高宗三
建炎四年
四年春正月甲辰朔、御舟は海中に碇泊す。乙巳、金人明州を犯し、張俊及び守臣劉洪道これを撃ちて退く。丙午、帝台州章安鎮に次ぐ。己酉、小校を遣わし海道より虔州に至り太后の安否を問わしむ。庚戌、金人再び明州を犯し、張俊兵を引き去り、浙東副総管張思政及び劉洪道相継ぎ遁走す。癸丑、郭仲荀を貶し汝州団練副使・広州安置とす。丙辰、両浙州郡の金に降れる官吏を赦すことを詔す。丁巳、婁宿陝州を陥とし、守臣李彥仙これに死す。己未、金人明州を陥とす夜、大雨雷電あり、勝に乗じて定海を破り、舟師を以て来たり御舟を襲う。張公裕大舶を以てこれを撃退す。辛酉、章安鎮を発つ。壬戌、雷雨また起こる。甲子、温州港口に泊す。乙丑、中書舎人李正民を以て両浙・湖南・江西撫諭使と為し、太后のもとに詣り安否を問わしむ。丁卯、台州守臣晁公為城を棄て遁走す。虔州の衛兵及び郷兵相殺し、火を放ち掠奪をほしいままにすること三日。劉可転京西を寇し、しばしば桑仲に敗れ、ここに至りその党に殺され、また劉超を推して荊門軍を拠らしむ。戊辰、滕康・劉玨罷免せられ、なお官職を奪わる。己巳、僧道の度牒を換給し、人ごとに銭十千を輸納せしむ。辛未、臣僚に命じ兵退いた後の措置の策・駐蹕の所を条具せしむ。是月、金人楚州を攻め、守臣趙立これを拒ぐ。金人邠州を犯し、曲端涇原路副総管呉玠を遣わし拒戦せしめ、これを彭原に敗る。また同州を陥とす。張浚謝亮を遣わし夏国に使わす。至ればその主乾順すでに制を称し、遂に還る。
二月甲戌朔、酈瓊衆を率いて劉光世に降る。叛将傅選虔州に詣り降を乞う。乙亥、祖宗の神禦を福州に奉安す。盧益を復た資政殿学士と為し、李回を端明殿学士と為し、並びに権知三省・枢密院事を詔す。金人潭州を陥とし、将吏王暕・劉價・趙聿之戦死し、向子諲兵を率いて門を奪い亡去す。金兵大いに掠奪し、その城を屠る。丙子、金人明州より兵を引き臨安に還る。癸未、虔州郷兵の首領陳新衆数万を率いて城を囲み、叛将胡友また虔州を犯し、新と戦いこれを破り、新すなわち去る。甲申、逃卒の別軍に投刺することを禁ず。丙戌、金人臨安より退兵し、劉光世に命じ兵を率いてこれを追わしむ。丁亥、金人汴京を陥とし、権留守上官悟出奔し、盗賊に殺さる。庚寅、帝温州に次ぐ。浙東防遏使傅崧卿越州に入る。辛卯、金人秀州を陥とす。甲午、蔡州知事程昌寓城を棄て南帰す。鼎州の民鐘相乱を起こし、自ら楚王と称す。乙未、杜充罷免さる。丙申、金兵退くを以て、肆赦を行う。張浚制を承けて陝西制置使王似を以て成都府知事と為す。諸路の武臣提点刑獄を罷む。李成舒州に入る。金の游騎平江に至り、周望太湖に奔り、守臣湯東野もまた遁走す。茶陵県の軍賊二千余人郴州永興県を犯す。戊戌、金人平江に入り、兵を放ち焚掠す。辛丑、白虹日を貫く。鐘相澧州を陥とし、守臣黄宗を殺す。権湖北制置使傅雱孔彦舟を招諭し、彦舟命を聴き、これにより湖南・北捉殺使と為す。荊南守臣唐愨城を棄て去る。金人醴州を陥とし、守臣王淑城を棄て去る。是月、張浚秦州より兵を引き入援す。
三月癸卯朔、孔彦舟鼎州に入る。金人平江を去り、統制陳思恭舟師を以て太湖においてその後軍を邀え撃ち敗る。呂頤浩浙西に幸することを請う。丙午、趙鼎金兵去ること未だ遠からずと言い、遂に行を緩む。丁未、発運司に命じ両浙の富民を説諭して米を助けしめ、巡幸に備えしむ。辛亥、兵部員外郎馮康国等を遣わし荊湖南北・広南諸路を撫諭せしむ。壬子、金人常州に入り、守臣周杞城を棄て去る。甲寅、盧益及び御営都統制辛企宗を遣わし太后を奉迎して東還せしむ。丙辰、金人終南県を犯し、経略使鄭恩戦い敗れ、これに死す。丁巳、金人鎮江府に至り、韓世忠焦山寺に屯しこれを邀え撃つ。侍従官に詔し各々監司に充つべき者一二人を挙げしむ。辛酉、御舟温州を発つ。宣撫司節制軍馬李允文部兵鄂州に至る。御営前軍の将楊勍叛く。甲子、張浚便宜に官を辟することを請い、動改を許さず。戊辰、孔彦舟鐘相を撃破し、相及びその子子昂を擒え、檻車に載せ行在に送る。己巳、戚方広徳軍を陥とし、権通判王儔を殺す。
夏四月癸酉、江西州県の兵盗に破られし民家の夏税を蠲免す。戊寅、呉玠金人と邠州彭原店において戦い、敗績し、部将楊晟これに死す。己卯、観文殿学士朱勝非を以て江西・湖南北宣撫使と為す。是日、張浚兵を引き房州に至り、金兵退くを知り、乃ち還る。癸未、帝越州に駐蹕す。甲申、親征を下詔し、浙西に巡幸す。韓世忠揚子江に軍を駐め、金人の帰路を遮り、しばしばこれを敗る。兀朮軍を引き建康に走る。乙酉、御史中丞趙鼎を以て翰林学士と為す。鼎固く辞し拝せず。戚方宣州を囲む。劉光世統制王徳を遣わし饒州において劉文舜を誘い誅す。丙申、趙鼎の劾奏を用い、呂頤浩を罷め鎮南軍節度使・醴泉観使と為す。三省・枢密院に命じ同班にて奏事せしむ。韓世忠及び兀朮再び江中に戦い、金人風に乗じて火を放ち、世忠敗績す。兀朮江を渡り、六合県に屯す。丁酉、復た趙鼎を御史中丞と為す。戊戌、明州の兵に遭いし民家を賑恤す。己亥、張俊を以て浙西・江東制置使と為す。辛丑、王徳妖賊王宗石を信州貴渓県において破り、その渠帥を執る。諸県悉く平る。是月、江西を犯せる金人荊門軍より北帰す。留守司同統制牛皋潜軍宝豊においてこれを撃破す。
五月甲辰、范宗尹を尚書右僕射兼禦營使に任ず。辛亥、統領赤心隊軍馬劉晏が戚方と宣州において戦い、敗れて死す。壬子、金人が建康府を焼き、李棁・陳邦光を捕らえて去る。淮南宣撫司統制岳飛が静安鎮において邀撃し、これを破る。この夜、紫微垣内に赤雲天に亙り、白気その中を貫く。癸丑、詔して台諫等の官に各々知る所の者二人を挙げしむ。張守を参知政事とし、趙鼎を簽書樞密院事とす。白金三万両を以て韓世忠の軍に賜い、戦歿の将孫世詢・厳永吉・張淵等に官を贈る。甲寅、金人が定遠県を陥とし、閭勍を捕らえて去る。勍屈せず、之に死す。巨師古が宣州において戚方を撃ち、数度これを破る。方引き去る。乙卯、王綯罷む。丁巳、劉光世に命じて軍を移し戚方を捕えしむ。楊勍が婺州を犯す。戊午、権尚書六部侍郎を復置す。癸亥、詔して中原・淮南の流寓の士人に、所在の州郡に附試するを聴す。甲子、周望罷む。尋いで分司・衡州居住とす。京畿・淮南・湖北・京東西路鎮撫使を置く。乙丑、高郵軍を昇めて承州となす。翟興・孟汝・趙立・劉位・趙霖・李成・呉翊・李彦先・薛慶を並びに鎮撫使とす:興は河南府・孟汝・汝州、立は楚州・泗州・漣水軍、位は滁州・濠州、霖は和州・無為軍、成は舒州・蘄州、翊は光州・黄州、彦先は海州・淮陽軍、慶は承州・天長軍。丁卯、慶が金人と承州城下において戦い、累ねてこれを破る。戊辰、江・浙の州県に命じて戦死の兵民を祭らしむ。江東・西を分かちて鄂州・江州・池州の三路とし、安撫使を置く。諸路の帥臣の兼制置使・諸州の守臣の兼管內安撫使を罷む。是の月、劉超が荊南を拠り、兵を分かちて峽州を犯し、又叛将彭筠と合して復州を犯す。淮西の敗将崔増が焦湖水砦を陥とす。河東・北経制使王俊が兵を挙げて金人と襄城県において戦い、これを破り、潁昌府を復す。張浚、制を承けて金州・房州を利路に隷せしむ。
六月辛未朔、紹興府三県の湖田米を蠲免す。詔して侍従・台諫・諸将に駐蹕の事宜を集議せしむ。楊勍が処州を犯す。癸酉、統制陳思恭を遣わして勍を討たしむ。江南両路の転運を合して都転運使となす。周望を再び貶して昭化軍節度副使・連州安置とす。甲戌、禦營司を罷む。范宗尹を以て知樞密院事を兼ねしむ。乙亥、王𤫉が統領林閏等を遣わして楊勍を東陽県において追襲せしむ。軍敗れ、裨将李在之に死す。丁丑、劉光世の部兵を以て御前巡衛軍とし、光世を都統制とす。楊勍等が建州を焼く。戚方が湖州安吉県を犯す。詔して張俊にこれを捕えしむ。戊寅、御前五軍を更めて神武軍とし、禦營五軍を神武副軍となす。知建康府権邦彦を以て淮南等路制置発運使とす。滁・濠鎮撫使劉位が賊張文孝に殺され、その子綱に命じて職を襲わしむ。庚辰、鎮撫使六人を置く:陳規は徳安府・復州・漢陽軍、解潛は荊南府・帰州・峡州・荊門軍・公安軍、程昌寓は鼎州・澧州、陳求道は襄陽府・鄧州・随州・郢州、范之才は金州・均州・房州、馮長寧は淮寧府・順昌府・蔡州。辛巳、囚を慮す。有司に申命し、崇寧以来の濫賞を討論厘正せしむ。諸州の添差通判職官を罷む。癸未、劉光世を行在に赴かしむ。甲申、岳飛が戚方を広徳軍において破る。乙酉、鐘相の偽将胡源が兵を引きて慈利県に入り、その党陳誠を捕らえて来降す。丙戌、呂頤浩を建康路安撫大使とし、劉光世を両浙路安撫大使とし、朱勝非を江州路安撫大使とし、郭仲威を真州・揚州鎮撫使とす。戚方、張俊に詣りて降る。庚寅、韓世忠に命じて兵を率いて行在に赴かしむ。辛卯、妖賊王宗石等誅せらる。壬辰、権密州都巡検徐文が部兵を率いて海を渡り来帰す。甲午、枢密院幹弁官四員を置く。乙未、郭仲威が鎮江府を犯す。岳飛を遣わしてこれを撃たしむ。是の月、兀朮、張浚が秦州に在ると聞き、兵を挙げて北伐せんとし、六合より兵を引きて陝西に趨る。
秋七月癸卯、劉光世、宣撫使の例に援い、便宜行事を乞う。許さず。詔して軍興以来諸州に便宜指揮を得たる者並びに罷む。乙巳、馮長寧が順昌府を復す。張浚、曲端の都統制を罷む。丁未、劉光世を集慶軍節度使・開府儀同三司とす。戊申、孔彦舟を辰州・沅州・靖州鎮撫使とす。張浚、黄金万両を献じて軍用を助く。宣撫司が統制官呂世存・王俊を遣わして鄜州を復す。その他の州県多く迎降す。後軍の将王辟叛き、帰州を陥とす。鈐轄田祐恭これを撃破す。己酉、王辟が房州を犯す。守臣韋知幾城を棄てて走る。庚戌、楊勍、劉光世の招安を受け、尋いで再び叛き去り、泉州を迫る。癸丑、崔増が太平州を犯す。守臣郭偉拒みてこれを退く。乙卯、金人が二帝を韓州より五国城に徙す。劉光世、司を平江に移すことを乞う。許さず。丙辰、張俊が諸将戚方等の兵万余を合わせて行在に赴く。丁巳、元祐党人の子孫に申命し、州郡において自陳せしめ、当に得べき恩数を尽く還す。韓世忠・張俊並びに罷む。己未、閩・広・淮・浙の海舶商販の山東に至るを禁じ、金人の郷導となるを慮る。詔して江・浙・福建の州県に、豪右に諭し民兵を募り険に拠り柵を立て、外寇を防遏せしむ。庚申、岳飛を通州・泰州鎮撫使とす。辛酉、建州の民範汝為乱を作す。統制李捧に命じてこれを捕えしむ。乙丑、李邦彦以下十九人の官職を復し、自便を聴す。李綱の銀青光禄大夫、許翰・顔岐の端明殿学士を復す。張浚、曲端を貶して階州居住とす。丁卯、金人が劉豫を立てて帝とし、国号を斉とす。戊辰、提領措置茶塩司を罷む。己巳、詔して王𤫉の部兵を信州に屯せしむ。程昌寓が将杜湛を遣わして李合戎を松滋県において擒う。是の月、張用が漢陽軍を拠る。沿江措置副使李允文これを招降し、便宜を以て鄂州路副総管に徙し、右軍統制馬友を以て漢陽軍を知らしむ。
八月辛未朔、礼部尚書謝克家を参知政事に任ず。壬申、李成江州に請降す、詔してこれを撫納し、張浚程千秋の官を停め、文州に編管す。癸酉、神武中軍の親兵六百人を選び番直して禁中に直す。甲戌、詔して侍従官日一員を輪直せしめ、治体に関わる故事を進めしむ。丁丑、韓世忠を以て検校少師・武成感徳軍節度使と為し、張俊を検校少保・寧武昭慶軍節度使と為す。監察御史常安民・左司諫江公望を左諫議大夫に贈り、その後二人を録す。庚辰、太后虔州より至る。薛慶金人と揚州城下に戦い、之に死す。郭仲威興化県に奔る。辛巳、侍御史沈与求・戸部侍郎季陵宰相范宗尹を論ずるを以て、皆黜せられ、宗尹復た事を視る。癸未、盧益罷む。張浚永興軍を復し、再び曲端を貶して海州団練副使・万州安置と為す。甲申、陳万信の余党雷進乱を作す。乙酉、慈利・石門二県を焚く。御営司参議官王択仁を以て権河東制置使と為し、山砦首領韋忠佺を都統制と為し、宋用臣・馮賽を同都統制と為す。丙戌、李成・呉翊を命じて上流を捍禦せしむ、翊城を棄て去り、成を以て四州鎮撫使と為す。李捧を命じて便道信州を過ぎ靳賽を招捕せしむ。戊子、饒・信の妖賊平ぐを以て、二州の徒以下の囚を赦し、民の今年の役銭を蠲む。滕康を永州に、劉玨を衡州に貶し、並びに居住せしむ。己丑、詔して岳飛楚州を救わしめ、仍て劉光世に兵を遣わして往援せしむ。辛卯、杜湛江を渡り群賊を討ち、石首等五県を復す。壬辰、盗梅州に入り、守臣沈同之を殺し、大いに掠りて去る。癸巳、福建安撫使程邁を命じて兵を会し範汝為を討たしむ。甲午、虢州知事邵興統制閻興を遣わし金人と解州東に戦い、屡々之を破る。金人承州を陥す。陳思恭を命じて兵を明州に屯し、以て海道を防がしむ。劉光世王徳・酈瓊を遣わし軽兵を以て江を渡らしむ。乙未、金の游騎と召伯埭に遇い、之を敗る。戊戌、桑仲を以て襄陽・鄧随郢州鎮撫使と為す。是の月、提挙広西峒丁を罷む。孔彦舟潭州に入る、宣撫司参議官王以寧兵を率いて之を拒ぐ、以寧敗れ、遁げ去る。宣撫司主管機宜文字傅雱彦舟の軍中に在り、制を承けて彦舟を以て権湖南副総管と為す。劉綱食乏しきを以て、兵を率いて溧陽に奔る。
九月辛丑、呂頤浩入見し、兵を益すを請い、王𤫉・巨師古・顔孝恭の兵を之に隷せしめ、境內に分屯す。壬寅、詔して諸路囚を決せしむ。甲辰、徽宗皇后鄭氏五国城に崩ず。戊申、秦鳳将関師古を命じて兵を行在に赴かしむ。劉豫北京に僭位す。庚戌、宣撫司僚属の便宜行事を禁じ、及び京西・湖南北路川陝宣撫司の節制に隷せざらしむ。癸丑、涇原同統制李彦琦金人と洛河車渡に戦い、之を敗る。乙卯、中書門下省検正官を罷む。桑仲均・房州を陥し、進みて白土関を犯す。丙辰、復た左右司郎官を増して四員と為す。金人楚州を攻め、趙立之に死す。丁巳、趙霖和州を復す。李成馬進を遣わし興国軍を犯す。戊午、荊襄の賊趙延寿徳安府を犯し、陳規拒みて之を却く。己未、金均房安撫使王彦桑仲と平麗県に戦い、之を敗る。王辟彦に詣り降る。辛酉、李捧范汝為と建州に撃ち、官軍皆潰え、捧遁げ去る。金人揚州を犯し、統制靳賽港河に逆戦し、之を敗る。金人延安府を陥し、呂世存を執り、又保安軍を陥す。癸亥、張浚都統制劉錫を遣わし五路の兵を統べ金将婁宿と富平県に戦わしむ、浚邠州に駐り督戦す、官軍敗績す。丙寅、劉光世に犒軍の銀二万両・絹二万匹を給す。戊辰、趙延寿郢州を焚く。金人楚州を陥し、鎮撫使李彦先救を求め、兵敗れ之に死す。
冬十月庚午朔、張浚環慶経略使趙哲を邠州に斬り、劉錫を貶して合州安置と為し、諸将に命じて各々兵を領して本路に帰らしむ。浚退きて秦州を保ち、陝西大いに震う。辛未、秦檜楚州金将撻懶の軍中より漣水軍丁禩水砦に帰る。壬申、楊惟忠・王𤫉を命じて李成を討たしむ。丙子、孔彦舟を以て鼎澧辰沅靖州鎮撫使と為す。戊寅、鐘相の余党楊華兵を挙げ桃源県を囲む。己卯、馬進江州を犯す。癸未、程昌寓鼎州に入り、楊華を撃ち、之を破る。甲申、劉光世を趣して楚州を救わしむ。丁亥、李回を以て同知枢密院事と為す。庚寅、前御史台検法官謝向を遣わし範汝為を招かしむ。張浚を召して兵を以て入援せしむ。李邦彦を追復して観文殿大学士と為す。辛卯、虔州の賊李敦仁及び弟世雄兵を挙げ虔州石城県を破る。甲午、楊惟忠を命じて兵を率い江州に屯せしむ。乙未、岳飛金人を承州に破る。丙申、詔して劉光世に諸鎮を節制せしめ、通泰州を守禦し、便に乗じ金人の淮を過ぐるを襲わしむ。是の月、馮長寧城を棄て去り、尋いで淮寧を以て劉豫に附す。江東の賊張琪建康府を犯し、劉洪道之を招降す。環慶路統制慕洧叛きて夏国に附す。涇原統制張中彦・経略司幹弁趙彬叛きて金人に降る。劉忠岳州平江県白面山に拠る。王善の余党祝友衆を擁して乱を為し、滁州龔家城に屯す。
十二月庚午、安南が入貢を請うたが、これを退けた。辛未、度支員外郎韓球を派遣して饒州・信州などの諸州の銭糧を徴発し、江・湖・川・広の上供はすべてこれを差し押さえた。壬申、孔彥舟に江州救援を命じた。丙子、節制軍馬の守臣が便宜行事を行うことを禁じた。丁丑、馬進が兵を分けて洪州を侵犯した。乙丑、李敦仁が撫州崇仁県を侵犯したので、李山・張忠彥に討伐を命じた。壬辰、金人が熙州を侵犯したが、総管劉惟輔がこれを撃破し、五千余人を殺した。甲午、再び熙州を侵犯し、惟輔の軍は潰走して捕らえられ、死んだ。乙未、張俊を江南招討使とし、李成を討伐させた。丁酉、範汝為が降伏したので、詔を下して民兵統領に補任した。今月、張浚が承制により海州團練副使曲端の左武大夫を復職させ、興州居住とした。
この年、宣撫処置司が初めて四川の民に毎年激賞絹三十三万匹余りを輸納させるように命じた。
二月戊辰朔、宜章県の民李冬至二が乱を起こし、英州・連州・韶州・郴州などの諸州を侵犯した。祝友が降伏したので、劉光世がその軍を分割し、祝友を楚州知州とした。庚午、行宮禁衛所を行在皇城司と改称した。李成の党の邵友が筠州を侵犯し、守臣王庭秀は城を棄てて去った。辛未、臨江軍を侵犯し、守臣康倬は逃げた。壬申、初めて歳祀の天地・社稷の礼を奏告の礼のごとく定めた。癸酉、桑仲が棗陽から兵を率いて襄陽に戻った。丁丑、鄜延の将李永琦が叛き、慶陽府を侵犯した。戊寅、州郡の統兵官が勝手に乱軍・盗賊を招安することを禁じた。己卯、日中に黒子があり、四日後に消えた。辛企宗を福建制置使とした。辛巳、秦檜を参知政事とした。壬午、水賊の張栄が通州に入った。癸未、辛企宗および謝向に詔して範汝為の兵を罷め帰還させよとしたが、汝為は命令に従わなかった。甲申、王𤫉・張俊に詔して馬進らの賊を挟撃して討捕せよとした。丙戌、秘書省を再設置した。己丑、孔彥舟・呂頤浩・張俊に命じて兵を合わせて李成を討伐させた。壬辰、雹が降った。癸巳、邵青が宣州を寇した。丙申、諸路の提刑司に詔して八月に類省試を行わせた。張浚もまた便宜により川・陝の挙人を合わせて置司の地で類省試を行わせた。丁酉、宣教郎範燾が孟忠厚を誣告し、かつ太后に及んだ罪により、除名・潮州編管に処せられた。今月、李敦仁が汀州を侵犯した。馬友がその党を派遣して鄂州を侵犯したが、総管張用が防いで退けた。李允文が馬友を権湖南招捉公事としたので、友は漢陽を大いに掠めて去り、岳州を過ぎると、守臣呉錫は逃げ、友はこれを占拠した。
三月戊戌朔、厳州・衢州の守臣柳約・李処勱に治績があったので、それぞれ官職を一等進めた。呂頤浩が崔増・王𤫉を派遣して兵を合わせて湖口で李成を撃ち、大いにこれを破った。庚子、張浚が富平の敗戦について上疏して罪を待ったが、詔して免じた。壬寅、諸路に遏糴を禁じた。丙午、張俊・楊沂中・岳飛が江を渡って馬進を撃ち、大いにこれを破った。孔彥舟が潭州を焼き掠めて衡州に向かった。己酉、李成が饒州を侵犯した。庚戌、張俊・楊沂中が再び筠河で馬進を撃ち、これを破り、筠州を回復し、進は江州に奔った。男子の崔紹祖が越王の次子を詐称し、上皇の詔を受けて天下兵馬大元帥となったとし、趙霖がこれを報告した。辛亥、行在に赴くよう詔した。劉光世に命じて淮南・京東路宣撫使を兼ねさせ、揚州に治所を置き、屯田を計画させた。光世は結局実行しなかった。甲寅、諸州の免行銭を廃止した。乙卯、金人が階州を破った。庚申、劉超が澧州を侵犯したので、統制杜湛が兵を率いてこれを防いだ。甲子、初めて詔を下して李成の罪を明らかにし、人を募って生け捕りまたは斬首させ、脅従者は赦免するとした。張俊が馬進を追って江州に至り、進は戦いに敗れて逃走した。乙丑、俊が江州を回復し、楊沂中・趙密が兵を率いて進を追撃し、また大いにこれを破った。成は蘄州に奔った。淮南・京東西の流民を救済した。荊湖東路安撫使向子諲が馬友を説得して降伏させ、ともに李冬至二を討伐し、これを平定した。今月、金人が張栄の縮頭湖水砦を攻撃したが、栄がこれを撃破し、捷報を伝えてきたので、劉光世は栄を泰州知州とした。金人が興州に迫ったので、張浚は退いて閬州を守り、端明殿学士張深を四川制置使とし、参議軍事劉子羽とともに益昌に向かわせた。参謀官王庶を龍図閣待制・興元府知府兼利・夔両路制置使とし、陝西諸路を節制させた。桑仲がその党の李道に随州知州を務めさせた。
夏四月己巳、張浚が制を承けて利・閬・剣・文・政の五州を利州路に分け、経略安撫使を置く。庚午、張琪が再び叛き、当塗県を犯す。金将撻懶が淮を渡り、宿遷県馬楽湖に屯す。壬申、太白昼に見ゆ。乙亥、劉光世が楚州を復す。階州統領杜肇が階州を復す。馬友が兵を率いて潭州に入る。戊寅、杜琪が澧州を棄て、劉超が入ってこれを占拠す。己卯、金の涇原帥趙彬が耀州を犯すも、守臣趙澄がこれを撃退す。淮賊の寇宏が濠州を犯す。庚辰、隆祐皇太后崩御。癸未、桑仲が鄧州を陥とし、守将譚兗は城を棄てて走り、河東招捉使王俊が兵を率いて来援すれども、仲はこれを捕らえて斬り、その党李横に州事を知らしむ。乙酉、太后のために期年の喪服を制す。辛卯、群臣三たび表を上り、始めて政を聴く。癸巳、向子諲に命じて兵を発し、広西安撫許中と共に険要を扼し、孔彦舟の広州入りを防がしめ、なお脅従の者には自新を許して招諭せしむ。是月、京西賊の李忠が商州を陥とし、守臣楊伯孫は城を棄てて走る。呂頤浩が統制閻皋・通判建昌軍蔡延世を遣わして李敦仁を襲撃し、その弟世雄・世臣を擒らう。
五月丙申朔、江西路の賊に侵された州県の賦税を免ず。丁酉、詔して呂頤浩・朱勝非・劉光世を並びに淮南諸州宣撫使を兼ねしむ。始めて李成の官を奪う。戊戌、張用を舒・蘄鎮撫使とす。癸卯、「大宋中興宝」を作り成る。金人が和尚原を犯すも、呉玠これを撃破す。丙午、初めて召試館職の制を復す。劉光世が統制王徳を遣わして揚州を襲わしめ、郭仲威を捕らえて献じ、誅せしむ。辛亥、水軍統制邵青が叛き、太平州を囲む。趙彬及び金人が兵を合わせて慶陽府を囲むも、守臣楊可升これを撃破す。甲寅、南外宗正事を知る令応に命じて幼年の宗子を選び、宮中に将に育せしむ。詔して耆戸長役銭を収む。己未、詔して州県が軍期により民の財物を徴取する者は、式を立てて榜示し、過数に催擾するを禁ず。庚申、孔彦舟が衆を率いて潭州を過ぎるも、馬友が迎撃して大いにこれを破る。彦舟は岳州に趨り、鄂州を犯す。李允文は彦舟を湖東副総管とし、漢陽に屯せしむ。辛酉、直秘閣宗綱を荊南鎮撫司措置営田官とし、樊賓を副とす。壬戌、劉光世が邵青を招降す。趙延寿が分寧県を占拠すれども、呂頤浩これを招降す。是月、張俊が李成と黄梅県に戦い、馬進を殺し、成敗れて劉豫に遁れ帰る。李忠・譚兗各々兵を率いて張浚に帰す。浚は王庶に命じてその兵を分かつ。張用再び叛き、江西を寇すも、岳飛これを招降す。湖州進士呉木が宰執を論ずる上書をなし、徽州に送って編管す。
六月己巳、始めて承直郎・修武郎以下の官を売る。壬申、皇太后に冊諡して昭慈献烈と曰う。甲戌、張琪が余杭を犯し、また宣州を犯す。乙亥、月心宿を犯す。庚辰、湖賊の楊華・楊広が鼎州を犯すも、程昌寓が拒ぎてこれを退く。上虞県丞婁寅亮が上書し、継嗣を選立するを請う。壬午、越州に昭慈献烈皇后を権欑す。張琪が徽州を犯し、守臣郭東は城を棄て去り、琪入りてこれを占拠す。癸未、張浚が大兵を率いて瑞昌県の丁家洲に至る。李允文が鄂より兵を部して浚に帰す。浚はその兵を併せ、允文を行在に護送す。邵青が舟師を率いて鎮江に至る。甲申、再び叛き去る。丁亥、崇安の民廖公昭が范汝為の余党熊志寧と合して乱を為し、衆既に散ずるも、志寧はまた建陽の民丁朝佐と兵を合わせて二県を陥とす。戊子、囚を慮う。己丑、邵青が江陰軍の福山を犯す。海州鎮撫使李進彦・中軍統制耿進を遣わし、舟師を率いて劉光世と会し、これを討たしむ。南安賊の呉忠・宋破壇・劉洞天が乱を為す。庚寅、江西提刑司が官を遣わしてこれを討ち、破壇・洞天は皆誅せられ、忠は遁れ去る。癸巳、熙河統制関師古・洮東安撫郭玠が共に熙州の叛兵を討ち、連ねてこれを破る。甲午、広賊の鄧慶・龔富が南雄州を囲むも、守臣鄭成之が兵民を率いて拒ぐ。建・剣・汀州及び邵武軍の租を免ず。是月、虢州知事邵興が盧氏県に屯すも、河南統制董先に破られ、興元に走り、先遂に商・虢二州を取る。張浚が制を承けて呉玠を陝西諸都統制とす。時に関隴六路尽く陥ち、階・成・岷・鳳・洮の五郡及び鳳翔の和尚原・隴州の方山原のみ残る。粘罕既に陝西の地を得て、悉く偽斉に与う。
秋七月乙未朔、馬友を権荊湖東路副総管とし、孔彦舟を討つを趣す。統制潘逵・後軍将胡江等が叛き、玉山・弋陽・永豊の三県を破る。枢密院準備将領徐文を遣わしてこれを討たしむ。戊戌、呉錫再び邵州に入る。庚子、岳飛を神武右副軍統制とし、軍を洪州に留めて盗賊を弾圧せしむ。辛丑、伯右武衛大将軍令話を安定郡王に封ず。壬寅、虔州賊の陳顒が乱を為す。命じて捕えるを趣す。甲辰、詔して秘書省の長貳に日歴を通修せしむ。丙午、劉光世が将喬仲福を遣わして邵青を常熟に撃たしむも、敗られる。撻懶宿遷より北帰す。戊申、韓世清が張琪を追襲し、祁門県を復す。庚戌、張俊が傅雱を執えて行在に赴かしむ。張浚が曲端を吏に属し、武臣康随を以て夔路刑獄を提点せしめ、王庶と雑治せしむ。辛酉、呂頤浩を行在に召す。張琪が饒州を犯すも、頤浩が閻皋を遣わしてこれを撃破す。琪の党姚興降り、琪は徽州に走る。癸亥、范宗尹罷免。是月、濠州守臣李玠城を棄て去る。王彦数え李忠を撃破す。趙彬来帰す。張浚が制を承けて彬を陝西転運使とし、また涇原兵馬都監李彦琪を本路副総管とす。彦琪尋いで叛き去る。
八月丙寅、孔彦舟を蘄・黄鎮撫使に任ず。丁卯、潭州知事呉敏を荊湖東西・広南路宣撫使に任ず。張浚、恭州の獄において曲端を殺す。張用の部兵、瑞昌に至り張浚に帰順す。浚、用を以て本軍統制と為す。戊辰、張守等、『紹興重修敕令格式』を上す。癸酉、再び汪伯彦を江東安撫大使と為す。乙亥、呂頤浩、将李鑄を遣わして舒州を復す。丁丑、昭慈献烈皇后の神主を温州太廟に祔す。戊寅、張守罷免さる。李回を参知政事に、富直柔を同知枢密院事に任ず。庚辰、杜湛、劉超と彭山に戦い、敗北す。辛巳、超及び楊華・楊広、兵を合して再び鼎州を寇す。程昌寓、湛を遣わし舟師を率いて之を撃破す。辛企宗を遣わし軍を福州に移し、熊志寧・胡江等の諸賊を討たしむ。韓世清、張琪と戦い、世清敗れ、琪再び祁門県に入る。壬午、張俊に命じ兵を遣わして之を捕えしむ。紹興銭を鋳造す。癸未、詔して邵青・張琪の脅従の徒党の自新を許す。乙酉、李成が順昌に在り、再び乱を謀るを恐れ、使者を遣わし蠟書を齎し淮寧・蔡州の将士を諭し、賞格を立て、人を募り成を禽斬せしむ。丁亥、秦檜を尚書右僕射・同中書門下平章事兼知枢密院事に任ず。庚寅、李綱の資政殿大学士を復す。人を募り京東・河南に往き金・斉の動静を伺察せしめ、仍て詔を齎し忠義保聚の人を慰撫す。蔡州鎮撫使範福、城を棄て去る。土豪李祐を以て之に代う。辛卯、徽州の賊に被りし民家の夏税を蠲免す。壬辰、三省・枢密院賞功房を置く。是月、郢州知事曹成、湖西を掠め沅州を犯し、復州知事李宏と合して済陽に屯す。既にして宏を攻む。宏、潭州に奔る。
九月甲午朔、張琪の党李捧、宣州を犯す。守臣李彦卿及び韓世清、之を撃退す。詔して江東・西路安撫使に建康府・洪州に復治せしむ。王𤫉を池州知事に、楊惟忠を江州知事に任じ、並びに管内安撫使を兼ね、部兵を率いて官に赴かしむ。丙申、李世臣を斬る。己亥、資政殿学士葉夢得を江南東路安撫大使に任じ、寿春等六州宣撫使を兼ねしむ。庚子、張琪、再び宣州を陥とす。已にして乃ち遁去す。辛丑、王𤫉に命じ琪を討たしむ。丁未、詔して歳に再び使を遣わし諸陵を省謁し、因って河南の将士を撫問せしむ。馬友に命じ鄂州に移屯せしむ。庚戌、宗室右監門衛大将軍士芑に命じ温州太廟を朝饗せしむ。辛亥、明堂に於いて天地を合祭し、太祖・太宗並びに配す。大赦す。諸州守臣の軍馬を節制するを罷む。元符末上書人の子孫を録用す。癸丑、再び呂頤浩を尚書左僕射・同中書門下平章事兼知枢密院事と為す。丁巳、王彦、秦郊店に於いて李忠を破る。忠、劉豫に奔帰す。戊午、福建転運司の民を抑えて助軍銭を出さしむるを禁ず。范宗尹の観文殿学士を落とす。己未、初めて河南諸鎮の屯田を措置す。戸部尚書孟庾を江東西・湖東等路宣諭制置使に任ず。辛酉、詔して四方に両宮を還す策を建つる有る者は、実封を以て聞えしめ、効有る者は王爵を以て賞す。壬戌、御史胡世将を遣わし福建の盗賊を督捕せしむ。是月、長星見ゆ。
冬十月乙丑、詔して蔡京・王黼の門人に実に才能有る者は、公挙して叙擢せしむ。李回罷免さる。丙寅、朱勝非を分司と為し江州居住せしむ。丁卯、李允文の恣睢専殺を以て、大理獄に賜死す。己巳、王德、邵青を招き、之を降す。庚午、孟庾を参知政事に、徽猷閣直学士湯東野を江・淮発運使に任ず。劉洪道、李捧・華旺を招降す。壬申、行在大宗正司を置く。癸酉、兀朮、和尚原を攻む。呉玠及び弟璘力戦し、大いに之を敗る。兀朮僅かに身を免る。丁丑、諸路の武尉を増置す。戊寅、張俊を太尉に任じ、婺州に移屯せしむ。壬午、初めて見銭関子を置き、人を招き入中せしめ、以て軍食を給す。范汝為再び叛き、建州に入る。守臣王浚明、城を棄て走り、辛企宗、福州に退屯す。甲申、劉超降を請う。超を以て光州を守らしむ。戊子、崔紹祖誅せらる。詔して邵青に舟師を以て行在に赴かしむ。己丑、越州を紹興府に昇格す。李成軍の正李雱誅せらる。承州知事王林、楚州に於いて張琪を禽え、檻車にて行在に送る。壬辰、程頤の孫易を録用し分寧令と為す。癸巳、范汝為、邵武軍を犯す。守臣呉必明・統制李山、兵を率いて之を拒ぐ。衆潰え、光沢県に退保す。関師古、秦州を復し、郭振を獲る。是月、劉豫、将王世沖を遣わし廬州を寇す。守臣王亨、大いに之を破り、世沖を斬る。曹成及び馬友、潭州に於いて戦う。成敗れ、攸県に還る。王才、将丁順を遣わし濠州を囲む。劉光世、兵を遣わし横澗山を攻む。順、囲みを解き去る。
十一月乙未、葉夢得、建康に至り、詔を以て王才を招き、之を降す。丙申、内侍を遣わし孔彦舟・桑仲を撫問す。丁酉、福建・江東の群盗に榜諭し、其の脅従の者を赦す。戊戌、詔して蹕を臨安に移す。孟庾を福建・江西・荊湖宣撫使に任じ、神武左軍都統制韓世忠を之に副えしめ、仍て謝向・陸棠を械して行在に赴かしむるを命ず。己亥、婁寅亮を監察御史に任ず。范汝為、光沢県を犯す。李山、信州に走る。辛丑、『紹興太常因革礼』を続編す。桑仲、劉豫の悪逆の罪を正すを請う。詔して荊南に幸進せんとす。乙巳、右司諫韓璜が富直柔に党するを以て、潯州税監を責む。張琪誅せらる。庚戌、富直柔罷免さる。荊湖・広西宣撫使呉敏、始めて命を受け柳州に司を置く。辛亥、康州を徳慶府に昇格す。壬子、詔して内外侍従各々知る所を挙げしむるに三人。丙辰、程昌寓、杜湛を遣わし楊華を撃ち、之を敗る。張俊に命じ使を遣わし詔を持ち曹成を招き、以て其の部を率いて行在に赴かしむ。己未、楊華降を請う。辛酉、吏部侍郎李光に命じ臨安府内外の諸軍を節制せしむ。壬戌、曹成、安仁県を犯し、安撫使向子諲を執り、道州を進攻す。是月、前廓州知事李惟徳、岷州を以て来帰す。呉玠、始めて人を遣わし夏国に通書す。
十二月乙丑の日、呉敏を罷免す。丙寅の日、枢密院都承旨を復置す。范汝為が葉澈を遣わして南剣州を寇すも、守臣の觷が拒戦し、これを大破す。己巳の日、吏部侍郎傅崧卿を遣わして淮東宣諭使と為す。甲戌の日、江東安撫司統制の郝晸・顔孝恭を遣わして建昌軍の賊を討たしむ。乙亥の日、辛企宗を罷免し、なお三官を追奪し、兵を率いて軍前に赴き自ら効力せしむ。丁丑の日、諸路の在官積欠を蠲免す。官戸の名田が制を過ぐる者は民と均しく科すべしとの詔を下す。岳飛を以て神武副軍都統制と為し、部兵を率いて洪州に屯せしむ。曹成、道州を陥とし、守臣の向子忞は城を棄てて走る。戊寅の日、彗星の出現により、直言を求む。行在の職事官の職銭を増す。駕部員外郎李願を遣わして川・陝を撫諭せしむ。己卯の日、両浙を東・西の二路に分ち、提点刑獄を置くとの詔を下す。庚辰の日、桑仲が兵を遣わして復州を寇すも、守臣の俎遹は城を棄てて去る。辛巳の日、広西提挙茶塩司を復置す。海州知州の薛安靖、偽の都巡検使王企中を殺し、軍民を率いて城を以て来帰す。諸路の酒銭を増し、以て軍費に備う。甲申の日、龍州知州の範綜・統制の雷仲、兵を挙げて水洛城を復す。己丑の日、陝西都統制の呉玠を起復して鎮西軍節度使と為す。江西安撫司に兵を趣して呉忠を討捕せしめよとの詔を下す。是の月、劉豫が将の王彦充を遣わして寿春府を攻む。桑仲が李横を遣わして再び金州を寇すも、王彦が馬郎嶺にて拒戦し、これを大破し、均州平らぐ。蔡州褒信県の弓手許約叛き、光州を拠す。階州安撫の孫注、洮州を復す。龔富ら南剣州を囲む。