屬國表
周は天下を有し、期せずして会した国は八百余国に及んだ。遼は松漠に居し、最も強盛であった。天命は帰す所あり、国を建て元を改めた。号令法度は、皆漢制に従った。将を命じて師を出し、諸国を臣服させた。人民は皆版籍に入り、貢賦は悉く内帑に輸した。東西朔南、何啻万里。古に百里の国より起こりて太平の業を致した者を見るも、亦幾からん。故に遼の盛は著さざるべからず。『属国表』を作る。
| 紀年 | 正月 | 二月 | 三月 | 四月 | 五月 | 六月 | 七月 | 八月 | 九月 | 十月 | 十一月 | 十二月 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 太祖元年 | 和州回鶻が来貢した。 | |||||||||||
| 神冊元年 | 正殿で、百官および諸国の使者の朝賀を受けた。 | |||||||||||
| 三年 | 渤海、高麗、回鶻、阻卜、党項がそれぞれ使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 高麗および西北の諸蕃が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。回鶻が珊瑚樹を献上した。 | ||||||||||
| 四年 | 軍が烏骨里国に駐屯し、分路してこれを攻撃し、国全体が帰順した。 | |||||||||||
| 五年 | 党項を征討した。 | |||||||||||
| 天贊二年 | 波斯国が貢ぎ物を献上した。 | |||||||||||
| 三年 | 西討吐渾、党項、阻卜。 | 大食國來貢。回鶻怕里遣使來貢。攻阻卜。 | 遣兵踰流沙,拔浮圖城,盡取西鄙諸部。 | 獲甘州回鶻烏母主可汗。 | ||||||||
| 四年 | 大元帥堯骨略地党項。 | 攻小番,下之。回鶻烏母主可汗遣使貢謝。 | 日本國來貢。 | 新羅國來貢。 | ||||||||
| 天顯元年 | 回鶻、新羅、吐蕃、党項、沙陀が従軍して功績を挙げたため、褒賞を与えた。濊貊、鐵驪、靺鞨が朝貢に来た。渤海国を東丹国に改め、忽汗城を天福城に改めた。 | |||||||||||
| 二年、太宗は元号を改めなかった。 | 女直国が使者を派遣して朝貢に来た。 | |||||||||||
| 三年 | 達盧古が朝貢に来た。 | 突厥が朝貢に来た。 | ||||||||||
| 六年 | 西南の辺境の将軍が慕化した轄戛斯国人を連れて来た。 | 鐵驪が朝貢に来た。 | ||||||||||
| 七年 | 女直が来貢した。 | 阻卜が海東青鶻を貢いだ。 | ||||||||||
| 八年 | 皇太弟李胡が兵を率いて党項を討伐した。 | 吐渾、阻卜が来貢した。 | 党項が来貢した。 | 阻卜が来貢した。阿薩蘭回鶻が来貢した。 | 鐵驪が来貢した。阻卜が来貢した。朮不姑が来貢した。 | 阻卜が来貢した。朮不姑が来貢した。 | ||||||
| 九年 | 党項が駱駝と鹿を献上した。 | 女直が来朝して貢物を献じた。 | ||||||||||
| 十年 | 党項が来朝して貢物を献じた。 | 吐谷渾の酋長が部衆を率いて帰順した。 | 吐渾が来朝して貢物を献じた。 | |||||||||
| 十一年 | 女直国が使者を派遣して来朝し貢物を献じた。 | 吐谷渾が来朝して貢物を献じた。 | 吐渾が来朝して貢物を献じた。 | |||||||||
| 十二年 | 女直国が使者を派遣して朝貢した。回鶻が朝貢した。 | 鉄驪が朝貢した。 | ||||||||||
| 会同元年 | 鉄驪が朝貢した。 | 女直国が使者を派遣して朝貢した。 | 女直国が使者を派遣して弓矢を献上した。西南辺の大詳穏耶律魯不古が党項の勝利を奏上した。 | 吐谷渾が朝貢した。 | 吐谷渾、烏孫、靺鞨がそれぞれ朝貢した。 | |||||||
| 二年 | 女直国が貢ぎ物を持ってきた。 | 吐谷渾が貢ぎ物を持ってきた。 | 阻卜が貢ぎ物を持ってきた。 | 鉄驪と燉煌が使者を派遣して貢ぎ物を持ってきた。 | ||||||||
| 三年 | 女直が朝貢に来た。 | 阻卜が貢ぎ物を持ってきた。阻卜と賃烈国が貢ぎ物を持ってきた。阻卜が貢ぎ物を持ってきた。 | 女直国が貢ぎ物を持ってきた。 | |||||||||
| 四年 | 鉄驪が貢ぎ物を持ってきた。 | 魯不古が党項を討伐して帰還し、捕虜を献上した。 | 吐谷渾が降伏した。阻卜が来貢した。女直国が使者を派遣して来貢した。 | |||||||||
| 五年 | 鉄驪が来貢した。 | 素撒国の人が来貢した。阻卜が地方の産物を貢いだ。 | 阻卜が来貢した。 | 党項が命令に背いたため、討伐した。 | ||||||||
| 六年 | 鉄驪が来貢した。 | 鉄驪が来貢した。 | ||||||||||
| 七年 | 賃烈、要里などの国が朝貢に来た。 | 回鶻が使者を派遣して婚姻を請うたが、許されなかった。 | ||||||||||
| 八年 | 回鶻が朝貢に来た。吐谷渾が朝貢に来た。紝沒里、要里などの国が地方の産物を貢いだ。 | 鉄驪が朝貢に来た。 | ||||||||||
| 九年 | 回鶻、女直が朝貢に来た。 | 吐渾が生口を献上した。 | 吐渾の白可久が帰順して来た。 | 女直が朝貢に来た。 | ||||||||
| 穆宗応暦元年 | 鉄驪が朝貢に来た。 | |||||||||||
| 二年 | 女直が朝貢に来た。 | 鉄驪が鷹と鶻を貢いだ。 | 回鶻および轄戛斯国が朝貢に来た。 | |||||||||
| 三年 | 鉄驪が朝貢に来た。 | 吐蕃、吐谷渾が朝貢に来た。 | ||||||||||
| 十二年 | 女直国が鼻に毛のある小児を貢献。 | |||||||||||
| 十三年 | 斡朗改国が花鹿の生まれた子鹿を進献、これを視察。 | |||||||||||
| 景宗保寧三年 | 漢が使者を派遣して来告。 | 回鶻が使者を派遣して来貢。 | 漢が宋人の攻撃を受けたため、使者を派遣して来告。 | 吐谷渾が来貢。 | ||||||||
| 五年 | 党項を討伐し、これを破り、捕虜と戦利品の数を上奏した。 | 女直国が国境を侵した。阿薩蘭回鶻が朝貢に来た。 | ||||||||||
| 八年 | 女直国が貴德州を侵した。 | 轄戛斯国が使者を派遣して朝貢に来た。 | ||||||||||
| 九年 | 女直国が使者を派遣して朝貢に来た。 | 女直国の二十一人が宰相と夷離菫の官職を請い、順次これを授けた。 | 回鶻が使者を派遣して朝貢に来た。 | 耶律沙が党項の降伏した酋長可醜買友を連れて来たので、詔を賜って慰撫した。女直国が使者を派遣して朝貢に来た。 | 吐谷渾が太原に四百余戸で反乱し、これを索めて返還した。 | |||||||
| 十年 | 阿薩蘭回鶻が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 女直国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | ||||||||||
| 乾亨元年 | 女直国の宰相が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | |||||||||||
| 四年 | 阻卜を討伐した。 | |||||||||||
| 聖宗統和元年 | 党項の十五部が辺境を侵し、西南面招討使韓德威がこれを破った。阻卜を破った。韓德威が党項諸部を討伐した。 | 韓德威が党項を破り、捕虜の数を上奏した。 | ||||||||||
| 二年 | 女直の宰相海里ら八族が帰順した。 | 速撒らが阻卜を討ち、その酋長撻剌干を殺した。 | ||||||||||
| 三年 | 女直国の宰相朮里補が来朝した。 | |||||||||||
| 四年 | 阻卜が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 党項が貢ぎ物を献上した。 | ||||||||||
| 六年 | 閏月、阿薩蘭回鶻が来朝して貢物を献上した。 | 党項の太保阿剌恍が来朝した。 | 瀕海女直の宰相速魯里が来朝した。 | |||||||||
| 七年 | 回鶻、于闐、師子などの国が来朝して貢物を献上した。党項が使者を派遣して貢物を献上した。 | 阿思懶、于闐、轄烈の三国が来朝して貢物を献上した。吐蕃が来朝して貢物を献上した。 | 于闐が張文宝を派遣して内丹書を進呈した。 | |||||||||
| 八年 | 于闐、回鶻がそれぞれ使者を派遣して貢物を献上した。女直国が使者を派遣して貢物を献上した。 | 女直国が使者を派遣して貢物を献上した。 | 女直国の宰相阿海が来朝した。 | 阿薩蘭回鶻の于越、達剌干が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。女直が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 北女直国の四部が内附を請願した。 | 阻卜が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 女直が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。回鶻が貢ぎ物を献上した。 | |||||
| 九年 | 女直国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 回鶻が貢ぎ物を献上した。 | 突厥が貢ぎ物を献上した。 | 女直国が喚鹿人を進献した。 | アサラン回鶻が朝貢に来た。 | |||||||
| 十年 | ウジェが朝貢に来た。 | テリが朝貢に来た。 | テリが朝貢に来た。 | テリが朝貢に来た。 | 回鶻が朝貢に来た。 | |||||||
| 十一年 | 回鶻が朝貢に来た。 | |||||||||||
| 十二年 | 回鶻が来貢した。高麗が来貢した。 | 高麗が使者を派遣して捕虜の返還を請い、詔により贖還された。 | 回鶻が使者を派遣して来貢した。 | 女直国が使者を派遣して来貢した。 | 党項、吐谷渾が来貢した。阻卜が来貢した。 | 鉄驪が来貢した。 | 女直国が宋人が海路で本国に賄賂を贈り、兀惹を唆して反乱させたと告げるため、使者を派遣して来告した。 | |||||
| 十三年 | 女直国が使者を派遣して来貢した。 | 夏国が使者を派遣して来貢した。 | 高麗が鷹を献上した。 | 女直国が使者を派遣して朝貢した。 | 回鶻が朝貢した。兀惹が帰順した。鼻骨が朝貢した。 | 阿薩蘭回鶻が使者を派遣して朝貢した。高麗が童子十人を派遣して本国語を学ばせた。 | 鉄驪が使者を派遣して鷹と馬を献上した。 | |||||
| 十四年 | 回鶻が使者を派遣して朝貢した。女直国が使者を派遣して朝貢した。 | 韓德威が党項討伐の勝利を上奏した。 | 鉄驪が朝貢した。回鶻が朝貢した。 | 回鶻が朝貢した。 | アサラン回鶻が使者を派遣し、子の結婚を求めたが、許可されなかった。 | |||||||
| 十五年 | 河西の党項が反乱し、詔で韓德威に討伐を命じた。兀惹の酋長武周が降伏してきた。女直国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 韓德威が党項討伐の勝利を上奏した。 | 党項が貢ぎ物を献上した。河西の党項が内附を請願した。兀惹の烏昭慶が毎年の鷹・馬・貂皮の貢ぎ物免除を請願し、その地が遠いため、詔で誕生日と正月を除き免除された。 | 鉄驪が貢ぎ物を献上した。 | 党項の酋長が貢ぎ物を献上した。吐渾の別部が宋に馬を売ることを禁じた。 | 蕭撻凜が阻卜討伐の勝利を上奏した。 | ||||||
| 十六年 | 夏国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 女直国が使者を派遣して朝貢した。 | 鉄驪が朝貢した。 | |||||||||
| 十七年 | 兀惹の烏昭慶が降伏して来たので、釈放した。 | |||||||||||
| 十八年 | 阻卜の反乱酋長鶻碾の弟鉄剌不が部民を率いて帰順した。鶻碾は行き場を失い、後に降伏したが、詔により誅殺された。 | 回鶻が朝貢した。 | ||||||||||
| 十九年 | 回鶻が梵僧の名医を献上した。 | 西南面招討司が党項討伐の勝利を奏上した。 | 達盧骨部が朝貢に来た。 | 西南面招討司が吐谷渾討伐の勝利を奏上した。 | 鼻骨德が朝貢に来た。 | |||||||
| 二十年 | 女直国の宰相夷離底が朝貢に来た。 | 女直国の大王阿改がその子の出燭你、耶剌改、塞剌を派遣して朝見させた。 | 鉄驪が使者を派遣して朝貢した。 | 高麗が使者を派遣して自国の地理図を献上した。 | ||||||||
| 二十一年 | 鉄驪が朝貢に来た。 | 女直国が朝貢に来た。兀惹、渤海、奥里米、越里篤、越里吉の五部が朝貢に来た。 | 党項が朝貢に来た。阻卜の酋長鉄剌里が諸部を率いて降伏して来た。 | 阻卜の鉄剌里が朝見に来た。 | ||||||||
| 二十二年 | 女直国が使者を遣わして朝貢に来た。 | 党項が朝貢に来た。阻卜の酋長鉄剌里が朝見に来た。鉄剌里が求婚し、許された。 | 南京女直国が使者を遣わし、捕らえた烏昭慶の妻子を献上した。 | |||||||||
| 二十三年 | 党項部を救済した。回鶻が朝貢に来た。 | 女直国及び阿薩蘭回鶻がそれぞれ使者を遣わして朝貢に来た。鉄驪が朝貢に来た。党項が侵攻して来た。 | 阻卜の酋長鉄剌里が使者を遣わし、宋との和睦を祝賀した。 | 党項が来貢した。烏古が来貢した。女直国が使者を遣わして来貢した。阿薩蘭回鶻が使者を遣わし、先に留め置いた使者の返還を請うたので、皆これを遣わした。 | ||||||||
| 二十四年 | 沙州燉煌王曹寿が使者を遣わし大食の馬と美玉を進上し、対衣・銀器などの物を賜った。 | |||||||||||
| 二十五年 | 西北路招討使蕭図玉が命に背いた阻卜を討ち、これを破った。 | |||||||||||
| 二十六年 | 高麗が文化・武功両殿の龍鬚草地席を進上した。 | 蕭図玉が馳せて奏上し、甘州回鶻を討ち、その王耶剌里を降伏させ、慰撫して帰還した。 | ||||||||||
| 二十八年 | 西北路招討使蕭圖玉が甘州回鶻を討伐し、その属郡である肅州を破り、全ての住民を捕虜にしたと上奏した。詔により土隗口故城を修築して住民を移住させた。 | |||||||||||
| 二十九年 | 詔により西北路招討使・駙馬都尉蕭圖玉が西部辺境を安撫し、阻卜などの部族を設置した。 | |||||||||||
| 開泰元年 | 女直国の太保蒲撚らが来朝した。 | 鐵驪の那沙らが兀惹の百余戸を賓州に送り届け、賞として絹を賜った。 | ||||||||||
| 二年 | 化哥らが阻卜の酋長烏八の軍勢を破った。 | |||||||||||
| 三年 | 阻卜の酋長烏八が朝貢し、烏八を王に封じた。女直国と鐵驪がそれぞれ使者を派遣して貢物を献上した。 | 沙州回鶻の曹順が使者を派遣して貢ぎ物を献上し、衣服と貨幣を返礼として賜った。 | ||||||||||
| 四年 | 于闐国が貢ぎ物を献上した。 | 耶律世良らが阻卜を破り、捕虜と戦利品の数を上奏した。女直国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | ||||||||||
| 五年 | 耶律世良と蕭善寧が高麗を東征して討ち破った。 | 阻卜の酋長が来朝した。 | 反逆した党項の酋長魁可が降伏した。 | |||||||||
| 八年 | 鉄驪が貢ぎ物を献上した。 | 詔:阻卜は従来通り毎年、馬、駱駝、テン、青ネズミの皮などを貢納する。 | ||||||||||
| 九年 | 使者を派遣し、沙州回鶻燉煌郡王曹順に衣服を賜う。 | 沙州回鶻燉煌郡王曹順が使者を派遣し、貢物を献上する。 | 大食国王が使者を派遣し、その子冊哥のために婚姻を請い、象と地方の産物を進上する。 | |||||||||
| 太平元年 | 大食国王が再び使者を派遣し婚姻を請い、王子班郎君胡思里の娘可老を公主に封じ、降嫁させる。 | 阻卜扎剌部が貢物を献上する。 | 党項酋長曷魯が貢物を献上する。 | |||||||||
| 二年 | 鉄驪が使者を遣わし、兀惹人16戸を献上した。 | |||||||||||
| 六年 | 党項の別部である塌西に契丹節度使を置いて統治するよう詔を下した。 | 阻卜が侵入し、西北路招討使の蕭惠がこれを破った。 | 西北路招討使の蕭惠に兵を率いて甘州回鶻を討伐させるよう命じた。 | 蕭惠が甘州を攻めるが陥落せず、軍を返した。これ以降、西阻卜の諸部が皆反乱した。我が軍はこれと戦い、敗北し、涅里姑と曷不呂が共に戦死した。惕隱の耶律洪古らに兵を率いて討伐させるよう命じた。 | ||||||||
| 七年 | 蕭惠に再び阻卜を討伐させるよう詔を下した。 | |||||||||||
| 八年 | 党項が辺境を侵し、これを破った。 | |||||||||||
| 興宗重熙二年 | 女直国の詳穩臺押が率いる部族が来貢した。 | |||||||||||
| 六年 | 阻卜の酋長が来貢した。 | |||||||||||
| 七年 | 高麗が使者を派遣して来貢した。 | 夏国が使者を派遣して来貢した。 | 阻卜の酋長屯禿古塚が来朝した。 | |||||||||
| 九年 | 女直国人が辺境を侵し、黄龍府路鉄驪軍がこれを防いだ。 | |||||||||||
| 十年 | 夏国が使者を遣わし、捕らえた宋の将軍と捕虜を献上した。 | 回鶻が使者を遣わして貢ぎ物を献上した。 | ||||||||||
| 十一年 | 吐渾と党項が夏国に多くの馬を売るため、詔を下して辺境に障塞を築いて防がせた。 | |||||||||||
| 十二年 | 高麗国が尊号を加えたことを祝い、使者を遣わして来賀した。 | 夏国が使者を遣わして馬と駱駝を進上した。 | 阻卜大王屯禿古斯の弟太尉撒葛里が来朝した。回鶻が使者を遣わして貢ぎ物を献上した。 | 阻卜が貢ぎ物を献上した。 | 夏人が党項を侵掠し、延昌宮使高家奴を派遣して問いただした。 | |||||||
| 十三年 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 南院大王耶律高十が党項などの部族が反乱して夏国に帰属したと上奏した。 | 羅漢奴が派遣した部族兵が党項との戦いで不利だったと上奏した。 | 阻卜酋長烏八が息子を派遣して元昊の救援要請使者窊邑改を捕らえ、戦いを助ける兵を求めた。これに従った。 | 夏国が使者を派遣して朝貢した。 | 夏国が再び使者を派遣して問い合わせた。 | 反乱した党項の偵察者を捕らえ、射鬼箭を執行した。元昊が党項三部の酋長を自ら捕らえて降伏させた。 | |||||
| 十四年 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 阻卜の大王屯禿古斯が諸酋長を率いて来朝した。夏国が使者を派遣して来朝した。 | 阿薩蘭回鶻が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | |||||||||
| 十五年 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | |||||||||||
| 十六年 | 阻卜の大王屯禿古塚が来朝し、地方の産物を献上した。 | 鉄驪の仙門が来朝した。以前は一度も貢ぎ物を献上したことがなかったため、右監門衛大將軍の官職を加えた。 | 女直国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。阿薩蘭回鶻王が公主が子を産んだことを使者を派遣して報告した。 | |||||||||
| 十七年 | 鉄不得国が使者を派遣して来朝し、自国の軍を率いて夏国を攻撃することを請うたが、許可されなかった。 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 阻卜が馬と駱駝二万頭を献上した。 | |||||||||
| 十八年 | 高昌国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 阻卜が馬、駱駝、珍しい宝物を献上して来朝した。 | ||||||||||
| 十九年 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 遠夷の抜思母部が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 高麗が使者を派遣して夏国征伐の勝利を祝賀した。 | 阻卜の酋長豁得剌の弟斡得が来朝し、太尉を加えて帰した。 | 阻卜の酋長喘只葛拔里斯が来朝した。 | 阻卜の酋長豁得剌が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | ||||||
| 二十年 | 吐蕃が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | |||||||||||
| 二十一年 | 阿薩蘭回鶻が使者を派遣して名馬と文豹を貢いだ。 | |||||||||||
| 二十二年 | 阿薩蘭回鶻が隣国に侵され、使者を派遣して救援を求めた。 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 阻卜大王屯禿古斯が諸部長を率いて馬と駱駝を献上した。 | |||||||||
| 二十三年 | 夏国が使者を派遣して地方の産物を貢いだ。 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 夏国が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 吐蕃が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 阻卜酋長が貢ぎ物を献上した。 | |||||||
| 道宗清寧二年 | 阻卜酋長が来朝し、地方の産物を貢いだ。 | |||||||||||
| 咸雍二年 | 回鶻が貢ぎ物を持って来た。阻卜の酋長が貢ぎ物を持って来た。 | |||||||||||
| 四年 | 阿薩蘭回鶻が使者を派遣して貢ぎ物を持って来た。 | 夏国が使者を派遣して貢ぎ物を持って来た。 | ||||||||||
| 五年 | 阻卜の酋長が反乱を起こし、南京留守の晋王仁先を西北路招討使に任命し、禁軍を率いて討伐させた。 | 吐蕃が使者を派遣して貢ぎ物を持って来た。 | 晋王仁先が使者を派遣して阻卜の勝利を奏上した。 | |||||||||
| 六年 | 阻卜の酋長が来朝し、さらに地方の産物を貢いだ。 | 西北路招討司が降伏させた阻卜の酋長を連れてきた。 | 阻卜の酋長が来朝した。 | 西北路招討司が阻卜の酋長を捕らえて献上し、降伏させた阻卜の酋長図木同刮を連れてきた。 | ||||||||
| 七年 | 女直国が馬を献上した。 | 吐蕃が来貢した。 | 高麗が使者を派遣して来貢した。 | 回鶻が来貢した。 | ||||||||
| 八年 | 易州の貧民を救済した。高麗が使者を派遣して来貢した。 | 回鶻が来朝して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 九年 | 回鶻が来朝して貢物を献上した。 | 高麗と夏国がともに使者を派遣して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 十年 | 阻卜の諸酋長が来朝して貢物を献上した。 | 高麗が使者を派遣して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 大康元年 | 吐蕃が来朝して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 三年 | 回鶻が来朝して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 四年 | 高麗が使者を派遣し、鴨緑江以東の地を賜るよう請うたが、許されなかった。 | 阻卜の酋長が来朝して貢物を献上した。阻卜の諸酋長が良馬を献上した。 | 回鶻が使者を派遣して来朝し、貢物を献上した。 | |||||||||
| 五年 | 阻卜の酋長が来朝して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 六年 | 女直国が使者を派遣して来朝し、貢物を献上した。 | |||||||||||
| 七年 | 女直国が良馬を献上した。 | 阻卜の余古赧が来朝して貢物を献じた。 | 高麗が使者を派遣して貢物を献じた。 | |||||||||
| 八年 | 鉄驪の酋長が地方の産物を献上した。 | 阻卜の酋長が来朝して貢物を献じた。 | ||||||||||
| 九年 | 阻卜の酋長が来朝して貢物を献じた。 | |||||||||||
| 十年 | 女直国が良馬と犬を献上した。 | 阻卜の諸酋長が貢ぎ物を持って来た。 | ||||||||||
| 大安二年 | 女直国が良馬を貢ぎ物として持って来た。 | 阻卜の諸酋長が来朝した。 | 高麗が使者を遣わして封冊を謝した。 | |||||||||
| 三年 | 女直国が良馬を貢ぎ物として持って来た。高麗が使者を遣わして貢ぎ物を持って来た。 | |||||||||||
| 四年 | 高麗の歳貢を免除した。 | |||||||||||
| 五年 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | 回鶻が使者を派遣して良馬を貢いだ。 | ||||||||||
| 六年 | 女直国が使者を派遣して良馬を貢いだ。 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上した。 | ||||||||||
| 七年 | 回鶻が使者を派遣して地方の産物を貢いだ。 | 回鶻が使者を派遣して珍しい物を貢いだが、受け取らず、厚く賜物を与えて帰した。 | 日本国が鄭元ら二十八人を派遣して貢ぎ物を献上した。 | |||||||||
| 八年 | 阻卜の諸酋長が降伏してきた。 | 阻卜の酋長が貢ぎ物を持ってきた。 | 日本国が使者を派遣して貢ぎ物を持ってきた。 | 阻卜の酋長磨古斯が金吾禿古斯を殺して反乱を起こし、奚六部禿里耶律郭三を派遣して諸蕃部の兵を発動させて討伐させた。 | ||||||||
| 九年 | 磨古斯が侵入して略奪した。 | 西北路招討使耶律阿魯掃古が磨古斯を追撃して帰還したが、都監蕭張九が賊の大軍と遭遇し、戦って不利となり、二室韋、拽剌、北王府、特満群牧、宮分などの軍が多く賊に陥落した。 | 有司が奏上したところ、磨古斯が西北路招討使に詣で、耶律撻不也が殺害され、近くの阻卜酋長烏古扎が反乱して去った。達里底と拔思母がともに倒塌嶺路を略奪した。阻卜の酋長轄底が西路群牧を侵掠した。 | |||||||||
| 十年 | 烏古扎らが降伏してきた。達里底、拔思母の二部が侵入して略奪した。 | 西南面招討司が拔思母討伐の勝利を奏上。達里底が侵入。 | 山北路副部署蕭阿魯帶が達里底討伐の勝利を奏上。 | 閏月、達里底と拔思母の二部が降伏。 | 阻卜が倒塌嶺に侵入し、西路群牧と渾河北の牧馬を略奪。東北路統軍使耶律石柳が兵を率いて追撃し、略奪品を全て奪還。 | 西北路統軍司が阻卜の酋長拍撒葛と蒲魯を捕らえて献上。 | 惕德の酋長銅刮と阻卜の酋長的烈が降伏。達里底と拔思母らが侵入し、山北副部署阿魯帶が撃退。 | 西北路統軍司が磨古斯討伐の勝利を奏上。 | ||||
| 壽隆元年 | 西南面招討司が拔思母の侵入を報告し、撃退。蕭阿魯帶らが拔思母を討伐し、撃破。 | 高麗が使者を派遣して貢ぎ物を献上。 | 女直国が使者を派遣して朝貢した。 | 阻卜の酋長禿里底と図木葛が来朝して貢物を献上した。 | 阻卜の酋長猛達斯が朝貢した。 | 女直国が使者を派遣して馬を献上した。 | ||||||
| 二年[1] | 西南面招討司が抜思母を討伐し、これを破った。 | 阻卜が朝貢した。 | 高麗が朝貢した。 | |||||||||
| 三年 | 阻卜の酋長猛撒葛と粘八葛の酋長禿骨撒、梅里急の酋長忽魯八らが旧地の回復を請願し、その代わりに地方の産物を貢いだ。 | 斡特剌が阻卜を討伐し、これを破った。 | 斡特剌が使者を遣わし、梅里急での勝利を奏上した。 | 西北路統軍司が梅里急での勝利を奏上した。 | ||||||||
| 五年 | 夏国王李乾順に詔して、抜思母部を討伐させた。 | 阻卜が来朝して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 六年 | 阻卜の酋長が来朝して貢物を献上した。 | 女直国が使者を遣わして来朝し貢物を献上した。鉄驪が来朝して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 七年 | 阻卜と鉄驪の酋長が来朝して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 天祚帝乾統二年 | 阻卜が侵入し、斡特剌らがこれを撃破した。 | |||||||||||
| 三年 | 女直国が蕭海里の首を梟首し、使者を派遣して献上した。 | 吐蕃が使者を派遣して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 四年 | 吐蕃が使者を派遣して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 六年 | 阻卜が来朝して貢物を献上した。 | |||||||||||
| 八年 | 西北路招討使蕭敵里が諸蕃の酋長を率いて来朝した。 | 高麗が使者を派遣して謝意を表した。 | ||||||||||
| 九年 | 夏国が宋が土地を返還しないことを理由に、使者を派遣して報告した。 | 高麗が使者を派遣して貢物を献上した。 | ||||||||||
| 十年 | 阻卜が貢物を献上した。 | |||||||||||
| 天慶二年 | 和州回鶻が貢物を献上した。阻卜の酋長が貢物を献上した。 | |||||||||||
| 三年 | オランガイ国が使者を派遣して良犬を献上した。 | ウイグルが使者を派遣して貢物を献上した。高麗が使者を派遣して謝意を表した。 | ||||||||||
| 四年 | 女直国が使者を派遣して反逆者アシュを要求したが、引き渡さなかった。 | 女直国が再び使者を派遣してアシュを要求したが、引き渡さず、侍御アシバオを派遣して国境に城塞を築いた理由を問いただした。 | アシバオが戻り、女直国の君主の意向を伝えた。もしアシュを返還すれば、朝貢は以前通りとする。さもなければ、城塞の建設は止めない。女直国が軍を派遣して攻撃した。 | 女直国が寧江州を陥落させた。 | テリ、ウジェが反乱を起こして女直に帰順した。 | |||||||
| 五年 | 僧家奴を遣わして書簡を持たせ和議を約し、女直国の君主の名を非難した。女直国の君主は塞剌を遣わして返書を送り、もし反逆者阿疏を返還し、黄龍府を別の地に移転すれば、その後に協議すると伝えた。 | 耶律張家奴、蒲蘇、阿息保、聶葛、紇石保、得里底らを遣わして書簡を持たせ女直国に使者として赴かせ、その名を非難し、速やかな降伏を期待した。 | 張家奴らが女直国の君主の書簡を持って戻り、再び張家奴を遣わして赴かせた。 | 張家奴らが戻り、女直国の君主が返書を送り、同様にその名を指摘し、降伏するよう諭した。蕭辞剌を遣わして女直国に使者として赴かせたが、書簡の言辞が屈せず、留め置かれた。 | 都統の斡里朵らが女直軍と白馬濼で戦い、敗北した。 | 女直軍が黄龍府を陥落させた。女直国の君主が塞剌を遣わして書簡を持たせ報告し、もし我が反逆者阿疏を返還すれば、直ちに軍を引き揚げると伝えた。 | ||||||
| 六年 | 女直軍が瀋州を攻め落とした。一族の痕孛、鐸剌、吳十、撻不也、道剌、酬斡、平甲、盧僕古、辟離剌、韓七、吳十、那也溫、曷魯の十三人全員が女直国に帰順した。 | |||||||||||
| 七年 | 女直軍が春州を攻め、女古、皮室の四部及び渤海人全員が降伏した。さらに泰州を陥落させた。 | 都元帥秦晉國王淳が女直軍と蒺藜山で戦い、敗北した。女直軍はさらに顕州を攻め落とした。この年、女直国主が皇帝の位に即き、元号を天輔と建て、国号を金とした。 | ||||||||||
| 八年 | 耶律奴哥らを金国に派遣し、再び和議を協議した。保安軍節度使張崇が双州の民二百戸を率いて金国に帰順した。 | 耶律奴哥が帰還し、金主が返書を送り、大略として、朕を兄として仕え、歳貢を納め、上京・中京・興中府の三路州県を返還し、親王・公主・駙馬・大臣の子孫を人質とし、我が使者と元の信牌を返還し、宋・夏・高麗との往復書詔・表牒を提出すれば、約定に従うと述べた。 | 再び奴哥を金国に派遣した。 | 奴哥が書状を持ち帰り、今月中に返答を約束した。再び奴哥を金国に派遣し、折衷案を提案した。金主が胡突袞を奴哥と共に派遣し、書状を送り、内容は前回の約定とほぼ同じだった。 | 奴哥に三国の書詔・表牒を持たせ、再び金国に派遣した。通・祺・双・遼の四州の民八百余戸が金朝に帰順した。 | 金朝が再び胡突袞を派遣し、書状を送り、人質の要求を免除し、上京・興中府所属の州郡の返還を条件とし、歳幣の数を削減した。朕を兄として仕え、漢儀を用いた冊封を行えば、約定に従うと述べた。 | 奴哥と突迭が再び金朝に派遣され、冊封の礼儀を協議した。 | 突迭は留め置かれ、奴哥が帰還した。金主が返書を送り、従えないなら使者を再び派遣するなと述べた。奴哥を再び金朝に派遣した。蕭宝・訛里野・特末・霍石・韓慶和・王伯龍らがそれぞれ部下を率いて金に帰順した。 | 奴哥と突迭が金の君主の書状を持って来た。龍化州の張応古、劉仲良、渤海の二哥らが率いる集団が金朝に帰順した。 | 冊礼の議定により、奴哥を金に派遣した。寧昌軍節度使の劉宏が懿州の民戸三千を金に帰属させた。 | ||
| 九年 | 金が烏林答贊謨を派遣し、書状を持って冊礼を迎えに来た。 | 知右夷離畢事の蕭習泥烈、大理寺提点の楊勉らを派遣し、金の君主を東懷国皇帝として冊封した。 | 阻卜の補疏只らが反乱を起こした。 | 金が再び烏林答贊謨を派遣し、書状を持って来て、冊文に兄事の言葉がなく、大金と言わずに「東懷」と記し、また体式に反していると責めた。前の書状で定めた通りにすれば従うと述べた。楊詢卿と羅子韋が率いる集団が金に帰順した。 | 再び蕭習泥烈と楊近忠を派遣し、先に冊稿を持って金に使節として向かわせた。 | 使者を派遣し、贊謨を送り返した。 | ||||||
| 十年 | 金は再び賛謨を遣わし、書状と冊文の副本を持たせて来させ、高麗に兵を求めるよう要求した。 | 金朝が定めた冊文草案中の「大聖」の二字が先世の称号と同じであるため、再び習泥烈を遣わし書状を持たせて協議させた。 | 金主自ら軍を率いて上京を攻撃し、すでに外郭を攻め落とし、留守の撻不也が出て降伏した。 | |||||||||
| 保大元年 | 南京統軍の耶律余睹が将吏と戸を率いて金に帰順した。 | |||||||||||
| 二年 | 金軍が中京を攻略し、さらに進んで沢州を陥落させた。 | 金軍が北安州で奚王霞末を破り、その城を降伏させた。 | 金軍が嶺西から出撃すると聞き、白水濼へ急行した。群牧使の謨魯斡が金に帰順した。金軍が迫ると聞き、軽騎で逃亡した。殿前点検の耶律高八が衛士を率いて金に帰順した。 | 金軍が西京を占領した。 | 夏国が援軍を派遣したが、金軍に敗れた。 | 金軍と石輦驛で戦い、敗北した。夏国が曹介を派遣して安否を尋ねた。 | 奉聖州が金に降伏した。 | 蔚州が金に降伏した。 | 金軍が奉聖に駐屯し、皇帝は落昆髓に逃れた。 | 金主が南京を平定した。 | ||
| 三年 | 遼興軍、宜、錦、乾、顯、成、川、豪、懿などの州が金に降伏した。 | 興中府が金に降伏した。帰徳軍と隰、遷、潤の三州が金に帰順した。 | 金軍が居庸関に到着し、耶律大石が捕らえられた。金軍が青塚硬寨で輜重を包囲した。金が使者を派遣して招き、返書で和議を請うた。金帥が兵を送って族属を東行させ、白水濼で迎撃戦を挑んだが、金軍に敗れた。金帥が書状で招き、返書を送ったが、金帥が返書で和議を許さなかった。 | 金の将帥に書を送り、弟や子のために土地を賜るよう求めた。夏国王李乾順が自国に臨幸を請うた。 | 李乾順を夏国皇帝に冊封した。 | |||||||
| 四年 | 金軍が攻めて来たので、上(皇帝)は陣営を捨てて北へ逃れた。特母哥が金に帰順した。 | 蕭撻不也、察剌が金に帰順した。 | 建州が金に降伏した。 | 興中府が金に降伏した。 | ||||||||
| 五年 | 党項の小斛祿が使者を遣わして自らの地に臨幸を請うた。上(皇帝)が砂漠を越えた時、金軍が突然現れ、徒歩で逃げ出した。 | 上(皇帝)が応州新城に至り、金の将帥完顔婁室らに捕らえられた。 |