宋史

本紀第二十七 高宗四

高宗四

紹興二年

二年春正月癸巳の朔、帝は紹興府に在り、百官を率いて二帝を遙拝し、朝賀を受けず。甲午、詔して賢良方正直言極諫科を復置す。丙申、楊邦乂に諡して忠襄と曰うを賜う。韓世忠、建州を囲む。丁酉、諸路の元年逋税を蠲免す。庚子、陝西の叛将白常、岷州を囲み、関師古兵を率いてこれを破る。辛丑、韓世忠、建州を抜く。範汝為自ら焚死し、その二弟を斬り、余党悉く平ぐ。壬寅、帝、紹興を発つ。曹成、向子諲を釈放す。丙午、帝、臨安府に至る。壬子、韓世清を遣わして石陂の賊を捕えしむ。癸丑、張浚を以て検校少保・定国軍節度使と為す。劉、兵を遣わして伊陽県を犯し、翟興及びその将李恭合撃してこれを敗る。曹成、郴州永興県を犯す。己未、臨安城を修す。辛酉、内侍任源を遣わして張浚を撫問す。江西副総管楊惟忠、楊勍は招安に就くも復た乱を謀るを以て、誘いてこれを誅す。

二月甲子、楊華復た叛き、鼎・澧・潭の三州を擾す。詔して賞を立てて首領を禽捕し、脅従を赦貸す。丙寅、劉光世に命じて鋭卒万人を将いて揚州に屯し、淮東を経理せしむ。庚午、李綱を観文殿学士・湖広宣撫使と為す。仍って岳飛に命じて馬友・李宏・韓京・呉錫等を率い、共に曹成ら諸盗を討たしむ。甲戌、吏部尚書李光を淮西招撫使と為し、王𤫉これを副う。乙亥、雹降る。丙子、施逵・謝向・陸棠が範汝為に党すを以て、逵は除名・婺州編管、向・棠は械して行在に赴かしむ、俱に道中に死す。丁丑、崔増・李捧・邵青・趙延寿・李振・単徳忠・徐文の所部の兵を分かち七将と為し、名づけて御前忠鋭軍とし、歩軍司に隷し、枢密の旨を奉ぜざれば、調遣を許さず。淮南の営田の歳租三分の二を減じ、三年を俟って旧に復す。己卯、劉光世入見し、執政と同しく内殿に対し、進んで揚州に屯すを諭すも、光世遂に行わず。庚辰、詔して監司に本貫を避けしむ。壬午、程昌寓、杜湛を遣わして兵を募り賊周倫を攻め、これを破る。甲申、工部員外郎滕茂実が代州に於いて節を死すを以て、龍図閣直学士を贈る。丙戌、初めて著作官二員を置き『日暦』を修す。己丑、荊湖東・西路を復た荊湖南・北路と為し、南路は潭に治め、北路は仍て鄂に治む。福建路の兵器の私有・私造を禁ずるを申す。是の月、商州知州董先、叛いて劉豫に入る。金人、慶陽府を陥とし、楊可升を執いてこれを降す。

三月壬辰の朔、襄・鄧鎮撫使桑仲に命じて陥没の諸郡を収復せしめ、仍って諸鎮撫使に互いに応援せしむ。徐秉哲を再び惠州に貶し、呉開を南雄州に、莫儔を韶州に貶し、並びに居住せしむ。水賊翟進、漢陽軍を襲い、守臣趙令戣を殺す。李光、韓世清を宣州に於いて執りて帰る。虔化県の賊李敦仁及びその徒、皆官を授けられ、諸軍に隷す。乙未、江陰軍を復置す。福建路の武尉を罷む。戊戌、葉夢得罷む。李光を以て江東安撫大使と為し、滁・濠等六州宣撫使を兼ねしむ。江・淮発運司を罷む。桑仲、郢州に如きて兵を調うるに、守将霍明、仲の将に逆を謀るを以て、これを殺し、その事を聞かす。庚子、金人方山原を攻め、陝西統制楊政これを援け、金兵引き去る。辛丑、又た隴安県を犯し、呉璘等これを撃ち走らす。淮南営田副使王寔、閑田三万頃を括りて六軍に給し耕種せしむ。丙午、中書門下省検正官を復置し、枢密院検詳官を省く。己酉、神武右軍中部統制楊沂中を以て神武中軍統制と為す。癸丑、河南鎮撫使翟興、部将楊偉に殺さる。甲寅、金人復た水洛城より来攻し、楊政等又たこれを敗る。庚申、曹成、賀州清水砦を寇し、守臣劉全城を棄てて去る。是の月、寿春府知事陳卞及び鈐轄陳宝等、兵を挙げて順昌府を復すも、尋いで兵を引き帰り、偽斉に逐われ、並びに寿春を失う。

夏四月甲子、曹成、賀州を陥とす。陳顒、循州を囲み、龍川県を焚く。江西安撫司に命じて将を遣わしこれを捕えしむ。丙寅、礼部進士張九成以下二百五十九人に及第・出身を賜う。庚午、翰林学士承旨翟汝文を参知政事と為す。壬申、福建諸州の雑犯死罪以下の囚を釈す。江西の軍賊趙進、瑞昌県を寇し、楊惟忠これを討ち降す。戊寅、偽斉統領王資、兵を率いて来帰す。富順監の男子李勃、偽って徐王と称し、行在に召し赴かしむ。壬午、詔して内外の侍従・監司・守臣に各々中原に流寓する士大夫三二人を挙げしめ、任使に備えしむ。癸未、詔して曰く「朕二相を登庸し、倚遇惟だ均し。其の薦用する人の、偏私して離間し、朋比して政を害するを得ざらしむ」と。孫傅に諡して忠定と曰う。乙酉、李綱始めて命を拝し、司を福州に置く。是の夜、太平州の軍士陸徳、城を拠りて叛き、守臣張錞を囚え、当塗県令鐘大猷を殺す。戊子、呂頤浩に命じて江・淮・荊・浙諸軍事を都督ととくせしむ。庚寅、劉豫、汴京に徙居す。是の月、王彦、馬嶺関に於いて董先を大破し、商州を復す。

閏月癸巳、高麗、使を遣わして入貢す。乙未、池州知事王進、陸徳を討ち、これを誅す。丙申、岳飛、賀州に於いて曹成を撃破す。都督府随軍転運司を置く。丁酉、左朝奉郎孫覿、前に臨安府を知り贓汙に坐す、死を貸し除名・象州羈管。後苑の工作を罷む。辛丑、韓世清、狂悖を以て誅せらる。丙午、岳飛、桂嶺県に於いて曹成を敗る。成、連州に走り、統制張憲を遣わし追撃せしめ、これを破り、又た郴州に走り、邵州に入る。丁未、福建宣撫司に賞軍銭十万緡を賜う。朱勝非の自便を聴す。乙卯、詔して諸鎮撫使に朝旨を奉ぜざれば、擅に兵を出すこと毋からしむ。劉光世、父の喪を聞き官を去る、特命して起復せしむ。己未、詔して自今明堂は専ら昊天上帝を祀り、以て太宗を配す。是の月、張浚、利・夔制置使王庶と成都府知事王似に命じて両易其職せしむ。襄・鄧副都統制李横・同副都統制李道、兵を合して郢州を囲み、霍明遁去す。

五月辛酉、兵部尚書権邦彦を以て簽書樞密院事と為し、樞密將領趙琦の所部兵を以て忠鋭第八将と為す。癸亥、呂頤浩出師し、神武後軍及び忠鋭両将を以て従行せしめ、百官班を送る。甲子、霍明を以て襄・鄧・随・郢州鎮撫使に権任す。詔して観察使已上に各二名の将帥に備ふべき者を薦挙せしむ。丁卯、両浙転運司の回易庫を廃す。己巳、紹興府余姚・上虞県の湖田を廃して湖と為し、民田を灌漑す。庚午、詔して建康行宮を修建せしむ。辛未、宗室子偁の子伯琮を選びて禁中に育つ。丙子、呂頤浩総師常州に至る。前軍将趙延寿の兵、呂城鎮に於いて叛く。丁丑、延寿金壇県を犯し、知県胡思忠を殺す。頤浩疾を称して進まず。戊寅、海州の賊王山漣水軍を犯す。総領蘇復・副統制劉靖兵を会して之を撃ち破る。庚辰、臨安府火災す。癸未、御前軍器所を置く。甲申、親しく囚を慮し、是より歳々之の如し。行在の権官を罷む。乙酉、劉光世王德を遣わし趙延寿の叛兵を建平県に追ひ、悉く之を誅す。丙戌、修政局を置き、秦檜を命じて提挙せしむ。詔して侍従・台省寺監官・監司・守令に省費・裕国・強兵・息民の策を条具せしむ。丁亥、中書門下省検正官仇悆を以て沿海制置使と為す。戊子、手詔して建隆の故事を用ひ、百官に命じ日一人を輪番して転対せしむ。両浙転運副使徐康国銷金屏障を献ず。詔して有司に之を毀たしめ、康国の官二階を奪ふ。太平州賊に被れし家の夏税を蠲免す。是の月、張浚参賛軍事劉子羽を以て興元府を知らしめ、王庶を黜け、復た王似を以て成都府を知らしむ。韓世忠洪州に至り、董旼を遣わし曹成を招く。成命を聴き行在に赴く。

六月庚寅朔、李宏兵を引いて潭州に入り、馬友を執へて之を殺す。甲午、李綱兵三千を領して福州を発つ。戊戌、詔して孟庾・韓世忠に班師せしむ。岳飛江州に屯駐す。庚子、劉光世を以て甯武・甯国軍節度使と為し、韓世忠を太尉と為し、移りて建康府に屯す。辛丑、李横を以て襄・郢鎮撫使と為し、李道を鄧・随鎮撫使と為す。壬寅、翟汝文罷む。孔彦舟叛き偽斉に降る。乙巳、権邦彦を以て兼ねて権参知政事と為す。戊申、仇悆福建路制置を兼ぬ。辛亥、台諫官の輪対を免ず。甲寅、呂頤浩を行在に召し赴かしめ、参謀官傅崧卿に権主管都督府事を令す。詔して両浙・江・淮の守臣に、東北より流寓する人を存撫せしむ。乙卯、韓世忠統制解元・巨振を遣わし潭州に入り、李宏を執へて帰る。

秋七月辛酉、福建諸州兵に被れし家の田税を悉く蠲免す。壬戌、湖北提挙茶塩司を復置す。甲子、福建提挙市舶司を罷む。己巳、翟琮を起復して河南府・孟汝唐州鎮撫使と為す。甲戌、淮東路提点刑獄司を罷む。丙子、馬友の党郝通兵五万を率ひて宣撫司に帰す。戊寅、廬州知事王亨安豊・寿春県を復す。己卯、呂頤浩入見す。庚辰、韓世忠劉忠を討ち、兵を岳州の長楽渡に駐め、大いに之を破る。忠淮西に走る。丁亥、詔して建炎以来の譜牒を編次せしむ。

八月壬辰、孟庾を以て兼ねて権同都督江・淮・荊・浙諸軍事と為す。癸巳、順昌県の賊餘勝等乱を為す。南剣州通判王元鼎之を捕へ殺す。甲午、安定郡王令話薨ず。丙申、詔して郡守の除罷行在に赴く者は、皆引対を得しむ。臨安府火災す。江州知事劉紹先を以て沿淮防遏使と為す。戊戌、朱勝非を命じて醴泉観提挙兼侍読と為し、日々朝堂に赴き事を議せしむ。沿海州県民の海舶を籍し、毎歳一更し、海道の険要を守らしむ。福建の饑民を賑恤す。己亥、傅雱の官を停め、英州に羈管す。庚子、詔して孟庾・韓世忠に大兵を総べて建康に至り、進みて行在に赴かしむ。戊申、給事中胡安国朱勝非を論ずるを以て罷む。宰執・台諫上疏して之を留めんとす。皆報へず。江西統制傅樞南雄の賊張忠・鄧慶・劉軍一等を討ち平ぐ。己酉、呉玠に田を賜ふ。甲寅、秦檜罷む。給事中程瑀等朱勝非を論駁するに坐し、其の秦檜に党すを疑はれ、並びに職を落とし宮観を主とす。彗星胃宿に出づ。乙卯、膳を減じ、輔臣に闕政を修めしめ、建康行宮の修建を罷む。

九月戊午朔、秦檜の職を落とす。己未、修政局を罷む。辛酉、彗星出づるを以て、大赦を行ひ、中外の臣民に時政を直言するを許し、陝西の諸叛将に自新を令するを許す。壬戌、王倫金国より使して還り入見す。潘致堯等を遣わし金国軍前通問使と為し、茶薬金幣を附し両宮に進む。甲子、直徽猷閣郭偉を以て淮西巡撫使と為す。乙丑、復た朱勝非を尚書右僕射・同中書門下平章事兼知枢密院事と為す。戊辰、司空しくう山の賊李通出で降る。之を都督府親軍統領と為す。癸酉、右朝請大夫呂源を以て浙東・福建沿海制置使と為し、定海県に治す。建昌軍知事朱芾石陂の賊餘照を撃ち、之を禽斬す。甲戌、彗星没す。丙子、復た郭仲荀を武泰軍節度使と為す。詔して墨敕に当らざる者あらば、三省・枢密院の奏稟を許し、給事中・中書舎人の繳駁を許し、台諫の論列を許し、有司の申審を許す。庚辰、福建提挙茶塩官に市舶司を兼領せしむ。辛巳、韓世忠を以て江南東・西路宣撫使と為し、他の帥臣宣撫使と称する者は並びに罷む。壬午、監察御史明橐等五人を遣わし江・浙・湖・広・福建諸路に宣諭し、仍詔を降して官吏に使を遣はし按察・勧懲・誅賞の意を諭す。癸未、新たに作れる行宮南門成る。甲申、提轄榷貨務張純淮・浙塩法を峻立し、其の算を増す。総領四川財賦趙開初めて四川塩法を変じ、尽く之を榷す。乙酉、太白昼に見ゆ。丙戌、興元府知事王似を以て川・陝宣撫処置副使と為す。丁亥、右監門衛大将軍・栄州防禦使令畤を封じて安定郡王と為す。是の月、韓世忠統制解元を遣わし蘄陽に於いて劉忠を襲撃し、大いに之を破る。忠劉豫に奔る。

冬十月戊子朔、牧馬監を饒州に置く。庚寅、李勃誅せらる。丙申、初めて江・浙・荊湖・広南・福建路都転運使を置く。甲辰、潘致堯楚州に至る。州事通判劉晏其の礼幣を劫ひ劉豫に奔る。守臣柴春戦ひ死す。戊申、平江府知事趙鼎を以て江東安撫大使と為す。丙辰、温・台二州の民の社会を結集するを禁ず。度量権衡を諸路に班し、私に造る者を禁ず。是の月、顔孝恭石陂の余賊李宝等を招き降す。

十一月辛酉の日、陳顒が汀州武平県を陥落させ、梅州・循州の二州を侵犯した。乙丑の日、初めて明州の鹵田塩を専売とした。辛未の日、江上に将を派遣して軍を慰撫することを議し、侍従官を召して利害を条陳させた。甲戌の日、李綱・劉洪道・程昌寓・解潛に命じて兵を合わせ湖寇の楊太を捕討させた。戊寅の日、范汝為の残党范忠が竜泉県を掠奪した。庚辰の日、詔して宣諭五使に、赴く州県の建炎以前に既に免除された税籍を焼却させた。癸未の日、臨安で大火があった。今月、関師古が抹邦山で偽斉の兵を破った。馬友の党羽歩諒が李綱のもとに降伏を申し出、李綱は潭州に入城し、その党羽郝晸は王進に降り、呉錫が王浚を捕らえた。湖南の盗賊は悉く平定された。

十二月丁亥朔の日、神武前軍の申世景らに命じて范忠を討捕させた。己丑の日、偽って栄徳帝姫と称した易氏が誅殺された。范忠が処州を侵犯した。巨師古が兵を率いて廬州に入り、王亨を捕らえて行在所に送った。甲午の日、李綱が罷免された。臨安府で火災があった。丙申の日、火災に遭った家を救済した。浙東沿海制置司を廃止した。丁酉の日、岳飛が統領の徐慶・王貴を派遣して萍郷の賊高聚を討ち捕らえた。己亥の日、胡舜陟を廬州・寿州等の州鎮撫使に任じた。金人が熙州・秦州を侵犯したが、関師古がこれを撃破した。庚子の日、駕部員外郎の李願を派遣して川・陝を慰撫宣諭させた。江西兵馬副鈐轄の張忠彦が暴虐不法を放任した罪により、潭州で斬られた。辛丑の日、程昌寓が杜湛を派遣して楊欽らを討ち、これを破り、三千余人を殺した。癸卯の日、川・陝宣撫司が陝西発解進士を類試し、周謨ら十三人を得て、便宜により進士出身を賜った。甲辰の日、張浚の宣撫処置使を罷免し、なお枢密院知事の職に留めた。夔州知事の盧法原を川・陝宣撫処置副使とし、王似とともに司事を共同で治めさせた。己酉の日、司封員外郎の周随亨を派遣して川・陝を共同で慰撫宣諭させた。庚戌の日、孟庾が建康より来朝した。辛亥の日、金人が商州を侵犯し、守将の邵隆が上津に退いて駐屯した。李横が偽斉の兵を破り、汝州を回復した。甲寅の日、孟庾に命じて江・淮・荊・浙諸軍事を共同で都督させた。詔して都督府に江東西・湖北・浙西の帥臣の経画する屯田を総治させた。張浚が承制により帰州を夔州路に隷属させた。この冬、金人が和尚原を侵犯し、将士は食糧が欠乏して自ら潰走し、呉璘は砦を抜き棄てて去った。虔州の賊謝達が恵州を侵犯した。

紹興三年

三年春正月丁巳朔の日、帝は臨安におり、百官を率いて二帝を遙拝し、朝賀を受けなかった。江西の将李宗諒が戍兵を誘って反乱を起こし、筠州を寇掠したが、統領の趙進がこれを撃退した。翟琮が西京に入り、偽斉の留守孟邦雄を捕らえた。諸路の憲臣に命じて常平司提挙を兼ねさせた。庚申の日、金人が上津を侵犯した。李横が潁順軍を破り、偽斉の知軍蘭和が降伏した。壬戌の日、金人が金州洵陽県を侵犯した。仇悆を福建・両浙・淮東路沿海制置使に任じた。癸亥の日、陳顒が潮州を包囲したが陥落せず、兵を率いて江西に向かった。甲子の日、李横が潁昌府を回復した。乙丑の日、詔して内外の刑官にそれぞれ仁平を務めさせ、台憲に検査させ、月ごとに平反した事柄を奏聞させ、年末に考察して殿最を定めた。金人が金州を陥落させ、鎮撫使の王彦は蓄積を焼き、西郷に退いて守った。庚午の日、行在所の宗正司を廃止し、嗣濮王の仲湜に命じて大宗正事を兼判させた。辛未の日、雷電と雨雹があった。渾天儀を造った。李通がその徒の王全に殺された。壬申の日、西外宗正に命じて司を福州に移させた。癸酉の日、大火の祭祀を復活させた。湯東野を淮東安撫使に任じた。乙亥の日、李横を襄陽府・鄧州随州郢州鎮撫使に任じた。丁丑の日、登州・萊州の山砦統制の范温が部兵を率いて海を渡って来帰した。庚辰の日、詔して春秋に諸陵を望祭した。張浚が上奏して王似を副使とすべからざることを論じ、これに因って罪を引き受け罷免を求めたが、返答がなかった。癸未の日、詔して民で復業する者は、墾田の多寡によって租額と賦役を定めることとした。乙酉の日、淮・浙の蚕塩銭を減額した。

二月丁亥朔の日、桂州を静江府に昇格させた。乙丑の日、権邦彦が薨去した。浙東の賊彭友が竜泉県を侵犯した。辛卯の日、李通の残党劉徳が舒州を包囲した。呉玠が饒風関で金人と遭遇し、王彦が西郷より来会したが、金人が分兵して関を攻め、統制の郭仲が敗走した。丁酉の日、饒風関が破られ、呉玠は西県に向かい、王彦は達州に奔り、四川は大いに震動した。張浚は罷職の命令を受けたが、諸軍がまさに潰走しているため、密かに施行せず、再び上奏して審議を求めた。己亥の日、金の帥撒離曷が興元府に入り、経略使の劉子羽はその城を焼いて三泉県に走り、呉玠は仙人関に退いて駐屯した。庚子の日、宗子の伯琮を和州防禦使とし、名を瑗と賜い、まもなく貴州に改めた。辛丑の日、広東諸州で賊に遭った民家の税を免除した。壬寅の日、鄭州兵馬鈐轄の牛皋・彭玘が兵を率いて李横と会し、李横は便宜により牛皋を蔡州・唐州鎮撫使に、彭玘を汝州知事に命じた。乙巳の日、翟琮が統制の李吉を派遣して伊陽で偽斉の兵を破り、またその将梁進の衆を殲滅した。丁未の日、王似が初めて宣撫副使の任命を受けた。戊申の日、虔州の賊周十隆が循州・梅州・汀州を侵犯したので、詔して統制の趙祥らに兵を合わせてこれを捕らえさせた。庚戌の日、李横を神武左軍副統制・京西招撫使に任じた。胡舜陟を淮西安撫使に改任した。辛亥の日、工部尚書の席益を参知政事とし、翰林学士の徐俯を簽書枢密院事に任じた。壬子の日、王全が廬州を侵犯した。甲寅の日、詔して守臣は官に着任して半年後に、民間の利害あるいは辺防に関する五事を具して上奏することとした。李横が人を遣わして潁昌の捷報を奏上したので、詔して李横に便宜行事を許した。乙卯の日、劉光世が酈瓊らを派遣して泗州に兵を駐屯させ李横の声援とした。今月、張浚は再び王庶を参謀官とし、巴州に赴かせて措置させた。時に金兵が深く侵入して金牛鎮に至ったが、伏兵を疑い、褒斜谷より兵を引き興元に還った。呉玠・劉子羽がその後を追撃し、殺獲甚だ多かった。

三月己未の日、詔して岳飛に虔州の賊を捕らえさせた。壬戌の日、重ねて統制の巨師古に命じて兵一万を率いて揚州に駐屯させた。胡舜陟が廬州に到着し、王全が降伏した。甲子の日、趙鼎を江西安撫大使に任じた。李横が檄を伝えて諸軍に東京の収復を命じた。己巳の日、金人が兵を派遣して劉豫を援け、李横は敗走し、潁昌は再び陥落した。壬午の日、韓世忠を淮南東路宣撫使に任じた。李綱が兵を派遣して李宗諒を撃ち降伏させ、詔してこれを市で誅戮した。

夏四月丁亥、朱勝非は母の喪のため去位す。偽斉の虢州知事董震及びその統制董先来帰す、震を以て権商・虢・陝州鎮撫使と為す。己丑、江東西・湖北・浙西に詔して民を募り荒田に佃作せしめ、三年の租を蠲免す。辛卯、劉光世を以て検校太傅・江南東路宣撫使と為す。金人興元を去る。壬辰、都督府を鎮江に移す。岳飛の軍虔州に次ぐ。甲午、偽斉の唐州知事胡安中来帰す。丙申、偽斉の李成虢州を攻め陥とす、董先・牛皋襄陽に奔る。己亥、昭慈献烈皇后の諡を改めて昭慈聖献と為す。復た五帝日月の祀を挙行す。庚子、文武の小官の俸を増す。辛丑、荊南統制羅広兵を率いて鼎州に至る。楊太の衆益々盛んにして、自ら大聖天王と号し、鐘相の少子子義を立てて太子と為す、広等討つこと克わずして還る。丁未、岳飛統領張憲・王貴を遣わして彭友を撃たしめ、これを禽斬す。劉忠部下の王林に殺され、首を伝えて行在に至る。戊申、浙西兵馬鈐轄史康民の所部の兵を以て忠鋭第九将と為す。己酉、張浚奏す、王庶・王似・盧法原の威望素より軽しと、乞うに劉子羽・呉玠を並びに判官と命ぜんことを、報いず。辛亥、徐文叛きて偽斉に奔る。

五月丙辰、翟琮を以て河南府・孟汝鄭州鎮撫使と為し、董先を副使と為す。丁巳、枢密計議官任直清を遣わして襄陽・商・虢・河南諸鎮を撫諭せしむ。己未、楊沂中に命じて厳州の盗賊を招捕せしむ。辛酉、睦親宅を建つ。董先を以て商・虢・陝州鎮撫使と為す。河南の布衣王忠民を徴して宣教郎と為す、行在に至り、辞して受けず。壬戌、潘致堯還り、言う金人重臣を通使せんことを欲して以て信を取らんと、遂に出師の議を寝す。乙丑、諸州の在任守臣の辟する通判を罷む。丁卯、韓肖冑等を以て金国軍前通問使に充つ。安化蛮辺を犯し、広西経略使許中兵を発してこれを撃つ。戊辰、楊沂中厳州の賊繆羅等を招降し、その徒百人を捕斬し、魔賊平ぐ。庚午、岳州数たび兵に被るを以て、今年の税役を免ず。壬申、詔す、守・令・尉・佐、境内に妖民聚集し、覚察すること能わずして乱を致す者は、並びに罪に坐すべしと。建昌軍知事朱芾南豊県の賊を討ち、その魁黄琛を禽誅す。乙亥、方に金国と和を議するを以て、辺兵の斉境を犯すことを禁ず。丙子、王彦金州を復す、金兵均・房を棄てて去る。韓世忠請う、大軍を以て鎮江に還さんことを。己卯、詔す、淮南統制解元泗州に戍し、余は江北に屯せしむ。周随亨・李願王似・盧法原を宣押して閬州に至らしむ、張浚始めて使事を解く。時に已に金牛の功を論じ、呉玠を以て利州路・階成鳳州制置使と為し、劉子羽を宝文閣直学士と為し、王彦を保大軍承宣使と為し、僚属将帥賞を第うること差あり。庚辰、浚及び子羽・王庶・劉錫等行在に赴く。詔して李横等に軍を収めて鎮に還らしむ。辛巳、宣撫司の便宜黜陟を罷む。

六月甲申朔、統制巨師古韓世忠の節制に違うに坐し、名を除き、広州に編管す。丙戌、六部架閣庫を復置す。丁亥、諸路に禁ず、淮北の人及び中原の軍の来帰する者を招納することを。戊子、元祐の宰相呂大防の官職を復し、諡を贈る。庚寅、詔して川・陝の死罪囚を降し、流以下を釈す。呉玠・関師古の将士を賞す。壬辰、張浚綿州に至り、復た奏す、王似任ずべからざることを。甲午、王𤫉に命じ諸軍を率いて楊太を討たしむ。己亥、沿海制置司を罷む。丁未、国子監及び博士弟子員を置く。戊申、王林の所部の兵を以て忠鋭第十将と為す。己酉、岳飛虔州より班師す。辛亥、兵を発して虔・広二州に屯駐せしめ、盗賊を弾圧す、州各三千人。是の月、金人方山原を囲み、王似呉玠に命じ兵を発してこれを救わしむ。

秋七月己未、博学宏詞科を復置す。初めて任子の就試を許す。甲子、久旱を以て、州県の和市の民物の直を償う。丁卯、詔して累朝の勲臣曹彬等三百人の子孫を訪求し、以て録用に備う。戊辰、王𤫉舟師を以て行在より発す。己巳、詔して膳を減じ、屠を禁じ、工役を弛め、苛嬈を罷め、両浙及び諸路の憲臣に命じ親しく部を按じて囚を録せしむ。辛未、紹興二年の和市の絁帛を蠲免す。癸酉、呂頤浩等旱を以て政を罷めんことを乞う、帝詔を賜いて曰く、「其の位を去るに与するは、何ぞ寅を同じくして協恭し、交えて不逮を修め、以て天心を克厭する所以を思わんや。」頤浩等乃ち復た視事す。乙亥、朱勝非起復す。丙子、泉州水溢れ、城を壊す。丁丑、中使を遣わして道に於いて張浚を逆趣せしむ。是の月、四川霖雨・地震す。

八月己丑、詔して岳飛行在に赴かしめ、精兵万人を留めて江州に戍せしむ。翟琮兵を率いて囲みを突きて襄陽に奔る、詔して其の地に屯駐せしむ。癸卯、諸路の禁軍闕額銭を輸することを罷む。甲辰、雨暘時にあらざるを以て、蘇・湖地震す、直言を求む。乙巳、史館修撰・直館検討官を復置し、郎官に命じ兼ねて著作郎及び佐郎を領せしむ。戊申、都転運司を罷む。己酉、詔す、湖南の丁米三分の二を民田に均しく取り、其の一を丁口に取る。辛亥、孟庾軍中より来朝す。

九月戊午、呂頤浩罷む。詔す、凡そ水旱災異に遇うは、監司・郡守即ち具して奏すべく、隠すこと毋れと。庚申、岳飛江州より来朝す。川・陝統領官呉勝偽斉の兵を黄堆砦に破る。丙寅、趙鼎を以て江西安撫制置大使と為す。壬申、詔す、中書舎人・給事中、凡そ制勅軍期機速に非ざれば、必ず先ず書押して而る後に報行すべしと。甲戌、偽斉の王彦先徐・宿二州を寇す。乙亥、劉光世を以て江東・淮西宣撫使と為し、司を池州に置く;韓世忠を鎮江建康府・淮南東路宣撫使と為し、司を鎮江府に置く;王𤫉を荊南府・岳鄂潭鼎澧黄州漢陽軍制置使と為し、司を鄂州に置く;岳飛を江南西路・舒蘄州制置使と為し、司を江州に置く;主管殿前司郭仲荀明州知事と為し、兼ねて沿海制置使と為し、神武中軍統制楊沂中兼ねて権殿前司と為す。己卯、呉勝蓮花城を克す。

冬十月癸未、朱勝非が『重修吏部七司敕令格式』を上進す。庚寅、呉玠に検校少保を加う。壬辰、王𤫉に進兵を促す。詔して私塩の重法を寛む。甲午、大理国の入貢を退ける。丁酉、残破州県は戸口の増損を視て守令の考課法を立てる。己亥、州県の擅に税場を増置するを禁ず。偽斉の李成、鄧州を陥とす。辛丑、南丹蛮の莫公晟、観州を囲み、宝積監を焼き、知監陳烈を殺す。壬寅、偽斉兵、襄陽に逼り、李横は糧尽きて城を棄て荊南に奔る。知随州李道も亦城を棄て去る。甲辰、王𤫉、湖賊を討ち、鼎口に戦いて利あらず。偽斉、郢州を陥とし、守臣李簡は城を棄て去る。私に戦士を役するを申し禁ず。丁未、三省に命じて銓曹の奸弊を除かしむ。戊辰、諸路の類省試を罷む。統制石世達及び杜湛、兵を合して湖賊黄誠を龍陽洲に大破す。庚戌、宗正少卿及び寺監諸丞を復置す。是月、王彦先、兵を引きて北寿春に至り、将に淮を渡らんとす。劉光世、建康に軍を駐め、馬家渡を扼す。又、酈瓊を遣わして無為軍に駐め、廬・濠の声援と為す。賊乃ち還る。

十一月己未、右文殿修撰王倫を以て都督府参議官と為す。癸亥、詔して監司・帥守に内・外宗子の民を病み政を害する者を察して以て聞かしむ。崔増・呉全、湖賊に陽武口に遇い、之に死す。甲子、韓肖胄等、使いより還る。乙丑、淮に沿う諸砦の兵の擅に斉境を侵すを禁ず。庚午、臨安府火災。甲戌、生口を掠い売って蛮夷嵠峒に入り、及び銅銭を以て中国を出づるを禁ず。乙亥、元祐十科挙士の法を復す。丁丑、賓・横・宜・観の四州に命じて戦馬を市わしむ。戊寅、王𤫉、鼎州より兵を引きて鄂に還り、統領王渥等の四軍を留めて程昌寓の節制を聴かしむ。己卯、南剣州の負う所の民間献納銭十六万緡を蠲免す。淮南州県の文武官を省く。

十二月辛巳朔、敕書を降して呉玠及び川・陝の将士を撫諭す。乙酉、臨安府火災。戊子、又火災。朱勝非、屡火を以て罷免を求め、允さず。丙申、王似、制を承けて通遠軍を廃す。己酉、金国元帥府、李永寿・王翊を遣わして来見す。

是歳、海寇黎盛、潮州を犯し、民居を焼き城を毀ちて去る。

紹興四年

四年春正月辛亥朔、帝、臨安に在り、百官を率いて二帝を遙拝す。乙卯、淮・浙路の塩鈔貼納銭を増す。章誼等を遣わして金国通問使と為す。己未、程昌寓、杜湛・王渥を遣わして楊太の皮真砦を攻め、之を破る。己巳、王似・盧法原・呉玠に詔諭し、之をして協和せしむ。金人、宕昌・臨江砦及び花石峡を犯す。関師古、統領劉戩を遣わし兵を分けて拒み之を却く。庚午、諸路の将帥に詔し、両国通使を以て輒ち辺備を弛むること毋からしむ。淮南州郡の津渡は尤も譏察を慎ます。甲戌、州県の新置せる弓手を罷む。乙亥、循・梅・潮・恵の四州の兵を被る家の租賦を蠲免す。丙子、三省・枢密院に申敕し、官を除くは並びに旧制に遵い、相侵紊すること毋からしめ、除拜・罷免は皆明らかに黜陟の由を示す。戊寅、金人、神坌砦を犯し、北嶺に沿いて大散関に至る。臨安府火災。己卯、韓肖胄罷免。

二月壬午、詔して贓罪死に至る者は仍て其の貲を籍す。癸未、建康府行宮を作る。席益罷免。乙酉、徐俯を以て参知政事を兼ねしむ。丙戌、川・陝諸将の北軍を招納するを禁ず。湖北軍賊檀成、長陽県を犯す。解潜、統領胡勉を遣わし捕え斬る。群盗田政、襄陽より峡州を犯す。己丑、解潜、統制王恪を遣わし田政を撃ち、之を斬る。庚寅、金人、両当県を犯す。乙未、詔して孟庾を行在に赴かしむ。己亥、詔して三衙管軍及び将帥観察使以上に、忠勇智略自ら代わる可き者一人を挙げしむ。辛丑、金人、仙人関を犯す。癸卯、詔して権に射殿を以て景霊宮と為し、四時に位を設けて朝献す。丙午、張浚入見す。

三月辛亥朔、呉玠、楊政・呉璘・田晟・王喜諸将を率いて兀朮と仙人関に戦い、之を大敗す。兀朮遁去す。戊午、雹降る。趙鼎を参知政事と為す。壬戌、孟庾行在に至り、都督府を罷め、其の兵を張俊に属す。乙丑、張浚、資政殿大学士を以て罷免せられ、尋ち職を落とし祠を奉じ、福州に居住す。己巳、淮南州県の民租一年を蠲免す。辛未、日に青赤黄の気有り。建炎以来の詔旨を編次し、諸路に頒つ。癸酉、興元府・洋州の兵を被る家の税役二年を蠲免す。丙子、王似を資政殿学士・川陝宣撫使と為し、盧法原を端明殿学士と為し、呉玠と並びに副使に充て、関師古を熙河蘭廓路安撫制置使と為す。

夏四月庚辰朔、趙開に命じて再任して四川財賦を総領せしむ。川・陝の官吏兵民に詔諭し、張浚の失措は当に遠竄を示すべしと雖も、猶お其の用いる所の呉玠等の能く大敵を禦ぎ、国に許し一心なるを嘉し、止だ薄き責めに従う。仍て宣撫司に講求諮訪せしめ、凡そ民を擾し衆に咈う事は速やかに之を厘革せしむ。癸未、劉子羽、白州に安置す。乙酉、詔して明堂は皇祐の典礼を用い、兼ねて天皇大帝・神州地祇以下の諸神を祀る。丙戌、呉玠、金兵を敗り、鳳・秦・隴州を復す。詔して特旨に処死せられ情法相い当たらず者は、大理の奏審を許す。淮南州軍の上供銭一年を蠲免す。庚寅、孳生牧馬監を臨安府に置く。甲午、広西提挙茶塩司を罷む。関師古叛き、洮・岷二州を以て偽斉に降り、呉玠並びに師古の軍を将う。乙未、詔して諸路に歳毎に戸口を上らしむ。丁酉、諸州の回易庫を罷む。庚子、劉光世に命じて兵を遣わし辺を巡らしむ。辛丑、保静州夷人入貢す。丙午、徐俯罷免。是月、王似、制を承けて符陽軍を廃す。知寿春府羅興叛き偽斉に降る。

五月庚戌朔、岳飛を以て黄復二州・漢陽軍・徳安府制置使を兼ねしむ。癸丑、范沖を宗正少卿兼直史館と為し、神宗哲宗の『正史』・『実録』を重修せしむ。甲寅、詔して淮南帥臣に営田使を兼ねしめ、守令以下に営田を兼管せしむ。岳飛、郢州を復し、偽斉の守荊超を斬る。甲子、孟庾を以て権枢密院事を兼ねしむ。乙丑、李横の軍に絹一万匹を賜う。丙寅、李成、襄陽を棄て去り、岳飛復た之を取る。金人、金州を攻む。鎮撫使王彦、統制許青等を遣わし之と漢陰に戦い、之を敗る。諸県の武尉を罷む。壬申、三省・枢密の細務を裁省し、六曹長貳に責めて専決せしむ。癸酉、国史日暦所を以て史館と為す。偽斉、李成の余衆を収め、兵を益して新野に駐む。岳飛と別将王万、夾撃し、復た之を大敗す。乙亥、王彦、数え金兵を洵陽県に敗る。丙子、復た宗室子彦の子伯玖を選び禁中に育つ。

六月壬申、川・陝の類試を再び命ず。乙未、太白昼見し天を経る。戊戌、詔して神武軍・神武副軍の統制・統領官を並びに枢密院に隷せしむ。庚子、霖雨のため、不急の役を罷む。壬寅、詔して三省・枢密院、凡そ幹請墨勅を奉ずるは、執奏して行わざるを許す。史館校勘官を置く。教場に明堂行禮殿を作る。甲辰、諸軍の強いて平人を刺して兵と為すを禁じ、已に刺したる者は皆これを釈す。呉玠、宮観を乞う、允さず。是月、熒惑南斗を犯す。岳飛の将牛皋、随州を復し、偽斉の守王嵩を執り、これを磔く。

秋七月戊申朔、虔州を曲赦す。吏部尚書胡松年を以て枢密院事を簽書せしむ。庚戌、湖南安撫席益を以て安撫制置大使と為す。建昌軍の軍卒修達等乱を為し、守臣劉滂を殺す、江西制置使胡世将、参謀侯愨・統制丘贇を遣わしてこれを討たしむ。壬子、呉玠に命じて夏国と通問せしむ。癸丑、湖賊楊欽等社木砦を破り、官軍敗れて退く、小将許筌戦歿す。丙辰、仙人関の功を賞し、呉玠を検校少師・奉寧保静軍節度使と為し、呉璘・楊政以下論賞差あり。丁巳、左右司に命じて歳ごとに郎官の功過治状を考へて以て賞罰と為さしむ。庚申、曲端・趙哲の官を復す。壬戌、岳飛、統制王貴・張憲を遣わして李成及び金兵を鄧州の西に撃ち破り、鄧州を復し、其の将高仲を禽す。丙寅、侯愨兵を引きて建昌軍に入り、修達等十三人を執り、これを斬る。建州の臘茶綱を罷む。詔して江東安撫司に水軍千五百人を招かしむ。己巳、湖賊万余人鼎・澧二州に詣りて降る。劉光世来朝す。庚午、王貴・張憲、金・斉の兵を破り、唐州及び信陽軍を復し、襄漢悉く平ぐ。辛未、章誼・孫近使より還り入見す、粘罕書を致して淮南に屯兵すること毋からんことを約す。

八月庚辰、趙鼎を以て枢密院事を知らしめ、川・陝宣撫処置使を充てしむ。湖賊夏誠等枝江県を犯す、解潜将蔣定舟を遣わしてこれと戦ひ、これを破る。辛巳、呉玠統領姚仲を遣わして隴城県を攻め、これを克つ。壬午、王𤫉賊を討つも功無きを以て、光州観察使に降す。戊子、改めて趙鼎に命じて川・陝・荊・襄諸軍事を都督せしむ。乙未、魏良臣等を遣わして金国通問使を充てしむ。丙申、王安石の舒王告を毀つ。己亥、周十隆出でて降るも、官軍に掠められ、復た遁れ去り、汀・循州を犯す。壬寅、王似罷む。岳飛を以て清遠軍節度使・湖北荊襄潭州制置使と為し、王𤫉に代わりて湖賊を討たしむ。癸卯、襄陽府・随・郢・唐・鄧州・信陽軍の六郡を以て襄陽府路と為す。

九月戊申、淮・浙路の塩鈔に増したる貼納銭を減ず。壬子、夏誠将李全功を遣わして公安軍を犯さしむ、解潜統制林閏等を遣わしてこれを撃ち斬る。安定郡王令畤薨ず。辛酉、明堂に天地を合祭し、大赦し、襄陽等六郡の三年租税を蠲す。庚午、朱勝非罷む。金・斉兵を合して淮陽より分道して来り犯す。壬申、淮を渡り、楚州守臣樊叙城を棄てて去る。韓世忠承州より退き鎮江府を保つ。癸酉、趙鼎を尚書右僕射・同中書門下平章事兼知枢密院事と為し、吏部尚書沈与求を参知政事と為す。

冬十月丙子朔、趙鼎と策を定めて親征し、張俊に命じて軍を以て淮東を援けしめ、劉光世軍を移して建康にせしめ、車駕日に択びて進発す。丁丑、孟庾を行宮留守と為し、統制王進の一軍及び神武中軍五百人を留めてこれに隷せしむ。百司軍旅の務に預からざる者は、便に従ひ兵を避くるを聴す。己卯、韓世忠鎮江より兵を率いて復た揚州に如く。金人滁州を犯す。張俊を浙西・江東宣撫使と為す。金人亳州を囲む。席益統制呉錫を遣わして兵を率いて徭賊楊再興を討たしめ、これを大破す。壬午、偽斉兵安豊県を犯す。癸未、復た張浚を資政殿学士・提挙万寿観兼侍読と為す。甲申、復た王𤫉を建武軍承宣使・江西沿江制置使と為す。丙戌、胡松年に命じて江上に詣らしめ、諸将と会して進兵を議せしむ。戊子、韓世忠金人を大儀鎮に邀撃し、これを破り、又た将董旼を遣わしてこれを天長県鴉口橋に破る。己丑、金人承州を攻む、韓世忠将成閔・解元を遣わして兵を合して北門に於いて撃ち、これを破る。金人濠州を囲む。甲午、秘書正字楊晨を遣わして詔を奉じ四川を撫諭せしむ。侍御史魏矼・監察御史田如鼇を遣わして劉光世・張俊の軍中に詣らしめて事を計らしむ、光世始めて軍を移して太平州とす。丙申、後宮に命じて温州より海を泛して泉州に如かしむ。金人濠州を陥し、守臣寇宏城を棄てて走る。丁酉、詔して州県に弓手・土兵を団教せしむ。戊戌、帝御舟を発して臨安を発つ、劉錫・楊沂中禁兵を以て扈従す。己亥、韓世忠の捷奏至る、戦死将士を収瘞するを命じ、仍て胡松年をして祭を致さしむ。庚子、張俊兵を率いて鎮江を発ち、建康に如く。壬寅、帝平江に次ぐ。陳東・欧陽澈に秘閣修撰を加贈し、其の子孫二人に官し、各々田一頃を賜ひ、且つ汪伯彦を追咎して観文殿学士を落とし、黄潜善は更に追復せず。韓世忠・楊沂中に命じて兵を分かち沿海の要地を控扼せしむ。癸卯、淮東の閘堰を焚決す。扈従諸軍に銭を賜ふ。乙巳、仇悆将孫暉を遣わして金人を寿春に於いて撃ち、これを破り、霍丘・安豊の二県を復す。是月、江・浙の坊場銭一界を借り、以て軍費に備ふ。

十一月戊申、太白昼に見ゆ。庚戌、承州水砦の首領徐康等が金兵を邀撃した功を賞し、官を転じ差等あり、なお承・楚・泰三州の水砦民兵の賦役を十年間免除す。沿江に烽火を置き、浙東諸郡の防城丁夫を放遣す。壬子、初めて詔を下し劉豫の逆罪を声し、親征の旨を論じ、以て六師を励ます。呉玠、統制楊従儀等を遣わし兵を率いて金人を臘家城に破る。癸丑、玠、節を納めて劉子羽の罪を贖わんことを乞う、ここに子羽の自便を聴す。金人、光州に入る。甲寅、偽斉の光州知州許約、石額山砦を破り、遂に之を占拠す。乙卯、韓世忠、兵を遣わし夜に金人の営を承州に劫い、之を破る。金人、六合県を犯す。丙辰、全椒県の三城湖を掠奪す。丁巳、諸路の大小臣僚に戒め、借貸・催科に吏の奸を縦して民を擾わし、及び盗賊の隙を窺う者を務めて絶たしむ。董旼・趙康直を命じて淮東水砦を総領せしむ。戊午、胡松年を以て兼権参知政事とす。金人、滁州を陥とす。劉光世、軍を建康に移す。韓世忠、軍を鎮江に移す。張俊、軍を常州に移す。己未、復た張浚を命じて枢密院事を知らしめ、其の忠を尽くし節を竭くすを以て中外に詔諭す。庚申、守江の将士を宴犒す。癸亥、劉光世、統制王徳を遣わし金人を滁州の桑根に撃ち、之を破る。黄榜を掲げ湖賊を招諭す。甲子、滁・和諸州に命じて治を移し保聚せしむ。乙丑、金人、滁口を犯す。己巳、劉光世、統制王師晟等を遣わし兵を率いて夜に南寿春府に入り金人を襲い、之を破り、偽斉の知府王靖を執る。広賊の区稠、韶州楽昌県を囲む、鈐轄韓京、兵を遣わし撃ち斬る。詔して張浚に江上を視師せしむ。

十二月乙亥朔、魏良臣・王絵、泗州軍前より還り入見す。戊寅、都督府右軍統制李貴に命じ兵を部し福山鎮に屯し扼ましむ。辛巳、中軍統制王進に命じ兵を泰州に屯し、通・泰を防拓せしむ。壬午、枢密都承旨馬拡を以て江西沿江制置副使とす。丙戌、呉倫、兵を遣わし臘家城を攻め、之を破る。丁亥、両淮の兵を避くる民に所在の閑田を耕種するを聴す。壬辰、金・斉の兵廬州に逼る、仇悆城に嬰り固守す、岳飛の遣わしたる統制徐慶・牛皋の援兵適時に至り、之を敗走せしむ。劉光世も亦た統制靳賽を遣わし慎県に戦う。張俊、統制張宗顔を遣わし金人を六合に撃破す。詔して江・浙・荊湖十四郡各々水軍五百人を募り、名づけて横江軍とす。両浙十郡の沿江海州県に招捕巡検土軍を置く。甲午、程昌寓、杜湛・彭筠を遣わし合撃して楊欽を破る。己亥、来年の正旦に日食あるを以て、詔を下し闕政を修め直言を求む。庚子、金人師を退く。辛丑、詔して浙西・江東二軍の死事者を葬祭す。壬寅、淮南転運司を省く。胡松年を遣わし常熟県・江陰軍の沿江に往常し軍事を計議せしむ。癸卯、金人滁州を去る。