新唐書

巻四十九下 志第三十九下 百官四下

王府官

傅一人、従三品。過失を輔正するを掌る。諮議参軍事一人、正五品上。謀議を訏め事を議するを掌る。友一人、従五品下。游処に侍し、道義を規諷するを掌る。侍読、定員無し。文学一人、従六品上。典籍を校し、文章に侍従するを掌る。東西閤祭酒各一人、従七品上。賢良を礼し、賓客を導くを掌る。

長史一人、従四品上。司馬一人、従四品下。皆、府僚を統べ、職務の紀綱を掌る。掾一人、功曹・倉曹・戸曹の事を通判するを掌る。属一人、皆正六品上、兵曹・騎曹・法曹・士曹の事を通判するを掌る。主簿一人、書教を覆省するを掌る。記室参軍事二人、表啓書疏を掌る。録事参軍事一人、皆従六品上、付事・句稽、鈔目の省署を掌る。録事一人、従九品下。功曹参そうしん軍事は文官の簿書・考課・陳設を掌り、倉曹参軍事は禄稟・厨膳・出内・市易・畋漁・芻藁を掌り、戸曹参軍事は封戸・僮僕・弋獵・過所を掌り、兵曹参軍事は武官の簿書・考課・儀衛・仮使を掌り、騎曹参軍事は廄牧・騎乗・文物・器械を掌り、法曹参軍事は按訊・決刑を掌り、士曹参軍事は土功・公廨を掌る。功曹以下各一人、正七品上。参軍事二人、正八品下。行参軍事四人、従八品上。皆、出使雑検校を掌る。典籤二人、従八品下、書教を宣伝するを掌る。

親事府

典軍二人、正五品上。副典軍二人、従五品上。皆、校尉こうい以下の守衛・陪従を掌り、兼ねて鞍馬を知る。校尉五人、従六品上。旅帥、従七品下。隊正、従八品下。隊副、従九品下。皆、親事・帳内の陪従を領するを掌る。旅帥以下は、親事の多少を視て乃ち置く。

帳内府

典軍二人、正五品上。副典軍二人、従五品上。校尉以下、員・品は親事府の如し。

親王国

令一人、従七品下。大農一人、従八品下。国司を判するを掌る。尉一人、正九品下。丞一人、従九品下。学官長・丞各一人、内人を教授するを掌る。食官長・丞各一人、膳食を営むを掌る。廄牧長・丞各二人、畜牧を掌る。典府長・丞各二人、府内の雑事を掌る。長は皆正九品下、丞は皆従九品下。

公主邑

司令一人、従七品下。丞一人、従八品下。公主の財貨・稟積・田園を掌る。主簿一人、正九品下。録事一人、従九品下。封租を督め、家財貨の出入を主る。

外官

天下兵馬元帥・副元帥、都統・副都統、行軍長史、行軍司馬・行軍左司馬・行軍右司馬、判官、掌書記、行軍参謀、前軍兵馬使・中軍兵馬使・後軍兵馬使、中軍都虞候、各一人。

元帥・都統・招討使は征伐を掌り、兵が罷むれば則ち省く。都統は諸道の兵馬を総べ、旌節を賜わず。

行軍司馬は戎政をたすく。ふだんは則ち蒐狩を習い、役有れば則ち戦守の法を申し、器械・糧糒・軍籍・賜与は皆専らにす。

掌書記は朝覲・聘問・慰薦・祭祀・祈祝の文と号令升絀の事を掌る。行軍参謀は軍中の機密に関与す。

節度使・副大使知節度事・行軍司馬・副使・判官・支使・掌書記・推官・巡官・衙推各一人、同節度副使十人、館駅巡官四人、府院法直官・要籍・逐要親事各一人、随軍四人。節度使が郡王に封ぜられれば則ち奏記一人有り。観察使を兼ねれば又た判官・支使・推官・巡官・衙推各一人有り。又た安撫使を兼ねれば則ち副使・判官各一人有り。支度・営田・招討・経略使を兼ねれば則ち副使・判官各一人有り。支度使は又た遣運判官・巡官各一人有り。

節度使は軍旅を総べ、誅殺を専らにする。初めて授かる時は、帑抹兵仗を具えて兵部に詣で辞見し、観察使も亦た之の如し。辞する日に双旌双節を賜う。行く時は則ち節を建て六纛を樹つ。中官が祖送し、一駅を次ぐごとに輒ち上聞す。境に入れば、州県は節楼を築き、鼓角を以て迎え、衙仗は前に居り、旌幢は中に居り、大将は珂を鳴らし、金鉦鼓角は後に居る。州県は印をち道左に迎う。事を視る日は礼案を設け、高さ一尺二寸、方八尺、三案を判す。節度使は宰相を判し、観察使は節度使を判し、団練使は観察使を判す。三日にして印を洗い、其の刓缺を視る。歳に八月を以て其の治否を考う。兵をへらすを上考と為し、食を足すを中考と為し、辺功を下考と為す。観察使は豊稔を上考と為し、刑を省くを中考と為し、税を弁ずるを下考と為す。団練使は民を安んずるを上考と為し、姦を懲らすを中考と為し、情を得るを下考と為す。防禦使はうれい無きを上考と為し、清苦を中考と為し、政成るを下考と為す。経略使は計度を上考と為し、事を集むるを中考と為し、造を脩むるを下考と為す。秩を罷むれば則ち庁を交え、節度使の印を以て自ら随い、観察使・営田等の印を留め、郎官を以て之を主とす。節楼・節堂を銷し、節院使を以て之を主とし、祭奠は時を以てす。朝に入り未だ見えざれば、私第に入らず。

京兆・河南の牧、大都督ととく、大都護は皆親王の遥領とす。両府の政は尹を以て之を主とし、大都督府の政は長史を以て之を主とし、大都護府の政は副大都護を以て之を主とす。副大都護は則ち王府の長史を兼ぬ。其の後、持節して節度・副大使知節度事と為る者有り、正節度なり。諸王節度大使を拝する者は皆京師に留まる。

観察使・副使・支使・判官・掌書記・推官・巡官・衙推・随軍・要籍・進奏官各一人。

団練使・副使・判官・推官・巡官・衙推各一人。

防禦使・副使・判官・推官・巡官各一人。

観察処置使は部内の善悪を察し、大綱を挙ぐるを掌る。凡そ奏請は皆州に属す。

西都・東都・北都の牧各一人、従二品。西都・東都・北都・鳳翔・成都・河中・江陵・興元・興徳府の尹各一人、従三品。徳化を宣べ、歳に属県を巡り、風俗を観、囚を録し、鰥寡をめぐむるを掌る。親王州を典とすれば則ち上佐を以て歳に県を巡らしむ。

少尹二人、従四品下。府州の事にたすくるを掌り、歳終れば則ち更次こうじに入計す。

司録参軍事二人、正七品上。録事四人、従九品上。功曹・倉曹・戸曹・田曹・兵曹・法曹・士曹参軍事各二人、皆正七品下。参軍事六人、正八品下。六府の録事参軍事以下は一人を減ず。録事参軍事は、違失を正し、符印に莅ることを掌る。武徳初年、州の主簿を改めて録事参軍事と曰い、開元元年、司録と改む。史十人あり。大都督府には史四人あり、中府には史三人あり、下府・都護府・上州・中州・下州には各々史二人あり。

功曹司功参軍事は、考課・仮使・祭祀・礼楽・学校・表疏・書啓・禄食・祥異・医薬・卜筮・陳設・喪葬を掌る。武徳初年、司功・司倉・司戸・司兵・司法・司士の書佐は皆司功等参軍事と為し、府四人・史十人あり。大都督府には府三人・史六人あり;中府には府二人・史三人あり;下府には府一人・史三人あり。大都護府には府一人・史二人あり。上府には府・史各二人あり。上州には佐二人・史五人あり;中州は史二人を減ず。

倉曹司倉参軍事は、租調・公廨・庖厨・倉庫・市肆を掌る。府五人、史十三人あり。大都督府には府四人、史六人あり。中府・下府には、各々府三人、史五人あり。都護府には府・史各二人あり。上州には佐二人、史五人あり;中州・下州は史二人を減ず。

戸曹司戸参軍事は、戸籍・計帳・道路・過所・蠲符・雑徭・逋負・良賤・芻藁・逆旅・婚姻・田訟・孝悌を旌別することを掌る。府八人、史十六人、帳史二人あり、籍を知り、帳目を按じて銭を捉う。大都督府には府四人、史七人、帳史二人あり;中府には府三人、史五人、帳史一人あり;下府には府二人、史五人、帳史一人あり。上州には佐四人、史六人、帳史一人あり;中州には佐三人、史五人、帳史一人あり;下州には佐二人、史四人、帳史一人あり。都護府には府・史各二人、帳史一人あり。

田曹司田参軍事は、園宅・口分・永業及び蔭田を掌る。景龍三年、初めて司田参軍事を置き、唐隆元年に省き、上元二年に復た置く。府四人、史十人あり。大都督府には府二人、史六人あり;中府には府・史各二人あり;下府には府一人、史二人あり。上州には佐二人、史五人あり;中州・下州は史二人を減ず。

兵曹司兵参軍事は、武官選・兵甲・器仗・門禁・管鑰・軍防・烽候・伝驛・畋猟を掌る。府六人、史十四人あり。大都督府には府四人、史八人あり;中府には府三人、史六人あり;下府には府二人、史五人あり。都護府には府三人、史四人あり。上州には佐二人、史五人あり;中州は史二人を減ず。

法曹司法参軍事は、獄を鞠て法に麗し、盗賊を督し、贓賄の没入を知ることを掌る。府六人、史十四人あり。大都督府には府三人、史八人あり;中府には府三人、史六人あり;下府には府二人、史五人あり。上州には佐四人、史七人あり;中州には佐一人、史四人あり;下州には佐一人、史三人あり。

士曹司士参軍事は、津梁・舟車・舎宅・工芸を掌る。府五人、史十一人あり。大都督府には府四人、史八人あり;中府・下府には府三人、史六人あり。上州には佐二人、史五人あり;中州には佐一人、史四人あり。

参軍事は出使・賛導を掌る。武徳初年、行書佐を改めて行参軍と曰い、尋いで又た参軍事と改む。初め亟使十五人あり、後に省く。

文学一人、従八品上。五経を以て諸生に授けることを掌る。県の者は州が補い、州の者は吏部より授く。然れども職事無く、衣冠之を恥ず。武徳初年、経学博士・助教・学生を置く。徳宗即位し、博士を改めて文学と曰う。元和六年、中州・下州の文学を廃す。京兆等三府には、助教二人、学生八十人あり。大都督府・上州には、各々助教一人あり;中都督府には、学生五十人あり;下府・下州には、各々四十人あり。

医学博士一人、従九品上。民疾を療することを掌る。貞観三年、医学を置き、医薬博士及び学生あり。開元元年、医薬博士を医学博士と改め、諸州に助教を置き、本草・百一集験方を写して之を蔵す。未だ幾ばくもせず、医学博士・学生は皆省かれ、僻州に医薬少き者は故の如し。二十七年、復た医学生を置き、州境の巡療を掌る。永泰元年、復た医学博士を置く。三都・都督府・上州・中州には各々助教一人あり。三都の学生は二十人、都督府・上州は二十人、中州・下州は十人。

大都督府 都督一人、従二品;長史一人、従三品;司馬二人、従四品下;録事参軍事一人、正七品上;録事二人、従九品上;功曹参軍事・倉曹参軍事・戸曹参軍事・田曹参軍事・兵曹参軍事・法曹参軍事・士曹参軍事各一人、正七品下;参軍事五人、正八品下;市令一人、従九品上;文学一人、正八品下;医学博士一人、従八品上。

中都督府 都督一人、正三品;別駕一人、正四品下;長史一人、正五品上;司馬一人、正五品下;録事参軍事一人、正七品下;録事二人、従九品上;功曹参軍事・倉曹参軍事・戸曹参軍事・田曹参軍事・兵曹参軍事・法曹参軍事・士曹参軍事各一人、従七品上;参軍事四人、従八品上;市令一人、従九品上;文学一人、従八品上;医学博士一人、正九品上。

下都督府 都督一人、従三品;別駕一人、従四品下;長史一人、従五品上;司馬一人、従五品下;録事参軍事一人、従七品上;録事二人、従九品上;功曹参軍事・倉曹参軍事・戸曹参軍事・田曹参軍事・兵曹参軍事・法曹参軍事・士曹参軍事各一人、従七品下;参軍事三人、従八品下;文学一人、従八品下;医学博士一人、正九品上。

都督は諸州の兵馬・甲冑兵器・城郭・鎮戍・糧食を監督し、府の事務を総判する。武徳初年、辺境の要地に総管を置き軍を統率させ、使持節の号を加えた。これは漢代の刺史の任に相当する。行臺があり、大行臺があった。その員には尚書省令一人(正二品)があり、管内の兵民を管掌し、省の事務を総判した。僕射一人(従二品)があり、令の職務を補佐した。左右丞以下、諸司の郎中はほぼ京省の如し。また食貨監一人、丞二人があり、膳羞・財物・賓客・帳具・音楽・医薬を掌った。農圃監一人、丞四人があり、倉廩・園圃・薪炭・芻藁・運漕を掌った。武器監一人、丞二人があり、兵械・厩牧を掌った。百工監一人、丞四人があり、舟車・営作を掌った。監は皆正八品下、丞は正九品下。七年、総管を都督と改称し、十州を総べるものを大都督とした。貞観二年、「大」の字を除く。凡そ都督府には刺史以下従前の如くあるも、然れども大都督はまた刺史を兼ね、而して州事を検校せず。その後、都督に使持節を加うれば、則ち将となり、諸将も亦通じて都督と称す。唯だ朔方は猶大総管と称す。辺州には別に経略使を置く。沃衍にして屯田のある州は、則ち営田使を置く。武后聖暦元年、夏州都督に塩州防禦使を領せしむ。安禄山の反に及び、賊の衝に当たる諸郡は、皆防禦守捉使を置く。乾元元年、団練守捉使・都団練守捉使を置く。大なるものは十余州を領し、小なるものは二三州を領す。代宗即位、防禦使を廃す。唯だ山南西道は従前の如し。元載が政を執り、人心を結ばんと思い、刺史は皆団練守捉使を兼ね得しむ。楊綰が相となって、団練守捉使を罷む。唯だ澧・朗・峡・興・鳳は従前の如し。建中以後、行営も亦節度使・防禦使・都団練使を置く。大率、節度・観察・防禦・団練使は、皆治する州の刺史を兼ぬ。都督府は則ち長史を領し、都護府は則ち都護を領す。或いは亦別に都護を置く。都督府には掾・属・記室参軍事・典籤あり。武徳年中に省く。

市令一人(従九品上)。交易を掌り、姦非を禁じ、市事を通判す。貞観十七年市令を廃す。垂拱元年復置す。都督府・三都・諸州、各市丞一人・佐一人・史二人・帥三人あり、分かれて行き検察す。倉督二人、専ら出納に涖す。史二人。下州は丞を省く。

大都護府 大都護一人(従二品)、副大都護二人(従三品)、副都護二人(正四品上)、長史一人(正五品上)、司馬一人(正五品下)、録事参軍事一人(正七品上)、録事二人(従九品上)、功曹参軍事・倉曹参軍事・戸曹参軍事・兵曹参軍事・法曹参軍事各一人(正七品下)、参軍事三人(正八品下)。

上都護府 都護一人(正三品)、副都護二人(従四品上)、長史一人(正五品上)、司馬一人(正五品下)、録事参軍事一人(正七品下)、功曹参軍事・倉曹参軍事・戸曹参軍事・兵曹参軍事各一人(従七品上)、参軍事三人(従八品上)。

都護は諸蕃を統べ、撫慰・征討・叙功・罰過を掌り、府事を総判す。

上州 刺史一人(従三品)、職は牧尹と同じ。別駕一人(従四品下)。武徳元年、太守を刺史と改称し、使持節を加う。丞を別駕と曰う。十年、雍州別駕を長史と改称す。高宗即位、別駕を皆長史と改む。上元二年、諸州に復た別駕を置き、諸王子を以てこれに充つ。永隆元年省く。永淳元年復置す。景雲二年、始めて庶姓を参用す。天宝元年、刺史を太守と改称す。八載、諸郡は別駕を廃し、下郡に長史一員を置く。上元二年、諸州に復た別駕を置く。徳宗の時、復た省く。元和・長慶の際、両河に兵を用い、裨将で功ある者を東宮王府の官に補し、久しく次第に当たり進むべき者及び代を受けて京師に居る者、常に数十人、宰相に訴えて官を求む。文宗の世、宰相韋処厚建議し、復た両輔・六雄・十望・十緊州の別駕を置く。

長史一人(従五品上)、司馬一人(従五品下)、録事参軍事一人(従七品上)、録事二人(従九品下)、司功参軍事一人・司倉参軍事一人・司戸参軍事二人・司田参軍事一人・司兵参軍事一人・司法参軍事二人・司士参軍事一人(皆従七品下)、参軍事四人(従八品下)、市令一人(従九品上)、丞一人(従九品下)、文学一人(従八品下)、医学博士一人(従九品下)。

中州 刺史一人(正四品下)、録事参軍事一人(正八品上)、録事一人(従九品上)、司功参軍事・司倉参軍事・司戸参軍事・司田参軍事・司兵参軍事・司法参軍事・司士参軍事各一人(正八品下)、参軍事三人(正九品下)、医学博士一人(従九品下)。

下州 刺史一人(正四品下)、別駕一人(従五品上)、司馬一人(従六品上)、録事参軍事一人(従八品上)、録事一人(従九品下)、司倉参軍事・司戸参軍事・司田参軍事・司法参軍事各一人(従八品下)、参軍事二人(従九品下)、医学博士一人(従九品下)。

諸軍は各使一人を置く。五千人以上は副使一人あり、一万人以上は営田副使一人あり。軍には皆倉・兵・冑の三曹参軍事あり。刺史が使を領すれば、則ち副使・推官・衙官・州衙推・軍衙推を置く。

京県 令各一人(正五品上)、丞二人(従七品上)、主簿二人(従八品上)、録事二人(従九品下)、尉六人(従八品下)。

畿県 令各一人(正六品上)、丞一人(正八品下)、主簿一人(正九品上)、尉二人(正九品下)。

上県 令一人(従六品上)、丞一人(従八品下)、主簿一人(正九品下)、尉二人(従九品上)。

中県 令一人(正七品上)、丞一人(従八品下)、主簿一人(従九品上)、尉一人(従九品下)。

中下県 令一人(従七品上)、丞一人(正九品上)、主簿一人(従九品上)、尉一人(従九品下)。

下県には、県令一人(従七品下)、県丞一人(正九品下)、主簿一人(従九品上)、県尉一人(従九品下)を置く。

県令は風俗教化を導き、冤罪滞獄を察し、訴訟を聴くことを掌る。凡そ民の田地の収授は、県令がこれを給する。毎年季冬には、郷飲酒礼を行う。籍帳・伝駅・倉庫・盗賊・堤道の事は、専任の官があっても、皆通じて知る。県丞はその次官となり、県尉は諸曹を分掌し、課役・調庸を収率する。武徳元年、書佐を改めて県尉と称し、まもなく正と改めた。諸県に主簿を置き、流外官をもってこれに充てた。京県・上県の丞は皆一人、畿県・上県の正は皆四人。七年、県正を改めて再び尉と称した。貞観初年、諸県に録事を置く。開元年間、上県で一万戸、中県で四千戸以上の場合は、尉を一人増置した。京兆府・河南府の諸県で、戸三千以上には市令一人を、戸一万以上には義倉督三人を置いた。その後、畿県で戸四千に満たない場合も尉二人を置き、一万戸ごとに一人を増置した。凡そ県には司功佐・司倉佐・司戸佐・司兵佐・司法佐・司士佐・典獄・門事等があり、畿県は司兵を減じ、上県には司戸・司法のみがある。凡そ県には皆、経学博士・助教各一人があり、京県の学生は五十人、畿県は四十人、中県以下は各二十五人である。

上鎮には、鎮将一人(正六品下)、鎮副二人(正七品下)、倉曹参軍事・兵曹参軍事各一人(従八品下)を置く。中鎮には、鎮将一人(正七品上)、鎮副一人(従七品上)、兵曹参軍事一人(正九品下)を置く。下鎮には、鎮将一人(正七品下)、鎮副一人(従七品下)、兵曹参軍事一人(従九品下)を置く。毎鎮にはまた使一人・副使一人がある。凡そ軍鎮で、二万人以上には司馬一人(正六品上)を置き、倉曹・兵曹参軍事を各一人増置する(従七品下)。二万に満たない場合は、司馬は従六品上とし、倉曹・兵曹参軍事は正八品上とする。

上戍には、戍主一人(正八品下)、戍副一人(従八品下)を置く。中戍には、戍主一人(従八品下)を置く。下戍には、戍主一人(正九品下)を置く。

鎮将・鎮副・戍主・戍副は、防衛守禦を掌る。凡そ上鎮は二十、中鎮は九十、下鎮は百三十五、上戍は十一、中戍は八十六、下戍は二百四十五ある。倉曹参軍事は、儀式・倉庫・飲膳・医薬・付事・句稽・省署鈔目・監印・紙筆給与・市易・公廨を掌る。中鎮では兵曹が兼掌する。兵曹参軍事は、防人の名帳・戎器・管鑰・馬驢・土木・謫罰の事を掌る。上鎮には録事一人、史一人、倉曹佐一人・史二人、兵曹佐・史各二人、倉督一人・史二人がある。中鎮には、録事一人、兵曹佐一人・史四人、倉督一人・史二人がある。下鎮には、録事一人、兵曹佐一人・史二人、倉督一人・史一人がある。凡そ軍鎮では、五百人に押官一人、千人に子総管一人、五千人にはまた府三人・史四人がある。上戍には、佐一人・史二人、中戍には史二人、下戍には史一人がある。唐は戍子を廃し、毎に防人五百人を上鎮、三百人を中鎮、それに満たないものを下鎮とし、五十人を上戍、三十人を中戍、それに満たないものを下戍とした。開元十五年、朔方五城に各々田曹参軍事一人を置き、品は諸軍の判司と同じとし、専ら営田に莅む。永泰以後、諸鎮の官は開元の旧制をかなり増減した。

五岳・四瀆には、令各一人(正九品上)を置き、祭祀を掌る。祝史三人、斎郎各三十人がある。

上関には、関令一人(従八品下)、関丞二人(正九品下)を置く。中関には、関令一人(正九品下)、関丞一人(従九品下)を置く。下関には、関令一人(同じく従九品下)を置く。末業遊民を禁じ、奸悪を察することを掌る。凡そ行人車馬の出入りは、過所に拠って往来の節度とする。凡そ関は二十六あり、京師四面の関で驛道のあるものを上関とし、驛道のないものを中関とし、その余を下関とする。

丞は付事・句稽・監印・省署鈔目を掌り、関事を通判する。上関には、録事一人、府二人、史四人、典事六人がある。中関には、録事一人、府二人、史二人、典事四人がある。下関には、府一人、史・典事各二人がある。典事は巡薙及び雑事を掌る。初め、諸関には都尉を置き、また他の官が勅を奉じて監ることもあった。上津には尉一人を置き、舟梁の事を掌る。府一人、史二人、津長四人がある。下津には、尉一人、府一人、史二人、津長二人がある。永徽年中、津尉を廃し、上関に津吏八人を置く。永泰元年、中関に津吏六人、下関に四人を置き、津のない所には置かない。