◎列女
邢簡の妻陳氏、耶律氏(常哥)、耶律奴の妻蕭氏、耶律朮者の妻蕭氏、耶律中の妻蕭氏
男女が居室を共にするは、人の大なる倫なり。烈女を得るよりは、賢女を得るに若かず。天下に烈女の名あるは、幸いならざるなり。『詩』は衛の共姜を讃え、『春秋』は宋の伯姫を褒む。蓋し已むを得ざる所以にして、人倫の変を重んずるなり。遼は北方を拠り、風化中土より疎なりと視らる。遼の世を終ふるまで、賢女二を得、烈女三を得て、以て人心の天理、世道の存亡とともにせざるもの有るを見る。
耶律奴の妻蕭氏、小字は意辛、国舅駙馬都尉陶蘇斡の女。母は胡独公主。意辛、姿容美しく、年二十にして始めて奴に嫁ぐ。親に事へ族に睦み、孝謹を以て聞こゆ。嘗て娣姒と会し、厭魅を争ひ言ひて以て夫の寵を取らんとす。意辛曰く、「厭魅は礼法に若かず」と。衆其の故を問ふ。意辛曰く、「己を修めて以て潔くし、長に奉じて以て敬し、夫に事へて以て柔らかにし、下を撫でて以て寛くし、君子して其の輕易を見せしむること毋からしむ。此れを礼法と為し、自然に夫に重んぜらる。厭魅を以て寵を獲るは、独り心に愧ぢざらんや」と。聞く者大いに慚づ。初め、奴は枢密使乙辛と隙有り。及び皇太子廃せらるるに及び、誣はれて爵を奪はれ、興聖宮に没入せられ、烏古部に流さる。上、意辛公主の女なるを以て、婚を絶たしめんと欲す。意辛辞して曰く、「陛下妾が葭莩の親を以て、流竄を免れしめ給ふは、実に天地の恩なり。然れども夫に帰するの義、生死も亦た之を以てす。妾笄年より奴に従ふ。一旦難に臨み、頓に爾く乖離し、綱常の道に背き、禽獣に何ぞ異ならん。幸ひに陛下哀憐し、奴と俱に行かしめ給はば、妾即ち死すとも恨み無し」と。帝其の言に感じ、之に従ふ。意辛久しく貶所に在り、親しく役事を執り、労有りと雖も難色無し。夫に事ふる礼敬、旧に増す有り。寿隆中、上書して子孫の為に著帳郎君たらんことを乞ふ。帝其の節を嘉し、挙家を召し還す。子国隠、乾統年間に始めて仕ふ。保大中、意辛臨潢に在り、諸子に謂ひて曰く、「吾盧彦倫の必ず叛かんことを度る。汝輩速やかに避けよ。我当に之に死せん」と。賊至り、害に遇ふ。
耶律朮者の妻蕭氏、小字は訛裏本、国舅孛堇の女。性端愨、容色有り、幼より他女と異なり。年十八にして朮者に嫁ぐ。謹裕貞婉、娣姒之を推尊す。及び朮者の喪に居るに及び、極めて哀毀す。既に葬りて、親しき者に謂ひて曰く、「夫婦の道は、陰陽表裏の如し。陽無ければ則ち陰立つ能はず、表無ければ則ち裏附く所無し。妾今不幸にして天を失ふ。且つ生くる者は必ず死す、理の自然なり。朮者早歳朝に登り、才有りて寿せず。天妾身に禍ひし、此の酷罰に罹る。復た何にか依恃せん。儻し死者見る可くば、則ち従はん。見る可からざれば、則ち当に俱にせん」と。侍婢慰勉すれど、竟に回意無く、自ら刃して卒す。
耶律中の妻蕭氏、小字は挼蘭、韓国王恵の四世孫。聡慧謹願。年二十にして中に嫁ぐ。夫に事ふるに敬順にして、親戚皆其の徳を誉む。中嘗て謂ひて曰く、「汝粗書を知る可し。以前の貞淑を以て鑒と為せ」と。遂に心を発して誦習し、多く古今に渉る。天慶中、賊に執へられ、潜かに刃を履の中に置き、誓ひて曰く、「人我を汚さんと欲する者は、即ち之に死せん」と。夜に至り、賊遁れて免る。久しくして、帝中を召して五院都監と為す。中妻に謂ひて曰く、「吾本より宦情無し。今免るる能はず。我当に死を以て国に報ぜん。汝我に従ふ能はんや」と。挼蘭対へて曰く、「謹んで教へを奉ず」と。及び金兵地を徇ひて嶺西に至り、其の民を尽く徙す。中節を守りて死す。挼蘭悲戚を外に形せず、人怪しむ。俄して馬を躍らせて突出し、中の死する所に至りて自殺す。
論じて曰く、陳氏は経を以て二子を教へ、並びに賢相と為り、耶律氏は自ら潔くして嫁がず、閨閫の内に居りて其の君に忠なるを忘れず。賢ならずして能く之を為さんや。三蕭氏の節は、烈丈夫と雖も能はざる者有らん。