遼史

志第二十四: 儀えい志一

◎儀衛誌一

遼の太祖は朔方より奮起し、太宗はその志を継ぎ事を述べて、その業を成し遂げた。ここにおいて渤海を挙げ、敬瑭を立て、重貴を破り、周・秦・両漢・隋・唐の文物の遺余をことごとく致してこれを保有した。路車法物をもって等威を隆くし、金符玉璽をもって号令を布いた。これによりて九主二百余年に伝わる、豈に独り兵革の利、士馬の強さのみによるであろうか!文を儀と謂い、武を衛と謂い、以て一代の規模を成すに足る。遼の有する輿服・符璽・儀仗を考し、『儀衛志』を作る。

○輿服

黄帝より以降、輿服の制は、その来ること遠し。禹は四載に乗じて小車を作り、商人は桑根の瑞を得て大輅と為し、周人は金玉を加え、象飾ますます備わる。秦は六国の儀物を取り、而してその用を分別し、先王の制は、置いて用いず。漢の中葉に至り、鋭意古を稽え、然れども礼文の事は、名存して実亡び、蓋し千百のうち十一を得るのみ。唐の車輅は周・隋の遺法に因り、損益知るべし。而して祭服は皆青、朝服は皆絳、常服は宇文の制を用い、紫・緋・緑・碧を以て品秩を分つ。五代は頗る常服を以て朝服に代う。遼国は太宗の晋に入りて後より、皇帝と南班の漢官は漢服を用い、太后と北班の契丹臣僚は国服を用う。その漢服は即ち五代晋の遺制なり。載籍に徴すべきものを考し、『輿服篇』を著し、諸『儀衛』の首に冠す。

国輿

契丹の故俗は、鞍馬に便なり。水草に随って遷徙すれば、則ち氈車有り、任載には大車有り、婦人は馬に乗じ、亦た小車有り、貴富者はこれに華飾を加う。禁制は疏闊にして、適用を貴ぶのみ。帝後は隆く加え、勢い固然なり。その知るべきものを輯めて篇に著す。

大輿は、『柴冊再生儀』に神主を載せて之を見る。輿は、『臘儀』に皇帝・皇后の輿に升り降りするを見る。総纛車は、駱駝を駕して用う。『祭山儀』に皇太后の総纛車に升るを見る。車は、『納後儀』に皇后の車に就くを見る。

青幰車は、二つの螭頭・蓋部皆銀を以て飾る。駕には駱駝を用い、公主の下嫁にこれを賜う。古えは王姫下嫁するも、車服はその夫に系せず、王后の一等を下る。これその遺意か。

送終車は、車楼は純に錦を以て飾り、螭頭は銀を以てし、下に鐸を縣け、後に大氈を垂れ、牛を以て駕す。上に羊一頭を載せ、これを祭羊と謂い、以て送終の用に擬す。亦た公主に賜う。椅は、『冊皇太后儀』に、皇帝は椅に乗じ、便殿より瑽じて西便門に至る。

鞍馬は、『祭山儀』に、皇帝は馬に乗じ、皇太后の行に侍す。『臘儀』に、皇帝は輿を降り、東を祭り畢りて、馬に乗じて猪囲に入る。『瑟瑟儀』に、俱に馬に乗じて東行し、群臣は南に、命婦は北に在り。漢輿

太宗皇帝会同元年、晋の使馮道・劉煦等、車輅法物を備え、皇帝・皇太后の尊号冊礼を上る。ここより天子の車服、遼に始めて見る。太平年中、漢の冊礼を行い、乗黄令は車輅を陳べ、尚輦奉御は輿輦を陳ぶ。盛唐の輦輅、尽く遼廷に在り。

五輅:『周官』に典輅に五輅有り。秦亡びて後、漢制を創む。

玉輅は、天を祀り、地を祭り、宗廟を享け、朝賀し、后を納るるに之を用う。青質、玉飾、黄屋、左纛。十二の鑾は衡に在り、二鈴は軾に在り。龍辀の左に旂を建て、十二の遊、皆画きし升龍、長く地に曳く。蒼龍を駕し、金摐、鏤錫、鞶纓十二就。遼国『勘箭儀』に、皇帝は玉輅に乗じて内門に至る。聖宗開泰十年、上は玉輅に升り内三門より万寿殿に入り、七廟の御容に酒を進む。

金輅は、饗射・祀還・飲至の際に用いる。赤色の質地に金の装飾を施し、その他の部分は玉輅と同じで、色はその質地に従う。赤色の騮馬を駕する。象輅は、行道の際に用いる。黄色の質地に象牙の装飾を施し、その他の部分は金輅と同じである。黄色の騮馬を駕する。革輅は、巡狩・武事の際に用いる。白色の質地に革を張る。白色の翰馬を駕する。

木輅は、田獵の際に用いる。黒色の質地に漆の装飾を施す。黒色の駱馬を駕する。車は、輅より小さく作り、小事に乗る。耕根車は、耕藉の際に用いる。青色の質地で、蓋は三重、その他の部分は玉輅と同じである。

安車は、一名を進賢車といい、臨幸の際に用いる。金で飾った重ねた輿、曲がった壁、衡に八つの鑾を付け、紫の油で染めた纁、朱色の裏地の幰、朱色の糸で編んだ絡網がある。赤色の騮馬を駕し、朱色の鞶纓を付ける。

四望車は、一名を明遠車といい、陵を拝し、臨吊する際に用いる。金で飾り、青い油で染めた纁、朱色の裏地の通幰がある。牛を駕し、その他の部分は安車と同じである。

涼車は、赤色の質地で、省方・罷獵の際に用いる。赤色の質地に金を塗り、銀で装飾する。五彩の龍風の織物、藤で編んだ油壁、緋色の絳、蓮の座がある。橐駝を駕する。

輦は、人に引かせ、もとは宮中で乗るものである。唐の高宗が初めて七輦を制定した。《周官》の巾車に輦があり、人が組んで引いた。太平冊礼では、皇帝が輦に御する。

大鳳輦は、赤色の質地で、頂に金の鳳があり、壁には雲気と金の翅を画く。前に軾があり、下に構欄がある。絡帯はすべて雲鳳を刺繍し、銀の梯がある。輦を主る者は八十人。大芳輦。仙遊輦。

小輦は、《永壽節儀》に、皇太后が小輦に乗るとある。

芳亭輦は、黒色の質地で、幕屋と緋色の欄干に、すべて雲鳳を刺繍する。朱と緑の挟み窓、花板と紅網、両側の簾と四本の竿、銀で飾った梯がある。輦を主る者は百二十人。大玉輦。小玉輦。

逍遙輦は、常時行幸に用いる。棕櫚の屋根、赤色の質地に金を塗り、銀で装飾し、紅の絳を付ける。輦官十二人、春夏は緋の衫、秋冬は素錦の服を着る。

平頭輦は、常時行幸に用いる。制は逍遙輦に似るが、屋根がない。冊承天皇太后儀では、皇太后が平頭輦に乗る。歩輦は、聖宗統和三年、土河に駐蹕し、歩輦に乗って政を聴いた。

羊車は、古の輦車である。赤色の質地で、両壁に亀文・鳳翅を描き、緋色の幰、絡帯・門簾にはすべて瑞羊を刺繍し、車輪に画を施す。牛を駕し、隋では果下馬に替えた。童子十八人、刺繍の服を着て、瑞羊を免ずる。輿は、人の肩に担がせ、天子は韝で絡め臂を綰ねる。

腰輿は、前後に長い竿が各二本あり、金銀の螭頭、緋色に刺繍した鳳の襕、上に錦の褥を敷き、別に小床を設ける。輿を奉ずる者は十六人。

小輿は、赤色の質地、青い頂、曲がった柄、緋色に刺繍した絡帯がある。制は鳳輦に似るが小さく、上に御座がある。輿を奉ずる者は二十四人。皇太子の車輅。

金輅は、祀享に従い、正冬の大朝、妃を納れる際に用いる。《冊皇太子儀》に、乗黄令が金輅を陳列し、皇太子が金輅に昇り降りするとある。

軺車は、五日の常朝・宮臣を饗する・出入りして道を行く時に用いる。金で飾り、紫の幰に朱の裏。一馬を駕す。

四望車は、弔問に臨む時に用いる。金で飾り、紫油纁の通幰。一馬を駕す。