興宗 一
十一年夏六月己卯、聖宗崩御、枢前において皇帝の位に即く。壬午、母元妃蕭氏を尊び皇太后とする。甲申、使者を遣わし宋及び夏・高麗に喪を告げる。この年、宣政殿に臨み進士劉貞ら五十七人を放つ。辛卯、大赦を行い、元号を景福と改める。乙未、大行皇帝の梓宮を奉じ、永安山太平殿に殯す。辛丑、皇太后、駙馬蕭鉏不裏・蕭匹敵に死を賜い、圍場都太師女直著骨裏・右祗候郎君詳穩蕭延留ら七人を皆棄市に処し、その家を没収し、齊天皇后を上京に遷す。秋七月丙午朔、皇太后、皇族を率いて太平殿において大いに哭礼を行う。高麗、使者を遣わし弔慰す。帝、晉王蕭普古らを召して飲博し、夜分に至り罷む。丁未、鞠を撃つ。戊申、耶律韓八を左夷離畢とし、特末裏を左祗候郎君詳穩とし、横帳郎君楽古に右祗候郎君詳穩を権行せしむ。己酉、耶律鄭留を於厥迪烈都詳穩とし、高八を右皮室詳穩とする。庚戌、薊州の民の飢饉を賑済す。癸丑、大行皇帝の御容を写すことを詔す。甲寅、囚を録す。観察姚居信を上将軍とする。慶州を慶陵の南に建て、民を移して実とし、陵邑を奉じしむ。乙卯、近年の豊作により、東京統軍司への糧食支給を罷む。丁巳、帝、大行皇帝の御容を拝謁し、久しく哀慟す。よって詔して北府宰相蕭孝先・南府宰相蕭孝穆の像を御容殿に写さしむ。蕭阿姑軫を東京留守とする。丁卯、太平殿を拝謁し、先帝の用いられた弓矢を焼く。晉王普古の邸に幸して病を見舞う。辛未、囚を録す。壬申、帝、神主帳を拝謁す。時に奥隈蕭氏が初めて宮中に入り、これにも拝礼を命ず。八月壬午、大行皇帝の梓宮を菆塗殿に遷す。九月戊申、自ら慶陵を視る。庚戌、皇太后に問安す。辛亥、宋、王隨・曹儀を遣わし祭奠を致し、王鬷・許懷信・梅詢・張綸を遣わし両宮を慰め、範諷・孫継業を遣わし即位を賀し、孔道輔・魏昭文を遣わし皇太后冊礼を賀す。戊午、弧矢・鞍勒を菆塗殿において焼く。庚申、夏国、使者を遣わし来り慰む。庚午、宋使の弔祭により、喪服を着て菆塗殿に臨む。甲戌、御史中丞耶律翥・司農卿張確・詳穩耶律勵・四方館使高維翰を遣わし宋の弔慰を謝す。冬十月戊寅、宰臣呂德懋薨ず。癸未、鉏不裏の党弥勒奴・観音奴らを誅す。丙戌、工部尚書高德順・崇祿卿李可封を遣わし先帝の遺物を宋に致す。右領軍衛上将軍耶律遜・少府監馬憚を以て皇太后謝宋使とし、右監門衛上将軍耶律元載・引進使魏永を以て皇帝謝宋使とす。丁酉、夏国、使者を遣わし来り賻す。戊戌、蕭革・趙為果・耶律郁・馬保業を以て来年の賀宋正旦使副とす。閏月辛亥、菆塗殿を拝謁し、玄宮の器物を閲す。有司、生辰を永寿節とし、皇太后の生辰を応聖節とすることを請う。これに従う。辛酉、新造の鎧甲を閲す。丁卯、黄龍府の飢民を賑済す。十一月壬辰、帝、百官を率いて菆塗殿において奠す。大行皇帝の服御・玩好を出して焼く。五坊の鷹鶻を放つ。甲午、文武大孝宣皇帝を慶陵に葬る。乙未、天地を祭る。皇太后に問安す。丙申、慶陵を拝謁し、遺物を群臣に賜う。その山を慶雲と名付け、殿を望仙と名付く。十二月癸丑、慶陵より至る。皇太后、政を聴く。帝、庶務に親しまず、群臣表を奉じて請うも従わず。この年、興平公主を夏国王李德昭の子元昊に降嫁し、元昊を夏国公・駙馬都尉とする。
四年春正月庚寅、耶迷只裏に如く。三月乙酉朔、皇后蕭氏を立つ。夏四月甲寅朔、涼陘に如く。五月庚子、散水源に清暑す。六月癸丑朔、皇子宝信奴生まる。耶律信・呂士宗・蕭袞・郭揆を以て賀宋生辰及び来歳正旦使副に充てる。秋七月壬午朔、黒嶺に狩る。九月乙酉、長寧澱に駐蹕す。冬十月、王子城に如く。十一月壬午、南京総管府を改めて元帥府と為す。乙酉、白嶺に行柴冊礼し、大赦す。尚父耶律信寧・政事令耶律求翰に耆宿贊翊功臣を加う。十二月癸丑、詔して諸軍の炮・弩・弓・剣手に時を以て閲習せしむ。庚申、宋遣わして鄭戩・柴貽範・楊日華・張士禹を来らしめ永寿節及び正旦を賀せしむ。
五年春正月甲申、魚児濼に如く。枢密使蕭延寧、国舅乙室小功帳の敞史を改めて将軍と為すを請う。之に従う。夏四月庚申、潞王査葛を以て南府宰相と為し、崇徳宮使耶律馬六を以て惕隠と為す。甲子、后の弟蕭無曲の第に幸し、曲水に觴を泛べて詩を賦す。丁卯、新定の条制を頒つ。己巳、上大臣と分朋して鞠を撃つ。五月甲午、南幸す。丁未、胡土白山に如きて清暑す。庚申、北院大王高十の行帳に幸して奥を拝し、銀絹を賜う。壬戌、詔して南京の宮闕府署を修せしむ。秋七月辛丑、囚を録す。耶律把八、其の弟韓哥が己を謀殺せんとすと誣う。有司奏して当に反坐すべしとす。臨刑に、其の弟泣き訴えて曰く「臣惟だ一兄有り、乞うらくは其の死を貸さん」と。上憫みて之に従う。九月癸巳、黄花山に狩り、熊三十六を獲る。狩人に差等有りて賞す。冬十月丁未、南京に幸す。辛亥、析津府境内の囚を曲赦す。壬子、元和殿に御し、『日射三十六熊賦』・『幸燕詩』を以て進士を廷に試み、馮立・趙徽以下四十九人に進士第を賜う。馮立を以て右補闕と為し、趙徽以下皆な太子中舎と為し、緋衣・銀魚を賜い、遂に大宴す。御試進士是より始まる。宋遣わして宋郊・王世文を来らしめ永寿節を賀せしむ。甲子、宰臣張儉等、礼部貢院に幸するを請う。歓飲して暮に至りて罷む。物を賜うに差等有り。耶律祥・張素民・耶律甫・王澤を以て賀宋生辰正旦使副に充てる。
六年春正月丁丑、西幸す。三月戊寅、秦王蕭孝穆を以て北院枢密使と為し、徙封して呉王とす。晋王蕭孝先を以て南京留守と為す。夏四月、野狐嶺に狩る。閏月、竜門県の西山に狩る。五月己酉、炭山に清暑す。耶律韓八を以て北院大王と為し、蕭把哥を左夷離畢と為し、王子郎君詳穏鼻姑得を林牙と為し、北面事を簽する耶律涅哥を同簽点検司と為す。甲寅、囚を録す。南大王耶律信寧、故に重囚及び侍婢の贓汙を匿うに因り、命じて剣脊を以て撻ちて其の官を奪う。都監、阿附及び侍婢の罪に坐す。皆な死を論ず。詔して之を貸す。丙辰、耶律信寧を以て西南路招討使と為す。庚申、飛龍廄の馬を出し、皇太弟重元及び北・南面の侍臣に賜うに差等有り。癸亥、上京留守耶律胡睹袞を以て南大王と為し、平章事蕭査剌寧を上京留守と為し、侍中管寧を行宮都部署と為し、耶律蒲奴寧を烏古迪烈得都詳穏と為す。甲子、上京留守耶律洪古を以て北院大王と為す。六月壬申朔、善寧を以て殿前都点検と為し、護衛太保耶律合住を兼ねて長寧宮使と為し、蕭阿剌裏・耶律烏魯斡・耶律和尚・蕭韓家奴・蕭特裏・蕭求翰を各宮都部署と為す。上酒酣にして詩を賦す。呉国王蕭孝穆・北宰相蕭撒八等皆な和し属し、夜中にして乃ち罷む。己卯、天地を祀る。癸未、南院大王耶律胡睹袞に命を賜う。上親ら誥詞を制し、並びに詩を賜いて之を寵す。丙申、北院大王侯哂を以て南京統軍使と為す。秋七月辛丑朔、北・南枢密院の獄空なるを以て、賞賚に差等有り。壬寅、皇太弟重元子を生むを以て、詩及び宝玩器物を賜い、死罪以下を曲赦す。癸卯、秋山に如く。八月己卯、北枢密院言う、越棘部の民其の酋帥坤長の不法を苦しみ、多く流亡すと。詔して越棘等五国の酋帥を罷め、契丹節度使一員を以て之を領せしむ。冬十月癸酉、石宝岡に駐蹕す。十一月己亥朔、阻卜の酋長来貢す。辛亥、契丹行宮都部署蕭惠を以て南院枢密使と為す。壬子、管寧を以て南院枢密使と為し、蕭掃古を諸行宮都部署と為し、耶律裏知を南面行宮副部署と為し、蕭阿剌裏を左祗候郎君詳穏と為し、耶律曷主を右祗候郎君詳穏と為す。庚申、晋国公主の行帳に幸して疾を視る。皇子洪基を封じて梁王と為す。十二月、楊佶を以て忠順軍節度使と為す。耶律斡・秦鑒・耶律徳・崔継芳を遣わして宋の生辰及び正旦を賀せしむ。
七年春正月戊戌の朔、宋は高若訥・夏元正・謝絳・張茂実を遣わして正旦及び永寿節を賀せしむ。辛丑、混同江に如く。二月庚午、春州に如く。乙亥、東川に駐蹕す。丁丑、高麗使いを遣わして来貢す。壬午、五坊に幸して鷹鶻を閲す。乙酉、使いを慶州に遣わし皇太后の安否を問う。三月戊戌の朔、皇太弟重元の行帳に幸す。壬寅、蒲河澱に如く。辛亥、夏国使いを遣わして来貢す。甲寅、囚を録す。夏四月己巳、興平公主薨じたるを以て、北院承旨耶律庶成を遣わし詔を持して夏国王李元昊に問わしむ、公主は生時に元昊と睦まず、没し、その故を詰む。己卯、白馬堝に猟す。甲申、新澱井にて兎を射る。乙未、金山に猟し、楊家を遣わして鹿尾茸を大安宮に進む。六月乙亥、清涼殿に御して進士を試み、邢彭年以下五十五人に第を賜う。秋七月甲辰、囚を録す。乙巳、阻卜の酋長屯禿古斯来朝す。戊申、黒嶺に如く。九月丁未、平澱に駐蹕す。冬十月甲子の朔、遼河を渡る。丙寅、白馬澱に駐蹕す。壬申、囚を録す。十一月癸巳の朔、耶律元方・張泥・韓至徳・蕭傅を以て賀宋生辰正旦使副と為す。辛丑、皇太后の安否を問い、珍玩を進む。庚申、囚を録す。十二月、善く撃鞠する者数十人を東京に召し、近臣と角勝せしめ、上臨みて之を観る。己巳、皇太弟重元に北南院枢密使事を判せしめ、北府宰相撒八寧を再任して兼ねて東京留守事を知らしめ、耶律応穏を南府宰相とし、査割折を大内惕隠とし、乙室已帳の蕭翰を乾州節度使とし、劉六符を参知政事とし、王子帳の冠哥を王子郎君詳穏とし、鉏窘大王を平州節度使とし、宰臣張克恭を司空を守らしめ、宰臣韓紹芳に侍中を加え、惕隠耶律馬六を北院宣徽使とし、傅父耶律喜孫を南府宰相とす。癸未、宋は王挙正・張士禹を遣わして永寿節を賀せしむ。甲申、日ごとに酒を大安宮に進むことを命じ、慶陵に薦む。丁亥、囚を録し、故殺にあらざる者は科を減ず。南面侍御壮骨裏、女直の貢物を詐取し、罪死す、上、吏能あるを以て、黥して之を流す。
八年春正月壬辰の朔、宋は韓琦・王従益を遣わして来賀す。丙申、混同江に如きて漁を観る。戊戌、品部を振恤す。庚戌、率没裏河にて魚を叉す。丁巳、朔州の羊を宋に鬻ぐことを禁ず。二月丙子、長春河に駐蹕す。夏六月乙丑、詔して戸口を括す。秋七月丁巳、慶陵に謁し、望仙殿に奠を致す。皇太后を迎えて顕州に至り、園陵に謁し、還京す。冬十月、東京に駐蹕す。十一月甲午、詔す、北院の処事失平なるを言い、鐘を撃ち及び駕を邀えて告ぐる者あらば、悉く以て奏聞せしむ。戊戌、皇太后に朝し、僧を召して仏法を論ぜしむ。戊申、皇太后再生の礼を行い、大赦す。己酉、長春を城す。閏十二月壬辰、呉国王蕭孝穆の疾を視る。宋は龐籍・杜賛を遣わして永寿節を賀せしむ。
九年春正月丙辰の朔、上、皇太后宮に酒を進め、正殿に御す。宋は王拱辰・彭再思を遣わして来賀す。庚申、鴨子河に如く。二月、魚児濼に駐蹕す。三月辛未、応聖節に因り、大赦す。五月乙卯の朔、永安山に清暑す。六月、柳を射て雨を祈る。秋七月癸酉、宋は郭禎を遣わし夏を伐つを以て来報し、枢密使杜防を遣わして報聘す。丁丑、秋山に如く。冬十月癸未の朔、中会川に駐蹕す。十一月甲子、女直辺を侵し、黄龍府鉄驪軍を発して之を拒ぐ。宋は蘇伸・向伝範を遣わして応聖節を賀せしむ。十二月庚寅、北大王府布猥帳の郎君、自ら言う先世国と婚姻を聯ねしと、敞史を置くことを許し、本帳の蕭胡睹をして之を為さしむ。辛卯、得たる女直戸を以て粛州を置く。蕭迪・劉三嘏・耶律元方・王惟吉・耶律庶忠・孫文昭・蕭紹筠・秦徳昌を以て賀宋生辰及び来歳正旦使副と充てしむ。詔す、諸犯法の者は、官吏と為るを得ず、諸職官は婚祭に非ざれば、沈酗して事を廃すべからず。民を治め辺を安んずるの略ある者は、悉く具して以て聞かしむ。