遼史

本紀第六: 穆宗上

穆宗 上

穆宗孝安敬正皇帝、諱は璟、小字は述律。太宗皇帝の長子、母は靖安皇后蕭氏という。會同二年、壽安王に封ぜられる。

應歷元年

天祿五年秋九月癸亥、世宗害せらる。逆臣察割等誅せらる。丁卯、即ち皇帝の位に即き、群臣尊號を上りて天順皇帝と曰い、元を改めて應歷とす。戊辰、南京に如く。是の月、劉承訓を遣わして漢に哀を告げしむ。

冬十一月、漢・周・南唐各使いを遣わして来吊す。乙亥、詔して朝會は嗣聖皇帝の故事に依り、漢禮を用いしむ。

十二月甲辰、漢使いを遣わして弓矢・鞍馬を献ず。壬子、鐵・鼻骨德皆来貢す。

應歷二年

二年春正月戊午朔、南唐使いを遣わし蠟丸書を奉り、及び犀兕甲萬屬を進む。壬戌、太尉忽古質謀逆し、誅せらる。

二月癸卯、女直来貢す。

三月癸亥、南唐使いを遣わし蠟丸書を奉る。丁卯、復た使いを遣わして来貢す。甲申、耶律撻烈を以て南院大王と為す。

夏四月丙戌朔、日食有り。己亥、鐵驪鷹鶻を進む。

五月丙辰朔、朝を視る。壬午、南唐使いを遣わして来貢す。

六月壬辰、國舅政事令蕭眉古得・宣政殿學士李澣等南奔を謀る、事覺る、詔して其の罪を暴く。乙未、天地を祭る。壬寅、漢周に侵され、使いを遣わして援を求め、中臺省右相高模翰をして之に赴かしむ。丁未、乳おうの兄曷魯に命じ、世々阿速石烈夷離堇と為す。

秋七月乙亥、政事令婁國、林牙敵烈、侍中神都、郎君海裏らが乱を謀り、捕らえられる。

八月己丑、眉古得・婁國ら誅殺され、李澣を杖罰して釈放す。九月甲寅朔、雲州より嘉禾四莖、二穗を進上す。戊午、先に察割を平らげた日を以て、白黒羊・玄酒を用いて天を祭り、歳毎に常例とすと詔す。壬戌、炭山に狩猟す。天を祭る。庚辰、敵烈部来貢す。

冬十月甲申朔、漢、使を遣わし葡萄酒を進む。甲午、司徒しと老古ら白雉を献ず。戊申、回鶻及び轄戛斯、皆使を遣わし来貢す。

十二月癸丑朔、朝を視す。己巳、地震す。己卯、日南至し、旧制を用いて初めて拝日の礼を行ふ。朔州の民、黒兔を進む。

十二月癸未朔、高模翰及び漢兵、晉州を囲む。辛卯、生日を以て、僧に飯し、囚を釈す。甲辰、近郊に狩猟す。天地を祀る。辛亥、明王安端薨ず。

応暦三年

三年春閏正月壬午朔、漢、高模翰が周軍を退けたことを以て、使を遣わし来謝す。二月辛亥朔、嗣聖皇帝の旧璽を用ふと詔す。甲子、太保敵烈、易州城を修す。鎮州、兵を以て来り挑戦す、これを退く。

三月庚辰朔、南唐、使を遣わし来貢す。因りて漢に書を附す、これを達せしむと詔す。庚寅、応州に如きて撃鞠す。丁酉、漢、使を遣わし球衣及び馬を進む。庚子、神徳湖にて漁を観る。

夏四月庚申、鉄驪来貢す。五月壬寅、漢、使を遣わし、石晉が先帝の『聖徳神功碑』を樹てたるを周人が毀ちたるを言ひ、再刻を請ふ、これを許す。

六月丁卯、応天皇太后崩ず。

秋七月、朝を視さず。

八月壬子、生日を以て、囚を釈す。己未、漢、使を遣わし援を求む。三河烏古・吐蕃・吐谷渾・鼻骨徳、皆使を遣わし来貢す。九月庚子、漢、使を遣わし薬を貢す。

冬十月己酉、太師唐骨徳に命じ大行皇太后の園陵を治めしむ。李胡子宛・郎君嵇幹・敵烈、謀反す。事覚え、言及ぶところ太平王罨撒葛・林牙華割・郎君新羅らに及び、皆これを執ふ。

十一月辛丑、皇太后に貞烈と諡し、祖陵に葬る。漢、使を遣わし来会す。是の冬、奉聖州に駐蹕す。南京水害あり、詔して今年の租を免ず。

応暦四年

応暦四年春正月戊寅、回鶻が来朝して貢物を献じた。己丑、華割・嵇幹らは誅殺され、宛及び罨撒葛は皆これを釈放された。この月、周の主威(世宗)が崩じ、養子の晋王柴榮(恭帝)が嗣立した。

二月丙午朔、周が漢を攻撃したので、政事令耶律敵祿を派遣してこれを救援させた。丙辰、漢が使者を派遣して茶と薬を献上した。南京に行幸した。

夏五月乙亥、忻州・代州の二州が漢に叛いたので、南院大王撻烈を派遣して敵祿を助け討伐させた。丁酉、撻烈が忻口において周の将符彦卿を破った。

六月癸亥、撻烈が捕獲したものを献上した。

秋七月乙酉、漢の民で遼軍に誤って掠奪された者がいたので、漢が使者を派遣して請願してきた。詔を下して全てこれを返還させた。

九月丙申、漢が周人に侵攻されたので、使者を派遣して来告した。

冬十一月、彰国軍節度使蕭敵烈、太保許從赟が忻州・代州の二州の勝利を奏上した。

十二月辛酉朔、祖陵に謁した。庚午、漢が使者を派遣して来貢した。この冬、杏堝に駐蹕した。

応暦五年

五年春正月辛未朔、鼻骨德が来貢した。

二月庚子朔、日食があった。庚申、漢が使者を派遣して尊号を上ることを請うたが、許さなかった。壬戌、潭に行幸した。

夏四月己酉、周が漢を侵したので、漢が使者を派遣して救援を求めた。癸丑、郎君蕭海璃に世襲で北府宰相とすることを命じた。

秋九月庚辰、漢の主(劉崇)が病を得たので、使者を派遣して来告した。

冬十月壬申、女直が来貢した。丁亥、太宗廟に謁した。庚寅、南唐が使者を派遣して来貢した。

十一月乙未朔、漢の主崇(世祖)が崩じ、子の承鈞(睿宗)が使者を派遣して来告し、かつ嗣立を求めた。使者を派遣して弔祭し、ついで封冊した。

十二月乙丑朔、太祖廟に謁す。辛巳、漢、使を遣わして軍事を議せしむ。

応暦六年

六年夏五月丁酉、懐陵に謁す。

六月甲子、漢、使を遣わして軍事を議せしむ。

秋七月、朝に視せず。

九月戊子、祖陵に謁す。

冬十一月壬寅、鼻骨徳、来貢す。

十二月己未朔、太祖廟に謁す。

応暦七年

七年春正月庚子、鼻骨徳、来貢す。

二月辛酉、南唐、使を遣わし蠟丸書を奉る。辛未、潢河に駐蹕す。

夏四月戊午朔、上京に還る。初め、女巫の肖古、延年薬方を上る。男子の胆を用いてこれを和すべしとす。数年ならずして、人を殺すこと甚だ多し。是に至り、その妄たるを覚り、辛巳、これを射殺す。

五月辛卯、漢、使を遣わして来貢す。

六月丙辰朔、周、使を遣わして来聘す。南唐、使を遣わして来貢す。

八月己未、周、使を遣わして来聘す。是の秋、政を聴かず。

冬十月庚申、七鷹山にて狩猟す。

十二月丁巳、大臣に詔して曰く、「罪ある者は法に当たりて刑すべし。朕或いは怒りをほしいままにし、濫りに無辜に及ぶことあらん。卿等切に諫め、面従することなかれ」と。辛巳、上京に還る。

応暦八年

八年春二月乙丑、潢河に駐蹕す。

夏四月甲寅、南京留守蕭思温、沿辺の州県を攻め下し、人を遣わしてこれを労う。

五月、周、束城県を陥とす。六月辛未、蕭思温、兵を益すことを請い、駕の燕に幸するを乞う。

秋七月、拽剌山にて狩猟す。九月に至るまで、諸山に鹿を射て、朝を視ず。

冬十一月辛酉、漢、使を遣わして来たり、周の復た侵し来たるを告ぐ。乙丑、使再び至る。

十二月庚辰、又至る。

応暦九年

九年春正月戊辰、潢河に駐蹕す。夏四月丙戌、周来たりて侵す。戊戌、南京留守蕭思温を以て兵馬都総管と為し、これを撃たしむ。是の月、周、益津・瓦橋・淤口の三関を抜く。

五月乙巳朔、瀛・莫の二州を陥とす。癸亥、南京に如く。辛未、周兵退く。

六月乙亥朔、朝を視る。戊寅、容城県を復す。庚申、西幸し、懐州に如く。是の月、周主栄殂ほろび、子宗訓立つ。

秋七月、南京の軍を発して范陽を戍らしむ。

冬十二月戊寅、上京に還る。庚辰、王子敵烈・前宣徽使海思及び蕭達干等、謀反す。事覚え、これをきくす。辛巳、天地・祖考を祀り、逆党の事敗れたるを告ぐ。丙申、群臣を召して時政を議す。

応暦十年

十年春正月、周の殿前都点検趙匡胤が周を廃して自立し、国号を宋と建てた。

夏五月乙巳、懐陵に謁す。壬子、漢より潞州が帰附したことを告げ来る。丙寅、懐陵より至る。

六月庚申、漢より宋兵が石州を囲んだことを告げ来る。大同軍節度使阿剌に四部を率いて往き援けしめ、詔して蕭思温に三部の兵を以てこれを助けしむ。

秋七月己亥朔、宋兵石州を陥とす。潞州また叛く。漢使来告す。辛酉、政事令耶律寿遠・太保楚阿不ら謀反す。誅に伏す。酒脯を以て天地を黒山に祠る。

八月、秋山に如き、懐州に幸す。庚午、鎮茵石狻猊を以て近侍古哥を撃殺す。

冬十月丙子、李胡子喜隠謀反す。辞李胡に連なり、獄に下して死す。

十一月、海思獄中に上書し、便宜を陳ず。

応暦十一年

十一年春二月丙寅、喜隠を釈す。辛亥、司徒烏裏只の子叠剌哥、その父の謀反を誣告し、また駅伝に詐乗し及び行人を殺す。その父の請いに以て、杖してこれを釈す。

三月丙辰、蕭思温老人星の見ゆるを奏し、赦宥を行わんことを乞う。

閏月甲子朔、潢河に如く。

夏四月癸巳朔、日食あり。是の月、鹿を射て、朝を視ず。

五月乙亥、司天王白・李正ら歴を進む。

六月甲午、赦す。

冬十一月、歳星(木星)が月を犯す。

応暦十二年

十二年春正月甲戌、夜に灯を観る。

二月己丑朔、御史大夫蕭護思を北院枢密使と為し、対衣・鞍馬を賜う。

夏五月庚午、旱魃の為、左右に命じて水を以て互いに沃らせしむ、間もなく、果たして雨降る。

六月甲午、木葉山及び潢河に祠る。秋、黒山・赤山に如きて鹿を射る。

応暦十三年

十三年春正月、丁巳より昼夜に酣飲すること九日に及ぶ。丙寅、宋益津関に城せんと欲す、命じて南京留守高勛・統軍使崔廷勛に兵を以て之を擾さしむ。癸酉、獣人海里を殺す。

二月庚寅、漢使いを遣わして来告し、辺境を巡り僥倖を求めんと欲し、声援を張ることを乞う。壬辰、潢河に如く。癸巳、群臣の射を観、物を賜うこと差有り。乙巳、老人星見ゆ。

三月癸丑朔、鹿人弥里吉を殺し、其の首を梟して以て鹿を掌る者に示す。

夏四月壬寅、潢河にて猟す。五月壬戌、幹朗改国の進むる所の花鹿の生まれたる麛を視る。

六月癸未、近侍獐を傷つく、杖殺す。甲申、獐人霞馬を殺す。壬辰、諸路に詔して囚を録せしむ。

秋七月辛亥朔、漢宋の侵すを以て来告す。乙丑、時に羞を廟に薦む。

八月甲申、生日を以て、五坊の鷹鶻を放つ。戊戌、近山に幸し、鹿を呼びて之を射、旬七日にして後ち返る。

九月庚戌朔、青牛白馬を以て天地を祭る。野次にて飲み、終夕にして乃ち罷む。辛亥、酒脯を以て天地を祭り、復た終夜酣飲す。

冬十月丙申、漢(北漢)が宋の侵攻を受けたことを告げてきた。

十一月庚午、狩猟を行い、虞人の家で酒宴を催し、合わせて四日を費やした。十一月戊子、野鹿を射て、虞人らに物を賜い、差等があった。庚寅、彘人(猪飼い)の曷主を殺した。