巻84

志第三十四:選挙四

考課

凡そ朝官たる職官は、至元六年の格に、一考(一任期)で一等を陞すすめ、両考で通じて二等を陞めるまでとす。六部侍郎は正四品、旧例に従い通算八十ヶ月で、正三品に陞る。左右司郎中・員外郎・都事は、考満(任期満了)で二等を陞る。六部郎中・員外郎・主事は、三十ヶ月考満で一等を陞め、両考で通じて二等を陞る。

原文凡隨朝職官: 至元六年格,一考陞一等,兩考通陞二等止。六部侍郎正四品,依舊例通理八十月,陞〔正〕三品。左右司郎中、員外郎、都事,考滿陞二等。六部郎中、員外郎、主事,三十月考滿陞一等,兩考通陞二等。

凡そ官員の考数は、省部が定めて擬する。従九品は三任を歴へて、従八品に陞る。正九品は両任を歴て、従八品に陞る。正八品は三任を歴て、従七品に陞る。従七品は三任を歴て、省に呈する。正七品は両任を歴て、従六品に陞る。従六品は通算三任を歴て、従五品に陞る。正六品は両任を歴て、従五品に陞る。従五品から正五品に転ずるは、四品の欠員が少ないため、通算両任を歴て、必ず上州の州尹を一任歴て、初めて四品に入る。内外の正・従四品は、通算八十ヶ月で、三品に陞る。

原文凡官員考數: 省部定擬:從九品擬歷三任,陞從八。正九品歷兩任,陞從八。正八品歷三任,陞從七。從七歷三任,呈省。正七歷兩任,陞從六。從六品通歷三任,陞從五。正六歷兩任,陞從五。從五轉至正五,緣四品闕少,通歷兩任,須歷上州尹一任,方入四品。內外正從四品,通理八十月,陞三品。

凡そ行止(履歴・行状)を取りまとめること。中統三年、詔して簿を置き式を立て、各官の姓名・籍貫・年齢・入仕の順序を取りまとめしむ。至元十九年、諸職官の解由(離任証明書)が省部に到れば、その功過を考課し、以て罷免・昇進の憑よりどころとす。大徳元年、外任官の解由が吏部に到れば、ただ刑部において過失を照合し、各人の歴任を記した行止簿を作成し、就ついて照合して定擬する。

原文凡取會行止: 中統三年,詔置簿立式,取會各官姓名、籍貫、年甲、入仕次第。至元十九年,諸職官解由到省部,考其功過,以憑黜陟。大德元年,外任官解由到吏部,止於刑部照過,將各人所歷,立行止簿,就檢照定擬。

凡そ職官の回降(元の品級に戻すこと)。至元十九年、江淮の官で既に宣命・敕牒を受け、資品が相応する者は、例により二等を陞めて転任させる。江淮の官員は旧例に従い江淮において任用する。その既に考満した者は、全て回降を免ず。考満に至らぬ者は、例により一等を留保す。出身があり未だ流品に入るに合わず宣命を受けた者は、任を回されれば、三品は六品に同ずるよう擬し、四品は七品に同ずるよう擬し、正・従五品は正八品に同ずる。敕牒を受けた者は、正・従六品は従八品に同ずるよう擬し、七品・八品は正・従九品に同ずるよう擬し、正・従九品は提領案牘・巡検に同ずるよう擬す。出身なく及び白身(無官)の人が宣命を受けた者は、三品は七品に同ずるよう擬し、四品は八品に同ずるよう擬し、正・従五品は正九品に同ずるよう擬す。敕牒を受けた者は、正・従六品は従九品に同ずるよう擬し、七品・八品は提領案牘・巡検に同ずるよう擬し、正・従九品は院務監当官に同ずるよう擬す。その上項の資品ある人員が、更に接続する福建・両広の溪洞州郡に任用されれば、一等を陞めるよう擬す。両広・福建は、別に昇転を議す。至元十四年、都省が未だ江淮の官を注授(任命)せざる以前に、官府を創立し、百姓を招撫し、実に労績ある者は、その現受の職名が、若し宣命を受くべき者ならば、三品は七品に同ずるよう擬し、四品・五品は八品に同ずるよう擬す。若し敕牒を受くべき者ならば、正・従六品は正・従九品に同ずるよう擬し、その七品・八品は提控案牘・巡検に同ずるよう擬し、正・従九品は院務監当官に同ずるよう擬す。出身なく叙用すべからざる白身人は、その現受の職名が、宣命を受くべき者ならば、三品は八品に同ずるよう擬し、四品・五品は九品に同ずるよう擬す。敕牒を受くべき者ならば、正・従六品は提控案牘・巡検に同ずるよう擬し、七品以下は院務監当官に同ずるよう擬す。その上項の人員が、若し再び接続する福建・両広の溪洞州郡に任用されれば、一等を陞めるよう擬す。両広・福建は、別に昇転を議す。至元十四年以後、新たに収撫した州郡は、上例に准じて定奪す。前資(以前の資格)が応に又二等を陞めて転任させた江淮官員は、任を回されれば、前資の合得する品級を擬定し、上例により二等を陞め、ただ江淮において遷転し、若し腹裏(中央直轄地)に任用するは、並びに上例に依る。七品以下で、既に三品・四品を歴た者は、上項の出身あり未だ流品に入らざる人員の例に比附し、一高い方に従う。前三件は現擬の資品の上に一等を増して銓注(任命)す。二十一年、詔す。「軍官より民職に転入し、既に宣敕を受けながら未だ之任せざる者は、准定の資品に従い換授することを擬し、礼任(正式着任)の月日を始めとして、資考を理算(計算)して陞転す。若し先に宣敕を受け既に礼任し、資品相応する者は、月日を通算して陞転す。其の外、驟陞(急に昇進した)人員の前任の歴た月日は一考を除き、余りの月日と後任の月日とを、准定の資品に依り通算して陞転す。考に及ばざる者は、准定の資品に従い換授することを擬し、礼任の月日を始めとして、資考を理算して陞転す。腹裏の常調官は、資品相応する者は例に依り陞転する外、前資が未だ流品に入るに応ぜず宣敕を受けた者は、六品以下の人員は、有無の出身を照勘し、職事の品秩を験ためし、敕牒を受けた以後一考を歴た者は、江淮の例に同じて定擬し、考に及ばざる者は、更に一等を陞む。五品以上の人員は、斟酌して比附し議擬し、省に呈す。其の前に既に除授された者は、任を回され通算して定奪す。」

原文凡職官迴降: 至元十九年,定江淮官已受宣敕,資品相應,例陞二等遷去。江淮官員依舊於江淮任用。其已考滿者,並免回降。不及考者,例存一等。有出身未合入流品受宣者,任迴,三品擬同六品,四品擬同七品,正從五品同正八品;受敕者,正從六品同從八品,七品、八品同正從九品,正從九品同提領案牘、巡檢。無出身及白身人受宣者,三品同七品,四品同八品,正從五品同正九品;受敕者,正從六品同從九品,七品、八品同提領案牘、巡檢,正從九品擬院務監當官。其上項有資品人員,再於接連福建、兩廣溪洞州郡任用,擬陞一等。兩廣、福建,別議陞轉。 至元十四年,都省未注江淮官已前,創立官府,招撫百姓,實有勞績者,其見受職名,若應受宣者,三品同七品,四品、五品擬同八品;若應受敕者,正從六品同正從九品,其七品、八品擬同提控案牘、巡檢,正從九品擬同院務監當官。無出身不應敍白身人,其見受職名,應受宣者,三品同八品,四品、五品同九品;應受敕者,正從六品同提控案牘、巡檢,七品以下擬院務監當官。其上項人員,若再於接連福建、兩廣溪洞州郡任用,擬陞一等。兩廣、福建,別議陞轉。至元十四年已後,新收撫州郡、准上例定奪。前資不應又陞二等遷去江淮官員,任迴,擬定前資合得品級,於上例陞二等,止於江淮遷轉,若於腹裏任用,並依上例。七品以下,已歷三品、四品者,比附上項有出身未入流品人員例,從一高。前三件於見擬資品上增一等銓注。 二十一年,詔:「軍官轉入民職,已受宣敕不曾之任者,擬自准定資品換授,從禮任月日為始,理算資考陞轉。若先受宣敕已經禮任,資品相應者,通理月日陞轉外,據驟陞人員前任所歷月日除一考外,餘月日與後任月日依准定資品通理陞轉,不及考者,擬自准定資品換授,從禮任月日為始,理算資考陞轉。腹裏常調官,除資品相應者依例陞轉外,有前資未應入流品受宣敕者,六品以下人員,照勘有無出身,依驗職事品秩,自受敕以後歷一考者,同江淮例定擬,不及考者,更陞一等。五品以上人員,斟酌比附議擬,呈省據在前已經除授者,任迴通理定奪。」

凡そ吏属の年労差等:至元六年、吏部が呈するに、「省部の訳史・通事は、旧来は一百二十箇月で出職としていたが、今は案牘が繁冗であるから、九十月を満期とすべきである」。十九年、部が擬するに、「行省の通事・訳史・令史・宣使で、或は例によって革替罷免され、経歴した月日が等しくない者について、もし元来省掾として発遣された者で、一考に満たない者は、貼補を命ずるよう擬し、一考以上の者は、台院の令史出身の例に比して定奪する。自ら踏逐した者は、一等を降して叙し、一考に満たない者は、本省に還して区用させる。宣慰司の人吏で、省院より発遣された者で、一考に満たない者は、貼補を擬し、一考以上の者は、部令史出身に比して一等を降して定奪する。自ら踏逐した者は、さらに一等を降し、一考に満たない者は、別に定奪するところなし」。二十年、省が擬するに、「雲南行省は極辺の重地であるから、令訳史人等は、六十箇月で考満とする。甘粛行省の令訳史人等は、六十五箇月で考満とし、本土の人員は、旧例のまま用いる」。二十五年、省が准するに、「緬中行省の令史は、雲南行省と一体に出身とする」。大徳元年、省臣が奏するに、「省・台・院諸衙門の令訳史・通事・知印・宣使等は、旧来は九十月を満期としていたが、陞遷が甚だ急であるから、今は一百二十箇月を満期とし、応得の職事内で陞用する。また、聖旨を書き、奏事を掌り、選法を掌り、刑名の文字を応辦する必闍赤等は、八月を十月に折るが、今後は折算させない」。四年、制して諸衙門の令訳史・宣使人等を一百二十箇月を満期とする。部が議するに、「遠方の令訳史人等について、甘粛・福建・四川より発遣された者は、九十月で満期とする。両広・海北海南道より発遣された者は、八十箇月で満期とする。雲南省は八十箇月で満期とする。土人は一百二十箇月で満期とする」。都省が議するに、「皆九十月を考満とし、土人は例により一百二十箇月を満期とする」。至大元年、部が議するに、「和林行省は即ち遠方に当たるから、その人吏は四川・甘粛行省に比して九十月で出職とする」。二年、詔するに、「中外の吏員人等は、世祖の定制に依り、九十月で満期とする。参詳するに、一百二十箇月を歴て既に除を受けた者は、大徳十一年の内制に依り、外任は一資を減ずる。所有の詔書以後に在選して未だ除受せず、且つ見告満の人で、一百二十箇月を歴た者は、四考に合同して理算し、外任一資は再び減ずるを須いず」。省が擬するに、「九十月を満期とし、余有の月日は、後任で理算する。応満にして役を離れざる者は、役過の月日有りと雖も、准じず」。三年、省が准するに、「河西廉訪司の書吏人等の月日」。部が議するに、「旧例に准ずべきであり、雲南は六十箇月、河西・四川は六十五箇月、土人は九十月を満期とする」。皇慶二年、部が議するに、「凡そ内外の諸司吏員は、旧来は九十月を満期としたが、大徳元年に一百二十箇月を満期と改め、至大二年に旧制に復した。一紀の間に、除を受けた者衆し。その元除に三十箇月を一考とする者も有り、また四十箇月を一考とする者も有り、以て除せられたる所等しからざるを以て、往々例に援り陳訴し、選法に碍り有り。擬して已に降した詔条を格とすべきであり、大徳元年三月七日以後に入役し、未だ旧制に復せざる以前に、既に除せられたるも未だ除せられざるも皆四十箇月を一考とし、通理して一百二十箇月を満期とし、資を減じて陞転する。その未満で除を受けた者は、一体に考を理して定擬し、余り二十六月以上は、一等を陞するを准じ、十五月以上は、外任一資を減じ、十五月以下は、後任で理算する。格を改めたる後、応満にして役を離れざる者は、役過の月日、別に定奪するところなし」。

原文凡吏屬年勞差等: 至元六年,吏部呈:「省部譯史、通事,舊以一百二十月出職,今案牘繁冗,合以九十月為滿。」 十九年,部擬:「行省通事、譯史、令史、宣使或經例革替罷,所歷月日不等,如元經省掾發去,不及一考者,擬令貼補;及一考之上者,比臺院令史出身例定奪。自行踏逐者,降一等敍,不及一考者,發還本省區用。宣慰司人吏,經省院發,不及一考者,擬貼補;及一考之上者,比部令史出身降一等定奪。自行踏逐者,又降一等;不及一考者,別無定奪。」 二十年,省擬:「雲南行省極邊重地令譯史人等,六十月考滿。甘肅行省令譯史人等,六十五月考滿,本土人員,依舊例用。」 二十五年,省准:「緬中行省令史,依雲南行省一體出身。」 大德元年,省臣奏:「以省、臺、院諸衙門令譯史、通事、知印、宣使等,舊以九十月為滿,陞遷太驟,今以一百二十月為滿,於應得職事內陞用。又寫聖旨、掌奏事選法、應辦刑名文字必闍赤等,以八月折十月,今後毋令折算。」 四年,制以諸衙門令譯史、宣使人等一百二十月為滿。部議:「遠方令譯史人等,甘肅、福建、四川於此發去,九十月為滿。兩廣、海北海南道於此發去,八十月滿。雲南省八十月滿。土人一百二十月滿。」都省議:「俱以九十月為考滿,土人依例一百二十月為滿。」 至大元年,部議:「和林行省即係遠方,其人吏比四川、甘肅行省九十月出職。」 二年,詔:「中外吏員人等,依世祖定制,以九十月滿,參詳,歷一百二十月已受除者,依大德十一年內制,外任減一資。所有詔書已後在選未曾除受,并見告滿之人,歷一百二十月者,合同四考理算,外任一資不須再減。」省擬:「以九十月為滿,餘有月日,後任理算。應滿而不離役者,雖有役過月日,不准。」 三年,省准:「河西廉訪司書吏人等月日。」部議:「合准舊例,雲南六十月,河西、四川六十五月,土人九十月為滿。」 皇慶二年,部議:「凡內外諸司吏員,舊以九十月為滿,大德元年改一百二十月為滿,至大二年復舊制。一紀之間,受除者眾。其元除有以三十月為一考者,亦有四十月為一考者,以所除不等,往往援例陳訴,有礙選法。擬合依已降詔條為格,係大德元年三月七日以後入役,至未復舊制之前,已除未除俱以四十月為一考,通理一百二十月為滿,減資陞轉。其未滿受除者,一體理考定擬,餘二十六月已上,准陞一等,十五月之上,減外任一資,十五月之下,後任理算。改格之後應滿而不離役者,役過月日,別無定奪。」

凡そ吏員考満して従六品を授くる:至元九年、省が准するに、「省令史の出身は、中統四年以前は、六品に陞遷し、以後は七品を除授したが、至元以後は、事繁く責重し、宜しく中統四年以前の考満に准じて一体に注授すべきである」。三十一年、省が議するに、「三師の僚属、蒙古必闍赤・掾史・宣使等は、都省の設置に依るが、もし台院より転補せざる者は、等を降して叙す」。元貞元年、省が議するに、「監修国史の僚属は、三師の設けたる所に依るが、台院より転補せざる者は、等を降して叙す」。大徳五年、部が考満の省掾各各の資品を呈す。省が議するに、「今後院台并に行省の令史より選充して省掾となる者は、考満を理すと雖も、須らく三十箇月を歴て方し出職を許し、仍て省発と自ら踏逐したる者とに分ち、各部の令史は直に省掾の月日を理するを得ず」。

原文凡吏員考滿授從六品: 至元九年,省准:「省令史出身,中統四年已前,六品陞遷,已後七品除授,至元之後,事繁責重,宜依准中統四年已前考滿一體注授。」 三十一年,省議:「三師僚屬,蒙古必闍赤、掾史、宣使等,依都省設置,若不由臺院轉補者,降等敍。」 元貞元年,省議:「監修國史僚屬,依三師所設,非臺院轉補者,降等敍。」 大德五年,部呈考滿省掾各各資品。省議:「今後院臺并行省令史選充省掾者,雖理考滿,須歷三十月方許出職,仍分省發、自行踏逐者,各部令史毋得直理省掾月日。」

凡そ吏員が考課満了して正七品を授かる場合:至元九年、吏部が擬定したところによれば、「枢密院・御史臺・大司農司の令史の出身は、三考で正七品となる。一考以上の者は、月日を検分して定奪する。一考以下の者は、二十ヶ月以上なら従八品、十五ヶ月以上なら正九品、十五ヶ月以下で十月以上なら従九品とし、一資を添え、十月以下なら巡検とする」という。十一年、吏部が議して、「ザルグチ(扎魯火赤)の令史・訳史の考課満了は、枢密院・御史臺の令史・訳史の出身に合わせるべきであり、三考で出仕して正七品となる。自ら任用した者は一等を降とし、欠員は吏部令史の内から選び取る」とした。十四年、吏部が擬定したところによれば、「以前の諸站統領使司の令史は、吏部令史と同様の出身であったが、今や通政院が従二品に改められたので、通事・訳史・令史らは、御史臺・枢密院の人吏と一様に出身すべきである」という。十五年、翰林国史院が言上して、「本院の令史は中書省が認可した人員であり、その出身は御史臺と同一である。省掾に欠員がある時も、また勾補すべきである。吏部の牒を受けて、本院の令史は九十ヶ月で考課満了し、吏部令史と同様の出身とする。本院と御史臺はいずれも随朝の二品官であり、令史もまた御史臺の令史と一様の出身とすべきで、欠員は吏部令史の内から選び用いる」とした。十九年、吏部が擬定したところによれば、「泉府司は随朝の従二品であり、令史・訳史らは、中書省・吏部から発遣された者は、考課満了時に通政院の例によって定奪し、自ら任用した者は一等を降とする」という。二十年、安西王王相府の首領官令史を擬定し、御史臺・枢密院の吏属と一様に遷転させることとした。二十二年、吏部が擬定したところによれば、「宣徽院が二品に昇格し、御史臺・枢密院と品秩が同じとなったので、令史の出身は正七品として遷除貢補に合わせるべきであり、中書省・枢密院に欠員があれば、吏部令史の内から選び取る」という。総制院は御史臺とともに正二品であるので、吏部が擬定したところによれば、「令史・訳史の考課満了もまた一様に出身すべきである」という。二十三年、中書省が認可して、「詹事院の掾史は、もし六部から選抜充任した者であれば、考課満了で出仕して正七品となり、自ら任用した者は等級を降とする」とした。二十四年、集賢院が言上して、「本院は翰林国史院と品級が同じである」という。中書省が議して、「令史の考課満了は、一様に定奪する」とした。二十五年、中書省が議して、「上都留守司兼本路総管府の令史の出身は、三考で正八品とする。その吏部令史の内から選び取った者は、宣徽院・太医院の令史と一様の出身とする。上都留守司が正二品に昇格したので、現に設置されている令史で、自ら踏逐した者は、考課満了しても例とせず、従七品の内から選び用いる。吏部令史の内から選び取った者は、考課満了時に宣徽院・大司農司の令史と一様の出身とする」とした。吏部が議して、「都護府の人吏は通政院の令史・訳史らの出身に準じ、中書省・吏部から発遣された者は、考課満了で出仕して正七品となり、自ら任用した者は一等を降とする」とした。二十六年、中書省が認可して、「都功德使司は随朝の二品であり、令史・訳史らは、御史臺・枢密院の人吏と比べて一様に昇転する」とした。二十九年、吏部が呈上して、「大司徒の令史は、もし各部から選抜発遣された者であれば、三考で出仕して正七品となり、自ら任用した者は等級を降とする。崇福司は都護府・泉府司と品秩が同じであり、設置された人吏で、中書省・吏部から発遣された者は、考課満了で出仕して正七品となり、自ら任用した者は一等を降とする。福建省のジャワ(爪哇)征討に設置された人吏は、出征から帰還すれば、すべて考課満了と同様とする」という。三十年、中書省が認可して、「将作院の令史は、通政院などの衙門の令史に準じ、考課満了で正七品を除授する」とした。吏部が議して、「もし六部から選抜発遣された者であれば、考課満了で正七品を除授し、自ら任用した者は本衙門で敍する」とした。元貞元年、内史府の秩は正二品であり、令史もまた吏部令史の内から収補し、考課満了で正七品を除授し、自ら任用した者は等級を降とする。大徳九年、吏部が擬定したところによれば、「ココチュ(闊闊出)大司徒の令史は、もし各部から選抜発遣された者であれば、考課満了で正七品となり、自ら任用した者は等級を降とする」という。至大四年、中書省が認可して、「会福院の令史・知印・通事・訳史・宣使・典吏はすべて自ら任用した者であり、以前に擬定したところでは常調に拘わらず、考課満了は本衙門で区用する。隆禧院の令史らは、もし常選の者であれば、考課満了は例によって遷敍し、自ら任用した者は常調に入らず、本衙門で区用する」とした。皇慶二年、吏部が議して、「崇祥院の人吏は、吏部令史から発補された者は、例によって遷用し、そうでない者は等級を降として敍する」とした。延祐四年、吏部が議して、「隆禧院の令史・訳史・通事・知印・典吏は五臺山の殊祥院の人吏と一様に、常選の内から委付する。その出身は、もしかつて寺監を歴任し、かつ各部の令史らに籍記された者であれば、考課満了は二品衙門の出身と同様とし、等級を降として敍し、白身の者は等級を降とし、一資を添えて昇転する。中書省・吏部から発遣された者は、例によって遷敍する。後に欠員があれば、令史は必ず常選の教授・儒人・職官および吏部令史の現役上名の内から取補し、宣使は職官および相応の者の内から参補し、通事・知印は長官の保選に従い、なお職官を参用する。例に違って補充した場合は、別に定奪はない。殊祥院の人吏は、先に未定擬であったが、また一様とすべきである」とした。

原文凡吏員考滿授正七品: 至元九年,部擬:「院、臺、大司農司令史出身,三考正七品。一考之上,驗月日定奪。一考之下,二十月以上為從八品;十五月以上正九品;十五月以下,十月之上為從九品,添一資,歷十月以下為巡檢。」 十一年,部議:「扎魯火赤令史、譯史考滿,合依樞密院、御史臺令史、譯史出身,三考出為正七品,自用者降一等,有闕於部令史內選取。」 十四年,部擬:「前諸站統領使司令史,同部令史出身,今既改通政院從二品,通事、譯史、令史人等,宜同臺、院人吏一體出身。」 十五年,翰林國史院言:「本院令史係省准人員,其出身與御史臺一體,遇闕省掾時,亦合勾補。准吏部牒,本院令史以九十月考滿,同部令史出身,本院與御史臺皆隨朝二品,令史亦合與臺令史一體出身,有闕於部令史內選用。」 十九年,部擬:「泉府司隨朝從二品,令史、譯史人等,由省部發者,考滿依通政院例定奪,自行用者降一等。」 二十年,定擬安西王王相府首領官令史,與臺、院吏屬一體遷轉。 二十二年,部擬:「宣徽院陞為二品,與臺、院品秩相同,令史出身合依正七品遷除貢補,省、院有闕,於部令史內選取。」 總制院與御史臺俱為正二品,部擬:「令譯史考滿,亦合一體出身。」 二十三年,省准:「詹事院掾史,若六部選充者,考滿出為正七品,自用者降等。」 二十四年,集賢院言:「本院與翰林國史院品級相同。」省議:「令史考滿,一體定奪。」 二十五年,省議:「上都留守司兼本路總管府令史出身,三考正八品,其自部令史內選取者,同宣徽院、太醫院令史一體出身。上都留守司陞為正二品,見設令史,自行踏逐者,考滿不為例,從七品內選用;部令史內選取,考滿宣徽院、大司農司令史一體出身。」部議:「都護府人吏依通政院令譯史人等出身,由省部發者,考滿出為正七品,自用者降一等。」 二十六年,省准:「都功德使司隨朝二品,令譯史人等,比臺、院人吏一體陞轉。」 二十九年,部呈:「大司徒令史,若各部選發者,三考出為正(九)〔七〕,自用者降等。 崇福司與都護府、泉府司品秩相同,所設人吏,由省部發者,考滿出為正七品,自用者降一等。福建省征爪哇所設人吏,出征迴還,俱同考滿。」 三十年,省准:「將作院令史,依通政院等衙門令史,考滿除正七品。」 部議:「如係六部選發,考滿除正七品,自用者本衙門敍。」 元貞元年,內史府秩正二品,令史亦於部令史內收補,考滿除正七品,自用者降等。 大德九年,部擬:「闊闊出大司徒令史,若各部選發,考滿正七,自用者降等。」 至大四年,省准:「會福院令史、知印、通事、譯史、宣使、典吏俱自用,前擬不拘常調,考滿本衙門區用。隆禧院令史人等,如常選者,考滿依例遷敍,自用者不入常調,於本衙門區用。」 皇慶二年,部議:「崇祥院人吏,係部令史發補者,依例遷用,不應者降等敍。」 延祐四年,部議:「隆禧院令史、譯史、通事、知印、典吏同五臺殊祥院人吏一體,常選內委付。其出身若有曾歷寺監并籍記各部令史人等,考滿同二品衙門出身,降等敍,白身者降等,添一資陞轉;省部發去者,依例遷敍。後有闕,令史須於常選教授儒人職官并部令史見役上名內取補;宣使於職官并相應內參補;通事、知印從長官保選,仍參用職官,違例補充,別無定奪。殊祥院人吏,先未定擬,亦合一體。」

凡そ吏員、考満して従七品を授かる:至元六年、省が擬す:「部令史・訳史・通事等人、中統四年正月以前に収補せし者は、九十月を以て満と為すを擬し、従七品に注し、回降して正八品一任と為し、還って従七品に入る。以後充つる者も、亦た九十月を以て満と為すを擬し、正八品と為し、仍て回降を免ず。」九年、吏・礼部が擬す:「凡そ部令史、三考、従七品に注す。一考以上は、月日を験して定奪す。一考以下、二十月以上は正九品。十五月以上は従九品、十五月以下は、令史は提控案牘に充て、通事・訳史は巡検に充つ。太府監、改めて正三品と擬し、六部と同じくす。人吏は自ら踏逐し、已に歴たる月日を以て資考に准ずるは、倫に似ずと為す。改めて陞る月日を始めと為し、九十月を以て満と為し、部令史と同様に出職し、闕有るは籍記の部令史内に於いて挨次して収補す。」十一年、省議す:「省断事官令史は、六部令史と一体に出身す。若し実に俸月九十月を歴せば、考満して遷除し、闕有るは応補の部令史人内に於いて挨次して補用す。」省議す:「中御府正三品は、太府監令史の出身に同じく擬し、九十月にて従七品内に除授し、自ら踏逐する者は一等を降し、歇下の名闕は、応補の部令史人内に補填す。」十三年、省議す:「行工部令史は、六部令史と一体に出身す。四怯薛令史は、九十月にて部令史と同様に出身し、闕有るは籍記の部令史内に補填す。」二十年、部呈す:「行省の令・訳史等人は、台・院に比して一体に出身す。行台・行院の令訳史・通事等人は、九十月考満し、元より都省・台院より発去せし及び応補の人は、合せて台院より一等を降ず。」二十三年、省判す:「大都留守司兼少府監令史は、若し省部より発去の相応人員に係れば、部令史と同様に出身し、九十月考満して従七品と為し、自ら踏逐する者は等を降ず。」二十四年、省判す:「中尚監令史等人は、若し省部より発去の人員に係れば、太府監令訳史等の出身に同じくし、自ら踏逐する者は等を降ず。」太史院令史、部議す:「若し省部より発去の人員に係れば、従七品内に遷除し、自ら踏逐する者は、等を降して敍用す。」部擬す:「行省・台・院の令史は、九十月考満し、若し都省・台院より発去の腹裏請俸人員に係れば、行省令史は台院令史と同様に出身し、行台・行院は一等を降じ、倶に腹裏に於いて遷用し、自ら踏逐する者は一等を遞降し、江南に於いて任用す。」二十九年、省判す:「鞏昌等処便宜都総帥府令史等人の出身は、各道宣慰司と一体と擬し、自ら踏逐する者は等を降して敍用す。」大徳三年、省准す:「上都留守司令史は、旧は見役の部令史を以て発補す。籍居懸遠なるを以て、籍記の部令史内に於いて選発し、六部の見役令史と一体に転陞して二品衙門の令史と為し、転補尽さざる者は、考満して従七品に敍用す。」八年、部擬す:「利用監、大徳三年八月以前に入役せし者は、若し各衙門の有俸令史及び本監の奏差・典吏転補に充つれば、則ち応得の資品内に遷用し、庫子・本把より就陞し、并せて白身人よりは、雑職内に於いて通理して定奪し、自用の人は、本監委用す。」皇慶元年、制す:「典瑞監の人吏は倶に七品の出身を与う。」部議す:「太府・利用等四監同じ。省発する者は考満して六部と一体に敍し、其の余の寺監の令訳史は正八品、奏差は正九品。令す、典瑞監・前典宝監の人吏の出身は太府等監と同じくし、奉旨の事理に係る。」省議す:「已に除する者は、旧例に依り定奪す。」三年、省准す:「章慶使司の秩は正二品、見役の人吏は、若し随朝の二品衙門と同じくせば、考満して正七品を除す。徽政院の所轄司属に係るを縁り、量りに擬して考満して従七品を除す。自用する者は等を降し、若し及考の部令史転充に係れば、考満して正七品、未だ考に及ばざる者は只だ従七品を除す。闕有るは須らく例に依り補し、自用を許さず。」

原文凡吏員考滿授從七品: 至元六年,省擬:「部令史、譯史、通事人等,中統四年正月以前收補者,擬九十月為滿,注從七品,回降正八一任,還入從七。以後充者,亦擬九十月為滿,正八品,仍免回降。」 九年,吏、禮部擬:「凡部令史(二)〔三〕考,注從七品。一考之上,驗月日定奪。一考之下,二十月以上者正九品。十五月以上從九品,十五月以下,令史〔充〕提控案牘,通事、譯史〔充〕巡檢。太府監改擬正三品,與六部同,人吏自行踏逐,將已歷月日准為資考,似為不倫,擬自改陞月日為始,九十月為滿,同部令史出職,有闕於籍記部令史內挨次收補。」 十一年,省議:「省斷事官令史,與六部令史一體出身,若是實歷俸月九十月,考滿遷除,有闕於應補部令史人內挨次補用。」 省議:「中御府正三品,擬同太府監令史出身,九十月於從七品內除授,自行踏逐者降一等,歇下名闕,於應補部令史人內補填。」 十三年,省議:「行工部令史,與六部令史一體出身。 四怯薛令史,九十月同部令史出身,有闕以籍記部令史內補填。」 (三)〔二〕十年,部呈:「行省令、譯史人等,比臺、院一體出身。行臺、行院令譯史、通事人等,九十月考滿,元係都省臺院發去及應補之人,合降臺院一等。」 二十三年,省判:「大都留守司兼少府監令史,如係省部發去相應人員,同部令史出身,九十月考滿,從七品,自行踏逐者降等。」 二十四年,省判:「中尚監令史人等,若係省部發去人員,同太府監令譯史等出身,自行踏逐者降等。」 太史院令史,部議:「如省部發去人員,從七品內遷除,自行踏逐者,降等敍用。」 部擬:「行省臺院令史,九十月考滿,若係都省臺院發去腹裏請俸人員,行省令史同臺院令史出身,行臺、行院降一等,俱於腹裏遷用,自行踏逐遞降一等,於江南任用。」 二十九年,省判:「鞏昌等處便宜都總帥府令史人等出身,擬與各道宣慰司一體,自行踏逐者降等敍用。」 大德三年,省准:「上都留守司令史,舊以見役部令史發補,以籍居懸遠,擬於籍記部令史內選發,與六部見役令史一體轉陞二品衙門令史,轉補不盡者,考滿從七品敍用。」 八年,部擬:「利用監自大德三年八月已前入役者,若充各衙門有俸令史,及本監奏差、典吏轉補,則於應得資品內遷用;由庫子、本把就陞,并白身人,於雜職內通理定奪;自用之人,本監委用。」 皇慶元年,制:「典瑞監人吏俱與七品出身。」部議:「太府、利用等四監同。省發者考滿與六部一體敍,其餘寺監令譯史正八品,奏差正九品。令典瑞監、前典寶監人吏出身同太府等監,係奉旨事理。」省議:「已除者,依舊例定奪。」 三年,省准:「章慶使司秩正二品,見役人吏,若同隨朝二品衙門,考滿除正七品,緣係徽政院所轄司屬,量擬考滿除從七品,自用者降等,如係及考部令史轉充,考滿正七品,未及考者止除從七品。有闕須依例補,不許自用。」

凡そ吏員が考満して正八品を授かる場合:至元十一年、省が議して、「秘書監は従三品、令史は九十月を擬して出でて正八品と為す、自用の者は一等を降し、闕有れば諸衙門の考満典吏の内より補填す」と。省が議して、「太常寺は正三品、令史は九十月を以て出でて従八品と為す、闕有れば応補監令史の内より取用す」と。省が議して、「少府監は正四品、軍器監の令史出身に准じ、是れ省部より発去する者は、三考して正八品に任用し、自ら踏逐する人員は、考満して一等を降す」と。省が議して、「尚牧監は正四品、省部より発去する令史は、九十月を擬して出でて正八品と為し、自用の者は一等を降す、闕有れば諸衙門の典吏の内より選補す」と。部が擬して、「河南等路宣慰司は外任従二品に係り、随朝の各部正三品衙門と相同じく、令史は九十月を以て部令史と同様に遷転することを准ず。開元等路宣撫司は外任正三品、令訳史は前例に比して一等を降し、九十月して正八品の内に遷転す」と。十四年、部が擬して、「枢密院断事官令史は、九十月を以て出でて従八品と為すことを擬し、闕有れば諸衙門の考満典吏の内より補用す」と。十六年、部が擬して、「枢密院断事官は今従三品に改む、所設の人吏、若し上司より発去する人員に係らば、九十月を歴て、省断事官令史に比して等を降し正八品の内に遷除し、自用の者は一等を降し、闕に遇えば相応の人内より発遣す」と。二十一年、部が擬して、「広西・海北海南道宣慰司令史・訳史・奏差人等は、嶺南広西道等処按察司の書吏人等と一体に、二十月を理算して一考と為し、六十月を擬して同考満とす」と。省が准えて、「広東宣慰司は其の地山に倚り海に瀕し、極辺煙瘴の地なり、令史は議して優陞に合すべし、泉州行省の令訳史等に依り、二十月を以て理算して一考とす」と。二十二年、省が准えて、「詹事院府正・家令二司は、宮闈に給侍し、正班三品なり、令史は即ち各司自用の人員に非ず、俸秩は六部と同し、若し院掾史に闕有れば、両司令史の内より選補し、資品出身を擬定し、枢密院の所轄各衛令史の出身に依り、考満して出でて正八品と為す。尚醞監令史は、六部令史と同議し、諸監令史は考満して正八品の内に遷用し、及び省部より発去せざる者は例にて一等を降す、尚醞監令史も亦一体たるべし」と。二十三年、省が准えて、「太常寺令史は、九十月を歴て、正八品の内に任用し、闕有れば呈准籍記人の内より選取す。雲南省羅羅斯宣慰司兼管軍万戸府の首領官・令史人等は、雲南行省令史の例に依り、六十月考満し、首領官は勅を受け、例として三十月を以て一考と為す。武備寺は正三品、令訳史等の出身は、先ず司農寺令訳史人等に擬し、各監の例に依り、考満して出でて正八品と為し、武備寺令史も亦例に依り遷叙すべし。尚舎監令史は、諸寺監令史に同じく擬し、考満して正八品を授け、自ら用うる者は一等を降し、尚舎監も亦之の如し。陝西四川行省順元等路軍民宣慰司は、雲南令訳史人等に依り、六十月を以て満として遷転す」と。二十四年、部が擬して、「太史院・武備寺・光禄寺等の令史は、九十月して正八品の内に遷用し、自用の者は一等を降す。太医院は宣徽院の所轄に係り、令史人等、若し省部より発去するに係らば、考満して諸監令史と同様に、正八品を擬し、自用の者は等を降して任用す」と。二十六年、省が准えて、「給事中兼修起居注の人吏は、諸寺監令史の出身例に依り、考満して一体に定奪す。侍儀司令史は、給事中兼起居注の人吏の遷転に依る」と。二十七年、省が准えて、「延慶司令史は、九十月して、既に准じたる家令・府正両司の例に依り、省部より発する者は出でて正八品と為し、自用の者は等を降して叙す」と。二十八年、省が准えて、「太僕寺は尚乗等寺の令史に比すべく、九十月を以て出でて正八品と為し、自用の者は一等を降す。拱衛直都指揮使司は武備寺と同品、令史は考満して、出でて従八品と為し、自用の者は一等を降して遷用す。蒙古等衛の令史は、即ち先に考満したる令史に係り、正八品の内に遷叙すべく、各衛の令史に闕有れば、省部の籍記より選発する者に由り、考満して出でて正八品と為す。枢密院の所轄する都元帥府・万戸府各衛弍屯田等司の官吏は、俱に本院の定奪・遷調に従い、見役の令史、自用の者は考満して、本院の定奪に従うべし。宣政院断事官令史は、枢密院及び蒙古必闍赤と、翰林院より発する者は、九十月を以て従七品と為し、通事・令史は九十月を以て正八品と為し、奏差は九十月を以て正九品と為し、典吏は九十月して本府の奏差に転じ、自用の者は等を降す」と。二十九年、部が擬して、「左右両江宣慰司都元帥府の令訳史人等は、雲南・両広・福建の人吏に依り、六十月を以て満と為す。両広は叙用する訳史、従七品を除き、翰林院より選発せざれば、別に定奪無し。令史は省発、考満して正八品、奏差は省発、考満して正九品、自用の者は等を降して叙す。儀鳳司令史は、侍儀司令史に同じく比し、考満して正八品と為し、自用の者は一等を降す。哈迷を頭とする只哈赤八剌哈孫達魯花赤の令史、吏部議して、阿速抜都児達魯花赤必闍赤の考満正八品任用に与し、必闍赤・令史の月俸同じからずと雖も、各官は随朝近侍一体なり、例に比して出身相応なり」と。三十年、省が准えて、「孛可孫は正三品に係り、令訳史人等は、各寺監の令訳史出身に比して相応なり。都水監は従三品、令訳史等は寺監令史と一体に出身し、考満して正八品に叙し、自用の者は等を降す。只児哈忽昔宝赤八剌哈孫達魯花赤は本処随朝正三品、只哈赤八剌哈孫達魯花赤令史等と即ち一体なり、例に依ることを擬合し、考満して出でて正八品と為す」と。元貞元年、省が准えて、「闌遺監の令訳史人等、省部より発去する者は、考満して正八品の内に任用し、自ら踏逐する者は等を降す。家令司・府正司は内宰・宮正に改む、其人吏は元定に依りて当たるべし。拱衛直都指揮使司は正三品に陞る、其の令訳史等の俸は、俱に光禄寺と相同じく、相応の人内より発補する者に係ることを擬し、考満して正八品に与し、奏差は正九、自用の者は等を降して叙す」と。大徳三年、部が擬して、「鷹坊総管府の人吏は、随朝三品に依り、考満して正八品の内に遷用す」と。五年、部が擬して、「和林宣慰司都元帥府の人吏は、随朝二品衙門と一体たるべく、及び月日を量り減ずべし」と。部が議して、「各道宣慰司令史は、一百二十月して正八品に叙し、自用の者は等を降して遷用す。其の和林宣慰司は応取すべき司属無く、又酷寒の地に係る、人吏は已に都省より優に以て九十月を以て満と為すことを蒙る、今考満を擬し、自用を分かたず、俱に正八品の内に遷用す」と。八年、部が言う、「行都水監は人吏を設くることを准じ、令史八人、奏差六人、壕寨十人、通事・知印各一人、訳史一人、公使人二十人。都水監の令訳史・通事・知印は考満して、俱に正八品に遷用し、奏差は考満して正九品、自用の者は等を降し、壕寨の出身并びに俸給は奏差と同じし。行都水監は江南に創立する衙門に係り、令史は比例し、行省の所轄する常調提控案牘の内より選取すべく、奏差・壕寨人等も亦相応の人を選ぶべく、考満して都水監の人吏に比して等を降し江南に遷用し、典吏公使人は、本監の自用に従う」と。九年、部が言う、「尚乗寺は武備寺・太府・章佩等監の例を援り、其人吏の出身俸給を陞加せんことを求む。議得るに、各監の人吏は皆奉旨して陞加するに係る、尚乗寺の人吏は已に擬したるに依るべし」と。至大三年、部が言う、「和林は辺遠酷寒の地に係り、兵馬司の司吏は一考余を歴て、本路総管府の司吏に転ず。補い尽さざる者は、六十月して都目に陞る。総管府の司吏は、再び一考を歴て、称海宣慰司の令史に転じ、考満して正八品を除し、本路司吏より転補せざる者は、等を降して叙し、補い尽さざる者は、六十月して、部劄提控案牘の内に任用し、蒙古必闍赤は上例に比して定奪す」と。部が議して、「晋王位下の断事官は正三品、怯里馬赤・知印は例として長官の保する所に従い、蒙古必闍赤は翰林院より発し、令史は内史府の考満典吏并びに籍記寺監令史を以て発補し、九十月して正八品を除し、職官と相参して用う。奏差も亦相応の人を選ぶべく、九十月して例に依り遷用し、自用の者は、考満して本衙門に定奪す」と。皇慶元年、部が言う、「衛率府の勾当人員は、令都省と常選出身を以てす。議得るに、令史は軍司の勾当する人に係り、未だ民職を転受する定奪無し、奏准の日を格と為すべく、皇慶元年二月九日以前に係る者は、典牧監と一体に遷叙し、以後の者は若し籍記寺監令史・常選提控案牘に係りて補充せば、上に依りて銓除し、自用の者は常調に入らず」と。部が議して、「徽政院繕珍司の見役令史、若し籍記寺監令史・常調提控案牘・院の両考以上の典吏に係りて補充せば、内宰司令史の例に依り、考満して正八を除し、通事・訳史・知印も亦上に依りて遷叙し、自用の者は等を降す。後闕有れば、須らく例に依りて発補すべく、例に違いて補充すれば、別に定奪無し」と。二年、部が議して、「徽政院延福司の見役令史、若し籍記寺監令史・常調提控案牘・本院の両考以上の典吏に係りて補充する者は、内宰司令史の例に依り、考満して正八品を除し、通事・訳史・知印は上に依りて遷叙し、自用の者は等を降す。後闕有れば、須らく例に依りて発補すべく、自用を許さず」と。延祐三年、省が准えて、「徽政院の所轄する衛候司は、奉旨して正三品に陞り、拱衛直都指揮使司と同品なり、令訳史を設くるべく、考満して正八を除し、自用の者は等を降す。衛候司は即ち前衛候司の人吏を用い、呈准の月日より理算することを擬し、考満して自用と同様に遷叙し、後闕有れば、相応の人を以て補し、考満して例に依りて叙す。徽政院掌飲司の人吏、部議して常選を以て令訳史を発補し、考満して従八、奏差は従九、自用の者は等を降し、後闕有れば須らく相応の人を以て補し、例に違いて補充すれば、考満して本衙門に用う」と。四年、省が准えて、「屯儲総管万戸府の司吏訳史の出身、至大三年尚書省の劄に、和林路の司吏は未だ出身を定めず、和林は辺遠酷寒の去処に係る、兵馬司の司吏は若し一考以上を歴て、本路の司吏并びに総管府の司吏に転補し、再び一考以上を歴て、称海宣慰司の令史に転補し、考満して正八品に遷除し、補い尽さざる人数は、優に従い、六十月を擬して部劄提控案牘の内に任用し、蒙古必闍赤は上例に比して定奪す。其の沙州・瓜州に立つ屯儲総管万戸府衙門は、即ち辺遠酷寒の地面に係る、和林路総管府司吏人員の一体の出身に依る」と。

原文凡吏員考滿授正八品: 至元十一年,省議:「祕書監從三品,令史擬九十月出為正八品,自用者降一等,有闕諸衙門考滿典吏內補填。」 省議:「太常寺正三品,令史以九十月出為從八品,有闕於應補監令史內取用。」 省議:「少府監正四品,准軍器監令史出身,是省部發去者,三考於正八品任用,自行踏逐人員,考滿降一等。」 省議:「尚牧監正四品,省部發去令史,擬九十月出為正八品,自用者降一等,有闕於諸衙門典吏內選補。」 部擬:「河南等路宣慰司係外任從二品,與隨朝各部正三品衙門相同,准令史以九十月同部令史遷轉。開元等路宣撫司外任正三品,令譯史比前例降一等,九十月於正八品內遷轉。」 十四年,部擬:「樞密院斷事官令史,擬以九十月出為從八品,有闕於諸衙門考滿典吏內補用。」 十六年,部擬:「樞密院斷事官今改從三品,所設人吏,若係上司發去人員,歷九十月,比省斷事官令史降等於正八品內遷除,自用者降一等,遇闕於相應人內發遣。」 二十一年,部擬:「廣西、海北海南道宣慰司令史、譯史、奏差人等,與嶺南廣西道等處按察司書吏人等一體,二十月理算一考,擬六十月同考滿。」 省准:「廣東宣慰司其地倚山瀕海,極邊煙瘴,令史議合優陞,依泉州行省令譯史等,以二十月理算一考。」 二十二年,省准:「詹事院府正、家令二司,給侍宮闈,正班三品,令史即非各司自用人員,俸秩與六部同,若遇院掾史有闕,於兩司令史內選補,擬定資品出身,依樞密院所轄各衞令史出身,考滿出為正八品。 尚醞監令史,與六部令史同議,諸監令史考滿,正八品內遷用,及非省部發去者例降一等,尚醞監令史亦合一體。」 二十三年,省准:「太常寺令史,歷九十月,正八品內任用,有闕於呈准籍記人內選取。 雲南省羅羅斯宣慰司兼管軍萬戶府首領官、令史人等,依雲南行省令史例,六十月考滿,首領官受敕,例以三十月為一考。 武備寺正三品,令譯史等出身,擬先司農寺令譯史人等,依各監例,考滿出為正八品,武備寺令史亦合依例遷敍。 尚舍監令史,擬同諸寺監令史,考滿授正八品,自行用者降一等,尚舍監亦如之。 陝西四川行省順元等路軍民宣慰司,依雲南令譯史人等,六十月為滿遷轉。」 二十四年,部擬:「太史院、武備寺、光祿寺等令史,九十月正八品內遷用,自用者降一等。 太醫院係宣徽院所轄,令史人等,若係省部發去,考滿同諸監令史,擬正八品,自用者降等任用。」 二十六年,省准:「給事中兼修起居注人吏,依諸寺監令史出身例,考滿一體定奪。 侍儀司令史,依給事中兼起居注人吏遷轉。」 二十七年,省准:「延慶司令史,九十月,依已准家令、府正兩司例,由省部發者出為正八品,自用者降等敍。」 二十八年,省准:「太僕寺擬比尚乘等寺令史,以九十月出為正八品,自用者降一等。 拱衞直都指揮使司與武備寺同品,令史考滿,出為從八品,自用者降一等遷用。 蒙古等衞令史,即係在先考滿令史,合於正八品內遷敍,各衞令史有闕,由省部籍記選發者,考滿出為正八品。樞密院所轄都元帥府、萬戶府各衞弍屯田等司官吏,俱從本院定奪、遷調,見役令史,自用者考滿,合從本院定奪。 宣政院斷事官令史,與樞密院及蒙古必闍赤,由翰林院發者,以九十月為從七品,通事、令史以九十月為正八品,奏差以九十月為正九品,典吏九十月轉本府奏差,自用者降等。」 二十九年,部擬:「左右兩江宣慰司都元帥府令譯史人等,依雲南、兩廣、福建人吏,六十月為滿。兩廣敍用譯史,除從七品,非翰林院選發,別無定奪。令史省發,考滿正八品,奏差省發,考滿正九品,自用者降等敍。 儀鳳司令史,比同侍儀司令史,考滿為正八品,自用者降一等。 哈迷為頭只哈赤八剌哈孫達魯花赤令史,吏部議,與阿速拔都兒達魯花赤必闍赤考滿正八品任用,雖必闍赤、令史月俸不同,各官隨朝近侍一體,比依例出身相應。」 三十年,省准:「孛可孫係正三品,令譯史人等,比依各寺監令譯史出身相應。 都水監從三品,令譯史等寺監令史一體出身,考滿正八品敍,自用者降等。 只兒哈忽昔寶赤八剌哈孫達魯花赤本處隨朝正三品,與只哈赤八剌哈孫達魯花赤令史等即係一體,擬合依例,考滿出為正八品。」 元貞元年,省准:「闌遺監令譯史人等,省部發去者,考滿正八品內任用,自行踏逐者降等。 家令司、府正司改內宰、宮正,其人吏依元定為當。 拱衞直都指揮使司陞為正三品,其令譯史等俸,俱與光祿寺相同,擬係相應人內發補者考滿與正八品,奏差正九,自用者降等敍。」 大德三年,部擬:「鷹坊總管府人吏,依隨朝三品,考滿正八品內遷用。」 五年,部擬:「和林宣慰司都元帥府人吏,合與隨朝二品衙門一體,及量減月日。」部議:「各道宣慰司令史,一百二十月正八品敍,自用者降等遷用。其和林宣慰司無應取司屬,又係酷寒之地,人吏已蒙都省從優以九十月為滿,今擬考滿,不分自用,俱於正八品內遷用。」 八年,部言:「行都水監准設人吏,令史八人,奏差六人,壕寨一十人,通事、知印各一人,譯史一人,公使人二十人。都水監令譯史、通事、知印考滿,俱於正八品遷用,奏差考滿,正九品,自用者降等,壕寨出身并俸給同奏差。行都水監係江南創立衙門,令史比例,合於行省所轄常調提控案牘內選取,奏差、壕寨人等亦須選相應人,考滿比都水監人吏降等江南遷用,典吏公使人,從本監自用。」 九年,部言:「尚乘寺援武備寺、太府、章佩等監例,求陞加其人吏出身俸給。議得,各監人吏皆係奉旨陞加,尚乘寺人吏合依已擬。」 至大三年,部言:「和林係邊遠酷寒之地,兵馬司司吏歷一考餘,轉本路總管府司吏。補不盡者,六十月陞都目。總管府司吏,再歷一考,轉稱海宣慰司令史,考滿除正八品,不係本路司吏轉補者,降等敍,補不盡者,六十月,部劄提控案牘內任用,蒙古必闍赤比上例定奪。」 部議:「晉王位下斷事官正三品,除怯里馬赤、知印例從長官所保,蒙古必闍赤翰林院發,令史以內史府考滿典吏并籍記寺監令史發補,九十月除正八品,與職官相參用。奏差亦須選相應人,九十月依例遷用,自用者,考滿本衙門定奪。」 皇慶元年,部言:「衞率府勾當人員,令都省與常選出身。議得,令史係軍司勾當之人,未有轉受民職定奪,合自奏准日為格,係皇慶元年二月九日以前者,同典牧監一體遷敍,以後者若係籍記寺監令史,常選提控案牘補充,依上銓除,自用者不入常調。」 部議:「徽政院繕珍司見役令史,若係籍記寺監令史、常調提控案牘、院兩考之上典吏補充,內宰司令史例,考滿除正八,通事、譯史、知印亦依上遷敍,自用者降等。後有闕,須依例發補,違例補充,別無定奪。」 二年,部議:「徽政院延福司見役令史,若係籍記寺監令史、常調提控案牘、本院兩考之上典吏補充者,依內宰司令史例,考滿除正八品,通事、譯史、知印依上遷敍,自用者降等。後有闕,須依例發補,不許自用。」 延祐三年,省准:「徽政院所轄衞候司,奉旨陞正三品,與拱衞直都指揮使司同品,合設令譯史,考滿除正八,自用者降等。衞候司就用前衞候司人吏,擬自呈准月日理算,考滿同自用遷敍,後有闕,以相應人補,考滿依例敍。 徽政院掌飲司人吏,部議常選發補令譯史,考滿從八,奏差從九,自用者降等,後有闕須以相應人補,違例補充,考滿本衙門用。」 四年,省准:「屯儲總管萬戶府司吏譯史出身,至大三年尚書省劄,和林路司吏未定出身,和林係邊遠酷寒去處,兵馬司司吏如歷一考之上,轉補本路司吏并總管府司吏,再歷一考之上,轉補稱海宣慰司令史,考滿正八品遷除,補不盡人數,從優,擬六十月於部劄提控案牘內任用,蒙古必闍赤比依上例定奪。其沙州、瓜州立屯儲總管萬戶府衙門,即係邊遠酷寒地面,依和林路總管府司吏人員一體出身。」

凡そ吏員は考満して正九品を授かる:至元二十年、省が准可す。「宮籍監は随朝の従五品に係る。令史は九十月を擬して正九品とし、例革の人員は月日を験して定奪し、自ら踏逐した者は一等を降す。」二十八年、省が擬す。「廉訪司の設くる所の人吏は、書吏を選取するを擬し、ただ按察司の旧例に依り、上名の者は例に依り部に貢し、下名は転じて察院を補す。貢補せず尽きざる人数は、廉訪司の月日を始めと為して理算し、考満する者は正九品に敍し、須らく本司の分治及び元籍の路分を迴避せしむべし。」部議す。「察院書吏の出身は、見役の人三十月を除き、転補せず尽きざる者は、九十月にして出でて従八品と為す。察院書吏に闕有れば、ただ各道の廉訪司書吏の内に於て選取し、上に依り三十月にして部に転じ、九十月にして従八品と為す。もし廉訪司書吏に非ざる者を取りて充てる者は、四十五月にして部に転じ、補せず尽きざる者は、九十月考満して一等を降し、出でて正九品と為す。」三十年、省准す。「行臺察院書吏は一考以上を歴る者は、転じて江南宣慰司令史及び内臺察院書吏と為し、見役の人内に於て之を用う。もし用ひて尽きざる人数有れば、九十月を以て出でて正九品と為す。江南に闕有れば、内臺察院書吏に依り、各道の廉訪司書吏の内に於て選取し、例に依り転補す。」大徳四年、省擬す。「各道の廉訪司書吏は、至元二十八年七月元定の出身に、上名は部に貢し、下名は転じて察院書吏を補す。貢補せず尽きざる者は、廉訪司を始めと為して月日を理算し、考満して正九品に用う。今議す、廉訪司に先に役する書吏は、九十月を歴て已に定まる出身に依り、正九品に注し、任迴して一資を添へて陞転す。大徳元年三月七日已後に廉訪司の人吏に充つる者は、九十月考満して、須らく提控案牘一任を歴て、従九品の内に用う。通事・訳史は、上例に比依す。察院書吏は、至元二十八年十二月元定の出身に、各道の廉訪司書吏の内に於て選取し、三十月にして部に転じ、九十月にして従八品の内に用う。もし廉訪司書吏に非ざる者を取りて充てる者は、四十五月にして部に転じ、補用せず尽きざる者は、九十月考満して一等を降し、正九品に用う。今議す、先に役する書吏は、九十月にして已に定まる出身に依り遷用し、任迴して一資を添へて陞転す。大徳元年三月七日を始めと為して創めて入役する者は、ただ旧例に止まりて部に転ず。行臺察院書吏は、至元三十年正月元定の出身に、廉訪司書吏の内に於て選取し、一考以上を歴て、転じて江南宣慰司令史及び内臺察院書吏を補し、用ひて尽きざる者は、九十月にして正九品と為し、江南に用う。省議す、先に役する書吏は、俸九十月を歴て、已に定まる出身に依り、任迴して一資を添へて陞転す。大徳元年三月七日を始めと為して創めて入る者は、ただ旧例に止まり、転じて江南宣慰司令史を補し、北人は内臺察院に貢す。」

原文凡吏員考滿授正九品: 至元二十年,省准:「宮籍監係隨朝從五品,令史擬九十月正九品,例革人員,驗月日定奪,自行踏逐,降一等。」 二十八年,省擬:「廉訪司所設人吏,擬選取書吏,止依按察司舊例,上名者依例貢部,下名轉補察院,貢補不盡人數,廉訪司月日為始理算,考滿者正九品敍,須令迴避本司分治及元籍路分。」 部議:「察院書吏出身,除見役人三十月,轉補不盡者,九十月出為從八品。察院書吏有闕,止於各道廉訪司書吏內選取,依上三十月轉部,九十月從八品。如非廉訪司書吏取充者,四十五月轉部,補不盡者,九十月考滿,降一等,出為正九品。」 三十年,省准:「行臺察院書吏歷一考之上者,轉江南宣慰司令史、并內臺察院書吏,於見役人內用之。若有用不盡人數,以九十月出為正九品。江南有闕,依內臺察院書吏,於各道廉訪司書吏內選取,依例轉補。」 大德四年,省擬:「各道廉訪司書吏,至元二十八年七月元定出身,上名貢部,下名轉補察院書吏。貢補不盡者,廉訪司為始理算月日,考滿正九品用。今議廉訪司先役書吏,歷九十月依已定出身,正九品注,任迴,添一資陞轉。大德元年三月七日已後充廉訪司人吏,九十月考滿,須歷提控案牘一任,於從九品內用。通事、譯史,比依上例。 察院書吏,至元二十八年十二月元定出身,於各道廉訪司書吏內選取,三十月轉部,九十月從八品內用。如非廉訪司書吏取充者,四十五月轉部。補用不盡者,九十月考滿,降一等,正九品用。今議先役書吏,九十月依已定出身遷用,任迴,添一資陞轉。大德元年三月七日為始創入役者,止依舊例轉部。 行臺察院書吏,至元三十年正月元定出身,於廉訪司書吏內選取,歷一考之上,轉補江南宣慰司令史、并內臺察院書吏,用不盡者,九十月正九品,江南用。省議先役書吏,歷俸九十月,依已定出身,任迴,添一資陞轉。大德元年三月七日為始創入者,止依舊例,轉補江南宣慰司令史,北人貢內臺察院。」

凡そ吏員の考満(勤務年限満了)は、銭穀官(財政・穀物管理官)・案牘(文書主管)・都吏目(吏目の上級)に除する。至元十三年、吏部・礼部が言上するには、「各路の司吏で四十五歳以下の者は、順次転補して按察司の書吏とする。補任されない者は、九十ヶ月を経た後、都目の内に任用する。六十ヶ月以上の者は、吏目の内に任用する。」と。省(中書省)が議して、「上都・大都路の司吏は、その他の路分の出身と同様には難しく、按察司の書吏の遷用に依る。」とした。十四年、省が認可するには、「覆実司の司吏は、皆吏部の札付を授けられ、もし九十ヶ月を経たならば、中州の都目の内に遷すことを擬し、もし考満に満たず六十ヶ月の者は、下州の吏目の内に任用し、欠員があれば相応の人を発遣して充てる。」とした。二十一年、省が認可するには、「諸色人匠総管府は少府監と異なり、またその他の相体(同様の)管匠衙門の人吏は、皆出身が定められていないので、外路総管府の司吏に比べて量り擬し、考満して都目の内に任用する。」とした。二十二年、省が認可するには、「大都等路都転運使司の令史は、河間等路都転運塩使司の書吏の出身と同様である。外路総管府の司吏三名は、儒吏二名を貢挙し、貢挙されない者は、年齢四十五歳以上で、考満して都目の内に任用する。」とした。二十三年、省が認可するには、「各路の司吏・転運司の書吏は、年齢四十五歳以上で、俸禄六十ヶ月を経た者は吏目に充て、九十ヶ月を経た者は都目に充て、その他に役務を経過した月日は用いない。奏差は行省が月日を斟酌し、量って銭穀官の内に就便に銓用すべきである。」とした。省が認可するには、「覆実司は正五品に係り、令史の出身は交鈔提挙司の司吏の出身に比し、九十ヶ月で務使、六十ヶ月で都監、六十ヶ月以下・四十五ヶ月以上の都監は一界を添えて遷用し、四十五ヶ月以下の者は転補して運司の令史とする。」とした。部(吏部)が擬するには、「京畿漕運司の司吏は転補して察院の書吏とし、補われない者は、四十五歳以上で、九十ヶ月を経た者は例に依って都目の内に任用する。」とした。二十四年、部が議するには、「各道の巡行勧農官の書吏は、各路総管府の上名(上位)の司吏の内から選取し、考満して提控案牘の内に任用し、奏差は大司農司から選んで委任する。」とした。省が認可するには、「諸司局人匠総管府の令史は、都目の内に任用する。」とした。二十五年、省が認可するには、「大護国仁王寺・昭応宮財用規運総管府の令史・訳史らは、大都路総管府の正三品司吏に比し、九十ヶ月で提控案牘の内に任用する。」とした。部が議するには、「甘粛・寧夏等処の巡行勧農司は辺陲の遠地に係るため、人吏は甘粛行省及び河西隴北道提刑按察司に依り、二十二ヶ月を一考に準え、六十五ヶ月を満期とする。」とした。省が認可するには、「供膳司の司吏は、覆実司の司吏に比し、九十ヶ月で出身し、務使の内に任用する。」とした。二十六年、省が認可するには、「巡行勧農司の書吏は、路司吏として経過した月日を、三を二に折って準算し、通算九十ヶ月として、提控案牘の内に遷叙する。尚書省右司郎中・管領大都等路打捕民匠等戸総管の令史は、諸司局人匠総管府の令史の例に比し、九十ヶ月で、都目の内に任用する。」とした。省が認可するには、「諸路宝鈔都提挙司の司吏は、欠員があれば諸路転運司・漕運司の上名の司吏の内から選取し、三十ヶ月で吏目に充て、四十五ヶ月以上・六十ヶ月以下の者は都目、六十ヶ月以上の者は転じて提控案牘とし、寺監の令史に充てることを聴す。諸路宝鈔提挙司も同じ。」とした。奏して認可されるには、「大都路都総管府は司吏十名を添設し、委差五名とする。司吏は六十ヶ月で、提控案牘の内に任用し、委差は近上の銭穀官の内に委用し、欠員があれば根脚(家柄・経歴)があり俸禄を請う人で補充し、考満に及ばない者は、無故に替えることを許さない。」とした。二十七年、省が認可するには、「京畿都漕運司の令史は、九十ヶ月で提控案牘に充て、年齢四十五歳以上の者は、都提挙万億庫の司吏に比し、寺監の令史に充てることを望む者は聴す。」とした。二十九年、部が擬するには、「大都路の令史は四十五歳以上で、六十ヶ月で提控案牘の内に任用し、任を廻って一資を減じて昇転する。四十五歳以下・六十ヶ月以上の者は選挙して貢部し、毎年二名とする。奏差は六十ヶ月で、酌中の銭穀官の内に任用する。」とした。省が認可するには、「京畿都漕運司の令史は、諸路宝鈔提挙司の司吏の出身例に比し、三十ヶ月で吏目、四十五ヶ月以上・六十ヶ月以下で都目、六十ヶ月以上で提控案牘とする。」とした。三十年、省が認可するには、「提挙八作司は正六品に係り、司吏は四十五ヶ月以上で吏目、六十ヶ月以上で都目とする。」とした。元貞元年、省が認可するには、「大都等路都転運司の令史は、九十ヶ月で提控案牘とする。」とした。大徳三年、省が認可するには、「諸路宝鈔提挙司・都提挙万億四庫の司吏は、九十ヶ月で提控案牘の内に任用し、もし六十ヶ月以上で、自ら告叙を願う者は、都目の内に遷除し、欠員があれば平準行用庫の攢典の内から順次転補する。」とした。省が認可するには、「宝鈔総庫司・提挙富寧庫司は共に従五品に係り、その司吏は九十ヶ月で、都目の内に任用する。もし六十ヶ月以上で、自ら告叙を願う者は、吏目の内に遷除する。欠員がある時は、在京の五品衙門及び左右巡院・大興・宛平の二県、並びに諸州の司吏及び籍記した各部の典吏の内から選ぶ。」とした。省が認可するには、「提挙左右八作司の司吏は、九十ヶ月で都目の内に任用し、六十ヶ月以上で、自ら告叙を願う者は、吏目の内に遷除し、欠員があれば在都の諸倉の攢典の内から選補する。京畿都漕運使司の令史は、六十ヶ月以上で、提控案牘の内に用い、欠員に遇えば路府諸州並びに在京の五品等衙門の上名の司吏の内から選ぶ。大都路の司吏を令史に改め、六十ヶ月以上で、年齢四十五歳以下の者は、貢部は二名を超えず、四十五歳以上の者は、六十ヶ月で提控案牘の内に遷用し、任を廻って資を減じて昇転する。大都路都総管府の令史は、旧に依り六十ヶ月で、提控案牘の内に遷叙し、資を減ずる必要はなく、欠員があれば府州兵馬司・左右巡院・大興・宛平の二県の上名の司吏の内から選補する。」とした。大徳五年、省が認可するには、「河東宣慰使司軍儲所の司吏・訳史は、九十ヶ月を満期とし、訳史は翰林院から発補し、司吏は州県の司吏から取って充て、各路総管府の訳史・司吏と一体に昇転し、自用の訳史は別に定奪なく、司吏は酌中の銭穀官に除し、委差は近下の銭穀官とする。」七年、部が擬するには、「済南・萊蕪等処鉄冶都提挙司及び広平・彰徳等処鉄冶都提挙司は秩四品で、司吏は九十ヶ月で散府上州の例に比し、吏目に昇る。蒙古必闍赤は酌中の銭穀官に擬し、奏差は近下の銭穀官とし、典吏は三考で、本司の奏差に転ずる。」とした。省が認可するには、「陝西省叙州等処諸部蛮夷宣撫司は正三品で、その令史・訳史の考満は、各路の司吏人等と一体に遷用し、奏差は行省が定奪する。」とした。九年、宣慰司大同他処屯儲軍民総管万戸府は従三品で、司吏・訳史・委差人等は、九十ヶ月を満期とし、司吏は酌中の銭穀官に除し、委差は近下の銭穀官とする。大徳十年、省が認可するには、「諸路の吏は六十ヶ月で、必ず五万石以上の倉官を一界歴任し、吏目に昇り、一考で都目に昇り、一考で中州の案牘または銭穀官に昇り、通算九十ヶ月で流内に入る。五万石以下の倉官を一界歴任し、吏目に昇り、両考で都目に昇り、一考で上に依り昇転する。補われない路吏は、九十ヶ月で吏目に昇り、両考で都目に昇り、上に依り流転する。もし州県の司吏から転補した者でない場合は、役務を経過した月日は、別に定奪がない。」

原文凡吏員考滿除錢穀官、案牘、都吏目: 至元十三年,吏、禮部言:「各路司吏四十五以下,以次轉補按察司書吏。補不盡者,歷九十月,於都目內任用;六十月以上,於吏目內任用。」 省議:「上都、大都路司吏,難同其餘路分出身,依按察司書吏遷用。」 十四年,省准:「覆實司司吏,俱授吏部劄付,如歷九十月,擬於中州都目內遷,若不滿考及六十月,於下州吏目內任用,有闕以相應人發充。」 二十一年,省准:「諸色人匠總管府與少府監不同,又其餘相體管匠衙門人吏,俱未定擬出身,量擬比外路總管府司吏,考滿於都目內任用。」 二十二年,省准:「大都等路都轉運使司令史,與河間等路都轉運鹽使司書吏出身同。外路總管府司吏三名,貢舉儒吏二名,貢不盡,年四十五之上,考滿都目內任用。」 二十三年,省准:「各路司吏、轉運司書吏,年四十五以上,歷俸六十月充吏目,九十月充都目,餘有役過月日不用。奏差宜從行省斟酌月日,量於錢穀官內就便銓用。」 省准:「覆實司係正五品,令史出身比交鈔提舉司司吏出身,九十月務使,六十月都監,六十月之下、四十五月之上都監添一界遷用,四十五月之下轉補運司令史。」 部擬:「京畿漕運司司吏轉補察院書吏,不盡,四十五以上,九十月依例於都目內任用。」 二十四年,部議:「各道巡行勸農官書吏,於各路總管府上名司吏內選取,考滿於提控案牘內任用,奏差從大司農司選委。」 省准:「諸司局人匠總管府令史,於都目內任用。」 二十五年,省准:「大護國仁王寺、昭應宮財用規運總管府令譯史人等,比大都路總管府正三品司吏,九十月提控案牘內任用。」 部議:「甘肅、寧夏等處巡行勸農司係邊陲遠地,人吏依甘肅行省并河西隴北道提刑按察司,以二十二月准一考,六十五月為滿。」 省准:「供膳司司吏,比覆實司司吏,九十月出身,於務使內任用。」 二十六年,省准:「巡行勸農司書吏,役過路司吏月日,三折二准算,通理九十月,於提控案牘內遷敍。 尚書省右司郎中、管領大都等路打捕民匠等戶總管令史,比依諸司局人匠總管府令史例,九十月,於都目內任用。」 省准:「諸路寶鈔都提舉司司吏,有闕於諸路轉運司、漕運司上名司吏內選取,三十月充吏目,四十五月之上、六十月之下都目,六十月已上轉提控案牘,充寺監令史者聽。諸路寶鈔提舉司同。」 奏准:「大都路都總管府添設司吏一十名,委差五名。司吏六十月,於提控案牘內任用,委差於近上錢穀官內委用,有闕以有根脚請俸人補充,不及考滿,不許無故替換。」 二十七年,省准:「京畿都漕運司令史,九十月充提控案牘,年四十五之上,比依都提舉萬億庫司吏,願充寺監令史者聽。」 二十九年,部擬:「大都路令史四十五以上,六十月提控案牘內任用,任迴減一資陞轉,四十五以下、六十月之上選舉貢部,每歲二名。奏差六十月,酌中錢穀官內任用。」 省准:「京畿都漕運司令史,比依諸路寶鈔提舉司司吏出身例,三十月吏目,四十五月之上、六十月之下都目,六十月之上提控案牘。」 三十年,省准:「提舉八作司係正六品,司吏四十五月之上吏目,六十月之上都目。」 元貞元年,省准:「大都等路都轉運司令史,九十月提控案牘。」 大德三年,省准:「諸路寶鈔提舉司、都提舉萬億四庫司吏,九十月提控案牘內任用,如六十月之上,自願告敍者,於都目內遷除,有闕於平準行用庫攢典內挨次轉補。」 省准:「寶鈔總庫司、提舉富寧庫司俱係從五品,其司吏九十月,都目內任用。如六十月之上,自願告敍,於吏目內遷除。有闕須於在京五品衙門及左右巡院、大興、宛平二縣,及諸州司吏并籍記各部典吏內選。」 省准:「提舉左右八作司吏,九十月都目內任用,六十月之上,自願告敍,於吏目內遷除,有闕於在都諸倉攢典內選補。 京畿都漕運使司令史,六十月之上,於提控案牘內用,遇闕於路府諸州并在京五品等衙門上名司吏內選。 大都路司吏改為令史,六十月之上,年及四十五以下,貢部不過二名,四十五以上,六十月提控案牘內遷用,任迴減資陞轉。大都路都總管府令史,依舊六十月,於提控案牘內遷敍,不須減資,有闕於府州兵馬司、左右巡院、大興、宛平二縣上名司吏內選補。」 大德五年,省准:「河東宣慰使司軍儲所司吏、譯史,九十月為滿,譯史由翰林院發補,司吏由州縣司吏取充,與各路總管府譯史、司吏一體陞轉,自用譯史,別無定奪,司吏除酌中錢穀官,委差近下錢穀官。」七年,部擬:「濟南、萊蕪等處鐵冶都提舉司及廣平、彰德等處鐵冶都提舉司秩四品,司吏九十月比散府上州例,陞吏目。蒙古必闍赤擬酌中錢穀官,奏差近下錢穀官,典吏三考,轉本司奏差。」 省准:「陝西省敍州等處諸部蠻夷宣撫司正三品,其令譯史考滿,比各路司吏人等一體遷用奏差,行省定奪。」 九年,宣慰司大同等處屯儲軍民總管萬戶府從三品,司吏、譯史、委差人等,九十月為滿,司吏除酌中錢穀官,委差近下錢穀官。 大德十年,省准:「諸路吏六十月,須歷五萬石之上倉官一界,陞吏目,一考陞都目,一考陞中州案牘或錢穀官,通理九十月入流。五萬石之下倉官一界,陞吏目,兩考都目,一考依上陞轉。補不盡路吏,九十月陞吏目,兩考陞都目,依上流轉,如非州縣司吏轉補者,役過月日,別無定奪。」

通事・訳史が任期満了で昇進叙用される場合について。至元二年、吏部が擬議したところでは、「雲南行省は極めて辺境の要地であるため、訳史などの人員については、二十ヶ月を一考とし、六十ヶ月を経たならば、任期満了とみなして叙用を認める」というものであった。

原文凡通事、譯史考滿遷敍: 至元二年,部擬:「雲南行省極邊重地,令譯史等人員,擬二十月為一考,歷六十月,准考滿敍用。」 九年,省准:「省部臺院所設知印人等,所請俸給,元擬出身,俱在勾當官之上,既將勾當官陞作從八品,其各部知印考滿,亦合陞正八品,據例減知印除有前資人員,驗前資定奪,無前資者,各驗實歷月日,定擬遷敍。」 二十年,各道按察司奏差、通事、譯史、奏差已有定例,通事九十月考滿,擬同譯史一體遷敍。 部議:「行省、行臺、行院五品以下官員并首領官,亦合比依臺院例,一考陞一等任用。據行省人吏比同臺院人吏出身,已有定例,行院、行臺令史、譯史、通事、宣使人等,九十月滿考,元係都省臺院發及應補者,擬降臺院一等定奪。」 部擬:「甘肅行省令譯史、通事、宣使人等,量擬以六十五月遷敍,若係都省發去人員,如部議,自用者仍舊例。」 二十一年,部擬:「四川行省人吏,比甘肅行省所歷月日,一體遷除。」 二十三年,部擬:「福建、兩廣行省令譯史、通事、宣使人等,擬歷六十月同考滿,止於江南遷用,若行省咨保福建、兩廣必用人員,於資品上陞一等。」 二十四年,部議:「行省、行臺、行院令史,九十月考滿,若係都省臺院發去腹裏相應人員,行省令史同臺院令史出身,行臺、行院降臺院一等,俱於腹裏遷用,自用者遞降一等,止於江南任用。」 二十七年,省議:「中書省蒙古必闍赤俱係正從五品遷除,今蒙古字教授擬比儒學教授例高一等,其必闍赤擬高省掾一等,內外諸衙門蒙古譯史,一體陞等遷敍。」 二十八年,部擬:「諸路寶鈔都提舉司蒙古必闍赤,三十月吏目,四十五月都目,六十月提控案牘,役過月日,擬於巡檢內敍用。奏差九十月,近上錢穀官,六十月,酌中錢穀官內任用。 翰林院寫聖旨必闍赤,比依都省蒙古必闍赤內管宣敕者,八月算十月遷轉正六品。」部議:「寫聖旨必闍赤比依管宣敕蒙古必闍赤一體,亦合八折十准算月日外據出身已有定例。 崇福司令譯史、知印,省部發補者,考滿出為正七品,自用者降一等。宣使省部發去者,考滿出為正八品,自用者降一等。 各道廉訪司通事、譯史出身,比依書吏擬合一體考滿正九。奏差考滿,依通事、譯史降二等量擬,於省劄錢穀官并巡檢內任用。」 三十年,省准:「將作院令譯史人等,由省部選發者,考滿正七品遷敍,自用者止從本衙門定奪。 大都路蒙古必闍赤若係例後入役人員,擬六十月於巡檢內遷用,任回減一資陞轉。」 大德三年,省議:「各路譯史如係翰林院選發人員,九十月考滿。除蒙古人依准所擬外,其餘色目、漢人先歷務使一界,陞提控一界,於巡檢內遷用。」 省議:「大都運司通事比依本司令史,滿考者於巡檢內任用。」 四年,省准:「雲南諸路廉訪司寸白通事、譯史出身,比依書吏出身,九十月為滿,歷巡檢一任,轉陞從九品,雲南地面遷用。」 七年,宣慰司奏差,除應例補者,一百二十月考滿,依例自行保舉者降等,任回,添資定奪任用。 廉訪司通事、譯史,大德元年三月七日已後創入補者,九十月歷巡檢一任,轉從九,如書吏役九十月,充巡檢者聽,如違不准。 各路譯史,如係各道提舉學校官選發腹裏各路譯史,九十月考滿,先歷務使一界陞提領,再歷一界充巡檢,三考從九,違者雖歷月日,不准。 會同館蒙古必闍赤,九十月務提領內遷用。 十年,省准:「中政院寫懿旨必闍赤,依寫聖旨必闍赤一體出身。 八番順元、海北海南宣慰司都元帥府極邊重地令譯史人等,考滿依兩廣、福建例,於江南遷用。」

凡そ官員致仕の事:至元二十八年、省議す:「諸職官年七十に及び、精力衰耗する者は、例に応じて致仕すべし。今選に到る官員、多くは年既に七十或いは七十以上なる者有り、合せて例に依り致仕せしむべし。」大徳七年、省臣言う:「内外官員年七十に至る者は、三品以下、応に授くべき品級に於いて、散官一等を加え、致仕せしむ。」十年、省臣言う:「官員年老にして仕宦に堪えざる者は、応に得べき資品に於いて、散官・遙授職事を加え、致仕せしむ。」皇慶二年、省臣言う:「蒙古・色目官員の授かる所の散官、職事に卑きは、三品以下の官員を擬し、職事・散官ともに一等を陞し、致仕せしむ。」

原文凡官員致仕: 至元二十八年,省議:「諸職官年及七十,精力衰耗,例應致仕。今到選官員,多有年已七十或七十之上者,合令依例致仕。」 大德七年,省臣言:「內外官員年至七十者,三品以下,於應授品級,加散官一等,令致仕。」 十年,省臣言:「官員年老不堪仕宦者,於應得資品,加散官、遙授職事,令致仕。」 皇慶二年,省臣言:「蒙古、色目官員所授散官,卑於職事,擬三品以下官員,職事、散官俱陞一等,令致仕。」

凡そ封贈の制は、至元初年には、ただ一二の勲旧の家のみが特恩を以て褒められ、少しばかり成法はあるものの、未だ悉く行われず。至元二十年に制して曰く、「考課は五事を以て管民官に責めて弁ぜしむるも、激勧の方なきが為に、徒らに虚文を示すのみにして、竟に実効無し。今より毎歳終わりに考課し、管民官五事備わり具わり、内外諸司官職任内に各々成效有る者は、中考と為す。第一考は、官品に対し妻に封号を加う。第二考は、子弟をして承蔭せしめ敍仕せしむ。第三考は、祖父母・父母を封贈す。品格封贈に及ばざる者は、量りに官品を遷し、其の政績殊に異なる者有らば、次を俟たずして陞擢し、仰せて中書に旧制を参酌せしめ、誥命を出給せしむ」と。至大二年に詔して曰く、「流官五品以上の父母・正妻、七品以上の正妻は、尚書省に議して封贈の制を行わしむ」と。礼部、吏部・翰林国史院・集賢院・太常等の官を集め、封贈諡号の等第を議し、制を以て封贈は世祖の行われし所に非ずとし、其の令を罷めしむ。至治三年に、省臣言う、「封贈の制は、本より将来を激勧せんと為すに在り。比来泛く請う者衆しきに因り、遂に中輟せしむ」と。詔して新たに法を設け議擬して行わしめ、冗濫を致すこと無からしむ。礼部新たに従い等第を分立す。正従一品は三代を封贈し、爵は国公、勲は正上柱国、従柱国、母・妻並びに国夫人。正従二品は二代を封贈し、爵は郡公、勲は正上護軍、従護軍、母・妻並びに郡夫人。正従三品は二代を封贈し、爵は郡侯、勲は正上軽車都尉、従軽車都尉、母・妻並びに郡夫人。正従四品は父母を封贈し、爵は郡伯、勲は正上騎都尉、従騎都尉、母・妻並びに郡君。正五品は父母を封贈し、爵は県子、勲は驍騎尉、母・妻並びに県君。従五品は父母を封贈し、爵は県男、勲は飛騎尉、母・妻並びに県君。正従六品は父母を封贈し、父は止だ散官を用い、母・妻並びに恭人。正従七品は父母を封贈し、父は止だ散官を用い、母・妻並びに宜人。正従一品より五品までは宣授し、六品より七品までは勅牒す。もし三代を封贈すべき者は、曾祖父母一道、祖父母一道、父母一道、生者は各々別に給降す。封贈する者は、一品より五品までは並びに散官・勲爵を用い、六品七品は止だ散官職事を用い、一高に従う。曾祖を封贈するは、祖より一等を降し、祖は父より一等を降し、父母妻は並びに夫・子と同じ。父母仕に在る者は封ぜず、已に致仕し並びに仕に在らざる者は之を封ず。仕に在りて職を棄て封に就く者も聴す。父母封すべきにして、曾祖父母・祖父母に譲る者は聴す。諸子父母を封すべきに、嫡母在るは、所生の母は封を得ず。嫡母亡きは、並びに封するを得。もし所生母未だ封贈せられざる者は、其の妻を先に封ずるを得ず。諸職官曾て贓を受けたるは、申請を許さず。封贈の後、但だ取受の贓を犯せば、並びに行い追奪す。其の父祖元より官有るは一階を進め、追奪の例に在らず。父祖元より官有る者は、其の帯ぶる所の文武官に随い上て封贈す。若し已に封贈の官なるは、止だ本等の官の上に於て一階を進むるを許し、階満つる者は更に封贈の限に在らず。例えば子官四品に至り、其の父祖已に四品上階を帯ぶるの類。或いは両子封すべきに当たるは、一高に従う。文武同じからざるは、請う所に従う。婦人其の夫・子に因り封贈せられ、而して夫・子両に官有るは、一高に従う。曾祖母・祖母並びに母を封贈するは、生封は並びに太の字を加う。若し已に亡歿し、或いは曾祖・祖父・父在る者は、太の字を加えず。職官喪に居り、曾祖父母・祖父母・父母を封贈すべき者は聴す。其の封を受くべきの人、曾祖父母・祖父母・父母・舅姑・夫の喪に居る者は、服闋して申請す。封贈すべき者、遠く使して節に死し、或いは陳に臨み事に死する者有らば、事を験して特議し加封す。妻を封すべきは、止だ正妻一人を封す。もし正妻已に歿せば、継室も亦た一人を封すに止まり、余は封贈の例に在らず。婦人夫・子に因り封を得る者は、再嫁を許さず。もし遵守せざれば、受けし所の宣勅を追奪し、罪を断ち離異せしむ。父祖曾て三品以上の官に任ぜられ、亡歿し、生前勳労有り、上知遇せられし者は、子孫仕えざるも、実跡を具し所在官司に赴き保結申請し、事跡の可否を験し、量りに擬し封贈す。後無き者は、有司の保結申請を許す。曾祖父母・祖父母・父母曾て十悪奸盗除名等の罪を犯し、及び例の封する所の妻礼を以て娶り到したる正室に非ず、或いは再醮倡優婢妾なるは、並びに申請を許さず。凡そ封贈を告請する者は、随朝並びに京官行省・行臺・宣慰司・廉訪司の見任官は、各々任所に於て申請す。其の余の官員は、見任並びに已に除せられ未だ任ぜられざるは、替えを得る日に至り、其の解由に随い申請す。致仕官は所在官司に於て申請す。正従七品より正従六品までは、止だ一次を封ず。正従五品に陞れば、封贈一次。正従四品に陞れば、封贈一次。正従三品に陞れば、封贈一次。正従二品に陞れば、封贈一次。正従一品に陞れば、封贈一次。凡そ流官の父祖曾て三品以上に任ぜられたる者を封贈するは、諡を請うを許す。もし朝に立ち大節有り、功勳王室に在る者は、功臣の号を加うるを許す。至治三年に詔して曰く、「封贈の典は、本より忠孝を激勧せんと為す。今より後、散官職事勲爵は、例に依り加授し、外任官員並びに任に在りて申請するを許す。其の余合い行う事理は、仰せて各々旧制に依れ」と。泰定元年に詔して曰く、「贓を犯したる官員は、封贈を得ず。沈欝既に久し、宜しく自新を許すべし。能く慮を滌ぎ過を改め、再び両任を歴て過無き者は、管する所の上司正官の公に従い保明するを許し、監察御史・廉訪司覆察し是れ実なれば、並びに聴し例に依り申請せしむ」と。

原文凡封贈之制: 至元初,唯一二勳舊之家以特恩見褒,雖略有成法,未悉行之。至元二十年,制:「考課雖以五事責辦管民官,為無激勸之方,徒示虛文,竟無實效。自今每歲終考課,管民官五事備具,內外諸司官職任內各有成效者,為中考。第一考,對官品加妻封號。第二考,令子弟承廕敍仕。第三考,封贈祖父母、父母。品格不及封贈者,量遷官品,其有政績殊異者,不(須)〔次〕陞擢,仰中書參酌舊制,出給誥命。」 至大二年,詔:「流官五品以上父母、正妻,七品以上正妻,令尚書省議行封贈之制。」禮部集吏部、翰林國史院、集賢院、太常等官,議封贈諡號等第,制以封贈非世祖所行,其令罷之。 至治三年,省臣言:「封贈之制,本以激勸將來,比因泛請者眾,遂致中輟。」詔從新設法議擬與行,毋致冗濫。禮部從新分立等第: 正從一品封贈三代,爵國公,勳正上柱國,從柱國,母、妻並國夫人。 正從二品封贈二代,爵郡公,勳正上護軍,從護軍,母、妻並郡夫人。 正從三品封贈二代,爵郡侯,勳正上輕車都尉,從輕車都尉,母、妻並郡夫人。 正從四品封贈父母,爵郡伯,勳正上騎都尉,從騎都尉,母、妻並郡君。 正五品封贈父母,爵縣子,勳驍騎尉,母、妻並縣君。 從五品封贈父母,爵縣男,勳飛騎尉,母、妻並縣君。 正從六品封贈父母,父止用散官,〔母、妻並恭人。 正從七品封贈父母,父止用散官〕,母、妻並宜人。 正從一品至五品宣授,六品至七品敕牒。 如應封贈三代者,曾祖父母一道,祖父母一道,父母一道,生者各(號)〔另〕給降。 封贈者,一品至五品並用散官勳爵,六品七品止用散官職事,從一高。 封贈曾祖,降祖一等,祖降父一等,父母妻並與夫、子同。父母在仕者不封,已致仕并不在仕者封之,雖在仕棄職就封者聽。 父母應封,而讓曾祖父母、祖父母者聽。 諸子應封父母,嫡母在,所生之母不得封。嫡母亡,得並封。若所生母未封贈者,不得先封其妻。 諸職官曾受贓,不許申請,封贈之後,但犯取受之贓,並行追奪。其父祖元有官進一階,不在追奪之例。 父祖元有官者,隨其所帶文武官上封贈,若已是封贈之官,止於本等官上許進一階,階滿者更不在封贈之限。如子官至四品,其父祖已帶四品上階之類。或兩子當封者,從一高。文武不同者,從所請。婦人因其〔夫〕、子封贈,而夫、子兩有官者,從一高。 封贈曾祖母、祖母并母,生封並加太字,若已亡歿或曾祖、祖父、父在者,不加太字。 職官居喪,應封贈曾祖父母、祖父母、〔父母〕者聽。其應受封之人,居曾祖父母、祖父母、父母、舅姑、夫喪者,服闋申請。 應封贈者,有使遠死節,有臨陳死事者,驗事特議加封。 應封妻者,止封正妻一人,如正妻已歿,繼室亦止封一人,餘不在封贈之例。婦人因夫、子得封者,不許再嫁,如不遵守,將所受宣敕追奪,斷罪離異。 父(母)〔祖〕曾任三品以上官,亡歿,生前有勳勞,為上知遇者,子孫雖不仕,具實跡赴所在官司保結申請,驗事跡可否,量擬封贈。無後者,許有司保結申請。 曾祖父母、祖父母、父母曾犯十惡奸盜除名等罪,及例所封妻不是以禮娶到正室,或係再醮倡優婢妾,並不許申請。 凡告請封贈者,隨朝并京官行省、行臺、宣慰司、廉訪司見任官,各於任所申請。其餘官員,見任并已除未任,至得替日,隨其解由申請。致仕官於所在官司申請。 正從七品至正從六品,止封一次。陞至正從五品,封贈一次。陞至正從四品,封贈一次。陞至正從三品,封贈一次。陞至正從二品,封贈一次。陞至正從一品,封贈一次。 凡封贈流官父祖曾任三品以上者,許請諡。如立朝有大節,功勳在王室者,許加功臣之號。 至治三年,詔:「封贈之典,本以激勸忠孝,今後散官職事勳爵,依例加授,外任官員並許在任申請,其餘合行事理,仰各依舊制。」 泰定元年,詔:「犯贓官員,不得封贈,沉欝既久,宜許自新,有能滌慮改過,再歷兩任無過者,許所管上司正官從公保明,監察御史、廉訪司覆察是實,並聽依例申請。」