『伝』に曰く、「王者は功成りて楽を作り、治定まりて礼を制す」と。これ二帝三王の弥文なるか。蓋し天下を有つ者は、軌度を一にし、民俗を正し、人神を合し、上下を和せんと欲すれば、礼楽を捨てて何を以てかせん。金初め宋を得て、始めて金石の楽有り。然れども未だ其の美を尽くさず。大定・明昌の際に至り、日修月葺し、燦然として大備す。其れ太常に隷する者は、即ち郊廟・祀享・大宴・大朝会の宮懸二舞是なり。教坊に隷する者は、則ち鐃歌鼓吹、天子行幸の鹵簿導引の楽有り。散楽有り。渤海楽有り。本国旧音有り。世宗嘗て其の意度を写して雅曲と為し、史其の一を録す。其の俚なる者は載せずと云う。
雅楽
明昌五年、詔して唐・宋の故事を用い、所を置き、礼楽を講議せしむ。有司謂う、「雅楽は周・漢以来より大法を存するのみ。魏・晋而後律度を更に造り、定論無きに訖る。後周保定中に至り、古玉斗を地中に得て、以て尺律を造る。其の後牛弘以て不可と為し、止だ蘇綽の鉄尺を用う。隋に至り亦之を用う。唐興り、隋楽に因りて改めず。黄巣の乱に及び、楽懸散失す。太常博士殷盈孫周法を以て穀鐘・編鐘を鋳し、処士蕭承訓等石磐を校し、合して之を奏す。周顕徳に至り黍を以て律を定む。議者唐楽より五律高しと謂う。宋初め亦王朴の制する所の楽を用う。時和峴周顕徳の律音哀思に近しを以て、乃ち西京の銅望臬・石尺に依りて十二管を重ね造り、声を取って王朴の一律を下す。景祐初め、李照黍を累ねて尺を成し律と為す。其の声猶高きを以て、更に太府の布帛尺を用い、遂に太常楽を三律下す。皇祐中、阮逸・胡瑗改造して止だ一律を下す。或は其の声弇鬱にして和せずと謂い、旧に依りて王朴の楽を用う。元豊間、楊傑李照の鐘磬を用い四清声を加え、王朴の楽を二律下し、以て新楽と為す。元祐間、範鎮又新律を造り、李照の楽を一律下す。而れども未だ用いず。崇寧間に至り、魏漢津範鎮の旧楽の高きを知り、之を下す法無きを以て、乃ち時君の指節を以て尺と為す。其の造る所の鐘磐即ち今用うる所の楽是なり。然れども王朴の制する所の声高きを以て、屡改作を命ず。李照太府尺を以て律を制す。人旧聴に習ひ重きを疑う。其の後範鎮等楽を論じ、復李照の用うる所の太府尺を用う。即ち周・隋の用うる所の鉄尺なり。牛弘等以て古に近く宜しきに合すと謂う。今現有の楽を取り、唐初の開元銭を以て其の分寸を校するも亦同じ。則ち漢津の用うる所の指尺殆ど周・隋・唐の用うる所の尺と同じからん。漢津李照・範鎮の説を用い、而して之と同ずるを恥じ、故に時君の指節を以て尺と為し、衆人をして敢えて軽く議せざらしむ。其の尺詭説と為すと雖も、其の制乃ち古と同く、而して清濁高下皆中に適す。法数の外より出で私意妄為するに非ず。蓋し今の鐘磐崇寧の制する所と雖も、亦周・隋・唐の楽なり。今用うる所の楽律を閲すに、声調平和にして、太高太下の失無し。久しく用うべし。唯だ辰鐘・辰磬昔より数缺く。宜しく辰鐘十五、辰磬二十一を補鋳し、旧を通じて各二十四虡と為すべし」と。上曰く、「嘗て宋人の楽を論ずるを観るに、律は人声に主り、其の器に泥るべからずと為し、要は声の和するに在るのみと」と。是に於て、礼部に命じて符を下し南京に取り、宋の旧工を以て、更に辰鐘十有二を鋳せしむ。又旧鐘姑洗・夷則皆五律高く、無射二律高きを以て、別に鋳して以て之を補い、乃ち協う。又辰磬各十有二を琢ち、其の半少しく劣るを以て、其の諧うる者を択びて之を用う。初め、正隆間、海陵汴に太廟を営む。貞祐南遷し、宣宗之を修め、以て諸帝の神主を祔す。其の地、故宋の景霊宮の址なり。其の下を掘るに、編鐘十三、編磬八を得、皆「大晟」の字を刻す。時朝廷多故にして、礼器散亡し、竟に亦備うる能わず。
大定十一年、太常が議して言うには、「『唐會要』の旧制を按ずるに、南北郊の宮縣は二十架を用い、周・漢・魏・晉・宋・齊の六朝及び唐の『開元』、宋の『開寶禮』も、その数は皆同じである。『宋會要』は三十六架を用い、『五禮新儀』は四十八架を用いるが、その数が多く、甚だしく奢侈のようである。今、『太常因革禮』に擬すべく、天子の宮縣の楽は三十六虡、宗廟は殿庭と同じくし、郊丘は二十虡とし、宮縣二十架を用い、登歌の編鐘・編磬を各一虡とするのが宜しい。また『周禮大司樂』を按ずるに、『凡そ楽は、圜鐘を宮とし、黄鐘を角とし、太蔟を徵とし、姑洗を羽とする。雷鼓・雷鞀・孤竹の管・雲和の琴瑟・雲門の舞、冬至の日に地上の圜丘においてこれを奏し、もし楽六変あれば、則ち天神皆降り、礼を得べし』とある。六変とは、六成を謂う。唐・宋はこれに因る。蓋し圜鐘は夾鐘なり、宮として用いるのは、上に房・心に応じ、天帝明堂の象有るによる。宮声は三奏し、角・徵・羽は各一奏し、陽の奇数に合せ、神のこれを聴かんことを欲するなり。凡そ楽は陽に起こり、少陰に至って止む。圜鐘は卯より申に至るまでその数六有り、故に六変にして楽止めば、則ち天神皆降り、礼を得べし。楽曲の名は、唐は『和』とし、宋は『安』とし、本朝は楽曲を定めて『甯』を名とす。今、ただ太廟祫享の楽曲有るのみにして、郊祀の楽曲は未だ備わらず。皇統九年、天を拝するに『乾甯之曲』を用いた。今、圜丘の降神には固より就用すべし。今、太廟祫享に、皇帝の升降行止には『昌甯之曲』を奏し、俎を迎えるには『豊甯之曲』を奏し、酌献・舞出入には『肅甯之曲』を奏し、飲福には『福甯之曲』を奏す。宋の『開寶禮』も亦就用すべし。その他に郊祀の曲名、皇帝の中濆に入る、玉幣を奠める、俎を迎える、酌献する、舞出入する楽曲は、皆『寧』の字を以て名を制すべし」と。遂に学士院に命じてこれを撰ばしむ。皇帝の中濆に入るには『昌甯之曲』を奏し、降神・送神には『乾甯之曲』を奏し、昊天上帝には『洪甯之曲』を奏し、皇地祇には『坤甯之曲』を奏し、配位には『永甯之曲』を奏し、飲福には『福甯之曲』を奏す。升降・望燎・大小次への出入は、皆中濆に入るのと同じくし、その余は儀注及び楽章に載す。また太常に命じて文武二舞の先後すべき所を議せしむ。太常議して言うには、「唐・宋の郊廟の礼を按ずるに、皆先ず文後武なり。本朝も自ら禘祫の礼を行うも亦然り。ただ唐の韋萬石が建議して謂うに、先儒相伝うるに、揖譲を以て天下を得れば則ち先ず文を奏し、征伐を以て天下を得れば則ち先ず武を奏すと。当時はこれに従うも、尋いでまたこれを改む。その『開元禮』の先文後武を以て定めとすべし。方丘は圜丘の儀の如くし、社稷には則ち登歌を用う」と。
楽舞の名数。太廟の登歌は、鐘一虡、磬一虡、歌工四、籥二、塤二、篪二、笛二、巣笙二、和笙二、簫二、七星匏一、九耀匏一、閏餘匏一、搏拊二、柷一、敔一、麾一、一弦琴・三弦琴・五弦琴・七弦琴・九弦琴各二、瑟四。別廟の登歌も同じ。親祠の時は金鐘・玉磬を用い、摂祭の時は編鐘・編磬を用いる。宮懸楽三十六虡:編鐘十二虡、編磬十二虡、大鐘・穀鐘・特磬各四虡。建鼓・応鼓・鞞鼓各四、路鼓二、路鞀二、晉鼓一、巣笙・竽笙各十、簫十、籥十、篪十、笛十、塤八、一弦琴三、三弦・五弦・七弦・九弦琴各六、瑟十二、柷一、敔一、麾一。文舞で執る籥・翟は各六十四、武舞で執る硃幹・玉戚は各六十四、引舞で執る旌二、纛二、牙杖二、単鞀二、単鐸二、双鐸二、金鐃二、金錞二、金鉦二、相鼓二、雅鼓二。有司が摂祭する時は、宮懸二十虡:編鐘四、編磬四、辰鐘十二。建鼓四、路鼓四、路鞀二、晉鼓一、巣笙・竽笙・簫・塤・篪・笛各八、一弦琴三、三弦・五弦・七弦・九弦琴各六、瑟八、柷・敔各一、麾一。登歌及び二舞の引舞で執るものは親祠と同じ。
皇帝が冊宝を受ける。前もって、大楽令と協律郎が殿廷に楽懸を設ける。また挙麾の位二つを設け、一つは殿の西階に、一つは楽懸の西北に。また殿上に登歌の楽架を設ける。当日、侍中が奏上する:「外辦。」宮懸楽が奏され、皇帝が出御し、座に就くと楽は止む。宝を奉じて入門すると楽が奏され、褥位に置くと楽は止む。初めに導く時宮懸楽が奏され、位に立ち定まると楽は止む。宝が初めて動くと楽が奏され、御前に置き終わると楽は止む。皇帝が宝を受け終わると楽が奏され、侍中が奏上する:「称賀。」楽は止む。皇太子が殿に昇ると登歌楽が奏され、位に戻ると楽は止む。侍中が奏上する:「礼畢。」宮懸楽が奏され、皇帝が幕次に還ると楽は止む。
御楼で赦を宣する。前もって、大楽署が楼の下に宮懸を設け、また宮懸の左に鼓一つを設ける。当日、金鶏が初めて立てられると、大楽署が鼓を打ち、立て終わると鼓は止む。侍中が奏上する:「外辦。」大楽令が黄鐘の鐘を撞くと、右の五鐘が皆応じ、『昌寧之楽』が奏され、皇帝が出御する。宣読が終わり、百官が舞踏し、礼が終わると、大楽令が蕤賓の鐘を撞き、左の五鐘が皆応じ、『昌寧之楽』が奏され、皇帝が座を降り、楽は止む。凡そ皇帝の出入・昇降及び分班・合班には、皆楽が奏され、座に就き、立ち定まると止む。中宮・皇太子・太孫を冊命し、外国の使節の賀を受けること。外国の使節を宴するには、皆宮懸を用いる。
散楽
鼓吹楽
馬上の楽である。天子の鼓吹・横吹にはそれぞれ前・後部があり、部はまた各々二節に分かれる。金の初めは遼の旧物を用い、その後は宋の儀礼を交えて用いた。海陵が燕に遷都した時及び大定十一年の鹵簿では、皆鼓吹を四節に分け、その他の行幸ではただ両部を用いるのみであった。
鼓吹令二人
掆鼓十二、金鉦十二
大鼓百二十、長鳴百二十
鐃鼓一十二、歌二十四
拱辰管二十四、簫二十四
笳二十四、大横吹一百二十
節鼓二つ、笛二十四本、
簫二十四本、篳篥二十四本、
笳二十四本、桃皮篳篥二十四本、
掆鼓十二面、金鉦十二個、
小鼓百二十面、中鳴百二十個、
羽葆鼓十二面、歌二十四人、
拱辰管十四本、簫二十四本、
鼓吹丞二人、
掆鼓三面、金鉦三個、
羽葆鼓十二面、歌二十四人、
拱辰管二十四本、簫二十四本、
笳二十四本、節鼓二つ、
鐃鼓十二面、歌十六人、
簫二十四本、笳二十四本
小横吹百二十
笛二十四、簫二十四
篳篥二十四、笳二十四
桃皮篳篥二十四
本朝楽曲
郊祀楽歌
皇帝中濆に入る、宮県黄鐘宮『昌寧之曲』:凡そ歩武同じ。
袞服穆穆として、中濆に臨む。圜壇を瞻言し、皇皇后帝。禋祀肇めて称し、磬香は維れ徳。爰に百神に暨び、昭かに職を受く。
降神、宮県『乾寧之曲』、『仁豊道洽之舞』。圜鐘を宮と為し、黄鐘を角と為し、太蔟を徴と為し、姑洗を羽と為す。圜鐘三奏し、黄鐘・太蔟・姑洗は皆一奏す。詞は並びに同じ:
我が金の興る、皇天錫羨す。惟れ神の休、爰に茲に郊見す。玉有りてその礼、牲有りてその薦。将に厥の明を受けんとし、来たり寧ぎ来たり燕す。
皇帝盥洗、宮県黄鐘宮『昌寧之曲』:
天に因りて天に事え、宗を惇くして礼を将る。爰に攸司を飭え、時に奉じて罍洗す。彼を挹みて茲に注ぎ、乃ち壇陛に升る。事に先だちて虔み、神は労い豈弟なり。
皇帝が壇に登り、登歌は大呂宮の『昌甯之曲』:
国都の南に在り、その趾は崇崇たり。烝なるかな皇王、時に維りて蒞止す。至誠神に通じ、能く禋ぎ能く祀る。万斯年に於て、昊天其れ子とす。
昊天上帝に、玉幣を奠め、登歌は大呂宮の『洪甯之曲』:
穆穆たる君王、厳有り翼有り。佩環鏘然たり、圜壇是に陟る。嘉徳升聞し、馨は黍稷に非ず。高明降監し、百神職を受く。
皇地祇に、『坤甯之曲』:
明祇を肅敬し、躬行して奠贄す。其の贄は何を維えん?黄琮と幣を制す。群霊に従祀し、咸く厥の位を秩す。惟れ皇能く饗す、允に熙事を集む。
配位の太祖皇帝に、『永甯之曲』:
明禋を肇挙し、皇天后土。皇祖武元、爰に神主と作る。功は耆定に昭らかに、歌は大呂を以てす。我が思成を綏し、秩有る斯の祜。
穆穆皇皇たり、天子躬祀す。群臣之に相い、敬せざるは罔し。俎豆畢陳し、物其れ嘉し。馨香始めて升り、明神燕喜す。
昊天上帝に、酌献し、登歌は大呂宮の『嘉甯之曲』:
郊禋敬を展べ、上霊に昭事す。太尊席に在り、醑有る斯の馨。酌みて之を献ぐと言え、霊其れ醉止まん。福禄来たり宜しく、以て明祀に答う。
皇地祇に、『泰甯之曲』:
袞服穆穆たり、彼の泰折に臨む。昭らかなる神宮に於て、幣を埋め血を瘞む。爰に匏爵を称え、斟みて潔を薦むと言え。方輿常に安く、我が帝業を扶く。
配位の太祖皇帝に、『燕甯之曲』:
ああ偉大なる高后よ、大いなる基を開き導きたまえり。功は天と合し、天に配して推し奉る。時に清き旨を薦め、その儀は甚だ粛なり。来たりて安んじ来たりて楽しみ、福禄これに安んず。
文舞退き、武舞進む、宮懸黄鐘宮『咸寧の曲』:
郊丘に祀りを奉じ、『雲門』の舞を変ず。進みて朱幹を秉り、翟羽を揮うを停む。ああ昭かなる睿文、また聖武に肖る。疆なきは維れ烈、天子祜を受く。
亞献・終献、宮懸黄鐘宮『咸寧の曲』、『功成治定の舞』:
南郊に地を掃き、天神を以て俟つ。ああ皇なる君王、よく禋しよく祀る。神明に交わり、玄酒陶器。誠心靖かに純なり、食味の貴きに非ず。
皇帝福酒を飲む、登歌大呂宮『福寧の曲』:
天を承くる所以は、質に過ぐるはなし。天その之を祐し、惟れ精にして惟れ一なり。泰尊爰に挹ぎ、馨香徳を薦む。我に恵み無疆、子孫千億。
豆を徹す、登歌大呂宮『豊寧の曲』:
大礼爰に陳べ、豆と為すこと孔だ碩なり。肅肅たる其の容、百辟に於いて顕る。皇霊降り監み、馨しきは徳に在り。明禋斯に成り、孚休罔極。
神を送る、宮懸圜鐘宮『乾寧の曲』:
赫赫たる上帝、臨みて禋祀を監す。居然として来たり歆し、昭かに祖配に答う。圜壇四成、神其の位に安んず。升歌し送りを賛し、天人悦喜す。
方丘楽歌
神を迎える、『鎮寧の曲』。大鐘宮再奏、太蔟角再奏、姑洗徴再奏、南呂羽再奏、詞同じ:
至れるかな坤儀、万匯生を資く。物に称して平らかに施し、謙に流れて盈ちを変ず。礼は泰折を修め、祭は精誠を極む。皇皇たる霊眷、永く寰瀛を奠む。
初献盥洗、太蔟宮『肅寧の曲』:
礼には五経あり、祭礼に先んずるはなし。時に応じて虔敬を伸べ、時に従って盥洗す。品物は吉蠲にして、威儀は済済たり。純嘏を賜い、来たりて愷悌を楽しむ。
初献、壇に升る。応鐘宮『肅甯之曲』。
無疆の徳、至れるかな坤元。沈潜剛克、資生実に蕃し。方丘の儀、惟れ敬にして文なし。神その来り思え、時に薦殷を楽しむ。
初献、玉幣を奠ぐ。太蔟宮『億甯之曲』。
礼は方沢に行われ、文物備わり挙がる。惟れ皇地祇。昭かに假して来たり下る。玉帛を奠瘞し、純誠内に著わる。神保是れ享け、陟降斯れ祜なり。
司徒、俎を捧ぐ。太蔟宮『豐甯之曲』。
四階の儀は秩たり、壇は方沢に於いてす。皇祇に昭事し、即ち陰を以て墌とす。祊に潔肆し、孔に嘉く且つ碩いり。神その之を福いせよ、幾の如く式の如く。
正位に酌献す。太蔟宮『溥甯之曲』。
蕩蕩たる坤徳、物載らざるはなし。柔順にして利貞、含洪にして光大なり。籩豆既に陳なり、金石斯れ在り。四海永く寧らかに、福禄攸に介く。
配位に酌献す(太宗を配す)。太蔟宮『保甯之曲』。
詞、闕く。
亞献・終献、壇に升る。太蔟宮『咸甯之曲』。
豆を徹す。応鐘宮『豐甯之曲』。
方丘を修理え、吉蠲是れ宜し。籩豆静嘉にして、有司に登る。芬芬たる馨香、来たりて享け来たりて儀す。郊儀将に終わらんとし、声歌之を徹す。
送神の儀、林鐘宮《鎮寧の曲》
地に因りて丘を方り、濟濟として儀多し。楽成りて八変、霊祇格る。薦餘を徹し豆を撤し、神の貺昭に垂る。億万斯年、永く丕基を祐けん。