漢書 - 卷十五下 ‧ 王子侯表第三下

孝元の世、王子侯はなく、盛衰終始、まさに命であろうか!元始の際、王莽が朝政を専断し、偽って宗室を褒め、侯は王の孫に及んだ;[1]居摂してますます多くなり、正しからず、ゆえに記録しない。[2]またすぐに絶え、悲しいことだ!

孝昭係王子侯表

号諡名 始封位次 曾孫 玄孫
松茲戴侯 霸 六安共王の子。 始元5年6月辛丑に封じられ、22年で薨去。 神爵2年、共侯 始が嗣ぐ。 頃侯 緁が嗣ぐ。〈師古曰:「緁の音は干涉の反。」〉 侯 均が嗣ぐ。王莽が位を簒奪し、絶えた者は凡そ181人。〈師古曰:「この下に免絶とある者は皆これである。」〉
温水侯 安国 膠東哀王の子。 6月辛丑に封じられ、10年後、本始2年、上書して妖言をなした罪に坐し、赦令に会い、免官。      
蘭旗頃侯 臨朝 魯安王の子。 六月辛丑に封じられ、二十二年で薨去。 神爵二年、節侯去疾が嗣ぎ、七年で薨去。 甘露元年、釐侯嘉が嗣ぐ。 侯位が嗣がれ、絶える。
容丘戴侯方山 魯安王の子。 六月辛丑に封じられる。 頃侯未央が嗣ぐ。 侯昭が嗣ぎ、絶える。  
良成頃侯文德 魯安王の子。 六月辛丑に封じられる。 共侯舜が嗣ぐ。 釐侯原が嗣ぐ。 戴侯元が嗣ぐ。 侯閔が嗣ぎ、絶える。
蒲領煬侯祿 清河綱王の子。 六年五月乙卯に封じられる。 哀侯推が後を継ぎ、後継者がいないまま亡くなった。    
      元延三年、節侯不識が推の弟として封じられた。 侯京が後を継ぎ、免職された。  
南曲煬侯遷 清河綱王の子。 五月乙卯に封じられ、三十年で亡くなった。 甘露三年、節侯江が後を継いだ。 侯尊が後を継ぎ、免職された。  
高城節侯梁 長沙頃王の子。 六月乙未に封じられた。 質侯景が後を継いだ。 頃侯請士が後を継いだ。 侯馮が後を継ぎ、免職された。
成献侯喜 中山康王の子。 元鳳五年十一月庚子に封じられ、十五年で亡くなった。 神爵元年、頃侯得疵が後を継いだ。〈師古曰:「疵の音は才斯反。」〉 煬侯傰が後を継いだ。〈師古曰:「傰の音は普等反。」〉 哀侯貴が後を継ぎ、建平元年に亡くなり、後継者がいない。 涿郡
新市康侯吉 広川繆王子。 十一月庚子に封じられ、二十五年で薨去。 甘露三年、頃侯義が継ぐ。 侯欽が継ぐ。   堂陽
江陽侯仁 城陽慧王子。 六年十一月乙丑に封じられ、十年、元康元年、付属する部族を役使した罪で免職。〈師古曰:「付属してきた集落をすぐに使役するのは、法の定めではない。」〉       東海
陽武侯 孝武皇帝の曾孫。 元平元年七月庚申に封じられ、即日皇帝の位に即く。      

右孝昭

孝宣係王子侯表

号謚名 始封位次 曾孫 玄孫
朝陽荒侯聖 広陵厲王の子 本始元年七月壬子に封じられる 思侯広徳が継ぐ 侯安国が継ぎ、免職   済南
平曲節侯曾 広陵厲王の子 七月壬子に封じられ、十九年、五鳳四年、父が上を呪詛した罪に連座して免職、後に再封 釐侯臨が継ぐ 侯農が継ぎ、免職   東海
南利侯昌 広陵厲王の子 七月壬子に封じられ、五年、地節二年、人を殺害した罪で免職       汝南
安定戾侯賢 燕剌王の子 七月壬子に封じられる 頃侯延年が継承した。 侯昱が継承し、免職された。   鉅鹿
東襄愛侯寛 広川繆王の子。 三年四月壬申に封じられた。 侯使親が継承し、建昭元年に薨去し、後継者がいなかった。     信都
宣処節侯章 中山康王の子。 三年六月甲辰に封じられ、四年に薨去した。 地節三年、原侯衆が継承し、薨去し、後継者がいなかった。    
脩市原侯寅 清河綱王の子。 四年四月己丑に封じられ、三年に薨去した。 地節三年、頃侯千秋が継承した。 釐侯元が継承した。 侯雲が継承し、免職された。 勃海
東昌趮侯成〈晋灼曰:「音は躁疾。」師古曰:「即ち古の躁字なり。」〉 清河綱王子。 四月己丑に封じられる。 頃侯親が継ぐ。 節侯霸が継ぐ。 侯祖が継ぎ、免職される。
新郷侯豹 清河綱王子。 四月己丑に封じられ、四年で薨去。 地節四年、釐侯歩可が継ぐ。 煬侯尊が継ぐ。 侯佟が継ぎ、元始元年に王莽が摂政に就くべきと上書し、莽が帝位を簒奪すると、王姓を賜る。〈師古曰:「佟は徒冬反と読む。」〉
脩故侯福 清河綱王子。 四月己丑に封じられ、五年後、元康元年、群盗を匿った罪で棄市に処される。       清河
東陽節侯弘 清河綱王子。 四月己丑に封じられ、十年で薨去。 神爵二年、釐侯縦が継ぐ。 頃侯迺始が継ぐ。 哀侯封が親を継いだ。 侯伯造が継いだが、免官された。
新昌節侯慶 燕の剌王の子。 五月癸丑に封じられた。 頃侯稱が継いだ。 哀侯未央が継いだが、死去し、後継者がいなかった。   涿
        元延元年、釐侯嫋が未央の弟として継いで封じられた。〈師古曰:「嫋は音が乃了反。」〉 侯晉が継いだが、免官された。
邯冓節侯偃〈師古曰:「邯は音が寒。冓は音が溝。」〉 趙の頃王の子。 地節二年四月癸卯に封じられ、九年で死去した。 神爵三年、釐侯勝が継いだ。 頃侯度が継いだ。 侯定が継いだが、免官された。
楽陽繆侯説 趙の頃王の子。 四月癸卯に封じられた。 孝侯宗が継承。 頃侯崇が継承。 侯鎮が継承、免官。 常山
桑中戴侯広漢 趙頃王の子。 四月癸卯に封じられる。 節侯縦が継承。 頃侯敬が継承、後継者なく断絶。  
        元延二年、侯舜が敬の弟として継承、十九年で免官。  
張侯嵩 趙頃王の子。 四月癸卯に封じられる、八年、神爵二年、賊を殺害した罪で、上書して上に訴え、獄中で病死。      
景成原侯雍 河間献王の子。 四月癸卯に封じられる、六年で死去。 元康四年、頃侯欧が継承。 釐侯禹が継承。 節侯福が継承、免官。 勃海
平隄嚴侯招〈師古曰:「隄音丁奚反。」〉 河間獻王子。 四月癸卯封,一年薨。 三年,繆侯榮嗣。 節侯曾世嗣。 釐侯育嗣。 鉅鹿侯迺始嗣,免。
樂鄉憲侯佟 河間獻王子。 四月癸卯封,九年薨。 神爵三年,節侯蒯嗣。 頃侯鄧嗣。 釐侯勝嗣。 鉅鹿侯地緒嗣,免。
高郭節侯壒〈師古曰:「壒音一蓋反。」〉 河間獻王子。 四月癸卯封,薨。 孝侯乆長嗣。 頃侯菲嗣。〈師古曰:「菲音斐。」〉 共侯稱嗣。 哀侯の霸が後を継ぎ、薨去し、後継者がいなかった。
            鄚(元延元年)、侯の異衆が霸の弟として封じられた。〈師古曰:「河間の県である。音は莫。」〉
      六世侯の發が後を継ぎ、免職された。    
楽望孝侯の光 膠東戴王の子。 四年二月甲寅に封じられた。 釐侯の林が後を継いだ。 侯の起が後を継ぎ、免職された。   北海
饒康侯の成 膠東戴王の子。 二月甲寅に封じられた。 侯の新が後を継ぎ、免職された。     北海
柳泉節侯の強 膠東戴王の子。 二月甲寅に封じられ、十七年で薨去した。 黄龍元年、孝侯の建が後を継いだ。 煬侯の万年が後を継いだ。 侯の永昌が後を継ぎ、免職された。 南陽
復陽厳侯延年〈師古曰:「復は方目反と読む。」〉 長沙頃王の子。 元康元年正月癸卯に封じられる。 煬侯漢が継ぐ。 侯道が継ぎ、免ぜられる。   南陽
鍾武節侯度 長沙頃王の子。 正月癸卯に封じられる。 孝侯宣が継ぐ。 哀侯霸が継ぎ、後継者なく。  
      元延二年、節侯則が霸の叔父として継ぎ封じられる。    
高城節侯梁 長沙頃王の子。 正月癸卯に封じられる。 質侯景が継ぐ。 頃侯諸士が継ぐ。 侯馮が継ぎ、免ぜられる。
宣陽侯賜 六安夷王子。 二年五月丙戌に封じられ、二十八年、建昭二年、上書して印綬を返上した罪で免職、八百戸。      
海昬侯賀 昌邑哀王子。 三年四月壬子、昌邑王として封じられ、四年、神爵三年に薨去。かつて淫らな行いをした罪で、後継者を立てることができなかった。〈師古曰:「辟は僻と読む。」〉 初元三年、釐侯代宗が賀の子として紹封された。 原侯保世が継承した。 侯會邑が継承し、免職、建武の後に封じられた。 豫章
曲梁安侯敬 平干頃王子。 七月壬子に封じられた。 節侯時光が継承した。 侯瓠辯が継承し、免職。   魏郡
遽郷侯宣 真定烈王子。 四年三月甲寅に封じられ、二年で薨去、後継者なし。       常山
新利侯偃 膠東戴王の子。 神爵元年四月癸巳に封じられ、十一年後、甘露四年、上書で虚偽を述べた罪で免職され、後に戸都侯に再封されるが、建始三年に再び上書で虚偽を述べ、免職。四百戸。      
楽信頃侯強 広川繆王の子。 三年四月戊戌に封じられる。 孝侯何が継承。 節侯賀が継承。 侯涉が継承し、免職。 鉅鹿
昌成節侯元 広川繆王の子。 四月戊戌に封じられ、四年で死去。 五鳳三年、頃侯歯が継承。 釐侯応が継承。 質侯江が継承し、建平三年に死去、後継者なし。 信都
広郷孝侯明 平干頃王の子。 七月壬申に封じられる。 節侯安が継承。 釐侯周斉が継承した。 侯充国が継承し、免職された。 鉅鹿
成郷質侯慶 平干頃王の子。 七月壬申に封じられ、九百戸。 節侯霸が継承し、鴻嘉三年に薨去し、後継者がいなかった。     広平
      元延二年、侯果が霸の弟として継承し、十九年で免職された。    
平利節侯世 平干頃王の子。 四年三月癸丑に封じられた。 質侯嘉が継承した。 釐侯禹が継承した。 侯旦が継承し、免職された。 魏郡
平郷孝侯壬 平干頃王の子。 三月癸丑に封じられた。 節侯成が継承した。 侯陽が後を継ぎ、免官。   魏郡
平纂節侯梁 平干頃王の子。 三月癸丑に封じられ、死去し、後継ぎなし。       平原
成陵節侯充 平干頃王の子。 三月癸丑に封じられ、410戸。 侯徳が後を継ぎ、鴻嘉三年、弟が後母と淫乱し、共に兄を殺害した件で、徳は知りながら報告せず、不道の罪で投獄され獄死。     広平
西梁節侯闢兵 広川戴王の子。 三年乙亥に封じられ、七年で死去。 甘露三年、孝侯広が後を継ぐ。 哀侯宮が後を継ぐ。 侯敞が後を継ぎ、免官。 鉅鹿
歴郷康侯必勝 広川繆王の子。 七月壬子に封じられ、五年で薨去。 甘露元年、頃侯長壽が嗣ぐ。 繆侯宮が嗣ぐ。 侯東之が嗣ぎ、免官。 鉅鹿
陽城愍侯田 平干頃王の子。 七月壬子に封じる。 節侯賢が嗣ぐ。 釐侯說が嗣ぐ。 侯報が嗣ぎ、免官。
祚陽侯仁 平王頃王の子。 五鳳元年四月乙未に封じられ、十三年、初元五年、勝手に徭役賦課を起こした罪で爵位一級を削られ、関内侯となる、九百一十戸。       廣平
武陶節侯朝 廣川繆王の子。 七月壬午に封じる。 孝侯弘が嗣ぐ。 節侯勳が嗣ぐ。 侯京嗣,免。 鉅鹿
陽興侯昌 河間孝王子。 十二月癸巳封,二十六年,建始二年,坐朝私留它縣,使庶子殺人,棄市。千三百五十戶。       涿郡
利鄉孝侯安 中山頃王子。 甘露元年三月壬辰封。 戴侯遂嗣。 侯國嗣,免。   常山
都鄉孝侯景 趙頃王子。 二年七月辛未封。 侯溱嗣,免。〈師古曰:「溱音臻。」〉     東海
昌慮康侯弘〈師古曰:「慮音力於反。」〉 魯孝王子。 四年閏月丁亥封。 釐侯奉世が継承した。 侯蓋が継承し、免職された。   泰山
平邑侯敞 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられ、二年、初元元年、一家二人を殺害した罪で棄市に処された。       東海
山鄉節侯綰 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられた。 侯丘が継承し、免職された。     東海
建陵靖侯遂 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられ、一年で薨去した。 黄龍元年、節侯魯が継承した。 侯連文が継承し、免職された。   東海
合陽節侯平 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられ、千百六十戸。 孝侯安上が継承し、建始元年に薨去、後継者なし。     東海
東安孝侯強 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられる。 侯拔が継承し、免職。     東海
承郷節侯当〈師古曰:「承は音証。」〉 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられ、二千七百戸。 侯德天が継承し、鴻嘉二年、国人を脅迫し、財物五百以上を受領した罪で免職。     東海
建陽節侯咸 魯孝王の子。 閏月丁亥に封じられる。 孝侯霸が継承。 侯並が継承し、免職。   東海
高郷節侯休 城陽恵王の子。 十一月壬申に封じられる。 頃侯興が継承。 侯革始が継承し、免職。   琅邪
茲郷孝侯弘 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられる。 頃侯昌が継承。 節侯応が継承。 侯宇が継承し、免職。 琅邪
藉陽侯顕 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられ、十六年、建昭四年、国民を脅迫して財物を奪った罪で免職。六百戸。       東海
都平愛侯丘 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられる。 恭侯訢が継承。 侯堪が継承し、免官。   東海
棗原侯山 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられる。 節侯蒭が継承。 侯妾得が継承し、薨去、後継者なし。   琅邪
箕愿侯文〈師古曰:「愿の音は願、また原。」〉 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられる。 節侯瞵が継承。〈師古曰:「瞵の音は鄰。」〉 侯襃が継承し、免官。   琅邪
高広節侯勳 城陽荒王の子。 十一月壬申に封じられる。 哀侯賀が継承。 質侯福が継承。 侯吳が継承し、免官。 琅邪
即来節侯佼〈師古曰:「佼は狡と音す。」〉 城陽荒王の子。 十一月壬申に封ず。 侯欽嗣し、免ぜらる。     琅邪

右孝宣

孝元係王子侯表

号謚名 始封位次 曾孫 玄孫
膠郷敬侯漢 高密哀王の子。 初元元年三月丁巳に封じ、七百四十戸。 節侯成嗣し、陽朔四年に薨じ、後なし。     琅邪
桃煬侯良 広川繆王の子。 三月に封じられる。 共侯敞が継承。 侯狗が継承、免職。   鉅鹿
安平釐侯習 長沙孝王の子。 三月に封じられる。 侯嘉が継承、免職。     鉅鹿
陽山節侯宗 長沙孝王の子。 三月に封じられる。 侯買奴が継承、免職。     桂陽
庸釐侯談 城陽荒王の子。 三月に封じられる、九百一十戸。 侯端が継承、永光二年、人妻を強姦した罪で、赦令により、免職。     琅邪
昆山節侯光 城陽荒王の子。 三月に封じられる。 侯儀が継承し、免官。     琅邪
折泉節侯根 城陽荒王の子。 三月に封じられる。 侯詡が継承し、免官。     琅邪
博石頃侯淵 城陽荒王の子。 三月に封じられる。 侯獲が継承し、免官。     琅邪
要安節侯勝 城陽荒王の子。 三月に封じられる。 哀侯守が継承し、薨去、後継者なし。     琅邪
房山侯勇 城陽荒王の子。 三月に封じられ、五十六年で薨去。       琅邪
式節侯憲 城陽荒王の子。 三月に封じられ、三百戸。 哀侯霸が継承し、鴻嘉元年に薨去、後継者なし。     泰山
      元延元年、侯萌が霸の弟として継承し、十九年で免職。    
臨郷頃侯雲 広陽頃王の子。 五年六月に封じられる。 侯交が継承し、免職。     涿
西郷頃侯容 広陽頃王の子。 六月に封じられる。 侯景が継承し、免職。     涿
陽郷思侯発 広陽頃王の子。 六月に封じられる。 侯度が継承し、免職。     涿
益昌頃侯嬰 広陽頃王の子。 永光三年三月に封じられる。 共侯政が継承。 侯福が継承し、免職。   涿
羊石頃侯回 膠東頃王の子。 三月に封じられる。 共侯成が継承。 侯順が継承し、免職。   北海
石郷煬侯理 膠東頃王の子。 三月に封じられる。 侯建国が継承し、免職。     北海
新城節侯根 膠東頃王の子。 三月に封じられる。 侯霸が継ぎ、免じられる。     北海
上郷侯歙〈師古曰:「歙は音翕。」〉 膠東頃王の子。 三月に封じられ、三十九年で免じられる。       北海
于郷節侯定 泗水勤王の子。 三月に封じられる。 侯聖が継ぎ、免じられる。     東海
就郷節侯瑋 泗水勤王の子。 三月に封じられ、七年で薨じ、後継者なし。       東海
石山節侯玄 城陽戴王の子。 三月に封じられる。 釐侯嘉が継ぎ、免官される。    
都陽節侯音 城陽戴王の子。 三月に封じられる。 侯閎が継ぎ、免官される。    
參封侯が継ぐ 城陽戴王の子。 三月に封じられる。 侯殷が継ぎ、免官される。    
伊鄉頃侯遷 城陽戴王の子。 三月に封じられ、薨去し、後継者なし。      
襄平侯舋 廣陽厲王の子。 五年三月に封じられ、四十七年に免官される。      
貰鄉侯平〈師古曰:「貰は音式制反。」〉 梁敬王の子。 建昭元年正月に封じられ、四年に、病狂により自殺する。      
楽侯義 梁敬王の子。 正月に封じられ、四年後、人を殺させた罪で、髡刑(髪を剃る刑)となり城旦(土木作業の刑徒)となった。      
中郷侯延年 梁敬王の子。 正月に封じられ、四十六年後に薨去。      
鄭頃侯罷軍 梁敬王の子。 正月に封じられる。 節侯駿が継承。 侯良が継承し、免職。  
黄節侯順 梁敬王の子。 正月に封じられる。 釐侯申が継承し、元寿二年に薨去、後継者なし。     済陰
平楽節侯遷 梁敬王の子。 正月に封じられる。 侯宝が継承し、免職。    
菑郷釐侯 就 梁敬王の子。 正月に封じられる。 侯 逢喜が継ぎ、免官。     済南
東郷節侯 方 梁敬王の子。 正月に封じられる。 侯 護が継ぎ、免官。    
陵郷侯 訢 梁敬王の子。 正月に封じられ、七年、建始二年、家丞を傷つけさせた罪、また穀物貸付の利息が律を超えた罪により、免官。      
溧陽侯 欽 梁敬王の子。 正月に封じられる。 侯 畢が継ぎ、免官。    
釐郷侯 固 梁敬王の子。 正月に封じられ、二十一年、鴻嘉四年、印綬を返上する上書を提出し、免官。四百七十二戸。      
高柴節侯発 梁敬王の子。 正月に封じられる。 釐侯賢が継ぐ。 侯隠が継ぎ、免官。  
臨都節侯未央 梁敬王の子。 正月に封じられる。 侯息が継ぎ、免官。    
高質侯舜 梁敬王の子。 正月に封じられる。 釐侯始が継ぐ。 侯便翁が継ぎ、免官。  
北郷侯譚 菑川孝王の子。 四年六月に封じられ、四十三年に免じられた。      
蘭陵節侯宜 広陵孝王の子。 五年十二月に封じられた。 共侯譚が継いだ。 侯便強が継いだが、免じられた。  
広平節侯徳 広陵孝王の子。 十二月に封じられた。 侯徳が継いだが、免じられた。    
博郷節侯交 六安繆王の子。 竟寧元年四月丁卯に封じられた。 侯就が継いだが、免じられた。    
柏郷戴侯買 趙哀王の子。 四月丁卯に封じられた。 頃侯雲が継いだ。 侯譚が継いだが、免じられた。  
安郷孝侯喜 趙哀王の子。 四月丁卯に封じられる。 釐侯胡が継ぐ。 侯合衆が継ぎ、免職される。  
広釐侯便 菑川孝王の子。 四月丁卯に封じられる。 節侯護が継ぐ。 侯宇が継ぎ、免職される。  
平節侯服 菑川孝王の子。 四月丁卯に封じられる。 侯嘉が継ぎ、免職される。    

右孝元

孝成係王子侯表

号謚名 始封位次 曾孫 玄孫
昌郷侯憲 膠東頃王の子。 建始2年正月に封じられ、30年、元寿2年、家丞に印綬を封じて上奏させた罪で免官。        
頃陽侯共 膠東頃王の子。 正月に封じられ、39年で免官。      
楽陽侯獲 膠東頃王の子。 正月に封じられ、39年で免官。      
平城釐侯邑 膠東頃王の子。 正月に封じられる。 節侯珍が継ぐ。 侯理が継ぎ、免官。  
密郷頃侯林 膠東頃王の子。 正月に封じられる。 孝侯欽が継ぐ。 侯敞が継承し、免官。  
楽都煬侯訢 膠東頃王の子。 正月に封じられる。 繆侯臨が継承。 侯延年が継承し、免官。  
卑梁侯都 高密頃王の子。 正月に封じられ、三十九年で免官。      
膠陽侯恁〈師古曰:「恁は音、女林反。」〉 高密頃王の子。 正月に封じられ、三十九年で免官。      
武郷侯慶 高密頃王の子。 正月に封じられる。 侯勁が継承し、免官。    
成郷釐侯安 高密頃王の子。 正月に封じられる。 侯徳が継承し、免官。    
麗茲共侯賜 高密頃王の子。 正月に封じられる。 侯放が継ぎ、免官。    
竇梁懷侯疆 河間孝王の子。 正月に封じられ、四年で薨去、後継者なし。      
廣戚煬侯勳 楚孝王の子。 河平三年二月乙亥に封じられる。 侯顯が継ぐ。 子嬰、居摂元年に孺子となり、王莽が帝位を簒奪すると定安公となり、王莽が敗れると死す。  
陰平釐侯回 楚孝王の子。 陽朔二年正月丙午に封じられる。 侯詩が継ぎ、免官。    
      承郷元始元年二月丙午、侯閟が孝王の孫として封じられ、八年で免官。    
楽平侯訢 淮陽憲王の子。 閏六月壬午に封じられ、狂易の病により免官、元寿二年に共楽侯に改封。 外黄侯圉は元始元年二月丙辰に憲王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
      高陽侯並は二月丙辰に憲王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
      平陸侯寵は二月丙辰に憲王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
郚郷侯閔 魯頃王の子。 四年四月甲寅に封じられ、十七年後、建平三年に魯王となった。 宰郷侯延は頃王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
建郷釐侯康 魯頃王の子。 四月甲寅に封じられた。 侯自當が継承し、免じられた。    
安丘侯常 高密頃王の子。 鴻嘉元年正月癸巳に封じられ、二十八年で免じられた。      
栗郷頃侯護 東平思王の子。 四月辛巳に封じられた。 侯玄成が継承し、免じられた。    
      金郷侯不害は元始元年二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
      平通侯旦は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免じられた。    
      西安侯漢は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で薨去。    
      湖鄉侯開は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      重鄉侯少柏は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で薨去。    
桑丘侯頃 東平思王の子。 四月辛巳に封じられる。 陽興侯寄生は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      陵陽侯嘉は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      高樂侯修は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      平邑侯閔は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      平纂侯況は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      合昌侯輔は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      伊鄉侯開は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      就鄉侯不害は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      膠鄉侯武は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      宜鄉侯恢は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      昌城侯豐は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
      樂安侯禹は二月丙辰に思王の孫として封じられ、八年で免官。    
桃鄉頃侯宣 東平思王の子。 二年正月戊子に封じられる。 侯が後継ぎとなり、免じられる。    
新陽頃侯永 魯頃王の子。 五月戊子に封じられる。 侯級が後継ぎとなり、免じられる。    
陵石侯慶 膠東共王の子。 四年六月乙巳に封じられ、二十五年に免じられる。      
祁郷節侯賢 梁夷王の子。 永始二年五月乙亥に封じられる。 侯富が後継ぎとなり、免じられる。    
富陽侯萌 東平思王の子。 三年三月庚申に封じられ、二十三年に免じられる。      
曲郷頃侯鳳 梁荒王の子。 六月辛卯に封じられ、十七年に薨去。 侯雲が後継ぎとなり、免じられる。     済南
桃山侯欽 城陽孝王の子。 四年五月戊申に封じられ、二十一年に免じられる。      
昌陽侯霸 泗水戾王の子。 五月戊申に封じられ、二十一年に免じられる。      
臨安侯閔 膠東共王の子。 五月戊申に封じられ、二十一年に免じられる。      
徐郷侯炔〈師古曰:「炔は音が桂で、字は快とも作る。」〉 膠東共王の子。 元延元年二月癸卯に封じられ、二十一年、王莽建国元年、挙兵して莽を誅さんとし、死す。      
臺郷侯畛〈師古曰:「畛は音が軫。」〉 菑川孝王の子。 二年正月癸卯に封じられ、十八年に免じられる。      
西陽頃侯並 東平思王の子。 四月甲寅に封じられる。 侯偃が継承し、免官された。     東萊
堂郷哀侯恢 膠東共王の子。 綏和元年五月戊午に封じられ、三年で薨去し、後継者がいなかった。      
安国侯吉 趙共王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免官された。      
梁郷侯交 趙共王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免官された。      
襄郷頃侯福 趙共王の子。 六月丙寅に封じられた。 侯章が継承し、免官された。    
容郷釐侯強 趙共王の子。 六月丙寅に封じられた。 侯弘が継承し、免官された。    
縕郷侯固〈師古曰:「縕は於粉反と読む。」〉 趙共王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免じられる。      
広昌侯賀 河間孝王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免じられる。      
都安節侯普 河間孝王の子。 六月丙寅に封じられる。 侯胥が継ぎ、免じられる。    
楽平侯永 河間孝王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免じられる。      
方郷侯常得 広陽恵王の子。 六月丙寅に封じられ、十六年で免じられる。      
庸郷侯宰 六安頃王の子。 三年七月庚午に封じられ、十五年で免じられる。    

右孝成

孝哀係王子侯表

号謚名 始封時の位次 曾孫 玄孫
南昌侯宇 河間惠王の子。 建平二年五月丁酉に封じられ、十二年で免じられる。        
嚴鄉侯信 東平煬王の子。 五月丁酉に封じられ、四年後、父の大逆罪に連座して免じられるが、元始元年に再封。六年後、王莽が居摂二年に、東郡太守翟義が挙兵し、信を天子に立てるが、兵敗れて死す。      
武平侯璜 東平煬王の子。 五月丁酉に封じられ、四年後、父の大逆罪に連座して免じられるが、元始元年に再封。居摂二年に挙兵して死す。      
陵鄉侯曾 楚思王の子。 四年三月丁卯に封じられ、王莽六年に至り、挙兵して莽を誅殺せんとし、死す。      
武安侯㥅〈師古曰:「㥅の音は受に同じ。」〉 楚思王の子。 三月丁卯に封じられ、二年後、元壽二年、奴に人を殺させた罪で免じられるが、元始元年に再封。八年で免じられる。      
湘郷侯昌 長沙王の子。 五月丙午に封じられ、十一年で免じられる。      
方楽侯嘉 広陵繆王の子。 元寿元年五月乙卯に封じられ、十一年で免じられる。      
宜禾節侯得 河間孝王の子。 二年四月丁酉に封じられる。 侯恢が継ぎ、免じられる。    
富春侯玄 河間孝王の子。 四月丁酉に封じられ、十年で免じられる。      

右孝哀

孝平係王子侯表

号謚名 始封位次 曾孫 玄孫
陶郷侯恢 東平煬王の子。 元始元年二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。        
釐郷侯襃 東平煬王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
昌郷侯且 東平煬王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
新郷侯鯉 東平煬王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
郚郷侯光 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
新城侯武 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
宜陵侯豊 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
堂郷侯護 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
成陵侯由 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
成陽侯衆 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
復昌侯休 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
安陸侯平 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
梧安侯譽 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
朝郷侯充 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
扶郷侯普 楚思王の子。 二月丙辰に封じられ、八年で免じられる。      
方城侯宣 広陽繆王の子。 二年四月丁酉に封じられ、七年で免じられる。      
当陽侯益 広陽思王の子。 四月丁酉に封じられ、七年で免じられる。      
広城侯疌〈師古曰:「疌の音は竹二反。」〉 広陽思王の子。 四月丁酉に封じられ、七年で免じられる。      
春城侯允 東平煬王の子。 四月丁酉に封じられ、七年で免じられる。      
昭陽侯賞 長沙剌王の子。 五年閏月丁酉に封じられ、四年で免じられる。      
承陽侯景〈師古曰:「承音烝。字或作丞。」〉 長沙剌王子。 閏月丁酉封,四年免。      
信昌侯廣 真定共王子。 閏月丁酉封,四年免。      
呂鄉侯尚 楚思王子。 閏月丁酉封,四年免。      
李鄉侯殷 楚思王子。 閏月丁酉封,四年免。      
宛鄉侯隆 楚思王子。 閏月丁酉封,四年免。      
壽泉侯承 楚思王子。 閏月丁酉封,四年免。      
杏山侯遵 楚思王子。 閏月丁酉に封じられ、四年で免じられる。      

右孝平

原本を確認する(ウィキソース):漢書 巻15下