明史

志第四十二 輿服二

皇帝冕服:洪武元年、学士陶安が五冕の制を請うた。太祖は言う、「この礼はあまりに煩雑である。天地・宗廟を祭るには袞冕を服す。社稷等の祀りには通天冠・絳紗袍を服す。その他は用いない」と。三年、正旦・冬至・聖節にはともに袞冕を服し、社稷・先農の祭祀や冊拝にも同様とすることを改めて定めた。十六年、袞冕の制を定む。冕は前円後方、玄表纁裡。前後に各十二旒、旒は五采、玉十二、珠五、採繅十有二就、就は相去ること一寸。紅絲組を以て纓と為し、黈纊を充耳とし、玉簪導。袞は玄衣黄裳、十二章、日・月・星辰・山・龍・華虫の六章は衣に織り、宗彝・藻・火・粉米・黼・黻の六章は裳に繡す。白羅の大帯、紅裡。蔽膝は裳の色に随い、龍・火・山の文を繡す。玉革帯、玉佩。大綬は六採、赤・黄・黒・白・縹・緑、小綬三、色は大綬と同じ。間に三玉環を施す。白羅の中単、黻領、青縁襈。黄襪黄舄、金飾。二十六年、袞冕十二章を改めて定む。冕版は広一尺二寸、長二尺四寸。冠上に復有り、玄表朱裡、その他は旧制の如し。圭は長一尺二寸。袞は玄衣纁裳、十二章は旧制の如し。中単は素紗を以て之を為す。紅羅の蔽膝、上幅一尺、下幅二尺、長三尺、火・龍・山の三章を織る。革帯に佩玉を付け、長三尺三寸。大帯は素表朱裡、両辺に縁を用い、上は朱錦、下は緑錦。大綬は六採(黄・白・赤・玄・縹・緑)織成、純玄質五百首。(凡そ単紡を合わせて一系と為し、四系を一扶と為し、五扶を一首と為す。)小綬三、色は大綬と同じ。間に三玉環を織る。朱襪、赤舄。永楽三年に定む、冕冠は皁紗を以て之を為し、上の復を綖と曰い、桐板を質と為し、綺を以て之を衣し、玄表朱裡、前円後方。玉衡を以て冠を維ぎ、玉簪紐を貫く、紐と冠武(足前体下を武と曰い、綏は冠の下に在り、亦武と曰う。)並びに纓を系ぐる処、皆金を以て飾る。綖の左右に黈纊を垂れて充耳と為し、(黄玉を用う。)玄紞を以て系ぎ、白玉瑱朱紘を以て之を承く。その他は旧制の如し。玉圭は長一尺二寸、其の上を剡ぎ、山四を刻み、以て四鎮の山に象る、蓋し周の鎮圭の制にして、大圭の瑑ざるに異なる者なり。黄綺を以て其の下を約し、別に囊を以て之を韜み、金龍の文。袞服十有二章。玄衣八章、日・月・龍は肩に在り、星辰・山は背に在り、火・華虫・宗彝は袖に在り、(毎袖各三。)皆織成、本色の領褾襈裾。(褾は袖端なり。襈は衣縁なり。)纁裳四章、藻・粉米・黼・黻を各二織り、前三幅、後四幅、前後相属せず、腰を共にし、闢積有り、本色の綼裼。裳の側に純有る之を綼と謂い、裳の下に純有る之を裼と謂い、純は縁なり。中単は素紗を以て之を為す。青領褾襈裾、領に黻文十三を織る。蔽膝は裳の色に随い、四章、藻・粉米・黼黻を各二織る。本色縁、紃有り、縫中に施す。玉鉤二。玉佩二、各玉珩一・瑀一・琚二・沖牙一・璜二を用う;瑀の下に玉花一・玉滴二を垂る;瑑飾に雲龍文を描金す。珩より下、組五を系ぎ、玉珠を以て貫く。行えば則ち沖牙・二滴と璜と相触れて声有り。金鉤二。二の小綬有り、六採(黄・白・赤・玄・縹・緑)纁質。大綬は六採(黄・白・赤・玄・縹・緑)纁質、三小綬、色は大綬と同じ。間に三玉環を施し、龍文、皆織成。襪舄は皆赤色、舄は黒絇純を用い、黄を以て舄首を飾る。

嘉靖八年、内閣の臣張璁に諭して曰く、「袞冕には革帯があるが、今は何故用いないのか」と。璁が対えて曰く、「陳祥道の『礼書』によれば、古の革帯・大帯は、皆これを鞶と謂う。革帯は佩と韍を纛し、然る後に大帯を加え、笏は二帯の間に搢す。夫れ革帯は前に韍を系ぎ、後に綬を系ぎ、左右に佩を系ぎ、古より冕弁は常にこれを用いる。今は惟だ革帯を用いざるが故に、前後の佩服は皆繫ぐ所なく、遂に裳の要の間に附屬し、古制を失う」と。帝曰く、「冕服は天地を祀り、祖宗を享けるに、若し革帯を闕くは、斉明盛服の意に非ず。及び『会典』を観るに、蔽膝は羅を用い、上に火・山・龍の三章を織り、並びに大帯の縁は錦を用うと載すは、皆今の服うる所と合わず。卿は並びに革帯の蔽膝・佩・綬を系ぐ式を、詳かに考へ図を繪みて進めよ」と。又云く、「衣裳は上下の服を分つが、今は衣は常に裳を掩う。裳の制は帷の如きが、今は両幅なり。朕が意には、衣は但だ裳の要の下に齊すべく、而して裳の六章を露すは如何」と。已にして、又璁に諭して祖制を變更するを疑う。璁對えて曰く、「臣禮制を考ふるに、衣は裳を掩わず、聖意と允に合う。夫れ衣六章、裳六章、義各に取る所有り、衣自ら裳を掩うべからず。『大明集禮』及び『会典』は古制と異ならず。今は衣八章、裳四章なれば、故に衣は常に裳を掩う、然れども典籍に準ずる所無し。内閣の藏する圖注は、官司の織造に因り、習ひ訛謬に循うなり。今之を訂正するは、乃ち祖制を復するにて、變更有るに非ず」と。帝の意乃ち決す。因りて復た璁に諭して曰く、「衣に六章有り、古は繪を用い、今は當に織を以てすべし。朕織染局に命じて國初の冕服を考へしむるに、日月各徑五寸、當に之に從うべし。裳六章、古は繡を用う、亦た當に之に從うべし。古の色は玄黄を用い、天地の象を取る。今の裳は纁を用う、義に取る所無し、當に古に從うべし。革帯は即ち束帯なり、後は當に玉を用い、佩綬を以て之を下に系ぐべし。蔽膝は裳の色に隨い、其の繡は上に龍、下に火、山を用いざる可し。卿は内閣の諸臣と共に之を考へよ」と。是に於て楊一清等詳に議して曰く、「袞冕の服は、黄・虞以来、玄衣黄裳、十二章を爲す。日・月・星辰・山・龍・華蟲、其の序は上より下り、衣の六章を爲す。宗彝・藻・火・粉米・黼・黻、其の序は下より上り、裳の六章を爲す。周以後より浸く其の制を變じ、或は八章、或は九章、已に古に戾る。我が太祖皇帝復た十二章の制を定む、司造の官仍ほ舛訛に習ひ、製作の初意に非ず。伏して聖斷の疑わざるを乞う」と。帝乃ち吉を擇びて其の制を更正せしむ。冠は圓匡に烏紗を以て之を冒し、旒は七採の玉珠十二を綴じ、青纊充耳、玉珠二を綴じ、餘は舊制の如し。玄衣黄裳、衣裳各六章。洪武間の舊制、日月徑五寸、裳は前後連屬して帷の如く、六章は繡を用う。蔽膝は裳の色に隨い、羅を以て之を爲し、上に龍一を繡し、下に火三を繡し、革帯に系ぐ。大帶は素表朱裡、上は朱を以て縁し、下は綠を以てす。革帯は前に玉を用い、其の後は玉無く、佩綬を以て系ぎて之を掩う。中單及び圭は、俱に永樂間の制の如し。朱襪、赤舄、黄條縁玄纓結。皇帝の通天冠服:洪武元年に定む、郊廟・省牲、皇太子諸王の冠婚・醮戒には、則ち通天冠・絳紗袍を服す。冠に金博山を加え、蟬十二を附し、首に珠翠を施し、黑介幘、組纓、玉簪導。絳紗袍、深衣の制。白紗内單、皁領褾襈裾。絳紗蔽膝、白假帶、方心曲領。白襪、赤舄。其の革帯・佩綬は、袞服と同じ。

皇帝の皮弁服:朔望の視朝・降詔・降香・進表・四夷の朝貢・外官の朝覲・策士傳臚には皆之を服す。嘉靖以後、太歲山川諸神を祭るにも亦之を服す。其の制は洪武二十六年より定む。皮弁は烏紗を以て之を冒し、前後各十二縫、每縫五采の玉十二を綴じて以て飾りと爲し、玉簪導、紅組纓。其の服は絳紗衣、蔽膝は衣の色に隨う。白玉佩革帯。玉鉤苾、緋白大帶。白襪、黑舄。永樂三年に定む、皮弁は舊制の如く、惟だ縫及び冠武並びに簪を貫き纓を系ぐ處は、皆金玉を以て飾る。圭の長さは冕服の圭の如く、脊有り、並びに雙植の文有り。絳紗袍、本色領褾襈裾。紅裳、但だ章數を織さず。中單、紅領褾襈裾。餘は俱に冕服内の制の如し。

皇帝の武弁服:明初、親徵・遣將に之を服す。嘉靖八年、内閣の臣張璁に諭して云く、「『会典』に親徵・類禡の祭を紀すに、皆武弁服を具す。備えざるべからず」と。璁對えて曰く、「『周禮』に韋弁有り、韎韋を以て弁と爲し、又以て衣裳と爲すと謂う。國朝は古を視て損益し、皮弁の制有り。今の武弁は皮弁の如くすべし、但だ皮弁は黑紗を以て之を冒し、武弁は當に絳紗を以て之を冒すべし」と。隨ひて圖を具して進む。帝報じて曰く、「圖を覽るに韠の形有り、但だ系ぐ處無し。冠の制は古は上尖の象、今の皮弁は則ち圓し。朕惟うに上銳は其の輕利を取る、古制の如くすべし。又衣裳韠舄皆赤色、何と謂うぞ。且つ佩綬俱に無し、祭に之を用うるは、可ならんや」と。璁對えて曰く、「古より冕弁を服するに俱に革帯を用い、以て前に韍を系ぎ、後に綬を系ぐ。韋弁の韠は、正に革帯に系ぐ耳。武事は威烈を尚ぶ、故に色は純かに赤を用う」と。帝復た璁に報じて曰く、「冠服・衣裳・韠舄は俱に古制の如くし、革帯・佩綬及び圭を增せ」と。乃ち定制と爲す、弁は上銳、色は赤を用い、上十二縫、中に五采の玉を綴じ、落落として星の狀の如し。韎衣・韎裳・韎韐、俱に赤色。佩・綬・革帯は、常の制の如し。佩綬及び韎韐は、俱に上は革帯に系ぐ。舄は裳の色の如し。玉圭は鎮圭より差し小く、上方を剡ぎ下し、篆文有りて曰く「討罪安民」。

皇帝の常服:洪武三年に定む、烏紗折角向上巾、盤領窄袖袍、束帶は間に金・琥珀・透犀を用う。永樂三年に更めて定む、冠は烏紗を以て之を冒し、折角向上、其の後は翼善冠と名づく。袍は黄、盤領、窄袖、前後及び兩肩に各織金の盤龍一。帶は玉を用い、靴は皮を以て之を爲す。是に先立ち、洪武二十四年、帝微行して神樂觀に至り、網巾を結ぶ者有るを見る。翼日、網巾を取るを命じ、十三布政使司に頒示し、人の貴賤無く、皆網巾を裹く、是に於て天子も亦常に網巾を服す。又『会典』に皇太孫の冠禮を載するに云く、「掌冠跪きて網巾を加う」と有り、而して皇帝・皇太子の冠服は、俱に闕けて載せず。

嘉靖七年、燕弁服を改めて定めた。初め、帝は燕居の冠服がなお習俗に沿っているとして、張璁に古の帝王の燕居法服の制度を考証するよう諭した。璁は『礼書』の「玄端深衣」の文を採り、図注を付けて進上した。帝はその制を参酌して定め、璁に詳しく議するよう諭した。璁は言う、「古には冕服の外に、玄端深衣があり、その用いられる範囲が最も広かった。玄端は天子より士に至るまで用い、国家の命服である。深衣は天子より庶人に至るまで用い、聖賢の法服である。今、玄端に文飾を加え、旧制を変えず、深衣を黄色に改め、中衣から離れないのは、まことに帝王が損益して時中を得る道である」。帝はそこで礼部に諭して言う、「古の玄端は上下通用したが、今は古人に比べるべからず、たとえ燕居であっても、等威を弁えるべきである」。そこで古制を斟酌し、名を改めて「燕弁」とし、深宮に独り居て、燕安を戒めとする意味を寓した。その制は、冠の匡は皮弁の制の如く、烏紗で覆い、十二の瓣に分け、各々金線で押さえ、前に五采の玉雲各一つを飾り、後に四山を列ね、朱条を組纓とし、双玉の簪を用いる。服は古の玄端の制の如く、色は玄、縁を青で縁取り、両肩に日月を繍し、前に円龍一を盤らせ、後に方龍二を盤らせ、辺に龍文八十一を加え、領と両袪と合わせて龍文五九。衽は前後同じく斉しく、合わせて龍文四九。襯は深衣の制を用い、色は黄。袂は円く袪は方く、下斉は負繩にして踝に及び、十二幅。素帯、朱裡青表、緑で縁をとり、腰囲に玉龍九を飾る。玄履、朱縁紅纓黄結。白襪。

皇后の冠服:洪武三年に定め、受冊・謁廟・朝会には礼服を着用する。その冠は円匡で、翡翠で覆い、上に九龍四鳳を飾り、大花十二樹、小花も数は同じ。両博鬢に十二鈿。禕衣は、深青に翟を描き、赤質、五色十二等。素紗の中単、黻領、朱羅縠の逯襈裾。蔽膝は衣の色に従い、緅を以て領縁とし、翟を以て章三等とする。大帯は衣の色に従い、朱裡で外を紕い、上は朱錦、下は緑錦、紐約は青組を用いる。玉革帯。青襪・青舄、金で飾る。永楽三年に定制を定め、その冠は翠龍九、金鳳四を飾り、中の一龍は大珠一を銜え、上に翠蓋があり、下に珠結を垂らし、その他は皆口に珠滴を銜える。珠翠雲四十片、大珠花・小珠花の数は旧の如し。三博鬢、金龍・翠雲で飾り、皆珠滴を垂らす。翠口圈一組、上に珠寶鈿花十二を飾り、翠鈿もその数と同じ。託裡金口圈一組。珠翠面花五事。珠排環一対。皁羅額子一、金で龍文を描き、珠二十一を用いる。翟衣は深青、翟文十二等を織り、間に小輪花を配する。紅領褾襈裾、金糸で雲龍文を織る。中単は玉色の紗で作り、紅領褾襈裾、黻文十三を織る。蔽膝は衣の色に従い、翟を織って章三等とし、間に小輪花四を配し、緅を以て領縁とし、金糸で雲龍文を織る。玉穀圭、長さ七寸、その上を剡ぎ、瑑いて穀文とし、黄綺でその下を約し、黄囊に韜め、金龍文。玉革帯、青綺の鞓、金で雲龍文を描き、玉事件十、金事件四。大帯、表裏ともに青紅相半、末端は純紅、下に織金雲龍文を垂らし、上は朱縁、下は緑縁、青綺の副帯一。綬は五采、黄・赤・白・縹・緑、纁質、間に二玉環を施し、皆織成。小綬三、色は大綬と同じ。玉佩二、各々玉珩一・瑀一・琚二・沖牙一・璜二を用い、瑀の下に玉花一・玉滴二を垂らす。瑑いて雲龍文を飾り金で描く。珩より下、組五を系ぎ、玉珠を貫き、行えば沖牙二滴と二璜とが相触れて音を発す。上に金鉤があり、小綬五采を副え、纁質、織成。青襪舄、金で雲龍を描いて飾り、皁純、各舄の首に珠五顆を加える。

皇后の常服:洪武三年に定め、双鳳翊龍冠、首飾・釧鐲は金玉・珠寶・翡翠を用いる。諸色の団衫、金糸で龍鳳文を繍し、帯は金玉を用いる。四年に改めて定め、龍鳳珠翠冠、真紅の大袖衣霞帔、紅羅の長裙、紅褙子。冠の制は特髻の如く、上に龍鳳の飾りを加え、衣は織金の龍鳳文を用い、繍飾を加える。永楽三年に改めて定め、冠は皁縠を用い、翠博山を附し、上に金龍一を飾り、珠で翊す。翠鳳二、皆口に珠滴を銜える。前後に珠牡丹二、花八蕊、翠葉三十六。珠翠穰花鬢二、珠翠雲二十一、翠口圈一。金寶鈿花九、珠で飾る。金鳳二、口に珠結を銜える。三博鬢、鸞鳳で飾る。金寶鈿二十四、辺に珠滴を垂らす。金簪二。珊瑚鳳冠觜一組。大衫霞帔、衫は黄、霞帔は深青、織金の雲霞龍文、あるいは繍しあるいは翠を鋪いて金で縁取り、珠玉の墜子で飾り、龍文を瑑く。四䙆襖子(即ち褙子)、深青、金糸で団龍文を繍す。鞠衣は紅色、前後に織金の雲龍文、あるいは繍しあるいは翠を鋪いて金で縁取り、珠で飾る。大帯は紅線羅で作り、縁あり、その他は青あるいは緑、各々鞠衣の色に従う。縁襈襖子、黄色、紅領褾襈裾、皆織金の彩色雲龍文。縁襈裙、紅色、緑の縁襈、織金の彩色雲龍文。玉帯、翟衣内の制の如く、ただし金事件一を減ず。玉花采結綬、紅緑の線羅を以て結とし、玉綬花一、雲龍文を瑑く。綬帯玉墜珠六、金垂頭花瓣四、小金葉六。紅線羅の系帯一。白玉雲様玎榼二、佩の制の如く、金鉤あり、金如意雲蓋一、下に紅組五を懸けて貫き、金方心雲板一、皆雲龍文を鈒し、紅綺で襯し、下に金長頭花四を垂らし、中に小金鐘一、末に白玉雲朵五を綴る。青襪舄、翟衣内の制と同じ。

皇妃・皇嬪及び内命婦の冠服:洪武三年に定める。皇妃が冊を受け、助祭し、朝会する際の礼服。冠は九翬・四鳳の花釵九樹を飾り、小花の数もこれに同じ。両博鬢に九鈿。翟衣は、青を地とし翟を刺繍し、衣及び裳に編次し、重ねて九等とする。青紗の中単、黻領、朱縠の逯襈裾。蔽膝は裳の色に従い、文繡の重雉を加え、章二等とし、緅をもって領縁とする。大帯は衣の色に従う。玉の革帯。青の襪・舄、佩綬。常服:鸞鳳冠、首飾・釧鐲は金玉・珠宝・翠を用いる。諸色の団衫、金繡の鸞鳳、黄を用いない。帯は金・玉・犀を用いる。また山鬆特髻、仮鬢花鈿、或いは花釵鳳冠を定む。真紅の大袖衣、霞帔、紅羅裙、褙子、衣は織金及び鳳文の刺繍を用いる。永楽三年に改めて定む。礼服:九翟冠二、皁縠をもってこれを作り、翠博山を附し、大珠の翟二、小珠の翟三、翠の翟四を飾り、皆口に珠滴を銜む。冠中の宝珠一座、翠頂雲一座、その珠牡丹・翠穰花鬢の類は、全て双鳳翊龍冠の制の如く、ただ翠雲を十減ず。また翠牡丹花・穰花各二、面花四、梅花環四、珠環各二。その大衫・霞帔・燕居佩服の飾りは、全て中宮と同じく、ただ織金繡瑑は全て雲霞鳳文とし、雲龍文を用いない。

九嬪の冠服:嘉靖十年に初めて定む。冠は九翟を用い、皇妃の鳳に次ぐ。大衫・鞠衣は皇妃の制の如し。圭は次玉の谷文を用いる。

内命婦の冠服、洪武五年に定む。三品以上は花釵・翟衣、四品・五品は山鬆特髻、大衫を礼服とす。貴人は三品に視し、皇妃の燕居冠及び大衫・霞帔を礼服とし、珠翠慶雲冠、鞠衣・褙子・縁襈襖裙を常服とする。

宮人の冠服、制は宋と同じ。紫色、団領、窄袖、遍く折枝の小葵花を刺し、金を以てこれを圈し、珠絡縫の金帯・紅裙。弓様の鞋、上に小金花を刺す。烏紗帽、花を以て飾り、帽額に団珠を綴る。結珠の鬢梳。垂珠の耳飾。

皇太子の冠服:天地・社稷・宗廟に陪祀し、及び大朝会・冊を受け・妃を納れるときは袞冕を服す。洪武二十六年に定む。袞冕九章、冕九旒、旒九玉、金簪導、紅組纓、両玉瑱。圭長九寸五分。玄衣纁裳、衣五章、山・龍・華蟲・宗彝・火を織る。裳四章、藻・粉米・黼・黻を織る。白紗中単、黻領。蔽膝は裳の色に従い、火・山の二章を織る。革帯、金鉤苾、玉佩。綬五采(赤・白・玄・縹・緑)織成、純赤質、三百三十首。小綬三、色同じ。間に三玉環を織る。大帯、白表朱裡、上は紅を以て縁どり、下は緑を以て縁どる。白襪、赤舄。永楽三年に定む。冕冠、玄表朱裡、前円後方、前後各九旒。毎旒五采繅九就、五采の玉九を貫き、赤・白・青・黄・黒相次ぐ。玉衡金簪、玄紞に青纊を垂れて耳を充たし、(青玉を用いる。)白玉瑱を以て承け、朱紘纓。玉圭長九寸五分、錦を以てその下を約し、併せて韜む。袞服九章、玄衣五章、龍は肩に、山は背に、火・華蟲・宗彝は袖にあり、(毎袖各三。)皆織成す。本色の領褾襈裾。纁裳四章、藻・粉米・黼・黻各二を織り、前三幅、後四幅、相属さず、腰を共にし、襞積あり、本色の綼裼。中単は素紗を以てこれを作り、青領褾襈裾、領に黻文十一を織る。蔽膝は裳の色に従い、四章、藻・粉米・黼・黻を織る。本色縁、紃あり、縫中に施す。上に玉鉤二。玉佩二、各玉珩一・瑀一・琚一・沖牙一・璜二を用いる。瑀の下に玉花一・玉滴二を垂る。瑑に雲龍文、描金。珩より下、組五を系ぎ、玉珠を以て貫く。上に金鉤あり。小綬四採(赤・白・縹・緑)を以てこれを副え、纁質。大帯、素表朱裡、腰及び垂るる所に在りて皆綼あり、上綼は朱を以てし、下綼は緑を以てす。紐約は青組を用いる。大綬四採(赤・白・縹・緑)、纁質。小綬三採。間に二玉環を施し、龍文、皆織成す。襪舄皆赤色、舄は黒絇純を用い、黒を以て舄首を飾る。朔望朝・詔を降す・香を降す・表を進む・外国朝貢・朝覲のときは皮弁を服す。永楽三年に定む。皮弁、烏紗を以て冒し、前後各九縫、毎縫五采の玉九を綴じ、縫及び冠武並びに簪を貫き纓を系ぐる処は、皆金を以て飾る。金簪朱纓。玉圭は、冕服内の制の如し。絳紗袍、本色の領褾襈裾。紅裳は、冕服内の裳の制の如し、但し章数を織らざるのみ。中単は素紗を以てこれを作り、深衣の制の如し。紅領褾襈裾、領に黻文十一を織る。蔽膝は裳の色に従い、本色縁、紃あり、縫中に施す。その上に玉鉤二、玉佩は冕服内の制の如し、但し雲龍文無し。小綬四採を以てこれを副う。大帯・大綬・襪舄赤色、皆冕服内の制の如し。その常服、洪武元年に定む。烏紗折上巾。永楽三年に定む。冠は烏紗折角向上巾(亦た翼善冠と名づく、親王・郡王及び世子俱に同じ)、袍は赤、盤領窄袖、前後及び両肩各金織の盤龍一。玉帯・靴は、皮を以てこれを作る。

皇太子妃の冠服:洪武三年に制定、礼服は皇妃と同じ。永楽三年に改定、九翬四鳳冠、漆竹絲を匡とし、翡翠を被せ、上に翠翬九つ、金鳳四つを飾り、皆珠滴を口に銜む。珠翠雲四十片、大珠花九樹、小珠花も数はこれに同じ。双博鬢、鸞鳳を飾り、皆珠滴を垂らす。翠口圈一組、上に珠寶鈿花九つを飾り、翠鈿もその数と同じ。託裡金口圈一組。珠翠面花五事。珠排環一対。珠皁羅額子一、描金鳳文、珠二十一を用いる。翟衣、青質、翟文九等を織り、小輪花を間に配す。紅領褾襈裾、金雲龍文を織る。中單は玉色紗で作る。紅領褾襈裾、領に黻文十一を織る。蔽膝は衣の色に従い、翟を織って章二等とし、小輪花三つを間に配し、緅を以て領縁とし、金雲鳳文を織る。その玉圭、帯綬、玉佩、襪舄の制は、皆皇妃と同じ。洪武三年にまた常服を制定。犀冠、花鳳を刻む。首飾、釧鐲、衫帯は皆皇妃と同じ。四年に制定、冠も皇妃と同じ。永楽三年に燕居冠を制定、皁縠で作り、翠博山を附し、上に寶珠一座を飾り、二珠翠鳳が翊し、皆珠滴を口に銜む。前後に珠牡丹二つ、花八蕊、翠葉三十六。珠翠穰花鬢二つ。珠翠雲十六片。翠口圈一組。金寶鈿花九つ、上に珠九つを飾る。金鳳一対、珠結を口に銜む。双博鬢、鸞鳳を飾る。金寶鈿十八、辺に珠滴を垂らす。金簪一対。珊瑚鳳冠觜一組。その大衫、霞帔、燕居佩服の飾りは、皆皇妃と同じ。

親王の冠服:助祭、謁廟、朝賀、受冊、納妃には袞冕を服し、朔望朝、降詔、降香、進表、四夷朝貢、朝覲には皮弁を服す。洪武二十六年に制定、冕服は皆東宮と同じだが、冕旒は五采を用い、玉圭の長さは九寸二分五釐、青衣纁裳。永楽三年にまた冕服、皮弁の制を制定、皆東宮と同じ、その常服も東宮と同じ。

嘉靖七年、礼部に諭す:「朕は古の玄端に倣い、自ら燕弁冠服を作り、さらに忠静冠服を制し、位ある者に賜うたが、宗室諸王の制はまだ備わっていない。今、燕弁及び忠静冠の制を斟酌し、また式を図に具えて、保和冠服と命ず。郡王長子以上は、その式は既に明らかである。鎮国将軍以下から奉国中尉及び長史、審理、紀善、教授、伴読に至るまで、皆忠静冠服を用い、その品に依って服す。儀賓及びその他の官は一概に服することを許さない。夫れ忠静冠服の異なる式は、賢を尊ぶ等である。保和冠服の異なる式は、親を親しむ殺である。等殺既に明らかならば、礼の保つ所に近づかん。保つこと斯に和し、和すること斯に安し、これ賜名の義である。その図説を諸王府に頒示し、勅の如く遵行せよ。」保和冠の制は、燕弁を基準とし、九𧚥を用い、簪と五玉を除き、後山一扇、分かち画いて四つとす。服は、青質青縁、前後に方龍補、身は素地を用い、辺は雲を用いる。襯は深衣を用い、玉色。帯は青表緑裡緑縁。履は皁緑結を用い、白襪。

親王妃の冠服:受冊、助祭、朝会には礼服を服す。洪武三年に九翬四鳳冠を制定。永楽三年にまた九翟冠を制定、制は皇妃と同じ。その大衫、霞帔、燕居佩服の飾りは、東宮妃と同じだが、金事件一つを減じ、玉綬花、寶相花文を瑑る。

公主の冠服は、親王妃と同じだが、圭を用いないのみ。

親王世子の冠服:聖節、千秋節並びに正旦、冬至、進賀表箋及び父王の生日諸節慶賀には、皆袞冕を服す。洪武二十六年に制定、袞冕七章、冕は三採玉珠、七旒。圭の長さ九寸。青衣三章、華蟲、火、宗彝を織る。纁裳四章、藻、粉米、黼、黻を織る。素紗中單、青領襈、赤韍。革帯、白玉を佩き、玄組綬。綬は紫質、三採(紫、黄、赤)を用いて織成し、間に三白玉環を織る。白襪、赤舄。永楽三年に改定、冕冠前後各八旒、毎旒五采繅八就、三採玉珠八つを貫き、赤、白、青色相次ぐ。玉圭の長さ九寸。青衣三章、火は肩に、華蟲、宗彝は両袖にあり、皆織成。本色領褾襪裾。その纁裳、玉佩、帯、綬の制は、皆親王と同じだが、領に織る黻文二つを減ず。皮弁は烏紗で冒し、前後各八縫、毎縫に三採玉八つを綴じ、その他の制は親王の如し。その圭佩、帯綬、襪舄は冕服内の制の如し。常服も親王と同じ。嘉靖七年に保和冠服を制定、燕弁を基準とし、八𧚥を用い、簪玉を除き、後山を一扇分かち画いて四つとし、服は親王と同じ。

世子妃の冠服:永楽三年に制定、親王妃と同じだが、冠に七翟を用いるのみ。

郡王の冠服:永楽三年に制定、冕冠前後各七旒、毎旒五采繅七就、三採玉珠七つを貫く。圭の長さ九寸。青衣三章、粉米は肩に、藻、宗彝は両袖にあり、皆織成。纁裳二章、黼、黻各二つを織る。中單、領に黻文七つを織り、その他は親王世子と同じ。皮弁、前後各七縫、毎縫に三採玉七つを綴じ、その他は親王世子と同じ。その圭佩、帯綬、襪舄は冕服内の制の如し。常服も親王世子と同じ。嘉靖七年に保和冠服を制定、冠は七𧚥を用い、服は親王世子と同じ。

郡王妃の冠服:永楽三年に制定、冠に七翟を用い、親王世子妃と同じ。その大衫、霞帔、燕居佩服の飾りは、皆親王妃と同じだが、雲霞翟文を繡し、盤鳳文を用いない。

郡王長子の朝服:七樑冠、大紅素羅衣、白素紗中單、大紅素羅裳及び蔽膝、大紅素羅白素紗二色大帯、玉朝帯、丹礬紅花錦、錦雞綬、玉佩、象笏、白絹襪、皁皮雲頭履鞋。公服:皁縐紗襆頭、大紅素紵絲衣、玉革帯。常服:烏紗帽、大紅紵絲織金獅子開䙆、圓領、玉束帯、皁皮銅線靴。その保和冠は、忠静の制の如く、五𧚥を用いる。服は郡王と同じ、補子は織金方龍を用いる。

郡主の冠服:永楽三年に制定、郡王妃と同じ。但し圭を用いず、四珠環一対を減ずるのみ。

郡王長子夫人の冠服:珠翠五翟冠、大紅紵絲大衫、深青紵絲金繡翟褙子、青羅金繡翟霞帔、金墜頭。

鎮国将軍の冠服は、郡王の長子と同じである。鎮国将軍夫人の冠服は、郡王長子夫人と同じである。輔国将軍の冠服は、鎮国将軍と同じであるが、ただ冠は六梁、帯は犀を用いる。輔国将軍夫人の冠服は、鎮国将軍夫人と同じであるが、ただ冠は四翟を用い、抹金銀の墜頭を用いる。奉国将軍の冠服は、輔国将軍と同じであるが、ただ冠は五梁、帯は金鈒花を用い、常服は大紅織金の虎豹である。奉国将軍淑人の冠服は、輔国将軍夫人と同じであるが、ただ褙子と霞帔は、金で孔雀の文様を刺繍する。鎮国中尉の冠服は、奉国将軍と同じであるが、ただ冠は四梁、帯は素金を用い、佩は薬玉を用いる。鎮国中尉恭人の冠服は、奉国将軍淑人と同じである。輔国中尉の冠服は、鎮国中尉と同じであるが、ただ冠は三梁、帯は銀鈒花を用い、綬は盤雕を用い、公服は深青素羅を用い、常服は紅織金の熊羆である。輔国中尉宜人の冠服は、鎮国中尉恭人と同じであるが、ただ冠は三翟を用い、褙子と霞帔は金で鴛鴦の文様を刺繍し、銀の墜頭を用いる。奉国中尉の冠服は、輔国中尉と同じであるが、ただ冠は二梁、帯は素銀を用い、綬は練鵲を用い、襆頭は黒漆、常服は紅織金の彪である。奉国中尉安人の冠服は、輔国中尉宜人と同じであるが、ただ大衫は丹礬紅を用い、褙子と霞帔は金で練鵲の文様を刺繍する。

県主の冠服:珠翠五翟冠、大紅紵絲の大衫、深青紵絲金繡孔雀の褙子、青羅金繡孔雀の霞帔、抹金銀の墜頭。郡君の冠服は、県主と同じであるが、ただ冠は四翟を用い、褙子と霞帔は金で鴛鴦の文様を刺繍する。県君の冠服は、郡君と同じであるが、ただ冠は三翟を用いる。郷君の冠服は、県君と同じであるが、ただ大衫は丹礬紅を用い、褙子と霞帔は金で練鵲の文様を刺繍する。