旧唐書 志第十二 暦一

旧唐書

志第十二 暦一

太古の聖人は、二気の始まりを体し、三才の物象を探り、ついに紀を創ってその数を窮め、卦を画いてその変を通じた。そして紀には大衍の法があり、卦には推策の文があり、ここより暦法が生まれた。殷人は九疇・五紀の書を用い、『周礼』には馮相・保章の職を載せ、三辰の運行を辨じ、九野の吉凶を察する所以である。歴代の暦算家は、互いに伝授し、推歩の成法、協用の旧章と為す。秦氏が書を焚やし、遺文は残欠し、漢興って作者あり、師法は多門なり。鐘律の文を同じく徴し、蓍亀の説を共に演ずるも、建元或いは異なり、積蔀相懸け、旁らに『春秋』を取って証とし、強いて『系』・『象』に疑いを乩し、眉を揚げ掌を抵して、甘公・石申は日官に称せずと謂わざるはなく、策を運び精を播き、裨竈・梓慎は天道を知らずと言わざるはない。清台に至り祲を眎し、黄道に祥を考うるに、縮と言えば盈、少なきは中、多きは否、否なれば差算を矯て云い、中なれば自ら時を知ると負う。章・亥生まれず、何を憑りて質証せん。

高斉の天保年中、六月の日は朔に当たって蝕すべし、文宣帝は先んじて候官に蝕は何時と問う。張孟賓は申と言い、鄭元偉・董峻は辰と言い、宋景業は巳と言う。この日、蝕は申酉の間にあり、言う皆時中せず。景業の造れる『天保暦』は則ち疏密知るべし。昔、鄧平・洛下閎が漢の『太初暦』を造るや、これを非とする者十七家あり。後に劉洪・蔡伯喈・何承天・祖沖之は、皆数術の精粋なる者なれども、暦書を宣考する際に至っては、猶お横議に排せらる。この道寂寥として、知音寡し。張胄玄が印を佩いて沸騰し、劉孝孫が棺を輿して慟哭する所以、諸の後学をして益々以て疑いと為さしむ。臣を以て折衷すれば、旧法に如くはなし。

高祖、隋の禅を受け、傅仁均まず七事を陳べ、戊寅歳は時に正しく上元の首を得たりと言い、新暦を定めて禅代に符すべしとす。ここより『戊寅暦』を造る。祖孝孫・李淳風、理を立ててこれを駁す。仁均、条答甚だ詳し。故に法は貞観の世に行わる。高宗の時、太史、旧暦の加時に差浸しと奏す。改定有るべしとす。乃ち詔して李淳風に『麟徳暦』を造らしむ。初め、隋末に劉焯『皇極暦』を造るも、その道行われず。淳風これを約めて法と為す。時に精密と称す。天后の時、瞿曇羅『光宅暦』を造る。中宗の時、南宮説『景龍暦』を造る。皆旧法の棄つる所なるも、復た取りて用う。徒らに革易を云うも、寧ろ深微を造らんや。尋いでまた行われず。開元中、僧一行、諸家の暦法に精しく、『麟徳暦』行用既に久しく、晷緯漸く差すと言う。宰相張説これを言う。玄宗召見し、新暦を造らしむ。遂に星官梁令瓚と先ず『黄道遊儀図』を造り、七曜の行度を考校し、『周易』大衍の数を准え、別に一法を成す。行用垂五十年。粛宗の時、韓潁『至徳暦』を造る。代宗の時、郭献之『五紀暦』を造る。徳宗の時、徐承嗣『正元暦』を造る。憲宗の時、徐昂『観象暦』を造る。その法今存すれども、元紀蔀章の数は或いは前経に異なり、察斂啓閉の期は何ぞ旧法に殊ならん。征験を論ずるに至りては、研精に及ぶこと罕なり。綿代流行し、経法の存するを示すのみ。

前史は傅仁均・李淳風・南宮説・一行の四家の暦経を取り、『暦志』四巻と為す。近代の精数者は、皆淳風・一行の法を以て、千古を歴て差無しとし、後人これを更うるは、要は異を立つるのみ、その精密を逾ゆる無しとす。『景龍暦』は経行用せず、世以て非と為す。今略して載せず。但だ『戊寅』・『麟徳』・『大衍』の三暦法を取り、以てこの志に備え、暦官に示すのみ。

戊寅暦経

已上は闕文日なり。立秋に入るより、初日は四千八十分を加え、後日は七十六分を減ず。初日に加うる所の分を置き、後日に減ずるの数を計りて以てこれを減ず。訖り、余を行分法を以て約し、日数と為す。及び平見日及び分を加え、行分法に満てば、又これを去り、日に一を従え、定見日及び分と為す。後皆この例に放つ。秋分に畢る。寒露に入るより、日ごとに一百二十七分を減ず。減ずるに若し足らざれば、即ち一日に行分法を加え、反ってこれを減じ、定見日及び分と為す。後皆この例に放つ。立冬に畢る。小雪に入るより、大雪に畢るまで、均しく八日を減ず。初見、日を去ること十四度。

熒惑

平見:冬至に入る、初日は一萬六千三百五十四分を減じ、後日は五百四十五分を減ず、小寒に畢る。大寒に入るより、日ごとに四百二十六分を加え、啓蟄に畢る。雨水に入るより、穀雨に畢るまで、均しく二十九日を加う。立夏に入る、初日は一萬九千三百九十二分を加え、後日は二百十三分を減ず、大暑に畢る。立秋に入るより、平に依る。処暑に入るより、日ごとに一百八十四分を減ず、立冬に畢る。小雪に入るより、大雪に畢るまで、均しく二十五日を減ず。初見、日を去ること十七度。

鎮星

平見:冬至に入る、初日は四千八百一十四分を減じ、後日は七十九分を加え、気尽に畢る。小寒に入るより、大寒に畢るまで、均しく九日を減ず。立春に入る、均しく八日を減ず。啓蟄に入る、均しく七日を減ず。雨水に入る、均しく六日を減ず。春分に入る、均しく五日を減ず。清明に入る、均しく四日を減ず。穀雨に入るより、芒種に畢るまで、均しく三日を減ず。夏至に入るより、十日內に畢るまで、均しく二日を減ず。十日外、小暑に入るより、五日內に畢るまで、均しく一日を減ず。五日外、気尽に畢るまで、平に依る。大暑に入るより、日ごとに一百八十一分を加え、立秋に畢る。処暑に入るより、均しく九日を加う。白露に入るより、初日は六千二分を加え、後日は一百三十三分を減ず、寒露に畢る。霜降に入るより、日ごとに七十九分を減ず、大雪に畢る。初見、日を去ること十七度。

太白

晨平見:冬至に入る、平に依る。小寒に入るより、日ごとに六十六分を加え、大寒に畢る。立春に入るより、立夏に畢るまで、均しく三日を加う。小満に入る、初日は一千九百六十四分を加え、後日は六十六分を減ず、芒種に畢る。夏至に入るより、平に依る。小暑に入るより、六十分を減ず、大暑に畢る。立秋に入るより、立冬に畢るまで、均しく三日を減ず。小雪に入る、初日は一千九百六十四分を減じ、後日は六十六分を減ず、大寒に畢る。

夕平見:冬至に入る、日ごとに一百分を減ず、立春に畢る。啓蟄に入るより、春分に畢るまで、均しく九日を減ず。清明に入る、初日は五千九百八十六分を減じ、後日は一百分を減ず、小満に畢る。芒種に入るより、平に依る。夏至に入るより、日ごとに一百分を加え、立秋に畢る。処暑に入るより、秋分に畢るまで、均しく九日を加う。寒露に入る、初日は五千九百八十六分を加え、後日は一百分を減ず、小雪に畢る。大雪に入るより、平に依る。初見、日を去ること十一度。

辰星

晨平見:冬至に入れば、均しく四日を減ず。小寒に入り、大寒に畢るまで、平に依る。立春に入り、啓蟄に畢るまで、三日を減ず。其の啓蟄の気内に在り、日を去ること一十八度外、四十度内にして、晨に木・土・金の一星已上ある者は、見えず。雨水に入り、立夏に畢るまで、応に見ゆるも見えず。其の立夏の気内に在り、日度を去ること前の如く、晨に木・火・土・金の一星已上ある者も、亦之を見る。小満に入り、寒露に畢るまで、平に依る。霜降に入り、立冬に畢るまで、一日を加ふ。小雪に入り、大雪十二日に畢るまで、平に依る。若し大雪十三日に在れば、即ち一日を減ず。十四日に在れば、二日を減ず。十五日に在れば、三日を減ず。十六日に在れば、四日を減ず。

夕平見:冬至に入り、清明に畢るまで、平に依る。穀雨に入り、芒種に畢るまで、二日を減ず。夏至に入り、大暑に畢るまで、平に依る。立秋に入り、霜降に畢るまで、応に見ゆるも見えず。其の立秋及び霜降の二気の内に在り、夕に星有りて日を去ること前の晨の如き者は、亦見ゆ。立冬に入り、大雪に畢るまで、平に依る。初見、日を去ること十七度。

五星を行く法

各星の定見の前夜半の日の所在する宿度の算及び分を置き、各定見の朔を去る日の算及び一分を以て之に加ふ。小分法に満てば十四分、行分一に従ふ。行分法に満てば六百七十六分、度一に従ふ。又星の初見の日を去る度数を以て、晨は減じ夕は加ふ。度を以て次に命ずれば、即ち星の初見の所在する度及び分なり。此れ已後、皆此の小分を棄つ。

次日を求むる術

各一日の行く度及び分を加ふ。其の火・金の行にして小分有る者は、各日率を以て母と為す。小分其の母に満てば、行分一に従ひて去る。行分法に満てば、度一に従ひて去る。其の行に益疾・益遅有る者は、副へて一日の行分を置く。各其の分を以て疾は益し遅は損じ、乃ち之に加ふ。留は前に因り、退は則ち之を減じ、伏は度を注がず。順行斗を出でて其の分を去り、行斗に入れば先づ分を加ふ。訖りて、皆二十六を以て副行分を度分と為す。

歳星

初見:順行、日行一百七十六分五十秒、日に一分を益して遅し。一百一十四日行十九度二百九分。而して留まること二十八日。乃ち退行、日九十七分。八十四日退十二度五十分。又留まること二十六日五百九十六、小分七四分。即ち初定見の日分を以て而して之に加ふ。若し行分法に満てば、即ち之を去り、月に従ひて之を去り、一日に従ふ。乃ち順行、初日行六十分、日に一分を益して疾し。一百十四日行十九度四百三十七分にして伏す。

熒惑

初見:冬至に入れば、初率二百四十一日行一百六十三度。已後二日に日及び度各一を損ず。一百二十八日に盡きて、率一百七十七日行九十九度。一百六十一日に畢りて皆同じ。已後三日に日及び度各一を損ず。一百八十二日に盡きて、率一百七十日行九十二度。一百八十八日に畢りて皆同じ。已後三日に日及び度各一を益す。二百二十七日に盡きて、率一百八十三日行一百五度。已後二日に日及び度各一を益す。二百四十九日に盡きて、率一百九十四日行一百一十六度。已後一日に日及び度各一を益す。三百一十日に盡きて、率二百五十五日行一百七十七度。三百三十七日に畢りて皆同じ。已後二日に損ず。三百六十五日に盡きて、復た二百四十一日行一百六十三度。

初見:小寒に入り已後、三日に日率一を去り、啓蟄に畢る。雨水に入り、立夏に畢るまで、均しく日率二十を去る。小満に入れば、初め日率二十を去る。次に三日に十九を去り、日に日に十八を去る。次に三日に一日を去り、小暑に畢りて、即ち平に依り、定日の率と為す。若し処暑に入り、秋分に畢るまで、皆度率六を去り、各冬至後の日数に依りて之を損益し、又入る所の気を以て之を減じ、前疾と名づく。日数及び度数の率、若し初行。大寒に入り、大暑に畢るまで、皆差行し、日に一分を益して遅し。其の余は皆平行す。若し白露に入り、秋分に畢るまで、初日行半度、四十日行二十度。即ち日率四十、度率二十を去り、別に半度の行と為し、訖りて、然る後に平行の分を求めて以て之に続く。平行分とは、定行度率を置き、分法を以て之に乗じ、定日率を以て之を除し、得る所即ち平行一日の分、盡きざるは小分と為す。差行を求むるには、日率の数を置き、一を減ず。訖りて、又之を半し、平行一日の分に加へ、初日行分と為す。各其の日度を盡くして遅し。初日行三百二十六分、日に一分半を益して遅し、六十日行二十五度五分。其の前疾度六を去る者は、此の遅の初日に六十七分・小分三十六を加ふ。小分六十に満てば、之を去り、行分一に従ふ。即ち六十日行三十一度、分同じ。而して留まること十二日。前日分を去り日を二留に於て、奇は後留に従ふ。乃ち退行、日一百九十二分、六十日退十七度二十八分。又留まること十二日六百二十六分、小分三十分。亦初定見の分の如く、満てば前の如く去る。又順行、後遅。初日行二百三十八分、日に一分半を益して疾し、六十日行二十五度三十五分。此の遅の立秋より秋分に至るに在る者は、一日を加へ、行六十七、小分三十六。満てば前の如く去る。即ち六十日行三十一度。分同じなり。而して後疾。冬至に入れば、初率二百一十四日行一百三十六度。已後一日に日及び度各一を損ず。三十七日に盡きて、率一百七十七日行九十九度。已後二日に日及び度各一を損ず。五十七日に盡きて、率一百六十七日行八十九度。七十九日に畢りて皆同じ。已後三日に日及び度各一を益す。一百三十日に盡きて、率一百八十四日行一百六十度。已後二日に日及び度各一を益す。一百四十四日に盡きて、率一百九十一日行一百一十三度。已後一日に日及び度各一を益す。一百九十日に盡きて、率二百三十七日行一百五十九度。已後一日に日及び度各一を益す。二百一十日に盡きて、率二百六十七日行一百八十九度。二百五十九日に畢りて皆同じ。已後二日に日及び度各一を損ず。三百六十五日に盡きて、復た率二百一十四行一百三十六度。後遅に六度を加ふる者は、此の後疾度率六を去り、定度と為す。各冬至後の日数に依りて之を損益し、後疾の日及び度の率と為す。若し立夏に入り、夏至に於て、日行半度、六十日に盡きて、三十度を行く。若し小暑に入り、大暑に於て、四十日に盡きて、二十度を行く。皆日及び度の率を去り、別に半度の行と為し、訖りて、然る後に平行の分を求めて以て之に続く。各其の日度を盡くして伏す。

鎮星

初めて見えるときは順行し、一日に六十分進み、八十三日で七度二百四十八分進む。そして留まり、三十八日間。そこで退行し、一日に四十一分進み、百日で六度四十四分退く。また留まり、三十七日六十一分小分四。これも初めて定見した日の分を加える。満ちて去るは前の如し。そこで順行し、一日に六十分進み、八十三日で七度二百四十八分進んで伏す。

太白

朝に初めて見えるときは、そこで退行し、一日に一度半進み、十日で十五度退く。そして留まり、九日間。そこで順行して遅く、差行する。先ず遅く、日に日に疾く八分ずつ増し、四十日で三十度進む。もしこの遅行が大雪以後に入り、小満に至るまで終わるならば、即ちこれに依って定めとして行分を求む。芒種に入るより、十日ごとに一度を減じて定度とし、夏至に至るまで終わる。小暑に入るより、霜降に至るまで終わり、均しく三度を減ずる。立冬に入るより、初日は三度を減じ、後十日ごとに一度を減じ、霜降、小雪に至るまで終わり、皆な定度と為す。一日の行分を求むる者は、行分法にて定度を乗じ、四十を以って余し、平分と為し、尽きざるは小分と為す。又、四にて三十九を乗じ、以って平分を減じ、初日の行分と為す。平行し、一日に一度進み、十五日で十五度進む。もしこの平行が小寒以後に入るならば、十日ごとに日及び度各々一を増し、啓蟄に至るまで終わる。雨水の気に入るより、皆な二十一日で二十一度進む。春分以後に入るより、十日ごとに一を減じ、立夏に至るまで終わり、即ち十五日。処暑に入るより、寒露に至るまで終わり、即ちこの平行無し。霜降に入るより、即ち四日ごとに一を増し、大雪に至るまで終わり、後十五日で十五度進む。疾行し、百七十日で二百四度進む。前の順遅で度を減じた者は、減じた数の計を以って、この度を益して定度と為す。一日の行度及び分を求むる者は、百七十日を以って度数を減じ、余りの行を分法にて乗じ、百七十を以って余し、得る所を以って日の平行度分と為す。朝、東方に伏す。

夕に初めて見えるときは、順行して疾く、百七十日で二百度進む。立夏に至るまで終わり、この順疾に依る。冬至以後に入り、立夏に至るまで終わるならば、この率に依って定めと為す。小満に入るより、六日ごとに一度を加う。大暑の初めに入るより、芒種に至るまで終わり、夏至に入るより、小暑に至るまで終わるならば、均しく五度。大暑に入るより、初めは五度を加え、後三日ごとに一度を減じ、気尽きるまで終わる。立秋に入るより、大雪に至るまで終わり、還た本率に依る。白露より春分に至るまで終わり、皆な差行する。先ず疾く、日に日に遅く一分半ずつ増す。清明に入るより、処暑に至るまで終わり、並びに平行し、朝の疾と同じ。差行を求むる者は、百六十九を半ばし、乃ち一分半を以って之を乗じ、以って平行分に加え、初日の行度分と為す。平行し、一日に一度進み、十五日で十五度進む。この平行が冬至以後に入るならば、十日ごとに日及び度各々一を減じ、立春に至るまで終わる。啓蟄に入るより、芒種に至るまで終わり、皆な均しく九日で九度進む。夏至以後に入るより、五日ごとに一を増し、小暑に至るまで終わる。大暑に入るより、気尽きるまで終わり、皆な十五日で十五度進む。立秋以後に入るより、六日ごとに一を増し、小雪に至るまで終わる。大雪に入るより、気尽きるまで終わり、皆な十五日で十五度進む者なり。順行して遅く、差行する。先ず疾く、日に日に遅く八分ずつ増し、四十日で三十度進む。前に度を加えた者は、この数に依って之を減じ、一日の行分を求むるは、朝の遅の如く、準じて減ずる者を以って加えると為す。又、留まり、九日間。そこで退行し、一日に半度進み、十日で五度退き、而して夕、西方に伏す。

辰星:朝に初めて見えるとき、留まり、六日間。順行して遅く、一日に一百六十九分進み、四日で一度進む。もし初見が大寒に入り、啓蟄の内に至るまで終わるならば、即ちこの遅行を須いず。平行し、一日に一度進み、十日で十度進む。この平行がもし大寒以後に入るならば、二日ごとに日及び度各々一を去り、二十日に至るまで終わり、日及び度俱に尽き、即ちこの平行無し。疾行し、一日に一度六百九十分進み、十日で十九度六分進む。前に遅行無き者は、この疾行日に二百三分を減じ、十日で十七度四分進む。朝、東方に伏す。

夕に初めて見えるとき:順行して疾く、一日に一度六百九分進み、十日で十九度六分進む。この疾行は、小暑に入り処暑の内に至るまで終わるならば、日に二百三分を減じ、十日で十六度四分進む。平行し、一日に一度進み、十日で十度進む。この平行がもし大暑以後に入るならば、二日ごとに日及び度各々一を去る。二十日に至るまで終わり、日及び度俱に尽き、即ちこの平行無し。遅行し、一日に一百六十九分進み、四日で一度進む。もし疾行で二百三分を減じた者は、即ちこの遅行を須いず。又、留まり、六日九分。夕、西方に伏す。

交会を推す

交会法:一千二百七十四萬一千二百五分。

交分法:六百三十七萬六百二十九分。

朔差:一百八萬五千四百九十二分。

望分:六百九十一萬三千三百五十分。

交限:五萬八十二萬七千八百五十八分。

望差:五十四萬二千七百四十七一分。

外限:六百七十六萬七百八十二九分。

中限:一千二百三十五萬一千二十五八分。

内限:一千二百一十九万八千四百五十八分の七。

交時法:二万九千一十八。

推交分術

上元以来の積月を置き、交会法を以てこれを去く。余り、朔差を以てこれを乗ず。交会法に満てば、またこれを去く。仁均の本術、武徳年に交差七百七十五万五千一百六十四分を加う。余りを求めるところの年の天正朔入平交分と為す。望平交分を求める術、望分を以てこれを加え、満てば前に如く去き、平分と為す。次月平分の術、その朔望、冬至の気内に入れば、平を依りて定と為す。若し小寒以後に入り、日毎に気差一千六百五十分を加え、立春に畢る。啓蟄に入り、清明に畢るより、均しく七万六千一百分を加う。後日毎に一千六百五十分を減じ、小満に畢る。初日に加うるところの分を置き、後日に減ずる数を計りて以てこれを減じ、余りを以て平交分に加う。芒種に入り、夏至に畢るより、平を依りて定と為す。これを加え、交会法に満てば、即ち去く。余りを定交分と為す。その朔が災交に入り、若し小寒に入り、雨水に畢り、及び立夏に入り、小満に畢り、盈二時已下に値すれば、皆気差の半を以てこれを加う。二時已上は、皆加えず。その朔が時交分に入り、望差分已下、外限已上なるが如く、星伏有り、木土は見を去ること十日外、火は見を去ること四十日外、金星は伏して見を去ること二十二日外。一星有る者は、気差を加えず。その朔望、小暑以後に入り、日毎に気差一千二百分を減じ、処暑に畢る。白露に入り、霜降に畢るより、均しく九万五千八百二十分を減ず。立冬に入り、初日に六万三千三百分を減じ、後日毎に二千一百一十分を減じ、小雪に畢る。初日に減ずるところの分を置き、後日に減ずる数を計りて以てこれを減じ、余りを以て平交分を減ず。大雪に入るより、亦平を依りて定と為す。減ずるに若し足らざれば、交会法を加え、乃ちこれを減ず。余りを定交分と為す。その朔が交分に入り、交限内限已上、交分中限已下なるが如く、星伏有ること前に如き者は、気差を減ぜず。

道の内外及び先後去交を推す術、その定交分が交分法に満たざる者は、外道に在りと為す。満てばこれを去き、余りを内道に在りと為す。その余りが望差已下なるは、即ち是れ去先交分なり。時法を以てこれを約し一を得れば、去先交時数と為す。交限已上は、即ち以て交分法を減ず。余りを去後交分と為し、亦時法を以てこれを約し、時数と為す。望は則ち月蝕なり。その朔が内道に在る者は、朔は則ち日蝕なり。或いは内道に在りて交を去ること遠く、外道に在りて交を去ること近きも、亦蝕と為す。

推月蝕加時術

蝕有る望の定小余を置く。若し暦一日に入れば、即ち二百八十を減ず。十五日に入れば、即ちこれを加う。若し十四日に入れば、即ち五百五十を加う。二十八日に入れば、即ちこれを減ず。諸日に入り、盈に値すれば皆二百八十を加え、縮に値すれば皆これを減じ、定余と為す。乃ち十二を以てこれを乗じ、時法六千五百三を以てこれを除し、得るところを半辰の数と為す。子半を以て起算し外に命ずれば、即ち所在の辰なり。初め子半に命ずるに一算を以てし、自ら後は皆二算を以て一辰と為す。尽きざるを時余と為す。若し時余が辰半の前に在れば、乃ちこれを倍す。法に如く得る所無ければ、辰初と為す。又三を以てこれを因み、法に如く一を得れば、名けて強と為す。若し強を得、若し二強を得れば、即ち名けて少弱と為す。若しこれを倍し、法に如く一を得れば、少と為す。凡そ四分の一を少と為し、二を半と為し、三を太と為す。尽きざる者、又これを三し、法に如く一を得れば、名けて強と為す。若し二強を得れば、即ち名けて半弱と為す。若し時余が辰半の後に在る者も亦これを倍す。法に如く得る所無ければ、正に辰半に在ると為す。三を以てこれを因み、法に如く二を得れば、名けて強と為し、即ち名けて半強と為す。若し二強を得れば、即ち名けて太弱と為す。若しこれを倍し、法に如く一を得れば、太と為す。尽きざる者、又これを三し、法に如く一を得れば、強と為し、即ち名けて太強と為す。若し得る者、又二強なるは、辰末と為す。亦た前辰を以てこれを名づくべし。月が沖上に在りて蝕む、日出後入前各一時半外は、蝕を注せず。

推日蝕加時術

蝕有る朔の定小余を置く。若し暦一日に入れば、即ち三百を減ず。十五日に入れば、即ちこれを加う。若し十四日に入れば、即ち五百五十を加う。二十八日に入れば、即ちこれを減じて以て定と為す。自ら後は四時加減の限に入らず。春三月、内道、交を去ること四時已上、暦に入り、盈に値すれば二百八十を加え、縮に値すれば反ってこれを減ず。夏三月、内道、盈に値すれば二百八十を加え、縮に値すれば反ってこれを減ず。秋三月、内道、交を去ること十一時已下、盈に値すれば二百八十を加え、縮に値すれば加えず。十一時已上、盈に値すれば五百五十を加え、縮に値すれば一百八十を加えず。冬三月、内道、交を去ること五時已下、盈に値すれば二百八十を加え、縮に値すれば加えず。皆定余と為す。乃ち十二を以てこれを乗じ、時法を以てこれを除し、得るところ半辰の数、子半を以て起算し外に命ずれば、即ち所在の辰なり。辰を命ずること前法の如し。尽きざるを時余と為し、別に置きて副と為す。若し仲辰半前に入れば、即ち副を以て法を減じ、余りを差率と為す。若し半後に在れば、即ちその半辰を退け、還た法を以て余りに加え、即ち副を以て差率と為す。若し季辰半前に入れば、即ち法を以て副に加え、而して差率と為す。若し半後に在れば、即ちその半辰を退け、還た法を以て余りに加え、乃ち法を倍して以て副に加え、而して差率と為す。若し孟辰半前に入れば、即ち三にその法を因み、而して副を以てこれを減じ、余りを差率と為す。若し半後に在れば、即ちその半辰を退け、還た法を以て余りに加え、又法を以て副に加え、乃ち三にその法を因み而して副を以てこれを減じ、差率と為す。又去交時数を置き、三已下は三を加え、六已下は二を加え、九已下は一を加え、九已上は数に依り、十二以上は十二に従い、以て差率を乗ず。若し季辰半後、孟辰半前に在り、交を去ること六時以上なる者は、皆その六に従い、以て差率を乗ず。六時已下は、自ら数に依り、加うるを須いず。十四に如く一を得れば、時差と為す。子より卯半まで、午より酉半まで、時余を以てこれを加う。卯より午半まで、酉より子半まで、以て時余を減ず。これを加うるに若し時法に満てば、乃ちこれを去き、辰に加うれば、即ちこれを前に進む。これを減ずるに若し足らざれば、半辰を減じ、時法を加え、乃ちこれを減ずれば、即ちこれを後に退く。余りを定時余と為す。乃ち月蝕の法の如く、子午卯酉を仲と為し、辰戌丑未を季と為し、寅申巳亥を孟と為す。日出前後各一時半外は、日蝕を注せず。

推内道日不蝕術

夏五月朔、加時南方三辰に在り、先交十三時外、六月朔、後交十三時外なる者は、蝕せず。啓蟄より清明に畢るまで、先交十三時外、縮に値し、加時未巳酉に在る者は、亦蝕せず。処暑に入り、寒露に畢るまで、後交十三時、盈に値し、加時己巳東に在る者は、亦蝕せず。

推外道日蝕術

交食の前後を問わず、ただ交食の一辰刻以内にあるものは、皆蝕となる。もし先交の二辰刻以内にあるものは、盈二辰刻外に値するものも、また蝕となる。もし後交の二辰刻以内にあって、縮二辰刻外に値するものも、また蝕となる。その夏に去交二辰刻が南方三辰にあるものも、また蝕となる。もし去分至十二辰刻以内にあって、去交六辰刻以内にあるものも、また蝕となる。もし去交春分三日以内にあって、後交二辰刻以内にあるものも、また蝕となる。秋分三日以内にあって、先交二辰刻以内にあるものも、また蝕となる。諸の去交三辰刻以内にあって、星が前に如く伏するものも、また蝕となる。

月蝕分を推す術

去交分を置く。それが冬にあるときは、先交・後交ともに皆、不蝕分二辰刻の数を去る。もし春にあるときは、先交は半辰刻を去り、後交は二辰刻を去る。夏は即ち定めに依る。もし秋にあるときは、先交は二辰刻を去り、後交は半辰刻を去る。もし去るに足らざるものは、蝕既となり、乃ち三萬六千一百八十三を以て法と為してこれを除し、得る所を不蝕分と為す。尽きざる者は、半法已上は半強と為し、已下は半弱と為し、而して十五を以てこれを減じ、余りを蝕の大分と為す。

月蝕の起こる所を推す術

もし外道にあれば、初めは東北に起こり、蝕甚は西北となる。もし内道にあれば、初めは東南に起こり、蝕甚は西南となる。十三分已上は、正東より起こる。推すこと皆、正南に拠りて言う。

日蝕分を推す術

去交分を置く。もし冬至に入り已後、立春に畢るまで、皆均しく十二萬八百を減じ、余りを不蝕分と為す。減するに足らざる者は、反って交分を以てこれを減じ、余りを不蝕分と為す。また望差を減じて定法と為す。その後交が縮に値する者は、直ちに望差を以て定法と為し、これを減ずるを須いず。啓蟄に入るより、初日は二十二萬八百分を減じ、後日は一千八百一十分を減ず。初日に減ずる所の分を置き、後日に減ずる数を計りて以てこれを減じ、余りを以て交分を減ず。芒種に畢るまで。夏至に入るより、日ごとに二千四百分を減じ、白露に畢るまで。秋分に入り、大雪に畢るまで、皆均しく二十二萬八百分を減ず。但し減するに足らざる者は、皆前に如く、反って交分を以てこれを減じ、訖りて、皆不蝕と為す。もし冬至に入り、小寒に畢るまで、不蝕分は定めに依る。もし大寒に入り、立夏に畢るまで、後去交五辰刻外は、皆不蝕分一辰刻を去る。時差值減ずる者は、先交はこれを減じ、後交はこれを加う。減するに足らざる者は、蝕既となる。時差值加うる者は、先交はこれを加え、後交はこれを減ず。減するに足らざる者は、蝕既となる。乃ち定分と為し、十五を以てこれを乗じ、定法を以てこれを除し、得る所を不蝕分と為す。尽きざる者は、半法已上は半強と為し、已下は半弱と為し、而して十五を以てこれを減じ、余りを蝕の大分と為す。

日蝕の起こる所を推す術

もし外道にあれば、初めは西南に起こり、蝕甚は東南となる。もし内道にあれば、初めは西北に起こり、蝕甚は東北となる。十三度已上は、正西より起こる。また正南に拠りてこれを言う。

日の出入する所在を求むる術

入る所の気の辰刻及び分を以て、後気の辰刻及び分と相減ず。余りに入気の日算を乗じ、十五を以てこれを除す。得る所を以て入る所の気に加減して定日の出入と為す。冬至より夏至に至るまで、日出はこれを減じ、日入はこれを加う。夏至より冬至に至るまで、日出はこれを加え、日入はこれを減ず。余りに入りて定刻及び分と為す。

暦を校する人 前暦博士 臣 薛弘疑

暦を校する人 算暦博士 臣 王孝通

暦を監校する 大理卿 清河県公 崔善為

夜漏半

右は武德元年の暦に依り、漏刻の日出没二十四気の下に加えたものである。

月蝕の加時を推す術

右は蝕ある望に加え、百刻を以て定小餘に乗じ、日法にて一と為し、以て近き所の気を課し、夜半に満たざる者は、日を甲子の算上に命じて暦に注す。

月蝕の虧初復満を推す、先づ毎箭の更籌に用いる刻を造る

月蝕の日の入る気の夜漏の半を倍し、二十五にて一と為し、籌刻分と為し、亦暦の下に注す。

月蝕分に用いる刻率、月蝕分を置く

日月蝕の加時定刻を推す術

日月蝕の加時定餘を置く。辰半の後にある者は、時餘に時法を加え、二十五を以て之に乗じ、三萬九千一十八にて一刻と為し、刻を算外に命ずれば、即ち入る所の辰刻なり。

虧初復満を求むる術

蝕分を置き、用いる刻率を以て之を副え、以て入る所の暦の損益率に乗じ、四千五十七にて一と為す。盈に値すれば其の損益に反し、縮に値すれば其の損益に依る、副は蝕定用刻数と為し、乃ち六を之に乗じ、十にて一と為し、以て蝕加時辰刻を減じ、虧初と為す。丈四を餘の用刻数に乗じ、十にて一と為し、以て蝕加時辰刻に加え、復満と為す。

蝕する所の夜の初甚末の更籌刻を求むる術

其の日の入る辰の残刻及び分に因り、次第に辰刻及び分を加え、蝕初の辰刻及び分に至り、二刻十二分を減じ、其の更に用いる刻及び分より之を除き、更に満たざれば、即ち初蝕の更籌なり。求むる所に依りて甚刻に至り之を加え、命ずれば即ち甚なり。求むる所に依りて甚後の刻数を加え、命ずれば即ち末の更籌刻及び分なり。日出前復満、日入後初虧は、皆蝕を注せず。