宋史

志第二十二 律暦二

◎律暦二

○応天暦・乾元暦・儀天暦

歩月離入先後暦(『乾元暦』では月離と謂う。『儀天暦』では歩月離と謂う。)

離総:五万五千一百二十、秒一千二百四十二。(『乾元暦』では転分一万六千二百、秒一千二百四。『儀天暦』では暦終分二十七万八千三百一、秒一百六十五。)

転日:二十七、五千五百四十六、秒六千二百一十。(『乾元暦』では転暦二十七、一千六百三十、秒六千二十。『儀天暦』では暦週二十七、五千六百一、秒一百六十五。)

暦中日:一十三、七千七百七十四、秒三千一百五。(『乾元暦』は此法を立てず。『儀天暦』では暦中十三日、七千八百五十、秒五千八十二半。『儀天暦』には象限六日、八千九百七十五、秒二千五百四十一少あり。)

朔差日:一、九千七百六十二、秒三千七百九十。(『乾元暦』では転差一、三千八百六十九、秒三千九百八十。『儀天暦』では会差日一、九千八百五十七、秒九千八百三十五。)

(『儀天暦』にはまた象差日空、四千九百八十、秒四千九百五十八太あり;望一百八十二度六千三百四十四、秒四千九百五十。)

度母:一万一百。

秒法:一万。(二暦同じ)

天正十一月朔入先後暦を求む:(『乾元暦』では月離入暦を求むと謂い、弦・望入暦を求む。『儀天暦』では天正経朔入暦を推すと謂う。)通余を以て元積を減じ、余りを離総を以て去きて総数と為す;尽きざる者は、半して位を進め、元法を以て収めて日と為し、満たざるを分と為す。暦中日以下ならば入先暦と為し;以上ならば之を去き、入後暦と為す。日に命じ、算外、即ち天正十一月朔入先後暦の日分を得。累加すること七日、三千八百二十七分、秒六、暦中日及び分秒に盈ちれば之を去き、各々次朔・望入先後暦の日分を得。(『乾元暦』では朔余を以て歳積分を減じ、転分を以て去き、余りを五因し、元率に満てば之を収めて度と為す;弦策を以て之に加へ、即ち弦・望の入る所を得。転差を以て之に加へ、後朔暦を得;累加すれば、即ち弦・望入暦及び分を得。『儀天暦』では閏余を以て歳積分を減じ、余りを暦終分を以て去き、満たざれば、宗法を以て除して日と為す;象限以下ならば初限と為し、以上ならば之を去き、余りを末限と為し、各々入遅疾暦の初限・末限と為す。)

七日:初数八千八百八十八、(『乾元暦』初二千六百一十二。)末数一千一百一十四。(末三百二十八。)

十四日:初数七千七百七十四、(『乾元暦』初二千二百八十五。)末数二千二百二十八。(末六百五十五。『乾元暦』にはまた二十一日:初一千九百五十八、末九百八十二あり;二十八日:初一千六百三十二、末一千三百九あり。)

また『儀天』の法では月離の先後度数を求める(『乾元』ではこれを月離陰陽差という。『儀天』ではこれを朔弦望昇平定数を求めるという)。月朔・弦・望の入暦先後分をもって元法を通減し、余りを進位し、下位にその日の損益率を展じ、元法をもって収めて分とし、得たところを以て、次日の下の先後積を損益して定数とする。その七日・十四日において、初数以下のものは、返ってこれを減じ、以上なるものはこれを去り、余りは返って末数を減じ、皆進位し、下位に損益率を展じ、各々末数に満ちて分とし、次日の下の先後積を損益して定数とする。(『乾元』では入暦分を置き、その日の損益率をこれに乗じ、元率をもって収めて分とし、その下の陰陽差を損益して定数とする。四七の術において、初数以下のものは、初率を以てこれに乗じ、初数を以て一とし、陰陽差を損益して定数とする。もし初数以上のものは、初数を以てこれを減じ、余りに末率を乗じ、末数をもって除し、用いて初率を減じ、余りに陰陽差を加え、各々定数とする。)

朔弦望の定日:日躔・月離の先後定数を以て、先は加え後は減じ、朔・弦・望中日を以て定日とする。(二暦の法同じ。)

朔弦望の日辰七直を推定する:天正の盈日を以て定積に加え、(朔・弦・望中日を視るに、大・小雪気に入れば、即ち去年の天正盈日分を加える。もし冬至気に入るものは、即ち今年の天正盈日分を加える。)日数七十六に満てばこれを去り、満たざるものは、金星甲子より命じ、算外し、即ち定朔・弦・望の日辰星直を得る。朔の幹名を視て後朔と同じものは大、同じからざるものは小とし、その月に中気なきものを閏とする。また朔の入る辰分を視て皆二分と相減じ、余りを二収し、用いて八分の六を減じ、その朔定小余かくの如し。以上なるものは一日を進む。朔あるいは交正見あるものは、その朔は進まず。定望の小余日出分以下のものは一日を退く。もし虧初辰分以下にあるものもまたかくの如し。(二暦の法同じ。)

(『儀天』にはまた朔弦望加時月度を求める法あり。弦・望加時日度を置き、その合朔加時に月と太陽同じ度に在れば、その日・度便ち月離の次ぐところと為す。余りに弦・望の象度及び余秒を加え、黄道宿次に満てばこれを去り、即ち定朔・弦・望加時の日・度なり。)

九道宿度:(『乾元』『儀天』は皆之を月行九道と謂う。)凡そ合朔の交わる所、冬は陰曆に在り、夏は陽曆に在れば、月は青道を行く;(冬至・夏至の後、青道半交は春分の宿に在り、黄道の東に出ず;立夏・立冬の後、青道半交は立春の宿に在り、黄道の東南に出ず:至る所の沖の宿も亦之の如し。)冬は陽曆に在り、夏は陰曆に在れば、月は白道を行く;(冬至・夏至の後、白道半交は秋分の宿に在り、黄道の西に出ず;立冬・立夏の後、白道半交は立秋の宿に在り、黄道の西北に出ず:至る所の沖の宿も亦之の如し。)春は陽曆に在り、秋は陰曆に在れば、月は朱道を行く;(春分・秋分の後、朱道半交は夏至の宿に在り、黄道の南に出ず;立春・立秋の後、朱道半交は立夏の宿に在り、黄道の西南に出ず:至る所の衝の宿も亦之の如し。)春は陰曆に在り、秋は陽曆に在れば、月は黒道を行く。(春分・秋分の後、黒道半交は冬至の宿に在り、黄道の北に出ず;立春・立秋の後、黒道半交は立冬の宿に在り、黄道の東北に出ず:至る所の沖の宿も亦之の如し。)四序の月離は八節を為し、九道の斜正同じからず、入る所の七十二候は、皆黄道と相会す。各交初より黄道宿度を距け、毎に五度を以て限と為す。初限十二、毎限半減し、終に九限又減尽し、二立の宿を距けるに一度少強を減じ、却て減尽より起ち、毎限半減し、九限終に十二にして半交に至り、乃ち黄道を去ること六度;又自ら十二、毎限半減し、終に九限又一度少強を減じ、更に減尽より起ち、毎限半増し、九限終に十二、復た日軌と相会す。交初・交中・半交は、各限数を以てし、半に遇えば倍して使ひ、限度を乗じて泛差と為す。其の交中前後各九限は、二至の宿を距ける前後の候数を以て之を乗じ、半交前後各九限は、各二分の宿を距ける前後の候数を以て之を乗じ、皆百に満て一と為して黄道差と為す。冬至の宿の後に在りては、交初前後各九限は減と為し、交中前後各九限は加と為す;夏至の宿の後に在りては、交初前後各九限は加と為し、交中前後各九限は減と為す。大凡そ月交後は黄道外に出ずるを為し、交中後は黄道内に入るを為す。半交前後各九限は、春分の宿の後に在りては黄道外に出で、秋分の宿の後に在りては黄道内に入り、皆差を以て加と為す;春分の宿の後に在りては黄道内に入り、秋分の宿の後に在りては黄道外に出で、皆差を以て減と為す。泛差を倍し、一位を退く、(減に遇えば、身外三を除く;加に遇えば、身外一を除く。)又黄道差を以て減じ、赤道差と為す。交初・交中前後各九限は、差を以て加へ;半交前後各九限は、皆差を以て減ず。黄赤道差を以て黄道宿度を減じて九道宿度と為し、余分有れば近くに就きて太・半・少の数に収む。(『乾元』は初数九、毎限一を減じ、終に一に至り、限数並びに同じく、即ち八十四を以て之を除く。『儀天』は初数一百一十七、毎限一十を減じ、終に二十七に至り、一百一を以て除く。二曆は皆身外を法と為さず。初中正交・春秋二分・冬夏二至前後各九限の加減は並びに『応天』と同じし。又『儀天』は即ち除法は九十を以て黄道泛差を乗じ、一百一を以て収めて度と為し、乃ち月と黄・赤道の定差を得。以上入交定月出入各六度相較の差、黄道は其の日の行く所の向に随ひ、斜正各異なり、余は皆『応天』と同じし。『儀天』に定朔望加時入遅疾曆初末限を求むる有り、経朔・望入遅疾初末限日及び余秒を置き、定朔・弦・望を求むる法の如く之に入れ、即ち各得る所の求むる所。又初中正交入曆を求め、其の朔・望加時入遅疾曆初末限日及び余秒を置き、其の日月行の陰陽曆に入る日及び余秒を視、近く前交に在れば即ち加へ、近く後交に在れば即ち返って交中日余を減じ、乃ち之の如くし、各初・中・正交入遅疾曆初末限日及び余秒を得。其の加減満ち或は足らざれば、即ち象限及び余秒を進退し、各得る所の求むる所。又朔望加時及び初・中・正交入遅疾限日入曆積度を求め、各小余を置き、其の日の曆定分を以て之を乗じ、宗法を以て収めて分と為し、一百一を以て除して度と為し、以て其の日の下の曆積度に加へ、各得る所の求むる所。又『乾元』『儀天』に正交黄道月度を求むる有り、『乾元』は元率を以て定交度及び分を通じ、一百二十七を以て之を乗じ、九十五に満て一と為し、一等を進め、復た収めて入交度と為し、用て其の朔加時の日度を減じ、即ち朔前月離正交黄道宿度。『儀天』は朔・望及び正交曆積度を置き、少を以て多を減じ、余を月行去交度及び分と為す;乃ち其の朔望の交前に在る者は加へ、交後に在る者は減じて朔望加時黄道月度と為し、初・中・正交黄道月度と為す。)

九道交初月度:(『乾元』は之を月離入交九道正交月度・九道朔度と謂う。『儀天』は之を月離正交九道宿度を求むと謂う。)月離交初黄道宿度を置き、各入る所の限数を以て之を乗じ、(半に遇えば倍して使ふ)百の如くして一と為し、泛差と為す;用て黄・赤二道差を求め、前法の如く之を加減し、即ち月離交初九道宿度。(『乾元』は日躔陰陽差を以て陽は加へ陰は減じ、朔・望常分と為す;又以て入る所の限率を乗じ、正交黄道宿度之に相従ひ、以て黄・赤二道差を求め、前の如く加減し、月離正交九道宿度と為す;入交定度を以て加へて之を命じ、即ち朔月離宿度。『儀天』は正交月離黄道を置き、距度の下の月九道差を以て、宗法を以て之を乗じ、距度の入る所の限数を以て度を乗じ、余之に従ひ、総差と為す;半にして退位し、一百一を以て之を収め、又冬・夏二至を計りて度数を求め乗じ、九十に満て一と為して度差とし、前法の如く加減し、正交月離九道と為す。)

九道朔月度を求む:月離先後定数を百約し、後は加へ先は減じて四十二と為し、用て中盈を減じて朔日に従ひ、乃ち交初九道宿次を加へ、即ち得る所の求むる所。(『乾元』は九道正交の度及び分を置き、入交定度を以て之を加へ、九道宿次を以て之を命じ、即ち其の朔加時月離宿度及び分なり。『儀天』の法は下に見ゆ。 『乾元』に又定交度有り、月離陰陽定数を置き、七十一を以て之を乗じ、九百一に満て之を除して分と為し、用て陰は減じ陽は加へて常分を度及び分と為す。)

九道における望月の度を求む:(『儀天』は之を定朔・望の加時における日月の度を求むと謂ふ。)象積に朔の九道月度を加へ、其の道を以て命ずれば、即ち求め得る所を得。(『乾元』は朔・望の加時における日の相距する度を置き、天中の度及び分を以て之に加へ、加時の象積と為す;用ひて九道の朔月度に加へ、其の道の宿次を以て之を去ちて命ずれば、即ち望月の度及び分なり。望より朔を推すも亦之の如し。『儀天』は定朔望の加時における九道の日度を求め、其の朔・望の去交の度を以て、交前なる者は之を減じ、交後なる者は之を加へ、九道の宿度に満てば之を去ち、即ち定朔・望の加時における九道の日度なり。定朔望の加時における九道の月度を求め、其の日の加時における九道の日度を置く。其の合朔する者は正交に非ざれば、即ち日の黄道に在り、月の九道に在りて各宿度に入り、多少同じからず、其の去極を考ふるに、若し繩準に応ずべし。故に月は太陽と度を同じくすと云ふ。黄道月度を求むる法の如く、九道の宿次に盈れば之を去ち、各其の日の加時における九道の宿度を得。此より以後は、皆黄道月度を求むる法の如く之に入れ、九道の宿度に依りて之を行ひ、各求め得る所を得。)

晨昏の月を求む:(『乾元』は之を月の晨昏に離るる度と謂ふ。『儀天』は之を晨昏の月度を求むと謂ふ。)後曆七日下の離分を置き、其の日の離分と相ひ較べ、多き者を取て朔・望の定分を乗じ、少き者を取て晨昏分を乗じ、皆元法に満て分と為し、百を以て除して度分と為し、仍相ひ減じ、(朔・望の度多き者は後と為し、少き者は前と為す。)各晨昏の前後の度分を得;前は加へ後は減じて朔・望の九道月度を晨昏の月と為す。(『乾元』は其の月の離差を置き、三百九十三以上に在る者は、用ひて朔・望の定分を乗じ、以下なる者は、只三百九十三を以て乗じ、加時の分と為す;元率を以て之を除し、一位を進め、二百九十四を以て収めて度と為す;又離差を以て晨昏分を乗じ、亦前に如く之を収めて度と為し、加時の度と相ひ減ずるに、加時の度多きは後と為し、少きは前と為し、即ち晨昏の前後の度及び分を得、加減は『応天』の如し。『儀天』は晨昏分を以て定朔・弦・望の小餘を減じて後と為し、足らざる者は、返りて之を減じて前と為し、以て入曆の定分を乗じ、宗法を以て之を除し、一百一を以て約して度と為し、乃ち前を以て加へ後を以て減じて加時の月度を晨昏の月度と為す。)

晨昏の象積:(『儀天』は之を晨昏の程積度を求むと謂ふ。)加時の象積を置き、前象の前後の度を以て前は減じ後は加へ、又後象の前後の度を以て前は加へ後は減ずれば、即ち求め得る所を得。(『乾元』の法同じ。『儀天』は求めんとする朔・弦・望の加時における日度を以て後朔・弦・望の加時における日度を減じ、餘に弦・望の度及び餘を加へ、加時の程積と為す;求めんとする前後の分を以て其の加減を返し、又後朔・弦・望の前後の度分を以て其の加減に依り、各晨昏の程積度及び餘と為す。)

毎日の晨昏の月を求む:(『儀天』は之を毎日の入曆定度を求むと謂ふ。)距後象の離分を累計し、百を以て除して度分と為し、用ひて晨昏の象積を減じて加と為し、足らざれば、返りて減じ、距後象の日数を以て之を除し、日差と為す;用ひて毎日の離分を加減し、百を以て除して度分と為し、累ねて晨昏の月に加へ、九道の宿次を以て命ずれば、即ち求め得る所を得。(『乾元』の法同じ。『儀天』は求めんとする日より距後曆の毎日の曆度及び分を累計し、以て程積を減じて進と為し、足らざれば、返りて之を減じ、餘を退と為し、距後朔・弦・望の日数を以て之を均し、進は加へ退は減じて毎日の曆定度及び分と為し、各毎日の曆定度及び分なり。)

毎日の晷景及び去極度・晨分を求む:(『乾元』は之を晷景の距中度・晨分と謂ふ。『儀天』は別に法を立て、後ろに具す。)各気数を以て相ひ減じて分と為し、雨水後は法十六、霜降後は法十五を以て分を除して中率と為し、二率相ひ減じて合差と為す;之を半ばし、中率に加減して初率・末率と為す。(前多き者は、加へて初と為し、減じて末と為す;前少き者は、減じて初と為し、加へて末と為す。)又元法を以て合差を除し、日差と為す;(後多き者は初率を累益し、後少き者は初率を累減す。)毎日の損益率と為す;其の数を以て之を累積すれば、各諸気の初数を得。(『乾元』の法同じ。)

昏分を求む:晨分を以て元法より減じて昏分と為す。(『乾元』は之を元率と謂ひ、『儀天』は之を宗法と謂ふ。)

毎日の距中度を求む:(『乾元』同じ。『儀天』は之を毎日の距子度を求むと謂ふ。)百を以て晨分を乗じ、二千七百三十八に如くして度と為し、尽きざれば、退除して距子度と為し、用ひて半週天の度を減じ、餘を距中星の度分と為す;距子の度分を倍し、五等を以て除し、毎更の度分と為す。(『乾元』は晨分を百約し、一位を進め、三千六百五十三を以て乗じ、元率に如く収めて度と為し、餘は『応天』と同じ。『儀天』は晷漏母を置き、五因し、一位を進め、一千三百八十二・小分五十五・微分三十五を以て除して度と為し、尽きざれば、一千三百六十八・小分八十六を以て退除し、皆距子度と為し、餘は『応天』と同じ。)

毎日の昏明の中星を求む:(『乾元』は之を昏曉の率星と謂ふ。)其の日の赤道における日躔の宿次を置き、距南の度分を以て加へて之を命ずれば、即ち其の日の昏の中星なり;距子の度分を以て之に加へれば、夜半の中星と為す;又之に加へれば、曉の中星と為す。(二曆の法同じ。)

五更の中星を求む:昏の中星を置きて初更の中星と為す;毎更の度分を以て之に加へれば、二更の初中星を得;又之に加へれば、三更の初中星を得;累ねて之に加へれば、各五更の初中星の臨む所を得。(二曆の法同じ。)

日の出入の時刻を求む:(『乾元』は之を昼夜の出入の辰刻を求むと謂ふ。『儀天』は之を日の出入の晨刻及び分を求むと謂ふ。)二百五十を以て晨に加へ昏を減じて出入分と為し、八百三十三半を以て除して時と為し、満たざれば、百を以て除して刻分と為し、前に如く命ずれば、即ち求め得る所を得。(『乾元』は七十三半を以て晨に加へ昏を減じて出入分と為し、各辰法を以て之を除す。辰数と為す;尽きざれば、之を五因し、刻法に満て刻と為し、辰数を起して子正とし、算外すれば、即ち日の出入の辰刻なり。『儀天』は其の日の晷漏母を置き、以て昏明に加へ、餘を三因し、辰法に満て除して辰数と為し、餘を刻法を以て除して刻と為し、満たざれば分と為し、辰数を命じて子正とし、算外すれば、即ち日出の辰刻及び分なり。乃ち日出の辰刻及び分を置き、以て晝刻及び分を加へ、辰法及び分に満て除して辰数と為し、満たざれば、入時の刻及び分と為す。乃ち其の辰数を置き、命じて子正とし、算外すれば、即ち日入の辰刻及び分を得。)

昼夜分:(『乾元暦』ではこれを昼夜刻と謂う。『儀天暦』ではこれを求每日夜半定漏、求每日昼夜刻と謂う。)日出分を倍じ、夜分と為す;元法を減じ、晝分と為す;百で約し、昼夜分と為す。(『乾元暦』は日入分を置き、これより日出分を減じて晝分と為し、元率を減じて夜分と為し、五を以てこれを因じ、刻法を以て除して昼夜刻分と為す。『儀天暦』は先ず夜半定漏を求め、その日の晷漏母を置き、刻法を以て除して刻と為し、満たざれば、三を因って分と為し、夜半定漏及び分と為す。夜半定漏刻及び分を置き、これを倍じ、その分刻法に満てば刻と為し、満たざれば分と為し、即ち夜刻及び分を得る。夜刻を以て百刻を減じ、余る者を晝刻及び分と為し、晝五刻を減じ、夜刻を加え、日出没刻の数と為す。)

更籌:(『乾元暦』ではこれを更點差分と謂う。)晨分を倍じ、五で収め、更差と為す;また五で収め、籌差と為す。(『乾元暦』の法同じ。『儀天暦』はこの法を立てず。)

歩晷漏

冬至後初夏至後次象:八十八日、小餘八千八百九十九半、約餘八千八百一十一分。

夏至後初冬至後次象:九十三日、小餘七千四百八十五、約餘七千四百一十二分。

前限:一百八十一日、小餘六千二百八十五、約餘六千二百二十太。

辰法:八百四十一分三分の二。

刻法:一百一分。

辰:八刻三十三分三分の二。

昏明:二百五十二分半。

冬至後上限五十九日、下限一百二十三日、小餘六千二百八十五、約餘六千二百二十二太。

中晷:一丈二尺七寸一分半。

冬至後上差、夏至後下差:二千一百三十分。

升法:一十五萬六千四百二十八分。

冬至後下差、夏至後上差:四千八百一十二分。

平法:十七万四千三。

夏至後の上限は冬至後の下限と同じく、夏至後の下限は冬至後の上限と同じ。

中晷:一尺四寸七分、小分八十四。

《儀天》にて毎日の陽城における晷景の常数を求む:冬・夏二至後の求日数及び分を置き、以て入る所の象の日数下の盈縮分を以て盈は減じ縮は加へて其の日の定積と為し、又、以て其の象の小余を減じて夜半の定積及び分と為す。又、隔位して一を除くを用ふ。若し夜半の定積及び分が二至の上限以下の者あらば、上限に入るの数と為す。以上なる者は、以て返って前限の日及び約余を減じ、下限に入る日及び分と為す。若し冬至後の上限・夏至後の下限は、十四を以て之を乗じ、得る所、以て上下限の差分を減じ、定差法と為す。以て入る所の上下限の日数を再び之を乗じ、得る所、百万に満てば尺と為し、満たざれば寸及び分と為し、以て冬至の晷影を減じ、余り其の日の中晷景の常数なり。若し夏至後の上限・冬至後の下限は、三十五を以て之を乗じ、上下限の差分を以て定法と為す。以て入る所の上下限の日数を再び之を乗じ、一等を退け、百万に満てば尺と為し、尺に満たざれば寸及び分と為し、用て夏至の晷景に加へ、即ち其の日の中晷景の常数を得。

《儀天》にて晷景の毎日の損益差を求む:其の日の晷景と次日の晷景を相減じ、其の日の景が次日の晷影より長きを損と為し、次日の晷景より短きを益と為す。

《儀天》にて陽城の中晷景の定数を求む:五千分を置き、其の日の晷景定数の損益差を以て之を乗じ、得る所、万を以て約して分と為し、冬至後は用て減じ、夏至後は用て加ふ。冬至一日は減有りて加無く、夏至一日は加有りて減無し。

《儀天》にて晷漏の損益度の前後限に入る数を求む:冬至後来たる日数を置き、前限以下の者を損と為す。以上なる者は、前限を減じ去り、余り後限に入る日数なる者を益と為す。若し立成を算すれば、冬至後一日より、日を加へて初象に満つれば、即ち象下の約余を加へ、一象の数と為す。

《儀天》にて毎日の晷漏の損益数を求む:前後限の損益日数及び分を置き、初象以下の如きは上限に在ると為す。以上なる者は、返って前限を減じ、余り下限と為し、皆自ら之を相乘す。其の分半以下は乗じ、半以上は之を収む。一百を以て日を通し、其の分を内し、乃ち之を乗ず。得る所、冬至後の初象・夏至後の次象に在れば、升法を以て之を除く。若し冬至後の次象・夏至後の初象は、平法を以て之を除く。皆分と為し、満たざれば、退除して小分と為す。得る所、上位に置き、又別に五百五分を下に置き、以上を以て下を減じ、以下を以て上を乗ず。升法を用ふる者は、二千八百五十を以て之を除く。平法を用ふる者は、五千五百五十二を以て之を除く。皆分と為し、満たざれば、退除して小分と為す。得る所、以て上位に加へ、其の日の損益数と為す。

《儀天》にて毎日の黄道去極度及び赤道内外の度分を求む:若し春分後は損益差を置き、五十を以て之を乗じ、一千五十二を以て之を除きて度と為し、満たざれば、一千四十二を以て之を除きて分と為し、以て六十七度三千八百四十五に加ふ。若し秋分後は、損益差を置き、五十を以て之を乗じ、一千六十を以て之を除きて度と為し、満たざれば、一千五十を以て退除して分と為し、以て一百一十五度二千二百二十二分を減じ、即ち黄道去極度を得。去極度分を置き、九十一度三千八百四十五と相減じ、余り者を赤道内外の度分と為す。若し黄道去極度分が九十一度三千八百四十五以下なる者は内と為し、若し以上なる者は外の度及び分と為す。

《儀天》にて毎日の晷漏母を求む:各其の日の損益差を以て、春分初日以後は一千七百六十八を加へ、秋分初日以後は二千七百七十七を減じ、各其の日の晷漏母を得。又、晨分と曰ふ。

《儀天》にて毎日の昏分及び距午分を求む:日元分を置き、其の日の晷漏母を以て之を減じ、余り者を昏分と為す。又、其の日の晷漏母を以て五千五十分を減じ、余り者を其の日の距午分と為す。

月離九道交会(《乾元》は之を交会と謂ひ、《儀天》は之を歩交会と謂ふ。)

交総:七十一万七千八百一、秒八十二。

正交:三百六十三度、八千二百八十三、秒七。

半交:一百八十一度、九千一百四十二、秒五十三半。

交点の少交:九十度、九千五百二十一、秒二十六太。

平朔:一度、四千六百三十二。

平望:零、七千三百一十六。

朔差:二度、八千八百四十一。

望差:二度、一千五百二十五。

初準:一万六千六百四十一。

中準:一万八千一百九十一。

末準:一千五百五十。

《乾元暦》の交会

交率:一万六千、秒七千八百九十一。

交策:二十七、余り六百二十三、秒九千四百五十五。

朔準:二、九百三十六、秒五百四十五。

望準:十四、二千二百五十。

初限:三万六千五百九十四。

中限:四万二。

末限:三千四百八。

『儀天暦』の交会の推算

交終分:二十七万四千八百四十三、秒二千二百七十九。

交終日:二十七、余り二千百四十三、秒二千二百七十九。

交中日:十三、余り六千百二十一、秒六千百二十一。

交朔日:二、余り三千二百十五、秒七千七百二十一。

交望日:十四、余り七千七百二十九、秒五千。

前限日:十二、余り四千五百十三、秒七千二百七十九。

後限日:一、余り千六百七、秒八千八百六十半。

交差:四十五。

交数:五百七十二。

秒母:一万。

陰限:七千二百八十六。

交日:空、小余六千百四十六、秒三百七十三。

陽限:三千百七十四。

月食既限:二千五百八十二。

月食分法:九百一十二半。

中盈度:(『乾元』これを平交朔日を求むと謂う。『儀天』これを天正朔入交を求むと謂う。)通餘を以て元積を減じ、七十五これを展し、四百六十七を以て除して分と為し、交総に満てばこれを去き、総数と為す;尽きざれば、半して位を進め、総数を倍し、百収めて分と為し、これを以て減じ、余りを元法収めて度と為し、満たざれば分と為し、命じて中盈度及び分と曰う。(『乾元』朔分を置き、交率を以てこれを去き、余りを五因し、元率に満てば収めて日と為し、即ち平交朔日及び分を得;次朔・望は、朔・望準を以てこれを加え、即ち求めるところを得。『儀天』天正朔積分を置き、交終分を以てこれを去き、宗法に満てば日と為し、即ち求めるところを得。)

次朔望中盈を求む:(『儀天』これを次朔入交を求むと謂う。)各々天正経朔中盈度分を置き、十一月望、十二月朔・望中日を視るに、二十九日五千三百七以下なる者は、即ち朔・望差度分秒を加え、余月は即ち平朔・望度分秒を加え、即ち求めるところを得。(『乾元』法は上に見ゆ。『儀天』天正朔入交泛日余秒を置き、交朔及び交望余秒の如く皆交終日及び余秒に満てば即ちこれを去き、各々朔・望入交泛日及び余秒を得。)

月離朔交初度分:(『乾元』これを朔望交分を求むと謂う。『儀天』これを入交常日を求むと謂う。)其の朔中盈度分を置き、(常に其の朔常日度分とこれを合わす、正交以下なる者は半法を減じ、以上なる者は倍してこれを加う。)加減訖りて定と為し、天正加時黄道宿度分を減ずるに用い、余り天正の宿初より起算して命じ、即ち求めるところを得。(『乾元』平交朔・望日及び分を置き、元率を以てこれを通し、日躔陰陽差を以て陽は加え陰は減じ、朔・望交分と為す。『儀天』其の日入盈朔限昇平定数を以て、升は加え平は減じて入交泛日に、即ち其の朔・望入交常日と為すなり。『儀天』又に朔・望入定交日を求む有り、其の日入遅疾限昇平定数を置き、交差を以てこれを乗じ、交数の如くして一と為し、升は加え平は減じて入交常日に、即ち入定交日と為す。)

月陰陽曆に入る:(『乾元』これを朔望陰陽定分を求むと謂う、『儀天』これを月行陰陽曆を求むと謂う。)月離先後定数を以て、先は加え後は減じて朔・望中盈に、朔・望常日月分を加うるに用い、(分は即ち百除し、度は即ち百通す。)中準以下なる者を月黄道外に出ずと為し;以上なる者はこれを去き、余りを月黄道内に入ると為す。(『乾元』一百四十二を以て陰陽差を乗じ、一千八百二を以て除し、陽は加え陰は減じて朔・望交分に、度定分と為す;中限以上は陽と為し、以下は陰と為す。『儀天』入交定日及び余秒を視るに、交中日以下は陽と為し、以上なる者はこれを去き、余りを月陰曆に入ると為す。)

食甚定余を求む:朔定分を置き、半法以下の如き者は返って半法を減じ、余りを午前分と為す;前以上なる者は半法を減去し、余りを午後分と為す;三百を以てこれを乗じ、半晝分の如くして一と為し、差と為す。(午後はこれを加え、午前は半してこれを減ず。)定朔分を加減し、食定余と為す。差を以て皆午前・後分に加え、距中分と為す。其の望定分は、便ち食定余と為す。(『乾元』半晝刻を以て刻法を約して時差と為し、乃ち定朔小余を視るに、半法以下は用いて半法を減じて午前分と為す;以上なる者はこれを去き、午後分と為す;時差を以て乗じ、五因し、刻法の如くして一と為し、午前は減じ、午後は加え、又皆午前・後分に加え、距日分と為す;刻法の如くして一と為し、距午刻分と為す。月は只だ定朔小余を以て食定余と為す。『儀天』月行去交黄赤道差を置き、月道差を視るに、黄赤道交の如き者は、其の加減に依る;黄赤道交に如かざる者は、其の加減を返す;定朔・望小余を食甚余と為し、亦其の加減去交定分を返す。其の日食は、則ち又其の日晝刻を以てし、其の三百五十四を時差と為し、乃ち食甚余を視るに、半法以下の如き者は、返って半法を減じ、余りを初率と為す;半法以上なる者は、半法これを去き、余りを末率と為す;一百一に満てばこれを収め、初率と為す;末率を減ずるに以てし、これを倍じ、食甚余に加え、食定余と為す;亦初・末率を加減し、距午退分と為す;これを置き、皆発斂加時術に入るるを求むるが如くして之に入れ、即ち日・月食甚辰刻及び分なり。)

食限に入る:黄道内・外分を置き、初準已上・末準已下の如き者は食限に入ると為す。望食限に入れば則ち月食し、朔食限に入れば則ち日食す。月黄道内に在れば則ち日食し、外に在れば則ち食せず、望は則ち内・外を問わず皆食す。末準已下は交後分と為す;初準以上なる者は、返って中準を減じ、交前分と為す。(『乾元』陰陽定分を置き、初限以上・末限以下に在れば、食限に入ると為し、余りは『応天』に同じ。『儀天』朔・望入交月行陰陽曆日及び余秒を置き、前限以上・後限以下なる者は、食限に入ると為す。望食限に入れば則ち月食し、朔食限に入り、月陰曆に入れば則ち日食す。後限以下の如き者は交後限と為し、以上なる者は交中日及び余秒を以て減じて交前限と為し、各々求めるところを得。)

盈縮曆に入る:(『乾元』・『儀天』此法を立てず。)朔定積を置き、一百八十二日・六千二百二十三以下の如き者は盈日分に入ると為し;以上なる者はこれを去き、余りを縮日分に入ると為す。

黄道差:(『乾元』ではこれを求晷差と謂う。『儀天』ではこれを求黄道食差と謂う。)その朔の入暦盈・縮日及び分を置き、四十五日以上・一百三十七日以下の如きは、皆一千五百を以て乗じ、泛差と為す;四十五日以下の如きは、返って之を減じ、余りを初限日と為し、一百三十七日以上の者は之を減じ去り、余りを末限日及び分と為し、六十七を以て乗じ、之を半ばし、用いて泛差を減じ、以て距午分を乗じ、元法を以て収めて黄道定分と為す;盈に入れば、定分を以て午前は内減外に加へ、午後は内加外に減ず;縮に入れば、定分を以て午前は内加外に減じ、午後は内減外に加ふ。(『乾元』は入気日を置き、冬至よりの気を以て距け、十五を以て之を乗じ、入気日を以て之を通じ、一百八十二日以下を以て陽暦に入ると為し、以上の者は之を去り、陰暦に入ると為す。入暦分を置き、四十五日以下に在れば、三十七を以て乗じ、五を以て除し、一等を退け、泛差と為す;四十五日以上・一百三十七日以下に在れば、只だ三十三・秒三十を用いて泛差と為す;一百三十七以上の者は之を去り、余りに三十七を以て乗じ、五を以て除し、一位を退け、用いて三十三・秒三十を減じ、泛差と為す;皆距午分を以て乗じて晷差と為す。『儀天』は二至後日ごとに益差し、立春・立秋に至り、一百一十三・小分六十二半を得、立夏・立冬後は日ごとに損じ、宗法を以て之を乗ず;冬至・立冬後の三気は四十四萬二千三百八十四を用い、夏至・立夏後の各三気は二十七萬九千八百五十八を以て除し、食差と為す;食甚の午正刻に距るを以て其の日の食差を乗じ、定差と為す;冬至後は、甚が午正の東に在れば、陰は減じ陽は加へ;甚が午正の西に在れば、陰は加へ陽は減ず;夏至後は即ち此れに返す;立冬初日後は、気ごとに差二十・秒四十四を益し、冬至初日に至り六十二・秒三十二を加ふ;此れより後は気ごとに差二十・秒四十四を損じ、大寒に終はり、甚が午正の西に在れば、即ち刻ごとに其の差を累益し、陰暦は加へ、陽暦は減ず。)

赤道差:(『乾元』ではこれを求離差と謂う。『儀天』ではこれを求赤道食差と謂う。)盈縮暦に入る日及び分を置き、九十一日以下の如きは、返って之を減じ、初限日と為す;以上の者は、用いて一百八十二日半を減じ、余りを末限日及び分と為す;四を以て之を因り、用いて三百七十四を減じ、泛差と為す;以て距中分を乗じ、半晝分の如くして一と為し、用いて泛差を減じ、赤道定分と為す;盈初縮末は内減外に加へ、縮初盈末は内加外に減ず。(『乾元』は春・秋二分後の日を計り、気日に加入し、十五を以て乗じ、九十以下に在れば、九十一を以て乗じ、退けて泛差と為す;九十一以上は之を去り、余りに九十一を以て乗じ、一等を退け、以て八百一十九を減じ、泛差と為す;二分気内に入気日を置き、九十一を以て乗じ、退けて泛差と為す;半晝刻の如くして一と為し、以て距午分を乗じ、用いて泛差を加減し、離差と為す;食甚が出没以前に在る者は、離差を求むるを用ひず、只だ泛差を用ひ、春分後は陰加へ陽減じ、秋分後は陰減じ陽加ふ。『儀天』は二分後益差し二至に至り、積差皆二千八百二十六、此れより後累減し二分に至り空と為し、冬至後は日ごとに三十一・小分八十を損じ、夏至後は日ごとに三十・小分十五を益し、又宗法を以て積差を乗じ、各盈縮初末限分を以て之を除し、日差と為す;乃ち末限を以て累増し、初限を以て累損し、各其の日の食差と為す;又半晝刻数を以て其の日の食差を約し、以て食甚の午正刻に距るを乗じ、所得を以て食差を減じ、余りを定数と為す。余りは『乾元』に同じ。)

日食差:黄・赤二差に依り、同名は相從ひ、異名は相消し、食差と為す。(二暦の法同じ。)

距交分:(『乾元』ではこれを去交分と謂う。『儀天』ではこれを去交定分と謂う。)交前後分を置き、黄・赤二差を以て之を加減し、距交分と為す。月が内道に在りて減するに足らざるが如きは、返って減じて外道に入り、食せず;月が外道に在りて減するに足らざるが如きは、返って減じて食差を減じ、返減して内道に入る即ち食有りと為す。(『乾元』は陰陽暦の交前後分を去るを置き、食差の加減に合するを以て、其の加減に依り、所得を去交前後定分と為す。月が陰暦に在り、去交前後分減するに足らざる者は、即ち返って食差を減じ、交前は之を減じ、余りを陽暦交後と為し得、減ずる者は陽暦交前定分と為し、併せて食限に入らず。月が陽暦に在り、去交前後分減するに足らざる者は、亦た返って食差を減じ、交前は之を減じ、余りを陰暦交後定分と為し、交後は之を減じ、余りを陰暦交前定分と為し、併せて食限に入る。『儀天』は食差に応じ、同名は相從ひ、異名は相消し、余りは『乾元』の法に同じ。)

日食分:距交分を置き、四百二十以下の如きは類て陽暦分に同じ;以上の者は之を去り、陰暦分と為す;又食定余を以て四分之三を減じ、(午前は之を倍じ、午後は之を半ばす。)皆一等を退け、用いて陰陽暦分を減じ、食定分と為す;減するに足らざるが如きは、即ち返って之を減じ、余り一位を進め、陰暦分に加へ、食定分と為す;陽は四十二を以て除し、食の大分と為す;陰九百六十以下は返って之を減じ、九十六の如くして一と為し、食の大分と為し、十を限として命ず。(『乾元』は交前後分を置き、食差を以て之を加減し、定交分と為す;九百二十以下に在れば陽と為し、以上は之を去りて陰と為す。陽に在れば九十四を以て、陰に在れば二百一十三を以て除して大分と為し、余りは『応天』に同じ。『儀天』は入限去交定分を置き、七百二十八を減じ、陽限以上は陰暦食と為し、陽限を以て之を去り、余り陰限を減じて陰暦食分と為し、以下は陽暦食分と為し、亦た三百一十七を減じ、限の如くして之を除し、皆一位を進め、各十を限として命ず、余りは『応天』に同じ。)

月食分:黄道内外前後分を置き、食限三百四十以下の如きは、食既と為す;以上の者は、返って末準を減じ、余り一百二十一を以て除し、月食の大分と為す。(其の食五分以下は、子正前後八刻内に在れば、二百四十二を以て除して食の大分と為し、十を限として命ず。)其の前後分は、九百以上に入りて或は食し或は食せざるの限と為し、(乾元は交定分七百五十二以下に在れば、食既と為す;以上は、返って末限を減じ、二百六十四を以て之を除して大分と為す。儀天は陽減陰加前後定分九百一十二半、既限以下・食既以上に在れば、去交分を以て之を減じ、月食法を以て之を除して大分と為す。)

日月食の虧初・復末を求める:(『乾元』では定用刻を求めるといい、『儀天』では日月の泛用分を求め、虧初・復末を求めるという。)百通日月食の大小分に、一千三百三十七を乗じ、それぞれその日の離分に合わせて、定用分とする。これを食定餘に加えて、復末定分とする。これから減じて、虧初定分とする。月食については、食限を以て定用分から減じ、これを食甚から減じて、虧初定分とする。もし減じるのに足りない場合は、即ち食限分を以て望定餘に加えて食定分とし、残りは日食の加減に依って、それぞれ月食の虧初・復末定分を得る。(『儀天』では、月は五百八十八を、日は五百二十九と秒二十を以て所食分に乗じ、一等退けて、半分にし、定用刻とする。『儀天』では、日は五百四十五と秒四十を、月は六百六を以て、皆所食分に乗じ、その小分は本母で除し、これに従って、泛用分とする。その食はまた去交定分が一千七百二十六以下にあるかを見て、半刻を増し、八百五十六以下であればさらに半刻を増し、一千三百五十を乗じ、辰定分で除して、定用刻とする。皆定朔・望の小餘から減じて虧初とし、加えて復末とする。)

日食の起虧:(『乾元』では日食の初起を求めるという。)距交分が四百二十以上であるかを見る。以上であれば、初起は西北、甚は正北、復は東北。以下であれば、初起は西南、甚は正南、復は東南。凡そ食八分以上のものは、皆初起は正西、復は正東。(『儀天』、『乾元』では、日が陰曆にあれば初起は西北、陽曆にあれば初起は西南、その他は全て『応天』と同じ。)

月食の起虧:(『乾元』では月食の初定といい、『儀天』では月食の初起という。)月が内道にあれば、初起は東南、甚は正南、復は西南。月が外道にあれば、初起は東北、甚は正北、復は西北。凡そ食八分以上のものは、初起は正東、復は正西。(『乾元』『儀天』では内道を陰曆、外道を陽曆とし、その他は皆『応天』と同じ。而して『儀天』の別法に云う、この法は古経に載せるところに拠り、天體を究め、食が午中前後一辰の内にあれば、その余の方も要は的驗すべく、当に日月食時の所在方位の高下を視、黄道の斜正と月行の向かう所を審らかに詳らかにすれば、起虧・復満は皆知り得べし、と。)

帯食出入:(『儀天』では帯食出入見食分數を求めるという。)その日の出入分を見る。もし虧初定分以上、復末定分以下にあれば、即ち帯食出入である。食甚が出入分以下にあれば、出入分を以て復末定分から減じ、帯食差とする。食甚が出入分以上にあれば、虧初定分を以て出入分から減じ、帯食差とする。これを以て食定分に乗じ、定用分で満たして一とし、日は陽なら四十二、陰なら九十六、月は一百二十一で除して、帯食の大分とし、余りを小分とする。(『乾元』では、各々食甚餘とその日の晨昏分を相減じ、余りを帯食差とする。その帯食差が定用刻以下にあれば、即ち帯食出入である。以上にあれば、即ち帯食出入しない。帯食差に所食の分を乗じ、定用刻で満たして一とし、得た所を以て所食の分から減じ、即ち帯食出入に見る所の分である。その朔日の食甚が晝にあるものは、晨は已食の分、昏は所殘の分。もし食甚が夜にあれば、昏は已食の分、晨は所殘の分。その月食は、これを見て知ることができる。『儀天』では、食甚餘を以て晨昏分から減じ、余りを出入前分とし、足りない場合は、返って食甚から減じ、余りを出入後分とし、以て所食の分に乗ずる。その食分は本母で通し、その小分に従い、定用分で満たして除し、得た所を本母で約し、満たさないものは、半以上は半強、半以下は半弱とし、即ち帯食出入の分數を得る。その日・月食甚が出入前にあるものは、所殘の分、出入後にあるものは、已退の分。)

更點:(『乾元』、『儀天』では月食入定點という。)各々虧初・食甚・復末定分を置く。晨分以下であれば晨分を加え、昏分以上であれば昏分を減じ去り、皆更分で除して更數とし、余りは點分で除して點數とする。初更より命じ、算外として、即ち求むる所を得る。(『乾元』の法は同じ。『儀天』ではその日の晨分を倍し、五で除して更分とし、また五で除して點分とする。乃ち求むる小餘を見る。晨分以下であれば晨分を加え、昏分以上であれば昏分を減じ去り、更點を求めるのは並びに『応天』と同じ。)

日月食の宿分:(『乾元』では日月食宿という。)天正冬至の黄道日度に朔望常日月度を加え、斗初より命じ、算外として、即ち日月食の在宿分である。(『乾元』では、日没辰から食甚辰までの数の距を以て、その日の離差を約し、用いて昏度に加える。『儀天』では用いて加時定月度に加える。)