◎輿服四○諸臣服上
諸臣の祭服。唐代の制度に、袞冕九旒、鷩冕八旒、毳冕七旒、絺冕六旒、玄冕五旒があった。宋初、八旒冕と六旒冕を省いた。九旒冕:塗金銀の花額、犀角・玳瑁の簪導、青羅の衣に山・龍・雉・火・虎蜼の五章を刺繍し、緋羅の裳に藻・粉米・黼・黻の四章を刺繍し、緋の蔽膝に山・火の二章を刺繍し、白花羅の中単、玉装の剣・佩、革帯、暈錦の綬、二つの玉環、緋白羅の大帯、緋羅の襪・履、親王・中書門下が奉祀する時にこれを服用する。その冕に額花がないものは、玄衣纁裳、すべて画き、小白綾の中単、師子錦の綬、二つの銀環、その他は上と同じ、三公が奉祀する時にこれを服用する。七旒冕:犀角の簪導、衣に虎蜼・藻・粉米の三章を画き、裳に黼・黻の二章を画き、銀装の佩・剣、革帯、その他は九旒冕と同じ、九卿が奉祀する時にこれを服用する。五旒冕:青羅の衣裳、章無し、銅装の佩・剣、革帯、その他は七旒冕と同じ、四品・五品が献官となる時にこれを服用する;六品以下は剣・佩・綬無し;紫檀色の衣、朱の裳、羅で作り、皂大綾の綬、銅装の剣・佩、御史・博士がこれを服用する。平冕は旒無し、青衣纁裳、剣・佩・綬無し、その他は五旒冕と同じ、太祝・奉禮がこれを服用する。
皇祐四年、同知太常禮院邵必が言うには、「伏して見るに、監祭使・監禮は各々五旒冕を冠し、衣裳に章無く、色は紫檀と為す。案ずるに《周禮》六冕の制度、凡そ旒有る者は、衣裳皆章有り、唯だ大裘冕は旒無く、衣裳に章無し。一命の大夫の冕は旒無く、衣裳も亦章無し。今、監祭・監禮の服用する冕は五旒、侯伯の冕なり、而るに衣に章無く、甚だ称わざる所なり;色を紫檀と為すは、又経拠無し。窃かに詳らかにするに、監祭・監禮は既に祠官に非ず、則ち御史・博士なる爾、而して五等の服用は、蓋し宜しき所に非ず、且つ旒有りて章無し。況んや国家の南郊大礼に、太常卿は止だ朝服を服用し、前導して皇帝に従うは、祠官に非ざるを明らかにするなり。今後、監祭者は請う獬豸冠を冠し、監禮者は進賢冠を冠して称わしむべし。」詔して充てず。
四年、議禮局官の宇文粹中が衣服制度を改むるを議して曰く、「凡そ冕は皆玄衣纁裳なり。衣は則ち繪にして章数皆奇、裳は則ち繡にして章数皆偶、是れ陰陽の義なり。今、衣は深青を用う、是れに非ず。乞うらくは冕の等を視、衣色は玄を用い、裳色は纁を用いて、以て典禮に応ぜん。古は蔽前のみ、芾は此の象を存し、韋を以て之を為す。今の蔽膝は一品以下より、並びに緋羅を以て表縁と為し、緋絹を以て裏と為し、復た上下の広狭及び会・紕・純・紃の製無く、又た山・火・龍の章有り。案ずるに《明堂位》に曰く、『有虞氏は韍を服し、夏後氏は山、商は火、周は龍章』と。韍は乃ち黻冕の黻なり、赤芾の芾に非ず。且つ芾は下体に在り、裳と同用す。而して山・龍・火は、衣の章なり。周は既に上衣に繢す、応に又た芾に繢すべからず。請うらくは芾の製を改め、山・龍・火の章を去り、以て諸儒の惑を破らん。又た祭服に革带有り、今は皮革を用いず、而して通じて緋羅を以て裹み、又た銅を以て飾と為す。其の綬は或いは錦或いは皂、環は或いは銀或いは銅、特に経拠無し、宜しく古製に依りて除去すべし。佩玉・中単・赤舄の製に至りては、則ち全く元豊中の詳定官の議へる所を取りて之を行わん」と。
粹中又た上る所編の《祭服制度》に曰く、
古は、冕は木版を以て中と為し、広八寸、長さ一尺六寸、後方前円、後は仰ぎ前は低く、三十升の布を染め、玄表朱裏とす。後方は不変の体、前円は無方の用。仰いで玄きは、升りて物に辨じ、俯して朱きは、降りて万物と相見ゆ。後世は繒を以て布に易う、故に純儉なり。今、群臣の冕版は長さ一尺二寸、闊六寸二分、古の広長の製に非ず。青羅を以て覆い、金塗銀棱を以て飾と為す、古の玄表朱裏の製に非ず。乞うらくは有司に下し改正せしめん。古は、冕の名は五と雖も、而して繅就・旒玉は則ち其の命数を視て以て等差と為す。彩絲を合して繩と為し、用て玉を貫く、之を「繅」と謂う。一玉を以て一成と為し、結びて相並ばざらしむ、之を「就」と謂う。就の間相去ること一寸、則ち九玉は九寸、七玉は七寸、各々旒数の長短を以て差と為す。今、群臣の冕は薬玉・青珠・五色茸線を用う、藻玉三采・二采の義に非ず。毎旒の長さ各八寸、旒数長短を以て差と為すの義に非ず。又た献官の冕服は、諸侯の製を雑え、而して一品は袞冕を服す、臣窃に以て宜しからずと為す。
元豊中、礼官建言し、資政殿大学士以上は侍祠に鷩冕を服し、観察使以上は毳冕を服し、監察御史以上は絺冕を服し、朝官以上は玄冕を服し、選人以上は爵弁を服すを請う。詔して之を許すも、爵弁を用いず。供奉官以下より選人に至るまで、尽く玄冕無旒を服す。臣窃に謂う、此に依りて参定すれば、乃ち礼製に合わんと。古は、三公は一命袞、則ち三公は朝に在りて、其の服は当に鷩冕なるべし。蓋し出封すれば則ち君に遠くして伸び、朝に在れば則ち君に近くして屈す。今の摂事及び侍祠は皆朝に在るの臣なり。朝に在るの臣は乃ち古の出封者と命数を同じくす、先王の意に非ず。乞うらくは有司に下し、鷩冕八旒・毳冕六旒・絺冕四旒・玄冕三旒、其の次は二旒、又た其の次は無旒を製せしめ、元豊の詔旨に依り、参酌等降して、侍祠及び摂祭の服と為し、長短の度・采色の別は、皆乞うらくは古製に依り施行せん。
又た案ずるに《周礼》、諸侯の爵に五等有り、而して服は則ち三、所謂「公の服は袞冕より下り、侯・伯は鷩冕より下り、子・男は毳冕より下る」是れなり。古は、諸侯に君の道有り、故に其の服を五・七・九を以て節と為す。今の郡守は、曰く猶古の侯・伯と雖も、其の実は皆王臣なり。欲乞うらくは隻に群臣の服を用い、鷩冕より下り、三等に分つ。三都・四輔を一等と為し、初献は鷩冕八旒。経略・安撫・鈐轄を一等と為し、初献は毳冕六旒、亜献は並びに玄冕二旒、終献は無旒。節鎮・防・団・軍事を一等と為し、初献は絺冕四旒、亜・終献は並びに玄冕無旒。其の衣服の製は、則ち各々其の冕の等に従わん。
又た曰く、「今の紘組は、仍て両繒帯を綴じて頤に結び、冕の旁に仍て青纊を垂れて瑱を以てせず、犀を以て簪と為して玉笄・象笄を以てせず、並びに古製に非ず。乞うらくは有司に下し改正せしめん」と。之に従う。
政和議禮局が言上した。「大觀年間に上程された群臣の祭服制度は、既に奏請に依って修定されました。有司に付して図画に依り製造せしめることを乞います」。既にしてまた群臣の祭服の制を上程した。正一品は、九旒冕、金塗銀棱、額花有り、犀簪、青衣に降龍を画き、朱裳、蔽膝、白羅中單、大帶、革帶、玉佩、錦綬、青絲網玉環、朱襪・履。革帶は金塗銀を以てし、玉佩は金塗銀裝を以てし、綬は天下樂暈を以てす。親祠大禮使・亞獻・終獻・太宰・少宰・左丞、毎歳の大祠に宰臣・親王・執政官・郡王が初献を充てる者は之を服す。奏告官は並びに本品の服に依る。已下は此に準ず。従一品は、九旒冕、額花無し、白綾中單、紅錦綬、銀環、金塗銀佩、其餘は正一品の服の如し。親祠の吏部・戸部・禮部・兵部・工部尚書、太廟の幣爵を進受し幣爵を奉る宗室、毎歳の大祠の俎を捧ぐ官・大祠中祠の初献官は之を服す。二品は、七旒冕、角簪、青衣に降龍無し、其餘は従一品の服の如し。親祠の吏部侍郎・殿中監・大司樂・光祿卿・讀冊官、太廟の俎を薦め飲福を讚進する宗室、七祀・配享功臣の分献官、毎歳の大祀(宮架を用いる者を謂ふ)、大司樂・大祠中祠の亞終献・大祠の禮官・小祠の献官、朔祭の太常卿は之を服す。三品は、五旒冕、皂綾綬、銅環、金塗銅革帶、佩、其餘は二品の服の如し。親祠の冊を挙ぐ官・大樂令・光祿丞・俎饌籩豆簠簋を奉る官・分献官(分献壇壝の從祀)、太廟の瓚盤を奉り香燈を薦め神主を安奉し毛血槃・蕭蒿篚・肝膋豆を奉る宗室、毎歳の祭祠の大樂令・大中祠の分献官は之を服す。旒無き冕、素の青衣、朱裳、蔽膝、佩綬無し、其餘は三品の服の如し。奉禮協律郎・郊社令・太祝太官令・親祠の鼎を抬ぐ官・摶黍を進むる官・太廟の亞終献金斝を供し七祀の献官・爵を執る官を供する者は之を服す。五旒冕、紫檀絁衣、其餘は三品の服の如し、監察御史は之を服す。
州郡の祭服:三都の初献は、八旒冕;經略・安撫・鈐轄の初献は、六旒冕;亞献は並びに二旒冕、終献は旒無し;節鎮・防・團・軍事の初献は四旒冕、亞・終献は並びに旒無き冕。
中興の後、九旒・七旒・五旒冕を省き、四等と定む。一に曰く鷩冕、八旒;二に曰く毳冕、六旒;三に曰く絺冕、四旒;四に曰く玄冕、旒無し。其の義は、公・卿・大夫・士皆北面して臣と為り、又尊者に近くして屈するを以てす。故に其の節を八・六・四とし、陰數に従ふなり。是に先立ち、紹興四年五月、國子監丞王普が奏言して曰く。
臣は嘗て諸經傳を考へ、冕服の製を具さに得たり。蓋し王の三公は八命、鷩冕八旒、衣裳七章、其の章各八。孤卿は六命、毳冕六旒、衣裳五章、其の章各六。大夫は四命、絺冕四旒、衣裳三章、其の章各四。上士は三命、玄冕三旒;中士は再命、玄冕二旒;下士は一命、玄冕旒無し;衣は皆章無し。裳・韍は其の命數を視、三より下る。其の繅より笄・衡・紘・紞・瑱・纊・帶・佩・芾・舄・中衣に至るまで、皆等差有り。
近世の冕服制度は、沿襲して眞を失ひ、多く古に如かず。夫れ後方にして前圓、後昂にして前俯、玄表にして朱裏、此れ冕の製なり。今則ち方圓俯仰、幾くんぞ辨ふる無く、且つ青を以て表と為し、而して金銀を以て飾る。其の衣は皆玄、其の裳は皆纁、裳前三にして後四幅、此れ衣裳の製なり。今則ち衣色を青と為し、裳色を緋と為し、且つ六幅にして殊へず。山は以て章なり、今則ち以て嶞とす。火は以て圜なり、今則ち以て銳とす。宗彝は、宗廟の虎蜼の彝なり、乃ち虎蜼の状を画きて、虎蜼彝と為さず。粉米は、米にして之を粉にせる者なり、乃ち分けて二章と為し、而して五色の圓花を以て藉と為す。佩は衡・璜・琚・瑀・衝牙有るのみ、乃ち雙滴を加へ、而して二衡を重ね設く。綬は佩玉を貫くを以てするのみ、乃ち別に錦綬と為し、而して雙環を以て間はす。帶に紐約無く、芾に肩頸無く、舄に絇繶無く、中衣に連裳無きに至る。
臣伏して『國朝會要』の郊廟奉祀禮文を讀むに、祖宗以來、屢嘗て講究すれども、第に舊服存する者無きを以てす。茲に因り改作し、訛繆を是正し、一に周製に從ひ、以て先聖の言に合はんことを乞はんとす。尋で禮部契勘し、奏言して曰く。
衣服の製は、或は時王に因りて之が損益を為す。事古を變ずる雖も、要は皆一時の製作にして、因革無からず。或は先王に考ふるに繆戾有る者は、之を行ふこと久しき雖も、誤を承ひ非を襲ひ、改正を憚るべからず。案ずるに『周官』、上公より袞を服し、王の三公は鷩を服し、以て士の玄冕を服するに至るまで、凡そ五等。唐制は一品より袞冕九旒を服し、五品の玄冕旒無きに至るまで、亦五等。國家唐の舊を承け、初め五旒の名有り。其の後三公の袞冕及び絺冕を去り、但だ七旒の鷩冕・五旒の毳冕と旒無き玄冕を存す。凡そ三等のみ。袞服は三公の服する所に非ず、之を去るは可なり。乃ち並びに絺冕を去り、尚書より毳冕を服し、以て光祿丞に至るまで亦之を服す。貴賤幾くんぞ差等無からんや。此れ皆一時の製作にして、因革無からず。
今、鷩冕を増して八旒と為し、毳冕を増して六旒と為し、復た絺冕を置きて四旒と為し、並びに旒無き玄冕に及び、共に四等と為さば、庶幾くんぞ稍く周製に合はん。若し冕の方圓低昂辨ふる無きに至るは、則ち製造の差なり。青を以て表と為すは、玄を用ゐざるに非ず、玄と為して至らざるなり。緋を以て裳と為すは、纁を用ゐざるに非ず、纁と為して太過るなり。山は止まりて靜かなる者なり、今其の嶞を象るは、是れ山の勢を得て其の性を知らざるなり。火は圜にして神なる者なり、今其の銳を象るは、是れ火の形を得て其の神を得ざるなり。宗彝・粉米・佩綬・帶紐・芾屨の屬に至るまで、皆宜しく改正施行すべし。
是の時、諸臣の奏請討論詳かなりと雖も、然れども終に承襲の久しきを以て、盡く革する能はざりき。
鷩冕:八旒、每旒八玉、三采、朱・白・蒼、角笄、青纊、三色の紞を以て之を垂れ、紘は紫羅を以てし、武に屬す。衣は青黑羅を以てし、三章、華蟲・火・虎蜼彝;裳は纁表羅裏を以てし、繒七幅、四章を繡し、藻・粉・黼・黻。大帶、中單、佩は瑉を以てし、藥珠を以て貫き、綬は絳錦・銀環を以てす。韍は上紕下純、二章を繪し、山・火。革帶、緋羅表、金塗銀裝。襪・舄は並びに舊制の如し。宰相・亞終献・大禮使之を服す。前期、景靈宮・太廟の亞終献、明堂の滌濯・玉爵酒を進むる官も亦之の如し。
毳冕:玉は六つ、三采、衣は三章、虎・蜼・彝・藻・粉米を絵し、裳は二章、黼・黻を繡す。佩は薬珠・衡・璜等、金塗銅の帯を用い、韍は山を絵す。革帯は金塗銅。その他は鷩冕に同じ。六部侍郎以上がこれを服す。前期、景霊宮・太廟の進爵酒幣官・奉幣官・受爵酒幣官・薦俎官、明堂の受玉爵・受玉幣・奉徹籩豆・進飲福酒・徹俎祝腥・讚引・亞終献、禮儀使・亞終献爵並びに盥洗官四員、皆これに同じ。前二日の奏告初献、社壇九宮壇の分祭初献・亞献もまたこれに同じ。
絺冕:玉は四つ、二采、朱・緑。衣は一章、粉米を絵し、裳は二章、黼・黻を繡す。綬は皂綾を用い、銅環。その他は毳冕に同じ。光禄卿・監察御史・読冊官・挙冊官・分献官以上がこれを服す。前期、景霊宮・太廟の奏奉神主官、明堂の太府卿・光禄卿・沃水挙冊官・読冊官・押楽太常卿・東朵殿三員・西朵殿二員・東廊二十八員・西廊二十五員・南廊二十七員・犮門祭献官、前二日の奏告亞献終献官・監察御史、皆これに同じ。社壇九宮壇の分祭終献官・監察御史・兵工部・光禄卿丞もまたこれに同じ。
玄冕:旒無く、佩綬無く、衣は純黒、章無く、裳は刺繡のみ、韍は刺繡無し、その他は絺冕に同じ。光禄丞・奉礼郎・協律郎・進摶黍官・太社令・良醞令・太官令・奉俎饌等官・供祠執事官内侍以下がこれを服す。明堂の光禄丞・奉礼郎・良醞令・太祝摶黍官・宮架協律郎・登歌協律郎・奉禦官・内侍供祠執事官・武臣奉俎官、犮門祭の奉礼郎・太祝令・太官令、社壇九宮壇分祭の太社・太祝・太官令・奉礼郎、皆これに同じ。
紫檀冕:四旒、紫檀衣を服し、博士・御史がこれを服す。
外州軍の祭服:鷩冕、八旒、三都の初献がこれを服す。毳冕、六旒、経略・安撫・鈐轄の初献がこれを服す。絺冕、四旒、経略・安撫・鈐轄の亞献がこれを服し、節鎮・防・団・軍事の初献もまたこれに同じ。玄冕、旒無し、節鎮・防・団・軍事の亞終献がこれを服す。
朝服:一に進賢冠、二に貂蟬冠、三に獬豸冠と曰い、皆朱衣朱裳なり。宋初の制、進賢五梁冠:金銀花額を塗り、犀・玳瑁の簪導、立筆あり。緋羅袍、白花羅中単、緋羅裙、緋羅蔽膝、並びに皂縹襈、白羅大帯、白羅方心曲領、玉剣・佩、銀革帯、暈錦綬、二玉環、白綾襪、皂皮履。一品・二品、侍祠朝会に則ちこれを服し、中書門下は則ち冠に籠巾貂蟬を加う。三梁冠:犀角簪導、中単無く、銀剣・佩、師子錦綬、銀環、その他は五梁冠に同じ。諸司三品・御史台四品・両省五品、侍祠朝会に則ちこれを服す。御史大夫・中丞は則ち冠に獬豸角あり、衣に中単あり。両梁冠:犀角簪導、銅剣・佩、練鵲錦綬、銅環、その他は三梁冠に同じ。四品・五品、侍祠朝会に則ちこれを服す。六品以下は中単無く、剣・佩・綬無し。御史は則ち冠に獬豸角あり、衣に中単あり。袴褶は紫・緋・緑、各々本服の色に従い、白綾中単、白綾褲、白羅方心曲領、本品の官、導駕に則ち騎してこれを服す。
袴褶の制、建隆四年、範質が礼官と議して曰く、「褲褶の制度、先儒に説無く、惟だ『開元雑礼』に五品以上は細綾及び羅を用い、六品以下は小綾を用うとの制あり。注す、褶衣は復衣なり。又た令文を案ずるに、武弁、金飾平巾幘、簪導、紫褶白袴、玉梁珠宝鈿帯、靴、騎馬にこれを服す。金飾は即ち附蟬なり。これを詳らかにするに、即ち是れ二品・三品の配する弁の制なり。附蟬の数、蓋し一品九、二品八、三品七、四品六、五品五。又た侍中・中書令・散騎は貂蟬を加え、侍左の者は左珥し、侍右の者は右珥す。又た『開元礼』に導駕官並びに朱衣、冠履は本品に依る。朱衣は今の朝服なり。故に令文に三品以上は紫褶、五品以上は緋褶、七品以上は緑褶、九品以上は碧褶、並びに白大口袴、起梁帯、烏皮靴とす。今、袴褶を令文の制の如く造ることを請う。その起梁帯の形製、検尋するに未だ是れに非ず、望むらくは革帯を以てこれに代えんと。」奏して可とす。是の歳、造り成して未だ用いず。乾徳六年、郊禋に始めて服し、而して冠は未だ造らず、乃ち朝服の進賢冠・帯・襪・履を取って参用す。
『衣服令』に準ずるに、五梁冠、一品・二品、侍祠大朝会に則ちこれを服し、中書門下は則ち籠巾貂蟬を加う。『官品令』に準ずるに、一品:尚書令、太師、太傅、太保、太尉、司徒、司空、太子太師・太傅・太保。二品:中書令、侍中、左右仆射、太子少師・少傅・少保、諸州府牧、左右金吾衛上將軍。又た『閣門儀制』に準ずるに、中書令・侍中・同中書門下平章事を以て宰臣と為し、親王・枢密使・留守・節度使・京尹兼中書令・侍中・同中書門下平章事を以て使相と為し、枢密使・知枢密院事・参知政事・枢密副使・同知枢密院事・宣徽南北院使・僉書枢密院事並びに東宮三司の上に在り。以上の品位職事、宜しく前法に準じて朝服を給すべし。宰臣・使相は則ち籠巾貂蟬を加え、その散官勲爵は品位に係わらず、正官に従うのみとして之が服と為す。
三梁冠は、諸司の三品、御史台の四品、両省の五品が侍祠・大朝会の際にこれを服す。御史中丞は則ち獬豸の冠を戴く。『官品令』に準じると、諸司三品は、諸衛上將軍、六軍統軍、諸衛大將軍、神武・龍武大將軍、太常・宗正卿、秘書監、光祿・衛尉・太僕・大理・鴻臚・司農・太府卿、國子祭酒、殿中・少府・將作・司天監、諸衛將軍、神武・龍武將軍、下都督、三京府尹、五大都督府長史、親王傅である。御史台三品・四品は、御史大夫・中丞である。両省三品・四品・五品は、左右散騎常侍、門下・中書侍郎、諫議大夫、給事中、中書舍人である。尚書省三品・四品は、六尚書、左右丞、諸行侍郎である。東宮三品・四品は、賓客、詹事、左右庶子、少詹事、左右諭德である。節度使、文明殿學士、資政殿大學士、三司使、翰林學士承旨、翰林學士、資政殿學士、端明殿學士、翰林侍讀・侍講學士、龍圖閣學士、樞密直學士、龍圖・天章閣直學士は、中書侍郎の次位とする。節度觀察留後は、六尚書・侍郎の次位とする。知制誥、龍圖・天章閣待制、觀察使は、中書舍人の次位とする。內客省使は、太府卿の次位とする。客省使は、將作監の次位とする。引進使、防禦・團練使、三司副使は、左右庶子の次位とする。以上の品位職事は、前法に準じて朝服を給すべきである。
両梁冠は、四品・五品が侍祠・大朝会の際にこれを服し、六品は則ち剣・佩・綬を除く。御史は則ち獬豸の冠を戴く。『官品令』に準じると、諸司四品は、太常・宗正少卿、秘書少監、光祿等七寺少卿、國子司業、殿中・少府・将作・司天少監、三京府少尹、太子率更令・家令・僕、諸衛率府率・副率、諸軍衛中郎將、諸王府長史・司馬、大都督府左右司馬、内侍である。尚書省五品は、左右司諸行郎中である。諸司五品は、國子博士、經筵博士、太子中允・左右讚善大夫、都水使者、開封祥符・河南洛陽・宋城県令、太子中舍・洗馬、内常侍、太常・宗正・秘書・殿中丞、著作郎、殿中省五尚奉禦、大理正、諸王友、諸軍衛郎將、諸王府諮議参軍、司天五官正、太史令、内給事である。諸升朝官六品以下は、起居郎、起居舍人、侍御史、尚書省諸行員外郎、殿中侍御史、左右司諫、左右正言、監察御史、太常博士、通事舍人である。四方館使は、七寺少卿の次位とする。諸州刺史は、太子僕の次位とする(正任で使職を帯びない者を謂う)。東西上閣門使は、司天少監の次位とする。客省・引進・閣門副使は、諸行員外郎の次位とする。已上の品位職事は、令文に拠れば、ただ四品・五品と云うのみで、班叙の上下も分かたない。今請う、尚書省五品以上及び諸州刺史已上より、前法に準じて朝服を給す。その諸司五品已上で、実に官高く品卑しき者及び品高く官卑しき者は、諸司五品・國子博士より内給事に至るまで、並びに六品以下の例に依り剣・佩・綬を除き、御史は則ち獬豸の冠を戴き、衣に中単を有すべきである。その諸司使・副使以下より閣門祗候に至るまで、もし摂事して朝服を請うに合う者は、並びに六品と同様とする。
古えに礼を制するは上物と為すも、十二を過ぎず、是れ天の数なり。上より下へ、降殺すること両を以てす。畿外の諸侯は、尊者より遠くして伸ぶれば、則ち九を以てし、七を以てし、五を以てし、陽奇の数に従う。王朝の公卿大夫は、尊者に近くして屈すれば、則ち八を以てし、六を以てし、四を以てし、陰偶の数に従う。本朝の『衣服令』に、通天冠二十四梁は、乗輿の服と為し、冕旒前後の数に応ず。若し人臣の冠は、則ち五梁より下り、漢・唐と少しく異なる。綬に至っては、則ち乗輿及び皇太子は織成を以てし、諸臣は錦を以て之を為す。一品・二品は冠五梁、中書門下は籠巾貂蟬を加う。諸司三品は三梁、四品・五品は二梁、御史台四品・両省五品も亦三梁、而して綬に暈錦・黄獅子・方勝・練鵲の四等の殊有り。六品は則ち剣・佩・綬を除く。
隋・唐の冠服は皆、品を以て定めと為す。蓋し其の時、官と品と軽重相準うが故なり。今の令式は、尚ほ或いは品を用う。旧文を因襲すと雖も、然れども官を以て之を方ぶれば、頗る舛謬なり。一概に一二を挙ぐれば、則ち太子中允・讚善大夫は御史中丞と品を同じくし、太常博士は品、諸寺丞より卑しく、太子中舍は品、起居郎より高く、内常侍は才、内殿崇班に比するも、而して尚書諸司郎中の上に在り。是れ品を用うべからざるなり。若し差遣を以てすれば、則ち官卑しくして要劇を任ずる者有り、官品高くして之を冗散に処する者有り、一官にして数局を兼領する者有り、徒らに官を以て朝請を奉ずる者有り、分局蒞職して特にある一時に随事名を立つる者有り。是れ差遣も亦用うべからざるなり。此を以て言えば、品及び差遣を以て冠綬の制を定むるは、則ち未だ允当と為さず。伏して請う、官を以て定めと為し、庶くは名実相副い、軽重準有らんことを。仍て乞う、官を分ちて七等と為し、冠綬も亦之の如くせんことを。
現今の制度では、朝服には絳衣を用い、錦には十九等がある。その七等の綬については、純粋に紅錦を用い、文様の高低によって差別をつけるのが適当であると称する。ただ法官の綬は青地の荷蓮錦を用い、諸臣と区別する。『後漢志』に「法冠は一に柱後といい、執法者がこれを服し、侍御史・廷尉正監平なり。あるいは獬豸冠と謂う」とある。『南斉志』にも「法冠は、廷尉ら諸執法者がこれを冠す」とある。今、御史台は中丞以下監察御史まで、大理卿・少卿・丞、審刑院・刑部主判官は、既にその官を正定し、真に執法の事を行っているのであれば、法冠を冠し、青荷蓮錦の綬に改めるべきであり、その梁数と佩は本品に準ずる。
これに従った。
政和年間、議礼局がさらに群臣の朝服の制度を上奏した。七梁冠、金塗銀の棱、貂蟬籠巾、犀の簪導、銀の立筆、朱の衣裳、白羅の中単、ともに皂の褾・襈、蔽膝は裳の色に従い、方心曲領、緋白羅の大帯、金塗銀の革帯、金塗銀装の玉佩、天下楽暈錦の綬、青絲の網の間に三つの玉環を施し、白襪、黒履。三公、左輔、右弼、三少、太宰、少宰、親王、開府儀同三司がこれを服する。七梁冠、貂蟬籠巾なし、銀装の玉佩、雑花暈錦の綬、その他は三公以下の服と同じ。執政官、東宮三師がこれを服する。六梁冠、白紗の中単、銀の革帯、佩、方勝宜男錦の綬、銀環、その他は七梁冠の服と同じ。大学士、学士、直学士、東宮三少、御史大夫・中丞、六曹尚書・侍郎、殿中監、大司成、散騎常侍、特進、金紫・銀青光禄大夫、光禄大夫、太尉、節度使、左右金吾衛・左右衛上將軍がこれを服する。五梁冠、翠毛錦の綬、その他は六梁冠の服と同じ。太子賓客・詹事、給事中、中書舎人、諫議大夫、待制、九寺卿、大司楽、秘書監、殿中少監、国子祭酒、宣奉・正奉・通奉・通議・太中・中大夫、中奉・中散大夫、上將軍、節度観察留後、観察使、通侍大夫、枢密都承旨がこれを服する。四梁冠、簇四盤雕錦の綬、その他は五梁冠の服と同じ。九寺少卿、大晟典楽、秘書少監、国子・辟廱司業、少府・将作・軍器監、都水使者、起居舎人、侍御史、太子左右庶子・少詹事・諭徳、尚書左右司郎中・員外、六曹諸司郎中、朝議・奉直・朝請・朝散・朝奉大夫、防禦・団練使、刺史、大将軍、正侍・中侍・中亮・中衛・拱衛・左武・右武大夫、駙馬都尉、遙郡武功大夫以下を帯びる者、枢密副都承旨がこれを服する。三梁冠、金塗銅の革帯、佩、黄獅子錦の綬、鍮石の環、その他は四梁冠の服と同じ。殿中侍御史、監察御史、司諫、正言、尚書六曹員外郎、外符宝郎、少府・将作・軍器少監、太子侍読・侍講、中書舎人、親王府翊善・侍読・侍講、九寺・秘書・殿中監、辟廱丞、大晟楽令、両赤県令、大理正・司直・評事、著作郎、秘書郎、著作佐郎、太常・宗学・国子・辟廱博士、太史局令・正・丞、五官正、朝請・朝散・朝奉・承議・奉議・通直郎、中亮・中衛・拱衛・左武・右武郎、諸衛将軍、衛率府率、武功・武徳・武顕・武節・武略・武経・武義・武翼大夫郎、医職翰林医正以上、内符宝郎、閣門通事舎人、敦武郎、修武郎がこれを服する。二梁冠、角の簪、方勝練鵲錦の綬、その他は三梁冠の服と同じ。在京職事官、閣門祗候、看班祗候、率府副率、升輦輅立侍の内臣がこれを服する。御史大夫・中丞、刑部尚書・侍郎、大理卿・少卿、侍御史、刑部郎中、大理寺正・丞・司直・評事はみな獬豸冠を冠し、青荷蓮の綬を服する。詔して悉く頒行させた。六年、詔して導駕官は朝服に佩を結ぶ。七年、詔して夏祭において百官の朝服・祭服には紗を用いる。