| 元前 | 紀年 | 大事紀。 | 相位。 | 將位。 | 御史大夫位。 |
|---|---|---|---|---|---|
| 206 | 高皇帝元年 | 春,沛公為漢王,之南鄭。秋,還定雍。 | 一。丞相蕭何守漢中。 | 御史大夫周苛守滎陽。 | |
| 205 | 二 | 春,定塞、翟、魏、河南、韓、殷國。夏,伐項籍,至彭城。立太子。還據滎陽。 | 二。守關中。 | 一。太尉長安侯盧綰。 | |
| 204 | 三 | 魏豹反。使韓信別定魏,伐趙。楚圍我滎陽。 | 三 | 二 | |
| 203 | 四 | 使韓信別定齊及燕,太公自楚歸,与楚界洪渠。 | 四 | 三。周苛守滎陽,死。 | 御史大夫汾陰侯周昌。 |
| 202 | 五 | 冬、垓下で楚を破り、項籍を殺す。春、王は定陶で皇帝の位に就く。関中に入都する。 | 五。太尉の官を廃止する。 | 四。後九月、綰が燕王となる。 | |
| 201 | 六 | 太公を太上皇として尊ぶ。劉仲を代王とする。大市を立てる。咸陽を長安と改称する。 | 六。酇侯に封ぜられる。張蒼が計相となる。 | ||
| 200 | 七 | 長楽宮が完成し、櫟陽から長安に遷都する。匈奴を討つが、匈奴に平城を包囲される。 | 七 | ||
| 199 | 八 | 趙城で韓信の反乱軍を撃つ。貫高が乱を起こし、翌年に発覚して誅殺される。匈奴が代王を攻め、代王は国を棄てて逃亡し、郃陽侯に降格される。 | 八 | ||
| 198 | 九 | 未央宮が完成し、前殿で酒宴を開く。太上皇が輦に乗って上座に座り、帝が玉の杯を捧げて寿を祝い、「かつては臣が仲(劉仲)に及ばないと常に言われましたが、今の臣の功績は仲とどちらが多いでしょうか」と言う。太上皇は笑い、殿上で万歳が唱えられる。斉の田氏、楚の昭・屈・景氏を関中に移す。 | 九。相国に昇進する。 | 御史大夫の昌が趙の丞相となる。 | |
| 197 | 十 | 太上皇が崩御する。陳豨が代地で反乱を起こす。 | 十 | 御史大夫は江邑侯の趙堯。 | |
| 196 | 十一 | 淮陰侯(韓信)と彭越を誅殺する。黥布が反乱を起こす。 | 十一 | 周勃が太尉となる。代を攻撃。後に官職が廃止される。 | |
| 195 | 十二 | 冬、布を撃つ。帰途に沛を通過。夏、皇帝崩御、長陵に葬られる。 | 十二 | ||
| 194 | 孝恵元年 | 趙隠王如意が死去。長安城の西北部の建設を開始。諸侯の丞相を相に改称。 | 十三 | ||
| 193 | 二 | 楚元王、斉悼恵王が来朝。七月辛未、何が薨去。 | 十四。七月癸巳、斉相平陽侯曹参が相国となる。 | ||
| 192 | 三 | 長安城の建設を開始。蜀湔氐が反乱。これを撃つ。 | 二 | ||
| 191 | 四 | 三月甲子、赦免、再び作事なし。 | 三 | ||
| 190 | 五 | 沛城成に高祖の廟を建立、歌児120人を配置。八月乙丑、参が死去。 | 四 | ||
| 189 | 六 | 七月、斉悼恵王が薨去。太倉、西市を設置。 | 一。十月己巳、安国侯王陵が右丞相となる。曲逆侯陳平が左丞相となる。 | 堯が罪に服す。 | 広阿侯任敖が御史大夫となる。 |
| 188 | 七 | 皇帝崩御。大臣が張辟彊の計略を用い、呂氏の権力が強まり、呂台を呂王とする。少帝を立てる。九月辛巳、安陵に葬る。 | 二 | ||
| 187 | 高后元年 | 孝恵帝の諸子を王とする。孝悌力田を設置する。 | 三。十一月甲子、陳平を右丞相に移す。辟陽侯審食其が左丞相となる。 | ||
| 186 | 二 | 十二月、呂王台が薨去し、子の嘉が代わって呂王となる。八銖銭を発行する。 | 四。陳平。二。審食其。 | 平陽侯曹窋が御史大夫となる。 | |
| 185 | 三 | 五。三 | |||
| 184 | 四 | 少帝を廃し、代わりに常山王弘を皇帝に立てる。 | 六。四。太尉官を設置する。 | 一。絳侯周勃が太尉となる。 | |
| 183 | 五 | 八月、淮陽王が薨去し、その弟の壺関侯武を淮陽王とする。戍卒に毎年交代を命じる。 | 七。五 | 二 | |
| 182 | 六 | 呂産を呂王とした。四月丁酉、天下を赦した。昼間が暗くなった。 | 八。六 | 三 | |
| 181 | 七 | 趙王が幽閉されて死に、呂祿を趙王とした。梁王が趙に移され、自殺した。 | 九。七 | 四 | |
| 180 | 八 | 七月、高后が崩御した。九月、諸呂を誅殺した。後九月、代王が到着し、皇帝の位に就いた。後九月、食其が相を免じられた。 | 十。七月辛巳、帝の太傅となった。九月壬戌、再び丞相となった。八 | 五。隆慮侯灶が将軍となり、南越を攻撃した。 | 御史大夫蒼。 |
| 179 | 孝文元年 | 収孥相坐律を廃止した。太子を立てた。民に爵位を賜った。 | 十一。十一月辛巳、平が左丞相に移った。太尉絳侯周勃が右丞相となった。 | 六。勃が相となり、潁陰侯灌嬰が太尉となった。 | |
| 178 | 二 | 誹謗律を廃止した。皇子武を代王とし、参を太原王とし、揖を梁王とした。十月、丞相平が薨去した。 | 一。十一月乙亥、絳侯勃が再び丞相となった。 | 一 | |
| 177 | 三 | 代王武を淮陽王に移した。上は太原に行幸した。済北王が反乱した。匈奴が大挙して上郡に入った。地を全て太原に与え、太原を代と改称した。十一月壬子、勃が相を免じられ、国に帰った。 | 一。十二月乙亥、太尉潁陰侯灌嬰が丞相となった。太尉官を廃止した。 | 二。棘蒲侯陳武が大将軍となり、済北を攻撃した。昌侯盧卿、共侯盧罷師、甯侯鸱、深澤侯将夜が皆将軍となり、武祁侯賀に属し、兵を率いて滎陽に駐屯した。 | |
| 176 | 四 | 十二月己巳、嬰が死去。 | 一。正月甲午、御史大夫北平侯張蒼が丞相となる。 | 安丘侯張説が将軍となり、胡を討ち、代から出撃。 | 関中侯申屠嘉が御史大夫となる。 |
| 175 | 五 | 銭律を廃止し、民が銭を鋳造することを許す。 | |||
| 174 | 六 | 淮南王を廃し、厳道に移し、雍で道中に死去。 | 三 | ||
| 173 | 七 | 四月丙子、初めて南陵を設置。 | 四 | ||
| 172 | 八 | 太僕汝陰侯滕公が死去。 | 五 | ||
| 171 | 九 | 温室の鐘が自ら鳴る。芷陽郷を霸陵とする。 | 六 | 御史大夫敬。 | |
| 170 | 十 | 諸侯王が皆長安に至る。 | 七 | ||
| 169 | 十一 | 皇帝が代に幸行。地震が発生。 | 八 | ||
| 168 | 十二 | 黄河が東郡の金隄で決壊。淮陽王を梁王に移封。 | 九 | ||
| 167 | 十三 | 肉刑と田租税律、戍卒令を廃止。 | 十 | ||
| 166 | 十四 | 匈奴が大挙して蕭関に侵入、兵を発してこれを撃ち、長安の近くに駐屯。 | 十一 | 成侯董赤、内史欒布、昌侯盧卿、隆慮侯灶、甯侯鸱が皆将軍となり、東陽侯張相如が大将軍となり、皆匈奴を撃つ。中尉周舍、郎中令張武が皆将軍となり、長安の近くに駐屯。 | |
| 165 | 十五 | 黄龍が成紀に出現。皇帝が初めて雍の五帝を郊祀。 | 十二 | ||
| 164 | 十六 | 皇帝が初めて渭陽の五帝を郊祀。 | 十三 | ||
| 163 | 後元年 | 新垣平が方士を詐称、発覚し、誅殺される。 | 十四 | ||
| 162 | 二 | 匈奴との和親。地震。八月戊辰、蒼が丞相を免じられる。 | 十五。八月庚午、御史大夫申屠嘉が丞相となり、故安侯に封じられる。 | 御史大夫青。 | |
| 161 | 三 | 谷口邑を置く。 | 二 | ||
| 160 | 四 | 三 | |||
| 159 | 五 | 上、雍に幸す。 | 四 | ||
| 158 | 六 | 匈奴三万が上郡に入り、二万が雲中に入る。 | 五 | 中大夫令免を車騎将軍とし、飛狐に軍を置き、故楚相蘇意を将軍とし、句注に軍を置く。将軍張武は北地に屯し、河内守周亜夫を将軍とし、細柳に軍を置く。宗正劉礼は霸上に軍を置き、祝茲侯徐厲は棘門に軍を置く:胡に備える。数か月後、胡が去り、軍も罷める。 | |
| 157 | 七 | 六月己亥、孝文皇帝崩ず。丁未、太子立つ。民、三日間出て臨み、霸陵に葬る。 | 六 | 中尉亜夫を車騎将軍とし、郎中令張武を復土将軍とし、属国捍を将屯将軍とする。詹事戎奴を車騎将軍とし、太后に侍る。 | |
| 156 | 孝景元年 | 孝文皇帝廟を立て、郡国に太宗廟を置く。 | 七。司徒官を置く。 | ||
| 155 | 二 | 皇子の徳を河間王に、閼を臨江王に、余を淮陽王に、非を汝南王に、彭祖を広川王に、発を長沙王に立てる。四月中、孝文太后が崩御。嘉が死去。 | 八。開封侯の陶青が丞相となる。 | 御史大夫は錯。 | |
| 154 | 三 | 呉楚七国が反乱を起こし、兵を発して撃ち、全てを破る。皇子の端を膠西王に、勝を中山王に立てる。 | 二。太尉官を設置。 | 中尉の条侯周亜夫。太尉となり、呉楚を撃つ;曲周侯の酈寄が将軍となり、趙を撃つ;竇嬰が大将軍となり、滎陽に駐屯し、欒布が将軍となり、斉を撃つ。 | |
| 153 | 四 | 太子を立てる。 | 三 | 二。太尉は亜夫。 | 御史大夫は蚡。 |
| 152 | 五 | 陽陵邑を設置。丞相の北平侯張蒼が死去。 | 四 | 三 | |
| 151 | 六 | 広川王の彭祖を趙王に移す。 | 五 | 四 | 御史大夫は陽陵侯の岑邁。 |
| 150 | 七 | 太子の栄を廃して臨江王とする。四月丁巳、膠東王が太子に立てられる。青が丞相を罷免される。 | 六月乙巳、太尉の条侯亜夫が丞相となる。太尉官を廃止。 | 五。遷が丞相となる。 | 御史大夫舍。 |
| 149 | 中元年 | 二 | |||
| 148 | 二 | 皇子越が広川王に、寄が膠東王となる。 | 三 | ||
| 147 | 三 | 皇子乗が清河王となる。亞夫が相を免じられる。 | 四。御史大夫桃侯劉舍が丞相となる。 | 御史大夫綰。 | |
| 146 | 四 | 臨江王が召還され、自殺し、藍田に葬られる。燕数万が土を銜んで冢上に置く。 | 二 | ||
| 145 | 五 | 皇子舜が常山王となる。 | 三 | ||
| 144 | 六 | 梁孝王武が薨去。梁を五国に分け、諸子を王とする:子買が梁王、明が済川王、彭離が済東王、定が山陽王、不識が済陰王。 | 四 | ||
| 143 | 後元年 | 五月、地震。七月乙巳、日蝕。舍が相を免じられる。 | 五。八月壬辰、御史大夫建陵侯衛綰が丞相となる。 | 御史大夫不疑。 | |
| 142 | 二 | 二 | 六月丁丑、御史大夫岑邁が卒去。 | ||
| 141 | 三 | 正月甲子、孝景皇帝が崩御。二月丙子、太子が即位。 | 三 | ||
| 140 | 孝武建元元年 | 綰が丞相を免ぜられる。 | 四。魏其侯竇嬰が丞相となる。太尉を設置。 | 武安侯田蚡が太尉となる。 | 御史大夫抵。 |
| 139 | 二 | 茂陵を設置。嬰が丞相を免ぜられる。 | 二月乙未、太常柏至侯許昌が丞相となる。蚡が太尉を免ぜられる。太尉官を廃止。 | 御史大夫趙綰。 | |
| 138 | 三 | 東甌王広武侯望がその衆四万余人を率いて降伏し、廬江郡に居住させる。 | 二 | ||
| 137 | 四 | 三 | 御史大夫青翟。 | ||
| 136 | 五 | 三分銭を施行。 | 四 | ||
| 135 | 六 | 正月、閩越王が反乱を起こす。孝景太后が崩御。昌が丞相を免じられる。 | 五。六月癸巳、武安侯田蚡が丞相となる。 | 青翟が太子太傅となる。 | 御史大夫安国。 |
| 134 | 元光元年 | 二 | |||
| 133 | 二 | 帝が初めて雍に行き、五畤で郊祀を行う。 | 三 | 夏、御史大夫韓安国が護軍将軍となり、衛尉李広が驍騎将軍、太僕公孫賀が軽車将軍、大行王恢が将屯将軍、太中大夫李息が材官将軍となり、馬邑で単于を襲うが、合わず、王恢を誅す。 | |
| 132 | 三 | 五月丙子、河が瓠子で決壊する。 | 四 | ||
| 131 | 四 | 十二月丁亥、地震が起こる。田蚡が死去。 | 五。平棘侯薛澤が丞相となる。 | 御史大夫欧。 | |
| 130 | 五 | 十月、灌夫の一族を誅し、魏其侯を市で処刑する。 | 二 | ||
| 129 | 六 | 南夷に初めて郵亭を設置。 | 三 | 太中大夫衛青が車騎将軍となり上谷から出撃、衛尉李広が驍騎将軍となり鴈門から出撃、大中大夫公孫敖が騎将軍となり代から出撃、太僕公孫賀が軽車将軍となり雲中から出撃:いずれも匈奴を撃つ。 | |
| 128 | 元朔元年 | 衛夫人が皇后に立てられる。 | 四 | 車騎将軍衛青が雁門から出撃し匈奴を撃つ。衛尉韓安国が将屯将軍となり代に駐屯、翌年、漁陽卒を屯す。 | |
| 127 | 二 | 五 | 春、車騎将軍衛青が雲中から出撃し高闕に至り、河南の地を取る。 | ||
| 126 | 三 | 匈奴が代太守友を殺す。 | 六 | 御史大夫弘。 | |
| 125 | 四 | 匈奴が定襄・代・上郡に入る。 | 七 | ||
| 124 | 五 | 匈奴が代都尉朱英を殺す。澤が相を免じられる。 | 八。十一月乙丑、御史大夫公孫弘が丞相となり、平津侯に封ぜられる。 | 春、長平侯衛青が大将軍となり右賢を撃つ。衛尉蘇建が游撃将軍となり衛青に属す。左内史李沮が強弩将軍、太僕賀が車騎将軍、代相李蔡が軽車将軍、岸頭侯張次公が将軍、大行息が将軍:いずれも大将軍に属し匈奴を撃つ。 | |
| 123 | 六 | 二 | 大将軍衛青が再び定襄から出撃し胡を撃つ。合騎侯公孫敖が中将軍、太僕賀が左将軍、郎中令李広が後将軍。翕侯趙信が前将軍となり敗れて匈奴に降る。衛尉蘇建が右将軍となり敗れ、身をもって脱す。左内史沮が彊弩将軍。いずれも衛青に属す。 | ||
| 122 | 元狩元年 | 十月中、淮南王安と衡山王賜が謀反を企て、皆自殺し、国は除かれた。 | 三 | 御史大夫蔡。 | |
| 121 | 二 | 匈奴が雁門・代郡に侵入。江都王建が反乱。膠東王の子慶が六安王に立てられる。弘が死去。 | 四。御史大夫楽安侯李蔡が丞相となる。 | 冠軍侯霍去病が驃騎将軍となり、胡を撃ち、祁連に至る。合騎侯敖が将軍となり、北地から出撃。博望侯張騫と郎中令李広が将軍となり、右北平から出撃。 | 御史大夫湯。 |
| 120 | 三 | 匈奴が右北平・定襄に侵入。 | 二 | ||
| 119 | 四 | 三 | 大将軍青が定襄から出撃、郎中令李広が前将軍、太僕公孫賀が左将軍、主爵趙食其が右将軍、平陽侯曹襄が後将軍となり、単于を撃つ。 | ||
| 118 | 五 | 蔡が園堧を侵した罪で自殺。 | 四。太子少傅武彊侯莊青翟が丞相となる。 | ||
| 117 | 六 | 四月乙巳、皇子閎が斉王、旦が燕王、胥が広陵王となる。 | 二 | ||
| 116 | 元鼎元年 | 三 | |||
| 115 | 二 | 青翟は罪を犯し、自殺した。 | 四。太子太傅高陵侯趙周が丞相となった。 | 湯は罪を犯し、自殺した。 | 御史大夫慶。 |
| 114 | 三 | 二 | |||
| 113 | 四 | 常山憲王の子平を真定王に、商を泗水王に立てた。六月中、河東汾陰で宝鼎を得た。 | 三 | ||
| 112 | 五 | 三月中、南越の相嘉が反乱を起こし、その王と漢の使者を殺した。八月、周は酎金の罪で自殺した。 | 四。九月辛巳、御史大夫石慶が丞相となり、牧丘侯に封じられた。 | 衛尉路博德が伏波将軍となり、桂陽から出撃;主爵楊僕が楼船将軍となり、豫章から出撃:ともに南越を破った。 | |
| 111 | 六 | 十二月、東越が反乱を起こした。 | 二 | 故龍镪侯韓説が横海将軍となり、会稽から出撃;楼船将軍楊僕が豫章から出撃;中尉王温舒が会稽から出撃:ともに東越を破った。 | 御史大夫式。 |
| 110 | 元封元年。 | 三 | 御史大夫寛。 | ||
| 109 | 二 | 四 | 秋、楼船将軍楊僕・左将軍荀彘が遼東から出撃し、朝鮮を攻撃した。 | ||
| 108 | 三 | 五 | |||
| 107 | 四 | 六 | |||
| 106 | 五 | 七 | |||
| 105 | 六 | 八 | |||
| 104 | 太初元年 | 暦を改め、正月を歳首とした。 | 九 | ||
| 103 | 二 | 正月戊寅、慶が死去した。 | 十。三月丁卯、太僕公孫賀が丞相となり、葛繹侯に封じられた。 | ||
| 102 | 三 | 二 | 御史大夫延広。 | ||
| 101 | 四 | 三 | |||
| 100 | 天漢元年 | 四 | 御史大夫卿 | ||
| 99 | 二 | 五 | |||
| 98 | 三 | 六 | 御史大夫周 | ||
| 97 | 四 | 七 | 春、貳師將軍李廣利が朔方から出撃し、余吾水に至る。游擊將軍韓説が五原から出撃。因杅將軍公孫敖:皆匈奴を撃つ。 | ||
| 96 | 太始元年 | 八 | |||
| 95 | 二 | 九 | |||
| 94 | 三 | 十 | 御史大夫勝之 | ||
| 93 | 四 | 十一 | |||
| 92 | 征和元年 | 冬、賀が蠱の罪で死す。 | 十二 | ||
| 91 | 二 | 七月壬午、太子が兵を発し、游撃将軍の説と使者の江充を殺す。 | 三月丁巳、涿郡太守の劉屈氂が丞相となり、彭城侯に封ぜられる。 | 御史大夫の成。 | |
| 90 | 三 | 六月、劉屈氂が巫蠱の罪により斬られる。 | 二 | 春、貳師将軍の李広利が朔方より出撃し、兵を率いて胡に降る。重合侯の莽通が酒泉より出撃し、御史大夫の商丘成が河西より出撃し、匈奴を撃つ。 | |
| 89 | 四 | 六月丁巳、大鴻臚の田千秋が丞相となり、富民侯に封ぜられる。 | |||
| 88 | 後元元年 | 二 | |||
| 87 | 二 | 三 | 二月己巳、光禄大夫の霍光が大将軍となり、博陸侯となる。都尉の金日磾が車騎将軍となり、秺侯となる。太僕の安陽侯上官舛が大将軍となる。 | ||
| 86 | 孝昭始元元年 | 四。九月、日磾が卒す。 | |||
| 85 | 二 | 五 | |||
| 84 | 三 | 六 | |||
| 83 | 四 | 七 | 三月癸酉、衛尉王莽が左将軍に、騎都尉上官安が車騎将軍となる。 | ||
| 82 | 五 | 八 | |||
| 81 | 六 | 九 | |||
| 80 | 元鳳元年 | 十 | 九月庚午、光禄勲張安世が右将軍となる。 | 御史大夫訢。 | |
| 79 | 二 | 十一 | |||
| 78 | 三 | 十二 | 十二月庚寅、中郎将范明友が度遼将軍となり、烏丸を撃つ。 | ||
| 77 | 四 | 三月甲戌、千秋が卒す。 | 三月乙丑、御史大夫王訢が丞相となり、富春侯に封ぜられる。 | 御史大夫楊敞。 | |
| 76 | 五 | 十二月庚戌、訢が卒す。 | 二 | ||
| 75 | 六 | 十一月乙丑、御史大夫楊敞が丞相となり、安平侯に封じられる。 | 九月庚寅、衛尉平陵侯范明友が度遼将軍となり、烏丸を討つ。 | ||
| 74 | 元平元年 | 敞が死去。 | 九月戊戌、御史大夫蔡義が丞相となり、陽平侯に封じられる。 | 四月甲申、光禄大夫龍镪侯韓曾が前将軍となる。五月丁酉、水衡都尉趙充国が後将軍となり、右将軍張安世が車騎将軍となる。 | 御史大夫昌水侯田広明。 |
| 73 | 孝宣本始元年 | 二 | |||
| 72 | 二 | 三 | 七月庚寅、御史大夫田広明が祁連将軍となり、龍镪侯韓曾が後将軍となり、営平侯趙充国が蒲類将軍となり、度遼将軍平陵侯范明友が雲中太守となり、富民侯田順が虎牙将軍となる:皆、匈奴を討つ。 | ||
| 71 | 三 | 三月戊子、皇后が崩御。六月乙丑、義が薨去。 | 六月甲辰、長信少府韋賢が丞相となり、扶陽侯に封じられる。田広明、田順が胡を討ち還り、皆自殺。充国が将軍の印を奪われる。 | 御史大夫魏相。 | |
| 70 | 四 | 十月乙卯、霍后を立てる。 | 二 | ||
| 69 | 地節元年 | 三 | |||
| 68 | 二 | 四。三月庚午、将軍光が卒す。 | 二月丁卯、侍中・中郎将霍禹が右将軍となる。 | ||
| 67 | 三 | 太子を立てる。五月甲申、賢が老い、金百斤を賜う。 | 六月壬辰、御史大夫魏相が丞相となり、高平侯に封ぜられる。 | 七月、安世が大司馬・衛将軍となる。禹が大司馬となる。 | 御史大夫邴吉。 |
| 66 | 四 | 二。七月壬寅、禹が腰斬される。 | |||
| 65 | 元康元年 | 三 | |||
| 64 | 二 | 四 | |||
| 63 | 三 | 五 | |||
| 62 | 四 | 六。八月丙寅、安世が卒す。 | |||
| 61 | 神爵元年 | 上、甘泉太畤・汾陰后土を郊祀す。 | 七 | 四月、楽成侯許延寿が強弩将軍となる。後将軍充国が羌を撃つ。酒泉太守辛武賢が破羌将軍となる。韓曾が大司馬・車騎将軍となる。 | |
| 60 | 二 | 上郊雍五畤。祋祤から宝璧玉器が出る。 | 八 | ||
| 59 | 三 | 三月、相が卒す。 | 四月戊戌、御史大夫邴吉が丞相となり、博陽侯に封ぜられる。 | 御史大夫望之。 | |
| 58 | 四 | 二 | |||
| 57 | 五鳳元年 | 三 | |||
| 56 | 二 | 四。五月己丑、曾が卒す。 | 五月、延寿が大司馬・車騎将軍となる。 | 御史大夫霸。 | |
| 55 | 三 | 正月、吉が卒す。 | 三月壬申、御史大夫黄霸が丞相となり、建成侯に封ぜられる。 | 御史大夫延年。 | |
| 54 | 四 | 二 | |||
| 53 | 甘露元年 | 三。三月丁未,延寿去世。 | |||
| 52 | 二 | 赦免死罪,赐予高龄者及鳏寡孤独者帛,赐女子牛酒。 | 四 | 御史大夫定国。 | |
| 51 | 三 | 三月己丑,霸去世。 | 七月丁巳,御史大夫于定国任丞相,封西平侯。 | 太仆陈万年任御史大夫。 | |
| 50 | 四 | 二 | |||
| 49 | 黄龙元年 | 三 | 乐陵侯史子长任大司马、车骑将军。太子太傅萧望之任前将军。 | ||
| 48 | 孝元初元元年 | 四 | |||
| 47 | 二 | 五 | |||
| 46 | 三 | 六 | 十二月,执金吾冯奉世任右将军。 | ||
| 45 | 四 | 七 | |||
| 44 | 五 | 八 | 二月丁巳,平恩侯許嘉が左将軍となる。 | 中少府貢禹が御史大夫となる。十二月丁未,長信少府薛広徳が御史大夫となる。 | |
| 43 | 永光元年 | 十月戊寅,定国が免職される。 | 九。七月,子長が免職され、邸宅に退く。 | 九月,衛尉平昌侯王接が大司馬・車騎将軍となる。二月,広徳が免職される。 | 七月,太子太傅韋玄成が御史大夫となる。 |
| 42 | 二 | 三月壬戌朔,日蝕が起こる。 | 二月丁酉,御史大夫韋玄成が丞相となり、扶陽侯に封ぜられる。丞相賢の子。 | 七月,太常任千秋が奮武将軍となり、西羌を討つ;雲中太守韓次君が建威将軍となり、羌を討つ。後に実行されず。 | 二月丁酉,右扶風鄭弘が御史大夫となる。 |
| 41 | 三 | 二 | 右将軍平恩侯許嘉が車騎将軍となる。侍中・光禄大夫楽昌侯王商が右将軍となる。右将軍馮奉世が左将軍となる。 | ||
| 40 | 四 | 三 | |||
| 39 | 五 | 四 | |||
| 38 | 建昭元年 | 五 | |||
| 37 | 二 | 六 | 弘免。 | 光祿勳匡衡が御史大夫となる。 | |
| 36 | 三 | 六月甲辰、玄成薨。 | 七月癸亥、御史大夫匡衡が丞相となり、楽安侯に封ぜられる。 | 衛尉繁延寿が御史大夫となる。 | |
| 35 | 四 | 二 | |||
| 34 | 五 | 三 | |||
| 33 | 竟寧元年 | 四 | 六月己未、衛尉楊平侯王鳳が大司馬・大將軍となる。延寿卒。 | 三月丙寅、太子少傅張譚が御史大夫となる。 | |
| 32 | 孝成建始元年 | 五 | |||
| 31 | 二 | 六 | |||
| 30 | 三 | 十二月丁丑、衡が免職される。 | 七。八月癸丑、光祿勳詔嘉に印綬を上奏させて免職し、金二百斤を賜う。 | 十月、右将軍楽昌侯王商が光祿大夫・右将軍となり、執金吾弋陽侯任千秋が右将軍となる。譚が免職される。 | 廷尉尹忠が御史大夫となる。 |
| 29 | 四 | 三月甲申、右将軍楽昌侯王商が右丞相となる。 | 任千秋が左将軍となり、長楽衛尉史丹が右将軍となる。十月己亥、尹忠が自ら刺殺する。 | 少府張忠が御史大夫となる。 | |
| 28 | 河平元年 | 二 | |||
| 27 | 二 | 三 | |||
| 26 | 三 | 四 | 十月辛卯、史丹が左将軍となり、太僕平安侯王章が右将軍となる。 | ||
| 25 | 四 | 四月壬寅、丞相商が免職される。 | 六月丙午、諸吏散騎光祿大夫張禹が丞相となる。 | ||
| 24 | 陽朔元年 | 二 | |||
| 23 | 二 | 三 | 張忠が死去する。 | 六月、太僕の王音が御史大夫となる。 | |
| 22 | 三 | 九月甲子、御史大夫の王音が車騎将軍となる。 | 十月乙卯、光祿勳の于永が御史大夫となる。 | ||
| 21 | 四 | 七月乙丑、右将軍光祿勳平安侯の王章が卒す。 | 閏月壬戌、永が卒す。 | ||
| 20 | 鴻嘉元年 | 三月、禹が卒す。 | 四月庚辰、薛宣が丞相となる。 |
高祖が初めて挙兵し、群雄を呼び集める。天下は未だ定まらず、漢中を王とする。三傑を得て、六奇が功を献じる。章邯が既に破れ、蕭何が宮を築く。周勃は重厚、硃虛は至忠。陳平が相となり、條侯が総戎する。丙魏が志を立て、湯堯が躬を飾る。天漢の後、功績を表す。