漢書 - 卷十五 王子侯表 第三上

大いなるかな、聖祖の業を建てることよ!後嗣が序を承けて、親親を広む。孝武に至り、諸侯王の畺土が制を過ぎ、或いは替差して軌を失い、子弟が匹夫となるに及び、〈師古曰:「畺も亦壃の字なり。替は古の僣の字なり。軌は法なり。」〉軽重相準ずることなく、ここに制詔して御史に曰く:「諸侯王或いは私恩を推して子弟に邑を分かち与えんと欲する者は、各条上せしめよ、朕且つその号名を臨定せん。」これより支庶畢く侯たり。詩に云う「文王孫子、本支百世」、〈師古曰:「大雅文王の詩なり。本は本宗なり。支は支子なり。文王に明徳有り、故に天子を祚し、子孫嫡なる者は天子たり、支庶は諸侯たり、皆絶えざるなりと言う。」〉信なるかな!〈師古曰:「侯の食む邑は、皆その郡県を下に書く。書かざる者有れば、史の失うなり。或いは但だ某人嗣ぐ及び直に薨を書くのみにして、年月を具せざるは、皆闕文なり。」〉

高祖系王子侯表

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号諡名 始封位次 曾孫 玄孫
羮頡侯信〈服虔曰:「音は撃に同じ。」師古曰:「音は居黠の反切。」〉 帝の兄の子。 七年中に封じられ、十三年、高后元年、罪あり、爵位一級を削られ、関内侯となる。〈師古曰:「月日を記さず、故に七年中と云う。」〉      
合陽侯喜 帝の兄、代王となる。匈奴が代を攻め、国を棄て、廃されて侯となる。 八年九月丙午に封じられ、七年、孝惠二年に薨じ、子を以て王とし、諡して頃王と曰う。 沛十一年十二月癸巳、侯濞は帝の兄の子として封じられ、十二年、呉王となる。    
徳哀侯広   一百二十七十二年十一月庚辰、兄の子として封じられ、七年八月に薨ず。 高后三年、頃侯通が嗣ぎ、二十四年に薨ず。 孝景六年、康侯齕が嗣ぎ、二十四年に薨ず。〈師古曰:「齕の音は紇。下も同じ。」〉 元鼎四年、侯何が嗣ぐ。五年、酎金に坐して免ぜられる。 泰山元康四年、広の玄孫長安大夫猛、詔して家を復す。〈師古曰:「大夫は第五爵なり。家を復すは賦役を蠲くすなり。復の音は方目の反切。」〉
      六世 七世元寿二年五月甲子、侯勳は広の玄孫の孫長安公乗として紹封され、千戸、九年、王莽が位を簒い、絶つ。〈師古曰:「公乗は第八爵なり。」〉  

右高祖

高后系王子侯表

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号諡名 始封位次
上邳侯郢客 楚元王の子。 128年5月丙申に封じられ、7年後、楚王となる。
朱虚侯章 齊悼惠王の子。 129年5月丙申に封じられ、8年後、城陽王となる。〈張晏曰:「高后2年に詔を下し丞相陳平に、列侯の位次を差第させたため、王子侯3人に第が付いたが、2年後は皆第が付かなくなった。」〉
東牟侯興居 齊悼惠王の子。 6年4月丁酉に封じられ、4年後、濟北王となる。

右高后

孝文系王子侯表

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號諡名 始封位次
管共侯罷軍〈師古曰:「罷は音皮彼反、また疲と読む。共は恭と読む。以下同様。」〉 齊悼惠王の子。 4年5月甲寅に封じられ、2年後に薨去。 6年、侯戎奴が嗣ぎ、20年後、孝景3年に反乱を起こし、誅殺される。
氏兵共侯國 齊悼惠王の子。 5月甲寅に封じられ、11年後に薨去。 15年、侯偃が嗣ぎ、10年後、孝景3年に反乱を起こし、誅殺される。
營平侯信都 齊悼惠王の子。 5月甲寅に封じられ、10年後に薨去。 14年、侯廣が嗣ぎ、11年後、孝景3年に反乱を起こし、誅殺される。
楊丘共侯安 齊悼惠王の子。 5月甲寅に封じられ、12年後に薨去。 16年、侯偃が嗣ぎ、11年後、孝景4年に国界を出た罪で、司寇に削られる。
楊虛侯將閭 齊悼惠王の子。 5月甲寅に封じられ、12年後、齊王となる。  
朸侯辟光〈師古曰:「朸音其力反。下亦同。」〉 齊悼惠王の子。 五月甲寅に封じられ、十二年、濟南王となる。  
安都侯志 齊悼惠王の子。 五月甲寅に封じられ、十二年、濟北王となる。  
平昌侯卬 齊悼惠王の子。 五月甲寅に封じられ、十二年、膠西王となる。  
武成侯賢 齊悼惠王の子。 五月甲寅に封じられ、十二年、菑川王となる。  
白石侯雄渠 齊悼惠王の子。 五月甲寅に封じられ、十二年、膠東王となる。  
阜陵侯安 淮南厲王の子。 八年五月丙午に封じられ、八年、淮南王となる。  
安陽侯勃 淮南厲王の子。 五月丙午に封じられ、八年、衡山王となる。  
陽周侯賜 淮南厲王の子。 五月丙午に封じられ、八年、廬江王となる。  
東城哀侯良 淮南厲王の子。 五月丙午に封じられ、七年で薨去、後継者なし。  

右孝文

孝景系王子侯表

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號諡名 始封位次 曾孫
平陸侯礼 楚元王の子。 元年四月乙巳に封じられ、三年で楚王となる。      
休侯富 楚元王の子。 四月乙巳に封じられ、三年で兄の子楚王戊が反乱したため免官。三年、侯富は紅侯に改封され、六年で薨去、諡は懿。 七年、懐侯登が継承し、一年で薨去。 中元年、敬侯嘉が継承し、二十四年で薨去。 元朔四年、哀侯章が継承し、一年で薨去、後継者なし。
沈猷夷侯歳〈師古曰:「沈は審と読む。」〉 楚元王の子。 四月乙巳に封じられ、二十年で薨去。 建元五年、侯受が継承し、十八年、元狩五年、宗正として請願を聞き入れ、宗室の事を完備しなかった罪で、司寇に降格。〈師古曰:「受は宗正として、私的な請願を聞き入れ許したため、宗室の事が完備せず、罪を得た。」〉    
宛朐侯埶〈師古曰:「埶は蓺と読む。」〉 楚元王の子。 四月乙巳に封じられ、三年で反乱し、誅殺される。      
棘楽敬侯調 楚元王の子。 三年八月壬子に封じられ、十六年で薨去。 建元三年、恭侯応が継承し、十五年で薨去。 元朔元年、侯慶が継承し、十六年、元鼎五年、酎金の罪で免官。  
乗氏侯買 梁孝王の子。 中五年五月丁卯に封じられ、一年で梁王となる。      
桓邑侯明 梁孝王の子。 五月丁卯に封じられ、一年で済川王となる。      

右孝景

孝武系王子侯表

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号諡名 始封位次 曾孫 玄孫
茲侯明 河間献王子。 元光五年正月壬子に封じられ、四年後、元朔三年、人を殺した罪で自殺。        
安城思侯蒼 長沙定王子。 六年七月乙巳に封じられ、十三年で薨去。 元鼎元年、節侯自當が嗣ぐ。 侯寿光が嗣ぐが、五鳳二年、姉と乱行した罪で獄死。   豫章
宜春侯成 長沙定王子。 七月乙巳に封じられるが、十七年後、元鼎五年、酎金違反で免官。      
句容哀侯黨〈師古曰:「句は章句の句と読む。」〉 長沙定王子。 七月乙巳に封じられるが、二年で薨去、後継者なし。       会稽
容陵侯福 長沙定王子。 七月乙巳に封じられるが、十七年後、元鼎五年、酎金違反で免官。      
杏山侯成 楚安王子。 後九月壬戌に封じられるが、十七年後、元鼎五年、酎金違反で免官。      
浮丘節侯不害 楚安王子。 後九月壬戌に封じられ、十一年で薨去。 元狩五年、侯霸が嗣ぎ、六年、元鼎五年、酎金の罪で免官。    
広戚節侯将 魯共王子。 元朔元年十月丁酉に封じられ、薨去。 侯始が嗣ぎ、元鼎五年、酎金の罪で免官。    
丹陽哀侯敢 江都易王子。 十二月甲辰に封じられ、六年、元狩元年に薨去、後継者なし。       無湖
盱台侯蒙之 江都易王子。 十二月甲辰に封じられ、十六年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
胡孰頃侯胥行 江都易王子。 正月丁卯に封じられ、十六年で薨去。 元鼎五年、侯聖が嗣ぎ、逃亡者の戸籍を隠して保人としたことを知りながら、人を殺した罪で免官。     丹陽
秣陵終侯纏 江都易王子。 正月丁卯に封じられ、元鼎四年に薨去、後継者なし。      
淮陵侯定国 江都易王子。 正月丁卯に封じられ、十六年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       淮陵
張梁哀侯仁 梁共王子。 二年五月乙巳に封じられ、十三年で薨去。 元鼎三年、侯順が継承、二十三年、征和三年、奴隷に殺害される。    
龍丘侯代 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪で免職。       琅邪
劇原侯錯 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、十七年で死去。 元鼎二年、孝侯広昌が継承。 戴侯骨が継承。 質侯吉が継承。 節侯囂が継承。
      六世侯勝容が継承。    
懐昌夷侯高遂 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、二年で死去。 四年、胡侯延年が継承。 節侯勝時が継承。 侯可置が継承。
平望夷侯賞 菑川懿王の子。 五年乙巳に封じられ、七年で死去。 元狩三年、原侯楚人が継承、二十六年で死去。 太始三年、敬侯光が継承、十四年で死去。 神爵四年、頃侯起が継承。 孝侯均が継承。
      六世侯旦が継承。    
臨衆敬侯始昌 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、三十一年で死去。 太始元年、康侯革生が継承し、十八年で死去。 元鳳三年、頃侯広平が継承し、死去。 原侯農が継承。 臨原節侯理が継承。
      六世釐侯賢が継承。 七世侯商が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。  
葛魁節侯寛 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、八年で死去。 元狩四年、侯戚が継承、五年、元鼎三年、家吏を縛り脅迫して賄賂を受け取った罪で、棄市に処される。    
益都敬侯胡 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、死去。 原侯広が継承。 侯嘉が継承、元鳳三年、広の子でないことが発覚し免職。  
平的戴侯強 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、十七年で死去。 元狩元年、思侯中時が継承、三十年で死去。 太始三年、節侯福が継承、十三年で死去。 神爵四年、頃侯鼻が継承。 釐侯利親が継承。
      六世侯宣が継承。    
劇魁夷侯黒 菑川懿王の子。 五月乙巳に封じられ、十七年で死去。 元狩元年、思侯招が継承、三年で死去。 四年、康侯徳が継承。 孝侯利親が継承。 釐侯嬰が継承。
      六世侯向嗣。    
壽梁侯守 菑川懿王子。 五月乙巳封,十五年,元鼎五年,坐酎金免。       壽樂
平度康侯行 菑川懿王子。 五月乙巳封,四十七年薨。 元鳳元年,節侯慶忌嗣,三年薨。 四年,質侯帥軍嗣。 頃侯欽嗣。 孝侯宗嗣。
      六世侯嘉嗣。    
宜成康侯偃 菑川懿王子。 五月乙巳封,十一年薨。 元鼎元年,侯福嗣,十二年,太初元年,坐殺弟棄市。     平原
臨朐夷侯奴〈師古曰:「朐音劬」。〉 菑川懿王子。 五月乙巳封,四十一年薨。 戴侯乘嗣。 節侯賞嗣。 孝侯信嗣。 東海安侯禕嗣。 〈師古曰:「禕音猗。」〉
      六世侯岑嗣。    
雷侯豨 城陽共王子。 五月甲戌封,十五年,元鼎五年,坐酎金免。       東海
東莞侯吉 城陽共王の子。 五月甲戌に封じられ、五年、持病により朝参できず、免官。      
辟土節侯壮〈師古曰:「辟音闢」。〉 城陽共王の子。 五月甲戌に封じられ、三年で薨去。 五年、侯明が継承、十二年、元鼎五年、酎金の罪により免官。     東海
尉文節侯丙 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、五年で薨去。 元狩元年、侯犢が継承、十年、元鼎五年、酎金の罪により免官。     南郡
封斯戴侯胡傷 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、二十五年で薨去。 太初三年、原侯如意が継承、五十二年で薨去。 甘露四年、孝侯宮が継承。 侯仁が継承。
榆丘侯受福 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪により免官。      
襄嚵侯建〈晉灼曰:「音內言嚵。」師古曰:「音士咸反。」〉 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪により免官。       廣平
邯会衍侯仁 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、薨去。 哀侯慧が継承。 後元年、勤侯賀が継承、三十五年で薨去。 甘露元年、原侯張が継承。 釐侯康が継承。
      六世節侯重が継承。 七世懷侯蒼が継承、薨去、後継者なし。  
朝節侯義 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、十三年で薨去。 元鼎三年、戴侯祿が継承。 侯固城が継承、五鳳四年、酎金が四両不足した罪で免職。  
東城侯遺 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、十一年、元鼎元年、孺子に殺害される。〈師古曰:「孺子は妾の称号である。」〉      
陰城思侯蒼 趙敬肅王の子。 六月甲午に封じられ、十七年、太初元年で薨去。継承者に罪あり、代わることができず。      
廣望節侯忠 中山靖王の子。 六月甲午に封じられ、三十年で薨去。 天漢四年、頃侯中が継承、十三年で薨去。 始元三年、思侯何齊が継承。 恭侯遂が継承。 侯閣が継承。
將梁侯朝平 中山靖王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪で免職。       涿
薪館侯未央 中山靖王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪で免職。       涿
陸城侯貞 中山靖王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪により免官。       涿
薪處侯嘉 中山靖王の子。 六月甲午に封じられ、十五年、元鼎五年、酎金の罪により免官。       涿
蒲領侯嘉 広川恵王の子。 三年十月癸酉に封じられ、罪あり、絶える。       東海
西熊侯明 広川恵王の子。 十月癸酉に封じられ、薨じ、後継者なし。      
棗彊侯晏 広川恵王の子。 十月癸酉に封じられ、薨じ、後継者なし。      
畢梁侯嬰 広川恵王の子。 十月癸酉に封じられ、十九年、元封四年、罪人を匿った罪により、鬼薪となる。      
旁光侯殷 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十年、元鼎元年、子銭を貸して租を占めず、利息を法を超えて取った罪により、赦免に会い、免官。      
距陽憲侯匄 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十四年で薨じる。 元鼎五年、侯淒が継承し、酎金の罪で免職された。〈師古曰:「淒は妻と読む」。〉    
蔞節侯退〈師古曰:「蔞は力朱反と読む。」〉 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十六年で死去。 元封元年、釐侯嬰が継承し、二十二年で死去。 後元年、原侯益壽が継承し、三十一年で死去。 五鳳元年、安侯充世が継承し、三年で死去。 四年、侯遺が継承し、二十年、建始四年で死去、後継者なし。
阿武戴侯豫 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、二十四年で死去。 太初三年、敬侯宣が継承し、二十年で死去。 始元三年、節侯信が継承し、二十三年で死去。 神爵元年、釐侯嬰齊が継承。 頃侯黃が継承。
      六世侯長乆が継承し、王莽が位を簒奪し、断絶。    
參戶節侯免 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、四十六年で死去。 元鳳元年、敬侯嚴が継承。 頃侯元が継承。 孝侯利親が継承。 侯度が継承。
州鄉節侯禁 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十一年で死去。 元鼎二年、思侯齊が継承。 元封六年、憲侯惠が継承。 釐侯商が継承。 恭侯伯が継承。
      六世侯禹が継承したが、王莽が帝位を簒奪したため、断絶した。    
平城侯礼 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、六年後、元狩三年、脅迫して鶏を取って買い取らせた罪で免職され、さらに欺瞞を犯し、城旦(刑罰)にされた。      
広侯順 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十四年後、元鼎五年、酎金(祭祀用の金)の罪で免職された。       勃海
蓋胥侯譲 河間献王の子。 十月癸酉に封じられ、十四年後、元鼎五年、酎金の罪で免職された。      
陰安康侯不害 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、十一年後に死去した。 元鼎三年、哀侯秦客が継承し、三年後に死去し、後継者がいなかった。    
栄関侯騫 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、殺人を謀った罪で、赦免された。       茌平
周望康侯何 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、八年後に死去した。 元狩五年、侯當時が継承し、六年后、元鼎五年、酎金の罪で免職された。    
陪繆侯則 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、十一年後に死去した。 元鼎二年、侯邑が継承し、五年后、酎金の罪で免職された。     平原
前侯信〈師古曰:「字或作菆,音側流反。」〉 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       平原
安陽侯楽 済北貞王の子。 十月癸酉に封じられ、三十八年で薨去。 後元元年、穅侯延年が継ぎ、十六年で薨去。 本始二年、康侯記が継ぎ、十五年で薨去。 五鳳元年、安侯戚が継ぐ。 平原哀侯得が継ぎ、薨去し、後継者なし。
五据侯臞丘〈師古曰:「臞音劬,又音懼。」〉 済北式王の子。 十月癸酉に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       泰山
富侯龍 済北式王の子。 十月癸酉に封じられ、十六年、元康元年、奴に人を殺させた罪で下獄し、獄中死。      
平侯遂 済北式王の子。 十月癸酉に封じられ、四年、元狩元年、官馬を盗んだ者を知りながら隠匿した罪で、赦免後も労役に服す。〈師古曰:「有人盗馬,爲藏匿之,雖會赦,猶復作。復作者,徒役也。復音扶目反。」〉      
羽康侯成 済北式王の子。 十月癸酉に封じられ、六十年で薨去。 地節三年、恭侯係が継ぐ。 侯棄が継ぎ、王莽が位を簒奪し、断絶。  
胡母侯楚 済北式王の子。 二月癸酉に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       泰山
離石侯綰 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に涉侯に改められ、上書で欺いた罪により、鬼薪の刑に処せられた。      
邵侯順 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、二十六年後、天漢元年、人と奴隷合わせて十六人を殺害し、匈奴の騎兵千人を捕らえたと偽った罪により、免官された。      
利昌康侯嘉 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、五十一年後に死去。 元鳳五年、戴侯楽が継承し、十二年にして死去。 元康二年、頃侯万世が継承。 節侯光禄が継承。 刺侯殷が継承。
      六世侯換が継承し、王莽が帝位を簒奪したため、断絶。    
藺侯罷軍 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に武原侯に改められ、盗賊の罪により免官された。       西河
臨河侯賢 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に高俞侯に改められ、酎金の罪により免官された。      
濕成侯忠 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に端氏侯に改められ、死去し、後継者がいなかった。      
土軍侯郢客 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に鉅乗侯に改められ、酎金の罪により免官された。      
臯琅侯遷 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、死去し、後継者がいなかった。       臨淮
千章侯遇 代共王の子。 正月壬戌に封じられ、後に夏丘侯と改められ、酎金の罪で免官。       平原
博陽頃侯就 齊孝王の子。 三月乙卯に封じられ、薨去。 侯終古が継承し、元鼎五年、酎金の罪で免官。     濟南
寧陽節侯恬 魯共王の子。 三月乙卯に封じられ、五十二年で薨去。 元鳳六年、安侯慶忌が継承し、十八年で薨去。 五鳳元年、康侯信が継承。 孝侯扈が継承。 侯方が継承。
瑕丘節侯政 魯共王の子。 三月乙卯に封じられ、五十三年で薨去。 元平元年、思侯國が継承し、四年で薨去。 本始四年、孝侯湯が継承し、十年で薨去。 神爵二年、煬侯奉義が継承。 釐侯遂成が継承。
      六世侯禹が継承。    
公丘夷侯順 魯共王の子。 三月乙卯に封じられ、三十年で薨去。 太始元年、康侯置が継承。 地節四年、煬侯延壽が継承し、九年で薨去。 五鳳元年、思侯賞が継承。 侯元が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。
郁桹侯驕〈師古曰:「桹は狼と音す」。〉 魯共王の子。 三月乙卯に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
西昌侯敬 魯共王の子。 三月乙卯に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
陸地侯義 中山靖王の子。 三月乙卯に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       辛処
邯平侯順 趙敬肅王の子。 三月乙卯に封じられ、十四年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       広平
武始侯昌 趙敬肅王の子。 四月甲辰に封じられ、三十四年、趙王となる。      
𤊱氏節侯賀 趙敬肅王の子。 四月甲辰に封じられ、十八年で薨去。 元封三年、思侯安意が継承、二十七年で薨去。 始元六年、康侯千秋が継承、十六年で薨去。 元康元年、孝侯漢強が継承。 侯酆が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。
易安侯平 趙敬肅王の子。 四月甲辰に封じられ、二十年で薨去。 元封五年、康侯種が継承。 侯德が継承、始元元年、人を殺した罪で免職。   鄗〈師古曰:「鄗は音呼各反。」〉
路陵侯童 長沙定王の子。 四年三月乙丑に封じられ、四年、元狩二年、人を殺した罪で自殺。       南陽
攸輿侯則 長沙定王の子。 三月乙丑に封じられ、二十二年、太初元年、死刑囚を奪った罪で棄市。       南陽
荼陵節侯訢〈師古曰:「荼は音塗。訢は欣と同じ。」〉 長沙定王の子。 三月乙丑に封じられ、十年で死去。 元鼎二年、哀侯湯が継承、十一年、太初元年で死去、後継者なし。     桂陽
建成侯拾 長沙定王の子。 三月乙丑に封じられ、元鼎二年、使者に璧と皮を薦めて奉げさせ、元年十月の賀に間に合わなかった罪で免職。〈師古曰:「皮で璧を薦めた。当時は十月を歳首とし、賀に間に合わなかった。」〉      
安衆康侯丹 長沙定王の子。 三月乙丑に封じられ、三十年で死去。 元封六年、節侯山柎が継承、三十八年で死去。〈師古曰:「柎は音方於反。」〉 地節三年、繆侯毋妨が継承。 釐侯襃が継承。 侯㱈が継承。〈師古曰:「㱈は音其禁反、また音其錦反。」〉
      侯崇が継承、居摂元年に挙兵し、王莽に滅ぼされる。    
      侯寵、建武二年に崇の従父弟として紹封。 建武十三年、侯松が継承。   今見〈師古曰:「表を作成した時点で侯である。」〉
葉平侯喜〈師古曰:「葉音式涉反。」〉 長沙定王の子。 三月乙丑に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
利郷侯嬰 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、五年、元狩三年、罪により免官。      
有利侯釘〈師古曰:「音丁,又音鼎。」〉 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、三年、元狩元年、淮南王に書を送り臣と称した罪で棄市。       東海
東平侯慶 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、五年、元狩三年、姉と姦通した罪で獄死。       東海
運平侯記 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       東海
山州侯齒 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
海常侯福 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       琅邪
騶丘敬侯寬 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、六年で薨去。 元狩四年、原侯報德が嗣ぐ。 侯毋害が嗣ぎ、本始二年、兄を殺させた罪で棄市。  
南城節侯貞 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、四十二年で薨去。 始元四年、戴侯猛が嗣ぎ、二十二年で薨去。 神爵元年、元侯尊が嗣ぎ、二年で薨去。 四年、釐侯充国が嗣ぐ。 頃侯遂が嗣ぐ。
      六世侯友が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。    
広陵虒侯裘〈晋灼曰:「虒は斯と音す。」〉 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、七年で薨去。 元狩五年、侯成が嗣ぎ、六年、元鼎五年、酎金に坐して免じられる。    
杜原侯臯 城陽共王の子。 三月乙丑に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金に坐して免じられる。      
臨楽敦侯光〈師古曰:「敦の字は或いは弋灼反と音し、又は敫と作す、古の穆の字なり。」〉 中山靖王の子。 四月甲午に封じられ、二十年で薨去。 元封六年、憲侯建が嗣ぐ。 列侯固が嗣ぐ。 五鳳三年、節侯万年が嗣ぐ。 侯広都が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。
東野戴侯章 中山靖王の子。 四月甲午に封じられ、薨去。 侯中時が嗣ぎ、太初四年に薨去し、後継者なし。    
高平侯喜 中山靖王の子。 四月甲午に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金に坐して免じられる。       平原
広川侯頗 中山靖王の子。 四月甲午に封じられ、十三年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
重侯擔〈師古曰:「擔は丁甘反と音す。」〉 河間献王の子。 四月甲午に封じられ、四年、元狩二年、秋請に人を使わない罪で免官。〈師古曰:「請は材姓反と音す。」〉       平原
被陽敬侯燕〈師古曰:「被は疲彼反と音す。千乗の県なり。」〉 斉孝王の子。 四月乙卯に封じられ、十三年で薨去。 元鼎五年、穅侯偃が嗣ぎ、二十八年で薨去。 始元二年、頃侯壽が嗣ぐ。 孝侯定が嗣ぐ。 節侯閎が嗣ぐ。
      六世侯廣が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。    
定敷侯越 斉孝王の子。 四月乙卯に封じられ、十二年で薨去。 元鼎四年、思侯德が嗣ぎ、五十一年で薨去。 元康四年、憲侯福が嗣ぐ。 恭侯湯が嗣ぐ。 定侯乘が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。
稻夷侯定 斉孝王の子。 四月乙卯に封じられ、薨去。 簡侯陽都が嗣ぐ。 本始二年、戴侯鹹が嗣ぎ、四十二年で薨去。 甘露元年、頃侯閱が嗣ぐ。 侯永が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。
山原侯國 斉の孝王の子。 四月乙卯に封じられ、二十七年で薨去。五百五十戸。 天漢三年、康侯の棄が嗣ぎ、十四年で薨去。 始元三年、安侯の守が嗣ぎ、二十二年で薨去。 侯の發が嗣ぐ。 勃海の甘露二年、孝侯の外人が嗣ぎ、十八年、建始五年で薨去。
繁安夷侯の忠 斉の孝王の子。 四月乙卯に封じられ、十八年で薨去。 元封四年、安侯の守が嗣ぐ。 節侯の壽漢が嗣ぐ。 元鳳五年、頃侯の嘉が嗣ぐ。 孝侯の光が嗣ぐ。
      六世の侯の起が嗣ぐ。    
柳康侯の陽已 斉の孝王の子。 四月乙卯に封じられ、薨去。 敷侯の罷師が嗣ぐ。 於侯の自爲が嗣ぐ。 安侯の攜が嗣ぐ。 繆侯の軻が嗣ぐ。
      六世の侯の守が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。    
雲夷侯の信 斉の孝王の子。 四月乙卯に封じられ、十四年で薨去。 元鼎六年、侯の茂發が嗣ぐ。 太始二年、康侯の遂が嗣ぐ。 釐侯の終古が嗣ぐ。 侯の得之が嗣ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。
牟平共侯の渫〈師古曰:「渫は音、先列反。」〉 斉孝王の子。 四月乙卯に封じられ、五年で薨去。 元狩三年、節侯奴が継承し、二十五年で薨去。 太始二年、敬侯更生が継承し、二十九年で薨去。 地節四年、康侯建が継承し、一年で薨去。 元康元年、孝侯齕が継承。
      六世釐侯威が継承。 七世侯隆が継承し、王莽が位を簒奪し、絶える。  
柴原侯代 斉孝王の子。 四月乙卯に封じられ、三十四年で薨去。 征和二年、節侯勝之が継承し、二十七年で薨去。 元康二年、敬侯賢が継承。 三年、康侯斉が継承。 恭侯莫如が継承し、薨去し、後継者なし。
柏暢戴侯終古 趙敬粛王の子。 五年十一月辛酉に封じられ、薨去。 侯朱が継承し、始元三年に薨去し、後継者なし。     中山
歊安侯延年〈師古曰:「歊音許昭反。」〉 趙敬粛王の子。 十一月辛酉に封じられ、十二年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
乗丘節侯将夜 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、十一年で薨去。 元鼎四年、戴侯徳が継承。 侯外人が継承し、元康四年、子の時に後母と乱行した罪で免官。  
高丘哀侯破胡 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、八年後、元鼎元年に薨去、後継者なし。      
柳宿夷侯蓋 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、四年後に薨去。 元狩三年、侯蘇が継承、八年後、元鼎五年、酎金の罪で免官。    
戎丘侯讓 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、十二年后、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
樊輿節侯脩 中山靖王の子。 二月癸酉に封じられ、三十六年後に薨去。 後元年、煬侯過倫が継承。 思侯異衆が継承。 頃侯土生が継承。 侯自予が継承、王莽が位を簒奪し、断絶。
曲成侯萬歳 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、十二年后、元鼎五年、酎金の罪で免官。       涿
安郭于侯傳富 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、薨去。五百二十戸。 釐侯偃が継承。 侯崇が継承、元康元年、死罪者を匿った罪で免官。   涿
安險侯應 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、十二年后、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
安道侯恢 中山靖王の子。 三月癸酉に封じられ、十二年、元鼎五年、酎金の罪で免官。      
夫夷敬侯義 長沙定王の子。 三月癸酉に封じられ、十二年で薨去。 元鼎五年、節侯禹が継ぎ、五十八年で薨去。 五鳳三年、頃侯奉宗が継ぐ。 釐侯慶が継ぐ。 懷侯福が継ぐ。
      六世侯商が継ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。    
舂陵節侯買 長沙定王の子。 六月壬子に封じられ、四年で薨去。 元狩三年、戴侯熊渠が継ぎ、五十六年で薨去。 元康元年、孝侯仁が継ぐ。 侯敞が継ぐ。 建武二年、敞の子祉を城陽王に立てる。
都梁敬侯定 長沙定王の子。 六月壬子に封じられ、八年で薨去。 元鼎元年、頃侯傒が継ぐ。〈師古曰:「傒は胡禮反と読む。」〉 節侯弘が継ぐ。 原侯順懷が継ぐ。 煬侯容が継ぐ。
      六世侯佗人が継ぎ、王莽が位を簒奪し、絶える。    
洮陽靖侯狩燕 長沙定王の子。 六月壬子に封じられ、七年、元狩六年で薨去、後継ぎなし。      
衆陵節侯賢 長沙定王の子。 六月壬子に封じられ、五十年で薨去。 本始四年、戴侯真定が継承し、二十二年で死去。 黄龍元年、頃侯慶が継承。 侯骨が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。
終弋侯広置 衡山王の子に賜る。 六年四月丁丑に封じられ、十一年、元鼎五年、酎金の罪で免官。       汝南
麦侯昌 城陽頃王の子。 元鼎元年四月戊寅に封じられ、五年、酎金の罪で免官。       琅邪
鉅合侯発 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年、酎金の罪で免官。       平原
昌侯差 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年、酎金の罪で免官。       琅邪
蕢侯方〈師古曰:「蕢は口怪反と発音し、字は費とも書き、扶未反と発音する。また祕とも発音する。」〉 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年、酎金の罪で免官。      
虖葭康侯澤〈師古曰:「虖は乎と発音。葭は工遐反と発音。」〉 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、六十二年で死去。 神爵元年、夷侯舞が継承。 頃侯閣が継承。   侯永が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。
原洛侯敢 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、二十六年後、征和三年に人を殺して棄市の刑に処せられた。       琅邪
挾術侯昆景 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、十六年後、天漢元年に薨去し、後継者がいなかった。       琅邪
挾釐侯霸 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、三十五年後に薨去。 始元五年に夷侯戚が継承し、二十一年後に薨去。 神爵元年に爵侯賢が継承。 頃侯思が継承。 孝侯衆が継承し、薨去し、後継者がいなかった。
扐節侯讓 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、薨去。 侯興が継承し、人に殺害された。     平原
文成侯光 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官された。       東海
校靖侯雲〈師古曰:「校音効。」〉 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官された。      
庸侯餘 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、罪を犯して死んだ。       琅邪
翟侯壽 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官。       東海
鱣侯応(師古注:「鱣は竹連反と読む。」) 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官。       襄賁(師古注:「賁は奔と読み、また肥とも読む。」)
彭侯強 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官。       東海
瓡節侯息(師古注:「瓡は即ち瓠の字で、また孤とも読む。」) 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五十五年にて薨去。 元康四年、質侯守が継承し、七年後に薨去。    
虚水康侯禹 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、三十八年後に薨去。 地節元年、息侯爵が継承し、七年後に薨去。 五鳳四年、侯敞が継承し、王莽が位を簒奪したため、絶える。  
東淮侯類 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官。       北海
拘侯賢 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免官。       千乗
淯侯不疑(師古注:「淯は育と読む。」) 城陽頃王の子。 四月戊寅に封じられ、五年後、酎金の罪で免職。       東海
陸元侯何 菑川靖王の子。 七月辛卯に封じられ、死去。 原侯賈が継承。 侯延壽が継承、五鳳三年、妹の夫が逃亡したことを知りながら二百回の鞭打ちを加え、罪人を匿った罪で免職。   壽光
廣饒康侯國 菑川靖王の子。 七月辛卯に封じられ、五十年後に死去。 地節三年、共侯坊が継承、十四年後に死去。 甘露元年、侯麟が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。  
缾敬侯成 菑川靖王の子。 七月辛卯に封じられ、五十四年後に死去。 地節二年、頃侯龍が継承、五十年後に死去。 元康三年、原侯融が継承。 侯閔が継承、王莽が帝位を簒奪し、断絶。
俞閭煬侯毋害 菑川靖王の子。 七月辛卯に封じられ、四十四年後に死去。 地節三年、原侯況が継承、十年後に死去。 五鳳元年、侯暽が継承、十二年後、初元三年に死去、後継者なし。  
甘井侯光 廣川繆王の子。 七月乙酉に封じられ、二十五年後、征和二年、人を殺害した罪で市で処刑。       鉅鹿
襄隄侯聖 廣川繆王の子。 七月辛卯に封じられ、五十年後、地節四年、奉酎金が斤八両で四両不足した罪により、免官された。 元始二年、聖の子倫が曾祖父の広川恵王の曾孫として広徳王となった。     鉅鹿
臯虞煬侯建〈師古曰:「煬は戈向の反切音。後も同様。」〉 膠東康王の子。 元封元年五月丙午に封じられ、九年で薨去。 太初四年、穅侯定が継承し、十四年で薨去。 本始二年、節侯裒が継承。 釐侯勳が継承。 頌侯顯が継承。
      六世侯楽が継承し、王莽が帝位を簒奪したため、断絶。    
魏其煬侯昌 膠東康王の子。 五月丙午に封じられ、十七年で薨去。 本始四年、原侯傅光が継承し、三十三年で薨去。 甘露三年、孝侯禹が継承。 質侯蟜が継承。〈師古曰:「蟜は矯の音。」〉 侯嘉が継承し、王莽が帝位を簒奪したため、断絶。
祀玆侯延年 膠東康王の子。 五月丙午に封じられ、五年後、印綬を棄てて国を出た罪により免官。       琅邪
高楽康侯〈師古曰:「史書に名が失われている。」〉 斉孝王の子。 封じられた年が不明で、薨去し、後継者なし。       済南
参鬷侯則〈晋灼曰:「鬷は悾鬷の音。」師古曰:「子弄の反切音、また子公の反切音。」〉 広川恵王の子。 封じられた年が不明で、酎金の罪により免官。       東海
沂陵侯喜〈師古注:「沂の音は牛衣の反切。」〉 広川恵王の子。 封を受けた年は不明、酎金の罪で免官。       東海
瀋陽侯自為 河間献王の子。 封を受けた年は不明。       勃海
漳北侯寛 趙敬粛王の子。 封を受けた年は不明、元鳳三年、奴隷に殺害される。      
南䜌侯佗〈師古注:「䜌の音は力専の反切。」〉 趙敬粛王の子。 封を受けた年は不明、征和二年、酎金の罪で免官。       鉅鹿
南陵侯慶 趙敬粛王の子。 封を受けた年は不明、後三年、沛郡太守として横暴に振る舞い上を欺いた罪で、獄に下され獄死。       臨淮
鄗侯舟〈師古注:「鄗の音は呼各の反切。」〉 趙敬粛王の子。 封を受けた年は不明、征和四年、上を呪詛した罪で、腰斬に処される。〈師古注:「𥛜は古い詛の字、音は側據の反切。」〉       常山
安檀侯福 趙敬粛王の子。 封を受けた年は不明、後三年、常山太守として上を呪詛した罪で、取り調べ未了のまま病死。〈師古注:「訊とは拷問すること。」〉      
爰戚侯当 趙敬粛王の子。 封年を得ず、後三年、兄の廖と謀反を謀り、自殺した。       済南
栗節侯楽 趙敬粛王の子。 征和元年に封じられ、二十七年で薨去。 地節四年、煬侯忠が継承。 質侯終根が継承。 侯況が継承。
洨夷侯周舎〈師古曰:「洨は交と音し、また爻と音す。」〉 趙敬粛王の子。 元年に封じられ、薨去。 孝侯恵が継承。 節侯迺始が継承。 哀侯勲が継承。 侯承が継承。
猇節侯起〈晋灼曰:「猇は内言鴞と音す。」師古曰:「于虯反と音す。」〉 趙敬粛王の子。 元年に封じられ、十三年で薨去。 始元六年、夷侯充国が継承、二十年で薨去。 神爵元年、恭侯広明が継承。 釐侯固が継承。 侯鉅鹿が継承。
揤裴戴侯道〈鄭氏曰:「揤裴は即非と音し、肥郷県南五里にあり、即非城なり。」〉 趙敬粛王の子。 元年に封じられ、十二年で薨去。 元鳳元年、哀侯尊が継承。 頃侯章が継承。 釐侯景が継承。 東海侯発が継承。
澎侯屈釐〈師古曰:「澎は彭と音し、東海県なり。屈は丘勿反と音し、また求勿反と音す。」〉 中山靖王の子。 二年三月丁巳に封じられ、三年、丞相として祝𥛜の罪に坐し、腰斬に処せられた。      

右孝武

原本を確認する(ウィキソース):漢書 巻15上