序
宗人府
三公 三孤
太子三師 三少
内閣
中極殿大学士(旧名は華蓋殿)、建極殿大学士(旧名は謹身殿)、文華殿大学士、武英殿大学士、文淵閣大学士、東閣大学士、並びに正五品。献替可否を掌り、規誨を奉陳し、題奏を点検し、票擬批答を行い、もって庶政を平允にする。凡そ上より下に達するもの、詔・誥・制・冊文・諭・書・符・令・檄と曰うものは、皆起草して進画し、諸司に下す。下より上に達するもの、題・奏・表・講章・書状・文冊・掲帖・制対・露布・訳と曰うものは、皆審署申覆して修画し、平允にして乃ち行う。凡そ車駕が郊祀・巡幸する時は扈従する。経筵に遇えば、経筵を知るか或いは同知経筵事となる。東宮が出閣して講読する時は、その事を領し、その官を叙し、職業を授ける。冠婚の時は、賓賛及び納徴等の使を充てる。実録・史志等の書を修する時は、総裁官を充てる。春秋の上丁に先師を釈奠する時は、祭事を摂行する。会試には考試官を、殿試には読巻官を充てる。進士題名の時は、大学士一人が文を撰し、太学に石を立てる。大典礼・大政事は、九卿・科道官の会議が既に定まれば、典制に按じ、機宜に相い、その可否を裁量し、斟酌して入告する。詔を頒つ時は、礼部に捧授する。勅を会する時は、その由状を稽えて請う。宗室の名を請い封を請うこと、諸臣の諡を請うことは、並びに擬上する。大内に餐を授けられ、常に天子の殿閣の下に侍し、宰相の名を避けて、また内閣と名づけられる。
仁宗は楊士奇・楊栄が東宮の旧臣であったため、士奇を礼部侍郎兼華蓋殿大学士に昇進させ、栄を太常卿兼謹身殿大学士に昇進させた。謹身殿大学士は仁宗が初めて設置し、閣職は次第に尊崇されるようになった。その後、士奇・栄らは皆尚書の職に転じ、内閣に居ながらも、官は必ず尚書をもって尊しとした。景泰中、王文が初めて左都御史から吏部尚書に進み、内閣に入った。この後、誥敕房・制敕房ともに中書舎人を設置し、六部は意旨を承奉し、統轄しないところなく、閣の権力はますます重くなった。世宗の時、三殿が完成し、華蓋殿を中極殿と改め、謹身殿を建極殿と改め、閣の官銜もこれに因んだ。嘉靖以後、朝位の班次は、すべて六部の上に列せられた。
吏部
吏部。尚書一人、正二品。左・右侍郎各一人、正三品。その属に司務庁があり、司務二人、従九品。文選・験封・稽勲・考功の四清吏司があり、各郎中一人、正五品。員外郎一人、従五品。主事一人、正六品。洪武三十一年、文選司主事一人を増設した。正統十一年、考功司主事一人を増設した。
尚書は、天下の官吏の選授・封勲・考課の政令を掌り、もって人材を甄別し、天子の治を補佐する。古の塚宰の職に当たり、五部に比べて特に重んじられる。侍郎はその次官である。
司務は、督促・遅滞の査察・勾銷・簿書を掌る。明初、主事・司務各四人を設置し、首領官とし、主事の印を持たせた。洪武二十九年、主事を司官に改め、司務二人を削減した。各部とも同じである。
文選は、官吏の班秩・遷升・改調の事を掌り、もって尚書を補佐する。文官の品は九等あり、品に正従があり、等級は十八ある。九品に及ばないものを未入流という。選任には、毎年大選・急選・遠方選・歳貢就教選があり、間に揀選・挙人乞恩選がある。選人は資簿に登録し、その流品を整理し、その銓注を公平にし、順序に従って遷任させる。昇進は必ず考満を経るが、もし員欠で補うべき場合は、考満を待たず、推升という。類推では一人を上に推挙し、単推では二人を上に推挙する。三品以上、九卿及び僉都御史・祭酒は、廷推で二人または三人を上に推挙する。内閣、吏・兵二部尚書は、廷推で二人を上に推挙する。王官は外調させず、王姻は内除せず、大臣の一族は科道に任じさせず、僚属が同族の場合は下位が上位を避ける。外官で才能と任地が相応しくなければ、その繁簡を斟酌して互いに交換する。伝升・乞升の者があれば、ともに執奏することができる。署職・試職・実授をもって年資を定め、開設・裁併・兼摂をもって繁簡に適応させ、薦挙・起廃・徴召をもって幽滞を振るい起こし、帯俸・添注をもって恩冗を寄せ、降調・除名をもって罪過を統御し、官程をもって吏治を督励し、寧仮をもって人情を尽くす。
驗封司は、封爵・襲廕・褒贈・吏算の事を掌り、尚書を補佐する。凡そ爵は、社稷の軍功なくしては封ぜられず、封号は特旨なくしては与えられない。世襲するものとしないものがあり、いずれも誥券を給する。衍聖公及び戚裏の恩沢による封は、券を給さない。凡そ券は左右各一とし、左は内府に蔵し、右は功臣の家に給する。襲封するときはその誥券を徴し、その功過を稽え、その宗支を核して、世流降除の等を定める。土官についてはその応襲たるや否やを勘定し、文書を移して選司に注擬させる。宣慰・宣撫・安撫・長官の諸司で士兵を領するものは、兵部に隷属させる。凡そ廕叙は、明初には一品より七品まで、皆一子を廕してその禄を世襲させた。洪武十六年、職官の子孫の廕叙を定む。正一品の子は正五品に用い、従一品の子は従五品に用いる。正二品の子は正六品に用い、従二品の子は従六品に用いる。正三品の子は正七品に用い、従三品の子は従七品に用いる。正四品の子は正八品に用い、従四品の子は従八品に用いる。正五品の子は正九品に用い、従五品の子は従九品に用いる。正六品の子は未入流の上等職内に叙用し、従六品の子は未入流の中等職内に叙用し、正従七品の子は未入流の下等職内に叙用する。後に漸く制限が加わり、京官三品以上で考満して著績あるもの、初めて一子を廕して官生と曰い、特恩によるものを恩生と曰う。凡そ封贈は、公・侯・伯の追封は皆一等を遞進する。三品以上で政績顕異なるもの及び死諫・死節・陣亡の者は、皆贈官を得る。現任のものは初授の散階を授け、京官は一考満ち、及び外官は一考満ちて最聞あるものは、皆その身に誥敕を給する。七品以上は皆その先祖に恩を推すことを得る。五品以上は誥命を授け、六品以下は敕命を授ける。一品は三代四軸、二品・三品は二代三軸、四品・五品・六品・七品は一代二軸、八品以下の流内官は本身一軸。一品の軸は玉を以てし、二品の軸は犀を以てし、三品・四品の軸は鋈金を以てし、五品以下の軸は角を以てす。曾祖・祖・父は皆その子孫の官の如くす。公・侯・伯は一品に視る。外内の命婦は夫若しくは子の品に視る。生けるを封と曰い、死せるを贈と曰う。若し先に罪譴あれば則ち給するを停む。文の散階四十有二、歴考を以て差とす。正一品は初授特進榮祿大夫、升授特進光祿大夫。従一品は初授榮祿大夫、升授光祿大夫。正二品は初授資善大夫、升授資政大夫、加授資德大夫。従二品は初授中奉大夫、升授通奉大夫、加授正奉大夫。正三品は初授嘉議大夫、升授通議大夫、加授正議大夫。従三品は初授亞中大夫、升授中大夫、加授大中大夫。正四品は初授中順大夫、升授中憲大夫、加授中議大夫。従四品は初授朝列大夫、升授朝議大夫、加授朝請大夫。正五品は初授奉議大夫、升授奉政大夫。従五品は初授奉訓大夫、升授奉直大夫。正六品は初授承直郎、升授承德郎。従六品は初授承務郎、升授儒林郎、吏材幹出身は宣德郎を授く。正七品は初授承事郎、升授文林郎、吏材幹は宣議郎を授く。従七品は初授從仕郎、升授徵仕郎。正八品は初授迪功郎、升授修職郎。従八品は初授迪功佐郎、升授修職佐郎。正九品は初授將仕郎、升授登仕郎。従九品は初授將仕佐郎、升授登仕佐郎。外命婦の号九。公は某國夫人と曰い、侯は某侯夫人と曰い、伯は某伯夫人と曰う。一品は夫人と曰い、後には一品夫人と称す。二品は夫人と曰い、三品は淑人と曰い、四品は恭人と曰い、五品は宜人と曰い、六品は安人と曰い、七品は孺人と曰う。その子孫によりて封ぜられるものは太の字を加え、夫在れば則ち然らず。凡そ封贈の次第は、七品より六品まで一次、五品一次、初制には四品一次ありしも後に省く。三品・二品・一品各一次。三母は並びに封ぜず、両封は優品に従う。父の職子より高ければ則ち一階を進む。父応に給を停むべきもの及び子人後に為るものは、皆移封を得る。嫡在れば生母を封ぜず、生母未だ封ぜられざれば先ずその妻を封ぜず。妻の封は、一嫡一継に止まる。その封贈後にして墨に敗るるものは、則ち追奪す。
按ずるに吏部尚書は、百僚を表率し、庶官を進退し、銓衡の重地にして、その礼数殊に異なり、並ぶ者無し。永楽初年、翰林官を選び内閣に入直せしむ。その後、大学士楊士奇等は三孤に加えられ、尚書の官銜を兼ねるも、然れども品の序列は尚書蹇義・夏原吉の下に列せり。景泰中、左都御史王文が吏部尚書に昇り、学士を兼ね、内閣に入るも、その班位はなお原銜を以て序次と為す。弘治六年二月より、内宴にて、大学士丘濬遂に太子太保・礼部尚書を以て、太子太保・吏部尚書王恕の上に居る。その後、侍郎・詹事より内閣に入る者は、班皆六部の上に列す。
戸部 (総督倉場を附す)
戸部。尚書一人(正二品)。左・右侍郎各一人(正三品)。その属官に、司務庁、司務二人(従九品)。浙江・江西・湖広・陝西・広東・山東・福建・河南・山西・四川・広西・貴州・雲南の十三清吏司、各郎中一人(正五品)。宣徳以後、山西司郎中三人を増設し、陝西・貴州・雲南の三司郎中各二人、山東司郎中一人を増す。員外郎一人(従五品)。宣徳七年、四川・雲南の二司員外郎各一人を増設し、後に仍て革す。主事二人(正六品)。宣徳以後、雲南司主事七人を増設し、浙江・江西・湖広・陝西・福建・河南・山西の七司主事各二人、山東・四川・貴州の三司主事各一人を増す。照磨所、照磨一人(正八品)。検校一人(正九品)。所轄の宝鈔提挙司、提挙一人(正八品)、副提挙一人(正九品)、典史一人、後に副提挙・典史ともに革す。鈔紙局、大使・副使各一人、後に副使を革す。印鈔局、大使・副使各一人、後にともに革す。宝鈔広恵庫、大使一人(正九品)、副使二人(従九品)、嘉靖中に革す。広積庫、大使一人(正九品)、副使一人(従九品)、典史一人、嘉靖中、副使・典史ともに革す。贓罰庫、大使一人(正九品)、副使二人(従九品)、嘉靖中に革す。甲字・乙字・丙字・丁字・戊字の各庫、大使五人(正九品)、副使六人(従九品)、丁字庫は二人、嘉靖中に一人を革し、併せて乙字・戊字の二庫の副使を革す。広盈庫、大使一人(従九品)、副使二人。嘉靖中に革す。外承運庫、大使二人(正九品)、副使二人(従九品)。後に大使・副使ともに革す。承運庫、大使一人(正九品)、副使一人(従九品)。嘉靖中に革す。行用庫、大使・副使各一人、後にともに革す。太倉銀庫、大使・副使各一人。嘉靖中、副使を革す。御馬倉、大使一人(従九品)、副使一人。軍儲倉、大使一人(従九品)、副使一人、後に大使・副使ともに革す。長安・東安・西安・北安門倉、各副使一人、東安門倉は旧二人、万暦八年に一人を革す。張家湾塩倉検校批験所、大使・副使各一人。隆慶六年に併せて革す。
尚書は天下の戸口・田賦の政令を掌る。侍郎はこれを補佐する。版籍・歳会・賦役実徴の数を稽査し、以て所司に下す。十年ごとに黄冊を編纂し、戸の上下・畸零の等を差別し、以てその登耗を周知する。凡そ田土の侵佔・投献・詭寄・影射は禁じ、人戸の隠漏・逃亡・朋充・花分は禁じ、継嗣・婚姻が令に従わざるは禁ず。皆これを綜核し糾正する。天子が耤田を耕すときは、尚書耒耜を進む。墾荒を以て貧民を業とし、占籍を以て流民を附し、限田を以て異端の民を裁し、図帳を以て兼併の民を抑え、樹芸を以て農官を課し、芻地を以て馬牧に給し、召佃を以て地利を尽くし、銷豁を以て賠累を清め、撥給を以て恩沢を広め、給除を以て差優復をなし、鈔錠を以て賞賚を節し、読法を以て吏民を訓し、権量を以て市糴を和し、時估を以て物価を平らかにし、積貯の政を以て民困を恤み、山沢・陂池・関市・坑冶の政を以て邦国を佐け、軍輸を贍い、支兌・改兌の規を以て漕運を利し、蠲減・振貸・均糴・捕蝗の令を以て災荒を憫み、輸転・屯種・糴買・召納の法を以て辺儲を実にし、禄廩の制を以て貴賤を馭す。洪武二十五年、内外文武官の歳給禄俸の制を重ねて定む。正一品、千四十四石。従一品、八百八十八石。正二品、七百三十二石。従二品、五百七十六石。正三品、四百二十石。従三品、三百十二石。正四品、二百八十八石。従四品、二百五十二石。正五品、百九十二石。従五品、百六十八石。正六品、百二十石。従六品、九十六石。正七品、九十石。従七品、八十四石。正八品、七十八石。従八品、七十二石。正九品、六十六石。従九品、六十石。未入流、三十六石。俱に米鈔本折兼支す。
十三司は各々その分省の事を掌り、兼ねて分轄する両京・直隷の貢賦及び諸司・衛所の禄俸、辺鎮の糧餉、並びに各倉場の塩課・鈔関を領す。浙江司は在京の羽林右・留守左・龍虎・応天・龍驤・義勇右・康陵の七衛、神機営を帯管す。江西司は在京の旗手・金吾前・金吾後・金吾左・済陽の五衛を帯管す。湖広司は国子監・教坊司、在京の羽林前・通州・和陽・豹韜・永陵・昭陵の六衛、及び興都留守司を帯管す。福建司は順天府、在京の燕山左・武驤左・武驤右・驍騎右・虎賁右・留守後・武成中・茂陵の八衛、五軍・巡捕・勇士・四衛の各営、及び北直隷の永平・保定・河間・真定・順徳・広平・大名の七府、延慶・保安の二州、大寧都司・万全都司、並びに北直隷の所轄各衛所、山口・永盈・通済の各倉を帯管す。山東司は在京の錦衣・大寧中・大寧前三衛及び遼東都司、両淮・両浙・長蘆・河東・山東・福建の各塩運司、四川・広東・海北・雲南黒塩井・白塩井・安寧・五井の各塩課提挙司、陝西霊州塩課司、江西南贛塩税を帯管す。山西司は在京の燕山前・鎮南・興武・永清左・永清右の五衛、及び宣府・大同・山西の各鎮を帯管す。河南司は在京の府軍前・燕山右・大興左・裕陵の四衛、牧馬千戸所及び直隷潼関衛・蒲州千戸所を帯管す。陝西司は宗人府・五軍都督府・六部・都察院・通政司・大理寺・詹事府・翰林院・太僕寺・鴻臚寺・尚宝司・六科・中書舎人・行人司・欽天監・太医院・五城兵馬司・京衛武学・文思院・皮作局、在京の留守右・長陵・献陵・景陵の四衛、神枢・随侍の二営、及び延綏・寧夏・甘粛・固原の各鎮を帯管す。四川司は在京の府軍後・金吾右・騰驤左・騰驤右・武徳・神策・忠義後・武功中・武功左・武功右・彭城の十一衛及び応天府・南京四十九衛、南直隷の安慶・蘇州・松江・常州・鎮江・徽州・寧国・池州・太平・廬州・鳳陽・淮安・揚州の十三府、徐・滁・和・広徳の四州、中都留守司並びに南直隷の所轄各衛所を帯管す。広東司は在京の羽林左・留守中・鷹揚・神武左・義勇前・義勇後の六衛、蕃牧・奠靖の二千戸所を帯管す。広西司は太常寺・光禄寺・神楽観・犠牲所・司牲司・太倉銀庫・内府十庫、在京の瀋陽左・瀋陽右・留守前・寛河・蔚州左の五衛、及び二十三馬房倉、各象房・牛房倉、京府の各草場を帯管す。雲南司は在京の府軍・府軍左・府軍右・虎賁左・忠義右・忠義前・泰陵の七衛、及び大軍倉・皇城四門倉、並びに在外の臨清・徳州・徐州・淮安・天津の各倉を帯管す。貴州司は上林苑監、宝鈔提挙司、都税司、正陽門・張家湾の各宣課司、徳勝門・安定門の各税課司、崇文門分司、在京の済州・会州・富峪の三衛、及び薊州・永平・密雲・昌平・易州の各鎮、臨清・許墅・九江・淮安・北新・揚州・河西務の各鈔関を帯管す。
礼部
礼部。尚書一人(正二品)、左・右侍郎各一人(正三品)。その属官に、司務庁(司務二人、従九品)、儀制・祠祭・主客・精膳の四清吏司(各郎中一人、正五品、員外郎一人、従五品、主事一人、正六品)。正統六年、儀制・祠祭の二司に主事各一人を増設した。また儀制司に主事一人を増設し、駙馬を教習させた。弘治五年、主客司に主事一人を増設し、会同館を提督させた。所轄に、鑄印局(大使一人、副使二人。万暦九年に一人を革す)。
尚書は、天下の礼儀・祭祀・宴饗・貢挙の政令を掌る。侍郎はこれを補佐する。
儀制は、諸礼文・宗封・貢挙・学校の事を分掌する。天子の即位、天子の冠礼・大婚、皇太子・妃嬪・太子妃の冊立、慈宮への徽号上呈、朝賀・朝見、大饗・宴饗、大射・宴射には、諸儀注を挙げて条上する。経筵・日講・耕耤・視学・策士・伝臚・巡狩・親征・進暦・進春・献俘・奏捷、皇太子の出閣・監国、親王の読書・之藩、皇子女の誕生・命名、ならびに百官・命婦の皇太子・后妃への朝賀の礼、および諸王国の礼については、すべて諸司に儀式を頒布する。凡そ制・誥の伝達、詔・勅・表・箋の開読、ならびに上下百官の往来移文には、すべて程式を授ける。毎年、宗室の王・郡王・将軍・中尉・妃・主・君の封を請うときは、それぞれその親疏を以て等とする。百官は宗王に対しては、官称と名を具えて臣と称さない。王臣はその王に対して臣と称する。凡そ宗室・駙馬都尉・内命婦・蕃王の誥命は、吏部と会して請う。諸司の印信については、その制度を管轄する。内閣は銀印、直紐、方一寸七分、厚さ六分、玉箸篆文。征西・鎮朔・平羌・平蛮等の将軍は銀印、虎紐、方三寸三分、厚さ九分、柳葉篆文。宗人府・五軍都督府はともに正一品、銀印、三台、方三寸四分、厚さ一寸。六部・都察院・各都司はともに正二品、銀印、二台、方三寸二分、厚さ八分。衍聖公・張真人・中都留守司はともに正二品、各布政司は従二品、銀印、二台、方三寸一分、厚さ七分。後に衍聖公に三台銀印を賜う。順天・応天二府はともに正三品、銀印、方二寸九分、厚さ六分五厘。通政司・大理寺・太常寺・詹事府・京衛・各按察司・各衛はともに正三品、苑馬寺・宣慰司はともに従三品、銅印、方二寸七分、厚さ六分。太僕寺・光禄寺・各塩運司はともに従三品、銅印、方二寸六分、厚さ五分五厘。鴻臚寺・各府はともに正四品、国子監・宣撫司はともに従四品、銅印、方二寸五分、厚さ五分。翰林院・左右春坊・尚宝司・欽天監・太医院・上林苑監・六部各司・宗人府経歴司・王府長史司・各衛千戸所はともに正五品、司経局・五府経歴司・招討司・安撫司はともに従五品、銅印、方二寸四分、厚さ四分五厘。各州は従五品、銅印、方二寸三分、厚さ四分。都察院経歴司・大理寺左右司・五城兵馬司、大興・宛平・上元・江寧の四県、僧録司・道録司・中都留守司経歴司・断事司、各都司経歴司・断事司、各衛百戸所・長官司、王府審理所はともに正六品、光禄司各署、各布政司経歴司・理問所はともに従六品、銅印、方二寸二分、厚さ三分五厘。六科・行人司・通政司経歴司・工部営繕所・太常寺典簿庁・上林苑監各署・各按察司経歴司・各県はともに正七品、中書舎人、順天応天二府経歴司・京衛経歴司・光禄寺典簿庁・太僕寺主簿庁・詹事府主簿庁・各衛経歴司・各塩運司経歴司・苑馬寺主簿庁・宣慰司経歴司はともに従七品、銅印、方二寸一分、厚さ三分。戸部・刑部・都察院各照磨所、兵部典牧所、国子監繩愆庁・博士庁・典簿庁、鴻臚寺主簿庁、欽天監主簿庁、各布政司照磨所、各府経歴司、王府紀善・典宝・典膳・奉祀・良医・工正各所、宣撫司経歴司はともに正従八品、銅印、方二寸、厚さ二分五厘。刑部・都察院各司獄司、順天・応天二府照磨所・司獄司、鴻臚寺各署、国子監典籍庁、上林苑監典簿庁、内府宝鈔等各庫、御馬倉・草倉、会同館、織染所、文思院、皮作局、顔料局、鞍轡局、宝源局、軍器局、都税司、教坊司、留守司司獄司、各都司司獄司、各按察司照磨所・司獄司、各府照磨所・司獄司、王府長史司典簿庁・教授・典義所、各府衛儒学・税課司、陰陽学・医学・僧綱司・道紀司・各巡検司はともに正従九品、銅印、方一寸九分、厚さ二分二厘。各州県儒学・倉庫・駅逓・閘壩批験所・抽分竹木局・河泊所・織染局・税課局・陰陽学・医学・僧正司・道正司・僧会司・道会司はともに未入流、銅条記、幅一寸三分、長さ二寸五分、厚さ二分一厘。以上はすべて直紐、九畳篆文。監察御史は銅印、直紐、眼あり、方一寸五分、厚さ三分、八畳篆文。総制・総督・巡撫および鎮守・公差等の官は銅関防、直紐、幅一寸九分五厘、長さ二寸九分、厚さ三分、九畳篆文。外国王の印は三等あり、金・鍍金・銀という。磨耗すればこれを換給する。凡そ祥瑞については、その名物を弁別し、封禅を請うて上心を蕩かすことなからしむ。学校の政を以て士類を育成し、貢挙の法を以て賢才を網羅し、郷飲酒礼を以て歯譲を教え、養老を以て高年を尊び、制度を以て等威を定め、貧を恤うるを以て仁政を広め、旌表を以て勧励を示し、建言会議を以て悉く利病を尽くし、自宮を禁じて奸民を遏止する。
祠祭は、諸祭祀の典式及び天文・国恤・廟諱の事を分掌する。凡そ祭りに三あり、天神・地祇・人鬼と曰う。その大祀・中祀・小祀を弁別して敬い供える。壇壝・祠廟・陵寝を整え、しばしば巡視する。牢醴・玉帛・粢羹・水陸瘞燎の品を免除し、配侑・従食・功德の上下を序列して順次挙行する。天下の神祇で祀典にあるものは、令甲に照らし、有司に伝え、時を以てその祀事を謹んで行わせる。日官を督して暦象を天下に頒布する。日月の交食があれば、内外諸司に移文して救護させる。災異があれば即ち奏聞し、甚だしいものは祭告と修省を乞う。凡そ喪葬・祭祀は、貴賤に等あり、皆その程則を定めて頒布施行する。凡そ諡は、帝は十七字、后は十三字、妃・太子・太子妃は並びに二字、親王は一字、郡王は二字、字を以て差等とする。勲戚・文武大臣の葬祭贈諡を請う場合は、必ず所司に移し、行能を核実し、公論を傅え、議を定めて奏聞する。侍従勤労・忠諫死した者で、官品が諡に応じない場合も、皆特賜を得る。凡そ帝后の湣忌には、陵に祀り、朝を輟むも務めを廃さない。凡そ天文・地理・医薬・卜筮・師巫・音楽・僧道人は、並びに籍を領し、妖妄を興造する者は罪を赦さない。
主客は、諸蕃の朝貢接待給賜の事を分掌する。諸蕃の朝貢について、その貢道・貢使・貢物の遠近多寡豊約の数を弁別し、以て王若しくは使の迎送・宴労・廬帳・食料の等、賞賚の差を定める。凡そ貢物は必ず検閲し、然る後に内府に登録する。附載の物貨あれば、則ち直を給する。若し蕃国が嗣封を請えば、則ちその国に冊を頒するために遣わす。使の還るに当たり、その風土・方物の宜しき、贈遺礼文の節を上奏する。諸蕃に保塞の功あれば、則ち敕印を授けて封ずる。各国の使人往来には、誥敕あれば則ち誥敕を験し、勘籍あれば則ち勘籍を験し、闌入せしめない。土官の朝貢も、亦た勘籍を験する。その返還には、則ち鏤金の敕諭を以て行い、必ず銅符と比合させる。凡そ言事を審らかにし、文字を訳し、館伴を送迎し、四夷館の訳字生・通事の能否を考稽し、その交通漏泄を禁飭する。凡そ朝廷の賜賚の典、各省の土物の貢は、皆これを掌る。
精膳は、宴饗・牲豆・酒膳の事を分掌する。凡そ御賜の百官礼食は、宴と曰い、酒飯と曰い、上中下の三等と為し、その品秩に視る。番使・土官には宴あり、下程あり、宴には一次あり、二次あり、下程には常例あり、欽賜あり。皆その等を弁ずる。親王の藩国に就くとき、王・公・将軍の来朝、及びその使人も、亦たこれに如し。凡そ膳羞・酒醴・品料は、光禄寺が供するが、その数を会計し、その出納を程督する。凡そ厨役は、諸民より僉し、太常寺・光禄寺に使役させる。年深き者は、選抜して王府の典膳に充てる。凡そ歳の蔵冰・出冰は、所司に移文して謹潔ならしめる。
按ずるに、周の宗伯の職は邦礼を掌るとは雖も、司徒既に邦教を掌る。所謂礼とは、僅かに鬼神祠祀のみである。典楽と典教を合せ、内に宗藩、外に諸蕃、上は天官より、下は医師・膳夫・伶人の属に逮るまで、兼綜せざるなく、則ち明より始まる。成化・弘治以後、率ね翰林の儒臣を以てこれに当たらしむ。これより公孤に登り輔導を任ずる者は、蓋し諸部に冠たり。
兵部 <協理京営戎政を附す>
尚書は、天下の武衛官軍の選授・簡練の政令を掌る。侍郎はこれを佐く。
武選は、衛所・土官の選授・升調・襲替・功賞の事を掌る。凡そ武官六品、その勲は十二等あり。正一品は左・右柱国、従一品は柱国、正二品は上護軍、従二品は護軍、正三品は上軽車都尉、従三品は軽車都尉、正四品は上騎都尉、従四品は騎都尉、正五品は驍騎尉、従五品は飛騎尉、正六品は雲騎尉、従六品は武騎尉。散階は三十等あり。正一品は初授は特進栄禄大夫、升授は特進光禄大夫。従一品は初授は栄禄大夫、升授は光禄大夫。正二品は初授は驃騎将軍、升授は金吾将軍、加授は竜虎将軍。従二品は初授は鎮国将軍、升授は定国将軍、加授は奉国将軍。正三品は初授は昭勇将軍、升授は昭毅将軍、加授は昭武将軍。従三品は初授は懐遠将軍、升授は定遠将軍、加授は安遠将軍。正四品は初授は明威将軍、升授は宣威将軍、加授は広威将軍。従四品は初授は宣武将軍、升授は顕武将軍、加授は信武将軍。正五品は初授は武徳将軍、升授は武節将軍。従五品は初授は武略将軍、升授は武毅将軍。正六品は初授は昭信校尉、升授は承信校尉。従六品は初授は忠顕校尉、升授は忠武校尉。毎年凡そ六選あり。世官あり、流官あり。世官は九等、指揮使、指揮同知、指揮僉事、衛鎮撫、正千戸、副千戸、百戸、試百戸、所鎮撫。皆に襲職あり、替職あり。その幼きには優給あり。その世襲を得ざるには減革あり、通革あり。流官は八等、左右都督、都督同知、都督僉事、都指揮使、都指揮同知、都指揮僉事、正留守、副留守。世官より升授し、或いは武挙より用いる、皆世襲せず。即ち世襲あるは、特恩より出づ。真授に非ざる者は署職と曰い、署職は本職一級を加えて半級と作し、俸を支給せず、軍功に非ざれば実授を得ることなし。試職と曰い、試職は一級と作し、半俸を支給し、誥を与えず。納職と曰い、納職は帯俸し、事に蒞らず。戦功は二等、奇功は上と為し、頭功はこれに次ぐ。首功は四等、迤北は大と為し、遼東はこれに次ぎ、西番・苗蛮はまたこれに次ぎ、内地の反寇はまたこれに次ぐ。凡そ比試には旧官あり、洪武三十一年以前を旧と為す。新官あり、成祖以後を新と為す。軍政は五年に一たび考選し、先だって撫・按官が功過状を上奏し、覆核して去留を決す。五府・錦衣衛堂上各総兵官は、皆自ら陳述し、上裁を取る。推挙は上二人、都指揮以下は上一人。凡そ土司の官は九級、自ら従三品より従七品に至るまで、皆歳禄なし。その子弟・族属・妻女・若しくは婿及び甥の襲替は、胥くその俗に従う。塞に附する官は、都督より鎮撫に至るまで、凡そ十四等、皆誥敕を以てその偽冒を弁ず。贈官は王事に死すれば二等を加え、戦陣に死すれば三等を加う。凡そ除授中旨より出づる者は、必ず覆奏して然る後これを行ふ。貼黄を以て図状を徴し、初績を以て誥敕を徴し、効功を以て将領を課し、比試を以て卒徒を練り、優養を以て故絶を恩し、褒恤を以て死戦を励まし、寄禄を以て恩幸を馭し、降を殺し、失陥し、敵を避け、叛を激するの法を以て軍機を粛にし、典刑・敗倫・行劫・退陣の科を以て世禄を断つ。
車駕は、鹵簿・儀仗・禁衛・駅伝・廐牧の事を掌る。凡そ鹵簿大駕は、大典礼・大朝会にこれを設け、丹陛駕は常朝にこれを設け、武陳駕は世宗南巡の時にこれを設く。皆その物数を弁じて、以て所司に授く。慈宮・中宮の鹵簿、東宮・宗藩の儀仗もまたこれに如し。凡そ侍衛は、御殿には全直し、常朝には番直し、守衛・親軍衛は、前・後・左・右の四門を画して四行と為し、日夜これを巡警す。皇城を守衛するには、前の午門を一行と為し、後の玄武門を一行と為し、左の東華門を一行と為し、右の西華門を一行と為す。凡そ郵伝は、京師に在っては会同館と曰い、外に在っては駅と曰い、遞運所と曰う。皆符験関券を以てこれを行ふ。凡そ馬政は、その専ら理する者は太僕・苑馬の二寺、その簿籍を稽え、時にその登耗を程し、惟だ内廄は会計せず。
武庫は、戎器・符勘・尺籍・武学・薪隸の事を掌る。凡そ内外の官軍に征行あれば、工部に移して器仗を与え、その数を籍紀し、制敕を下して各辺に徴発す。及び使人の関を出づるには、必ず勘合を験す。軍伍欠くれば、諸省府州県に下してこれを勾す。跟捕・記録・開戸・給除・停勾の法を以て、その召募・垛集・罪謫・改調営丁尺籍の数を核す。凡そ武職の幼官及び子弟で未だ官を嗣がざる者は、武学に於いて業を習い、主事一人を以てこれを監督す。学官の賢否・肄習の勤怠を考稽して上聞す。諸司官署の供應に柴薪あり、直衙に皁隸あり、官品を視て差あり。
刑部
尚書は、天下の刑名及び徒隷・勾覆・関禁の政令を掌る。侍郎はこれを補佐する。
照磨、檢校は、文書を照合・校閲し、贓物・贖罪の記録を計上する。司獄は、獄吏を率い、囚徒を管理する。軍民・官吏及び宗室・勳戚で法に触れた者については、その供述を詰問し、真偽を察し、律例に基づいて罪の軽重を比議し、上奏して裁可を請う。詔獄は必ず訊問調書に拠り、上意に迎合してはならない。殊旨・別敕・詔例・榜例で、審議を経て法令として定められていないものは、比附引用してはならない。死刑は、即決及び秋後決ともに、三度覆奏する。両京・十三布政司の死罪囚は、毎年審議して平允を期す。五年ごとに勅を請い、官を派遣して冤罪・滞獄を審録する。霜降の時に重囚を審録し、五府・九卿・科道官と共にこれを録する。哀れむべき疑わしい者は辺境に戍させ、不服申立てのある者は所管官庁に再審を命じ、律に合う者は監候とする。夏の熱審では、笞刑を免じ、徒刑・流刑を減じ、軽い拘禁者を釈放する。旱魃の年には、特旨による録囚も同様とする。大祭の時は刑の執行を停止する。贖罪は、罪の軽重により、斬・絞・雑犯・徒刑で末減された者について、収贖を許す。訴訟は必ず下から上へと順を追い、重大緊急の事案は登聞鼓を叩くことを許す。地方に重大な獄案があれば、命を受けて往きて審理する。地方での囚人処刑には、司官二人を派遣して臨監する。断獄については、毎年その人員数を詳細に報告させ、これを歳報という。毎月拘束・釈放・存命・死亡の数を上申させ、これを月報という。獄案が成立したら、大理寺に移して覆審させ、必ず平允を期す。提牢については、毎月主事一人を交替で担当させ、牢獄を修繕し、戸締りを厳重にし、虐待・濫用を省み、衣糧を支給する。囚人が病気の時は、家族の面会を許し、械具を外し医薬を与える。捕虜・囚人の記録、官私奴婢への配没を、全て帳簿に記して掌握する。官吏の過失は、全て記録する。年末にその洗浄(赦免)を請う。名例律をもって諸条規を統括し、八字(以・準・皆・各・其・及・即・若)をもって判決理由を包括し、五服をもって情状と法を参酌し、墨刑(刺青)をもって盗賊を識別する。財産没収では墳墓は含まず、財産没収は度支(国庫)に入れず、宗室は市場での刑罰(戮)に就かせず、宮人は獄に就かせず、幼少・高齢・病弱者は取り調べない。詳細は『刑法志』に詳しい。
工部(提督易州山廠を附す)
尚書は、天下の百官・山沢に関する政令を掌る。侍郎はこれを補佐する。
虞衡司は、山沢の採捕・陶冶の事を掌る。凡そ鳥獣の肉・皮革・骨角・羽毛で、祭祀・賓客・膳羞の需用、礼器・軍実の用に供し得るものは、毎年諸司に採捕を下す。水課は禽十八・獣十二、陸課は獣十八・禽十二とし、皆その時を以てする。冬春の交わりには、罝罛を川沢に施さず、春夏の交わりには、毒薬を原野に施さない。苗が盛んなれば蹂躙を禁じ、穀が登れば焚燎を禁ず。若し害獣あれば、陷阱を為してこれを獲ることを聴し、賞に差等あり。凡そ諸陵の山麓には、斧斤を入れたり、窯冶を開いたり、墓墳を置いたりすることを得ず。凡そ帝王・聖賢・忠義・名山・嶽鎮・陵墓・祠廟で民に功徳あるものは、樵牧を禁ず。凡そ山場・園林の利は、民に取らせて薄くこれを徴す。凡そ軍装・兵械は、所司に下して造らせ、兵部とともにこれを省み、必ずその堅緻を程する。凡そ陶甄の事は、歳供あり、暫供あり、停減あり、その数を籍し、その入を会し、軽々しく毀して民を費やさしめない。凡そ諸冶は、その材を飭し、その模範を審らかにし、有司に付す。銭は必ず銖両に準じ、内府に進めてこれを頒つ。牌符・火器は、内府にて鋳造し、その法式を外に泄らすことを禁ず。凡そ顔料は、その土産にあらざればこれを徴さず。
都水司は、川沢・陂池・橋道・舟車・織造・券契・量衡の事を掌る。水利を転漕と曰い、灌田と曰う。毎年その金石・竹木・巻埽を儲え、時に応じてその閘壩・洪浅・堰圩・堤防を修め、蓄泄を謹んで旱潦に備え、田廬・墳隧・禾稼を壊さしめない。舟楫・磑碾は灌田と利を争うことを得ず、灌田は転漕と利を争うことを得ず。凡そ諸水の要会には、京朝官を遣わして専らこれを理し、もって有司を督める。民を役するには必ず農隙を以てし、農隙に至らざれば、則ち功を僝してこれを成す。凡そ道路・津梁は、時にその葺治を行う。巡幸及び大喪・大礼あれば、則ち修除してこれを較比す。凡そ舟車の制は、黄船と曰って御用に供し、遮洋船と曰って海にて転漕し、浅船と曰って河にて転漕し、馬船・風快船と曰って官物の送りに供し、備倭船・戦船と曰って寇賊を防ぎ、大車・独轅車・戦車と曰い、皆その財用を会し、その多寡・久近・労逸を酌んで均しくこれを剤する。凡そ織造の冕服・誥敕・制帛・祭服・浄衣諸幣布は、内府・南京・浙江諸処に移し、その数を周知して慎みこれを節す。凡そ公・侯・伯の鉄券は、その高広に差等あり。制式は『礼志』に詳しい。凡そ祭器・冊宝・乗輿・符牌・雑器は、皆内府にて則を会す。凡そ度量・権衡は、その校勘を謹んでこれを頒ち、式を市に懸けて、中度ならざる者を罪す。
屯田司は、屯種・抽分・薪炭・夫役・墳塋の事を掌る。凡そ軍馬の守鎮する処で、転運給せざるものあれば、則ち屯を設けて軍儲を益す。その規辦する営造・木植・城磚・軍営・官屋及び戦衣・器械・耕牛・農具の属。凡そ抽分は諸商に徴し、その財物を視て各々差等あり。凡そ薪炭は、南は洲汀より取り、北は山麓より取り、或いは民に徴し、本色・折色あり、その多寡を酌んでこれを撙節す。夫役の薪を伐ち薪を転ずるは、皆雇役とする。凡そ墳塋及び堂碑・碣獣の制は、宗室・勲戚・文武官の等を第してその差を定む。墳塋の制度は、『礼志』に詳しい。