◎百官志三
○南面上
南面朝官
遼には北面朝官があったが、燕・代の十六州を得てより、唐の制度を用い、再び南面の三省・六部・台・院・寺・監・諸衛・東宮の官を設けた。誠に帝王の盛んな制度を志すとともに、また中国の人を招き寄せるためでもあった。
三師府、本名は三公、漢は丞相・太尉・御史大夫を以て三公と為した故に、三師と称す。
少師。『耶律資忠伝』に少師蕭把哥を見る。
少傅
少保
掌印。耶律乙辛、重熙年中に太保の印を掌る。
三公の府。前漢では丞相・太尉・御史大夫、後漢では大司徒・大司馬・大司空と改称し、唐では太尉・司徒・司空。また三司とも称す。
太尉。太宗天顕十一年に太尉趙思温を見る。
司空。聖宗統和三十年に司空邢抱質を見る。
枢密使事を知る。
枢密院事を知る。
枢密副使。楊遵勗、咸雍年間に枢密副使となる。
枢密院事を同知す。聖宗太平六年に枢密院事を同知する耶律迷離已を見る。
枢密都承旨。聖宗開泰九年に枢密都承旨韓紹芳を見る。
枢密副承旨。楊遵勗、重熙年間に枢密副承旨となる。
吏房承旨。
兵刑房承旨
戸房主事
庁房は即ち工部主事なり
中書令。韓延徽は、太祖の時に政事令となれり。韓知古は、天顯の初めに中書令となれり。會同五年にまた政事令趙延壽を見ゆ。
左丞相。聖宗の太平四年に左丞相張儉を見ゆ。
知中書省事。蕭孝友は、興宗の重熙十年に知中書省事となれり。
中書侍郎。韓資讓は、壽隆の初めに中書侍郎となれり。
同中書門下平章事。太祖は王郁に同政事門下平章事を加え、太宗
主事。
守當官。耶律儼の『建官制度』に見える。
中書舍人院。
右諫院。
右諫議大夫。聖宗の統和七年に諫議大夫の馬得臣が見える。
右補闕。
右拾遺。劉景は、穆宗の応暦初年に右拾遺となった。
門下省。
侍中。趙思忠は、太宗の会同年間に侍中となった。
常侍。興宗の重熙十四年に常侍の斡古得が見える。
門下侍郎。楊皙は、清寧初年に門下侍郎となった。
起居舍人院。
起居舍人。聖宗開泰五年に起居舍人程翥が見える。
知起居注。耶律敵烈、重熙末に起居注を知る。
起居郎。杜防、開泰中に起居郎となる。
左諫院
左諫議大夫。
左補闕。
通事舍人院
通事舍人。統和七年に通事舍人李琬が見える。
符寶司
符寶郎。耶律玦、重熙初めに符寶郎となる。
東上閣門使。韓延徽傳に東上閣門使鄭延豐が見える。
東上閣門副使
西上閣門司
西上閣門使。統和二十一年に西上閣門使丁振が見える。
西上閣門副使。
東頭承奉班。
東頭承奉官。韓德讓は、景宗の時に東頭承奉官となった。
西頭承奉班。
西頭承奉官。
通進司。
左通進。
右通進。耶律瑤質は、景宗の時に右通進となった。
登聞鼓院。
知登聞鼓使。
匭院。
誥院。
誥院給事。耶律鐸斡は、重熙の末に誥院給事となった。
尚書省。太祖は嘗て左右尚書を置く。
左丞。武白は尚書左丞となる。
右丞
左司郎中
右司郎中
左司員外郎
右司員外郎
六部職名總目:
某部
某部侍郎。王觀、興宗重熙年中に兵部侍郎となり、李澣、穆宗朝に累遷して工部侍郎となる。
某部郎中。劉輝、道宗大安末年に禮部郎中となる。
ある部の員外郎。開泰五年に礼部員外郎王景運が見える。
ある部の郎中。聖宗統和九年に虞部郎中崔祐が見える。諸曹の郎官は詳らかでない。
御史大夫。会同九年に御史大夫耶律解里が見える。
御史中丞
侍御。重熙七年に南面侍御壮骨里が見える。
殿中司
殿中丞
尚舍局。『遼朝雑礼』に見える。
奉御
尚乗局奉御
尚輦局奉御
尚食局奉御
尚衣局奉御
翰林院。天子の文翰の事を掌る。
南面林牙。耶律磨魯古、聖宗統和初めに南面林牙と為る。
翰林學士承旨。《趙延壽傳》に翰林學士承旨張礪を見る。
翰林祭酒。韓德崇、景宗保寧初めに翰林祭酒と為る。
知制誥。室昉、太宗汴に入り、詔して知制誥と為す。
翰林畫院
翰林畫待詔。聖宗開泰七年に翰林畫待詔陳昇を見る。
國史院。
監修國史。聖宗統和九年に監修國史室昉を見る。
史館學士。景宗保寧八年に史館學士を見る。
史館修撰。劉輝、大安末に史館修撰と為る。
修國史。耶律玦、重熙初めに國史を修む。
宣政殿。
観書殿
観書殿学士。王鼎、寿隆初めに観書殿学士と為る。
昭文館
昭文館直学士。楊遵勗の子晦、昭文館直学士と為る。
崇文館
崇文館大学士。韓延徽、太祖の時に崇文館大学士と為る。
乾文閣
乾文閣学士。王観、道宗咸雍五年に乾文閣学士と為る。
宣徽使
知宣徽院事。馬得臣、統和初めに知宣徽院事と為る。
宣徽副使
同知宣徽使事
同知宣徽院事
内省
内省使。聖宗太平九年に初めて内省使を見る。
内省副使
内蔵庫
内侍省
黄門令
内謁者
内侍省押班
内侍左廂押班
内侍右廂押班
契丹、漢児、渤海内侍都知
左承宣使
右承宣使
内庫
都提点内庫
尚衣庫
尚衣庫使
湯薬局
都提点、勾当湯薬
内侍省の官、並びに『王継恩伝』、『趙安仁伝』に見ゆ。
都客省。興宗重熙十年に都客省回鶻重哥を見る。
客省使。会同五年に客省使耶律化哥を見る。
左客省使。蕭護思、応暦初めに左客省使となる。
右客省使
客省副使
四方館
四方館使。高勳、太宗の汴に入る時に四方館使となる。
四方館副使。道宗の咸雍五年、四方館副使は契丹人のみを以て充てることを詔す。
引進司
引進使。聖宗の統和二十八年、引進使韓杞を見る。
點簽司。
同簽點簽司事。興宗の重熙六年、同簽點簽司事耶律圓寧を見る。
禮信司
勾當禮信司。興宗の重熙七年、勾當禮信司骨欲を見る。
禮賓使司
禮賓使。大公鼎の曾祖忠は禮賓使たり。
寺官職名總目:
某少卿。耶律儼の子処貞は太常少卿たり。
某丞
某主簿
太常寺。博士、贊引、太祝、奉禮郎、協律郎あり。
諸官署の職名総目:
某署令。
某署丞。
太楽署。
鼓吹署。
法物庫。《遼朝雑礼》に法物庫の掌る図籍あり。
法物庫使
法物庫副使
崇禄寺。本来は光禄寺、太宗の諱を避けて改む。
衛尉寺
宗正寺。職は大惕隠司に在り。
太僕寺。乗黄署あり。
鴻臚寺
司農寺
諸監の職名総目:
某少監。興宗重熙十七年に将作少監王企を見る。
某監丞
某監主簿
秘書監。秘書郎、秘書郎正字あり。
著作局
著作郎
著作佐郎。楊皙、聖宗太平十一年に著作佐郎となる。
校書郎。楊佶、統和中に校書郎となる。
司天監。太史令あり、司歷・霊臺郎・挈壺正・五官正・丞・主簿・五官霊臺郎・保章正・司歷監候・挈壺正・司辰・刻漏博士・典鐘・典鼓あり。
國子監。上京國子監は太祖の置く所なり。
祭酒
司業
監丞
主簿
國子學
博士。武白は上京國子博士となる。
助教
太府監
少府監
將作監
都水監
以上は文官。
諸衛職名總目:
各衛
大將軍。聖宗開泰七年、皇子宗簡の右衛大將軍を見る。
將軍。聖宗太平四年、千牛衛將軍蕭順を見る。
折衝都尉
果毅都尉
親衛
勳衛
翊衛
左右衛
左右驍衛
左右武衛
左右威衛
左右領軍衛
左右金吾衛
左右監門衛
左右千牛衛
左右羽林軍
左右龍虎軍
左右神武軍
左右神策軍
左右神威軍
以上は武官である。
東宮三師府。凡そ東宮の官は多く『遼朝雑礼』に見える。
太子太傅。世宗の天禄五年に太子太傅趙瑩が見える。
太子少師。聖宗の太平十一年に太子少師蕭従順が見える。
太子少傅。耶律合里、重熙年間に太子少傅となった。
太子賓客院
太子賓客
太子詹事院
太子詹事
少詹事
詹事丞
詹事主簿
太子司直司
太子司直
左春坊
太子左庶子
太子中允。聖宗太平五年に太子中允馮若谷を見る。
太子司議郎
太子左諭德
太子左贊善大夫
文學館
崇文館學士
崇文館直學士
太子校書郎。聖宗太平五年に太子校書郎韓灤を見る。
司経局
太子洗馬。劉輝は大安の末に太子洗馬となれり。
太子文学
太子校書郎。聖宗太平五年に太子校書郎張昱を見る。
太子正字
典設局
典設郎
宮門局
宮門郎
右春坊
太子右庶子
太子中舎人
太子舎人
太子右諭徳
右賛善大夫
太子通事舍人
太子家令寺
太子家令
丞
主簿
太子率更寺
太子率更令
丞
主簿
太子僕寺
太子僕
丞
主簿
太子率府職名總目:
某率。興宗重熙十四年に率府率習羅を見る。
太子左右衛率府
太子左右司御率府
太子左右清道率府
太子左右監門率府
太子左右內率府
以上は東宮の官である。
王傅府
王傅。蕭惟信は、重熙十五年(1046年)に燕趙王の傅となった。
親王內史府
長史
參軍
諸王文學館
諸王教授。姚景行は、重熙年間(1032年-1055年)に燕趙國王の教授となった。
諸王伴讀。聖宗の太平八年(1028年)、長沙郡王の宗允らが諸王の伴読を選ぶことを上奏した。
以上は諸王府の官である。
南面宮官
漢兒行宮都部署院。また南面行宮都部署司ともいう。聖宗開泰九年に左僕射と改めた。
漢兒行宮都部署。開泰七年に漢兒行宮都部署石用中が見える。
漢兒行宮副部署。興宗重熙十五年に漢兒行宮副部署耶律敵烈が見える。
知南面諸行宮副部署。重熙十年に知南面諸行宮副部署耶律褭里が見える。
同簽部署司事。耶律儼は、大康年間に同簽部署司事となった。
都部署判官。耶律儼は、咸雍年間に都部署判官となった。
十二宮南面行宮都部署司の職名総目:
某宮漢人行宮都部署
某宮南面副都部署
某宮同知漢人都部署
弘義宮
永興宮
積慶宮
長寧宮
延昌宮
彰愍宮
崇德宮
興聖宮
延慶宮
太和宮
永昌宮
敦睦宮