穆宗
十五年正月庚子、憲宗崩ず。陳弘志、吐突承璀及び澧王を殺す。辛丑、遺詔して皇太子に柩前において皇帝の位に即かしむ。司空兼中書令韓弘、冢宰を摂す。
閏月丙午、皇太子太極殿において皇帝の位に即く。丁未、皇甫鎛を崖州司戸参軍に貶す。戊申、始めて政を聴く。辛亥、御史中丞蕭俛・中書舎人翰林学士段文昌を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。乙卯、母を皇太后と尊ぶ。戊辰、京師地震す。
三月乙巳、杜叔良吐蕃と戦い、之に敗る。戊辰、大風、雨雹す。辛未、楊清誅せらる。
五月庚申、聖神章武孝皇帝を景陵に葬る。
六月丁丑、韓弘罷む。
七月丁卯、令狐楚罷む。
八月乙酉、容管経略留後厳公素、黄洞蛮と神歩に戦い、之に敗る。戊戌、御史中丞崔植を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
九月辛丑、魚藻宮にて競渡・角觝を観、楽を用う。
十月庚辰、王承宗卒す。辛巳、成徳軍観察支使王承元、鎮・趙・深・冀の四州を以て有司に帰す。癸未、吐蕃涇州を寇す。右神策軍中尉梁守謙を左右神策・京西・京北行営都監と為して之を禦がしむ。丙戌、吐蕃遁ぐ。
十一月癸卯、鎮・趙・深・冀の四州において死罪以下の者を赦し、成徳軍の将士に銭を賜う。
十二月庚辰、城南にて狩猟す。壬午、右神策軍にて撃鞠し、遂に城西にて狩猟す。甲申、苑北にて狩猟す。
二月乙亥、麟徳殿にて楽を観る。丙子、神策諸軍の雑伎を観る。己卯、劉緫、盧龍軍八州を有司に帰す。壬午、段文昌罷免さる。翰林学士・戸部侍郎杜元穎、同中書門下平章事となる。辛卯、麟徳殿にて撃鞠す。
三月庚戌、太白(金星)昼に見ゆ。丁巳、幽・涿・檀・順・瀛・莫・営・平の八州において死罪以下の者を赦し、一年の租調を免じる。盧龍軍の兵士に銭を賜う。戊午、弟の憬を鄜王に、悦を瓊王に、恂を沔王に、懌を婺王に、愔を茂王に、怡を光王に、恊を淄王に、憺を衢王に、㤝を澶王に封ず。子の湛を鄂王に、涵を江王に、湊を漳王に、溶を安王に、瀍を潁王に封ず。是の月、湛を景王に改封す。
五月丙辰、建王審薨ず。
六月、昴宿に彗星出づ。辛未、吐蕃、青塞烽を寇し、塩州刺史李文悦之を敗る。
七月甲辰、幽州盧龍軍都知兵馬使朱克融、其の節度使張弘靖を囚へて反す。壬子、群臣、尊号を上りて文武孝徳皇帝と曰ふ。大赦を行い、文武の官に階・勲・爵を賜う。壬戌、成徳軍大将王廷湊、其の節度使田弘正を殺して反す。
八月壬申、朱克融、莫州を陥す。癸酉、王廷湊、冀州を陥し、刺史王進岌之に死す。丙子、瀛州軍乱れ、其の観察使盧士玫を執り、朱克融に叛きて附く。王廷湊、深州を寇す。丁丑、魏博・横海・昭義・河東・義武の兵、王廷湊を討つ。己丑、裴度、幽・鎮招撫使となる。
九月乙巳、相州軍乱れ、其の刺史邢濋を殺す。
十月丙寅、諸道塩鉄転運使・刑部尚書王播、中書侍郎・同中書門下平章事となる。裴度、鎮州西面行営都招討使となる。左領軍衛大将軍杜叔良、深州諸道行営節度使となる。戊寅、王廷湊、貝州を陥す。己卯、易州刺史柳公濟、朱克融と白石に戦ひて之を敗る。庚辰、横海軍節度使烏重胤、王廷湊と饒陽に戦ひて之を敗る。辛卯、霊武節度使李進誠、吐蕃と大石山に戦ひて之を敗る。
十一月甲午、裴度、王廷湊と会星に戦ひて之を敗る。丙申、朱克融、定州を寇し、義武軍節度使陳楚之を敗る。
十二月庚午、杜叔良、王廷湊と博野に戦ひて敗績す。丁丑、陳楚、朱克融と望都に戦ひて之を敗る。乙酉、朱克融を赦す。己丑、陳楚、克融と清源に戦ひて之を敗る。
二月甲子、王廷湊を赦す。辛巳、崔植罷免さる。工部侍郎元稹、同中書門下平章事となる。戊子、昭義軍節度使劉悟、其の監軍使劉承偕を囚ふ。
三月乙巳、武寧軍節度副使王智興がその節度使崔羣を逐う。戊午、守司徒・淮南節度使裴度を同中書門下平章事とす。王播罷む。
四月辛酉朔、日に食有り。壬戌、成德軍節度使牛元翼京師に奔る。王廷湊深州を陥す。
五月壬寅、邕州刺史李元宗叛き、黄洞蠻に奔る。
六月癸亥、宣武軍宿直将李臣則がその節度使李愿を逐う。衙門都將李㝏反す。甲子、裴度・元稹罷む。兵部尚書李逢吉を門下侍郎・同中書門下平章事と為す。乙丑、大風太廟の鴟尾を落とす。癸酉、吐蕃霊州を寇し、塩州刺史趙旰之を敗る。
七月丙申、宋王結薨ず。戊申、李㝏宋州を陥す。丙辰、兗鄆節度使曹華及び李㝏と宋州に戦い、之を敗る。丁巳、忠武軍節度使李光顏又之を尉氏に敗る。
八月壬申、宣武軍節度使韓充又之を郭橋に敗る。丙子、李㝏誅に伏す。癸未、詔して汴・宋・鄭三州の戦死者を瘞し、其の家に三歳稟す。
九月戊子、鎮海軍将王國清謀反し、誅に伏す。丙申、德州軍乱し、其の刺史王稷を殺す。
十月己卯、咸陽に獵す。
十一月庚午、皇太后華清宮に幸す。癸酉、皇太后を迎え、遂に驪山に獵す。丙子、集王緗薨ず。
十二月丁亥、豫せず、五坊の鷹隼及び供獵の狐兔を放つ。癸巳、景王湛を立てて皇太子と為す。癸丑、死罪以下を降し、文武常参及び州府長官の子にして父の後を為す者に勳兩轉を賜い、宗子諸親に一轉を賜う。
是の冬、冰無く、草木萌ゆ。
四月甲午、陸州獠反す。
五月壬申、京師雨雹す。
七月丙寅、黄洞蠻欽州を陥す。
九月壬子朔、日に食あり。
十月己丑、杜元穎罷む。辛卯、黄洞蠻安南を寇す。
四年正月辛亥、死罪以下を降し、流人を一歳減ず。文武官及び宗子・賀正使に階・勳・爵を賜う。百官に事を言わしむるを詔す。辛未、皇太子を以て軍國政事を權句當せしむ。壬申、皇帝清思殿に崩ず。年三十。
敬宗
敬宗睿武昭愍孝皇帝諱は湛、穆宗の長子なり。母は恭僖皇太后王氏と曰う。始め鄂王に封ぜられ、景王に徙封さる。
四年正月、穆宗崩ず。癸酉、門下侍郎・平章事李逢吉冢宰を摂す。丙子、皇太子太極殿に於いて皇帝の位に即く。
二月辛巳、始めて政を聴く。癸未、母を尊びて皇太后と為し、皇太后を太皇太后と為す。辛卯、掖庭内園の沒入する者を放つ。丁未、中和殿に於いて鞠を撃つ。戊申、飛龍院に於いて鞠を撃つ。黄洞蠻降る。己酉、鞠を撃ち、楽を用う。
三月壬子、大赦す。京畿・河南の青苗稅を免じ、宮禁の経費・乘輿の服膳を減じ、鷹犬の貢を罷む。元和以来、兩河の藩鎮地を帰する者に一子の官を予う。庚午、太白天を経る。
四月丙申、清思殿に於いて鞠を撃つ。染坊匠張韶反し、左神策軍に幸す。韶誅せらる。丁酉、宮に還る。
五月乙卯、吏部侍郎李程・戶部侍郎判度支竇易直同中書門下平章事。
六月庚辰、大風延喜・景風門を壊す。
是の夏、漢水溢る。
八月丁亥、太白晝に見ゆ。丁酉、中官季文德謀反し、誅せらる。黄洞蠻安南を寇す。
十一月戊午、環王及び黄洞蠻陸州を陥し、刺史葛維之に死す。庚申、睿聖文惠孝皇帝を光陵に葬る。
四月癸巳、羣臣尊號を上りて文武大聖廣孝皇帝と曰ふ。大赦す。文武の官に階・爵を賜ふ。
五月庚戌、魚藻宮にて競渡を観る。
九月壬午、昭義軍節度使劉悟卒す。其の子從諫留後を自称す。
十一月丙申、子普を封じて晉王と為す。
二月丁未、山南西道節度使裴度司空・同中書門下平章事を守る。
三月戊寅、魚藻宮にて競渡を観る。
四月戊戌、橫海軍節度使李全略卒す。其の子同捷反す。
五月戊寅、魚藻宮にて競渡を観る。庚辰、幽州盧龍軍乱を起こし、其の節度使朱克融を殺す。其の子延嗣節度使を自称す。
六月辛酉、臨碧池にて漁を観る。甲子、三殿にて驢鞠・角觝を観る。
七月癸未、衡王絢薨ず。渼陂を以て尚食に隷し、民の漁を禁ず。
八月丙午、新池にて競渡を観る。
九月甲戌、宣和殿にて百戯を観る。三日にして罷む。戊寅、幽州盧龍軍兵馬使李載義朱延嗣を殺し、留後を自称す。壬午、李程罷る。
十一月甲申、李逢吉罷る。己丑、朝官・方鎮の私白身を置くことを禁ず。
十二月、宦官劉克明が反乱を起こす。辛丑の日、皇帝崩御す、年十八。
文宗
五月戊辰、宰臣の奏事に対する監搜を罷む。丙子、横海軍節度使烏重胤、李同捷を討つ。
六月癸巳、淮南節度副大使王播を尚書左僕射・同中書門下平章事と為す。乙卯、旱魃のため京畿の死罪以下を降す。
七月癸酉、睿武昭愍孝皇帝を莊陵に葬る。
十一月庚辰、横海軍節度使李寰、李同捷を討つ。
十二月庚戌、王智興を滄州行營招撫使と為す。
六月乙卯、晉王普薨ず。己巳、大風木を抜く。乙亥、峯州刺史王昇朝反し、誅せらる。
この夏、河溢れ、棣州城を壊す。越州海溢す。
七月辛丑、魏博節度使史憲誠、平原において李同捷と戦い、之を敗る。甲辰、彗星右摂提に出づ。
八月己巳、王廷湊反す。壬申、義武軍節度使柳公濟、新楽において王廷湊と戦い、之を敗る。己卯、劉従諫また臨城において之を敗る。辛巳、史憲誠、平原において李同捷と戦い、之を敗る。癸未、劉従諫、昭慶において王廷湊と戦い、之を敗る。
九月癸卯、柳公濟また博野にて之を破る。丁未、岳王緄薨ず。庚戌、安南軍乱を起こし、其の都護韓約を逐う。
十月庚申、史憲誠及び李同捷、平原にて戦い、之を破る。丁卯、洋王忻薨ず。癸酉、竇易直罷む。戊寅、史憲誠及び李同捷、平原にて戦い、之を破る。壬午、幽州盧龍軍節度使李載義また長蘆にて之を破る。
十一月壬辰、棣州の租税を一年間免除し、戦士にして傷痍廃疾の者には終身官稟を給す。甲辰、昭徳寺火災。
十二月乙丑、魏博行営兵馬使丌志沼反す。壬申、韋処厚薨ず。戊寅、兵部侍郎・翰林学士路隋を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
三月乙酉、教坊の日直楽工を罷む。乙巳、太原兵馬使傅毅を以て義武軍節度使と為すも、義武軍命を受けず、都知兵馬使張璠自ら節度使を称す。戊申、璠を義武軍節度使と為す。
四月戊辰、滄景節度使李祐、德州を克ち、李同捷降る。乙亥、滄徳宣慰使柏耆、同捷を以て京師に帰し、将陵にて之を殺す。
五月辛卯、滄・景・徳・棣の四州の租税を一年間免除す。
六月甲戌、魏博軍乱を起こし、其の節度使史憲誠を殺し、都知兵馬使何進滔自ら留後を称す。
八月辛亥、相・衛・澶の三州を以て相衛節度使に隷せしむも、進滔命を受けず。辛酉、旱魃のため京畿九県の当年の租を免ず。壬申、王廷湊を赦す。甲戌、吏部侍郎李宗閔を同中書門下平章事と為す。
十月癸丑、仗内火災。
十一月壬辰、太清宮に朝献す。癸巳、太廟に朝享す。甲午、南郊にて有事す。大赦。詔して難成の非常の物を献ずること無からしめ、絲布撩綾の機杼を焚く。是の月、雲南蛮、巂・邛の二州を陥す。
十二月丁未、鄂岳・襄鄧・忠武軍、雲南蛮を伐つ。庚戌、雲南蛮、成都を寇す。右領軍衛大将軍董重質を左右神策及び諸道行営西川都知兵馬使と為し、以て之を伐つ。己未、雲南蛮、梓州を寇す。壬戌、蜀州を寇す。
四年正月戊子、子永を封じて魯王と為す。辛卯、武昌軍節度使牛僧孺を兵部尚書・同中書門下平章事と為す。甲午、王播薨ず。
二月乙卯、興元軍乱を起こし、其の節度使李絳を殺す。
三月癸卯、京畿の弋獵を禁ず。
四月丁未、奚辺境を寇す、李載義之を敗る。
六月丁未、裴度軍國重事を平章す。
是の夏、舒州江溢る。
七月癸未、尚書右丞宋申錫同中書門下平章事と為る。
九月壬午、裴度罷む。
五年正月庚申、幽州盧龍軍乱る、其の節度使李載義を逐い、莫州刺史張慶初を殺す、兵馬使楊志誠自ら留後と称す。
三月庚子、宋申錫を貶して太子右庶子と為す。癸卯、漳王湊を降封して巢縣公と為す。
六月甲午、梓州玄武江溢る。
六年正月壬子、死罪以下を降す。
二月、蘇州地震し、白毛生ず。
五月庚申、疫死せる民に棺を給し、十歳以下自ら存せざる者に二月の糧を給す。
七月戊申、原王逵薨ず。
十一月甲子、魯王永を立てて皇太子と為す。
十二月乙丑、牛僧孺罷む。己巳、珍王諴薨ず。
七年正月壬辰、呉・蜀の冬貢茶を罷む。
二月丙戌、兵部尚書李徳裕を同中書門下平章事とす。
三月辛卯、幽州盧龍軍節度使楊志誠、春衣使辺奉鸞・送奚契丹使尹士恭を執る。辛丑、和王綺薨ず。
六月甲戌、地震す。乙亥、李宗閔罷む。
七月壬寅、尚書右僕射・諸道塩鉄転運使王涯を同中書門下平章事とす。
閏月乙卯、旱に因り正殿を避け、膳を減じ、楽を徹し、宮女千人を出し、五坊の鷹犬を放つ。
八月庚寅、死罪以下を降す。文武及び州府長官の子にして父の後を為す者に勲両転を賜う。
十二月庚子、豫せず。
八年二月壬午朔、日食あり。庚寅、疾癒えるを以て、死罪以下を降す。
四月丙戌、詔して笞罪は背を鞭つこと毋からしむ。
五月己巳、飛龍・神駒の中廩火災あり。
六月丙戌、莒王紓薨ず。
七月辛酉、定陵の寝宮に震う。癸亥、郯王経薨ず。
九月辛亥、彗星太微に出づ。
十月辛巳、幽州盧龍軍の大将史元忠、其の節度使楊志誠を逐い、自ら権句当節度兵馬と称す。庚寅、山南西道節度使李宗閔を中書侍郎・同中書門下平章事とす。甲午、李徳裕罷む。
十一月癸丑、成徳軍節度使王廷湊が卒す。その子元逵、自ら権句当節度事と称す。丙子、莫州に軍乱あり、その刺史張惟汎を逐う。
十二月己卯、京畿の死罪以下を降す。
九年正月癸亥、巣県公湊薨ず。
二月辛亥、冀王絿薨ず。乙卯、京師地震す。
四月丙申、路隋罷む。戊戌、浙江東道観察使賈餗、中書侍郎・同中書門下平章事となる。辛丑、大風木を抜き、含元殿の鴟尾を落とし、門観を壊す。
五月辛未、王涯、司空となる。
六月壬寅、李宗閔を明州刺史に貶す。
七月辛亥、御史大夫李固言、門下侍郎・同中書門下平章事となる。
九月癸亥、陳弘志を殺す。丁卯、李固言罷む。己巳、御史中丞舒元輿は刑部侍郎となり、翰林学士・兵部郎中李訓は礼部侍郎となり、ともに同中書門下平章事となる。
十月辛巳、観軍容使王守澄を殺す。
十一月乙巳、武寧軍監軍使王守涓を殺す。壬戌、李訓および河東節度使王璠・邠寧節度使郭行餘・御史中丞李孝本・京兆少尹羅立言、中官を誅せんと謀るも、克たず。訓は鳳翔に奔る。甲子、尚書右僕射鄭覃、同中書門下平章事となる。乙丑、権知戸部侍郎李石、同中書門下平章事となる。左神策軍中尉仇士良、王涯・賈餗・舒元輿・李孝本・羅立言・王璠・郭行餘・鳳翔少尹魏逢を殺す。戊辰、昼晦す。鳳翔監軍使張仲清、その節度使鄭注を殺す。己巳、仇士良、右金吾衛大将軍韓約を殺す。
十二月壬申、左金吾衛将軍李貞素・翰林学士顧師邕を殺す。丁亥、京師の死罪以下を降す。
二月乙亥、鷙鳥・畋犬の献上を停む。
三月、京師地震す。
四月辛卯、淄王李恊薨ず。甲午、山南西道節度使李固言を門下侍郎・同中書門下平章事となす。
七月、滹沱河溢る。乙亥、土雨ふる。
十二月己未、漵王李縱薨ず。
三月丙寅、彗星現るるを以て膳を減ず。壬申、素服して正殿を避け、楽を徹す。死罪を降し、流罪以下これを原す。五坊の鷹隼を放ち、京畿の採捕を禁ず。
四月戊戌、工部侍郎陳夷行を同中書門下平章事となす。乙卯、旱を以て正殿を避く。
六月丙午、河陽軍乱れ、其の節度使李泳を逐う。己未、綿州の獠反す。
七月癸亥、党項羌振武を寇す。
八月庚戌、兄の子休復を梁王に、執中を襄王に、言揚を𣏌王に、成美を陳王に封ず。癸丑、子宗儉を蔣王に封ず。
十月戊申、李固言罷む。
十一月乙丑、京師地震す。丁丑、星興元に隕つ。
夏、漢水溢る。
八月己亥、嘉王李運薨ず。
十月乙酉、義武軍節度使張璠卒す、其の子元益留後を自称す。庚子、皇太子薨ず。乙巳、彗星軫に出づ。
十一月壬戌(の日)、死罪以下の罪を減刑した。
四年正月癸酉(の日)、彗星が羽林(星宿)に現れた。閏月丙午(の日)、彗星が卷舌(星宿)に現れた。
五月丙申(の日)、鄭覃と陳夷行が罷免された。
七月甲辰(の日)、太常卿崔鄲が同中書門下平章事となった。
八月辛亥(の日)、鄜王李憬が薨去した。
十月丙寅(の日)、陳王成美を皇太子に立てた。甲戌(の日)、地震があった。
十一月己亥(の日)、京畿の死罪以下の罪を減刑した。
十二月乙卯(の日)、乾陵の寢宮が火災に遭った。
五年正月戊寅(の日)、(帝は)病に伏した。己卯(の日)、左右神策軍護軍中尉の魚弘志と仇士良が潁王李瀍を皇太弟に立て、軍国事を権句當させ、皇太子成美を廃して陳王とした。庚辰(の日)、仇士良が仙韶院副使尉遲璋を殺した。辛巳(の日)、皇帝は太和殿において崩御した。享年三十三。
武宗
開成五年正月、文宗の病が重篤となると、神策軍護軍中尉の仇士良と魚弘志が詔を矯って皇太子成美を廃し再び陳王とし、潁王を皇太弟に立てた。辛巳(の日)、柩前において皇帝の位に即いた。辛卯(の日)、陳王成美及び安王李溶、賢妃楊氏を殺した。甲午(の日)、初めて政務を聴いた。母を追尊して皇太后とした。
二月乙卯(の日)、大赦を行った。庚申(の日)、彗星が室宿・壁宿に現れた。
四月甲子(の日)、大風が木を抜いた。
五月己卯(の日)、楊嗣復が罷免された。諸道鹽鐵轉運使・刑部尚書の崔珙が同中書門下平章事となった。壬寅(の日)、大風が木を抜いた。
六月丙寅、旱魃のため正殿を避け、囚徒を理め、河北・河南・淮南・浙東・福建の蝗害と疫病のあった州はその徭役を除く。
七月戊寅、大風が樹木を抜く。
八月甲寅、雨。壬戌、元聖昭献孝皇帝を章陵に葬る。内枢密使劉弘逸・薛季稜が兵をもって仇士良を殺さんとし、成らず、誅せられる。庚午、李珏罷る。
九月丁丑、淮南節度副大使李德裕を門下侍郎・同中書門下平章事となす。
十月癸卯、回鶻天徳軍を寇す。
十一月戊寅、彗星東方に出づ。魏博節度使何進滔卒す、その子重霸留後を自称す。
十二月、子峻を杞王に封ず。
三月、御史大夫陳夷行を門下侍郎・同中書門下平章事となす。
七月、彗星羽林に出づ。壬辰、漢水溢る。
九月癸巳、幽州盧龍軍の将陳行泰、その節度使史元忠を殺し、留務を知ると自称す。
閏月、幽州盧龍軍の将張絳、行泰を殺し、軍務を主と自称す。
十月、幽州盧龍軍絳を逐い、雄武軍使張仲武幽州に入る。
十一月壬寅、彗星営室に出づ。辛亥、正殿を避け、膳を減じ、囚徒を理め、興作を罷む。癸亥、崔鄲罷る。
二月丁丑、淮南節度副大使李紳を中書侍郎・同中書門下平章事となす。
三月、回鶻雲州・朔州を寇す。
四月丁亥、羣臣尊號を上りて仁聖文武至神大孝皇帝と曰う。大赦し、文武の官に階・勲・爵を賜う。
五月丙申、回鶻の嗢沒斯降る。
六月、陳夷行罷む。河東節度使劉沔、回鶻と雲州に戦い、敗績す。
七月、左神策軍に幸して武を閲す。尚書右丞兼御史中丞李讓夷を中書侍郎・同中書門下平章事となす。嵐州の民田滿川反し、誅せらる。回鶻の可汗、大同川を寇す。
九月、劉沔を回鶻南面招撫使とし、幽州盧龍軍節度使張仲武を東面招撫使とし、左金吾衞大將軍李思忠を河西党項都將西南面招討使となす。
十月丁卯、子の峴を益王に、岐を兗王に封ず。
十一月、白鹿原に獵す。
十二月、子の嶧を德王に、嵯を昌王に封ず。癸未、京師地震す。
二月庚申朔、日食あり。辛未、崔珙罷む。
この春、大雨雪。
四月乙丑、昭義軍節度使劉從諫卒す。その子の稹、自ら留後と称す。
五月甲午、震い、東都の廣運樓災あり。辛丑、成徳軍節度使王元逵を北面招討澤潞使とし、魏博節度使何弘敬を東面招討澤潞使とし、及び河中節度使陳夷行・河陽節度使王茂元・劉沔をして劉稹を討たしむ。戊申、翰林學士承旨・中書舍人崔鉉を中書侍郎・同中書門下平章事となす。武寧軍節度使李彥佐を晉絳行營諸軍節度招討使となす。
六月、西内の神龍寺に火災あり。辛酉、李德裕を司徒となす。
この夏、禁中に望仙観を造る。
七月庚子、河東の今年の秋税を免ず。
九月辛卯、忠武軍節度使王宰を河陽行営攻討使を兼ねしむ。丁未、霖雨のため、囚を理め、京兆府の秋税を免ず。
十月己巳、晉絳行営節度使石雄、劉稹と烏嶺に戦ひ、之を敗る。壬午、日中に月太白を食ふ。是の月、党項羌鹽州を寇す。
十一月、邠・寧を寇す。兗王岐を霊夏六道元帥・安撫党項大使とし、御史中丞李回之を副とす。安南軍乱れ、其の経略使武渾を逐ふ。
十二月丁巳、王宰天井関を克つ。
四年正月乙酉、河東の将楊弁其の節度使李石を逐ふ。
二月甲寅朔、日食あり。辛酉、楊弁誅せらる。
三月、石雄を冀氏行営攻討使を兼ねしめ、晉州刺史李丕之を副とす。
六月己未、中書・門下・御史臺囚を慮ふ。
閏七月壬戌、李紳罷む。淮南節度副大使杜悰を尚書右僕射とし、中書侍郎・同中書門下平章事を兼ねしむ。丙子、昭義軍の将裴問及び邢州刺史崔嘏城を以て降る。是の月、洺州刺史王釗・磁州刺史安玉城を以て降る。
八月乙未、昭義軍の将郭誼劉稹を殺して降る。戊戌、澤・潞・邢・洺・磁の五州に復を給し一歳とし、太原・河陽及び懷・陝・晉・絳の四州の秋税を免ず。戊申、李德裕を太尉となす。
十月、鄠県に獵す。
十二月、雲陽に獵す。
五年正月己酉、群臣が尊号を上って仁聖文武章天成功神德明道大孝皇帝と曰う。この日、太清宮に朝献す。庚戌、太廟に朝享す。辛亥、南郊に事有り。大赦し、文武の官に階・勲・爵を賜い、文宣公・二王・三恪に一子の出身を予す。南郊に仙臺を作る。庚申、皇太后崩ず。
三月、旱つ。
五月壬子、恭僖皇太后を光陵に葬る。壬戌、杜悰・崔鉉罷む。乙丑、戸部侍郎李回を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
六月甲申、神策軍に望仙樓を作る。
七月丙午朔、日食有り。是の月、山南東道節度使鄭肅を検校尚書右僕射・同中書門下平章事と為す。
八月壬午、大いに仏寺を毀ち、僧尼を復して民と為す。
十月、虎牢関に昭武廟を作る。
六年二月癸酉、旱の為に死罪以下を降し、今歳の夏税を免ず。庚辰、夏綏銀節度使米暨を東北道招討党項使と為す。
三月壬戌、豫せず。左神策軍護軍中尉馬元贄、光王怡を立てて皇太叔と為し、権に軍国政事を句當せしむ。甲子、皇帝、大明宮に崩ず。年三十三。
宣宗
会昌六年、武宗疾大漸す。左神策軍護軍中尉馬元贄、光王を立てて皇太叔と為す。
三月甲子、柩前に即きて皇帝の位に即く。
四月乙亥、始めて政を聴く。母を尊びて皇太后と為す。丙子、李德裕罷む。辛卯、李讓夷を司空と為す。
五月乙巳、大赦す。翰林學士承旨・兵部侍郎白敏中を同中書門下平章事と為す。辛酉、子の温を鄆王に、渼を雍王に、涇を雅王に、滋を夔王に、沂を慶王に封ず。
七月、李譲夷が罷免される。
八月辛未、大行宮に火災あり。壬申、至道昭粛孝皇帝を端陵に葬る。
九月、鄭粛が罷免される。兵部侍郎・判度支の盧商を中書侍郎・同中書門下平章事となす。雲南蛮が安南を寇し、経略使裴元裕これを破る。
十二月戊辰朔、日に食あり。
二月癸未、旱魃により正殿を避け、膳を減じ、京師の囚を理し、太常教坊の楽の習いを罷め、百官の食を損じ、宮女五百人を出し、五坊の鷹犬を放ち、飛龍の馬粟を停む。
三月、盧商が罷免される。刑部尚書・判度支の崔元式を門下侍郎とし、翰林学士承旨・戸部侍郎の韋琮を中書侍郎となす:同中書門下平章事。
閏月、仏寺を大いに復す。
四月己酉、皇太后崩ず。
五月、張仲武が奚の北部落と戦い、これを破る。吐蕃・回鶻が河西を寇し、河東節度使王宰これを伐つ。
八月丙申、李回が罷免される。庚子、貞献皇太后を光陵に葬る。
十二月戊午、太子少保李徳裕を潮州司馬に貶す。
三月、子の沢を封じて濮王となす。
五月己未朔、日に食あり。崔元式が罷免される。兵部侍郎・判度支の周墀、刑部侍郎・諸道塩鉄転運使の馬植:同中書門下平章事。己卯、太皇太后崩ず。
七月己巳、功臣の像を凌煙閣に継ぎて描かせた。
十一月壬午、懿安太皇太后を景陵に葬る。韋琮を太子賓客に貶し、東都に分司させる。
三月、詔して待制官に刑法官・諫官と次第に対すべしとす。馬植罷る。
この春、霜が降りて桑を枯らした。
四月乙酉、周墀罷る。御史大夫崔鉉を中書侍郎とし、兵部侍郎・判戸部事魏扶を同中書門下平章事とす。癸巳、幽州盧龍軍節度使張仲武卒す。その子直方、留後を自称す。
五月、武寧軍乱れ、その節度使李廓を逐う。
十月辛巳、京師地震す。この月、振武及び天徳・霊武・塩・夏の二州地震す。吐蕃が維州を有司に帰属させた。
十一月己卯、弟の惕を彭王に封ず。
十二月、吐蕃が扶州を有司に帰属させた。
四年正月庚辰、大赦を行う。
四月壬申、霖雨のため、詔して京師・関輔の囚を理め、度支・塩鉄・戸部の逋負を蠲免す。
六月戊申、魏扶薨ず。戸部尚書・判度支崔亀従を同中書門下平章事とす。
八月、幽州盧龍軍乱れ、その節度使張直方を逐い、衙将張允伸、留後を自称す。
十月辛未、翰林学士承旨・兵部侍郎令狐綯を同中書門下平章事とす。
十一月、党項羌が邠州・寧州を寇す。
十二月、鳳翔節度使李安業・河東節度使李拭を招討党項使と為す。
五年三月、白敏中を司空と為し、南山・平夏党項行營兵馬都統を招討す。
六月、子の潤を封じて鄂王と為す。
八月乙巳、南山党項羌を赦す。
十月、沙州の人張義潮、瓜・沙・伊・肅・鄯・甘・河・西・蘭・岷・廓の十一州を以て有司に帰す。白敏中罷む。戊辰、戸部侍郎・判戸部魏謩を同中書門下平章事と為す。
十一月、崔龜從罷む。
十二月、盗、景陵の門戟を斫つ。
是の歳、湖南饑す。
六年三月、彗星觜・参に出づ。
七月、雍王渼薨ず。
八月、禮部尚書・諸道鹽鐵轉運使裴休を同中書門下平章事と為す。
九月、獠、昌・資の二州を寇す。
十一月、弟の惴を封じて棣王と為す。
この年、淮南は飢饉にあった。
七年正月丙午、太清宮に朝献した。丁未、太廟に朝享した。戊申、南郊で祭祀を行い、大赦を下した。
八年正月丙戌朔、日食があった。
三月、旱魃のため囚徒を審理した。
九月、子の洽を懐王に、汭を昭王に、汶を康王に封じた。
九年正月甲申、成徳軍節度使王元逵が卒去し、その子の紹鼎が自ら留後を称した。
閏四月辛丑、嶺外の民が男女を売買することを禁じた。
七月、旱魃のため使者を派遣して淮南を巡撫させ、上供の輸送を減らし、滞納租税を免除し、穀物を発して民を賑済した。丙辰、崔鉉が罷免された。庚申、淮南・宣歙・浙西の冬至・元旦の常貢を廃止し、これを以て下戸の租税に代えさせた。この月、浙江東道で軍乱が起こり、その観察使李訥を追放した。
十年正月丁巳、御史大夫鄭朗が工部尚書・同中書門下平章事となった。
九月、子の灌を衛王に封じた。
十月戊子、裴休が罷免された。
十二月壬辰、戸部侍郎・判戸部崔慎由が工部尚書・同中書門下平章事となった。
十一年二月辛巳、魏謩が罷免された。
五月、容管で軍乱が起こり、その経略使王球を追放した。
七月庚子、兵部侍郎・判度支蕭鄴が同中書門下平章事となった。成徳軍節度副大使王紹鼎が卒去し、その弟の紹懿が自ら留後を称した。
八月、子の澭を封じて広王と為す。
九月乙未、彗星房に出す。
十月壬申、鄭朗罷む。
二月、穆宗の忌日を廃し、光陵の朝拝及び守陵の宮人を停む。壬申、崔慎由罷む。
閏月、十月より雨なく、是の月に至りて雨ふる。
三月、塩州監軍使楊玄价、其の刺史劉皐を殺す。
四月庚子、嶺南軍乱れ、其の節度使楊発を逐ふ。戊申、兵部侍郎・諸道塩鉄転運使夏侯孜、同中書門下平章事と為る。
五月丙寅、劉瑑薨ず。庚辰、湖南軍乱れ、其の観察使韓琮を逐ふ。
六月丙申、江西都將毛鶴、其の観察使鄭憲を逐ふ。辛亥、南蛮辺を寇す。
七月、容州将来正反し、誅に伏す。
八月、宣歙将康全泰、其の観察使鄭薰を逐ふ。淮南節度使崔鉉、宣歙池観察処置使を兼ねて以て之を討つ。丁巳、太原地震す。
十月、康全泰誅に伏す。
十二月、毛鶴誅に伏す。甲寅、兵部侍郎・判戸部蔣伸、同中書門下平章事と為る。
【贊】
贊に曰く、春秋の法、君弒せられて賊討たれざれば、則ち深く其の国を責め、以て臣子無しと為す。憲宗の弒、三世を歴て賊猶お在り。文宗に至り、弘志等の罪悪を明らかにして、以て国の典刑を正する能わず、僅かに之を殺すのみ。是れ歎ずべきなり。穆・敬は昏童にして徳を失い、其の在位久しからざるを以て、故に天下未だ敗乱に至らず。而して敬宗は卒に其の身に及ぶ。是れ豈に賊を討つ志有らんや。文宗は恭儉儒雅、天性に出ず。嘗て太宗政要を読み、慨然として之を慕う。即位に及び、治に鋭意し、毎に延英にて宰臣に対し、率ね漏下十一刻に及ぶ。唐の制、天子は隻日を以て朝を視る。乃ち朝を輟ち、朝を放つは皆双日を用いよと命ず。凡そ吏を除くには必ず召見して訪問し、親しく其の能否を察す。故に大和の初、政事脩飭し、清明と号せらる。然れども其の仁にして断少く、父兄の弊を承け、宦官権を橈し、之を制するに其の術を得ず。故に其の終り此に困る。甘露の事、禍忠良に及び、冤憤に勝えず、恨みを飲むのみ。是れを言うに、其の弘志を殺す能うは、亦た足りて其の志を伸ぶるなり。
昔、武丁一の傅説を得て、商の高宗と為る。武宗一の李德裕を用い、遂に其の功烈を成す。然れども其の奮然として浮図の法を除去すること甚だ鋭く、而して躬道家の籙を受け、薬を服して長年を求む。此を以て見るに、其の明智の惑わざるに非ざるを、特によし悪し有るの不同なるのみ。宣宗は聴断に精しくして、察を以て明と為し、復た仁恩の意無し。嗚呼、是より而して後、唐衰えたり。