曆象志上
遼は幽州・営州を拠点に建国し、礼楽制度は日々整備され、暦法を授け朔日を頒布すること二百余年。今詔を受けて遼史を編修するにあたり、体裁は宋・金史に似るが、その『大明暦』は欠かせない。暦書の法は禁制で入手できず、『大明暦』の元を求め、外史から祖沖之の法を得た。沖之の法は、遼暦の源流であろうか?我が朝もかつてこれに依った。沖之の法で計算し、遼の改暦の年に至り、元数を起算する、これが遼の『大明暦』である。遼暦はこれにより補完できるが、補わない、史書は欠文を貴ぶからだ。外史はその法を記し、司天監はその職を存し、『遼史』はこれを誌すに足る。『歴象志』を作る。
○歷
大同元年、太宗皇帝が晋の汴京から百官僚属・伎術・歴象を収め中京に遷し、遼は初めて暦を得た。以前は、梁・唐は景福『崇玄暦』を用い続けた。晋天福四年、司天監馬重績が『乙未元暦』を奏上し、『調元暦』と号し、太宗が汴京から収めた天暦はこれである。穆宗応暦十一年、司天王白・李正らが暦を進めたが、『乙未元暦』である。聖宗統和十二年、可汗州刺史賈俊が新暦を進めたが、『大明暦』である。高麗が記す『大遼古今録』は統和十二年に初めて正朔を頒布し改暦したと称し、検証に合う。『大明暦』は本来宋の祖沖之の法で、沈約『宋書』に詳しい。左の通り。
宋武帝大明六年、祖沖之が『甲子元暦』法を上奏したが、施行されず、『大明暦』と名付けた。上元甲子から宋大明七年癸卯まで、五万一千九百三十九年算外。元法:五十九万二千三百六十五。
紀法:三万九千四百九十一。章歳:三百九十一。章月:四千八百三十六。章閏:百四十四。
閏法:十二。月法:十一万六千三百二十一。日法:三千九百三十九。余数:二十万七千四十四。
歳余:九千五百八十九。没分:三百六十万五千九百五十一。没法:五万一千七百六十一。周天:千四百四十二万四千六百六十四。
虚分:万四百四十九。行分法:二十三。小分法:千七百十七。通周:七十二万六千八百十。
会周:七十一万七千七百七十七。通法:二万六千三百七十七。差率:三十九。推朔術:
上元年数から1を引いた数に章月を乗じ、章歳で割った商を積月とし、余りを閏余とする。閏余が247以上ならば、その年は閏月がある。月法に積月を乗じ、日法で割った商を積日とし、余りを小余とする。積日から60日単位で除き、余りを大余とする。大余に甲子から数えて1を加えた日が、求める年の天正十一月朔日である。小余が1849以上ならば、その月は大の月である。
求次月:
大余に29を加え、小余に2090を加える。小余が日法以上ならば大余に繰り上げ、大余が60以上ならば60を引く。前述の方法で日を定めると、次月の朔日となる。弦望を求めるには:
朔日の大余に7を加え、小余に1507と小分1を加える。小分が4以上ならば小余に繰り上げ、小余が日法以上ならば大余に繰り上げる。前述の方法で日を定めると、上弦の日となる。さらに同様に加算して望日、下弦、次月朔日を求める。閏月を推算する術:
章歳から閏余を引き、余りを閏法で割った商を月数とし、天正から数えて1を加えた月が閏月の位置である。閏月には進退があり、中気がない月を正とする。二十四節気を推算するには:
上元年数から1を引いた数に余数を乗じ、紀法で割った商を積日とし、余りを小余とする。積日から60日単位で除き、余りを大余とする。大余に甲子から数えて1を加えた日が、天正十一月冬至日である。次気を求めるには:
大余に15を加え、小余に8626と小分5を加える。小分が6以上ならば小余に繰り上げ、小余が紀法以上ならば大余に繰り上げる。前述の方法で日を定めると、次気の日となる。土王用事を求めるには:
冬至の大余に27を加え、小余に15528を加えると、季冬の土用事の日となる。さらに大余に91を加え、小余に12270を加えると、次の土用事の日となる。没日を推算する術:
90に冬至の小余を乗じ、没分から引き、没法で割った商を日とし、余りを日余とする。冬至から数えて1を加えた日が没日である。次没を求めるには:
日に69を加え、日余に34442を加える。日余が没法以上ならば日に繰り上げ、次没の日となる。日余が尽きれば滅日となる。太陽の位置を度で推算する術:
紀法に朔積日を乗じて度実とし、周天から引き、余りを紀法で割った商を積度とし、余りを度余とする。虚宿一度から始めて順次宿を除き、1を加えた度が天正十一月朔日夜半の太陽の位置である。次月を求めるには:
大月は30度を加え、小月は29度を加え、虚宿から度分を引く。行分を求めるには:
小分法で度余を割り、得たものを行分とし、余りを小分とする。小分が法に満てば行分に加え、行分が法に満てば度に加える。次日を求めるには:1度を加える。虚宿からは行分6、小分147を引く。
推月所在度術:
朔小余に124を掛けて度余とし、また朔小余に860を掛けて微分とする。微分が月法に満てば度余に加え、度余が紀法に満てば度とする。朔夜半の日の所在から引くと、月の所在度となる。次月を求めるには:
大月は35度、度余31834、微分77967を加え、小月は22度、度余17261、微分62736を加え、虚宿から度を引く。
遅疾歴:(書522-524頁に表あり)遅疾歴に入る術を推すには:
通法に朔積日を掛けて通実とし、通周で割り、余りを通法で割って日とし、余りを日余とする。日を数えて外し、天正11月朔夜半の入歴日とする。次月を求めるには:
大月は2日、小月は1日を加え、日余は全て11746とする。歴が27日、日余14631に満てば除く。次日を求めるには:1日を加える。日の所在定度を求めるには:
夜半の入歴日余に損益率を掛け、盈縮積分を損益し、差率で割る。得たものが紀法に満てば度とし、余りを度余とする。盈は加え、縮は減じて平行度及び余を定度とする。益して法に満ちたり、損して不足する場合は、紀法で進退する。度行分を求めるには上記の法による。次日を求めるには、入る遅疾に応じて加える。虚去分は上記の法による。
陰陽歷:
| 損益率 | 兼数 | |
|---|---|---|
| 一日 | 益十六 | 初 |
| 二日 | 益十五 | 十六 |
| 三日 | 益十四 | 三十一 |
| 四日 | 益十二 | 四十五 |
| 五日 | 益九 | 五十七 |
| 六日 | 益五 | 六十六 |
| 七日 | 益一 | 七十一 |
| 八日 | 損二 | 七十二 |
| 九日 | 損六 | 七十 |
| 十日 | 損十 | 六十四 |
| 十一日 | 損十三 | 五十四 |
| 十二日 | 損十五 | 四十一 |
| 十三日 | 損十六 | 二十六 |
| 十四日 | 損十六 | 十 |
陰陽歴に入る術を推すには:通実を置き、会周で割り、交数358888.5に満たないものを朔入陽歴分とし、それぞれ除いて朔入陰歴分とする。それぞれ通法に満てば1日とし、余りを日余とする。日を数えて外し、天正11月朔夜半の入歴日とする。
次月を求めるには:大月は2日、小月は1日を加え、日余は全て20779とする。歴が13日、日余15987.5に満てば除く。陽が終われば陰に入り、陰が終われば陽に入る。次日を求めるには:1日を加える。
朔望差を求める:二千二十九を朔小餘に乗じ、三百三で割った余りを日餘とし、余りを倍にして小分とする。これが朔差数である。これに十四日、日餘二万百八十六、小分百二十五を加える。小分が六百六に達すれば日餘に繰り上げ、日餘が通法に達すれば日数に繰り上げる。これが望差数である。さらに加えると、次月の朔となる。
合朔月食を求める:朔望夜半の陰陽歴入りと余りを置き、半がある場合は除く。小分三百三を置き、差数を加える。小分が六百六に達すれば日餘に繰り上げ、日餘が通法に達すれば日数に繰り上げ、日数が一歴に達すれば除く。日数を数えて外側とし、朔望加時の歴入りとする。朔望加時の歴入りが一日で、日餘四千百九十八、小分四百二十八以下、または十二日で、日餘万一千七百八十八、小分四百八十一以上の場合、朔では交会、望では月食となる。
合朔月食の定大小餘を求める:差数の日餘を夜半の遅疾歴入り余りに加え、日餘が通法に達すれば日数に繰り上げる。これが朔望加時の歴入りである。歴入り余りに損益率を乗じ、盈縮積分を損益し、差法で割る。盈を減じ縮を加えて本朔望小餘を定小餘とする。益して法に達するか、損して不足する場合は、日法で日数を進退させる。
合朔月食の加時を求める:十二を定小餘に乗じ、日法で割って一辰を得る。子から数えて外側とし、加時の所在辰とする。余りがある場合は四倍し、日法で割って一を少、二を半、三を太とする。さらに余りがある場合は三倍し、日法で割って一を強とする。強を少に加えて少強、半に加えて半強、太に加えて太強とする。二を得た場合は少弱とし、少に加えて半弱、半に加えて太弱、太に加えて一辰弱とし、前辰の名で呼ぶ。
月の日道からの距離を求める:陰陽歴入り余りに損益率を乗じ、通法で割る。兼数を損益して定数とする。定数を十二で割って度とする。余りを四で割り、少、半、太とする。さらに余りを三で割り、一を強、二を少弱とする。これが月の日道からの距離である。陽歴は表に、陰歴は裏にある。
測景漏刻中星数:〈(書529-531頁に表あり)〉昏明中星を求める:各度数を夜半の日所在に加え、中星度とする。五星術を推す:
木率:千五百七十五万三千八十二。火率:三千八十万四千百九十六。土率:千四百九十三万三百五十四。金率:二千三百六万一十四。
水率:四百五十七万六千二百四。
五星術を推す:度実を各率で割り、余りを率から減じる。その余りを紀法で割り、入歳日とする。余りを日餘とし、天正朔から数えて外側とし、星合日とする。
星合度を求める:入歳日と余りを天正朔日の積度と余りに加え、紀法で割って度に繰り上げ、三百六十余度分を超えれば除く。虚一から数えて外側とし、星合の所在度とする。
星の出現日を求める:術で伏日と余を星合日と余に加え、余が紀法に満ちたら日を加え、前述のように命じると、出現日となる。
星の出現度を求める:術で伏度と余を星合度と余に加え、余が紀法に満ちたら度を加え、虚に入って度分を去り、前述のように命じると、星の出現度となる。
五星の運行法:小分法で度余を除き、得たものを行分とし、余りを小分とし、日に行分を加え、法に満ちたら度を加え、留は前を因み、逆は減じ、伏は度を尽くさず。運行して虚に入れば、行分六、小分百四十七を去り、逆に虚を出れば、加える。
木星:
初めに日と合し、伏し、十六日、日余万七千八百三十二、二度を行き、度余三万七千五百四、晨に東方に出現。従い、日行四分、百十二日で十九度十一分を行く。留、二十八日。逆、日行三分、八十六日で十一度五分退く。また留二十八日。従い、日行四分、百十二日、夕に西方に伏し、日度余は初めの如し。一終三百九十八日、日余三万五千六百六十四、三十三度を行き、度余二万五千二百一十五。
火星:
初めに日と合し、伏し、七十二日、日余六百八、五十五度を行き、度余二万八千八百六十五、晨に東方に出現。従い、疾、日行十七分、九十二日で六十八度を行く。小遅、日行十四分、九十二日で五十六度を行く。大遅、日行九分、九十二日で三十六度を行く。留、十日。逆、日行六分、六十四日で十六度十六分退く。また留、十日。従い、遅、日行九分、九十二日。小疾、日行十四分、九十二日。大疾、日行十七分、九十二日。夕に西方に伏し、日度余は初めの如し。一終七百八十日、日余千二百十六、四百十四度を行き、度余三万二百五十八、一周を除き、定行四十九度、度余万九千八百九。
土星:
初めに日と合し、伏し、十七日、日余千三百七十八、一度を行き、度余万九千三百三十三、晨に東方に出現し、順行し、日行二分、八十四日で七度七分を行く。留、三十三日。逆行し、日行一分、百十日で四度十八分退く。また留、三十三日。従い、日行二分、八十四日、夕に西方に伏し、日度余は初めの如し。一終三百七十八日、日余二千七百五十六、十二度を行き、度余三万一千七百九十八。
金星:
初めに日と合し、伏し、三十九日、日余三万八千百二十六、四十九度を行き、度余三万八千百二十六、夕に西方に出現。従い、疾、日行一度五分、九十二日で百十二度を行く。小遅、日行一度四分、九十二日で百八度を行く。大遅、日行十七分、四十五日で三十三度六分を行く。留、九日。遅、日行十六分、九日で六度六分退き、夕に西方に伏す。伏五日、五度退き、日と合す。また五日で五度退き、晨に東方に出現し、逆、日行十六分、九日、留、九日。従い、遅、日行十七分、四十五日。小疾、日行一度四分、九十二日。大疾、日行一度五分、九十二日。晨に東方に伏し、日度余は初めの如し。一終五百八十三日、日余三万六千七百六十一、行星も同様。一周を除き、定行二百十八度、度余二万六千三百十三。合二百九十一日、日余三万八千百二十六、行星も同様。
水星:
初めに日と合し、伏し、十四日、日余三万七千百十五、三十度を行き、度余三万七千百十五、夕に西方に出現。従い、疾、日行一度六分、二十三日で二十九度を行く遅、日行二十分、八日で六度二十二分を行く。留、二日。遅、日行十一分、二日で二十二分退き、夕に西方に伏す。伏八日、八度退き、日と合す。また八日で八度退き、晨に東方に出現。逆、日行十一分、二日。留、二日。従い、遅、日行二十分、八日。疾、日行一度六分、二十三日。晨に東方に伏し、日度余は初めの如し。一終百十五日、日余三万四千七百三十九、行星も同様。一合五十七日、日余三万七千百十五、行星も同様。
上元の歳、歳は甲子に在り、天正甲子朔夜半冬至、日月五星は虚度の初めに聚まり、陰陽遅疾もここより始まる。
梁の武帝天監三年、沖之の子恒が上疏し、何承天の暦が乖謬で用いるべからざるを論ず。九年正月、詔して祖沖之の造れる『甲子元暦』を用いて朔を頒つ。陳氏は梁に因り、また祖沖之の暦を用いる。遼に至り、聖宗は賈俊の進むる新暦を以て、宋の『大明』の旧号に因りて行う。金は『重修大明暦』と曰う。皇元に伝わりても『重修大明暦』と曰う。及び『授時暦』に改め、別に司天監を立てて存肄し、毎歳甲子冬至に其の法を重修す。書は太史院に在り、禁じて聞くを得ず。