遼史

志第一: 営衛志上

◎営衛志上

上古の世は、草を衣とし木の実を食い、巣に住み穴に処し、熙熙として於於たり、求めず争わず。爰に炎帝の政衰え、蚩尤乱を起こし、始めて干戈を制し、以て天下を毒す。軒轅氏起こり、之を涿鹿の阿に戮す。処するときは則ち吻を宮に象り、行くときは則ち旄を纛に県げ、以て天下万世の戒めと為す。ここにおいて師兵営衛、設けざるを得ざるなり。冀州以南は、洪水の変を歴て、夏后始めて城郭を制す。その人土着して居り綏服の中にあり、外は武衛を奮い、内は文教を揆え、守りを四辺に在り。営衛の設けは、以て非常を備うるのみ。並・営以北は、勁風多く寒く、陽に随いて遷徙し、歳に寧居無く、曠土万里、寇賊奸宄、隙に乗じて起こる。営衛の設けは、以て常然と為す。その勢然りなり。遼有りて始めて大いに、制を設くること尤も密なり。居には宮衛有り、之を斡魯朵と謂い、出には行営有り、之を捺缽と謂う。辺圉を分鎮するを、部族と謂う。事有れば則ち攻戦を以て務めと為し、閑暇なれば則ち畋漁を以て生と為す。日として営せざる無く、処として衛せざる無し。国を立つる規模、此より重きは莫し。『営衛志』を作る。

○宮衛

遼国の法:天子践位すれば、宮衛を置き、州県を分ち、部族を析き、官府を設け、戸口を籍し、兵馬を備う。崩ずれば則ち后妃宮帳に扈従し、以て陵寝を奉ず。調発有れば則ち丁壮は戎事に従い、老弱は居守す。太祖は弘義宮と曰い、応天皇后は長寧宮と曰い、太宗は永興宮と曰い、世宗は積慶宮と曰う。穆宗は延昌宮と曰い、景宗は彰湣宮と曰い、承天太后は崇徳宮と曰い、聖宗は興聖宮と曰い、興宗は延慶宮と曰い、道宗は太和宮と曰い、天祚は永昌宮と曰う。また孝文皇太弟に敦睦宮有り、丞相耶律隆運に文忠王府有り。凡そ州三十八、県十、提轄司四十一、石烈二十三、瓦裏七十四、抹裏九十八、得裏二、閘撒十九。正戸八万、蕃漢転戸十二万三千、合わせて二十万三千戸と為す。

算斡魯朵は、太祖の置く所。国語に心腹を『算』と曰い、宮を『斡魯朵』と曰う。是れ弘義宮と為す。心腹の衛を以て置き、益すに渤海の俘、錦州の戸を以てす。その斡魯朵は臨潢府に在り、陵寝は祖州東南二十里に在り。正戸八千、蕃漢転戸七千、騎軍六千を出す。

州五:錦、祖、厳、祺、銀。県一:富義。提轄司四:南京、西京、奉聖州、平州。石烈二:須と曰い、速魯と曰う。

瓦裏四:合不と曰い、撻撒と曰い、慢押と曰い、虎池と曰う。抹裏四:膻と曰い、預墩と曰い、鶻突と曰い、糾裏闡と曰う。得裏二:述壘北と曰い、述壘南と曰う。

国阿輦斡魯朵は、太宗の置く所。国を収むるを「国阿輦」と曰う。是れ永興宮と為す。初め孤穩斡魯朵と名づく。太祖の渤海を平らげし俘戸、東京・懐州提轄司及び雲州懐仁県・沢州灤河県等の戸を以て置く。その斡魯朵は遊古河の側に在り。陵寝は懐州南三十里に在り。正戸三千、蕃漢転戸七千、騎軍五千を出す。

州四:懐、黔、開、来。県二:保和、灤河。提轄司四:南京、西京、奉聖州、平州。石烈一:北女古。

瓦裏四:抹と曰い、母と曰い、合李只と曰い、述壘と曰う。

抹裏十三:述壘軫と曰い、大隔蔑と曰い、小隔蔑と曰い、母と曰い、帰化不術と曰い、唐括と曰い、吐谷と曰い、百爾瓜忒と曰い、合魯不只と曰い、移馬不只と曰い、膻と曰い、清滯と曰い、速穩と曰う。

閘撒七:伯徳部と曰い、守狘と曰い、穴骨只と曰い、合不頻尼と曰い、虎裏狘と曰い、耶裏只挟室と曰い、僧隠令公と曰う。

耶魯碗斡魯朵は、世宗の置く所。興盛を「耶魯碗」と曰う。是れ積慶宮と為す。文献皇帝の衛従及び太祖の俘戸、並びに雲州提轄司、及び高・宜等州の戸を以て置く。その斡魯朵は土河の東に在り、陵寝は長寧宮の北に在り。正戸五千、蕃漢転戸八千、騎軍八千を出す。

州は三つ:康州、顯州、宜州。縣は一つ:山東縣。提轄司は四つ。石烈は一つ:兮臘。

瓦裏は八つ:達撒、合不、吸烈、逼裏、潭馬、槊不、耶裏直、耶魯兀也という。

抹裏は十つ:紇斯直、蠻葛、厥裏、潭馬忒、出懶、速忽魯碗、牒裏得、閻馬、叠裏特、女古という。

蒲速碗斡魯朵は、應天皇太后が設置した。興隆を「蒲速碗」という。これが長寧宮である。遼州及び海濱縣などの戸をもって設置した。その斡魯朵は高州にあり、陵寢は龍化州の東一百里にある。世宗はこれを分けて讓國皇帝の宮院に属させた。正戸七千、蕃漢轉戸六千、騎軍五千を出す。

州は四つ:遼州、儀坤州、遼西州、顯州。縣は三つ:奉先縣、歸義縣、定縣。提轄司は四つ。石烈は一つ:北女古。

瓦裏は六つ:潭馬、合不、達撒、慢押、耶裏只、渾只という。

抹裏は十三つ:渾得移鄰稍瓦只、合四卑臘因鐵裏卑稍只、奪羅果只、拿葛只、合裏只、婆渾昆母溫、阿魯埃得本、東廝裏門、西廝裏門、東〓裏、西〓裏、牒得只、滅母鄰母という。

奪裏本斡魯朵は、穆宗が設置した。これが延昌宮である。討平を「奪裏本」という。國阿輦斡魯朵の戸及び阻卜の俘戸、中京提轄司、南京制置司、咸州、信州、韓州等の州の戸をもって設置した。その斡魯朵は糺雅裏山の南にあり、陵寢は京の南にある。

正戸一千、蕃漢轉戸三千、騎軍二千を出す。州は二つ:遂州、韓州。提轄司は三つ:中京、南京、平州。石烈は一つ:須という。

瓦裏は四つ:抹骨古等、兀沒、潭馬、合裏直という。

抹裏は四つ:抹骨登兀沒滅、土木直移鄰、息州決裏、莫瑰奪石という。

監母斡魯朵は、景宗が設置した。これが彰憨宮である。遺留を「監母」という。章肅皇帝の侍衛及び武安州の戸をもって設置した。その斡魯朵は合魯河にあり、陵寢は祖州の南にある。正戸八千、蕃漢轉戸一万、騎軍一万を出す。

州は四つ:永州、龍化州、降聖州、同州。縣は二つ:行唐縣、阜俗縣。提轄司は四つ。石烈は二つ:監母、南女古という。

瓦裏は七つ:潭馬、奚烈、埃合裏直、蠻雅葛、特末、烏也、滅合裏直という。

抹裏は十一つ:尼母曷烈因稍瓦直、察改因麻得不、移失鄰斡直、辛古不直、撒改真、牙葛直、虎狘阿裏鄰、潑昆、潭馬、閘臘、楚兀真果鄰という。

孤穩斡魯朵は、承天太后が設置した。これを崇徳宮と為す。玉を「孤穩」と曰う。乾・顕・双の三州の戸を以て設置す。その斡魯朵は土河の東に在り、陵は景宗皇帝に祔す。正戸六千、蕃漢転戸一万、騎軍一万を出す。

州四:乾川・双・貴徳。県一:潞上京。提轄司三:南京・西京・奉聖州。石烈三:曰〓裏、曰滂、曰叠裏特女古。

瓦裏七:曰達撒、曰耶裏、曰合不、曰歇不、曰合裏直、曰慢押、曰耶裏直。

抹裏十一:曰阿裏廝直述壘、曰預篤温稍瓦直、曰潭馬、曰賃預篤温一臘、曰牙葛直、曰牒得直、曰虎温、曰孤温、曰撒裏僧、曰阿裏葛斯過鄰、曰鐵裏乖穩〓裏。

閘撒五:曰合不直迷裏幾頻你、曰牒耳葛太保果直、曰爪裏阿本果直、曰僧隱令公果直、曰老昆令公果直。

女古斡魯朵は、聖宗が設置した。これを興聖宮と為す。金を「女古」と曰う。国阿輦・耶魯碗・蒲速碗の三斡魯朵の戸を以て設置す。その斡魯朵は女混活直に在り、陵寢は慶州の南安に在り。正戸一万、蕃漢転戸二万、騎軍五千を出す。

州五:慶・隰・烏上京・烏東京・覇。提轄司四。

石烈四:曰毫兀真女姑、曰拿兀真女室、曰女特裏特、曰女古滂。瓦裏六:曰女古、曰蒲速碗、曰鶻篤、曰乙抵、曰蓊、曰埃也。

抹裏九:曰乙辛不只、曰鐵乖温、曰埃合裏只、曰嘲瑰、曰合魯山血古只、曰奪忒排登血古只、曰労骨、曰虚沙、曰土鄰。

閘撒五:曰達鄰頻你、曰和裏懶你、曰爪阿不厥真、曰粘獨裏僧、曰袍達夫人厥只。

窩篤碗斡魯朵は、興宗が設置した。これを延慶宮と為す。孳息を「窩篤碗」と曰う。諸斡魯朵及び饒州の戸を以て設置す。その斡魯朵は高州の西に在り、陵寢は上京慶州に在り。正戸七千、蕃漢転戸一万、騎軍一万を出す。

州三:饒・長春・泰。提轄司四。石烈二:曰窩篤碗、曰鶻篤骨。

瓦裏六:曰窩篤碗、曰廝把、曰廝阿、曰糺裏、曰得裏、曰欧烈。

抹裏六:曰欧裏本、曰燕廝、曰緬四、曰乙僧、曰北得裏、曰南得裏。

阿思斡魯朵は、道宗が設置した。これを太和宮と為す。寛大を「阿思」と曰う。諸斡魯朵の御前承応人及び興中府の戸を以て設置す。その斡魯朵は好水濼に在り、陵寢は上京慶州に在り。正戸一万、蕃漢転戸二万、騎軍一万五千を出す。

石烈二つあり、阿廝と耶魯という。

瓦裏八つあり、阿廝、耶魯、得裏、糺裏、撒不、鶻篤、蒲速斡、曷烈という。

抹裏七つあり、恩州得裏、斡奢得裏、歐裏本、特滿、查剌土鄰、糺裏、阿裏廝迷裏という。

阿魯碗斡魯朵は、天祚皇帝が設置した。これを永昌宮という。輔佑を「阿魯碗」という。諸斡魯朵の御前承応人、春州・宣州の戸をもって設置した。正戸八千、蕃漢転戸一万、騎軍一万を出す。石烈二つあり、阿魯碗と榆魯碗という。

瓦裏八つあり、阿魯斡、合裏也、鶻突、敵剌、謀魯斡、糺裏、奪裏剌、特末也という。

抹裏八つあり、蒲速碗、移輦、斡篤碗、特滿、謀魯碗、移典、悅、勃得本という。

孝文皇太弟の敦睦宮は、これを赤寔得本斡魯朵という。孝を「赤寔得本」という。文獻皇帝の承応人及び渤海の俘虜、建州・沈州・巖州の三州の戸をもって設置した。陵寢は祖州の西南三十里にある。正戸三千、蕃漢転戸五千、騎軍五千を出す。

州三つあり、建州、沈州、巖州である。提轄司一つあり、南京にある。石烈二つあり、嘲と與敦という。

瓦裏六つあり、乙辛、得裏、奚烈直、大潭馬、小潭馬、與墩という。抹裏二つあり、潭馬抹乖と柳実という。閘撒二つあり、耳晨頻你と打裏頻你という。

大丞相晉國王耶律隆運は、本姓は韓氏、名は德讓という。功により国姓を賜わり、宮籍を出し、横帳季父房に隷属させた。尚書令しょうしょれいを贈られ、諡は文忠という。子がなく、皇族の魏王貼不の子耶魯を嗣とし、早世したため、天祚皇帝はまた皇子敖魯斡を継がせた。官が葬具を給し、廟を乾陵の側に建てた。諸宮の例に擬し、文忠王府を建てた。正戸五千、蕃漢転戸八千、騎軍一万を出す。

州一つあり。提轄司六つあり、上京、中京、南京、西京、奉聖州、平州である。著帳郎君

著帳郎君:初め、遙輦痕德堇可汗は蒲古只等三族が于越釋魯を害したため、家屬を籍没して瓦裏に入れた。淳欽皇后がこれを赦免し、著帳郎君とした。世宗は悉く免じた。族・戚・世官で犯罪した者は没入する。

著帳戶

著帳戶:元は諸斡魯朵から析出された者、及び諸罪により没入された者である。凡そ承応小底、司蔵、鷹坊、湯薬、尚飲、盥漱、尚膳、尚衣、裁造等の役、及び宮中、親王の祗従、伶官の類は、皆これに充てる。

凡そ諸宮衛の人丁は四十万八千、騎軍は十万一千である。著帳の赦免、没入は、時に随って増減し、常額はない。