徳宗
徳宗神武聖文皇帝の諱は适、代宗の長子なり。母は睿真皇太后沈氏と曰う。初め、沈氏は開元の末に選ばれて代宗の宮に入る。安禄山の乱に、玄宗は賊を避けて蜀に赴く。諸王の妃妾で従えざる者は、皆賊の得るところとなり、東都の掖廷に拘えらる。代宗、東都を克つ。沈氏を得て、之を宮中に留む。史思明、再び東都を陥す。遂に在りし所を失う。
大暦十四年五月辛酉、代宗崩ず。癸亥、皇帝の位に即く于太極殿。
閏月甲戌、常衮を貶して河南少尹と為し、河南少尹崔祐甫を以て門下侍郎・同中書門下平章事と為す。丙子、諸州府及び新羅・渤海の鷹鷂の貢を罷む。戊寅、山南の枇杷・江南の甘橘の宗廟に供せざる者の貢を罷む。辛巳、邕府の歳貢奴婢を罷む。癸未、梨園楽工三百人・剣南の生春酒の貢を罷む。甲申、郭子儀を尚父と為し、太尉・中書令を兼ねしむ。丙戌、祥瑞の献を罷め、金銀を以て飾る貢器は之を還す。丁亥、宮人を出し、舞象三十有二を放つ于荊山之陽。
六月己亥、大赦す。文武の官に階・爵を賜い、民で戸を為す者に古爵一級を賜う。乗輿の服御を減ず。士庶の田宅・車服に制を踰ゆる者は、有司之が為に法度を立つ。百官の邸を置き販鬻するを禁ず。武徳・至徳の将相で功有る者の子孫に官を予う。庚子、子宣城郡王誦を進めて宣王と為し、子謨を舒王に封じ、諶を通王に、諒を虔王に、詳を肅王に、謙を資王に封ず。乙巳、弟迺を益王に、迅を隋王に、遂を蜀王に封ず。丙午、六品以上の清望官に詔し、日二人待制せしむ。癸丑、皇族五等以上で四方に居る者に命じ、家一人山陵に赴かしむ。己未、揚州の鏡の貢・幽州の麝の貢を罷む。癸亥、刺史・京令に可なる者を挙げしむ。
七月戊辰朔、日食有り。庚午、邕州の金坑の禁を弛む。辛卯、榷酤を罷む。
八月甲辰、道州司馬楊炎を門下侍郎と為し、懐州刺史喬琳を御史大夫と為す:同中書門下平章事。乙巳、吐蕃の俘を還す。
十月丁酉、吐蕃・雲南蛮、黎・茂・文・扶の四州を寇す。鳳翔節度使朱泚・金吾衛大将軍曲環、之を七盤城に破る。己酉、睿文孝武皇帝を元陵に葬る。戊午、九成宮の立獣炭の貢・襄州の蔗蒻工を罷む。辛酉、沙苑の豢豕三千を以て貧民に給す。
十一月壬午、喬琳罷む。
十二月乙卯、宣王誦を立てて皇太子と為す。丙寅晦、日食有り。
二月丙申、初めて両税を定む。
四月乙未、四鎮・北庭行軍別駕劉文喜、涇州に於いて反し、誅せらる。己亥、地震す。
六月甲午、崔祐甫薨ず。
七月丙寅、王國良降る。己丑、忠州刺史劉晏を殺す。
八月丁巳、遥かに母沈氏を尊びて皇太后と為す。
九月己卯、雷す。庚寅、睦王述を奉迎皇太后使と為す。
是の冬、雪無し。黄河・滹沱・易水溢る。
二月乙巳、御史大夫盧𣏌を門下侍郎・同中書門下平章事と為す。乙卯、振武軍乱る。其の使彭令芳及び監軍劉惠光を殺す。丁巳、兵を発して関東に屯し、望春楼に於いて師を誓う。山南東道節度使梁崇義反す。
五月、京師に雨雹有り。庚申、待詔官三十人を置く。
六月、熒惑・太白、東井に於いて鬬う。癸巳、淮寧軍節度使李希烈を漢南・漢北兵馬招討使と為し、以て梁崇義を討たしむ。辛丑、郭子儀薨ず。
七月庚申、楊炎罷む。検校尚書右僕射侯希逸を司空と為し、前永平軍節度使張鎰を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。侯希逸薨ず。癸未、馬燧・李抱真及び田悦、臨洺に於いて戦い、之を敗る。
八月、剣南西川節度使張延賞・東川節度使王叔邕・山南東道節度使賈耽・荊南節度使李昌巙・陳少游、梁崇義を討ち、李希烈を諸軍都統と為す。辛卯、平盧軍節度使李正己卒す。其の子納、留後を自称す。壬子、梁崇義誅せらる。
九月、李納、宋州を陥す。李惟岳の将張孝忠、易・定二州を以て降る。壬戌、功を立てたる士卒に帛を賜い、死事の家に三歳稟す。
十月戊申、李納の将李洧が徐州を以て降る。
十一月辛酉、李納徐州を寇し、宣武軍節度使劉洽之を七里溝に敗る。丁丑、馬燧及び田悦双岡に戦い、之を敗る。甲申、李納の将王涉が海州を以て降る。
十二月丁酉、馬萬通が密州を以て降る。馬燧を魏博招討使と為す。
是歳、崖州司馬楊炎を殺す。
閏月乙未、李惟岳の将康日知が趙州を以て降る。甲辰、惟岳誅に伏す。其の将楊栄国が深州を以て降る。庚戌、馬燧及び田悦洹水に戦い、之を敗る。是月、悦の将李再春が博州を以て降り、田昂が洺州を以て降る。
四月戊午、李納の将李士真が徳・棣二州を以て降る。甲子、商銭を借る。甲戌、昭義軍節度副使盧玄卿を魏博・澶相招討使と為す。戊寅、張鎰罷む。壬午、殿中侍御史鄭詹を殺す。是月、朱滔反し、徳・棣二州を陥す。
五月辛卯、朔方軍節度使李懐光田悦を討つ。
六月甲子、京師地震す。恒冀観察使王武俊反す。辛巳、李懐光・馬燧・李芃・李抱真及び朱滔・王武俊・田悦連篋山に戦い、敗績す。
七月壬辰、殿中丞李雲端謀反し、誅に伏す。癸巳、商銭を借るの令を停む。
八月癸丑、演州司馬李孟秋・峯州刺史皮岸反し、誅に伏す。
九月丁亥、初めて商銭・茶・漆・竹・木に税す。
十月丙辰、吏部侍郎関播を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。李希烈反す。丙子、粛王詳薨ず。
四年正月丁亥、鳳翔節度使張鎰及び吐蕃尚結贊清水に盟す。庚寅、李希烈汝州を陥し、刺史李元平を執る。戊戌、東都・汝行営節度使哥舒曜李希烈を討つ。二月丁卯、汝州を克つ。
三月辛卯、李希烈が鄂州を寇し、刺史李兼これを敗る。丁酉、荊南節度使張伯儀、李希烈と安州に戦い、敗績す。
四月庚申、李勉を淮西招討處置使とし、哥舒曜これを副く。張伯儀を淮西應援招討使とし、賈耽・江南西道節度使嗣曹王皐これを副く。甲子、京師地震し、毛生ず。丙子、哥舒曜、李希烈と潁橋に戦い、これを敗る。
五月辛巳、京師地震す。乙酉、潁王璬薨ず。乙未、劉洽を淄青・兗鄆招討制置使とす。
六月庚戌、屋間架に税し、除陌銭を算す。丁卯、逾を徙封して丹王とし、遘を簡王とす。
七月、馬燧を魏博・澶相節度招討使とす。壬辰、盧𣏌・關播・李忠臣及び吐蕃の區頰贊、京師に盟す。
八月丁未、李希烈、襄城を寇す。乙卯、希烈の将曹季昌、隋州を以て降る。庚申、星有りて京師に隕る。
九月丙戌、神策軍行營兵馬使劉德信、李希烈と扈澗に戦い、敗績す。庚子、舒王謨を荊襄・江西・沔鄂節度諸軍行營兵馬都元帥とし、徙封して普王とす。
十月、涇原節度使姚令言反し、京師を犯す。戊申、奉天に如く。朱泚反す。庚戌、泚、司農卿段秀實及び左驍衞將軍劉海賓を殺す。鳳翔後營將李楚琳、其の節度使張鎰を殺し、自ら留後と称す。癸丑、李希烈、襄城を陥し、宣武軍兵馬使高翼之に死す。甲寅、朱泚、涇原節度都虞候何明禮を殺す。乙卯、尚書右僕射崔寧を殺す。丁巳、戶部尚書蕭復を吏部尚書とし、吏部郎中劉從一を刑部侍郎とし、京兆府戶曹參軍・翰林學士姜公輔を諫議大夫とす:同中書門下平章事。朱泚、奉天を犯し、禁軍城東に敗績す。辛酉、靈鹽節度留後杜希全・鄜坊節度使李建徽、朱泚と漠谷に戦い、敗績す。癸亥、劉德信、泚と思子陵に戦い、これを敗る。甲子、行在都虞候渾瑊、泚と城下に戦い、これを敗る。左龍武軍大將軍呂希倩之に死す。乙丑、將軍高重傑之に死す。是の月、商州軍乱し、其の刺史謝良輔を殺す。
十一月、劍南西山兵馬使張朏、其の節度使張延賞を逐う。朏誅に伏す。癸巳、李懷光、朱泚と魯店に戦い、これを敗る。懷光、中書令・朔方邠寧同華陝虢河中晉絳慈隰行營兵馬副元帥と為る。
十二月、朱泚、華州を陥す。壬戌、盧𣏌を貶して新州司馬とす。庚午、李希烈、汴・鄭二州を陥す。
二月甲子、李懷光を太尉とす。懷光反す。丁卯、梁州に如く。懷光の将孟庭保、兵を以て来り追う。左衞大將軍侯仲莊、之を驛店に敗る。
三月、李懷光、鄜坊京畿金商節度使李建徽・神策軍兵馬使陽惠元の兵を奪う。惠元之に死す。癸酉、魏博兵馬使田緒、其の節度使田悅を殺し、自ら留後と称す。甲戌、李懷光、左廂兵馬使張名振・右武鋒兵馬使石演芬を殺す。丁亥、李晟を京畿・渭北・鄜坊丹延節度招討使とし、神策行營兵馬使尚可孤を神策・京畿・渭南・商州節度招討使とす。壬辰、梁州に次ぐ。丁酉、劉洽、權に汴滑宋亳都統兵馬事を知る。己亥、渾瑊を朔方・邠寧・振武・永平・奉天行營兵馬副元帥とす。
四月、李懷光、坊州を陥す。甲辰、李晟を京畿・渭北・商華兵馬副元帥とす。甲寅、姜公輔罷む。涇原兵馬使田希鑒、其の節度使馮河清を殺し、自ら留後と称す。乙丑、渾瑊、朱泚と武亭川に戦い、これを敗る。丁卯、義王玼薨ず。是の月、坊州刺史竇覦、坊州を克つ。
五月癸酉、涇王侹薨ず。丙子、李抱真・王武俊、朱滔と經城に戦い、これを敗る。壬辰、尚可孤、朱泚と藍田の西に戦い、これを敗る。乙未、李晟、又之を苑北に敗る。戊戌、又之を白華に敗り、京師を復す。
六月癸卯、姚令言誅せらる。甲辰、朱泚誅せらる。己酉、李晟を司徒・中書令と為す。癸丑、梁州を以て興元府と為し、一年の復除を給し、耆老に版授を加ふ。甲寅、渾瑊を侍中と為す。己巳、洋州に一年の復除を給し、興元に一年を加給し、鳳州の今年の税を免じ、父老に版授を加ふ。
七月丙子、鳳翔に次ぐ。今年の秋税を免じ、八十以上に刺史を版授し、餘は上佐を授く。丁丑、宗室の害せられたる者を葬る。壬午、興元より至る。丁亥、李懷光宣慰使孔巢父を殺す。辛卯、大赦す。百官将士に階・勲・爵を賜ひ、京城を収むる者は八資を升す。京兆府に一年の復除を給す。是の月、嗣曹王皐李希烈と應山に戦ひ、之を敗る。
八月癸卯、李晟を鳳翔隴右諸軍・涇原四鎮北庭行營兵馬副元帥と為し、馬燧を晉・慈・隰諸軍行營兵馬副元帥と為し、渾瑊を河中・同絳・陝虢諸軍行營兵馬副元帥と為す。丙午、渾瑊朔方行營兵馬副元帥を兼ぬ。己酉、延王玢・隋王迅薨ず。
十月辛丑、李勉を檢校司徒・同中書門下平章事と為す。
閏月戊子、李希烈の将李澄滑州を以て降る。
十一月癸卯、劉洽・邠隴行營節度使曲環李希烈と陳州に戦ひ、之を敗る。戊午、汴州を克つ。乙丑、蕭復罷む。
十二月乙酉、渾瑊李懷光と乾坑に戦ひ、敗績す。
是歳、陳王珪薨ず。
三月、李懷光歩軍兵馬使田仙浩・都虞候呂鳴岳を殺す。丁未、李希烈鄧州を陥し、唐鄧隋招討使黃金岳を殺す。
是の春、旱す。
四月乙丑、誼を徙封して舒王と為す。壬午、渾瑊李懷光と長春宮に戦ひ、之を敗る。丙戌、馬燧・渾瑊を河中招撫使と為す。
六月己丑、幽州盧龍軍節度使朱滔卒す。涿州刺史劉怦自ら留後と称す。辛卯、劍南西川節度使張延賞を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。戊子、馬燧李懷光と陶城に戦ひ、之を敗る。
七月、灞・滻竭く。庚子、大風木を抜く。
八月、配饗功臣の子孫を襲封す。甲子、旱を以て正殿を避け、膳を減ず。甲戌、李懷光誅せらる。己卯、河中・同絳二州に一年の復除を給す。馬燧を侍中と為し、張延賞罷む。丙戌、李希烈宣慰使顏真卿を殺す。
九月辛亥(の日)、劉從一を罷免す。庚申(の日)、幽州盧龍軍節度使劉怦卒す。其の子濟、留後を自称す。
是の秋、木氷(樹氷)が降る。
十一月癸卯(の日)、南郊にて祭祀あり。大赦を行い、奉天・興元に扈従した百官、京師を収復した將士に階・勲・爵を賜う。
二月癸亥(の日)、山南東道節度使樊澤、李希烈と泌河にて戦い、之を敗る。
五月、李希烈の将李惠登、隋州を以て降る。己酉(の日)、地震あり。
六月癸未(の日)、滄州刺史程日華卒す。其の子懷直、觀察留後を自称す。是の月、淮西兵馬使吳少誠、其の節度使陳仙奇を殺し、留後を自称す。
七月、李希烈の将薛翼、唐州を以て降り、侯召、光州を以て降る。
八月丙子(の日)、大雨雹あり。丙戌(の日)、吐蕃、邠・寧・涇・隴の四州を寇す。
九月乙巳(の日)、好畤を寇し、李晟、汧陽にて之を敗る。
十月癸酉(の日)、邠寧節度使韓游瓌、また平川にて之を敗る。
十一月甲午(の日)、淑妃王氏を立てて皇后と為す。丁酉(の日)、皇后崩ず。辛丑(の日)、吐蕃、鹽州を陥す。
十二月丁巳(の日)、夏州を陥す。馬燧を綏・銀・麟・勝招討使と為す。庚申(の日)、崔造罷免さる。甲戌(の日)、吐蕃の辺境を寇すを以て、正殿を避く。
二月己卯、華州潼関節度使駱元光が塩・夏の二州を陥れた。甲申、昭徳皇后を靖陵に葬る。
三月丁未、李晟を太尉となす。辛亥、馬燧は副元帥を罷む。
五月、揚州に江水溢る。呉少誠、申州刺史張伯元・殿中侍御史鄭常を殺す。
閏月辛未、渾瑊、吐蕃と平涼にて盟す。吐蕃、会盟副使・兵部尚書崔漢衡を執り、判官・殿中侍御史韓弇を殺す。戊寅、太白昼に見ゆ。
六月、吐蕃、塩・夏の二州を寇す。丙戌、馬燧を司徙と為し、前陝虢観察使李泌を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
七月甲子、朔方節度使杜希全を朔方・霊塩・豊夏綏銀節度都統と為す。壬申、張延賞薨ず。
八月辛巳朔、日食あり。己丑、柳渾罷む。戊申、吐蕃、青石嶺を寇し、隴州刺史蘇清沔これを破る。庚戌、大馬の蒲・潼・武関より出づるを禁ず。
九月丁巳、吐蕃、汧陽を寇す。丙寅、華亭及び連雲堡を陥とす。
十月甲申、豊義を寇し、韓游瓌これを破る。乙酉、長武城を寇し、城使韓全義これを破る。壬辰、射生将韓欽緒謀反し、誅せらる。
十一月己卯、京師・東都・河中地震す。
十二月庚辰、新店に狩す。
四年正月庚戌朔、京師地震す。大赦し、刺史には一子に官を賜い、戸を増し田を墾く者は階を加え、県令は選を減じ、九品以上の官に事を言わしむ。壬申、劉玄佐を四鎮北庭行営・涇原節度副元帥と為す。是の月、金・房の二州地震し、江水溢れ山裂く。陳留に木氷を雨らす。
四月、河南・淮海の地に毛生ず。己亥、福建軍乱し、其の観察使呉詵を逐い、大将郝誡溢自ら留後と称す。
五月、吐蕃、涇・邠・寧・慶・鄜の五州を寇す。
六月己亥、子謜を封じて邕王と為す。
七月庚戌、渾瑊を邠寧慶副元帥とす。癸丑、寧州に軍乱あり、邠寧都虞候楊朝晟これを破る。己未、奚・室韋振武を寇す。是の月、河水黒し。
八月、灞水溢る。
九月庚申、吐蕃寧州を寇し、邠寧節度使張献甫これを破る。冬、夾城を築く。
是歳、京師地震二十。
五年正月甲辰朔、日食あり。
二月庚子、大理卿董晉を門下侍郎とし、御史大夫竇參を中書侍郎とす:同中書門下平章事。
三月甲辰、李泌薨ず。
夏、吐蕃長武城を寇し、韓全義これを佛堂原に破る。
九月丙午、劍南西川節度使韋皐、吐蕃を臺登北谷に破り、巂州を克つ。
十月、嶺南節度使李復、瓊州を克つ。
六年春、旱つ。
閏四月乙卯、詔して常參官・畿縣令に事を言わしむ。京兆府の夏稅を免ず。
八月辛丑、皇太子妃蕭氏を殺す。
十一月戊辰、太清宮に朝献す。己巳、太廟に朝享す。庚午、南郊に事あり。文武の官に階・爵を賜う。囚の罪を降し、徒以下これを原す。戦死して暴骨せる者を葬る。
是歳、吐蕃北庭都護府を陥とし、節度使楊襲古西州に奔る。
七年正月己巳、襄王李僙薨ず。
四月、安南の首領杜英翰反し、誅せらる。
五月甲申、端王李遇薨ず。
九月、回鶻、楊襲古を殺す。
十二月戊戌、睦王李述薨ず。
是の冬、雪無し。
八年二月庚子、土雨る。
三月甲申、宣武軍節度使劉玄佐卒す。其の子士寧自ら留後と称す。
四月、吐蕃霊州を寇す。丁亥、左諫議大夫知制誥吳通玄を殺す。乙未、竇參を貶して郴州別駕とす。尚書左丞趙憬・兵部侍郎陸贄を中書侍郎・同中書門下平章事とす。
五月己未、大風太廟の屋瓦を発す。癸酉、平盧軍節度使李納卒す。其の子師古自ら留後と称す。
六月、淮水溢る。吐蕃連雲堡を寇し、大将王進用之に死す。
九月丁巳、韋皐吐蕃と維州に戦ひて之を敗る。
十一月壬子朔、日食有り。庚午、山南西道節度使嚴震吐蕃と黒水堡に戦ひて之を敗る。是の月、幽州盧龍軍節度使劉濟其の弟瀛州刺史澭と瀛州に戦ひ、澭敗れて京師に奔る。
十二月甲辰、城東に獵す。
九年正月癸卯、茶を復た税す。
四月辛酉、関輔・河中に地震あり。
五月甲辰、義成軍節度使賈耽を尚書右僕射と為し、尚書右丞盧邁を同中書門下平章事とす。丙午、董晉罷む。
八月庚戌、李晟薨ず。
十一月癸未、太清宮に朝獻す。甲申、太廟に朝享す。乙酉、南郊に事有り、大赦す。
十二月丙辰、宣武軍の将李萬榮其の節度使劉士寧を逐ひ、留後を自称す。
十年正月壬辰、南詔蠻吐蕃を神川に破り、来たりて捷を獻ず。
四月癸卯朔、京城を赦す。戊申、地震す。癸丑、又震す。是の月、太白晝に見ゆ。
六月丙寅、韋皐吐蕃を破り、峨和城を克つ。春より雨無く是の月に至る。辛未、雨降り、大風木を抜く。
七月、西原蠻叛く。
八月、欽・橫・潯・貴の四州を陷す。
十月、昭義軍節度留後王虔休及び攝洺州刺史元誼と鷄澤に戰ひ、之を敗る。
十二月丙辰、城南に獵す。壬戌、陸贄を貶して太子賓客と為す。
十一年四月丙寅、奚平州を寇し、劉濟之を青都山に破る。
五月庚午、中書門下囚を慮す。
八月辛亥、馬燧薨ず。
九月、横海軍兵馬使程懷信がその兄の節度使程懷直を逐い、自ら留後と称した。
十月、朗州と蜀州の江水が溢れた。
十二月戊辰、苑中にて狩猟を行った。
三月丙辰、韶王李暹が薨去した。
四月庚午、魏博節度使田緒が卒し、その子田季安が自ら留後と称した。
六月己丑、宣武軍節度使李萬榮が卒し、その子李迺が自ら兵馬使と称したが、誅殺された。
七月戊戌、韓王李迥が薨去した。
八月己未朔、日食があった。丙戌、趙憬が薨去した。
九月、吐蕃が慶州を寇した。
十月甲戌、右諫議大夫崔損と給事中趙宗儒が同中書門下平章事となった。
四月辛酉、旱魃のため囚人を慮囚した。壬戌、興慶宮で雨乞いの祭祀を行った。
五月壬寅、吐蕃が巂州を寇し、曹高仕がこれを破った。庚戌、義寧軍が乱を起こし、その将常楚客を殺害した。
七月乙未、京師で地震があった。
九月己丑、盧邁罷免せらる。
十四年三月丙申、鳳翔監軍使西門去奢其の将夏侯衍を殺す。
五月己酉、初めて雷鳴る。
閏月辛亥、星西北に隕る。辛酉、長武城軍乱を起こし、其の使韓全義を逐う。
六月丙申、帰化堡軍乱を起こし、其の将張国誠を逐う。涇原節度使劉昌之を敗る。
七月壬申、趙宗儒罷免せらる。工部侍郎鄭餘慶を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
九月丁卯、𣏌王倕薨ず。
十二月壬寅、明州将栗鍠其の刺史盧雲を殺して反す。
是の冬、雪無く、京師饑う。
十五年正月甲寅、雅王逸薨ず。壬戌、郴州藍山崩る。
二月乙酉、宣武軍乱を起こし、節度行軍司馬陸長源を殺す。宋州刺史劉逸淮自ら留後と称す。
三月甲寅、彰義軍節度使呉少誠反し、唐州を陥とし、守将張嘉瑜之に死す。
四月乙未、栗鍠誅せらる。
九月乙巳、陳許節度留後上官涗及び呉少誠臨潁に戦いて敗績す。丙午、少誠許州を寇す。庚戌、宣武軍節度使劉全諍卒す。都知兵馬使韓弘自ら留後と称す。丙辰、宣武・河陽・鄭滑・東都汝・成徳・幽州・淄青・魏博・易定・沢潞・河東・淮南・徐泗・山南東西・鄂岳の諸軍、呉少誠を討つ。
十月己丑、邕王謜薨ず。
十一月丁未、山南東道節度使于頔が吳少誠と吳房にて戦い、これを破る。陳許節度使上官涗また柴籬にてこれを破る。辛亥、安黄節度使伊慎また鍾山にてこれを破る。
十二月庚午、壽州刺史王宗また秋柵にてこれを破る。辛未、渾瑊薨ず。乙未、諸道の兵小溵河にて潰える。
十六年正月乙巳、易定の兵吳少誠と戦い、敗績す。
二月乙酉、鹽夏綏銀節度使韓全義を蔡州行營招討處置使とし、上官涗これを副く。
四月丁亥、黔中の宴設將傅近その觀察使吳士宗を逐う。
五月庚戌、韓全義吳少誠と廣利城にて戦い、敗績す。壬子、徐泗濠節度使張建封卒す、その子愔自ら軍事を知ると称す。
七月丁巳、伊慎吳少誠と申州にて戦い、これを破る。己未、韋皐吐蕃の末恭城を克つ。丙寅、韓全義吳少誠と五樓にて戦い、敗績す。
八月、劉濟その弟涿州刺史源と涿州にて戦い、源敗れ、これを執る。己丑、遂州別駕崔位を殺す。韋皐吐蕃の顒城を克つ。
九月庚戌、鄭餘慶を貶して郴州司馬とす。庚申、太常卿齊抗を中書侍郎・同中書門下平章事とす。
十月辛未、通州別駕崔河圖を殺す。
是歳、京師饑う。
十七年二月丁酉、大雨雹。己亥、霜。乙巳、韋皐吐蕃と鹿危山にて戦い、これを破る。戊申、大雨雹、震電す。庚戌、大雪、雨雹。
五月壬戌朔、日食あり。
六月丙申、寧州軍乱を起こし、その刺史劉南金を殺す。己亥、浙西觀察使李錡上封事の人崔善貞を殺す。丁巳、成德軍節度使王武俊卒す、その子士真自ら留後と称す。
七月、霜隕ちて菽を殺す。戊寅、吐蕃鹽州を寇す。己丑、麟州を陥とし、刺史郭鋒これに死す。
九月乙亥、韋皐が吐蕃を雅州にて破り、木波城を陥れる。
この歳、嘉王運薨ず。
十八年七月乙亥、正衙にて奏事することを罷む。
十二月、環王、驩・愛二州を陥る。
十九年二月己亥、安南の将王季元、其の経略使裴泰を逐い、兵馬使趙均之を敗る。
三月壬子、淮南節度使杜佑を檢校司空・同中書門下平章事とす。
七月己未、齊抗罷む。正月より雨なくして是の月に至る。甲戌、雨ふる。
閏十月庚戌、鹽州の将李庭俊反し、誅せらる。丁巳、崔損薨ず。
十二月庚申、太常卿高郢を中書侍郎とし、吏部侍郎鄭珣瑜を門下侍郎とす:同中書門下平章事。
二十年二月庚戌、大雨雹ふる。七月癸酉、大雨雹ふる。
冬、木冰を雨ふらす。
二十一年正月癸巳、皇帝會寧殿に崩ず。年六十四。
順宗
順宗至德弘道大聖大安孝皇帝、諱は誦、德宗の長子なり。母は昭德皇后王氏と曰ふ。始め宣城郡王に封ぜられ、大曆十四年六月、進めて宣王と封ぜらる。十二月乙卯、皇太子に立てらる。
人となり寬仁にして、學藝を喜び、隷書を善くし、師傅を禮重し、見れば輒ち先づ拝す。德宗に従ひ奉天に幸し、常に弓矢を執り左右に居る。郜國公主、蠱事を以て罪を得、太子妃は其の女なり、德宗之を疑ひ、幾く度か廢せられんとす、李泌の保護に頼りて、乃ち免る。後に魚藻宮に侍宴し、水嬉の綵艦を張り、宮人櫂歌を為し、衆樂間より發す、德宗甚だ驩び、太子を顧みて曰く「今日何如」と。太子詩「好樂無荒」を誦して以て對とす。裴延齡・韋渠牟の用事するに及び、世皆其の相と為らんことを畏る、太子每に顏色を候ひ、其の不可なるを陳ぶ。故に二人の者は卒に用ひらるることを得ず。
貞元二十年、太子は中風を患い、かつ失語した。
二十一年正月、朝見することができなかった。この時、徳宗は病に伏せり、諸王は皆左右に侍していたが、ただ太子のみは臥病して、拝謁することができず、徳宗は悲傷して涙を流し、病状は悪化した。癸巳、徳宗崩御。丙申、太極殿において皇帝の位に即く。
二月癸卯、紫宸門において群臣を朝見させる。辛亥、吏部侍郎韋執誼を尚書左丞・同中書門下平章事とする。甲子、大赦を行う。宮市を廃止する。民で百歳の者には版授により下州刺史を授け、婦人には郡君を授ける。九十歳以上の者には上佐を授け、婦人には県君を授ける。乙丑、塩鉄使の月進を廃止する。
三月庚午、後宮三百人を放出する。癸酉、後宮及び教坊の女妓六百人を放出する。癸巳、広陵郡王純を立てて皇太子とする。
四月壬寅、弟の諤を欽王に、諴を珍王に封ず。子の建康郡王経を進封して郯王とし、洋川郡王緯を均王とし、臨淮郡王縦を漵王とし、弘農郡王紓を莒王とし、漢東郡王綱を密王とし、晉陵郡王緫を郇王とし、高平郡王約を邵王とし、雲安郡王結を宋王とし、宣城郡王緗を集王とし、徳陽郡王絿を冀王とし、河東郡王綺を和王とする。子の絢を衡王に、纁を会王に、綰を福王に、紘を撫王に、緄を岳王に、紳を袁王に、綸を桂王に、繟を翼王に封ず。戊申、皇太子冊立に際し、死罪以下の刑を減じ、文武の官で子が父の後を継ぐ者に勲官二転を賜う。
七月辛卯、横海軍節度使程懐信卒去。その子執恭自ら留後を称す。乙未、皇太子に軍国政事を権句当せしむ。太常卿杜黄裳を門下侍郎とし、左金吾衛大将軍袁滋を中書侍郎とす:ともに同中書門下平章事。鄭珣瑜・高郢罷免。
憲宗
憲宗昭文章武大聖至神孝皇帝、諱は純、順宗の長子なり。母は莊憲皇太后王氏と曰う。貞元四年六月己亥、広陵郡王に封ぜらる。二十一年三月、立てて皇太子と為る。
九月己巳、教坊の楽工の正員官を罷む。
十月丁酉、曾太皇太后のために哀を挙ぐ。賈耽薨去。戊戌、舒王誼薨去。袁滋罷免。己酉、神武聖文皇帝を崇陵に葬る。
十一月己巳、睿真皇后を元陵の寢宮に祔す。壬申、韋執誼を貶して崖州司馬と為す。夏綏銀節度留後楊恵琳反す。
十二月壬戌、中書舎人鄭絪を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
三月丙子、高崇文、梓州を克つ。辛巳、楊恵琳誅せらる。
四月丁未、杜佑を司徒とす。壬戌、邵王約薨ず。初めて尚書省六品・諸司四品以上の職事官、太子師傅・賓客・詹事、王府傅に、日二人ずつ待制せしむ。
五月辛卯、母を皇太后と尊ぶ。
六月癸巳、死罪以下を降す。父母・祖父母八十以上の者ある百姓に粟二斛・物二段、九十以上に粟三斛・物三段を賜う。丙申、大風木を抜く。丁酉、高崇文、劉闢と鹿頭柵に戦い、之を破る。癸卯、厳礪また之を石碑谷に破る。
閏月壬戌、平盧軍節度使李師古卒す。其の弟師道、自ら留後と称す。
七月壬寅、至徳大聖大安孝皇帝を豊陵に葬る。癸丑、高崇文、劉闢と玄武に戦い、之を破る。
八月丁卯、子平原郡王寧を進めて鄧王とし、同安郡王寛を澧王とし、延安郡王宥を遂王とし、彭城郡王察を深王とし、高密郡王寰を洋王とし、文安郡王寮を絳王とす。子審を建王に封ず。
九月丙午、厳礪、劉闢と神泉に戦い、之を破る。辛亥、高崇文、成都を克つ。
十月甲子、剣南東西川・山南西道の今年の賦を減じ、脅従の将吏を釈す。陣亡者を葬り、其の家に五年間稟を与う。戊子、劉闢誅せらる。
十一月庚戌、鄭餘慶罷む。
是歳、王偲を召すも薨ず。
二月己巳、両省官の次対を罷む。癸酉、邕管経略使路恕、黄洞蛮を破り、其の首領黄承慶を執る。
九月乙酉、密王綢薨ず。
十月、鎮海軍節度使李錡が反し、留後王澹を殺す。乙丑、淮南節度使王鍔を諸道行営兵馬招討使とし、以て之を討たしむ。丁卯、武元衡罷む。癸酉、鎮海軍兵馬使張子良、李錡を執る。己卯、潤州の今年の税を免ず。
十一月甲申、李錡誅せらる。
十二月丙寅、劍南西川節度使高崇文を邠寧節度・京西諸軍都統とす。
三月癸巳、郇王緫薨ず。
四月壬申、大風含元殿西闕の檻を壊す。
六月、西原蠻の首領黄少卿降る。
七月辛巳朔、日食有り。
九月庚寅、山南東道節度使于頔を司空・同中書門下平章事とす。丙申、戶部侍郎裴垍を中書侍郎・同中書門下平章事とす。戊戌、李吉甫罷む。
四年正月壬午、山南東道・淮南・江西・浙東・湖南・荊南の今年の税を免ず。戊子、簡王遘薨ず。
二月丁卯、鄭絪罷む。給事中李藩を門下侍郎・同中書門下平章事とす。
三月乙酉、成德軍節度使王士真卒す。其の子承宗自ら留後と稱す。
閏月己酉、旱に因りて京師の死罪にて人を殺さざる者を降し、刺史の境内に於ける榷率、諸道の旨條外の進獻、嶺南・黔中・福建の良民を掠めて奴婢とする者を禁じ、飛龍廄の馬を省く。己未、雨降る。丁卯、鄧王寧を立てて皇太子とす。
七月癸亥、吐蕃和を請ふ。
八月丙申、環王安南を寇す。都護張舟之を破る。
十月、張茂昭が易・定の二州を官(朝廷)に返還した。辛巳の日、義武軍都虞候楊伯玉が反逆し、誅殺された。この月、義武軍兵馬使張佐元が反逆し、誅殺された。
四月癸巳、民の田畝に桑を二本植えることを詔す。
六月癸巳、杜佑罷む。
七月乙亥、遂王宥を立てて皇太子と為す。
八月戊戌、魏博節度使田季安卒す。其の子懷諫、軍府の事を知ると自称す。
九月、京師地震す。
十月乙未、魏博軍、田季安の将田興を以て軍事を知らしむ。庚戌、死罪以下を降し、文武の官の子にして父の後を為す者に勳兩轉を賜ふ。是の月、魏博節度使田興、六州を以て有司に帰す。
十一月辛酉、魏・博・貝・衞・澶・相の六州を赦し、復を一年給し、高年・孤獨・廢疾に粟帛を賜ひ、軍士を賞す。
八年正月辛未、權德輿罷む。
二月丁酉、于頔を貶して恩王傅と為す。
三月甲子、劍南西川節度使武元衡を門下侍郎・同中書門下平章事と為す。
四月己亥、黔中經略使崔能、張伯靖を討つ。
五月癸亥、荊南節度使嚴綬、伯靖を討つ。丁丑、大隗山崩る。
六月辛卯、渭水溢る。辛丑、宮人を出す。
七月己巳、劍南東川節度使潘孟陽、張伯靖を討つ。
八月辛巳、湖南觀察使柳公綽、伯靖を討つ。丁未、伯靖降る。
十二月庚寅、振武将の楊遵憲が反し、その節度使李進賢を逐う。
九年二月癸卯、李絳罷む。
三月丙辰、巂州地震す。丁卯、霜隕りて桑を殺す。
五月乙丑、桂王綸薨ず。癸酉、旱に因りて京畿の夏税を免ず。
六月壬寅、河中節度使張弘靖を刑部尚書・同中書門下平章事と為す。
閏八月丙辰、彰義軍節度使吳少陽卒す。其の子元濟自ら軍事を知ると称す。
九月丁亥、山南東道節度使嚴綬・忠武軍都知兵馬使李光顏・壽州團練使李文通・河陽節度使烏重胤、之を討つ。
十月、太白昼に見ゆ。丙午、李吉甫薨ず。甲子、嚴綬を申・光・蔡招撫使と為す。
十一月戊子、京兆府の臘献狐兔を罷む。
十二月、詔して刑部・大理の官に朔望に入対せしむ。戊辰、尚書右丞韋貫之を同中書門下平章事と為す。
十年正月乙酉、宣武軍節度使韓弘を司徒と為す。
二月甲辰、嚴綬及び吳元濟と磁丘に戦い、敗績す。冬より雨なくして是の月に至る。丙午、雪ふる。壬戌、河東の戍将劉輔、豊州刺史燕重旰を殺し、誅に伏す。
三月庚子、忠武軍節度使李光顏及び吳元濟と臨潁に戦い、之を敗る。四月甲辰、又之を南頓に敗る。五月丙申、又之を時曲に敗る。
六月癸卯、盗武元衡を殺す。戊申、京師に大索す。乙丑、御史中丞裴度を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
七月甲戌、王承宗罪有り、其の朝貢を絶つ。
八月己亥朔、日に食あり。丁未、李師道の将訾嘉珍、東都に反し、留守呂元膺これを敗る。乙丑、李光顔及び呉元済と時曲に戦い、敗績す。
九月癸酉、韓弘を淮西行営兵馬都統と為す。
十月、地震あり。
十一月壬申、李光顔・烏重胤及び呉元済と小溵河に戦い、これを敗る。丁丑、李文通また固始にてこれを敗る。戊寅、盗賊献陵の寢宮を焼く。
十二月甲辰、武寧軍都押衙王智興及び李師道と平陰に戦い、これを敗る。
是歳、丹王逾薨ず。
十一年正月己巳、張弘靖罷む。乙亥、幽州盧龍軍節度使劉緫及び王承宗と武彊に戦い、これを敗る。癸未、賊に隣接する州の二歳の税を免ず。甲申、盗賊建陵の門戟を断つ。
二月庚子、王承宗蔚州を焼く。乙巳、中書舎人李逢吉を門下侍郎・同中書門下平章事と為す。乙丑、地震あり。
三月庚午、皇太后崩ず。
四月庚子、李光顔・烏重胤及び呉元済と凌雲柵に戦い、これを敗る。乙卯、劉緫及び王承宗と深州に戦い、これを敗る。己未、京畿の二歳の逋税を免ず。
五月丁卯、宥州軍乱し、其の刺史駱怡を逐い、夏綏銀節度使田縉これを敗る。丁亥、雲南蛮安南を寇す。
六月、密州海溢す。甲辰、唐鄧節度使高霞寓及び呉元済と鉄城に戦い、敗績す。
七月壬午、韓弘及び元済と郾城に戦い、これを敗る。丙戌、淮西の賊に隣接する州の夏税を免ず。
八月甲午、渭水溢る。壬寅、韋貫之罷む。戊申、西原蛮賓・巒二州を陥す。己未、昭義軍節度使郗士美及び王承宗と柏郷に戦い、これを敗る。庚申、莊憲皇太后を豊陵に葬る。
十一月乙丑、邕管経略使韋悦賓・巒二州を克つ。甲戌、元陵火あり。
十二月丁未、翰林學士・工部侍郎王涯を中書侍郎・同中書門下平章事となす。己未、西原蠻巖州を陥す。
是の冬、桃李華く。
四月辛卯、唐鄧隋節度使李愬、吳元濟と嵖岈山に戦ひ、之を敗る。乙未、李光顏又之を郾城に敗る。五月辛酉、李愬又之を張柴に敗る。
七月丙辰、裴度を淮西宣慰處置使と為し、戶部侍郎崔羣を中書侍郎・同中書門下平章事となす。
八月癸亥、烏重胤、吳元濟と賈店に戦ひ、敗績す。
九月丁未、李逢吉罷む。甲寅、李愬、吳元濟と吳房に戦ひ、之を敗る。
十一月丙戌、吳元濟誅に伏す。甲午、恩王連薨ず。
是歳、容管經略使陽旻、欽・橫・潯・貴の四州を克つ。
三月戊戌、御史大夫李夷簡を門下侍郎・同中書門下平章事となす。李鄘罷む。己酉、橫海軍節度使程權、滄・景の二州を以て有司に帰し、権京師に朝す。
四月甲寅、王承宗、德・棣の二州を献ず。庚辰、承宗を赦す。
六月癸丑朔、日食あり。癸亥、德・棣・滄・景の四州に復を給すること一年。辛未、淮水溢る。
七月乙酉、宣武・魏博・義成・橫海軍、李師道を討つ。辛丑、李夷簡罷む。
八月壬子、王涯罷免す。
九月甲辰、戶部侍郎皇甫鎛、諸道鹽鐵轉運使程异を工部侍郎と為し、同中書門下平章事とす。
十月壬戌、吐蕃宥州を寇し、靈武節度使杜叔良之を定遠城にて敗る。
十一月丁亥、山人柳泌を台州刺史と為し、以て薬を求む。
十二月庚戌、鳳翔にて仏骨を迎う。
十四年正月丙午、田弘正李師道と陽穀に戦い、之を敗る。
二月戊午、師道誅せらる。
四月辛未、程异薨ず。丙子、裴度罷免す。
七月戊寅、韓弘汴・宋・亳・潁の四州を以て有司に帰し、弘京師に朝す。己丑、羣臣尊號を上ぐ、元和聖文神武法天應道皇帝と曰う。大赦し、文武の官に階・勲・爵を賜う。黜陟使を天下に遣わす。辛卯、沂海の将王弁其の観察使王遂を殺し、自ら留後と称す。丁酉、河陽節度使令狐楚を中書侍郎・同中書門下平章事と為す。
八月己酉、韓弘を中書令と為す。
九月戊寅、王弁誅せらる。
十月壬戌、安南の将楊清其の都護李象古を殺し、以て反す。癸酉、吐蕃鹽州を寇す。
十一月辛卯、朔方の将史敬奉吐蕃と瓠蘆河に戦い、之を敗る。
十二月乙卯、崔羣罷免す。
賛に曰く、
徳宗は猜忌刻薄にして、彊明を以て自ら任じ、正論に屈せられるを恥じて、姦諛に欺かれるを受くるを忘れたり。故に其の蕭復の己を軽んずるを疑い、姜公輔を直を売ると謂ひて、而も容るる能はざりき。盧𣏌・趙贊を用ふるに至りては、則ち敗乱に至り、而も終に悔いず。奉天の難に及びて、深く自ら懲艾し、遂に姑息の政を行ふ。是より朝廷益々弱く、而して方鎮愈々彊く、唐の亡ぶるに至るまで、其の患ひ此を以てす。憲宗は剛明果斷にして、初め即位するより、慨然として発憤し、志は僭叛を平げんとし、忠謀を用ふる能く、羣議に惑はされず、卒に成功を収む。呉元濟誅せられしより、彊藩悍将皆悔過して順に効せんと欲す。此の時に当たりて、唐の威令、幾くんか復振せんとす、則ち其の優劣たる、較べずして知る可きなり。及其の晩節、信用人に非ず、其の業を終へずして、身は不測の禍に罹る、則ち尤も徳宗に甚だし。嗚呼、小人の国を敗る能くするは、必ずしも愚君暗主を俟たず、聡明聖智と雖も、苟くも惑はさるる有らば、患ひと為らざるは未だ有らざるなり。昔韓愈の言へるが如く、順宗東宮に在ること二十年、天下陰に其の賜を受く。然れども国を享くる日浅く、不幸にして疾病し、克く為す有る莫く、亦以て悲しむ可き夫。