◎曆象誌下
○朔考
古より太史は歳年を正し以て事を叙するを掌り、国史は事を日に係え、日・月・時を以て年に係う。時月正しからざれば、則ち叙事一ならず。故に二史を一官に合し、暦を頒ち時を授くるは、必ず大一統を為す。遼・漢・周・宋は、倶に夏時を行い、各々暦を為す。国史の閏朔は、頗る異同有り。遼初めは『乙未元暦』を用い、本は何承天の『元嘉暦』の法なり。後に『大明暦』を用い、本は祖沖之の『甲子元暦』の法なり。承天は日食晦朏にして、一章必ず七閏有り。沖之は日食必ず朔にして、或いは四年に一閏す。『乙未暦』を用いれば、漢・周多く同じ。『大明暦』を用いれば、則ち時に宋と異なること有り。国史の叙事、甲子は殊ならず、閏朔多く異なるは、此の故なり。耶律儼の『紀』は『大明』の法を以て『乙未』の月朔を追正し、又陳大任の『紀』と時に或いは抵牾す。古を稽ふる君子、往々にして之に惑ふ。
『五代職方考』に契丹州軍の例を誌すを用ひ、『朔考』を作る。法殊なるを曰く「異」、伝へ誤れるを曰く「誤」。遼史は国を書かず、儼・大任の偏見は並びに各名に見ゆ。他史は国を以て朔に冠す。並びに後ろに註して見ゆ。(書568-677頁に表有りを見よ)
高麗の進むる所の『大遼事跡』諸王の冊文を載す、頗る月朔を見ゆ。因りて附入す。
○象
孟子に言有り、「天の高きや、星辰の遠きや、苟も其の故を求めば、千歳の日至も坐して致す可し」と。甚だしいかな、聖人の用心、広大精微と謂ふべく、至れり尽せり。
日には晷景有り、月には明魄有り、斗には建除有り、星には昏旦有り。天の変を観て器を制し以て之を候ふ。八尺の表、六尺の筒、百刻の漏、日月星辰掌上に示す。運行既に察し、度分即ち審かなり。是に於て天圜に象り以て運行を顕はし、地櫃を置き以て出入を験す。渾象是を作る。天道の常、尋尺の中に俯き窺ふ可し。陶唐の象是なり。三儀を設け以て度分を明らかにし、一衡を管り以て辰極を正す。渾儀是を作る。天文の変、六合の表に仰ぎ観る可し。有虞の璣是なり。体は金より固きは莫く、用は水より利するは莫し。金を範ち水を走らす。戸を出でずして天道を知る。此れ聖人の以て聖と為る所以なり。
○刻漏
○官星