巻019

太史公が列侯の封策を読み便侯に至りて曰く、これには由緒があるのだ。長沙王は、令甲に著されて、その忠を称えられている。昔、高祖が天下を定めたとき、功臣で同姓でないのに疆土を王たる者は八国あった。孝恵帝の時に至って、ただ長沙のみが全うし、五世を伝え、嗣なくして絶えたが、過失なく、藩として職を守ったことは、まことに信ずべきである。故にその恩沢は枝庶に流れ、功なくして侯となった者数人あり。孝恵帝より孝景帝に至るまでの五十年の間に、高祖の時に遣わされた功臣を追って修め、また代より来たりし者、呉楚の乱の功労、諸侯の子弟たる者親族のごとく、外国より帰義した者を封ずること九十余り。皆その始終を表し、当世の仁義成功の著しい者である。

孝恵帝の時

右は孝恵帝の時の三。

高后の時

右は高后の時の三十一。

孝文帝の時

右は孝文帝の時の二十九。

孝景帝の時

右は孝景帝の時の三十。

校勘

別に章忠信『著作権筆記・句読の著作権保護』を参照されたし。

この作品は全世界において公有領域に属する。著者が没して100年以上を経過し、かつ作品が1931年1月1日以前に出版されたためである。

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