二月戊寅朔、社稷を祭る。辛巳、太陰が昴宿を犯す。甲申、太白経天す。戊子、詔して世祖の賜わりし王積翁の田八十頃を其の子都中に還すと。初め、積翁詔を齎して日本を諭し、王事に死す、嘗て賜を受く、後ち官に収む、故に復た之を賜う。己丑、穆陵関巡検司を立つ。壬辰、日赤く赭の如し。乙未・丙申、復た之の如し。丁酉、帝の生母邁来迪を追尊して貞裕徽聖皇后と為す。庚子、衡州路衡陽県を分ち、新城県を立つ。宣靖王買奴を進封して益王と為す。甲辰、宗王也可札魯忽赤添孫薨ず、鈔一百錠を賜ひて以て葬らしむ。乙巳、詔して広海征徭の将卒を賞労し、官有る者は散階を升し、王事に歿する者は優に褒贈を加う。金山甘肅の兵士逃るる在る者は、復業を聴し、其の罪を免ず。
三月戊申、阿里海牙の家蔵の書を以て尽く伯顔に賜う。甲寅、按灰を以て大宗正府也可札魯忽赤と為し、天下の奸盗詐偽を総掌せしむ。丁巳、累朝の御服珠衣・七宝項牌を以て伯顔に賜う。庚申、日赤く赭の如し。壬戌、復た之の如し。征東元帥府の軍士に冬衣及び甲を賜う。諸軍広西の徭を討つも、久しく功無し、行省・行臺・廉訪司の官に勅して共に之を督めしむ。順州民饑う、鈔四千錠を以て之を賑す。夜、太陰が心宿を犯す。癸亥、日赤く赭の如し。甲子、太陰が箕宿を犯す。乙丑、太陰が南斗を犯す。宗王火児灰の母答里に鈔一千錠を賜う。撒敦の上都の居第を以て太保定住に賜ひ、仍て有司に勅して撒敦の家財を籍す。甲戌、四川塩井の禁を復す。按答木児の家人の田宅を以て太保定住に賜う。汪家奴を以て宣政院使と為し、金紫光禄大夫を加う。武宗・英宗・明宗三朝の皇后の玉冊・玉宝を造る。是の月、陝西暴風、旱し、麦無し。
夏四月丁丑朔、日赤く赭の如し。民間の私に格例を造るを禁ず。戊寅、駙馬孛羅帖木児を封じて毓徳王と為す。丙戌、太陰が角宿を犯す。丁亥、麒麟・鸞鳳・白兔・霊芝・双角五爪龍・八龍・九龍・万寿・福寿字・赭黄等の服を服するを禁ず。庚寅、知枢密院事帖木児不華を以て中書平章政事と為し、撒迪を御史大夫と為す。甲午、使を遣わして香・幣を以て武当・龍虎の二山に賜う。詔して太平路を以て郯王徹徹禿の食邑と為す。集慶・廬州・饒州の禿禿哈民戸を以て伯顔に賜ひ、仍て句容県に長官所を設けて之を領せしむ。戊戌、車駕時に上都に巡る。中書左丞耿煥を拝して侍御史と為し、王懋徳を中書左丞と為す。宗室灰里王に金一錠・鈔一千錠を賜ひ、毓徳王孛羅帖木児に鈔三千錠を賜ひ、公主八八に鈔二千錠を賜う。
五月丙午朔、黄河故道に復す。庚戌、太陰が霊台を犯す。乙卯、南陽・鄧州大霖雨、是の日より六月甲申に至り、湍河・白河大いに溢れ、水災と為る。丙辰、太白昼に見ゆ。丁巳、亦た之の如し。壬申、秦州山崩る。是の月、婺州雨降らず、六月に至る。
六月丁丑、諸王・駙馬の衞に従ひ只孫衣を服し、絛環を繫ぐを禁ず。宗王忽都答児を贈って雲安王と為し、諡して忠武と曰う。羅羅歹を贈って保寧王と為し、諡して昭勇と曰う。庚辰、中書平章政事阿吉剌に命じて経筵事を知らしむ。戊子、鉄木児補化を以て江浙行省左丞相と為す。太白井宿を犯す。辛卯、汴梁・大名諸路の脱別台地土を以て伯顔に賜う。礼部侍郎忽里台科挙取士の制を復すを請う、聴かず。庚子、涇水溢る。辛丑、鈔五千錠を以て呉王搠失江に賜う。
秋七月丙午、詔して公主奴倫引者思の地五千頃を以て伯顔に賜う。衞輝路を以て衞王寛徹哥の食邑に賜う。己酉、太白鬼宿を犯す。庚戌、定住・鎖南を以て中書省事に参議せしむ。壬子、阿魯哈・不蘭奚の駱駝一百十を発して太皇太后の乗輿の用に供す。乙卯、太白熒惑を犯す。庚申、中書を隔越して口伝の勅旨を伝え、錢糧を冒支するを禁ず。甲子、有司に命じて籍したる撒敦の宝器を以て分ち伯顔及び太保定住に賜わしむ。乙丑、中書平章政事孛羅宅を徙う、金二錠・銀十錠を賜う。庚午、勅して上都孔子廟の碑を賜ひ、累朝尊崇の意を載す。諸王・公主・駙馬の従衞の糧賜の数を省く。癸酉、宗王不蘭奚、駙馬月魯不花・帖古思・教化に命じて薛連哥・怯魯連の地を鎮めしめ、各鈔六百錠及び銀牌を賜ひて之を遣わす。是の月、黄州蝗あり、民を督めて之を捕えしむ、人日に五斗。鈔二千錠を以て新たに収めし阿速軍の車駕に扈従する者を賑し、毎戸鈔二錠、死者は人一錠。
九月庚戌、熒惑が太微垣を犯す。癸亥、鞏昌総帥府の漢人軍器の禁を弛む。戊辰、車駕上都より還る。海運の糧京に至る、官を遣わして天妃に祭を致す。是の月、台州路饑う、義倉を発し、富人を募りて粟を出だし之を賑す。沅州路盧陽県饑う、糶米六千石を賑す。
冬十月丙子、熒惑(火星)が左執法(星官)を犯す。己卯、太廟にて祭祀を執り行う。丙申、参知政事の納麟に命じて明宗皇帝の御容を描かせ監修させる。丁酉、太陰(月)が昴宿を犯す。己亥、詔して曰く、「毎日、右丞相の伯顏、太保の定住、中書平章政事の孛羅・阿吉剌は内廷にて会議を開く。平章政事の塔失海牙、右丞の鞏卜班、参知政事の納麟・許有壬等は中書にて会議を開く。」太陰が進賢(星)を犯す。この月、撫州路・袁州路・瑞州路などが飢饉となり、米六万石を発して廉売し救済する。
十二月甲戌、日が赭(赤褐色)の如く赤い。丙子、興元府鳳州の留壩鎮及び晋寧路遼山県の十八盤にそれぞれ巡検司を設置するよう命ずる。宗王の也孫帖木児が西馬三匹を献上する。文済王の蛮子に金印・駅券及び従衛者の衣服と糧五千石を賜う。詔して省・院・台・翰林院・集賢院・奎章閣・太常礼儀院・礼部の官に寧宗皇帝の尊諡・廟号を定議させる。この月、江州の諸県が飢饉となり、総管の王大中が富人の粟を借りて貧民を賑済し、また富人の雑徭を免除してこれを利息とし、豊作の年に返還することを約し、民は飢えに苦しまなかった。慶元路慈渓県が飢饉となり、官を遣わしてこれを賑済する。
この年、駅伝を整備するよう詔する。甘粛行省の白城子の屯田の地を宗王の喃忽里に賜う。燕鉄木児の邸宅を灌頂国師の曩哥星吉に賜い、大覚海寺と号し、その内に千仏を塑像する。江浙が旱魃となり、春より八月まで雨が降らず、民は大いに飢える。
二月壬申朔、日食あり。棒胡が汝寧信陽州にて反乱す。棒胡は本来陳州の人、名は閏児、焼香をもって衆を惑わし、妄りに妖言を造り作乱し、帰徳府鹿邑を破り、陳州を焼き、杏岡に屯営す。河南行省左丞の慶童に命じて兵を率いてこれを討伐させる。紹興路に大水あり。丙子、船戸提挙司十箇所、提領二十箇所を設置する。船戸の科差(賦役)を定め、船一千料以上の者は、毎年鈔六錠を納め、以下は逓減する。壬午、太皇太后の玉冊・玉宝を上る(奉呈する)ため、太廟に恭謝する。甲申、服色・器皿・輿馬の制度を定める。己丑、汝寧より捕獲した棒胡の弥勒仏・小旗・偽宣勅及び紫金印・量天尺を献上する。辛卯、鈔四十万錠を発し、江浙等処の飢民四十万戸を賑済し、所在の山場・河泊の禁令を解き、民の樵採を許す。広西の徭賊が再び反乱し、湖広行省平章の那海・江西行省平章の禿児迷失海牙に命じて総兵としてこれを捕らえさせる。丙申、太保の定住が薨去する。殯葬の諸物を給賜する。庚子、中書参知政事の納麟等が採珠提挙司の設置を請う。先に嘗て提挙司を設置したが、泰定年間にその煩擾を以って廃止した。ここに至り納麟が復活設置を請い、かつ採珠戸四万を伯顔に賜わんことを請う。この月、義倉の米を発して蘄州及び紹興の飢民を賑済する。
三月辛亥、太陰が霊台(星官)を犯す。鈔一万錠を発し、大都宝坻の飢民を賑済する。戊午、玉宝・玉冊を以って弘吉剌氏の伯顔忽都を皇后に立てる。雨のため祝賀を中止する。詔して完者帖木児の蘇州の田二百頃を郯王の徹徹禿に賜う。己未、大都が飢饉となり、南北両城にて糙米を廉売して救済するよう命ずる。癸亥、晋の周処を英義武恵正応王に加封する。乙丑、宗王の燕帖木児を大宗正府の札魯忽赤に任ずる。この月、天より線(糸状のもの)が降る。義倉の糧を発して溧陽州の飢民六万九千二百人を賑済する。
夏四月壬申、使者を遣わして龍虎山・三茅山・閤皂山などに香を降らせ(奉納させ)る。癸酉、漢人・南人・高麗人が軍器を執持することを禁じ、馬を持つ者は全て官に没収する。甲戌、星が王良(星)に孛(ほうき星)として現れ、七月壬寅に至り貫索(星官)に没す。皇后は玉冊・玉宝を受けたことを以って、太廟に恭謝する。伯顔に命じて宣鎮侍衞軍を統率させ、鈔三千錠を賜い、宣鎮侍衞府を建てさせる。太皇太后が冊・宝を受けたことを以って詔を天下に下す。己卯、車駕(皇帝の行列)が時に応じて上都へ巡幸する。壬午、高麗王の阿剌忒納失里が朝賀を終えて帰国する。金一錠・鈔二千錠を賜い、従官には差等有りて賜与する。辛卯、合州大足県の民の韓法師が反乱し、自ら南朝趙王と称す。太陰が壘壁陣を犯す。丁酉、唐の杜甫に文貞と諡す。己亥、恵州帰善県の民の聶秀卿・譚景山等が軍器を造り、戴甲を定光仏として拝し、朱光卿と結びついて乱を為す。江西行省左丞の沙のに命じてこれを捕らえさせる。庚子、太白(金星)が昼間に現れる。この月、詔して曰く、「省・院・台・部・宣慰司・廉訪司及び郡府の幕官の長は、全て蒙古人・色目人を用いる。漢人・南人が蒙古・色目文字を学ぶことを禁ずる。」米八千石・鈔二千八百錠を以って哈剌奴児の飢民を賑済する。龍興路南昌県・新建県が飢饉となり、太皇太后が徽政院の糧三万六千七百七十石を発して廉売し救済する。
五月辛丑朔、民間に訛言あり、朝廷童男童女を拘刷すと、一時嫁娶殆ど尽きたり。壬寅、太白鬼宿を犯す。癸卯、平伐・都雲定雲二箇所の安撫司達魯花赤暗都剌等に虎符を給す。乙巳、興州・松州の民饑饉なるを以て、上都・興和の酒造りを禁ず。太陰軒轅を犯す。戊申、詔す、「汝寧の棒胡、広東の朱光卿・聶秀卿等は、皆漢人なり。漢人に省・臺・院及び翰林・集賢に官ある者は、誅捕の法を講求して以て聞かしむべし」と。太白昼に見ゆ。壬子、太陰心宿を犯す。甲寅、詔して哈八児禿及び禿堅帖木児を太尉と為し、各僚属幕官を設けしむ。西番賊起こり、鎮西王の子党兀班を殺す。行宣政院を立て、也先帖木児を以て院使と為し、往きて之を討たしむ。戊午、太白昼に見ゆ。己未、太陰壘壁陣を犯す。辛酉、太白昼に見ゆ。壬戌、四川行省参知政事挙理等に命じて反賊韓法師を捕えしむ。丁卯、彗星東北に見ゆ、天船星の如く大、色白、約長さ尺余、彗西南を指し、八月庚午に至りて始めて滅す。
六月庚午朔、太白天を経る。辛未・甲戌、復た之の如し。乙亥、太白霊台を犯す。戊寅、丞相安童を贈り推忠佐運開国元勳・東平忠憲王と為し、封ぜられたる城内に祠廟を建立し、官をして祭りを致さしむ。己卯、太白天を経る。夜、太白太微垣を犯す。辛巳、大霖雨、是の日より癸巳に至るまで止まず。京師・河南・北水溢れ、御河・黄河・沁河・渾河水溢れ、人畜・廬舍を没すること甚だ衆し。壬午、太白昼に見ゆ。太陰斗宿を犯す。癸未、醮を長春宮に設く。丁亥、太白太微垣を犯す。戊子、文始尹真人を加封して無上太初博文文始真君と為し、徐甲を垂玄感聖慈化応御真君と為し、庚桑子を洞霊感化超蹈混然真君と為し、文子を通玄光暢昇元敏誘真君と為し、列子を冲虚至徳遁世遊楽真君と為し、荘子を南華至極雄文弘道真君と為す。己丑、太白昼に見ゆ。庚寅、復た之の如し、七月辛酉に至りて方に息む。壬辰、彰徳大水、深さ一丈。高密県濰川郷景芝社巡検司を立つ。
秋七月己亥朔、漳河泛溢して広平城下に至る。鞏卜班に西平王の印を賜う。癸卯、車駕出でて狩猟す。太白天を経る。乙巳、復た之の如し。丙午、車駕失剌斡耳朵に幸す。太白復た天を経る。丁未、車駕龍岡に幸し、馬乳を洒い以て祭る。戊申、朶児只国王を召して入朝せしむ。庚戌、太白昼に見ゆ。河南武陟県禾将に熟せんとす、蝗東より来たり、県尹張寛天を仰ぎて祝して曰く、「寧ろ県尹を殺せ、百姓を傷つくる毋れ」と。俄に魚鷹群飛して之を啄み食らう。壬子、車駕乾元寺に幸す。甲寅、太白天を経る。乙卯、懐慶水有り。庚申、詔す、「人命重事を除くの外、凡そ盗賊諸罪は、須く五府官の審録を俟たず、有司例に依りて之を決すべし」と。辛酉、太白昼に見ゆ。壬戌、宗王桑哥八剌に七宝繫腰を賜う。太白天を経る。癸亥・甲子、復た之の如し。是の月、狗札里・沙の、朱光卿を擒え、尋いで石昆山・鍾大明を追擒す。
八月戊辰朔、社稷を祭る。使いを遣わして済南の饑民九万戸を賑済す。庚午、彗星見えず、五月丁卯より始めて見え、是に至るまで凡そ六十三日、昴より房に至り、凡そ一十五宿を歴て滅す。甲戌、太陰心宿を犯す。辛巳、京畿盗起こる。壬午、京師地大いに震い、太廟の梁柱裂け、各室の牆壁皆壊れ、儀物を圧損し、文宗の神主及び御床尽く碎く;西湖寺の神御殿の壁仆れ、祭器を圧損す。是より累震し、丁亥に至りて方に止み、損ずる所の人民甚だ衆し。癸未、日に交暈有り、左右の珥に白虹之を貫く。河南地震す。高麗の軍器を執持するの禁を弛め、仍て馬に乗るを令す。戊子、漢人の生蕃を鎮遏する処も、亦軍器の禁を開く。文宗の神主并びに廟中の諸物を修理す。是の月、車駕上都より至る。
九月己亥、熒惑斗宿を犯す。甲辰、太陰斗宿を犯す。丁未、太陰壘壁陣を犯す。己酉、皮貨所を寧夏に立て、提領使・副を設けて之を主と為す。四川・湖広江西・江浙行枢密院を立つ。文宗の新主・玉冊及び一切の神御の物皆成り、詔して典礼に依り祭告せしむ。太陰壘壁陣を犯す。辛酉、太陰軒轅を犯す。丙寅、大都南北両城に賑糶米舗五所を添設す。
冬十月庚午、太白昼に見ゆ。癸酉、日赭の如く赤し。乙亥、江浙行省丞相搠思監に命じて海運を提調せしむ。丙子、太陰壘壁陣を犯す。壬午、太陰昴宿を犯す。丁亥、太白昼に見ゆ。太陰鬼宿を犯す。庚寅、太白昼に見ゆ。辛卯、亦た之の如し。丙申、復た之の如し。
十一月丁酉朔、太白天を経る。戊戌、太白亢宿を犯す。己亥、太白天を経る。壬寅、太陰熒惑を犯す。癸卯、太陰壘壁陣を犯す。丙午、屯田を雄州に立つ。丁未、填星鍵閉を犯す。辛亥、太陰五車を犯す。甲寅、太陰鬼宿を犯す。丙辰、太陰軒轅を犯す。丁巳、太白天を経る。太陰太微垣を犯す。詔して脱脱木児に脱火赤の荊王位を襲わしめ、仍て其の妃忽剌灰に命じて兀魯思の事を同治せしむ。戊午、太白天を経る。癸亥、鈔一万五千錠を発し、宣徳等処の地震死傷者を賑す。太白天を経る。甲子・乙丑、復た之の如し。
十二月己巳、太廟に享く。歳星退きて天罇を犯す。填星罰星を犯す。甲戌、熒惑壘壁陣を犯す。太白東咸を犯す。乙亥、吏部仍て考功郎中・員外郎・主事各一員を設く。庚辰、阿魯図に命じて広平王の爵を襲わしむ。壬午、集賢大学士羊帰等言う、「太上皇・唐妃の影堂は真定玉華宮に在り、毎年宜しく正月二十日に於いて祭りを致すべし」と。之に従う。丙戌、阿速衞探馬赤軍に命じて屯田せしむ。是の月、馬札児台を以て太保と為し、枢密院を分ちて北辺を鎮めしむ。
是歳、詔して孝子靳昺に碑を賜う。伯顔、張・王・劉・李・趙五姓の漢人を殺さんことを請う、帝従わず。西域僧加剌麻を徴して京師に至らしめ、号して灌頂国師と為し、玉印を賜う。
四年春正月丙申朔、地震により、天下に赦令を下す。詔して曰く、「内外の廉潔有能の官で、父母が七十歳で侍丁(扶養する子)のない者は、近くに選任し、以て侍養の便とせよ」と。宣政院使不蘭奚が七十歳で致仕するに当たり、大司徒を授け、終身全俸を給す。癸卯、太白星が建星を犯す。甲辰、再び同じ。丙午、太陰が五車を犯す。辛亥、太陰が軒轅を犯す。己未、填星が東咸を犯す。江浙の海運糧が数不足のため、江西・河南の五十万石を撥付してこれを補う。庚申、太陰が南斗に入る。太白星が牛宿を犯す。辛酉、分命して宗王乃馬歹を行知樞密院事と為す。癸亥、鈔本百二十万錠を印造す。是月、詔して曲阜孔子廟を修繕せしむ。
二月丁卯、河南・江浙・湖広・四川等処の行樞密院を罷む。戊辰、社稷を祭る。庚午、車駕、柳林に狩猟す。戊寅、太陰が軒轅を犯す。己卯、太陰が霊台を犯す。乙酉、奉聖州地震す。是月、京師・河南・北の水災被災者を賑恤す。龍興路南昌州飢饉、江西海運糧を以て賑糶す。
三月戊申、填星が退行して東咸を犯す。辛酉、命中書平章政事阿吉剌に至正条格の監修をせしむ。南郊に告祭す。国王朵児只を遼陽行省左丞相と為し、宗王玉里不花を知樞密院事と為し、鈔一千錠・金一錠・銀十錠を賜う。
夏四月辛未、京師に天、紅沙を降らし、昼晦す。探馬赤・只児瓦歹を中書平章政事と為す。癸酉、脱脱を御史大夫と為す。乙亥、阿吉剌を奎章大学士兼知経筵事と命ず。己卯、車駕、時に上都に巡幸す。河南、棒胡を捕らえて京師に至り、これを誅す。癸巳、車駕、薄暮に八里塘に至り、雨雹あり、大さ拳の如く、その形状に小児・環玦・獅・象・亀・卵の形あり。
五月乙未朔、五台山等処巡検司を立つ。庚戌、両淮屯田打捕総管府を正三品に昇格す。甲寅、湖広行省平章政事燕赤に推誠翊戴安辺制勝功臣・太傅・開府儀同三司・上柱国を贈り、永平王を追封し、諡して忠襄と曰う。辛酉、詔して曰く、「土番宣慰司の軍士は、乗馬し、兵器を執ることを許せ」と。湖広行省が元来管轄した新化洞・古州・潭渓・龍里・洪州諸洞三百余ヶ所、洞民六万余戸を、靖州に分属させ、叙南・横江巡検司を立つ。是月、仏家閭を考功郎中と為し、喬林を考功員外郎と為し、魏宗道を考功主事と為し、天下の郡県官属の功過を考較せしむ。阿剌吉を再び中書平章政事と為す。彰徳より瑞麦を献ず、一茎に三穂あり。臨沂・費県水害、米三万石を発して賑糶す。
六月庚午、広東廉訪司僉事恩莫綽言上す、「重囚を処決するには、五府官に命じて地理の遠近を斟酌し、予め官を選び各道に分行させ、秋分の時分に到るまでに事を畢えしむべし」と。これに従う。辛巳、袁州の民周子旺反し、僭称して周王と号し、偽って年号を改む。尋いで擒獲し、誅せらる。填星が退行して鍵閉を犯す。壬午、重慶路墊江県を立つ。己丑、邵武路大雨、水が城郭に入り、平地二丈。是月、信州路霊山裂く。漳州路南勝県の民李志甫反し、漳城を囲む。守将搠思監これと戦い、利あらず。詔して江浙行省平章別不花に、浙閩・江西・広東の軍を総べさせてこれを討たしむ。
秋七月壬寅、詔して伯顔に功あるを以て、涿州・汴梁に生祠を立つ。己酉、奉聖州大地震し、人民の廬舎を損壊す。丙辰、鞏昌府山崩れ、人民を圧死す。戊午、伯顔のために打捕鷹房諸色人戸総管府を立つ。
八月癸亥朔、日食あり。戊辰、社稷を祭る。己巳、高麗女子及び閹人を取るの禁を申し厳にす。伯顔察児に守誠佐治安恵世美功臣・太師・開府儀同三司・上柱国を贈り、奉元王を追封し、諡して忠宣と曰う。辛未、宣徳府大地震す。癸酉、山東塩運司、済南歴城に於いて濱洛塩倉東西二場を立つ。丙子、京師地震し、日に二、三度、乙酉に至ってやむ。丁丑、白虹天を貫く。癸未、宣徳府を順寧府と改め、奉聖州を保安州と改む。太保曲出に推忠翊運保寧一徳功臣・太師・開府儀同三司・上柱国を贈り、広陽王を追封し、諡して忠恵と曰う。平章伯帖木児に宣忠済美協誠正徳功臣・太傅・開府儀同三司・上柱国を贈り、文安王を追封し、諡して忠憲と曰う。甲申、雲南老告の土官八那、姪の那賽を遣わし象馬を齎して来朝す。これがため老告軍民総管府を立つ。是月、車駕、上都より還る。
閏八月戊戌、日赤く赭の如し。己亥、再び同じ。填星が罰星を犯す。太陰が斗宿を犯す。壬寅、日赤く赭の如し。庚戌、太陰が昴宿を犯す。乙卯、太陰が鬼宿を犯す。
九月丙寅、太陰が斗宿を犯す。戊辰、太白星が東咸を犯す。癸酉、奔星、盃の大さ、色白く、右旗の下より起こり、西南に行き、近濁に没す。甲申、太陰が軒轅を犯す。乙酉、太陰が霊台を犯す。庚寅、日赤く赭の如し。太白星が斗宿を犯す。
冬十月辛卯朔、太廟に享す。辛亥、太陰が酒旗を犯す。
十一月丙寅、英宗殿の名を昭融と改む。丁卯、紹熙府軍民宣撫都総使司を立つ。御史大夫脱脱を兼ねて都総使と為し、治書侍御史吉当普を副都総使と為し、世襲してその職とせしむ。本府は元来六州・二十県・一百五十二鎮を領す。国初、その地荒廃せるを以てこれを廃す。是に至り居民二十余万、故に府を立てこれを治む。己巳、平章政事孛羅に命じて太常礼儀院使を領せしむ。熒惑が氐宿を犯す。丁丑、太陰が鬼宿を犯す。戊寅、太白星が壘壁陣を犯す。壬午、四川散毛洞の蛮反し、使者を遣わし被寇の人民を賑恤す。