宋史

志第一百二十五 職官十二

◎職官十二(俸禄制下)○増給・公用銭・給券・職田・増給

権三司使、知開封府は、百千。

権発遣三司使は、五十千。

玉清昭応宮・景霊宮・会霊観の三副使、観文殿大学士は、三十千。

観文殿学士、資政殿大学士、(元豊に保和殿大学士を添う。)宮観・三司判官、判子司、(権及び権発遣は同じ。)開封府判官、提挙諸司庫務、管轄三司軍大将、提点内弓箭庫は、二十千。

宮観都監・勾当官は、十七千。(都知・押班を任ずる者は、二十千。資政・端明・翰林侍読、(元祐に翰林侍読・侍講学士を復置し、紹聖中に罷む。)

龍図・天章学士、(元豊に保和・延康・定文・顕謨・徽猷学士を添う。)枢密直、(後に述古殿と改む。)龍図・天章直学士、(元豊に定文・顕謨・徽猷直学士、保和・龍図・天章・宝文・顕謨・徽猷待制を添う。)十五千。(春・冬の綾各五匹、絹十七匹、羅一匹、綿五十両。已上、大学士より待制に至るまで、俸は本官に随い、衣賜は本官の例の如し。大なるは即ち本官の例に依り、小なるは即ち逐等に依る。大観二年、戸部尚書左睿言す:「見編修の『禄格』に、学士の添支は正任の料銭に比べて相去ること遼邈なり。例へば観文殿大学士・節度使は従二品なり。大学士の添支は三十千に過ぎず、節度使の料銭は乃ち四百千、傔従・粟帛等之に称す。或いは大学士には寄禄官の料銭有り、故に添支の数少なしと謂ふ。今、銀青光禄大夫を以て観文殿大学士に任ずるを較ぶれば、則ち通料銭は節度使の半に及ばず、其の厚薄均しからざる明らかなり。自余の学士を諸の正任に視れば、率皆等しからず。職銭を改めて貼職銭と為し、以て之を別たんと欲す。正任の料銭・公使を率と為し、参酌して定む。学士より直閣以上、貼職銭は内外を論ぜず、並びに給す。観文殿大学士、百千。観文学士、資政大学士、八十千。端明(後、延康殿学士と改む)学士、五十千。前執政は二十千を加ふ。龍図・天章・宝文・顕謨・徽猷学士、枢密直(述古学士と改む)、四十千。龍図・天章・宝文・顕謨・徽猷直学士、三十千。待制、二十千。集賢(集英殿修撰と改む)修撰、十五千。直龍図閣より直秘閣に至るまで、十千。」詔して之に従ふ。宣和三年、戸部尚書沈積中・侍郎王蕃言す:「元豊の法、帯職人は『嘉祐禄令』に依り、観文殿大学士以下より直学士に至るを該載し、添支銭三等、三十千より十五千に至る。大観中、敕令所の啓請に因り、改めて貼職銭と為す。観文大学士より直秘閣に至るまで、百千より十千に至り、凡そ九等。兼ねて在京供職の米麦を增添す。観文殿大学士より待制に至るまで、五十石より二十五石に至る四等、旧法に比べて数倍を増多す。」又奏す:「学士提挙在京官は、本身の請給を除く外、更に貼職を請け、並びに差遣の添支、六曹尚書・翰林学士承旨に比べて幾一倍以上に及び、事に称して禄を制するの意に非ず。」詔して並びに元豊の法に依る。御史中丞二十千、察案御史十千、籍田令七千;並びに元豊三年の詔に依る。司農寺丞十五千、主簿京朝官十二千、選人十千。熙寧三年、詔す:広親・睦親宅記室・講書十五千、教授十二千、軍巡使十七千、権使及び判官七千。已上は並びに元豊の制、已下は惟だ散官を増すのみ。)

群牧使・副使、開封推官、三司河渠勾当公事・同管勾河渠案公事は、十五千。

群牧都監は、十三千。

銀台司、審官院、三班院、吏部銓、登聞検院・鼓院、太常礼院主判官、糾祭在京刑獄、群牧判官、監察使は、十千。

判司農寺は、七千。

其の知・判諸路州・軍・府は、六十千より七千に至る、凡そ八等有り。官を以てする者有り:

三師、三公は、六十千。

僕射、東宮三師、並びに中書・樞密を曾任し、特進、五十千。

尚書並びに左・右丞、東宮三少、金紫光祿大夫より光祿大夫まで、學士、給事中、諫議、舍人、待制已上、並びに橫班使・副、三十千。(橫班に二百千ある者あり。待制已上、益・梓・利・夔州路の知州を充つるは、鐵錢二百千を給す。橫班副使、夔州を知るは、一百五十千、諸州・軍を知る者は、八十千。)

大卿監、諸司使・副より供奉官まで、中大夫より中散大夫まで、武功郎より秉義郎まで、閤門祗候已上、十五千。(十五千已上、州・府の地望に從ひて給する者あり。大卿に係らず、益・梓・利・夔の知州を充つるは、鐵錢一百五十千を給す。諸司副使より供奉官・閤門祗候已上、四州を知るは同じ。若し諸州・軍を知れば、八十千。惟だ諸司使は一百千。)

朝官、忠翊郎、侍禁、閤門祗候、十千。(朝官、軍・州・府を權知する者は同じ。若し四路の諸州・府を知れば、鐵錢八十千を給し、軍を知れば六十千。侍禁・閤門祗候、諸軍・州を知るは同じ。)

保義郎、殿直、閤門祗候、八千。(若し四路の諸州・軍を知る者は、鐵錢五十千を給す。)京官十千より七千まで、二等あり。(四路の州・府を知れば、鐵錢六十千を給し、軍を知れば五十千。)試銜及び州縣官、職官春州を兼知するは、七千。

州望によるものあり:河南・大名・荊南・永興・江寧、杭・揚、潭・並・代州、三十千。

應天・真定・鳳翔・陝府、秦・青・洪州、二十千。

河中、鄆・許・襄・孟・滑・鄭・滄・刑・澶・貝・相・華・晉・潞・廬・壽・宿・泗・楚・蘇・越・潤・常州、十五千。(廣州知州、歳七百千、逐月均しく給す。舊は月に百千を給し、大中祥符六年、歳に五百千を取るを令し、餘は添給に充つ。益州は鐵錢三百千を給し、梓州は二百千、夔州は百五十千、餘州は銅錢の數に約して之を給す。)

都總管・經略安撫等使を有する者、河北四路、(真定・瀛州・定州・大名。)陝西逐路、(永興・秦州・渭州・慶州・延州。)河東路、(太原。)前任兩府、並びに五十千。

諫議・舍人・待制・太中大夫已上、三十千。(並びに特に二十千を添ふ。大名府を知り河北路安撫使を帯ぶるは同じ。へい州を知り學士を帯ぶれば即ち五十千、而して特給なし。)

三路管勾機宜文字、朝官十千、京官七千。

桂州を知り廣南西路都鈐轄・經略安撫使を充つるは、諫議・舍人・待制及び大卿監・太中大夫・中散大夫已上より、三十千。(朝臣、廣西路兵馬都鈐轄を充ち本路安撫管勾經略司公事を兼ぬれば、即ち二十。)

河北沿邊安撫副使・都監、橫行使を以て充つる者は、三十千。(橫行副使並びに諸司使・副より崇班・武功大夫・敦武郎以上を以て充つる者は、二十千。供奉官・秉義郎・閤門祗候、都監を充つるは、十五千。)

同管勾河東緣邊安撫司公事、橫行副使より內殿崇班・敦武郎以上を以てするは、二十千。

通判、大藩に二十千より十五千する者あり。

餘州及び軍においては、朝官に十千より七千まであり、京官は七千。(朝官が益州を通判するときは、鉄銭八十千を給し、京官は六十千。)朝官が益・梓・利・夔の四路の州・軍・府を通判するときは、鉄銭七十千を給し、京官は五十千。

簽判は、朝官十千、京官七千。

朝官が益州・梓州の簽判を務めるときは、鉄銭七十千を給し、京官は五十千。

三路転運使、淮南・江浙・荊湖制置茶塩等税都大発運使、諫議・待制・大卿監以下、太中・中散以上は、三十千。

朝官が発運使・副使を充てられるときは、二十千。(武功大夫より武翼郎まで、諸司使副が発運使副・都監を充てられるときは朝官と同様。判官を充てられるときは、十千。)

三門・白波発運使は、朝官二十千。

朝官が判官を充てられるときは、十千、京官は七千。

諸路転運使・副使は、朝官宣徳郎以下、二十千、四路を任とするときは、鉄銭一百五十千を給す。判官は十千。(福建・広南東西路を任とするときは、十五千。益・梓・利・夔の四路を任とするときは、鉄銭八十千を給す。)

府界及び諸路の州・府・軍・監・県・鎮の都監・巡検・砦主・監押は、諸司使以下より三班借職まで、武功大夫より承信郎以上まで、十五千より五千まで、凡そ六等。四路を任とするときは、鉄銭を給し、一百千より五十千まで、凡そ四等あり。

陝西・河東沿辺の諸族蕃官巡検は、十五千より四千まで、凡そ六等。

諸路走馬承受公事は、従義郎より保義郎まで。供奉官より殿直まで、並びに両省の供奉官より黄門まで、十千より五千まで、凡そ四等。(四路を任とするときは、鉄銭を給し、六十千より四十千まで、凡そ三等。)

府界並びに諸路の州・府・軍・監・県・鎮の監当は、朝官七千、京官五千より四千まで、凡そ二等。

武功大夫以下より進義校尉こういまで、諸司使以下より三班使臣まで、十千より三千まで、凡そ七等。

朝官が川峡の州・府・軍・監を任とするときは、鉄銭五十千を給し、京官は三十千より二十五千まで、凡そ二等。

三班使臣が四路を任とするときは、六十千より二十五千まで、凡そ五等。

朝官が陝西及び江・浙・荊湖・福建・広南の提挙・提点鋳銭等の公事を充てる者は、二十千から十五千まで、凡そ二等。朝官が都大提挙河渠司・勾当及び提挙宮観を充て、並びに催遣輦運・催綱・諸州監物務等を充てる者は、十五千から七千まで、凡そ三等。(四路に任ずれば、鉄銭七十千を給す。)京官が催促輦運・催装斛斗綱船を充て、並びに諸州監物務等を充てる者は、七千から五千まで、凡そ二等。(四路に任ずれば、鉄銭五十千を給す。)都大提挙修護黄河堤埽岸・諸処巡検、並びに監北京大内軍器庫、並びに蔡河撥発・催綱等を充てる者は、皆両省供奉官以下より内品を以て充て、十千から三千まで、凡そ七等。(旧誌には諸路都部署・鈐轄あり、五十千より十五千まで、凡そ四等。駐泊都監・兵馬都監あり、二十千より十五千まで、凡そ六等。諸州監場務は、朝官供奉以上は七千、京官殿直は五千、奉職内品は三千、内課額大なる者は、京朝官は京官と同様、使臣は兵馬監押と同様。)

大中祥符二年、詔して外任官で家眷を携えて赴任することを得ざる者は、添給銭を分けて本家を贍うことを許す。添給羊、凡そ外任で羊を給するは二十口より二口まで、凡そ六等。米を給するは、二十石より二石まで、凡そ七等。麺を給するは、三十石より二石まで、凡そ七等。傔従は、二十人より二人まで、凡そ七等。馬は、十匹より一匹まで、凡そ六等。旧誌の数は同じからず。今は『四朝志』に従う。

建炎南渡以後、俸禄の制は、嘉祐・元豊・政和の旧制を参用し、増損少なし。惟だ兵興の始め、宰執の請受は権めて三分の一を支給し、或いは三分の二を支給し、或いは半賜を支給し、隆興及び開禧に自ら陳して半減支給するは、皆権宜なり。その後、内外官に添支料銭あり、職事官に職銭・厨食銭あり、職纂修する者に折食銭あり、在京厘務官に添支銭・添支米あり、選人・使臣で職田に及ばざる者に茶湯銭あり、其の余の禄粟・傔人は、悉く昔に還る。今新旧の制を合わせて参記す。

元豊に定制し、官を以て禄を寄す。南渡して重ねて修定を加う、開府儀同三司、料銭一百貫。特進、九十貫。(春・冬衣絹各二十五匹、小綾一十匹、春羅一匹、冬綿五十両。)金紫光禄大夫、銀青光禄大夫。(料銭各六十貫、春・冬絹各二十匹、小綾七匹、春羅一匹、冬綿五十両。)宣奉大夫、正奉大夫、正議大夫、通奉大夫。(料銭各五十貫、春・冬絹各十七匹、小綾五匹、春羅一匹、冬綿五十両。)通議大夫、太中大夫、中大夫、中奉大夫、中散大夫。(料銭各四十五貫、春・冬絹各十五匹、小綾三匹、春羅一匹、冬綿五十両。)朝議大夫、奉直大夫、朝請大夫、朝散大夫、朝奉大夫。以上料銭各三十五貫、春・冬絹各十五匹、春羅一匹、冬綿三十両。朝請郎、朝散郎、朝奉郎。(以上料銭各三十貫、春・冬絹各十三匹、春羅一匹、綿三十両。)承議郎。(料銭二十貫、春・冬絹各十匹、春羅一匹、冬綿三十両。)奉議郎。(料銭二十貫、春・冬絹各十匹、春羅一匹、冬綿三十両。)通直郎。(料銭十八貫、春・冬絹各七匹、春羅一匹、冬綿三十両。)宣教郎。(料銭十五貫、春・冬絹五匹、冬綿十五両。)宣議郎。(料銭十二貫、春・冬絹各五匹、冬綿十五両。)承事郎。(料銭十貫、春・冬絹各五匹、冬綿十五両。)承奉郎。(料銭八貫。)承務郎。(料銭七貫、元豊以来、厘務は止む所に驛料を支給し、大観二年に定めて支給す。)以上料銭は、一分は現銭、二分は折支。毎貫折銭は、在京六百文、在外四百文。到任に添給驛料あり。

承直郎。(料銭二十五貫、茶湯銭一十貫、厨料米六斗、麺一石五斗、槁四十束、柴二十束、馬一匹、春・冬絹六匹、綿十二両。)儒林郎。(料銭二十貫、茶湯銭一十貫、厨料米六斗、麺一石五斗、槁三十束、柴十五束、春・冬絹各五匹、冬綿十両。)文林郎。(料銭十五貫、茶湯銭十貫、厨料米六斗、麺一石五斗、槁三十束、柴十五束、春・冬絹各五匹、綿十両。)従事郎、従政郎、修職郎。(已上料銭各十五貫、茶湯銭十貫、米・麦各二石。)迪功郎。(料銭十二貫、茶湯銭十貫、米麦各一石五斗。)以上銭は折支中、一半を現銭に給し、一半を折支す。毎貫は現銭七百文に折る。厘務の日は給し、満替の日に住む。

武臣請奉:太尉。(料銭一百貫、春服羅一匹、小綾及び絹各十匹、冬服小綾十匹、絹二十匹、綿五十両。)正任節度使。(光禄大夫の下に在り、初授及び管軍を帯ぶるは同じ、料銭四百貫、禄粟一百五十石。)承宣使。(通議大夫の下に在り、料銭三百貫、禄粟一百石。)観察使。(中大夫の下に在り、料銭各二百貫、禄粟一百石、米麦十五石。)防禦使。(中散大夫の下に在り、料銭二百貫、禄粟一百石、米麦各十二石五斗。)団練使。(中散大夫の下に在り、料銭一百五十貫、禄粟七十石、米麦各九石。)諸州刺史。(中散大夫の下に在り、料銭一百貫、禄粟五十石、米・麦各七石五斗。)承宣使以下より、階官を帯びざる者は正任と為し、階官を帯ぶる者は遙郡と為す。遙郡は各正任の下に在り、請奉は次任・正任と同じ。靖康指揮:遙郡以上の奉銭・衣賜・傔人・奉馬は、権めて三分の二を支給す。

通侍大夫。(中散大夫の下に在り。料銭五十貫、禄粟二十五石。春絹七匹、冬絹十匹、綿三十両。)傔(二十人、馬三匹。)正侍大夫、宣正大夫、履正大夫、協忠大夫、中侍大夫。(以上は中散大夫の下に在り。料銭各三十七貫、禄粟二十五石、春絹七匹、冬絹十匹、綿三十両、傔二十人、馬三匹。)中亮大夫。(中散大夫の下に在り。料銭三十七貫、禄粟二十五石、春絹七匹、冬絹十匹、綿三十両、傔二十人、馬三匹。)中衛大夫、翊衛大夫、親衛大夫、(中散大夫の下、防禦使の上に在り。)拱衛大夫、左武大夫、右武大夫。(並びに奉直大夫の下、諸司正使の上に在る。以上料銭並びに二十七貫、春絹七匹、冬絹十匹、綿三十両。)武功大夫、武德大夫、武顯大夫、武節大夫、武略大夫、武經大夫、武義大夫、武翼大夫。(並びに朝奉大夫の下に在る。以上各料銭二十五貫、厨料米一石、麵二石、春絹七匹、冬絹十匹、綿三十両。)

正侍郎、宣正郎、履正郎、協忠郎、中侍郎、中亮郎、中衛郎、翊衛郎、親衛郎、拱衛郎、左武郎、右武郎。(以上並びに朝奉郎の下に在る。銭各二十貫、春絹五匹、冬絹七匹、綿三十両。)武功郎、武德郎、武顯郎、武節郎、武略郎、武翼郎、武義郎。(並びに承議郎の下に在る。以上各料銭二十貫、厨料米、麵各一石、春絹五匹、冬絹七匹、綿三十両。)訓武郎。(料銭一十七貫、春絹五匹、冬絹七匹、綿二十両。)修武郎。(料銭一十七貫、春絹五匹、冬絹七匹、綿二十両。)從義郎、秉義郎。(並びに料銭十貫、帯職銭十二貫、春絹四匹、冬絹五匹、綿一十両。)忠訓郎、忠翊郎。(並びに料銭七貫、帯職銭十貫、春・冬絹各四匹、冬綿十五両。)成忠郎、保義郎。(並びに料銭五貫、帯職銭七貫、春・冬絹各四匹、綿一十五両。)承節郎、承信郎。(並びに料銭四貫、春・冬絹各三匹、銭二貫文。)

進武校尉。(料銭三貫、春・冬絹各三匹。)進義校尉。(料銭二貫、春・冬絹各三匹。)下班祗應。(各差使に随い理年等しからず。三年より十二月に至るまで、料銭七百文、糧二石五斗、春・冬絹各五匹。)進武副尉。(料銭三貫。進義副尉。料銭一貫。)守闕進義副尉。(料銭二貫。)

料銭・職銭は、紹興において政和の旧制を仍る:宰相、枢密使、料銭月三百貫。(政和に左輔・右弼を以て宰相と為し、紹興に左右僕射同中書門下平章事を以て宰相と為す。旧制、春・冬服小綾各二十匹、絹各三十匹、春羅一匹、冬綿一百両。初め、建炎元年指揮に、宰執の請受は並びに権めて三分の二を支給し、支賜は半分支給す。)知枢密院事、参知政事、枢密副使、同知枢密院事、簽書枢密院事。(料銭二百貫、春・冬服小綾各十匹、絹各二十匹、春羅一匹、冬綿五十両。)太師、太傅、太保、少師、少傅、少保。(料銭三百貫、春服羅三匹、権支一匹;小綾三十匹、支二十匹;絹四十匹、支三十匹、冬服綾・絹同じ。綿二百両、支一百両。)

以下職事官は並びに職銭を支給す:開封牧、銭一百貫。(春服羅一匹、小綾・絹各十匹、冬服小綾十匹、絹二十匹。綿五十両。)太子太師、太傅、太保、職銭二百貫。(春服羅一匹、小綾十匹、絹二十五匹、冬服綾・絹同じ、綿五十両。)少師、少傅、少保、百五十貫。(春・冬服小綾各七匹、絹各二十匹、春羅一匹、冬綿五十両。)御史大夫、六部尚書。(行、六十貫;守、五十五貫;試、五十貫。春服羅一匹、小綾五匹、絹十七匹、冬服綾・絹同じ、綿五十両。)翰林學士承旨、翰林學士、(五十貫。春服同上。)左・右散騎常侍さんきじょうじ。(行、五十五貫;守、五十貫;試、四十五貫。春服小綾三匹、絹十五匹、羅一匹、冬綾・絹同じ、綿五十両。)権六曹尚書、御史中丞、六曹侍郎並びに常侍に同じ、太子賓客。(行、五十貫;守、四十七貫;試、四十五貫。春服小綾七匹、絹二十匹、羅一匹、冬綾・絹同じ、綿三十両。)太子詹事。(銭・衣は賓客に同じ、小綾各ただ三匹に止む。)給事中、中書舎人。(行、五十貫;守、四十五貫;試、四十貫。服は詹事に同じ。)左・右諫議大夫。(行、四十五貫;守、四十貫;試、三十七貫。余は舎人に同じ。)権六曹侍郎。(職銭四十貫、絹同上。)太常・宗正卿。(行、三十八貫;守、三十五貫;試、三十二貫。春・冬衣は官序に随う。)

秘書監。(行、四十二貫;守、三十八貫;試、三十五貫。)七寺卿、國子祭酒。(行、三十五貫;守、三十二貫;試、三十貫。)太常・宗正少卿、秘書少監。(行、三十二貫;守、三十貫;試、二十八貫。)中書門下省檢正諸房公事、左・右司郎中。(行、四十貫;守、三十七貫;試、三十五貫。)國子司業、少府・將作・軍器監。(行、三十二貫;守、三十貫;試、二十八貫。)太子少詹事。(行、三十五貫;守、三十二貫;試、三十貫。)太子左・右諭德。(行、三十三貫;守、三十貫;試、二十九貫。)起居郎、起居舍人、侍御史。(行、三十七貫;守、三十五貫;試、三十二貫。)左・右司員外郎、六曹郎中。(同上。)殿中侍御史、左・右司諫。(行、三十五貫;守、三十二貫;試、三十貫。)

左・右正言。(行、三十二貫;守、三十貫;試、二十七貫。)諸司員外郎。(司諫に同じ。)少府・將作・軍器少監。(行、三十貫;守、二十八貫;試、二十五貫。)太子侍讀・侍講。(行、二十五貫;守、二十二貫;試、二十貫。)監察御史。(正言に同じ。)太子中舍人、太子舍人。(行、二十貫;守、十九貫;試、十八貫。)太常丞、太醫令、宗正丞、知大宗正丞、秘書丞、大理正、著作郎。(行、二十五貫;守、二十二貫;試、二十貫。紹興元年の指揮により、宣教郎が館職、寺監の丞・簿・評事、台法・主簿、寺簿・正・司直に任ぜられた者は、職錢を一十六貫添給し、指揮により毎月米三石を特支す。)七寺丞。(行、二十二貫;守、二十貫。)秘書郎。(行、二十二貫;守、二十貫;試、一十八貫。)太常博士。(七寺丞に同じ。)著作佐郎。(秘書郎に同じ。)國子監丞。(七寺丞に同じ。)大理司直・評事。(著作郎に同じ。)少府・將作・都水監丞。(行、二十貫;守、十八貫。)秘書省校書郎。(行、十八貫;守、十六貫;試、十四貫。)正字。(行、十六貫;守、十五貫;試、十四貫。)御史臺檢法・主簿、九寺簿。(行、二十貫;守、十八貫。)諸王宮大小學教授、太學・武學博士。(行、二十貫;守、十八貫;試、十六貫。今、諸王府の翊善・讚讀・直講・記室の料錢は、並びに現錢を支給す。)律學博士。(行、十八貫;守、十七貫;試、十六貫。)太常寺奉禮郎。(十六貫。)太常寺太祝・郊社令。(行、十八貫;守、十六貫。)太官令。(十六貫。)五監主簿。(行、十八貫;守、十六貫。)太學正・錄、武學諭。(行、十八貫;守、十七貫;試、十六貫。)律學正。(行、十六貫;守、十五貫;試、十四貫。)

樞密院官屬:都承旨、承旨。(料錢四十貫、職錢三十貫、承旨は二十五貫。春服は羅一匹、小綾三匹、絹十五匹、冬服は小綾五匹、絹十五匹、綿五十兩。)副都承旨。(料錢三十貫、職錢二十貫、副承旨・諸房副承旨は十五貫、もし諸房副承旨が同主管承旨司公事を兼ねる場合は、五貫を加ふ。春衣は羅一匹、絹十五匹、冬の絹は同じ、綿三十兩。)檢詳諸房文字。(職錢三十五貫、廚食錢は每日五百。)計議・編修官。(添支錢十貫、第三等折食錢二十五貫、廚食錢は每日五百。)

凡そ諸職事官の職錢に「行」、「守」、「試」と記さざる者は、「行」に準じて給す。職事官の衣は、寄祿官の例の如く、及び定則例なき者は、寄祿官に随ひて給す。職料錢・米麥は実数を計りて給し、両に応じて給すべきものは、多きに従ひて給す。(職錢・米麥を謂ふ。)諸承直郎以下にして職事官に充つる者、(大理司直・評事、秘書省正字、太學博士・正・錄、武學博士・諭、律學博士・正を謂ふ。)階官の請受・添給を支ふるを聴す。諸、請受と称するものは、衣糧・料錢を謂ひ、其の餘は並びに添給と為す。

舊制、觀文殿大學士は、三十貫。(米三石、麵五石。)觀文殿學士、資政・保和殿大學士は、二十貫。(米三石、麵五石。)資政・保和殿學士は、十五貫。(米三石、麵五石、同上。春・冬小綾各五匹、絹各十七匹、春羅一匹、冬綿五十兩。)龍圖・天章・寶文・顯謨・徽猷・敷文閣學士・直學士は、十五貫。(春・冬小綾各三匹、絹各十五匹、春羅一匹、冬綿五十兩。)保和殿、龍圖・天章・寶文・顯謨・徽猷・敷文閣待制も同じ。

先に、大観年間に、或る者が添支の厚薄が均しからずと上言したので、その後、学士以下を改めて貼職錢と称す:観文殿大学士;(貼職錢は一百貫文、米麥各二十五石、添支米三石、麵五石、萬字茶二斤。)観文殿学士、資政・保和殿大学士;(貼職錢八十貫、米麥同じ、添支錢十貫、添支米麵同じ。)資政・保和殿学士;(貼職錢七十貫、米麥同じ、添支米麵同じ、萬字茶二斤、春・冬の綾五匹、絹十七匹、綿五十兩。羅一匹、)端明殿学士;(貼職錢五十貫、米麥二十石、添支米三石、麵五石、萬字茶二斤、春・冬の綾五匹、絹十七匹。羅一匹、冬の綿五十兩。)龍圖・天章・寶文・顯謨・徽猷・敷文閣学士、枢密直学士;(正三品、貼職錢四十貫、米麥各十石、添支米二石、麵五石、萬字茶二斤、春・冬の綾五匹、絹十七匹、春の羅一匹、冬の綿五十兩。)龍圖・天章・寶文・徽猷・敷文閣直学士、保和殿待制;(貼職錢三十貫、米麥各十七石五斗、春・冬の綾各三匹、絹十五匹、春の羅一匹、冬の綿五十兩。)龍圖・天章・寶文・顯謨・徽猷・敷文閣待制;(貼職錢二十貫、米麥各十二石五斗、春・冬の綾各三匹、絹十五匹、春の羅一匹、冬の綿五十兩。)集英殿修撰、右文殿修撰、秘閣修撰;(以上貼職錢各十五貫。)直龍圖・天章・寶文閣、直顯謨・徽猷・敷文閣、直秘閣。(以上貼職錢各十貫。)

宣和年間に、貼職錢の支給を廃し、旧制の添支に復す。紹興年間これに因り、諸観文殿大学士より保和殿大学士に至るまでの料錢・春冬服は本官に随い;資政殿学士より待制に至るまでの料錢は本官に随い、春・冬服は一多く給す。又、諸学士の添支錢は、曾任の執政官以上なる者は、在京・外任ともに支給す;その他の者は在京は支給し、外任は支給せず。米・麵・茶・炭・奉馬・傔人の衣糧は、内外任ともに給す。酒・添支・馬の草料は、外任には給せず。祖例に依り添支するものあり、(六部尚書以下の職事官の如く、等第を分けて厨食錢を支給し、十五貫より九貫に至るまで、凡そ四等とし、並びに宣和の指揮に依る。修書官の折食錢は、監修国史は四十千、史館修撰・直史館・本省長貳は三十七貫五百、検討・著作は三十五貫、並びに自來の体例に依る。)特旨により添支するものあり。紹興元年の指揮の如し:館職、寺監丞・簿・評事、台法・主簿、寺正・司直、博士は、添職錢十貫を加ふ。六年の指揮:五寺・三監・秘書・大宗正丞、太常博士、著作・秘書・校書郎、著作佐郎、正字、大理寺正・司直・評事、台簿、刪定官、検・鼓・奏告院は、特支米三石を支給し、計議・編修官は二石。

祿粟及び随身・兼人:宰相は、一百石、紹興:三公、侍中、中書・尚書令しょうしょれい、左・右僕射同平章事、並びに宰相と為す。随身七十人。知枢密院事、参知政事、枢密副使、同知枢密院事は、一百石、随身五十人。太師・太傅、太保、少師、少傅、少保は、一百石、旧制は百五十石。随身一百人。太尉は、一百石、随身五十人。節度使は、祿粟は既に奉祿類に具す。元随五十人、承宣使は、元随五十人。観察使、防禦使は、元随三十人。団練使、已上並びに奉祿類に具す。元随三十人。諸州刺史は、同上。元随二十人、通侍大夫、正侍大夫、宣正大夫、履正・協忠・中侍・中亮大夫は、祿粟・傔人並びに奉祿類に具す。捧日・天武左右廂都指揮使遙郡団練使は、五十石、傔十人。(龍・神衛右廂都指揮使遙郡団練使を帯ぶるも同じ。)殿前諸班直都虞候、諸軍都指揮使遙郡刺史は、二十五石、傔五人。(龍・神衛諸軍都指揮使遙郡刺史を帯ぶるも同じ。)

諸学士の添支米は既に前に附せり、今に載す:観文殿大学士は、傔二十人。観文殿学士、資政・保和殿大学士は、傔十人。資政・保和殿学士、龍圖・天章・寶文・顯謨・徽猷・敷文閣学士は、傔七人。枢密都承旨は、傔十人;副都承旨・諸房副承旨は、七人。その他の京畿守令・幕職曹官は、十石・七石・五石より二石に至るまで各等あり。中書堂後官提点五房公事、逐房副承旨は、七人・五人より一人に至るまで各数あり。前制を因り仍る、旧史既に書す。凡そ宰相・執政に任ずる者は随身あり、太尉より刺史に至るまでは元随あり、余は止だ傔人のみ。

紹興折色:凡そ祿粟は毎石細色六斗を米麥中に支給す。管軍は米六分、麥四分を給す。随身・元随・傔人の糧は、毎斗錢三十文に折し、衣の綢絹は毎匹一貫。布は毎匹三百五十文、綿は毎兩四十文。

公用錢

京朝官・三班の外任にして添給なき者は、止だ之を續給す。京府が畿内を按ずる事、幕職・州縣が境外に出でて錢穀を比較し、刑獄を覆按するは、並びに券を給す。其の川峽に赴任する者は、驛券を給し、福建・廣南に赴く者は、所過に倉券を給し、本路に入れば驛券を給し、皆任に至れば則ち止む。車駕巡幸の時、群臣扈従する者は、中書・枢密・三司使は館券を給し、余の官は倉券を給す。

職田

周は卿以下に圭田ありて税せず、晉には芻田あり、後魏には宰人の官に公田あり、北齊は一品以下公田差等あり、唐制は内外官各職田を給し、五代以来遂に廃す。咸平年中、館閣に令して故事を検校せしむ。其の制を申定し、官莊及び遠年逃亡の田を以て充つ。悉く租税を免じ、佃戶は浮客を以て充て、得る所の課租を均分し、郷原の例の如し。州縣長吏は十の五を給す。自余は差給す。其の兩京・大藩府は四十頃、次藩鎮は三十五頃、防禦・団練州は三十頃、中・上の刺史州は二十頃、下州及び軍・監は十五頃、辺遠の小州・上縣は十頃、中縣は八頃、下縣は七頃、転運使・副は十頃、兵馬都監押・砦主・厘務官・録事参軍・判司等は、通判・幕職の数に比して均しく之を給す。

景德二年七月、詔して諸州の職田に災傷あるは、例に準じて課を蠲すべしとす。大中祥符九年、殿中侍御史王奇上言し、天下に職田を納めて振貨を助くるを請う。帝曰く、「奇は未だ給納の理を曉せず。然れども朕毎に法寺の款を奏するを覧るに、外官の田を占むるは往製を多に窬え、自ら牛種を備ふる能はず、水旱の際また省を蠲さず、民をして告ぐる無からしむ」と。遂に奇の奏を罷め、因りて詔を下して之を戒飭す。

天聖中、上職田の有無均からざるを患ひ、吏或は多く取りて以て民を病ます。詔して天下の職田を罷め、悉く歳入の租課を以て官に送り、其の数を具して三司に上せしめ、直を計りて均しく之を与ふ。朝廷方に措置を議するも未だ下さず、仁宗具獄を閲し、吏賄に敗るる者多きを見て、惻然として之を傷む。詔して復た職田を与へ、佃戸を多く占むること毋く、及び田無くして租を出だすに配する無からしめ、違ふ者は枉法を以て論ず。

又十餘年を経て、慶曆中に至り、詔して職田を限り、有司始めて其の数を申定す。凡そ大藩の長吏二十頃、通判八頃、判官五頃、幕職官四頃。凡そ節鎮の長吏十五頃、通判七頃、判官四頃、幕職官三頃五十畝。凡そ防・團以下の州軍の長吏十頃、通判六頃、判官三頃五十畝、幕職官三頃。其の餘の軍・監の長吏七頃、判官・幕官は並びに防・團以下の州軍に同じ。凡そ縣令、萬戸以上六頃、五千戸以上五頃、五千戸に満たざるは並びに四頃。凡そ簿・尉、萬戸以上三頃、五千戸以上二頃五十畝、五千戸に満たざる二頃。錄事參軍は本の判官に比す。曹官は倚郭の簿・尉に比す。發運制置・轉運使副、武臣總管は、節鎮の長吏に比す。發運制置判官は、大藩府の通判に比す。安撫都監、路分都監は、節鎮の通判に比す。大藩府都監は、本府の判官に比す。黃汴河・許汝石塘河都大催綱は、節鎮の判官に比す。節鎮以下軍監に至るまで、諸路の走馬承受並びに砦主、都同巡檢、提舉捉賊、提點馬監、都大巡河は、節鎮の判官を過ぐるを得ず。州に在る監當及び催綱・撥發、巡捉私茶鹽賊盜、駐泊捉賊は、簿・尉を過ぐるを得ず。此より人に定制有り、士に定限有り、吏職田を以て罪に抵る者は、昔を視て庶幾なり。

熙寧の間に至り、復た詔して詳定せしむ。

凡そ大藩府を知るは三京・京兆・成都・太原・荊南・江寧府、延・秦・揚・杭・潭・廣州。二十頃、節鎮十五頃、餘州及び軍淮陽・無爲・臨江・廣德・興國・南康・南安・建昌・邵武・興化。並びに十頃、餘の小軍・監七頃。通判、藩府八頃、節鎮七頃、餘州六頃。留守・節度・觀察判官、藩府五頃、節鎮四頃。掌書記以下の幕職官三頃五十畝。防禦・團練軍事推官、軍・監判官三頃。令・丞・簿・尉。萬戸以上、縣令六頃、丞四頃;萬戸に満たざるは、令五頃、丞三頃;五千戸に満たざるは、令四頃、丞二頃五十畝。簿・尉は令の半を減ず。藩府・節鎮の錄參は、本州の判官に視、餘は幕職官に視る。藩府・節鎮の曹官は、萬戸縣の簿・尉に視、餘は萬戸に満たざる者に視る。

發運・轉運使・副は、節鎮の知州に視る。開封府界提點は、餘州に視る。發運・轉運判官、常平倉司提舉官は、藩府の通判に視る。同提舉は、萬戸縣令に視る。發運司幹當公事は、節鎮の通判に視る。轉運司管幹文字、提刑司檢法官、提舉常平倉司幹當公事は、萬戸に満たざる縣令に視る。蔡河・許汝石塘河都大催綱、管幹機宜文字、府界提點司幹當公事は、節鎮の判官に視る。

總管は、節鎮の知州に視る。路分鈐轄は、餘州の知州に視る。安撫・路分都監、州鈐轄は、節鎮の通判に視る。藩府都監は、本州の判官に視る。諸路の正将は、路分都監に視る;副将は、藩府都監に視る。走馬承受、諸州都監、都同巡、都大巡河は、並びに節鎮の判官に視る。巡檢、堡砦都監、砦主、州に在る監當及び催綱・撥發、巡捉私茶鹽賊盜、駐泊捉賊は、並びに幕職官に視る。巡轄馬遞鋪、監堰並びに縣・鎮・砦監當は、並びに本縣の簿・尉に視る。諸路州學教授、京朝官は本州の判官に視、選人は本州の曹官に視る。

また詔して曰く、「成都府路提点刑獄司は、本路の職田令により逐州軍が毎年子利の稲麦等を収納し換銭し、本司に従って一路の収めた銭数を以て、また換算して斛斗の価値と為し、然る後に等第を以て均しく給与すべし」と。熙寧三年より始め、知成都府は一千石。転運使は六百石。鈐轄二員は各五百石。転運判官は鈐轄に準ず。通判二員は各四百五十石。簽判、節推、察推、知録、幹当糧料院、監軍資庫、都監、都巡検、巡検(係るは大使臣)、走馬承受、京朝官知県は各二百石。内職官は両使支掌以上の資序に係る者は同じ。もし初等及び権入に係る者は各一百五十石。監商税・市売院・交子務(係るは京朝官或いは大使臣充)は職官に準ず。城外巡検、監排岸、十県巡検(係るは三班使臣)は各一百五十石。司理、司戸、司法、府学教授(係るは勅札正授)、監甲仗庫は各一百石。眉・しょく・彭・雅・邛・嘉・簡・陵州、永康軍の知事は成都通判に準ず。その通判は三分の一を減ず。威・黎・茂州の知事は眉・蜀通判に準ず。その都監、監押、駐泊、都巡検(係るは大使臣)、簽判、推・判官(係るは両使職官並びに支掌以上の資序)、知録、京朝官並びに職官知県、監棚口鎮(係るは京朝官)は成都職官に準ず。監押、巡検、同巡検、駐泊(係るは三班使臣)、初等職官或いは権入職官、録事参軍、県令、試銜知県は成都城外巡検に準ず。司理、司戸、司法、諸県主簿・尉、応監当場務選人監税・監塩、巡轄馬鋪(係るは三班使臣)は成都曹官に準ず。応に諸県令佐は職員権摂に係る者は給与せず。歳に豊凶有れば、則ち数に少剩有り、皆時を随ひ等級を為して之を増減す。初め、権御史中丞呂誨・御史知雑劉述は詔を奉じて同しく成都・梓・利・夔の四路の職田を均定し、誨等は成都路の歳収する子利の稲麦・桑絲・麻竹等の物は逐処同じからずと為し、遂に実直を計りて換算し稲穀一色と為し、毎斗中価百二十有り、知成都府以下の官属より等第を均定す。及び再び詔して詳定せしむるに、而して三路は数少く、均分足らず、定め到れる成都路の数目を以て聞かしむ。中書再び行ひて詳定し、而して是の詔有り。

元豊中、詔して熙河・涇原・蘭州路の州軍官属の職田は、毎頃毎歳に銭鈔十千を給すべしと。其の元より給する田及び新たに造るの区を以て、弓箭手を募り及び其の地を留めて以て営田と為すが故なり。元符三年、朝散郎杜子民奏す、「職田の法は、毎に不均を患う。神宗首めて両川の法を変じ、上下に給すること無く、一路之に便たり。元祐中此の意を推広し、限月の法を以て、変じて均給す。士大夫貪冒の者は、或いは窮日の力を以て期会に赴き、或いは書を交はし請属して以て権摂を幸ひとし、奔競の風長じ、廉恥の節喪ふ。乞ふらくは元豊均給の法を復し、以て士の廉節を養はん」と。之に従ふ。

建中靖国元年、知延安府範純粹奏す、「昨、河東を帥と為しし日、晋州守臣の得る所の職田は、李君卿州と為るに因り、意を諭して属邑に増広の租入をせしめ、旧に比べて数倍す。後、襄陵県令周汲力めて其の弊を陳べ、郡守時彦歳に所入を減ずること十七八、佃戸始めて苛斂の苦を脱す。而して晋・絳・陝の三州は圭腴、素より優厚と号し、多くは違法に由りて致す所なり。或いは種色を改易し、或いは子弟公皂を遣はして監獲せしめ、貪汚猥賤、有らざる所無し。乞ふらくは河東・陝西の監司に下し、悉く改正せしめん」と。之に従ふ。

大観四年、臣僚言ふ、「圭田は以て廉を養はんと欲すれども、法制を以て之を防がざれば、則ち貪る者奮ふ。奸吏は肥瘠の議を挟み、以て其の私を逞しふ。給田は限有り、課入は算無し。祖宗深く其の弊を慮ひ、提点刑獄官を以て之を察せしむれども、未だ嘗て圭租を給せず、庶くは其の利を同じくせずして其の心を分かたんとす。近年提点刑獄の受くる圭租は、他司と同し。故に積年の利病、上聞に壅かる。元豊旧制、検法官は其の属なり、当に其の長に視るべし。元祐初より提挙常平司の職事を並びて提刑司に入れ、編勅を兼領す。遂に提挙官の合給の数を提刑司に撥ち与へ、参詳修立し、而して検法官も亦之に預かる」と。詔して旧法に依らしむ。

政和八年、臣僚言ふ、「尚書省は県令の選軽きを以て、措置し自ら五千戸に満たざるより満万戸に至るまで遞増して職田一頃を給す。夫れ天下の圭租は、多寡不均久し。県令の得る所も、亦復斉しからず。多きは九百斛に至る、淄州高苑の如し。八百斛、常州江陰の如し。六百斛、常州宜興の如し(亦六百斛)。是より降りて、或いは四五百、或いは三二百。凡そ河北・京東・京西・荊湖の間に在りては、少なきは則ち三二十斛に至る者有り。二広・福建は自來圭租無き処有り。川峡四路は守倅より簿・尉に至るまで、又以て一路の歳入を均給す。令固より独り有つことを得ず。今一概に増給一頃せんと欲す、豈得べけんや」と。詔して応に県令職田の頃畝未だ条格に及ばざる者は、催促摽撥せしむ。

宣和元年詔す、「諸路の職官は各職田有り、是を以て廉を養ふなり。県は客戶・税戸を召し、租佃分収し、災傷は検覆減放す、是を以て貪を防ぐなり。諸県多く法を踰えて都保正長及び中上戸を抑へ、分佃認納せしむ。収むる所の厚薄を問はず、之をして必ず輸せしめ、甚だしきは田畝の在る所を知らず、虚しく租課を認むるに至る。之を聞きて惻然たり。応に違法抑勒及び詭名委保の者は、以て詔に違ふを論ずべし。災傷検放尽さざる者は、贓を計りて以て枉法を論ずべし。己に入る者は以て自盗を論ずべし」と。

靖康元年、詔して諸路の職田租は田存して租亡する者、並びに租額を落すべしと。紹興間、其の不均を懼れ、則ち詔して諸路提刑司に法に依り摽撥せしむ。官多きに田少なきは、即ち隣近の州県に於て通融し、須らく数足すべし。又詔して空閑の田を他司官属の占むる所を将ち、以て之を足すに撥ち、仍先づ簿・尉より始む。其の職田有無するや、選人並びに親民小使臣は、毎員月に茶湯銭一十貫文を支ふ。内職田有りと雖も、每月十貫に及ばざる者は、皆与へて補足す。是を以て其の養廉の利を厚くす。其の民を病むを懼れ、則ち通判・県令に委ねて核実せしめ、其の力耕すべからざる田を除き、其の已に定むる過多の額を損ず。凡そ職租は輒令せしめて保正に催納せしめ、或いは抑令して見銭に折納せしめ、或いは田無くして平白に監租し、或いは虚数を以て民に代納を勒し、或いは額外に過数多く取ることを許さず。皆申厳して之を禁止するの令を為す。監司を以て察し、贓罪を以て坐す。是を以て其の不廉の害を防ぐ。罷廃未だ幾くもなくして旧に復し、拘借未だ久しからずして給還し、移して糴本に充て、転じて馬料を収め、旋めて免行す。皆以て優恩を示し、清操を厲すなり。

その頃畝の多寡については、既に定式がある。すなわち、知藩府(三京、潁昌、京兆、成都、太原、建康、江陵、延安、興仁隆德、開德、臨安府、秦、揚潭、廣州をいう)は二十頃。発運使・囲運使副、総管、副総管、知節鎮は十五頃。知餘州及び廣済、淮陽、無為、臨江、廣德、興国、南康、南安、建昌、邵武、興化、漢陽、永康軍、並びに路分鈐轄は十頃。発運判官、転運判官、提挙淮南・両浙・江南・荊湖東西・河北路塩事官、通判藩府は八頃。知餘軍及び監、並びに通判節鎮州、鈐轄、安撫副使、都監、路分都監、将官、発運司幹弁公事は七頃。通判餘州及び軍、満万戸県令は六頃。藩府判官、録事参軍、州学教授(並びに承務郎以上をいう)、都監、発運司・転運司主管文字、満五千戸県令、副将官は五頃。節鎮判官、録事参軍、州学教授(並びに承務郎以上をいう)、転運司主管帳司、不満五千戸県令、満万戸県丞、餘州都監、走馬承受公事、主管機宜文字、同巡検、都大巡河、提点馬監は四頃。節度掌書記、観察支使、藩府及び節鎮推官、巡検、県・鎮・砦都監・砦主、巡捉私茶塩、駐泊捉賊、在城監当、餘州判官・学教授(並びに承務郎以上をいう)、軍・監都監は三頃五十畝。軍・監判官、餘州推官、餘州及び軍・監録事参軍、巡検、県・鎮・砦都監、砦主、巡捉私茶塩、駐泊捉賊、在城監当、藩府及び節鎮曹官、州学教授(承直郎以下をいう)、満五千戸県丞、満万戸県簿・尉、巡轄馬遞鋪、県・鎮・砦監当及び監堰は三頃。餘州及び軍・監曹官、州学教授(承直郎以下をいう)、不満五千戸県丞、満五千戸県簿・尉、巡轄馬遞鋪、県・鎮・砦監当及び監堰は二頃五十畝。不満五千戸県簿・尉、巡轄馬遞鋪、県・鎮・砦監当及び監堰は二頃。