、午陛のみは用いず、神位の酌尊の所に詣り、執事者が爵を授けると、乃ち泛齊を酌し、終わると、爵を執事者に授け、共に神座前に詣り、笏を搢げ跪き、執事者が爵を授けると、乃ち爵を執り三たび酒を祭り、爵を奠め、笏を執り、俯伏し、興き、少しく退き、再拝し、終わると、それぞれ導かれて本位に還る。初め、第一等分獻官が昇らんとする時、贊引が第二等・第三等・内濆内外の衆星位の分獻官を導きそれぞれ盥洗の位に詣らせ、笏を搢げ、手を盥い、手を拭い、酒を酌し、奠拝し、すべて同上の儀式の通りである。祝史・齋郎が順次助奠し、終わると、それぞれ本位に還る。諸太祝はそれぞれ進み出て籩・豆を各一ずつ徹し、少し故の処を移し、楽が奏される。徹し終わると、楽は止む。初め、終獻の礼が終わり、降壇して復位すると、太常卿はまさに次前において俯伏し、跪いて奏上する。「請う、皇帝飲福の位に詣らんことを。」皇帝は次を出る。殿中監が大圭を進める。乃ち奏上する。「請う、爵を執り、三たび酒を祭らんことを。」また奏上する。「請う、酒を啐わんことを。」皇帝が酒を啐い終わると、爵を侍中に授け、乃ち奏上する。「請う、胙を受けんことを。」侍中が再び爵酒を進め、乃ち奏上する。「請う、爵を受け福を飲まんことを。」皇帝が福を飲み終わると、奏上する。「請う、大圭を執らんことを。」俯伏し、興く。また奏上する。「請う、再拝せんことを。」終わると、乃ち導いて版位に還り、西向きに立ち、送神の楽が止むのを待つ。乃ち奏上する。「請う、望燎の位に詣らんことを。」位に至り、南向きに立ち、火が半ば焚かれるのを待ち、乃ち跪いて奏上する。「具官臣某言す、礼畢せりと。」皇帝は大次に還り、中濆門外に出ると、奏上する。「請う、大圭を釋かんことを。」皇帝は大次に入る。初め、終獻の礼が終わると、司徒・侍中・太祝がそれぞれ卯陛より昇り、太祝が胙俎を持ち進み、天・地・配位の前の胙肉を減らして俎に加え、皆前脚の第二節を取り、また黍稷飯を共に一つの籩に置き、奉って司徒・侍中の後ろに詣り、北向きに立つ。皇帝が飲福の位に至るのを待ち、太常卿が奏上する。「請う、皇帝大圭を搢げ酒を啐わんことを。」終わると、司徒は乃ち胙俎を進め、皇帝が胙を受け終わると、奉禮郎が贊して曰く。「胙を賜う。」贊者が唱えて曰く。「再拝。」在位する者は皆再拝し、送神し、楽一成して止む。皇帝が大次に入ると、通天冠・絳紗袍に更え、輿に昇り、齋宮に至り、金輅に乗る。通事舍人が門下侍郎を導き輅の前に当たり跪いて奏上し、称して曰く。「具官臣某請う、車駕進発せんことを。」侍臣上馬の所に至ると、乃ち跪いて奏上し、称して曰く。「具官臣某請う、車駕少しく駐まり、侍臣の上馬を敕せんことを。」侍中が称して曰く。「制に可なり。」乃ち退き、制を伝えて称して曰く。「侍臣上馬。」侍臣が上馬し終わると、乃ち跪いて奏上し、称して曰く。「具官臣某請う、車右の昇るを敕せんことを。」千牛將軍が昇り終わると、跪いて奏上し、称して曰く。「具官臣某請う、車駕進発せんことを。」車駕が動くと、前中後三部の鼓吹凡そ十二隊斉に作る。礼を行い陪従祀する官は先に応天門に詣り奉迎し、再拝する。大樂令は先に応天門外に詣り、準備して儀式の通りに楽を奏する。終わると、日を擇びて賀を称す。

承安元年、郊祀を行わんとするに当たり、礼官が言うには、「礼神の玉は真玉を用いるべきであり、燔玉は次玉を用いるべきである。昔、大定十一年には、天・地の玉は皆次玉をもって代えたが、臣らはその未だ尽くさざるを疑う。礼は恒あるを貴び、継ぐこと能わざるものは敢えて献ぜず。もし真玉を燔べば、常祀に用いるには恐らく時として或いは欠くるところあり、却って礼制を失わん。もし近代の典及び本朝の儀礼に従い、真玉をもって礼神とし、次玉をもって燔瘞とすれば、礼において当を得る。近代の郊祀においては、第二等より天皇大帝・北極を第一等に昇せしめ、前八位は旧来それぞれ礼玉・燔玉ありしが、この二位には尚これ無し。按ずるに『周礼・典瑞』に云う、『圭璧をもって日月星辰を祀る』と。近代、九宮貴神・大火星位の礼においては、猶『周礼』の説を用う。その天皇大帝・北極の二位は、固より礼神の玉及び燔玉を用うべきなり」と。上は命じて俱に真玉を用いしむ。省臣また奏す、「前時の郊祀においては、天・地・配位は各々一犢を用い、五方帝・日・月・神州・天皇大帝・北極の十位は皆大祀なり、亦た犢を用うべきなりしが、当時は只羊をもって代えたり。第二等以下の従祀神位には則ち羊豕を分刲して以て献ず。窃かに思うに、天・地の祀りは、籩豆の尚多きは以て陰陽の物を備え、鼎俎の尚少きは以て人の烹薦もって其の徳に称うべき無きが故に、則ち質を貴ぶのみ。故に天地日月星辰の位は皆一俎を用う。前時、第一等神位に偏に二俎を用いたるは、倫に似ざるが如し。今、第一等神位も亦た各々犢一を用うべく、余位は羊豕を以て分献し、及び朝享太廟には則ち犢十二を用うべし」と。上はこれに従う。