嘉礼三
天子納后儀・皇太子納妃儀・親王婚礼・公主婚礼・品官婚礼・庶人婚礼・皇帝視学儀・経筵・日講・東宮出閣講学儀・諸王読書儀
天子納后儀
婚礼には六礼があるが、天子には親迎の礼のみがない。漢・晋以来、皆使いを遣わし節を持たせて奉迎し、その礼物儀文はそれぞれ時代によって増減した。明が興り、諸帝は皆即位後に冊立の礼を行った。正統七年、英宗の大婚に至り、初めて儀注を定めた。
納采・問名については、前もって日を選び、官を遣わして天地宗廟に告げる。当日、御座・制案・節案・鹵簿・彩輿・中和大楽を儀式に従って設ける。礼部は礼物を丹陛上及び文階下に陳列する。夜明け、皇帝は冕服を着て座に昇り、百官は朝服で礼を行い終え、それぞれ就位する。正副使は朝服で四拝し、執事が制案・節案を挙げ、中門より出て、礼物がこれに随い、皆丹陛の中道に置く。伝制官が制を宣して言う、「某官某の女を選び皇后となす。卿等に命じて節を持たせ、納采・問名の礼を行わせる」と。正副使は四拝し、駕は興る。制・節案を挙げて奉天門中門より出る。正副使は節及び制書を取って彩輿の中に置き、儀仗・大楽が前導し、大明門を出る。朝服を脱ぎ、馬に乗って行き、皇后の邸に詣でる。邸の中では、使いの幕次を大門外左に南向きに設け、香案を正堂に設け、制・節案を南に設け、別に案を北に設ける。使者が至ると、引礼が導いて幕次に入り、執事官が礼物を正堂に陳列する。使者が次を出て、制書を案に奉る。礼官が先に入り、東に立つ。主婚は朝服で出て、西に立つ。礼官が言う、「制を奉じて后を建て、使いを遣わして納采・問名の礼を行わせる」と。主婚者を引いて出迎えさせる。使者が制書及び節を捧げ、主婚者がこれに随って堂に至り、制書及び節を案に置く。正副使は案の左右に分かれて立つ。主婚者は四拝し、案前に詣でて跪く。正使が納采の制を取り、宣して言う、「朕は天の序を承け、鴻図を欽紹す。国を経るの道は、家を正すを本とす。夫婦の倫、乾坤の義は、実に宗祀の敬を相い、奉養の誠を協わしむるに資る。重きを資る所なり。謹んで聖母皇太后の命に遵い、使いを遣わし節を持たせ、礼を以て採択す」と。宣し終え、主婚者に授ける。主婚者は執事者に授け、北の案上やや左に置かせる。副使が問名の制を取り、宣して言う、「朕惟うに、夫婦の道は大倫の本なり。内に位を正すは、必ず名家に資る。特に使いを遣わし節を持たせ、礼を以て名を問う。尚ほ来聞を佇つ」と。宣し終え、前に如く授け、案上やや右に置かせる。主婚者は俯伏し、興る。執事が表案を挙げ、表を主婚者に授ける。主婚者は跪いて正使に授け、表に言う、「臣某、嘉命を伏して承る。正使某官某等、重ねて制詔を宣し、臣が名族を問う。臣が女は、臣夫婦の生む所、先臣某官某の曾孫、先臣某官某の孫、先臣某官某の外孫なり。臣が女は今年若干、謹みて具し奏聞す」と。主婚者は俯伏し、興り、退いて四拝する。使者が出て、表を彩輿の中に置く。主婚者が進み出て言う、「礼従者を請う」と。酒饌が終わり、主婚者は幣を捧げて使者を労う。使者が出て、主婚者は大門外まで送る。使者は彩輿に随って大明門左門に入り、奉天門外に至り、表・節を司礼監に授け、命に覆う。
次に納吉・納徴・告期、制を伝え使いを遣わすこと、並びに前の儀の如し。但し納徴には玄纁・束帛・六馬・穀圭等の物を用い、制詞に言う、「某官某の女を聘して皇后となす。卿等に命じて節を持たせ、納吉・納徴・告期の礼を行わせる」と。皇后の邸は、陳設は前の如し、ただ玉帛案を更に設ける。使者が至り、制書・玉帛を案上に置き、六馬を堂下に陳べる。執事は先に皇后の冠服諸物を正堂に設ける。礼官が入り、主婚者が出迎え、執事が玉帛案を挙げ、正使が納吉・納徴の制書を捧げ、副使が告期の制書を捧げ、節を執る者が節を捧げ、次第に入り、それぞれ案に置く。主婚者は四拝し、案前に詣でて跪く。正使が制書を取り、宣して言う、「大婚の卜、亀筮師士協従す。礼典を敬って循い、使いを遣わし節を持たせ、吉を告ぐ」と。また宣して言う、「卿が女に貞静の徳あり、母儀の選に称し、宜しく天地宗廟を共に承くべし。特に使いを遣わし節を持たせ、礼を以て納徴す」と。宣し終え、主婚者に授ける。正副使はまた圭及び玄纁を捧げて主婚者に授け、皆前の儀の如し。副使が制書を取り、宣して言う、「歳令月良、吉日某甲子、大婚維れ宜し。特に使いを遣わし節を持たせ、礼を以て期を告ぐ」と。宣し終え、前に如く授ける。主婚者は四拝し、使者は節を持って出て、主婚者は使者に礼し、使者は還り、初めの如く命に覆う。
次に冊を発し奉迎す。所司は前の儀の如く陳設する。礼部は雁及び礼物を丹陛上に陳べ、内官監は皇后の鹵簿車輅を奉天門外に陳べる。制詞に言う、「某官某の女を冊して皇后となす。卿等に命じて節を持たせ冊宝を奉じ、奉迎の礼を行わせる」と。正副使は冊宝を彩輿の中に置き、随って皇后の邸に詣でる。門に至り、制書冊宝を取って案上に置く。礼官が先に入り、主婚者は朝服で出て見る。礼官が言う、「制を奉じて后を冊し、使いを遣わし節を持たせ冊宝を奉じ、奉迎の礼を行わせる」と。主婚者は出迎える。執事者が案を挙げて前行し、使者が制書及び節を捧げ、執事者が雁及び礼物を以てこれに従う。堂中に至り、それぞれ案に置く。使者は左右に立ち、主婚者は四拝し、退いて西南に立つ。
女官が九龍四鳳の冠と禕衣を捧げて皇后に進める。内官が儀仗を中堂の前に陳列し、女楽を堂下に設け、動作停止は常の儀式の如し。使者が節・冊・宝を司礼監官に授け、内賛が中堂に導き入れる。皇后は礼服を整えて閣を出、香案の前に詣で、闕に向かって立ち、四拝する。賛が冊を宣するを唱え、皇后は跪く。宣冊官が宣し終わり、皇后に授ける。皇后は圭を搢ぎ、冊を受け、女官に授ける。女官は跪いて受け、西に立つ。賛が宝を宣するを唱え、冊を宣する儀式の如し。賛が圭を出すを唱え、賛が興つを唱え、四拝し終わり、皇后は閣に入る。司礼監官が節を持って出、使者に授け、冊宝を受ける礼の終わりを報ずる。主婚者が案の前に詣でて跪く。正使が奉迎の制を取り宣し終わり、主婚者に授ける。副使が雁及び礼物を進める。主婚者は皆跪いて受け、前の儀式の如し。主婚者は興ち、使者は四拝して出る。主婚者は使者を初めの如く礼す。女官が皇后に閣を出るよう奏請する。東階より下り、香案の前に立ち、四拝する。堂に昇り、南に向かって立つ。主婚者が進み東に立ち、西に向かい、曰く「戒めよ敬えよ、夙夜違うこと無かれ」と。退いて東階に立つ。母が進み、西に立ち、東に向かい、衿を施し帨を結び、曰く「勉めよ敬えよ、夙夜違うこと無かれ」と。退いて西階に立つ。内執事が輿に乗るよう請う、皇后は階を降りて輿に昇る。導従が出、儀仗大楽が先に行き、次に彩輿、正副使が随い、次に司礼監官が擁導し、大明門の中門より入る。百官は朝服を着て承天門外に班を列ねて迎え、輿の入るを待ち、乃ち退く。皇后が午門外に至ると、鐘鼓を鳴らし、鹵簿は止む。正副使が節を司礼監に授け、命を覆す。捧冊宝官が冊宝を捧げ、儀仗女楽が前導し、奉天門に進む。内庭の幕次に至り、司礼監が冊宝を女官に授ける。皇后は輿を出、西階より進む。皇帝は東階より降りて庭に迎え、皇后を揖して内殿に入れる。帝は更服の処に詣で、袞冕を具える。后は更服の処に詣で、礼服に更える。共に奉先殿に詣で、謁廟の礼を行う。祭り終わり、宮に還る。合巹し、帝は皮弁に更え、内殿に昇る。后は衣を更え、従って昇る。各々座に昇り、東西相向かう。執事者が饌案を前に挙げ、女官が四つの金爵を取り、酒を酌んで進める。飲み終わり、饌を進める。再び酒を進め、飯を進め終わり、女官が両巹で酒を酌み、合和して進める。飲み終わり、又饌を進め終わり、興ち、常服に易える。帝の従者が后の饌を餕い、后の従者が帝の饌を餕う。
翌日早朝、帝后共に礼服を着し、太后の座に昇るのを待つ。帝后が座前に進む。宮人が腶修の盤を持って后の左に立ち、帝后共に四拝する。執事が案を挙げて至り、宮人が腶修の盤を后に授け、后は捧げて案に置く。女官が案を挙げ、后は随いて太后の前に至り、進め終わり、位に復す。帝后共に四拝する。三日の早朝、帝は冕服を着し、后は礼服を着し、共に太后の宮に詣で、八拝の礼を行う。宮に還り、帝は皮弁を着し、座に昇る。女官が后を導き、礼服を着して帝の前に詣で、八拝の礼を行う。后は宮に還り、座に昇る。引礼が内親属及び六尚等の女官を導き、八拝の礼を行う。次に各監局の内官内使が、八拝の礼を行う。この日、皇帝は奉天殿に御す。詔を頒つは常の儀式の如し。四日早朝、皇帝は袞冕を着し華蓋殿に御し、親王が八拝し、次に執事官が五拝し、遂に奉天殿に昇り、百官が表を進め、慶賀の礼を行う。この日、太后及び皇后は各々礼服を着して座に昇る。親王が入り、八拝して出、次に内外の命婦が慶賀し及び外命婦が表箋を進むは、皆常の儀式の如し。五日に盥饋の礼を行い、尚膳監が膳修を具える。皇后は礼服を着して太后の前に詣で、四拝する。尚食が膳を皇后に授け、皇后は膳を捧げて案に進め、位に復し、四拝し、退いて西南に立つ。膳の終わるを俟ち、導き出される。
皇太子妃を納むる儀式
納采・問名。制に曰く「制を奉じ某氏の女を納れ皇太子妃と為し、卿等に命じて納采問名の礼を行わしむ」と。妃の第に至り、儐者が出で、使者の前に詣でて曰く「敢えて事を請う」と。使者曰く「儲宮配を納れ、令徳に属す。邦に常典有り、使い某に納采の礼を行わしむ」と。儐者入り告ぐ、主婚者曰く「臣某が子、壼儀に暗く、採択に備うるに足らず。恭しく制命を承く、臣某敢えて辞せず」と。儐者出で告ぐ、使者入り、礼物を庭に陳べ、制を宣して曰く「某詔を奉じ採択す」と。奠雁の礼終わり、使者出づ。儐者復た使者の前に詣でて曰く「敢えて事を請う」と。使者曰く「儲宮の配、採択既に諧う。将に卜筮を加えんとし、制を奉じて名を問う」と。儐者入り告ぐ、主婚者曰く「制を以て臣某が女、以て儲宮に奉侍すべしと為し、臣某敢えて辞せず」と。儐者出で告ぐ。使者復た入り、礼を陳べ奠雁は儀式の如く、制を宣して曰く「臣某詔を奉じて名を問い、将に諸れを卜筮に謀らんとす」と。主婚者曰く「臣某が第幾女、某氏出」と。
次に納吉。儐者が事を請うは前の如く、使者曰く「諸れを卜筮に謀るに、其の占協従す、制して使い某に吉を告げしむ」と。儐者入り告ぐ、主婚者曰く「臣某が子蠢愚、克く堪えざるを懼る。卜筮吉と云う、惟だ臣が幸い、臣謹んで典制を奉ず」と。儐者出で告ぐ。使者入り、礼を陳べ奠雁は儀式の如く、制を宣して曰く「制を奉じて吉を告ぐ」と。
又次に納徵。儐者出で告ぐ、使者入り玉帛の礼物を陳べ、雁を奠めず、制を宣して曰く「某制を奉じて成を告ぐ」と。
又次に請期。辞に曰く「龜筮に詢う。某月某日吉、制して使い某に期を告げしむ」と。主婚者曰く「敢えて命を承けざらんや」と。礼を陳べ奠雁は儀式の如く。
又次に告廟。使いを遣わし節を持たせ冊宝を授ける儀注は、悉く前に見ゆ。
又次に醮戒。皇帝は通天冠・絳紗袍を着し、奉天殿に御し、百官侍立す。引進が皇太子を導き丹陛に至らしめ、四拝す。殿の東門に入り席に就き、東に向かって立つ。司爵が醆を進め、皇太子は跪き、圭を搢ぎ、醆を受け酒を祭る。司饌が饌を進め、跪いて受くるも亦た之の如し。興ち、席に就き坐し、飲食終わり、導かれて御座の前に詣で跪く。皇帝之に命じて曰く「往きて爾が相を迎え、我が宗事を承け、勖めて帥うに敬を以てせよ」と。皇太子曰く「臣某謹んで制旨を奉ず」と。俯伏し、興つ。出でて丹陛に至り、四拝終わり、皇帝は宮に還り、皇太子は出づ。
次に親迎の儀。前日、有司は皇太子の次(仮舎)を妃の家の大門外に設け、南向きとし、東宮官の次をその南に設け、東西相対する。当日、夜明けに、東宮官は朝服を具え、鹵簿鼓吹を東宮門外に陳列する。皇太子は冕服を着て輿に乗り出で、侍衛が儀式に従い導従する。宮門に至りて輿を降り輅に昇り、東宮官は皆従って妃の第に至り、轅を回して南向きとし、輅を降りて輿に昇る。次に至りて輿を降り、次に入り就く。東宮官は皆次に就く。先に、皇太子の将に至らんとするに当たり、主婚者は会宴を設けて女を宴する。期に至り、妃は褕翟花釵を着し、出でて閣に就き南面して立ち、傅姆は左右に立つ。主婚者は朝服を具えて西階の下に立つ。引進が皇太子を導き次より出で、大門の東に立ち、西向きとする。儐者は朝服を着て出で、門の東に立ちて曰く「敢えて事を請う」と。引進は跪いて啓し終わり、皇太子曰く「某、制を奉じて親迎す」と。引進は命を受け興り、儐者に承伝する。儐者は入り告げ、主婚者を導き出でて大門外の西に迎え、東向きに再拝する。皇太子は拝を答える。引進は皇太子を導き入門して左に進み、雁を執る者これに従う。儐者は主婚者を導き入門して右に進む。皇太子は東階を昇り進み、閣門の戸前に立ち、北向きに立つ。主婚者は西階を昇り、西に立ち、東向きとする。引進は奠雁を啓し、執雁者が雁を進める。皇太子は雁を受け、これを主婚者に授ける。主婚者は跪いて受け、興り、左右に授けて、退き西に立つ。皇太子は再拝し、東階より降り、出でて次に至りて待つ。主婚者は降りて送らぬ。初め、皇太子の入門するに当たり、妃の母は出で、閣門外、奠雁の位の西に立ち、南向きとする。皇太子の拝し終わり、宮人傅姆が妃を導き出で、母の左に立つ。主婚者はこれに命じて曰く「戒めよ戒めよ、夙夜恪勤にして、命に違うことなかれ」と。母は命じて曰く「勉めよ勉めよ、爾父に訓あり、往きて承くるに欽のみ」と。庶母はこれを申して曰く「父母の言を恭しく聴け」と。宮人傅姆が擎執し導従し、妃は輿に乗り門を出で、輿を降りて鳳轎に乗る。皇太子は簾を掲げ終わり、すなわち輅に昇り、侍従は来たる儀の如し。東宮門外に至り、輅を降りて輿に乗る。閣に至り、輿を降り入り、内殿門外の東に俟ち、西面する。司閨が妃を導き内殿門外の西に詣らしめ、東面する。皇太子は妃を揖して入り、合巹の礼を行い、中宮の儀の如し。
次に朝見の儀。その日、妃は内殿の陛の下に詣で、皇帝の座に昇るを候う。司閨が妃を導き入り、北面して立ち、再拝し、西階より昇る。宮人が棗慄の盤を奉じ、進みて御座の前に至り妃に授ける。妃は御前に奠め、退きて位に復し、再拝する。礼畢り、皇后の前に詣で、腶修の盤を奉じ、上の儀の如し。
次に妃に醴を賜う儀、次に盥饋の儀、次に廟に謁する儀、次に群臣命婦の朝賀の儀、皆儀式の如し。
洪武四年、開平王常遇春の女を冊いて皇太子妃とす。礼部が儀注を上す。太祖これを見て曰く「贄礼には笄を用いず、ただ金盤を用いよ。翟車には鳳轎を用いよ。雁は玉を以てこれを作れ。古礼に親迎に綏を執り輪を御す有り。今は轎を用うれば、則ち簾を掲ぐるは是れなり。その合巹は、古制に依り匏を用いよ。妃の朝見は、宮中に入るに、小車に乗り、帷幕を以てこれを蔽え。廟に謁するには、則ち皇太子俱に往く。礼成ること後三日にして、乃ち群臣命婦を宴す」と。令として著す。
親王の婚礼。
唐の制、皇子妃を納るるに、親王を命じて婚を主とす。宋は皆皇帝臨軒して醮戒し、略々皇太子と同し。明これに因る。
その宣制に曰く「某氏を冊して某王妃とす」と。納采、致詞に曰く「某王の儷、懿淑に属す。某を使わして納采の礼を行わしむ」と。問名の詞に曰く「某既に命を受け、将に諸れを卜筮に加えて協従せんとす。某を使わして吉を告げしむ」と。主婚者曰く「制を以て臣某の子、以て某王に奉侍すべし。臣某敢えて辞せず」と。納吉の詞に曰く「卜筮協従す。某を使わして吉を告げしむ」と。主婚者曰く「臣某の子、愚にして克く堪えず。卜貺の吉、臣と有幸い有り。謹んで典制を奉ず」と。納徵の詞に曰く「某王の儷、卜既に協吉す。制して某を使わし儀物を以て成を告げしむ」と。主婚者曰く「制を奉じて臣に重礼を賜う。臣某謹んで典制を奉ず」と。請期の詞に曰く「某月日涓吉す。制して某を使わし期を告げしむ」と。主婚者曰く「謹んで命を奉ず」と。醮戒の命に曰く「往きて爾が相を迎え、以てその家を承け、勖めて帥い敬を以てせよ」と。その親迎、合巹、朝見、盥饋は、並びに皇太子の如し。盥饋畢り、王は皮弁服を着し、妃は翟衣を着し、東宮の前に詣で、四拝の礼を行ふ。東宮は坐して受け、東宮妃は立って二拝を受け、二拝を答える。王と妃は妃の家に至り、妃の父出で迎える。王先に入り、妃の父これに従う。堂に至り、王は東に立ち、妃の父母は西に立つ。王四拝し、妃の父母は立って二拝を受け、二拝を答える。王は中に坐し、その余の親属王に見え、四拝す。王は皆坐して受く。妃は中堂に入り、妃の父母坐し、妃四拝す。その余は家人の礼を序す。
太祖の世、皇太子・皇子に二妃有り。洪武八年十一月、衛国公鄧愈の女を徴して秦王の次妃とす。制を伝えず、冊を発せず、親迎せず。正副使は納徵の礼を行い、冠服は唐・宋の二品の制に擬し、儀仗は正妃より稍減ず。婚の日、王は皮弁服を着し、妃を導き奉先殿に謁す。王は東稍前、妃は西稍後。礼畢り宮に入り、王と正妃正坐し、次妃は王の前に詣で四拝し、復た正妃の前に詣で四拝す。次妃は東に坐し、宴飲して礼を成す。次日朝見し、拝位は殿に謁するが如し。中宮に謁するには、棗慄腶修を用いず、その余は並びに同じ。
公主の婚礼。
古、天子の女を嫁すに、自ら婚を主とせず、同姓の諸侯を以てこれを主とす。故に公主と曰う。唐は猶お親王を以て婚を主とす。宋に至り初めて用いず、惟だ掌婚者をして内東門に於いて表を納めしむ。則ち天子自ら主と為る。明これに因る。
凡そ公主の降嫁には、納采問名の礼を行い、婿家は礼物と表文を家庭に備え、闕を望んで再拝する。掌婚者がこれを奉じて内東門に至り、内使の前に詣でて曰く、「朝恩、室を某官某の子に貺う。某、先人の礼を習い、臣某を使わして納采を請わしむ」と。表を以て跪いて内使に授く。内使は跪いて受け、奉じて内殿に進め、雁及び礼物を執る者は従いて入る。内使出で、掌婚者は曰く、「将に卜筮を加えんとす。臣某を使わして名を問わしむ」と。表を進めること初めの如し。内使出でて曰く、「制有り」と。掌婚者は跪き、内使は宣して曰く、「皇帝第幾女、某公主を封ず」と。掌婚者は俯伏し、興る。次に入り就き、宴を賜わりて出づ。
納吉の儀は納采と同じ。掌婚者が致詞して曰く、「諸を卜筮に加うるに、占いて曰く吉に従うと。謹みて臣某を使わして敢えて納徴を告げしむ」と。婿家は玄纁・玉帛・乗馬・表文を儀に如く備える。掌婚者が致詞して曰く、「朝恩、室を某官某の子某に貺う。先人の礼有り。臣某を使わして束帛・乗馬を以て納徴せしむ」と。請期の詞は曰く、「某、臣某を使わして謹みて吉日を請わしむ」と。
初め、洪武九年、太祖は太師李善長の子祺を以て駙馬都尉とし、臨安公主に尚せしむ。先だって期を奉先殿に告ぐ。降嫁の前二日、使を命じて公主を冊す。冊後の次日、奉先殿を謁す。又た駙馬の誥を受ける儀を定む。吏部官は誥命を捧げて龍亭に置き、太師府に至り、駙馬は朝服して拝受す。次日、善長及び駙馬は謝恩す。後十日にして始めて婚期を請う。二十六年、稍々儀注を更む。然れども儀注は存すと雖も、その姑舅を拝し及び公主駙馬の相向いて拝する礼は、終に明の世実に未だ嘗て行わざるなり。明年、又た公主・郡主の封号・婚礼、及び駙馬・儀賓の品秩を更定す。
凡そ駙馬を選ぶには、礼部は榜諭して在京の官員軍民の子弟、年十四より十六、容貌斉整・行止端荘・家教有る者の報名を求め、司礼内臣は諸王館で会選す。中らざれば、則ち畿内・山東・河南に博く訪う。三人を選中し、欽定して一人とし、余の二人は本処の儒学に送り、廩生に充てしむ。宣徳の時より、駙馬に始めて教習有り、学官を以て之が為す。正統以後、駙馬をして監に赴きて書を読み礼を習わしむ。嘉靖六年、始めて礼部主事一人を定め、専ら駙馬府に在りて教習せしむ。
品官の婚礼
周の制、凡そ公侯大夫士の婚娶する者は、六礼を用う。唐以後、儀物は多く官品を以て降殺す。明の洪武五年、詔して曰く、「古の婚礼は、両姓の歓を結び、以て人倫を重んず。近世以来、専ら聘財を論じ、奢侈に習染す。其の儀制を頒行す。務めに倹約に従い、以て風俗を厚くすべし」と。故に其の時は品節詳明にして、皆制限有り。後克く遵う者は鮮し。
其の制、凡そ品官の婚娶、或いは子の為に婦を聘するには、皆媒氏を使わして書を通ず。女氏之を許し、吉を択びて納采す。主婚者は賓席を設く。至日、祝版を具えて廟に告げ畢り、賓は女氏の第に至る。主婚者は公服して出迎え、賓及び媒氏を揖して入る。雁及び礼物は廳に陳ず。賓は左、主は右、媒氏は賓の南に立ち、皆再拝す。賓は主人に詣でて曰く、「某官、伉儷の重きを以て某に施す。某、典礼に率い循い、謹みて某を使わして納采せしむ」と。主婚者は曰く、「某が子、姆訓に嫺ならず。既に採択を辱うす。敢えて嘉を拝せざらんや」と。賓主は西東相向いて坐し、雁を徹して礼を受くること畢り、復た雁及び問名の礼物を陳ず。賓は興り、主婚者に詣でて曰く、「某官、婚礼を慎重にし、将に卜筮を加えんとす。名を請い問わん」と。主婚者は進みて曰く、「某第幾女、妻某氏の出」と。或いは紅羅を以て、或いは銷金紙を以て、女の第行年歳を書す。賓は辞し、主婚者は従者に礼を請う。礼畢り、賓を門外に送る。
納吉は納采の儀の如し。賓は致詞して曰く、「某官、嘉命を承け、諸を卜筮に稽うるに、亀筮協従す。某を使わして吉を告げしむ」と。主婚者は曰く、「某が未だ教えざるの女、既に吉を以て告ぐ。其れ何ぞ敢えて辞せん」と。納徴は納吉の儀の如く、玄纁束帛・函書を加え、雁を用いず。賓は致詞して曰く、「某官、伉儷の重きを以て、某官に恵を加う。典礼に率い循う。腆ならざるの幣有り。敢えて納徴を請わん」と。主婚者は曰く、「某官、某に重礼を貺う。某敢えて拝受せざらんや」と。賓は函書を以て主婚者に授け、主婚者も亦た函書を以て答う。請期も亦た納吉の儀の如し。
親迎の日、婿の父は禰廟に告げる。婿は北面して再拝し立ち、父はこれに命じて曰く、「嘉偶を躬迎し、爾の内治を釐めよ」と。婿進みて曰く、「敢へて命を承けざらんや」と。再拝し、媒氏は婿を導きて女家に至る。その日、女氏の主婚者は廟に告げ終わり、女に醴を賜うこと家人の礼の如し。婿門に至り、下馬し、大門外の次に就く。女の従者、女に請うて盛服し、寝門内に就き、南向して坐す。婿次より出で、主婚者は門外に出で迎え、揖して入る。主婚者は門に入りて右に就く。婿は門に入りて左に就き、雁を執る者従い、寝戸の前に至り、北面して立つ。主婚者は戸の東に立ち、西に向く。婿再拝し、雁を奠し、出でて次に就く。主婚者は降りて送らず。婿既に出づるや、女の父母は南向して坐し、保母は女を導きて四拝す。父これに命じて曰く、「女家に往きて、順を以て正と為し、肅恭を忘るるなかれ」と。母これに命じて曰く、「必ず恭しく必ず戒め、舅姑の命に違うことなかれ」と。庶母これに申して曰く、「爾忱しく訓言を聴き、父母の羞をなすなかれ」と。保姆及び侍女、女を翼して門を出で、車に升る。儀衛前に導き、送る者は車に乗りて後る。婿先に還りて以て俟つ。婦の車門に至り、門内に出で迎え、揖して婦を入る。寝門に及び、婿先に階を升り、婦従いて升る。室に入り、婿は室の東南にて盥ぎ、婦の従者は巾を執り水を進めて以てこれに沃く。婦は室の西北にて盥ぎ、婿の従者は巾を執り水を進めて以てこれに沃く。盥ぎ畢り、各坐に就く。婿は東、婦は西。食案を挙げ、酒を進め、饌を進む。酒食畢り、復た初めの如く進む。侍女、巹を以て酒を注ぎ、婿婦の前に進む。各飲み畢り、皆興り、座の南に立ち、東西相向かい、皆再拝す。婿婦室に入り、服を易う。婿の従者は婦の余りを餕い、婦の従者は婿の余りを餕う。
明日、宗廟に見え、婿の父の拝位を東階下に設け、婿はその後にす。主婦の拝位を西階下に設け、婦はその後にす。諸親各序を以て分立す。その日夙に興り、婿の父以下各位に就き、再拝す。贊礼、婦を引いて庭中に至らしめ、北面して立たしむ。婿の父は東階より升り、神位の前に詣り、跪す。三たび香を上け、三たび酒を祭り、祝を読み、興り、西に立つ。婦四拝し、退き、位に復す。婿の父は西階より降りて拝位に就き、婿の父以下皆再拝し、礼畢る。次に舅姑に見ゆ。その日、婦は堂下に立ち、舅姑の即座するを伺い、位に就き四拝す。保姆、婦を引いて西階より升り、舅の前に至らしめ、侍女、棗慄を奉りて婦に授く。婦進み畢り、階を降りて四拝す。姑の前に詣り、腶修を進むること、前の儀の如し。次に舅姑、婦に醴を賜うこと、家人の礼の如し。次に盥饋す。その日、婦の家、饌を備えて婿の家に至る。舅姑即座し、婦四拝す。西階より升り、舅の前に至る。従者、食案を挙げて饌を婦に授け、婦饌を進む。執事者、匕箸を加う。姑に饌を進むるも、またこの如し。食畢り、饌を徹し、婦階を降りて位に就き、四拝し、礼畢る。舅姑、再び婦に醴を賜うこと、初めの儀の如し。
庶人の婚礼
皇帝の視学の儀
『礼』に曰く、「凡そ始めて学を立つる者は、必ず先聖先師に釈奠す」と。周の末に淪喪し、礼廃れて行われず。漢の明帝、始めて辟雍に幸す。唐以後、天子の視学に、始めて講榻を設く。洪武十五年、太祖、将に国子監に幸せんとす。議する者言う、孔子は聖人と雖も、乃ち人臣なり、礼は一奠して再拝すべしと。太祖従わず、礼部尚書劉仲質に命じてその制を定めしむ。
前期に御幄を大成門の東に設け、南向きとし、御座を彝倫堂に設く。至日に、学官は諸生を率いて成賢街の左にて駕を迎う。皇帝は御幄に入り、皮弁服を具し、先師の神位に詣り、再拝す。爵を献じ、復た再拝す。四配・十哲・両廡は分献し、常の儀の如し。皇帝は御幄に入り、常服に易う。輿に升り、彝倫堂に至りて座に升る。学官・諸生は五拝叩頭し、東西堂下に序立す。三品以上及び侍従官は、次を以て堂に入り、東西に序立す。贊して進講せしむ。祭酒・司業・博士・助教の四人は西門より入り、堂中に至る。贊して経案を御前に挙げしむ。礼部官奏し、経を講官に授くることを請う。祭酒は跪いて受く。講官に坐を賜う。及び経を講案に置き、叩頭し、西南隅の几榻に就き坐して講ず。大臣・翰林・儒臣に坐を賜い、皆叩頭し、東西に序坐す。諸生は圜立して以て聴く。講畢り、叩頭し、退きて本位に就く。司業・博士・助教は、各次を以て進講す。堂門を出で、位に復す。贊して制を宣す。学官・諸生は列班して俱に北面して跪き、宣諭を聴き、五拝叩頭す。礼畢り、学官・諸生は成賢街に出でて駕を送る。明日、祭酒は学官を率いて表を上りて恩を謝す。
永楽四年、礼部尚書鄭賜、宋の制を引き、靴袍を服し、再拝することを請う。帝従わず、仍て四拝の礼を行わる。進講畢り、百官に茶を賜う。礼部、視学の碑を立てんことを請い、帝親しく文を制して石に勒す。祭酒等、表を上りて謝す。帝は奉天門に御し、百官に宴を賜い、仍て祭酒・司業に糹寧絲羅衣各二襲、学官三十五人に各糹寧絲衣一襲、監生三千余人に各鈔五錠を賜う。正統九年、帝は国子監に幸し、儀の如し。礼畢り、公・侯・伯・駙馬・武官都督以上・文官三品以上及び翰林学士より検討・国子監祭酒より学録に至るまで宴を賜う。
初め、憲宗は三氏の子孫を取って京に赴かせ礼を観せしめ、又衍聖公に分献せしむ。世宗に至り、衍聖公及び顔・孟の二博士、孔氏の老成なる者五人、顔・孟各二人を命じて京に赴かせ陪祀せしむ。
経筵
明朝初期には定まった日も定まった場所もなかった。正統初年に至り、始めて常儀として定められ、月の二日に文華殿に御して進講し、月に三回、寒暑の際には暫く免じた。その制は、勲臣一人が経筵事を知り、内閣学士は或いは知り或いは同知す。尚書・都御史・通政使・大理卿及び学士等は侍班し、翰林院・春坊官及び国子監祭酒二員が進講し、春坊官二員が書を展じ、給事中・御史各二員が侍儀し、鴻臚寺・錦衣衛堂上官各一員が供事し、鳴賛一が礼を賛し、序班四が案を挙げ、勲臣或いは駙馬一人が将軍侍衛を領す。
礼部が吉日を選び請う。先期に御座を文華殿に設け、御案を座の東稍南に設け、講案を案の南稍東に設く。是日、司礼監が先ず講ずる所の『四書』・経・史各一冊を陳べて御案に置き、一冊を講案に置く。皆『四書』は東、経・史は西なり。講官各々講章を撰択して冊内に置く。帝座に升る。経筵を知る及び侍班等の官は丹陛の上にて、五拝三叩頭す。後は毎講に叩頭礼のみを行ふ。次第に殿に上り、東西に序立す。序班二員、御案を挙げて座前に置き、二員、講案を挙げて御案の南正中に置く。鴻臚官進講を賛す。講官二員、東西の班より出で、講案前に詣り、北に向ひて並び立つ。東西の展書官各々御案の南銅鶴の下に至り、相向ひて立つ。鴻臚官講官拝を賛し、興く。東班の展書官、御案前に詣り、跪いて『四書』を展じ、退きて東鶴の下に立つ。講官、講案前に至り立ち、某書を講ずと奏し、講畢して退く。展書官跪いて書を掩ひ、仍って退きて鶴の下に立つ。西班の展書官、経或いは史を展じ、講官進講し、退く。初めの如し。鴻臚官講官拝を賛し、興く。各々退きて東西の班に就き、展書官之に随ひ、序班御案講案を徹す。礼畢し、酒飯を賜ふを命ず。各官出でて丹陛に至り、叩頭礼を行ふ。左順門に至り、酒飯畢し、入りて叩頭礼を行ふ。
日講
日講は、文華穿殿に御し、講読官内閣学士のみを用ひて侍班し、侍儀等の官を用ひず。講官は或いは四或いは六。開読の初めは吉服にて、五拝三叩首す。後は常服にて、一拝三叩首す。閣臣殿内に同じく侍し、帝の口宣「先生来たれ」を候ひ、同じく進み、叩首し、東西に立つ。読む者は先づ御前一揖し、案に至り書を展じ、金尺を圧し、牙籤を執る。五遍読み、書を掩ひ一揖して退く。先づ書、次に経、次に史、進講は読む儀の如し。侍書官書を習ふに侍し畢り、各々叩頭して退く。文華殿に於て茶を賜ひ、文華門に於て酒飯を賜ふ。
午講は、隆慶六年に定む。毎日早講畢り、帝暖閣に進み少しく憩ひ、章奏を閲す。閣臣等西廂房に退き、久しくして、率ひて講官再び進み午講し、『通鑑節要』及び『貞観政要』を講ず。講畢り、帝宮に還る。凡そ三・六・九の視朝の日は、暫く講読を免ず。
又嘉靖六年に定制す。月の三・八日、経筵日講官二員、『大学衍義』を講ず。十年、無逸殿講儀を定む。質明、帝常服にて輦に乗り殿門に至る。衆官門外に於て迎候す。帝輦を降り、板輿に乗り、殿に至り座に升る。各官殿門外に於て一拝三叩首し、内に入り、東西に序立す。進講を賛し、講官大学士一員班を出で叩首す。坐を賜ふを命じ、一叩首し、乃ち坐す。講畢り、展書官跪いて講章を掩ひ、講官叩頭して復た班す。又学士一員旨を承けて坐して講じ、初めの礼の如し。礼畢し、各官豳風亭に至り駕の至るを候ひ、亭内に宴を賜ふ。
東宮出閣講学儀
其の毎日の講読儀は、早朝退きて後、皇太子出閣し座に升る。侍衛等の官を用ひず、惟だ侍班侍読講官入り、叩頭礼を行ふ。内侍書を展じ、先づ『四書』を読む。則ち東班の侍読官前に進み、伴読十数遍し、退きて復た班す。次に経或いは史を読む。則ち西班伴読す。亦た之の如し。読み畢り、各官退く。巳時に至り、各官入り、内侍書を展じ、侍講官早くに読みし所の『四書』を講じ畢り、退班す。次に経史を講ずるも亦然り。講畢り、侍書官写字を習ふに侍す。書き畢り、各官叩頭して退く。凡そ書を読むは、三日後に一たび温め、背誦熟成す。温書の日は、新書を授けず。凡そ字を写すは、春夏秋は日に百字、冬は五十字。凡そ朔望節假及び大風雨雪・隆寒盛暑は、則ち暫く停む。
弘治十一年に更めて定む。三師三少並びに宮僚丹陛に於て四拝畢り、殿左右の門より入り、東西に立つ。講読畢るを候ひ、叩頭して退く。隆慶六年、皇太子の座を文華殿の東廂に改めて設け、正中西向とす。毎日講読の各官、先づ文華門外に詣り東西に向ひ、序立す。帝の日講経筵に御する畢るを候ひ、皇太子出閣し座に升る。凡そ東宮初めて講ずる時は、閣臣連ねて五日間侍し、後は毎月三・八日に一たび至り、先づ拝して出で、然る後に各官入る。崇禎十一年、礼部事を署す学士顧錫疇言ふ、「東宮嘉礼告成し、累朝錫賚据り有り。『実録』に成化十五年を載す。皇太子出閣講学し、六卿皆保・傅を加ふ。弘治十年、皇太子出閣講学し、内閣徐溥等四人・尚書馬文升等七人、倶に宮保を加ふ。」帝酌議して之を行はしむ。
諸王読書儀