唐の制度では、天子が居所におられる時を「衙」といい、外出される時を「駕」といい、いずれも警衛があり厳重である。羽葆・華蓋・旌旗・罕畢・車馬の数は非常に盛んであり、皆安らかで静粛である。君主の挙動には必ず扇を用い、出入りには鐘を撞き、庭には楽宮を設け、道路には鹵簿・鼓吹を備える。礼官や百官は必ず器物を整えてから行動する。これは慎重を期すためである。故に慎重であれば尊厳となり、尊厳であれば粛然として恭しくなる。儀衛は君主を尊び臣下を粛然とさせるためのものであり、その声容と文采は、三代の制度には及ばないが、その盛大さには取るべきところがある。
衙。
凡そ朝会の仗は、三衛が番上し、五つの仗に分かれ、衙内五衛と号す。一は供奉仗、左右衛をもってこれを行う。二は親仗、親衛をもってこれを行う。三は勲仗、勲衛をもってこれを行う。四は翊仗、翊衛をもってこれを行う。皆、鶡冠を戴き、緋色の衫裌を着る。五は散手仗、親衛・勲衛・翊衛をもってこれを行い、緋色の絁の裲襠を着て、野馬を刺繍する。皆、刀を帯び仗を執り、東西の廊下に列坐する。
毎月、四十六人を内廊の閤外に立たせ、内仗と号す。左右金吾将軍が当番し、中郎将一人がこれを監督し、押官があり、知隊仗官がある。朝堂には左右引駕三衛六十人を置き、左右衛・三衛のうち年長で剛直で糾弾できる者をもってこれを行い、五番に分かれる。引駕佽飛六十六人あり、佽飛・越騎・歩射をもってこれを行い、六番に分かれ、毎番には皆主帥一人がいる。坐日の日に引駕をして殿上に昇らせ、金吾大将軍各一人がこれを監督し、押引駕官と号す。中郎将・郎将各一人、引駕の事を検校する。また千牛仗あり、千牛備身・備身左右をもってこれを行う。千牛備身は進徳冠を戴き、袴褶を着る。備身左右の服装は三衛と同じである。皆、御刀・弓箭を執り、殿上に昇り御座の左右に列する。
内外の諸門には、排道人が刀を帯び仗を執って立ち、立門仗と号す。宣政門左右の門仗・内仗は、皆三番に分かれて立ち、交番仗と号す。諸衛には挟門隊・長槍隊がある。承天門内では左右衛の挟門隊が東西の廊下に列し、門外では左右驍衛の挟門隊が東西の廊下に列する。長楽門・永安門内では左右威衛の挟門隊が東西の廊下に列し、門外では左右領軍衛の挟門隊が東西の廊下に列する。嘉徳門内では左右武衛の挟門隊が東西の廊下に列する。車駕が皇城を出る時は、挟門隊は皆従う。長槍隊には漆槍・木槍・白檊槍・樸頭槍がある。
元日・冬至の大朝会や蕃国の王を宴見する時は、供奉仗・散手仗が殿上に立ち、黄麾仗・楽県・五路・五副路・属車・輿輦・繖二・翰一を庭に陳列する。扇一百五十六、三衛三百人がこれを執り、両箱に陳列する。
前黄麾仗の先頭は、左右廂各二部、部は十二行、行は十人、左右領軍衛の折衝都尉各一人、主帥各十人を領し、師子袍・冒を着る。次に左右廂は皆一部、部は十二行、行は十人、左右威衛の果毅都尉各一人、主帥各十人を領し、豹文袍・冒を着る。次に廂各一部、部は十二行、行は十人、左右武衛の折衝都尉各一人、主帥各十人。次に廂各一部、部は十二行、行は十人、左右衛の折衝都尉各一人、主帥各十人。次に御前の廂各一部、部は十二行、行は十人、左右衛の果毅都尉各一人、主帥各十人。次に後廂各一部、部は十二行、行は十人、左右驍衛の折衝都尉各一人、主帥各十人。次に後廂各二部、部は十二行、行は十人、左右武衛の果毅都尉各一人、主帥各十人。次に後左右廂各一部、部は十二行、行は十人、左右威衛の折衝都尉各一人、主帥各十人。次に後左右廂各一部、部は十二行、行は十人、左右威衛の果毅都尉各一人、主帥各十人。次に後左右廂各一部、部は十二行、行は十人、左右領軍衛の果毅都尉各一人、主帥各十人。次に最後尾の左右廂は、軍衛・主帥各十人が後を護り、師子文の袍・冒を着る。
左右領軍衛の黄麾仗は、首尾の廂に皆絳引旛があり、二十が前を引き、十が後を掩う。十廂には各、独揭鼓十二重があり、重は二人、赤地に雲花の襖・冒、行縢・鞋・韈を着け、黄麾仗の外側に位置する。
黄麾仗一部ごとに、鼓一つ、左右衛・左右驍衛・左右武衛・左右威衛の将軍各一人、大将軍各一人、左右領軍衛の大将軍各一人が検校し、繍袍を着る。
次に左右金吾衛の辟邪旗隊、折衝都尉各一人がこれを検校する。また清游隊・朱雀隊・玄武隊がある。清游隊は白澤旗二旒を立て、各一人がこれを執り、横刀を帯びる。二人が引き、二人が挟み、皆弓箭と横刀を帯びる。左右金吾衛の折衝都尉各一人は弓箭と横刀を帯び、各四十人を率い、皆横刀を帯び、二十人は矟を持ち、四人は弩を持ち、十六人は弓箭を帯びる。朱雀隊は朱雀旗を立て、一人がこれを執り、引く者・挟む者各二人、金吾衛の折衝都尉一人がこれを主とし、四十人を率い、二十人は矟を持ち、四人は弩を持ち、十六人は弓箭を帯び、また二人が䂍矟を持ち、皆横刀を佩き、䂍矟の末端は黄金で塗る。龍旗十二旒、執る者は戎服の大袍を着、副竿二本、各一人がこれを執り、戎服の大袍を着、左右に分かれ、果毅都尉各一人がこれを主とする。大将軍各一人が二隊を検校する。玄武隊は玄武旗を立て、一人がこれを執り、二人が引き、二人が挟み、平巾幘・黒裲襠・黒裌・大口袴を着け、左右金吾衛の折衝都尉各一人がこれを主とし、各五十人を率い、矟を持つ者二十五人、弩を持つ者五人、弓箭を帯びる者二十人、また二人が䂍矟を持つ。諸衛の挾門隊・長槍隊は諸隊と相間する。
朝日、殿上に黼扆・躡席・熏爐・香案を設ける。御史大夫が属官を率いて殿の西廡に至り、従官が朱衣で伝呼し、百官を促して班に就かせ、文武の官は両観に列する。監察御史二人が東西朝堂の甎道に立ちてこれを臨む。平明、伝点が終わり、内門が開く。監察御史が百官を率いて入り、階を挟み、監門校尉二人が門籍を執り、「唱籍」と言う。籍を視た後、「在」と言う。入り終われば止む。次の門もまたこれに同じ。通乾門・観象門の南で班を序し、武班は文班の次に居る。宣政門に入れば、文班は東門より入り、武班は西門より入り、閤門に至ってもまたこれに同じ。階を挟む校尉十人が同唱し、入り終われば止む。宰相・両省官は香案の前に対班し、百官は殿庭の左右に班し、巡使二人が鐘鼓楼の下に分かれて臨み、先ず一品班、次に二品班、次に三品班、次に四品班、次に五品班。毎班、尚書省の官を首とする。武班の供奉者は横街の北に立ち、次に千牛中郎将、次に千牛将軍、次に過状中郎将一人、次に接状中郎将一人、次に押柱中郎将一人、次に押柱中郎一人、次に排階中郎将一人、次に押散手仗中郎将一人、次に左右金吾衛大将軍。凡そ殿中省監・少監、尚衣・尚舎・尚輦奉御は、左右に分かれて繖・扇に随い立つ。東宮官は上臺官の次に居り、王府官はまたその次に居る。唯だ三太・三少・賓客・庶子・王傅は本品に随う。侍中が「外辦」を奏し、皇帝は歩み出て西序門より出で、扇を索め、扇は合わさる。皇帝が御座に昇れば、扇は開く。左右に扇を各三旒留める。左右金吾将軍一人が「左右廂内外平安」を奏す。通事舎人が宰相・両省官の再拝を賛し、殿に昇る。内謁者が旨を承けて仗を喚び、左右羽林軍が木契をもって勘し、東西の閤より入る。内侍省五品以上一人がこれを引き、左右衛大将軍・将軍各一人がこれを押す。二十人以下が入る時は、仗を帯びず。三十人が入る時は、左右廂監門各二人、千牛備身各四人、三衛各八人、金吾一人。百人が入る時は、左右廂監門各六人、千牛備身各四人、三衛三十三人、金吾七人。二百人ならば、左右武衛・威衛・領軍衛・金吾衛・翊衛等を増す。凡そ仗が入る時は、左右廂に一人を加えて永巷を監捉し、御刀・弓箭を監する。三衛が刀を帯びて入る時は「仗入」と言い、三衛が刀を帯びずに入る時は「監引入」と言う。朝罷れば、皇帝は歩み入って東序門に至り、然る後に仗を放つ。内外の仗隊は七刻にして下る。常参・輟朝の日は六刻にして即ち下る。蕃客を宴する日は、隊が下り、復た半仗を両廊に立つ。朔望の受朝及び蕃客の辞見には、纛隊・矟隊を加え、儀仗は半減する。凡そ千牛仗が立てば、則ち全仗が立つ。太陽が虧け、昏塵大霧の時は、内外諸門皆仗を立てる。泥雨の時は、三刻を延ばして伝点す。
駕。
大駕鹵簿。天子将に出ずる前二日、太楽令が庭に宮懸の楽を設く。晝漏上五刻、駕発す。発する前七刻、一鼓を撃って一厳とす。前五刻、二鼓を撃って再厳とし、侍中が版を奏して「中厳を請う」とす。有司が鹵簿を陳ず。前二刻、三鼓を撃って三厳とし、諸衛各その隊と鈒・戟を督し、次第に殿庭に入り陳ず。通事舎人が群官を引いて朝堂に立ち、侍中・中書令以下西階で奉迎し、侍中は宝を負い、乗黄令が路を太極殿西階の南向きに進め、千牛将軍一人が長刀を執り路の前の北向きに立ち、黄門侍郎一人が侍臣の前に立ち、賛者二人。既に外辦すれば、太僕卿は衣を摂めて昇り、正立して轡を執る。天子は乗輿に乗じて出で、西階より降り、曲直華蓋、警蹕、侍衛し、千牛将軍が前に進み轡を執り、天子が路に昇れば、太僕卿が綏を授け、侍中・中書令以下が挟み侍す。
黄門侍郎が前に進み「発を請う」と奏す。鑾駕動き、警蹕し、鼓が音を伝え、黄門侍郎と賛者が挟み引いて出で、千牛将軍が路を挟んで趨る。駕が承天門を出れば、侍郎が馬に乗り「駕少しく留まり、侍臣の乗馬を勅せよ」と奏す。侍中が前に進み制を承け、退き称して「制に曰く可なり」とす。黄門侍郎が退き称して「侍臣乗馬」とす。賛者が伝を承け、侍臣皆乗馬す。侍衛の官各その属を督し左右より駕を翊し、黄麾の内に在り。符宝郎が六宝を奉じ殿中後部に従い、黄鉞の内に在り。侍中・中書令以下が路の前に挟み侍し、賛者は供奉官の内に在り。
侍臣の乗馬が終われば、侍郎が「車右の昇るを請う」と奏す。侍中が前に進み制を承け、退き称して「制に曰く可なり」とす。侍郎が位に復し、千牛将軍が昇る。侍郎が「発を請う」と奏す。万年県令が先導し、次に京兆牧・太常卿・司徒・御史大夫・兵部尚書、皆路に乗り、鹵簿は本品の如し。
次に清游隊。次に左右金吾衛大将軍各一人、弓箭横刀を帯び、龍旗以前の朱雀等の隊を検校し、各二人が䂍矟を持ち、騎で挟む。次に左右金吾衛果毅都尉各一人、弓箭横刀を帯び、夾道の鉄甲佽飛を領す。次に虞候佽飛四十八騎、平巾幘・緋裲襠・大口袴を着け、弓箭・横刀を帯び、道を挟み左右に分かれ、以て黄麾仗に属す。次に外鉄甲佽飛二十四人、弓箭・横刀を帯び、甲騎具装し、左右廂に分かれ、皆六重、以て歩甲隊に属す。
次に朱雀隊。次に指南車、記里鼓車、白鷺車、鸞旗車、辟惡車、皮軒車、いずれも四馬、正道匠一人、駕士十四人あり、皆平巾幘・大口絝・緋衫を着す。太卜令一人、辟惡車に居り、服は佽飛の如く、弓箭を執る。左金吾衞隊正一人、皮軒車に居り、平巾幘・緋裲襠を着し、銀裝儀刀、紫黃綬紛を佩き、弩を執る。次に引駕十二重、一重ごとに二人、皆騎馬、横刀を帯びる。皮軒車の後より、細仗の前に至るまで、矟・弓箭相間し、左右金吾衞果毅都尉各一人これを主る。
次に鼓吹。次に黄麾仗一、執る者は武弁・朱衣・革帯、二人これを夾す。次に殿中侍御史二人導く。次に太史監一人、書令史一人、騎馬にて相風・行漏輿を引く。次に相風輿、正道匠一人、輿士八人、服は正道匠の如し。次に掆鼓・金鉦、司辰・典事匠各一人、刻漏生四人、左右に分かれる。次に行漏輿、正道匠一人、輿士十四人。
次に持鈒前隊。次に御馬二十四、左右に分かれ、各二人これを馭す。次に尚乗奉御二人、書令史二人、騎馬にて従う。
次に左青龍右白虎旗、執る者一人、服は正道匠の如く、引く者・夾する者各二人、皆騎馬。次に左右衞果毅都尉各一人、各二十五騎を領し、二十人は矟を執り、四人は弩を持ち、一人は弓箭を帯び、儀刀仗の前を行く。次に通事舍人、四人は左に、四人は右に。侍御史、一人は左に、一人は右に。御史中丞、一人は左に、一人は右に。左拾遺一人は左に、右拾遺一人は右に。左補闕一人は左に、右補闕一人は右に。起居郎一人は左に、起居舍人一人は右に。諫議大夫、一人は左に、一人は右に。給事中二人は左に、中書舍人二人は右に。黄門侍郎二人は左に、中書侍郎二人は右に。左散騎常侍一人は左に、右散騎常侍一人は右に。侍中二人は左に、中書令二人は右に。通事舍人以下、皆一人従う。次に香蹬一、衣あり、黄龍を繍し、執る者四人、服は折衝都尉の如し。
次に左右廂、諸衞中郎將これを主り、班劍・儀刀を執り、親・勳・翊衞を領す。次に左右衞郎將各一人、皆散手翊衞三十人を領し、横刀を佩き、騎馬、副仗矟翊衞の内に居る。次に左右驍衞郎將各一人、各翊衞二十八人を領し、甲騎具裝し、副仗矟を執り、散手衞の外に居る。次に左右衞供奉中郎將・郎將四人、各親・勳・翊衞四十八人を領し、横刀を帯び、騎馬、左右に分かれ、三衞仗の内に居る。
次に玉路、六馬を駕し、太僕卿これを馭し、駕士三十二人。凡そ五路、皆副あり。駕士は皆平巾幘・大口絝、衫は路の色に従う。玉路は青衫を着す。千牛衞將軍一人陪乗し、金裝長刀を執り、左右衞大將軍各一人騎馬にて夾し、皆一人従い、供奉官の後に居る。次に千牛衞將軍一人、中郎將二人、皆一人従う。次に千牛備身・備身左右二人、騎馬、玉路の後に居り、横刀を帯び、御刀・弓箭を執る。次に御馬二、各一人これを馭す。次に左右監門校尉二人、騎馬、銀裝儀刀を執り、後門の内に居る。
次に衙門旗、二人これを執り、四人これを夾し、皆騎馬、赤綦襖・黄冒・黄袍。次に左右監門校尉各十二人、騎馬、銀裝儀刀を執り、後門を督し、十二行、仗頭は皆一人。次に左右驍衞・翊衞各三隊、副仗矟の外に居る。次に左右衞夾轂、廂各六隊。
次に大繖二、執る者は騎馬、横に行き、衙門の後に居る。次に雉尾障扇四、執る者は騎馬、繖を夾す。次に腰輿、輿士八人。次に小團雉尾扇四、方雉尾扇十二、花蓋二、皆執る者一人、腰輿を夾す。大繖以下、執る者の服は皆折衝都尉の如し。次に掌輦四人、輦を引く。次に大輦一、主輦二百人、平巾幘・黄絲布衫・大口絝・紫誕帯・紫行縢・鞋韈。尚輦奉御二人、腰輿を主り、各書令史二人騎馬にて従う。
次に殿中少監一人、諸局の供奉事を督し、一人従う。次に諸司供奉官。次に御馬二十四、各二人これを馭し、左右に分かれる。次に尚乗直長二人、平巾幘・緋絝褶、書令史二人騎馬にて従い、御馬の後に居る。
次に後持鈒隊。次に大繖二、雉尾扇八、繖を夾し左右横行。次に小雉尾扇・朱畫團扇、皆十二、左右横行。次に花蓋二、叉二。次に俾倪十二、左右横行。次に玄武幢一、叉一、絳麾の内に居る。次に絳麾二、左右玄武幢を夾す。次に細矟十二、孔雀を以て毦と為し、左右横行、絳麾の後に居る。鈒・戟以下、執る者の服は黄麾仗の如し、唯だ玄武幢の執る者の服は罕・畢の如し。
次に後黄麾、執る者一人、夾する者二人、皆騎馬。次に殿中侍御史二人、左右に分かれ、各令史二人騎馬にて従い、黄麾の後に居る。次に大角。次に方輦一、主輦二百人。次に小輦一、主輦六十人。次に小輿一、奉輿十二人、服は主輦の如し。次に尚輦直長二人、左右に分かれ、輦輿を検校し、皆書令史二人騎馬にて従う。次に左右武衞五牛旗輿五、赤青は左に居り、黄は中に居り、白黒は右に居り、皆八人これを執り、平巾幘・大口絝、衫は旗の色に従い、左右威衞隊正各一人これを主り、騎馬、銀裝長刀を執る。
次に乗黄令一人、丞一人、左右に分かれ、玉路を検校し、皆府史二人騎従す。次に金路・象路・革路・木路、皆六馬を駕し、駕士三十二人。次に五副路、皆四馬を駕し、駕士二十八人。次に耕根車、六馬を駕し、駕士三十二人。次に安車・四望車、皆四馬を駕し、駕士二十四人。次に羊車、果下馬一を駕し、小史十四人。次に属車十二乗、牛を駕し、駕士各八人。次に門下・中書・秘書・殿中の四省局官各一人、騎し、左右に分かれて属車を挟み、各五人従う。ただ符宝のみ十二人を以て従う。次に黄鉞車、上に黄鉞を建て、二馬を駕し、左武衛隊正一人車に在り、駕士十二人。次に豹尾車、二馬を駕し、右武衛隊正一人車に在り、駕士十二人。
次に左右威衛折衝都尉各一人、各々掩後二百人を領して歩従す。五十人を一行とし、大戟五十人、刀・楯・𥎞五十人、弓箭五十人、弩五十人、皆黒鍪・甲・覆膊・臂韝を着け、横に並ぶ。次に左右領軍衛将軍二人、歩甲隊及び殳仗を領し、各二人䂍矟を執り従う。次に前後左右廂の歩甲隊。次に左右廂の黄麾仗。次に左右廂の殳仗。
凡そ衙門には皆監門校尉六人、左右に分かれ、銀装の長刀を執り、騎す。左右監門衛大将軍・将軍・中郎将、廂各巡行す。校尉二人、往来して諸門を検校す。中郎将各一人騎従す。左右金吾衛将軍は仗を循り検校し、各二人䂍矟を執り騎従す。左右金吾衛果毅都尉二人、仗内の不法を糾察し、各一人騎従す。
駕の至る所、路は南に向かい、将軍は降り立ちて路の右に立ち、侍中前に進みて奏し「路を降りんことを請う」。天子降り、乗輿に乗りて入り、繖・扇・華蓋、侍衛す。
駕還るや、一刻、一鼓を撃ちて一厳と為し、仗衛は塗に還る。三刻、二鼓を撃ちて再厳と為し、将士は隊仗を布き、侍中奏し「中厳せんことを請う」。五刻、三鼓を撃ちて三厳と為し、黄門侍郎奏し「駕発せんことを請う」。鼓音を伝え、駕発し、鼓吹振作す。門に入り、太楽令命じて蕤賓の鐘を撃たしむると、左五鐘皆応ず。柷を鼓し、采茨の楽を奏す。太極門に至り、敔を戛し、楽止む。既に入り、柷を鼓し、太和の楽を奏す。路を回して南に向かい、侍中路を降りんことを請い、乗輿乃ち入り、繖・扇、侍御し、警蹕初めの如し。門に至り、敔を戛し、楽止む。皇帝入り、侍中版を奉りて奏し「厳を解かんことを請う」。鉦を叩き、将士皆休む。