遼史

志第二十二: 禮志六

◎禮志六(嘉儀下)

皇太后の誕生日朝賀儀:当日、臣僚が朝に入り、国使が幕に至り、班が整うと、常儀の如し。皇太后が殿に昇り座し、皇帝は東面に側坐す。契丹舍人が殿上で名を通じ、契丹・漢人の臣僚、宋の使副は翰林学士の班に連なり、東西両洞門より入り、班を合して賀を称し、班首が殿上に昇り寿を祝し、班を分けて引出すこと、皆正旦の儀の如し。教坊が起居し、七拝し、契丹・漢人の臣僚が入り、酒を進むること、皆正旦の儀の如し。ただ宣答に「聖旨」と称するのみ。皇帝が御座を降り、皇太后の誕生日の礼物を進奉す。過ぎ終わり、皇帝は殿上で再拝し、殿下の臣僚は皆再拝す。皇帝が御座に昇る。臣僚を引いて班を分けて出し、中書令・北大王を引いて西階より殿上に昇らせ、契丹臣僚の進奉を奏す。次に漢人臣僚並びに諸道の進奉。控鶴官が担床を置き、起居し、四拝畢りて;引進使が鞠躬し、文武百僚某官某以下、高麗・夏国・諸道の進奉を通ず。宣徽使が殿上で進奉を賛し各所司に付すと、控鶴官が声喏す。担床が過ぎ終わり、契丹・漢人の臣僚が順次謝し、五拝す。各祗候を賛し、引出す。教坊・諸道の進奉使の謝もこれに如し。契丹臣僚が宴の宣を謝し、殿上に引かれて就位に立つ。漢人臣僚並びに宋の使副は東洞門より入り、面西して宴の宣を謝し、正旦の儀の如し。各上殿祗候を賛し、臣僚・使副が殿上に昇り就位に立つことも、これに如し。監盞・教坊が殿上に昇り、従人が東廊に入り立つことも、皆これに如し。御床が入り、皇帝が初めて酒を進め、臣僚は就位して陪拝す。皇太后が酒を飲むと、殿上の応坐・侍立の臣僚は皆拝し、「万歳」と称す。各祗候を賛し、立つ。皇太后が飲み終わり、手ずから皇帝に酒を賜う。皇帝は跪き、飲み終わり、褥位に退き再拝し、臣僚は皆陪拝す。もし皇帝が親しく使相・臣僚・宋の使副に酒を賜うときは、皆立って飲む。皇帝が坐に昇り、応坐の臣僚並びに使副の皆拝し「万歳」と称することを賛す。各就坐を賛す。方裀の朵殿の臣僚に酒を行わしむること、正旦の儀の如し。一進酒、両廊の従人が拝し「万歳」と称し、各就坐す。親王が酒を進むること、正旦の儀の如し。もし皇太后が手ずから親王に酒を賜うときは、跪いて飲み終わり、露台上に退き、五拝す。祗候を賛す。殿上で三進酒し、餅茶を行い終わり、教坊が跪き、致語し、臣僚・使副・廊下の従人を揖して皆立たしむ。口號絶え、拝を賛することもこれに如し。茶を行い、殽膳を行うことも、皆これに如し。大饌が入り、粥碗を行わしむ。殿上で七進酒し、使相・臣僚の楽曲終わり、廊下の従人を揖して起たせ、拝し「万歳」「各好去」と称せしめ、承受官が両門より引出す。曲破、臣僚・使副を揖して起たせ、鞠躬せしむ。拝を賛し、皆拝し「万歳」と称す。各祗候を賛し、臣僚・使副を引いて下殿せしむ。契丹臣僚が宴を謝し畢り、出る。漢人臣僚・使副が舞蹈し、五拝畢りて、「各好去」と賛す。洞門を出て畢り、閣門に事無しと報じ、皇太后・皇帝起つ。

応聖節に、宋が使を遣わして来たり誕生・正旦を賀す。この儀を始めて制す。故に詳しく『賓儀』に見ゆ。

凡そ五拝とは、拝し、興く。再拝し、興く。跪き、笏を搢し、三たび舞蹈し、三たび叩頭し、笏を出し、就いて拝し、興く。拝し、興く。再拝し、興く。その就いて拝することを、亦た俯伏興と曰う。『賓儀』では臣僚は皆坐と曰い、この儀では高裀と曰い、方裀と別なり。

皇帝の誕生日朝賀儀:臣僚・国使の班が整い、皇帝が殿に昇り坐す。臣僚・使副が入り、班を合して賀を称し、班を合して出ること、皆皇太后の誕生日の儀の如し。中書令・北大王が諸道の進奉の表目を奏す。教坊が起居し、七拝す。臣僚が東西門より入り、班を合して再拝す。酒を進むることを賛し、班首が殿上に昇り酒を進む。宣徽使が宣答し、群臣が宣諭を謝し、班を分かつ。楽を奏し、皇帝が飲み終わり、班を合す。班首が下殿し、班を分けて出る。皆正旦の儀の如し。進奉は皆皇太后の誕生日の儀の如し。皇帝が皇太后の殿に詣で、近上の皇族・外戚・大臣並びに従い、太后を奉迎して即ち皇帝の殿に坐せしむ。皇太后は小輦に御し、皇帝は輦の側を歩いて従い、臣僚は分かれて行を序し引く。宣徽使・諸司・閣門が隊を攢えて前引す。教坊が楽を動かし、控鶴が起居し、四拝す。駕を引く臣僚は並びに山楼の南方に立って候す。皇太后が閣に入り、使副並びに臣僚を揖して幕次に入らしむ。皇太后が殿に昇り坐し、皇帝は東方に側坐す。契丹・漢人の臣僚・使副を引いて両洞門より入らせ、班を合し、起居し、舞蹈五拝す。各祗候を賛し、面殿に立たしむ。皇帝が御坐を降り、殿上に立ち、皇太后の誕生日の物を進む。過ぎ終わり、皇帝は殿上で再拝し、殿下の臣僚は皆拝す。皇帝が御座に昇り、臣僚を引いて班を分けて出さしむ。契丹臣僚が入り、宴の宣を謝す。漢人臣僚・使副が入り、名を通じて宴の宣を謝し、殿上に就位す。応坐せざる臣僚は出で、従人は入ること、皆儀の如し。御床が入り、皇帝が初めて皇太后に酒を進め、皇太后が皇帝に酒を賜うこと、皆皇太后の誕生日の儀の如し。各就坐を賛し、酒を行わしむ。飲み尽くすことを宣し、就位して謝すること儀の如し。殿上で一進酒畢り、従人が入り就位すること儀の如し。親王が酒を進め、餅茶を行い、教坊が致語すること儀の如し。茶を行い、殽膳を行わしむること儀の如し。七進酒し、使相の楽曲終わり、従人起つ。曲破、臣僚・使副起つ。その余は皆正旦の儀の如し。

皇后の誕生日の儀礼:臣僚は夜明け前に朝見する。皇帝と皇后は大帳の前で太陽を拝し、契丹と漢人の臣僚が陪拝する。皇帝が殿上に昇って座ると、皇后が再拝し、臣僚は殿下で合班して陪拝する。皇帝が皇后に誕生日の礼物を賜ると、皇后は殿上で謝し、再拝し、臣僚は皆拝する。契丹の舍人が名を通すと、契丹と漢人の臣僚が順に入って賀する。盞が入ると、舍人が唱え、舞踏し、五拝し、起居の際は「聖躬萬福」とは唱えない。再拝を唱える。班首が殿上に昇り拝跪し、自ら全官職名を述べて寿を祝い終えると、下殿に引き下ろされ、元の位置に戻り、鞠躬する。舞踏を唱え、五拝する。各祗候を唱える。宰臣一名を殿上に引き上げ、百官諸道の進上した表目を奏上する。教坊が起居し、七拝し、賀しない。控鶴官が起居し、四拝する。諸道の押衙が付随して起居を奏し、宴を賜り、合わせて八拝する。契丹と漢人が合班し、寿酒を進め、舞踏し、五拝する。大臣一名を殿上に引き上げ、欄外の褥位で笏を搢げ、台盞を執って酒を進め、皇帝と皇后が盞を受ける。退き、褥位に戻る。台を授け出て笏を出し、欄内で拝跪し、自ら全官職名を述べて「臣等謹んで千万歳の寿酒を進む」と寿を祝い終えると、下殿に引き下ろされ、元の位置に戻り、舞踏し、五拝し、鞠躬する。宣徽使が儀礼に従って宣答を奏し、殿上に引き上げ、笏を搢げて台を執る。皇帝と皇后が飲むと、殿下の臣僚は分班し、教坊が楽を奏し、皆拝し、「萬歳」と称する。飲み終わると、皇帝と皇后が盞を授ける。下殿に引き下ろされ、舞踏し、五拝する。各祗候を唱え、退出させる。臣僚が儀礼に従って進奉し、儀礼に従って宴を宣する。教坊、監盞、臣僚が儀礼に従って殿上に祗候する。皇后が皇帝に酒を進め、殿上で拝を唱え、侍する臣僚は皆拝する。皇帝が盞を受けると、皆拝する。皇后が座ると、契丹の舍人と漢人の閣使が殿上で拝を唱え、皆拝し、「萬歳」と称する。各就位を唱える。大臣が皇帝と皇后に酒を進め、儀礼に従って酒を行く。酒が三巡し、肴を行い、膳を行う。また皇帝と皇后に酒を進める。酒が再び巡り、大饌が入り、粥を行う。教坊が致語を述べ、臣僚は皆起立する。口號が終わると、拝を唱え、「萬歳」と称し、下殿に引き下ろして宴を謝し、退出させ、皆常儀の如し。

進士接見の儀礼:その日、挙人は時相に従って御帳の側に至り、通名の榜子を時相の榜子と共に奏し終えると、時相は常儀の如く朝見する。終わると、進士の第一名以下を丹墀内で殿に向かって面し鞠躬させ、名を通し、四拝する。各祗候を唱え、皆退く。もし文字を進上する者がいれば、退かず、巻を捧げて平立する。閣門が受け取りを奏し、左膝を跪いて授け終わると、直ちに起きて退く。礼畢。

進士に等甲の勅を賜る儀礼:臣僚の起居が終わると、読巻官が奏し終え、左方で等甲に従って姓名を唱えて序立し、閣門が勅牒を受け渡す。閣使が奏して丹墀に引き至らせ、等甲に従って序立させる。閣使が「勅有り」と称し、再拝し、鞠躬する。舍人が勅を宣し「各等甲に依り卿に勅牒一道を賜う、想うに宜しく知悉すべし」、揖拝する。各左膝を跪き、勅を受け終わると、鞠躬し、皆再拝する。各祗候し、左右に分かれて相向かい侍立する。奏事が終わるのを待ち、両階から殿上に引き上げ、就位し、声を揃えて喏し、坐を賜る。酒が三巡し、起き、初めの如く声を喏する。退き揖して出る。礼畢。牌印郎君が酒を行き、閣使が飲むよう勧める。

進士に章服を賜る儀礼:皇帝が殿に御し、臣僚は公服で進士を引き入れ、東方を向いて西に立ち、再拝し、揖して丹墀の位に就き、殿に向かって鞠躬する。閣使が「勅有り」と称し、再拝し、鞠躬する。舍人が勅を宣し「各等甲に依り卿に勅牒一道を賜い、兼ねて章服を賜う、想うに宜しく知悉すべし」、揖して再拝する。跪いて勅を受け終わると、再拝する。退き、章服所に引き至らせ、衣を更え終わると、揖して丹墀の位に戻り、鞠躬する。謝恩を唱え、舞踏し、五拝する。各祗候し、殿東の亭内に序立する。声を喏し、坐する。宴を賜い、簪花する。宣徽使一名、閣門三人または二人を宣して終日飲むよう勧めさせる。礼畢。

宰相の中謝の儀礼:皇帝は常服で殿に昇り坐し、諸班は常儀の如く起居する。坐すべき臣僚は殿上に昇り、その他の臣僚は殿下で東西に侍立し、皆宋使初見の儀礼の如し。中謝官を左から引き入れ、丹墀に至り西に向かって立たせる。舍人が殿に向かって鞠躬し、新たに受けた具官の姓名を述べて祗候中謝する。宣徽が殿上で通班舍人を求め賛礼の位に就かせ、某官至ると賛する。宣徽が通班舍人二人を対立させ、中謝官に揖して鞠躬させる。就拝位を賛し、舍人二人が引き面殿して鞠躬させる。拝を賛し、中謝官は舞踏し、五拝し、班を出ず、「聖躬萬福」と奏する。再拝を賛する。揖して班を出て跪き、官位を述べ、致詞し終わると、俯伏して興き、元の位置に戻る。拝を賛し、舞踏し、五拝する。また班を出て、中謝の致詞を初めの儀礼の如く行い、合わせて十七拝する。祗候を賛し、右階から殿上に引き上げ、就位する。坐すべき臣僚に揖して声を喏し坐させる。供奉官が酒を行き、飲み尽くすよう伝宣する。臣僚は笏を搢げ、盞を執って起き、位の後ろに立って飲み、盞を置き、笏を出す。拝を賛し、臣僚は皆再拝する。各坐を賛し、笏を搢げ、盞を執ち、供奉官に盞を授ける。酒が三巡し、坐すべき臣僚に揖して声を喏し立たせる。中謝官を右階から下殿させ、丹墀に至り、殿に向かって鞠躬させる。拝を賛し、舞踏し、五拝し、右から引き出す。臣僚は皆出る。丞相と枢密使は同じ、その他の官は殿に昇らず、酒を賜り、節度使を帯びない者は通班せず、ただ名を通し、七拝する。衆謝し、班首一人が班を出て中謝する。

表を拝する儀礼:その日、先ず東上閣門に氈位を陳設し、南北の臣僚と諸国の使副を分かって氈位に引き入れ合班させる。通事舍人二人が表案を舁ぎ、班首の前に置き、揖して鞠躬し、再拝し、平身する。中書舍人が案の側に立ち、班首が跪き、笏を搢げ、興き、表を捧げ、左膝を跪き、表を中書舍人に授ける。笏を出し、就拝し、興き、再拝する。中書舍人が再び表を案の上に置く。通事舍人が表案を舁いで東上閣門に入り、班を巻き、分かって引き出す。礼畢。

元日に皇帝が御坐せずこの儀礼を行う。その他、上表すべき時に故有る場合は皆これに倣う。

皇子誕生を賀する儀礼:その日、先帝の御容を奉じ、正殿に設え、皇帝が八角殿に御し昇坐する。声警が終わると、北南の宣徽使が殿階の上で左右に立ち、北南の臣僚は金冠に盛服し、合班して入る。班首二人が表を捧げて立ち、読表官は先に左階の上に側立する。二宣徽使が東西の階から下殿して表を受け、捧表者は左膝を跪いて授け終わると、就拝し、興き、再拝する。各祗候する。二宣徽使は共に左階の上で読表官に授け、読み終わると、臣僚に揖して鞠躬させる。北面の班首を左階から殿上に引き上げ、欄内で賀を称え終わると、左階から下殿させ、元の位置に戻し、舞踏し、五拝する。礼畢。

祥瑞を賀する儀礼:声警し、北南の臣僚は金冠に盛服し、合班して立つ。班首二人が各々表を捧げて賀し、北南の宣徽使が左階から下殿して表を受け、上殿して読表大臣に授ける。読み終わると、殿下の臣僚に揖して鞠躬させ、五拝し終わると、鞠躬する。班首二人を左階から殿上に引き上げ、欄内で拝跪して賀を称え、致詞し終わると、左階から下殿させ、元の位置に戻し、五拝し終わると、鞠躬する。宣答し、制を聴き終わると、再拝し、鞠躬する。宣諭を謝し、五拝し終わると、各祗候し、分班して侍立する。礼畢、両府は常の如く奏事する。

乾統六年、木葉山に瑞雲が現れ、この儀式を初めて行った。天慶元年、天より穀物が降り、宣諭を謝した後、趙王が酒を進め、教坊が楽を奏し、臣僚が酒一行を進めた。礼が終わると、奏事を行った。

賀平難儀:皇帝・皇后が殿上に昇り着座すると、北南の臣僚および命婦が合班し、五拝する。班首二人を揖して出班させ、俯跪し、笏を搢げ、表を執り、案を舁いで近前する。閣使が表を受け取り、案上に置き、皆再拝する。通事舎人二人が案を舁ぎ、左階より殿上に上り、露臺上に置く。読表官が受け取り、入って表を読む。御前で読み終わると、臣僚は殿下で五拝し、鞠躬する。班首二人を左右の階より殿上に引き上げ、欄内に並立させる。先に北面の班首を少し前に引き出し、跪いて詞を致し終わると、退いて褥位に復する。次いで南面の班首も同様に行う。終わると、左右の階より分かれて下殿させ、復位し、五拝、鞠躬する。宣徽が「有敕」と称し、再拝し、宣答として「内難已平、與公等内外同慶」と述べる。宣諭を謝し、五拝する。班を巻く。臣僚は皇帝に従い、命婦は皇后に従い、皇太后殿に詣で、先帝の御容を拝し、陪位し、皆再拝する。皇太后が正坐し、賀を称し、合わせて十拝し、皆引き上げて殿上に上り、儀式に従って宴を賜う。

平難の儀は、道宗清寧九年に太叔重元が謀逆を企て、仁懿太后が自ら衛士を率いて逆党と戦った。事が平定された後、この儀式を制定した。

正旦朝賀儀:臣僚および諸国の使者は昧爽に入朝し、「班斉」と奏する。皇帝が殿上に昇り着座すると、契丹舎人が殿上で通じ終わり、契丹臣僚を東洞門より引き入れ、漢人臣僚および諸国の使者を西洞門より引き入れる。合班し、舞踏し、五拝し、鞠躬し、平身する。親王を東階より殿上に引き上げ、欄内の褥位で俯伏跪し、自ら全銜臣某等と通じて寿を祝し終わると、伏して興き、退き、東階より下殿させ、復位し、舞踏し、五拝し終わると、鞠躬する。宣徽使が殿上で鞠躬し、「臣宣答」と奏し、「有敕」と称し、班首以下が制を聴き終わると、再拝し、鞠躬する。宣徽が伝宣して云う:履新の慶、公等と之を同じくす。舎人が宣諭を謝するよう賛し、拝し、舞踏し、五拝する。各祗候を賛し、分班して引き出す。班首を西階より殿上に引き上げ、表目を奏し終わると、教坊が起居し、賀し、十二拝し、終わると、各祗候を賛する。契丹・漢人臣僚および諸国の使者を東西洞門より引き入れ、合班し、再拝する。進酒を賛し、親王を東階より殿上に引き上げ、欄内の褥位に就かせ、笏を搢げ、台盞を執り、酒を進め終わると、退き、褥位に復し、台を置き、笏を出し、少し前に進み俯跪し、自ら全銜臣某等謹んで千万歳の寿酒を進むと通ず。俯伏して興き、退き、褥位に復し、殿下の臣僚と共に皆再拝し、鞠躬する。宣徽使が殿上で鞠躬し、「臣宣答」と奏し、「有敕」と称するのを待ち、親王以下は初めの儀式の通り再拝する。伝宣して云う:「公等の寿酒を飲み、公等と内外同慶す」。舎人が初めの通り宣諭を謝するよう賛する。各祗候を賛する。親王は笏を搢げ、台を執り、殿下の臣僚は分班する。皇帝が酒を飲むと、教坊が楽を奏し、殿上下の臣僚は皆拝し、「万歳」と称する。各祗候を賛する。楽が止むと、教坊が再拝する。皇帝が飲み終わると、親王が進んで盞を受け取り、褥位に復し、台盞を置き、笏を出す。臣僚を揖して合班し、親王を東階より下殿させ、復位し、鞠躬し、再拝する。各祗候を賛し、分班して引き出す。皇帝が立ち上がり、皇太后殿に詣でると、臣僚および諸国の使者は皆従う。皇太后が殿上に昇ると、皇帝は東方に側坐する。契丹・漢人臣僚および諸国の使者を両洞門より引き入れ、合班して賀を称し、酒を進めることは、皆皇帝に対する儀式の通りである。終わると、引き出す。教坊が入り、起居し、酒を進めることも同様である。皇太后の宣答は「聖旨」と称する。契丹班は宣宴を謝し、殿上に上り就位して立つ。漢人臣僚および諸国の使者は東洞門より入り、丹墀の東方で、西に向かって鞠躬し、舎人が鞠躬し、文武百僚宰臣某已下として宣宴を謝することを通じ、再拝する。出班して詞を致し終わると、退き復位し、舞踏し、五拝し、各上殿祗候を賛し、宰臣以下および諸国の使副、方裀朵殿の臣僚を引き、西階より殿上に上り就位して立つ。坐すべきでない臣僚は皆西洞門より出る。二人が盞を監し、教坊が再拝する。各上階下殿して宴を謝するよう賛し、皇太后生辰の儀式の通りである。

冬至朝賀儀:臣僚の班が斉うことは、正旦の儀式の通りである。皇帝・皇后が日を拝すると、臣僚は陪位して再拝する。皇帝・皇后が殿上に昇り着座すると、契丹舎人が通じ、臣僚が入り、合班し、親王が寿を祝し、宣答することは、皆正旦の儀式の通りである。謝し終わると、舞踏し、五拝し、鞠躬する。出班して「聖躬万福」と奏し、復位し、再拝し、鞠躬する。班首が出班し、俯伏跪し、寿を祝し終わると、伏して興き、舞踏し、五拝し、鞠躬する。各祗候を賛する。分班するが出ず、合班し、御床が入ると、再拝し、鞠躬する。進酒を賛する。臣僚は平身する。親王を左階より殿上に引き上げ、欄内の褥位に就かせ、笏を搢げ、台盞を執り、酒を進める。皇帝・皇后が盞を受け終わると、退いて褥位に就き、台を置き、笏を出し、俯伏跪する。少し前に進み、自ら全銜臣某等謹んで千万歳の寿酒を進むと通ず。俯伏して興き、退き、褥位に復し、再拝し、鞠躬する。殿下の臣僚は皆再拝し、鞠躬する。宣答は正旦の儀式の通りである。親王は笏を搢げ、台を執り、分班する。皇帝・皇后が酒を飲むと、楽を奏し、殿上下の臣僚は皆拝し、「万歳寿」と称し、楽が止む。教坊が再拝し、臣僚は合班する。親王が進んで盞を受け取り、褥位に至り、台盞を置き、笏を出し、左階より下殿させる。御床が出る。親王は丹墀の位に復し、再拝し、鞠躬する。祗候を賛する。分班して引き出す。班首は右階より殿上に上り、表目を奏し進奉する。諸道の進奉、教坊の進奉が過ぎ終わると、進奉収を賛する。班首は舞踏し、五拝し、鞠躬する。各祗候を賛する。班首が出ると、臣僚は再び入り、合班して謝し、舞踏し、五拝し、鞠躬する。各祗候を賛する。分班して引き出す。声警し、皇帝・皇后が立ち上がり、北殿に赴く。皇太后は御容殿におり、皇帝・皇后と共に臣僚を率いて再拝する。皇太后が香を上げると、皆再拝する。各祗候を賛する。可矮墩以上は殿上に上る。皇太后が三度御容に酒を進めると、陪位は皆拝する。皇太后が殿上に昇り着座する。皇帝は露臺上の褥位に就き、親王が北南の臣僚の班を押し、丹墀内に立つ。皇帝が再拝すると、臣僚は皆拝し、鞠躬し、皇帝は欄内に跪き、皇太后の寿を祝し終わると、復位し、再拝する。凡そ拝する時は、皆「万歳」と称する。各祗候を賛する。臣僚は出ず、皇帝・皇后は側座し、親王が酒を進め、臣僚が陪拝し、皇太后が宣答することは、皆正旦の儀式の通りである。臣僚は分班するが出ず、班首は右階より殿上に上り表目を奏し、合班して宣宴を謝し、殿上に上り就位することは儀式の通りである。御床が入る。皇帝が皇太后に酒を進めることは初めの通りで、各座に就き酒を行い、飲み尽くすよう宣し、皇太后生辰の儀式の通りである。皇后が酒を進めることは、皇帝に対する儀式の通りである。三度酒を進め、茶を行い、教坊が致語し、殽膳を行い、大饌し、七度酒を進める。曲破し、臣僚が立ち上がり、御床が出て、宴を謝することは、皆皇太后生辰の儀式の通りである。

立春の儀:皇帝は内殿に出御し、先帝の御影を拝し、北南の臣僚は丹墀の内で班を合わせて再拝する。可矮墩以上の者は殿に入り、坐を賜う。帝は御影に酒を進め、陪位並びに侍立する者は皆再拝する。一たび酒を進めると、臣僚は殿を下り、左右相向かって立つ。皇帝は幡勝を戴き、等第に幡勝を賜う。臣僚が簪し終わると、皇帝は土牛の前にて香を上げ、三たび酒を奠し、拝せず。教坊が楽を動かし、侍儀使が跪いて彩杖を進める。皇帝は土牛を鞭ち、可矮墩以上の北南の臣僚は丹墀の内で班を合わせ、左膝を跪き、彩杖を受け、直ちに起ち上がり、再拝する。賛して各祗候す。司辰が春の至りを報じ、土牛を三匝鞭つ。矮墩は鞭つことを止め、節度使以上を引いて殿に上らせ、穀豆を撒き、土牛を撃つ。穀豆を撒くことは、衆にこれを奪うことを許す。臣僚は位に依って坐し、酒二巡、春盤が入る。酒三巡終わり、茶を行う。皆起つ。礼畢。

重午の儀:至日の朝、臣僚は昧爽に御帳に赴き、皇帝は長寿の彩縷を繫ぎ車に升り坐し、北南の臣僚を引いて班を合わせ、丹墀の儀の如くす。所司各々寿縷を賜い、臣僚に揖して跪いて受けさせ、再拝する。引き退き、駕に従って膳所に至り、酒三巡す。若し宴を賜うは、臨時に敕を聴く。

重九の儀:北南の臣僚は旦に御帳に赴き、駕に従って囲場に至り、茶を賜う。皇帝は坐に就き、臣僚を引いて御前の班に立たせ、所司各々菊花酒を賜い、跪いて受け、再拝する。酒三巡、揖して起つ。

藏鬮の儀:至日、北南の臣僚は常服で入朝し、皇帝は天祥殿に御し、臣僚は位に依って坐を賜う。契丹は南面し、漢人は北面し、朋を分かって鬮を行い、或いは五籌或いは七籌す。膳を賜い、食に入り畢わり、皆起つ。しばらくして、復た坐し鬮を行うこと初めの如し。夕方に茶を賜い、三籌或いは五籌し、教坊の承応を罷む。若し帝が鬮を得れば、臣僚酒を進め訖り、次第に酒を賜う。

大康十年十二月二十二日、初めてこの儀を行ふ。この日は朝に御せず。歳時雑儀:

正旦、国俗は糯飯と白羊の髓を以て餅と為し、これを丸めて拳の若くし、毎帳に四十九枚を賜ふ。戊夜、各々帳内の窓中に於て丸を外に擲つ。数偶なれば、楽を動かし、飲宴す。数奇なれば、巫十有二人に鈴を鳴らし、箭を執り、帳を繞り歌呼せしめ、帳内に塩壚を爆ぜ、地を焼き鼠を拍ち、これを驚鬼と謂ひ、七日居て乃ち出づ。国語に正旦を「乃捏咿唲」と謂ふ。「乃」は正なり;「捏咿唲」は旦なり。

立春、婦人は春書を進め、青繒を刻みて幟と為し、龍のこれを禦ふに像る;或いは蟾蜍と為し、幟に「宜春」と書す。

人日、凡そ正月の日、一は鶏、二は狗、三は豕、四は羊、五は馬、六は牛、七日を人と為す。その占は、晴は祥と為し、陰は災と為す。俗に餅を煎りて庭中に食し、これを「薰天」と謂ふ。

二月一日を中和節と為し、国舅族の蕭氏は宴を設け、以て国族の耶律氏を延べ、歳を以て常と為す。国語にこの日を「𢘉裏叵」とす。「𢘉裏」は請なり;「叵」は時なり。𢘉は読んで狎の若く;叵は読んで頗の若し。

二月八日を悉達太子の生辰と為し、京府及び諸州は木を雕りて像と為し、儀仗百戲導従し、城を循りて楽と為す。悉達太子とは、西域の浄梵の王子、姓は瞿曇氏、名は釈迦牟尼。その覚性を以てし、これを称して「仏」と曰ふ。

三月三日を上巳と為し、国俗、木を刻みて兔と為し、朋を分かち走馬してこれを射る。先に中つる者は勝ち、負けたる朋は馬を下り列をなして跪き酒を進め、勝ちたる朋は馬上にてこれを飲む。国語にこの日を「陶裏樺」と謂ふ。「陶裏」は兔なり;「樺」は射なり。

五月の重五日、午時、艾の葉を採り綿と和して衣に著け、七事を以て天子に奉じ、北南の臣僚には各々三事を賜ひ、君臣宴楽し、渤海の膳夫は艾騣を進む。五彩の絲を以て索と為し臂に纏ひ、これを「合歓結」と謂ふ。又た彩絲を宛転として人形と為しこれを簪し、これを「長命縷」と謂ふ。国語にこの日を「討賽咿兒」と謂ふ。「討」は五;「賽咿兒」は月なり。

夏至の日、俗にこれを「朝節」と謂ふ。婦人は彩扇を進め、粉脂の囊を以て相贈遺す。

六月十有八日、国俗、耶律氏は宴を設け、以て国舅族の蕭氏を延べ、亦たこれを「𢘉裏叵」と謂ふ。

七月十三日、夜、天子は宮の西三十里に帳を卓てて宿す。前期に、酒饌を備ふ。翼日、諸軍部落の従う者は皆蕃楽を動かし、飲宴して暮に至り、乃ち行宮に帰り、これを「迎節」と謂ふ。十五日は中元、漢楽を動かし、大宴す。十六日昧爽、復た西方に往き、随行の諸軍部落は大いに三たび噪き、これを「送節」と謂ふ。国語にこれを「賽咿兒奢」と謂ふ。「奢」は好なり。

八月八日、国俗にて白犬を屠り、寝帳の前七歩の地に埋め、その嘴を露わにする。後七日の中秋、寝帳をその上に移す。国語にこれを「捏褐耐」と謂う。「捏褐」は犬なり、「耐」は首なり。

九月重九日、天子は群臣・部族を率いて虎を射り、少なきを負けとし、重九の宴を罰す。射畢りて、高地を選び帳を卓ち、蕃・漢の臣僚に菊花酒を賜い飲ます。兔の肝を臡とし、鹿の舌を醬とし、又茱萸の酒を研ぎ、門戸に灑いで禬禳す。国語にこの日を「必裏遲離」と謂う、九月九日のことなり。

歳十月、五京より紙を進めて小衣甲・槍刀・器械を造ること万副。十五日、天子と群臣、木葉山を望祭し、国字にて状を書き、併せてこれを焚く。国語にこれを「戴辣」と謂う。「戴」は焼くなり、「辣」は甲なり。

冬至の日、国俗にて白羊・白馬・白雁を屠り、各々その血を取りて酒に和し、天子は黒山を望拝す。黒山は境北に在り、俗に国人の魂魄はその神これを司どると謂い、中国の岱宗に猶る雲。毎歳この日、五京より紙を進めて人馬万余事を造り、山を祭りてこれを焚く。俗、甚だ厳かに畏れ、祭らざれば敢えて山に近づかず。

臘辰の日、天子は北南の臣僚を率いて併せて戎服し、戊夜に坐朝し、楽を作し酒を飲み、等第に甲仗・羊馬を賜う。国語にこの日を「炒伍侕叵」と謂う。「炒伍侕」は戦なり。

再生儀:凡そ十有二歳、皇帝の本命の前の年の季冬の月、吉日を択ぶ。前期、禁門の北に地を除き再生室・母後室・先帝の神主の輿を置く。再生室の東南に在り、三岐の木を倒植す。その日、童子及び産医の嫗を室中に置き、一婦人酒を執り、一叟矢箙を持ち、室外に立つ。有司、神主の輿を降るるを請い、奠を致す。奠畢りて、皇帝は寝殿を出で、再生室に詣る。群臣奉迎し、再拝す。皇帝室に入る。服を釈ぎ、洗う。童子を従え、三たび岐木の下を過ぐ。毎たび過ぐるに、産医の嫗詞を致し、帝躬を拂拭す。童子、岐木を七たび過ぎ、皇帝は木の側に臥し、叟箙を撃ちて曰く「男子生まる」と。太巫、皇帝の首を幪い、興り、群臣賀し称え、再拝す。産医の嫗、執酒の婦より酒を受け進め、太巫、繈褓・彩結等の物を奉りてこれを賛祝す。予め七叟を選び、各々御名を立てて彩に系ぎ、皆跪きて進む。皇帝嘉名を選びてこれを受け、物を賜う。再拝し、退く。群臣皆繈褓・彩結等の物を進む。皇帝は先帝の諸御容を拝し、遂に群臣を宴す。

善いかな、阻午可汗の後嗣に垂訓するや。孺子にしてその親を慕わざるは無し、嗜欲深くして愛浅く、妻子備わりて孝衰う。人々皆然り、而るに況や天子においてをや。再生の儀、歳一たび周星し、天子にこの礼を行わしめ、以てその孝心を起こさしむ。それこれを体するや真なれば、則ちこれを思うや切なり、孺子の慕い、将に油然として中心より発する者有らん、感発の妙、言語文字の能く及ぶところに非ず。善いかな、阻午可汗の後嗣に垂訓するや。始めを三たび岐木を過ぐるに以てし、母氏の劬労能く念わざらんや。終わりを先帝の御容を拝するに以てし、宗廟を敬承する宜しく何如ぞ。《詩》に曰く「爾が祖を念うこと無かれ、厥の徳を修めよ」と。