遼史

本紀第二十二: 道宗二

道宗 二

八年春正月癸丑、鴨子河に幸す。二月、納葛濼に駐蹕す。三月戊申朔、楚王蕭革致仕し、鄭國王に進封せらる。夏五月、吾獨婉惕隱屯禿葛等、歳貢の馬・駱駝を乞う、これを許す。六月丙子朔、拖古烈に駐蹕す。辛丑、右夷離畢奚馬六を以て奚六部大王と為す。是の月、清涼殿に御し進士王鼎等九十三人を放つ。秋七月甲子、外室剌にて熊を射る。冬十月甲戌朔、獨盧金に駐蹕す。十二月庚辰、知北院樞密使事蕭圖古辭を以て北院樞密使と為す。癸未、西京に幸す。戊子、皇太后の行ふ再生禮に因り、西京の囚を曲赦す。

九年春正月辛亥、鴛鴦濼に幸す。辛未、民の銅を鬻ぐことを禁ず。三月辛未、宋主禎殂し、姪の曙を以て子と為し嗣ぎて位に即かしむ。夏五月丙午、隋王仁先を以て南院樞密使と為し、許王に徙封す。是の月、曷裏狘にて清暑す。秋七月丙辰、太子山に幸す。戊午、皇太叔重元その子楚國王涅魯古及び陳國王陳六、同知北院樞密使事蕭胡睹、衛王貼不、林牙涅剌溥古、統軍使蕭叠裏得、駙馬都尉參及び弟の術者、圖骨、旗鼓拽剌詳穩耶律郭九、文班太保奚叔、內藏提點烏骨、護衛左太保敵不古、按答、副宮使韓家奴、寶神奴等凡そ四百人、弩手軍を誘脅して行宮を犯す。時に南院樞密使許王仁先、知北樞密院事趙王耶律乙辛、南府宰相蕭唐古、北院宣徽使蕭韓家奴、北院樞密副使蕭惟信、敦睦宮使耶律良等、宿衛の士卒数千を率いてこれを防ぐ。涅魯古躍馬して突出し、将に戦わんとす、近侍詳穩渤海阿廝、護衛蘇に射殺せらる。己未、逆黨の家を族す。庚申、重元大漠に亡入り、自殺す。辛酉、諸道に詔諭す。壬戌、仁先を以て北院樞密使と為し、宋王に進封し、尚父を加え、耶律乙辛を南院樞密使と為し、蕭韓家奴を殿前都點檢と為し、荊王に封ず。蕭惟信、耶律馮家奴並びに太子太傅を加う。宿衛官蕭乙辛、回鶻海鄰、裏、耶律撻不也、阿廝、宮分人急裏哥、霞抹、乙辛、只魯並びに上將軍を加う。諸護衛及び士卒、庖夫、弩手、傘子等三百余人、各官を授くること差等有り。耶律良密かに重元の変を告ぐ、命じて横帳夷離堇房の籍を為し、漢人行宮都部署と為す。癸亥、貼不重元等に脅かされたるを訴う、詔して爵を削り民と為し、鎮州に流す。戊辰、黒白羊を以て天を祭る。八月庚午朔、使いを遣わし南京の吏民を安撫す。癸酉、永興宮使耶律塔不也乱を定むるの功有るを以て、同知點檢司事と為す。冬十月戊辰朔、興王寺に幸す。庚午、六院部太保耶律合術を以て知南院大王事と為す。是の月、藕絲澱に駐蹕す。十一月辛丑、南院宣徽使蕭九哥を以て北府宰相と為す。己未、故富春郡王耶律義先を追封して許王と為す。是歳、皇子浚を封じて梁王と為す。

十年春正月己亥、北に幸す。二月、南京の民の水を決して粳稻を種うることを禁ず。秋七月壬申、諸路の囚を決することを詔す。辛巳、僧尼の私に行在に詣り、妄りに禍福を述べて財物を取ることを禁ず。九月壬寅、懷州に幸し、太宗・穆宗の廟を謁す。冬十月壬辰朔、中京に駐蹕す。戊午、民の文字を私かに刊印することを禁ず。十一月甲子、吏民の衣服の制を定む。辛未、六斎日の屠殺を禁ず。丁丑、乾文閣の闕くる所の経籍を求むることを詔し、儒臣を命じて校讎せしむ。庚辰、彰國軍節度使韓謝十を以て惕隱と為す。南京に詔して御用の彩緞を私造し、鉄を私貨し、及び非時に酒を飲むことを得ざらしむ。南京三司を命じ、毎歳春秋官銭を以て将士を饗せしむ。十二月癸巳、北院大王蕭兀古匿を以て契丹行宮都部署と為す。是歳、南京・西京大いに熟す。

咸雍元年春正月辛酉朔、文武百僚尊号を上りて聖文神武全功大略廣智聰仁睿孝天佑皇帝と曰す。元を改め、大赦す。梁王浚を冊して皇太子と為し、内外の官に級を賜うこと差等有り。甲子、魚兒濼に幸す。庚寅、諸に詔し正旦・重午・冬至に遇うとき、別に表して東宮を賀せしむ。三月丁亥、知興中府事楊績を以て知樞密院事と為す。夏四月辛卯、知樞密院事張嗣復疾あるを以て、知興中府事に改む。庚子、拖古烈にて清暑す。五月辛巳、夏国使いを遣わして来貢す。秋七月丙子、皇太后の熊を射獲せるを以て、百官に賞賚すること差等有り。八月丙申、客星天廟を犯す。諸路に詔して盗賊に備え、火禁を厳にす。九月乙亥、藕絲澱に駐蹕す。丁丑、左夷離畢慥古を孟父敞穩と為す。冬十月丁亥朔、醫巫閭山に幸す。己亥、皇太后虎を射獲す、群臣を大いに宴し、各詩を賦せしむ。十一月壬戌、星斗の如く有り、逆行し、隠隠として声有り。十二月甲午、遼王仁先を以て南京留守と為し、晉王に徙封す。辛亥、南京留守蕭惟信を以て左夷離畢と為す。壬子、熒惑月と並び行き、旦より午に至る。

二年春正月丁巳、鴨子河に幸す。宋の賀正使王嚴卒す、礼を以て送還す。癸未、山榆澱に幸す。二月甲午、武定軍節度使姚景行に詔し、治道を以て問い、南院樞密使に拝す。三月辛巳、東北路詳穩耶律韓福奴を以て北院大王と為す。壬午、彗星西方に見ゆ。夏四月、霖雨。五月乙亥、拖古烈に駐蹕す。辛巳、戸部使劉詵を以て樞密副使と為す。六月丙戌、回鶻来貢す。甲辰、阻卜来貢す。秋七月癸丑朔、西北路招討使蕭術者を以て北府宰相と為し、左夷離畢蕭惟信を南院樞密使と為し、同知南院樞密使事耶律白を惕隱と為す。丙辰、南院樞密使姚景行致仕す。庚申、囚を録す。辛酉、景行前職に復す。丁卯、藕絲澱に幸す。歳旱あるを以て、使いを遣わし山後の貧民を振恤す。九月壬子朔、日食有り。参知政事韓孚を以て樞密副使と為す。冬十二月壬午、知樞密院事楊績を以て南院樞密使と為し、樞密副使劉詵を参知政事と為す。戊子、僧守志に守司徒しとを加う。丁酉、西京留守合術を以て南院大王と為す。辛丑、蕭術者を武定軍節度使と為す。是年、永安殿に御し、進士張臻等百一人を放つ。

三年春正月辛亥、鴨子河に幸す。甲子、安流殿にて魚を釣る。三月癸亥、宋主曙殂し、子頊嗣位し、使を遣わして哀を告ぐ。即ち右護衛太保蕭撻不也、翰林學士陳覺第を遣わして吊祭せしむ。閏月丁亥、扈駕軍営火災し、銭・粟及び馬を賜うこと差あり。辛卯、春州北澱に駐蹕す。乙巳、蕭兀古匿を以て北府宰相と為す。夏五月壬辰、納葛濼に駐蹕す。壬寅、随駕官諸工人馬に賜う。六月戊申、有司新城県民楊従の謀反を奏し、偽りに官吏を署す。上曰く「小人無知、此れ児戯爾」と。独り其の首悪を流し、余は之を釈す。庚戌、宋使を遣わして其の先帝の遺物を饋る。辛亥、宋即位を以て、陳襄を遣わして来報す。即ち知黄龍府事蕭図古辞、中書舎人馬鉉を遣わして往きて賀す。壬戌、南府宰相韓王蕭唐古致仕す。壬申、広徳軍節度使耶律蕊奴を以て南府宰相と為し、度支使趙徽参知政事と為す。秋七月辛丑、熒惑昼見す、凡そ三十五日。九月戊戌、詔して諸路の囚糧を給す。癸卯、南京に幸す。冬十一月壬辰、夏国使を遣わして回鶻僧・金仏・『梵覚経』を進む。十二月丁未、参知政事劉詵を以て枢密副使と為し、東北路詳穏高八を南院大王と為し、枢密直学士張孝傑を参知政事と為す。己酉、張孝傑を以て同知枢密院事と為す。丁巳、再生礼を行い、死罪以下を赦す。是の月、夏国王李諒祚薨ず。是歳、南京旱魃・蝗害あり。

四年春正月甲戌朔、日食あり。丙子、鴛鴦濼に幸す。辛巳、易州兵馬使を安撫使に改む。丁亥、炭山に猟す。辛卯、使を遣わして西京の饑民を振恤す。二月甲辰朔、詔して元帥府に軍を募らしむ。壬子、夏国王李諒祚の子秉常、使を遣わして哀を告ぐ。癸丑、『御製華厳経賛』を頒行す。丁卯、北行す。三月丙子、使を遣わして夏国に吊祭す。甲申、応州の饑民を振恤す。乙酉、詔して南京、軍行の地を除き、余は皆稲を種うることを得しむ。庚寅、朔州の饑民を振恤す。乙未、夏国李秉常、使を遣わして其の父諒祚の遺物を献ず。夏四月戊午、阿薩蘭回鶻、使を遣わして来貢す。五月丙戌、拖古烈に駐蹕す。六月壬子、西北路に穀雨ふる、方三十里。丙寅、北院林牙耶律趙三を以て北院大王と為し、右夷離畢蕭素颯を中京留守と為す。秋七月壬申、烏古敵烈部都統軍司を置く。丙子、黒嶺に猟す。是の月、南京霖雨し、地震す。九月己亥、藕絲澱に駐蹕す。冬十月辛亥、南京の徒罪以下の囚を曲赦す。永清・武清・安次・固安・新城・帰義・容城諸県水害あり、一歳の租を復す。戊辰、李秉常を冊して夏国王と為す。十二月辛亥、夏国使を遣わして来貢す。

五年春正月、阻卜叛く。晋王仁先を以て西北路招討使と為し、禁軍を領して之を討たしむ。夏六月己亥、拖古烈に駐蹕す。丙午、吐蕃使を遣わして来貢す。壬戌、南院枢密使蕭惟信を以て知北院枢密使事と為す。秋七月乙丑朔、日食あり。戊辰、夏国使を遣わして封冊を謝す。癸未、詔して皇族の勢いに恃み細民を侵漁するを禁ず。八月、慶陵を謁す。九月戊辰、仁先人を遣わして阻卜の捷を奏す。冬十月己亥、藕絲澱に駐蹕す。十一月丁卯、詔して四方館副使は止だ契丹人を以て充てしむ。丁丑、五国剖阿裏部叛く。蕭素颯を命じて之を討たしむ。閏月戊申、夏国王李秉常、使を遣わして印綬を賜わんことを乞う。己未、僧誌福に守司徒を加う。十二月甲子、皇太子の再生礼を行い、諸路の徒罪以下の罪一等を減ず。乙丑、詔して百官に廷議して国政を議わしむ。甲戌、五国来降す。仍て方物を献ず。

六年春正月甲午、千鵝濼に幸す。二月丙寅、阻卜来朝し、方物を貢ぐ。夏四月癸未、西北路招討司、降りたる阻卜酋長を行在に至らしむ。五月甲辰、拖古烈に清暑す。甲寅、賢良科を設け、詔して是の科に応ずる者は、先ず其の業とする十万言を進めしむ。六月辛巳、阻卜来朝す。乙酉、惕隱耶律白を以て中京留守と為す。是の月、永安殿に御し進士趙廷睦等百三十八人を放つ。秋七月辛亥、合魯聶特に猟す。八月丙子、耶律白薨ず。遼西郡王を追封す。九月庚戌、藕絲澱に幸す。甲寅、馬希白詩才敏妙なるを以て、十吏書して給う能わず、召して之を試みしむ。冬十月丁卯、五国部長来朝す。壬申、西北路招討司、阻卜酋長を擒えて来献す。十一月乙卯、生熟鉄を回鶻・阻卜等の界に鬻ぐを禁ず。十二月戊午、円釈・法鈞の二僧に並びに守司空しくうを加う。己未、坤寧節を以て、死罪以下を赦す。辛酉、漢人の捕猟を禁ず。

七年春正月戊子、鴨子河に幸す。二月乙丑、女直馬を進む。丙寅、南院枢密使姚景行を以て知興中府事と為す。三月己酉、五国を討つ功を以て、知黄龍府事蒲延・懐化軍節度使高元紀・易州観察使高正に並びに千牛衛上将軍を加え、五国節度使蕭陶蘇幹・寧江州防禦使大栄に並びに静江軍節度使を加う。黒水に幸す。夏四月癸酉、納葛濼に幸す。乙亥、布帛短狭にして尺度に中らざる者を禁ず。六月己卯、吐蕃来貢す。癸未、南院大王高八致仕す。秋七月甲申朔、東北路詳穏合裏只を以て南院大王と為し、西南面招討使拾得奴を奚六部大王と為す。己丑、使を遣わして五京の囚を按問せしむ。庚子、藕絲澱に幸す。八月辛巳、仏骨を招仙浮図に置き、猟を罷め、屠殺を禁ず。冬十月己卯、医巫閭山に幸す。壬戌、南府宰相耶律蕊奴を以て南京統軍使と為す。戊辰、乾陵を謁す。庚辰、詔して百官に廷議して軍国事を議わしむ。十一月戊子、南京の流民の租を免ず。己丑、饒州の饑民を振恤す。丙午、高麗使を遣わして来貢す。十二月壬子、契丹行宮都部署耶律胡睹を以て知北院枢密使事と為し、知北院枢密使事蕭惟信を南府宰相と為し、兼ねて契丹行宮都部署と為す。丁巳、漢人行宮都部署李仲禧・北院宣徽使劉霂・枢密副使王観・都承旨楊興工、各々国姓を賜う。戊寅、回鶻来貢す。是歳、春州にて斗粟六銭。