○山東山西
山東等處承宣布政使司
済南府
章丘(府の東)。東に長白山あり、また黌山あり。南に東陵山あり、また長城嶺あり。また小清河は北にあり。また東に淯河あり、一名を繡江といい、諸泉を合わせて西北に白雲湖に匯し、下流は小清河に入る。
鄒平(府の東北)。西南に長白山あり、章丘・長山二県の界に接す。北に小清河あり。
済陽は府の北にあり。南に大清河あり。
禹城は府の西北にあり、元は曹州に属した。洪武二十年来属す。西に漯水枯河あり、俗に土河と称す。
臨邑は府の北にあり、元は河間路に属した。洪武初年来属す。西北に盤河あり。
泰安州
泰安州は元は中書省に直隷す。洪武初年来属し、州治の奉符県を省併す。北に泰山あり、即ち岱宗なり、亦た東嶽と曰い、汶水ここに出で、下流汶上県に至り大清河に合す。また東南に徂徠山あり。南に梁父山あり。また城西に泰安巡検司あり。北、府より百八十里を距つ。県二を領す。
新泰は州の東南にあり。西北に宮山あり、本名は新甫。西南に亀山あり。東北に小汶河あり、西流して汶水に合す。また西に上四荘巡検司あり。
德州
徳平は州の東にあり。東北に般河あり、亦た盤河と曰い、或いは以て古の鉤盤なりと為す。
平原州の東南。
武定州
陽信州の北。元は棣州に属した。東に商河がある。
海豊州の北東。洪武六年六月に楽安州の南の地を分けて置き、濱州に属し、後に来属した。北東は海に臨む。また北に鬲津河があり、また無棣県があり、元は棣州に属し、洪武初年に省かれた。北東に大沽河口巡検司がある。
商河州の西南。南に商河がある。
濱州
濱州洪武初年、州治渤海県を省いて併合した。北東は海に臨み、塩を産する。南に大清河がある。北に士傷河があり、即ち鬲津の別名である。西南は府から三百五十里。領する県は三:
利津州の東。北東は海に臨み、永阜等の塩場がある。東に大清河があり、海に流入する。また北東に豊国鎮巡検司がある。
沾化州の北西。北東は海に臨み、富国等の塩場がある。また久山鎮巡検司がある。
兗州府
兗州府は元の兗州、済寧路に属した。洪武十八年に昇格して兗州府となった。領する州は四、県は二十三。北東は布政司から三百五十里。
曲阜は府の東にあり。東南に尼山あり、沂水ここより出づ。また東に防山あり。北に泗水あり。また洙水あり、西南に流れて沂水に入る。また北に孔林あり。
寧陽は府の北にあり。西北に汶水あり、支流は洸水となる。洸水とは洙水なり、洸・洙は相入り受け、通称なり、ともに西南に流れて運河に入る。また東北に堽城堰あり、すなわち汶・洩の分流する処なり。
泗水は府の東にあり。東に陪尾山あり、泗水ここより出で、県北を経て、下流は南直清河県に至り淮に入る。
金郷は府の西南にあり。元は済寧路に属す。洪武十八年に来属す。金莎嶺は東にあり。大河は西南にあり。
城武は府の西南にあり。元は曹州に属す。洪武四年は済寧府に属す。十八年に来属す。県城は、正徳十四年五月、河決に因り改めて遷す。南に故黄河あり、すなわち洪武間の運道なり、弘治後埋もる。
済寧州
鉅野は州の西北にあり。元は済寧路の治所と為り、至正八年に路治を任城県に徙し、県をこれに属す。南に高平山あり。東に鉅野沢あり、元末に黄河に決せられ、遂に涸る。東南に会通河あり。西南に故黄河あり、弘治後埋もる。西に安興集巡検司あり。
鄆城は州の西北にあり。西に灉水あり、また故黄河あり、また故済水は西南にあり。
東平州
汶上は州の東南にある。西南に蜀山があり、その下は蜀山湖である。また西は南旺湖で、その西北は馬踏河であり、運河はその中を経て北に出て、即ち会通河である。また汶水は東北にあり、旧時は西流して大清河に入った。永楽年間に会通河を開鑿し、汶水を堰き止めて西南に流れさせ、悉く南旺湖に入るようにした。
平陰は州の東北にある。南に汶河がある。西南に大清河があり、また滑口鎮巡検司があったが、後に廃止された。
陽谷は州の西北にある。東に会通河がある。また東に阿膠井がある。
曹州
曹州は正統十年十二月に曹県の黄河北の旧土城を以て設置した。東に旧黄河があり、洪武初年に河を引いて泗に入れ運河を通じた場所である。永楽年間にもたびたび疏浚した。南に灉河がある。東南に菏沢があり、流れて菏水となる。東北は府から三百里。領する県は二つ:
沂州
郯城は州の東南にある。洪武初年に設置した。東に馬陵山があり、また羽山があり、南直贛榆県と境を接する。また沭水は東にある。沂水は西にある。西に磨山鎮巡検司があったが、後に廃止された。
費は州の西北にある。西北に蒙山がある。西南に大沫涸があり、また祊水があり、東北に蒙陽水があり、下流はいずれも沂河に入る。西南に関陽鎮、西北に毛陽鎮の二つの巡検司がある。
東昌府
東昌府は元の東昌路にして、中書省に直隸す。洪武初年に府と為る。州三、縣十五を領す。東は布政司より二百九十里を距る。
聊城は倚る。城東に會通河有り。西南に武水枯河有り、即ち漯河なり、會通河に截たれ、中堙す。
堂邑は府の西に在り。東北に會通河有り。西に舊黃河有り。
茌平は府の東北に在り。西に故黃河有り。又西北に故馬頰河有り。
莘は府の西南に在り。北に弇山有り、舊に泉涌出し、曰く弇山泉。
臨清州
高唐州
高唐州は元は中書省に直隸す。洪武初年、州治高唐縣を以て省き入る、來屬す。西に漯河有り、溢涸常無し。又馬頰河有り、一名舊黃河。西南は府より百二十里を距る。縣三を領す。
武城州の西北。西に衛河あり。東南に沙河あり。東北に甲馬営巡検司あり。
濮州
青州府
臨淄府の西北。南に牛山あり。また鼎足山あり、女水ここより出で、下流北陽水に合す。また蒨山あり。また南郊山あり、その下は天齊淵なり。城の東に淄水あり、また西に澠水あり、また系水あり、下流ともに時水に入る。その時水は西南より東北に至り、亦た耏水と曰い、また澅水流入す、下流ともに楽安県に至り海に入る。南に淄河店巡検司あり、後に廃止。
高苑府の西北。東南に商山あり。西南に小清河あり。西北に田鎮巡検司あり。後に廃止。
楽安府の北。東北は海に浜し、塩場あり。北に小清河あり。東に時に水あり。また東南に淄水あり、また北陽水あり、また巨洋水あり、ともに県東北の高家港に匯流して海に入る。港は即ち古の馬車瀆なり。高家港巡検司あり。また西北に楽安鎮巡検司あり。また東北に塘頭寨あり、百戸所の駐在す。
寿光府の東北。北は海に臨み、塩場がある。西に淄水があり、また北陽水がある。また東に巨洋水がある。また西北に清水泊があり、即ち古の鉅定湖なり、その北は楽安県の高家港に接す。また東北に広陵鎮巡検司あり。
昌楽府の東。元は濰州に属し、まもなく廃止、後に復置し、仍濰州に属す。洪武初年、改めて属す。西北に故城あり。洪武中、今の治に移す。東南に方山あり、東丹水ここより出で、北に昌楽故城を経て、西丹水これに合流し、下流は寿光県に至り海に入る。また南に白狼水あり、濰県に至り海に入る。
臨朐府の東。南に朐山あり、また大峴山あり、上に穆陵関巡検司あり。また東に沂山あり、一名東泰山、沭水・瀰水ともにここより発源す。瀰水、一名巨洋水、西に石溝水を合わせ、寿光に至り海に入る。また東北に丹山あり、一名丸山、西丹河及び白狼水ここより出づ。
莒州
莒州元は益都路に属す。洪武初年、州治莒県を省き併入す。西に浮来山あり。また西北に箕屋山あり、濰水ここより出づ。また西南に沭水あり、沂州界に流入す。南に十字路、西南に葛溝店の二巡検司あり。北、府に距ること二百里。県二を領す:
沂水州の西北。西北に大弁山あり、雕厓山と連なり、沂水ここより出で、南流して沂州界を経て泗に入る。東北に沭水あり。
日照州の東北。東は海に臨み、塩場あり。東南に夾倉鎮巡検司あり。
萊州府
掖 倚郭。北は海に臨み、塩場あり。また三山島あり、海南岸に在り。東北に万里沙あり。西南に掖水あり、北流して海に入る。東南に小沽河あり。また東北に王徐砦守禦千戸所あり、嘉靖中に置く。また西に海倉、北に柴葫寨の二巡検司あり。
平度州
膠州
膠州は元、益都路に属す。洪武初年、州治たる膠西県を省きて併入す。九年、来属す。西南に鐵橛山あり、膠水ここより出づ、また膠山と曰う。東北に沽河あり、南に流れて海に入る。また東南の海口に靈山衛あり、また安東県あり、ともに洪武三十一年五月に置く。また夏河寨千戶所あり、靈山衛の西南に在り。石臼島寨千戶所あり、安東衛の南に在り。ともに弘治以後に置く。また西南に古鎮巡檢司あり。北に逢猛鎮巡檢司あり。北、府まで二百二十里。領する県二:
即墨は州の東にあり。元は膠州に属す。洪武初年、青州府に属す。九年五月、萊州府に属す。十年五月、なお州に属す。東南に勞山あり、海濱に在り。また田横島あり、東北の海中に在り。東に鰲山衛あり、洪武二十一年五月に置く。また東北に雄崖守禦千戶所あり、南に浮山守禦千戶所あり、ともに洪武中に置く。また東北に栲栳島巡檢司あり。また即墨営は旧くは県の南に在り、宣德八年に県の北に移置し、城あり。
登州府
蓬萊は倚郭なり。洪武初年に廃す。九年五月、復置す。北に丹崖山あり、大海に臨む。南に密神山あり、密水ここより出づ。西南に黑石山あり、黑水ここより出づ、城の南を経て合流し、北に流れて海に入る。西に龍山あり、鉄を産す。東に高山巡檢司あり、もとは海中の沙門島に置き、後に硃高山の下に遷す。また東南に楊家店巡檢司あり。
黃は府の西南にあり。東南に萊山あり。西南に蹲犬山あり、大沽水ここより出づ。また東に黃水あり、東南に洚水あり、合流して海に入る。また西に馬停鎮巡檢司あり。
福山は府の東南にあり。東北に之罘山あり、三面海に臨む。西南に義井河あり、北に流れて海に入る。また奇山守禦千戶所は東北に在り、洪武三十一年に置く。また北に孫夼鎮巡檢司あり。
棲霞は府の東南にあり。東に岠〓禺山あり、嘗て金を産し、また金山と名づく。また百澗山あり、西北に北曲山あり、二山は旧く皆鉄を産せり。また南に翠屏山あり、大河ここより出づ、即ち義井河の上源なり。
招遠は府の西南にあり。元は萊州に属す。洪武九年五月、来属す。東北に原疃河あり、北に流れて海に入る。西に東良海口巡檢司あり。
萊陽は府の南にあり。元は萊州に属す。洪武九年五月、来属す。東南に昌水あり、源は文登県の昌山に発し、一名昌陽水、南に流れて海に入る。東に豯養澤あり。また東南に大嵩衛あり、洪武三十一年五月に置く。衛の西に大山千戶所あり、成化中に置く。また南に行村寨巡檢司あり。
寧海州
寧海州は、元では直隸山東東西道宣慰司に属した。洪武初年、州治の牟平県を廃して州に併合し、萊州府に属した。九年に所属を改めた。東に金水河があり、一名を沁水といい、西南に五丈河があり、ともに北流して海に入る。また西南に乳山寨巡檢司がある。西は府まで二百二十里。管轄する県は一:
文登は州の東南にある。元では寧海州に属した。洪武初年、萊州府に改属した。九年五月に登州府に属し、後に再び州に属した。東南に斥山がある。南に成山があり、また鐵槎山がある。また西に鐵官山がある。東南は海に臨む。南に靖海衛があり、東に成山衛があり、北に威海衛があり、いずれも洪武三十一年五月に設置された。また寧津守禦千戶所が東南にあり、これも洪武三十一年に設置された。また東に海陽守禦千戶所があり、靖海衛の南にある。金山守禦千戶所は、威海衛の西にある。百尺崖守禦千戶所は、威海衛の北にある。尋山守禦千戶所は、成山衛の東南にある。いずれも成化年間に設置された。また北に辛汪寨、東北に溫泉鎮、東に赤山鎮の三つの巡檢司がある。
遼東都指揮使司
遼東都指揮使司は、元では遼陽等處行中書省を置き、遼陽路を治所とした。洪武四年七月に定遼都衛を置いた。六年六月に遼陽府・県を置いた。八年十月に都衛を遼東都指揮使司に改めた。治所は定遼中衛に置き、二十五衛、二州を管轄した。十年、府と県はともに廃止された。東は鴨緑江に至り、西は山海関に至り、南は旅順海口に至り、北は開原に至る。海路により山東布政司までは二千百五十里。南京まで千四百里、京師まで千七百里。
定遼中衛は、元の遼陽路で、遼陽県を治所とした。洪武四年に廃止された。六年に再設置された。十年に再び廃止された。十七年に衛を置いた。西南に首山がある。南に千山がある。また東南に安平山があり、山に鉄場がある。また西に遼河があり、塞外より流入し、海州衛に至って海に入る。また西北に渾河があり、一名を小遼水といい、東北に太子河があり、一名を大梁水、また東樑水といい、下流はいずれも遼水に入る。また東に鴨緑江があり、東南流して海に入る。また東に鳳凰城があり、鳳凰山の東南にあり、成化十七年に築かれ、朝鮮の入貢の道となった。また南に鎮江堡城がある。また連山関も東南にある。
定遼左衛、定遼右衛はともに洪武六年十一月に設置された。
定遼前衛は洪武八年二月に設置された。
定遼後衛は、本来は遼東衛で、洪武四年二月に設置された。八年二月に改称した。九年十月に遼陽城の北に治所を移し、まもなく元に戻った。
自在州は永楽七年に三萬衛城に設置され、まもなく移転した。
以上の五衛一州は、都司の城内に同じく治所を置く。
海州衛は、本来は海州で、洪武初年、旧澄州城に置かれた。九年に衛を置いた。二十八年四月、州は廃止された。西南は海に臨み、塩場がある。西に遼河があり、渾河・太子河を合わせて海に入り、これを三岔河という。また西に南・北通江があり、これも遼河に合流する。東に大片嶺関があり、塩場がある。東北は都司まで百二十里。
蓋州衛は、元の蓋州で、遼陽路に属した。洪武四年に廃止された。五年六月に再設置された。九年十月に衛を置いた。二十八年四月、州は再び廃止された。東北に石城山がある。また北に平山があり、その下に塩場がある。また東に駐蹕山があり、西は海に臨み、連雲島があり、上に関がある。また東に泥河があり、南に清河があり、東南に畢裏河があり、下流はいずれも海に入る。また南に永寧監城があり、永楽七年に設置された。また西北に樑房口関があり、海運の舟はここから遼河に入り、傍らに塩場がある。また東に石門関がある。西に塩場がある。北に鉄場がある。北は都司まで二百四十里。
復州衛は、本来は復州で、洪武五年六月に旧復州城に置かれた。十四年九月に衛を置いた。二十八年四月、州は廃止された。西は海に臨む。西南に長生島がある。また南に沙河があり、麻河と合流し、西流して海に注ぐ。東に得利嬴城があり、元末に地元の人が築き、洪武四年二月にここに遼東衛を置いたが、まもなく移転した。また南に樂古関がある。西に塩場がある。北に鉄場がある。北は都司まで四百二十里。
金州衛は、本来は金州で、洪武五年六月に旧金州に置かれた。八年四月に衛を置いた。二十八年四月、州は廃止された。東に大黒山があり、小沙河はここから出る。また小黑山があり、駱馬河・澄沙河はともにここから出る。衛の東西南の三面はいずれも海に臨む。南に南関島がある。東に蓮花島がある。東南に金線島がある。また東に皮島があり、また長行島がある。南に雙島および三山島がある。西南に鐵山島がある。東北に蕭家島があり、関がある。また旅順口関が南にあり、海運の舟はここから上陸し、南・北の二城があり、その北城には中左千戶所があり、洪武二十年に設置された。また東南に望海堝石城があり、永楽七年に設置された。また衛の東に鉄場がある。東北に塩場がある。北は都司まで六百里。
広寧中衛、広寧左衛はいずれも洪武二十六年正月に置かれる。二十八年四月に廃止される。三十五年十一月に再び置かれる。
広寧右衛は本来大凌河堡に治す、洪武二十六年正月に置かれる。二十八年四月に廃止される。三十五年十一月に再び置かれる。
以上の三衛は、いずれも広寧衛城にある。
広寧前衛、広寧後衛はいずれも洪武二十六年正月に置かれる。後にいずれも廃止される。
義州衛は元の義州で、大寧路に属す。洪武初年、州は廃止される。二十年八月に衛を置く。西北に大凌河あり、下流は海に入る。東北に清河あり、下流は大凌河に合流する。東南は都司より五百四十里。
広寧後屯衛は洪武二十六年正月に旧懿州に置かれる。永楽八年に義州衛城に治所を移す。
広寧中屯衛は元の錦州で、大寧路に属す。洪武初年、州は廃止される。二十四年九月に衛を置く。東に木葉山あり。西に東紅螺山、西紅螺山あり。西南に杏山あり。東南に乳峯山あり。また東に大凌河、小凌河あり。また西に女兒河あり、小凌河と合流する。また南に松山堡あり、松山の西にあり、宣徳五年正月にここに中左千戸所を置き、杏山駅から小凌河駅までを管轄する。東に大凌河堡あり、洪武二十六年正月に広寧右衛を置く、二十八年四月に廃止される。宣徳五年正月にここに中右千戸所を置き、凌河駅から十三山駅までを管轄する。また城南に塩場二、鉄場一あり。また西に鉄場あり。東南は都司より六百里。
広寧左屯衛は洪武二十四年九月に遼河の西に置かれる、後に広寧中屯衛城に移る。
広寧右屯衛は元の広寧府の地である。洪武二十六年正月に十三山堡に置かれる。二十七年に旧閭陽県の臨海郷に移る。北に十三山あり。山の西に十三山堡あり。西に大凌河あり。また西南に望梅嶺あり。また南に塩場あり、東に鉄場あり。東南は都司より五百四十里。
広寧前屯衛は元の瑞州で、大寧路に属す。洪武初年、永平府に属す。七年七月、州は廃止される。二十六年正月に衛を置く。西北に万松山あり。北に十八盤山あり。西に麻子峪あり、鉄場あり。東南は山口峪となり、塩場あり。東北に六州河あり、下流は蛇山務に至り海に入る。西に山海関あり、北直隷撫寧県と境を接す。また急水河堡あり、宣徳五年正月にここに中前千戸所を置き、山海東関から高嶺駅までを管轄する。また東に杏林堡あり、宣徳五年正月にここに中後千戸所を置き、沙河駅から東関駅までを管轄する。東は都司より九百六十里。
寧遠衛は宣徳五年正月に広寧前屯・中屯二衛の地を分けて置き、湯池に治す。西北に大団山あり。東北に長嶺山あり。南は海に臨む。東に桃花島あり。東南に覚華島城あり。西に寧遠河あり、すなわち女兒河で、また三女河ともいう。また東に塔山あり、中左千戸所があり、連山駅山から杏山駅までを管轄し、西に小沙河中右千戸所があり、東関駅から曹荘駅までを管轄する、いずれも宣徳五年正月に置かれる。また南に塩・鉄の二場あり。東は都司より七百七十里。
瀋陽中衛は元の瀋陽路である。洪武初年に廃止される。三十一年閏五月に衛を置く。洪武二十四年に沈王府を建てる。永楽六年に山西潞州に移る。東に東牟山あり。南に渾河あり、また東に瀋水ありてこれに入る。また西に遼河あり。また東北に撫順千戸所あり、洪武二十一年に置く。所の東に撫順関あり。北に蒲河千戸所あり、これも洪武二十一年に置く。南は都司より百二十里。
瀋陽左衛、瀋陽右衛はいずれも洪武中に置かれる。建文初年に廃止される。洪武三十五年七月に再び置かれる、後にまた廃止される。
瀋陽中屯衛は洪武三十一年閏五月に置かれる。建文中に廃止される。洪武三十五年十一月に再び置かれ、北平都司に属し、後に後軍都督府に属し、北直隷河間県に寄寓して治す。
安楽州は永楽七年に置かれ、三万衛城内にある。
山西等処承宣布政使司
太原府
太原(府の西南)。元は平晋と曰い、治所は今の東北にあった。洪武四年に汾水の西、故晋陽城の南関に移した。八年に太原と改名した。西に懸甕山あり、一名龍山、また結絀山と曰い、晋水の出づる所、下流は汾に流入する。西北に蒙山あり。東に汾水あり。東南に洞渦水あり、源は楽平に発し、下流は汾に流入する。
榆次(府の東南)。東南に塗水あり、小塗水と合流して西北に流れ、洞渦水に入る。
太谷(府の東南)。東南に馬嶺あり、路は北直隸邢台県に出づ、上に馬嶺関あり、巡検司を置く。西に太谷あり、一名咸陽谷。東北に象谷水あり、汾に流入する。
祁(府の南やや西)。東南に胡甲山あり、隆舟水ここより出で、下流は平遙に至り汾に入る。南に隆舟峪巡検司あり。又東に団柏鎮あり。
徐溝(府の南)。北に洞渦水あり、ここに至り汾に合流する。
清源(府の西南)。北に清源水あり、東流し、南して汾に入る。
交城県は府の西南にあり。東北に羊腸山がある。東南に汾水が流れる。また西に文水がある。
文水県は府の西南にあり。西南に隠泉山がある。東に文水があり、南流して汾水に入る。また東北に猷水があり、あるいはこれを鄔澤であるとする。
壽陽県は府の東にあり。西に殺熊嶺がある。南に洞渦水があり、黒水が流れ合う。
平定州
樂平県は州の東南にある。東に皋落山があり、一名を霊山という。西南に少山があり、一名を沾嶺といい、沾水と清漳水の二水の発源地である。沾水は東流して澤發水に入り、漳水は北流し、折れて西南に流れ、和順県の樑榆水に入る。また西に陡泉嶺があり、洞渦水の源である。また静陽鎮が県の東南にある。
忻州
忻州は洪武初年、州治である秀容県を廃して編入した。北に滹沱河があり、また忻水があり、一名を肆盧川といい、北から流れて滹沱河に入る。西南に牛尾荘巡検司があったが、後に州北十里に移転した。また西に寨西巡検司、西北に沙溝巡検司があったが、後にいずれも廃止された。また忻口寨も州の北にある。また東南に赤塘関がある。南は府まで百六十里。属県一を領する:
定襄県は州の東やや北にある。北に滹沱河が流れる。また南に叢象山があり、三会水が流れ合う。東北に胡谷砦巡検司があったが、後に廃止された。
代州
苛嵐州
岢嵐州は本来岢嵐県、洪武七年十月に設置。八年十一月に昇格して州となる。北に岢嵐山あり、その東は雪山。西南に嵐漪河あり、北に蔚汾水あり、下流は皆大河に入る。また西北に岢嵐鎮巡検司あり、後に廃す。また北に天澗堡の隘あり、路は朔州に通ず。西北に於坑堡の隘あり、また洪谷堡の隘あり、皆保徳州に通ず。東南、府より二百八十里。領する県二:
嵐州の南やや東。元代は嵐州。洪武初年に降格して県となる。西南に黄尖山あり、蔚汾水の源出する所。また北に二郎関、鹿径嶺の二巡検司あり。
保德州
保德州は洪武七年に降格して県となる。八年十一月に岢嵐州に属す。九年正月に再び昇格して州となる。西は大河に臨む。東北に得馬水巡検司あり、後に廃す。東南、府より五百里。
平陽府
臨汾は倚郭。西に姑射山あり。西南に平山あり、晋水・平水は皆此より出で、東流して汾に入る。
襄陵は府の西南。西南に三隥山あり。東に汾水あり、南に太平関あり、巡検司を置く。
洪洞は府の北やや東。東に九箕山あり。西に汾水あり。
浮山は府の東やや南。西に浮山あり。北に澇水あり、東南に潏水あり、下流は皆汾に入る。
岳陽府の東北。東に沁水あり、澤州界に流入す。北に澗水あり。また南に赤壁水あり、西北に流れ、澗水と会して汾河に入る。
汾西府の北、やや西。西に青山あり、鉄を産す。東に汾水あり。
蒲州
臨晉州の東北。東南に王官谷あり。西に大河あり。南に涑水あり。また西に吳王寨巡檢司あり。
滎河州の北、やや東。大河は城の西にあり、汾水ここに至りて河に入る。
猗氏州の東北。南に涑水あり。東南に鹽池あり。
萬泉州の東北。南に介山あり。
河津州の東北。西北に龍門山あり、河を夾みて対峙し、下に禹門渡巡檢司あり。汾水は旧く滎河縣の北、睢丘より河に入る。隆慶四年に東に徙り、縣の西南、葫蘆灘を経て河に入る。
解州
解州は洪武初年に、州治たる解県を省いて併合した。南に檀道山があり、また石錐山がある。東南に白徑嶺がある。南は大河に臨む。東に鹽池がある。西北にまた女鹽池がある。東北に長樂鎮巡檢司がある。東南に鹽池巡檢司がある。東北、府より三百四十里。領する縣五。
安邑は州の東北。西に司鹽城がある。北に鳴條岡がある。また涑水がある。西南に鹽池がある。南に聖惠鎮巡檢司がある。西南に西姚巡檢司がある。
夏は州の東北。北に涑水がある。
聞喜は州の東北。東南に湯山があり、銅を産する。南に涑水がある。また東北に乾河があり、また董澤がある。
平陸は州の東南。東北に虞山があり、一名を吳山という。また東に傅巖がある。南は大河に臨み、中に底柱山がある。東に大陽津があり、上に関があり、また茅津ともいう。沙澗茅津渡巡檢司がある。また白浪渡巡檢司がある。
芮城は州の西南。大河は南より縣を経て、西に折れて東に流れる。東南に陌底渡巡檢司がある。西北に萬壽堡がある。東に襄邑堡がある。
絳州
絳州は洪武初年に、州治たる正平縣を省いて併合した。西北に九原山がある。南に汾水があり、澮水は東南より流れ入る。西に武平關がある。東北、府より百五十里。領する縣三。
稷山は州の西。南に稷神山があり、また汾水がある。
絳は州の東南。東に太行山がある。東南に太陰山があり、また陳村峪があり、涑水はここより出で、聞喜・夏・安邑等の縣を経て、蒲州に至り黄河に入る。また西北に絳山があり、絳水はここより出で、西に流れて涑水に入る。また東南に教山があり、教水はここより出で、すなわち乾河の源である。絳山は鐵を産する。
垣曲は州の東南。西北に折腰山があり、山に銅冶がある。また東北に王屋山がある。南は河に臨み、西に清水が流れ入る。また北に乾河がある。西北に横嶺背巡檢司がある。西南に留莊隘がある。
霍州
霍州は洪武初年に、州治たる霍邑縣を省いて併合した。東南に霍山があり、また霍太山ともいう。西に汾水があり、また霍水・彘水があり、ともに霍山より出で、下流ともに汾水に入る。南、府より百四十五里。
吉州の西に孟門山があり、大河の経る所である。西南に壺口山がある。また烏仁關は西にあり、平渡關は西北にあり、ともに巡檢司を置く。東、府より二百七十里。領する縣一。
鄉寧は州の東南。西南に兩乳山がある。西に黄河がある。西北に龍尾磧巡檢司がある。
隰州
隰州は洪武初年に、州治たる隰川県を省いて併合した。西に蒲水があり、南へ流れて大河に入る。東北に広武荘巡検司がある。東南は府から二百八十里の距離にある。二県を管轄する:
大寧州の西南にある。西は大河に臨む。また東南に昕川があり、西へ流れて河に入る。西に馬闘関があり、大河がその下を流れ、巡検司が置かれている。
永和州の西にある。西は大河に臨む。西北に永和関があり、巡検司が置かれている。また興徳関がある。西南に鉄羅関がある。この三関はいずれも陝西と河を隔てて境界をなす。
汾州府
教義府の南やや東にある。西北に狐岐山があり、勝水がここから発し、東へ流れて汾水に入る。また県の南に雀鼠谷があり、介休県との境界で、汾水が東北から流れてここを通る。また西に温泉鎮巡検司がある。
平遙府の東にある。南に麓台山があり、一名を蒙山、また謁戾山という。西に汾河がある。東に中都水があり、また原祠水があり、合流して汾河に注ぐ。また南に普同関巡検司があったが、後に県東北の洪善鎮に移された。
介休府の東南にある。介山があり、また綿山ともいう。西に汾水があり、東に石洞水があり、西へ流れて汾水に入る。東北に鄔城泊があり、平遙・文水の二県との境界で、すなわち昭余祁藪の残った水域であり、あるいは蒿沢とも称される。東南に関子嶺鎮巡検司がある。
石樓府の西やや南にある。元代は晋寧路の隰州に属した。万暦四十年に改めてここに属させた。東南に石楼山がある。西に黄河があり、また土軍川が流れ込む。また西北に上平関、西に永和関、東北に窟龍関の三巡検司がある。
永寧州
寧郷州の南にある。東南に楼子台山がある。西に黄河がある。
潞安府
長子(府の西やや南)。東南に羊頭山がある。西南に発鳩山があり、一名を鹿谷山といい、濁漳水はここに源を発する。西北に藍水があり、南に樑水があり、いずれも漳水に流入する。
屯留(府の西北)。西北に三峻山がある。また西南に盤秀山があり、藍水はその陽(南側)に出で、絳水はその陰(北側)に出で、下流はいずれも濁漳水に合流する。
襄垣(府の北、やや西)。南に濁漳水がある。西北に小漳水があり、また涅水があり、武郷県から流入して界をなし、小漳水と合流し、下流は濁漳水に流入する。西に五〓贊山巡検司がある。
潞城(府の東北)。西に三垂山がある。北に濁漳水があり、また絳水があり、流れてここで合流し、交漳という。
壺関(府の東北)。南に趙屋嶺があり、西南に大峪嶺があり、いずれも鉄を産する。東南に羊腸板がある。西北に壺水があり、西流して濁漳に入る。
黎城(府の東北)。西北に濁漳水があり、東南は河南林県の界に入る。東北にまた清漳水があり、河南涉県の界に流入する。また東北に吾児峪巡検司がある。
平順(嘉靖八年二月に潞城県の青羊里を以て設置し、黎城・壺関・潞城の三県の地を分けてこれを補った)。東北に濁漳水がある。東南に虹梯関・玉峡関の二巡検司がある。
大同府
大同(府治に倚る)。洪武二十五年三月に代王府が建てられた。北に方山がある。西北に雷公山がある。東に紇真山がある。また東北に白登山がある。また西に大河がある。また南に桑乾河があり、馬邑県から流れてここを経由し、その下流は蔚州に至って北直隷の境に入り、盧溝河となる。また西北に金河があり、また紫河があり、いずれも大河に流入する。また西に武州山があり、武州川水はここに源を発する。また東に御河があり、一名を如渾水といい、南に十里河が流れて合流する。すなわち武州川で、俗に合河といい、南流して桑乾に入る。北に威寧海子がある。また孤店・開山・虎峪・白陽などの口があり、いずれも東北にある。また北に猫児荘がある。
懐仁(府の西南)。西に清涼山があり、西南に錦屏山があり、旧くはいずれも鉄冶があった。南に桑乾河がある。西南に偏嶺などの口がある。
渾源州
渾源州の南に恒山あり、即ち北嶽なり、北直隷曲陽県の境に接す。東に五峯山あり。また南に翠屏山あり、滱水ここより出で、嘔夷水と合し、下流は唐河となる。また北に桑乾河あり。西南に渾源川あり、下流は桑乾河に入る。また東に乱嶺関、南に瓷窯口、東南に峪口巡検司あり。西北、府より百三十里。
応州
応州は洪武初年、州治たる金城県を省いて併合す。北に桑乾河あり。西に小石口巡検司あり。東南に胡峪口巡検司あり。南に茹越口巡検司あり。また北婁・大石等の口あり、路は繁峙県に通ず。北、府より百二十里。領する県一:
山陰州の西南。北に桑乾水あり。
朔州
朔州は洪武初年、州治たる鄯陽県を省いて併合す。西南に翠峯山あり。西北に黄河あり。また南に灰河あり、下流は桑乾河に入る。また西に武州あり、元は大同路に属す、洪武初年に省く。北に沙浄口、西南に神池口の二巡検司あり。東北、府より二百八十里。領する県一:
馬邑州の東、やや北。西北に洪濤山あり、灅水ここより出づ、俗に洪濤泉と称し、即ち桑乾河の上源なり、北直隷武清県に至りて海に入る。東南に雁門関あり。また北に白陽。
蔚州
広霊州の西、やや北。北に九層山あり。東南に豊水あり、即ち葫蘆河の上源なり。また西南に滋水あり。北に平嶺関巡検司あり、後に県西南の林関口に移徙す。
広昌州の東南。元は飛狐と曰い、洪武初年に名を更む。東南に白石山あり。東に雕窠崖あり、旧に洞あり銀を産す。また桑乾河は北にあり。唐河は南にあり、即ち滱水なり。また淶水は東にあり、源は北崖古塔より出で、県南の拒馬河と合し、東は北直隷淶水県の境に入る。また紫荊関は東北にあり、北直隷易州の境に接す。倒馬関は南にあり、北直隷定州の境に接す。また飛狐関は北にあり、今は黒石嶺堡と為り、蔚州と境を接す。
霊丘州の西南。東南に隘門山あり、西北に槍峯嶺あり、即ち高是山なり、嘔夷水ここより出づ。また枚回嶺あり、滋水ここより出づ。
沢州
高平州の北やや東。西北に仙公山あり、丹水ここより出づ。また西南に空倉堡巡検司あり。西北に長平関あり、また磨磐寨あり。
陽城州の西。西南に析城山あり、南に王屋山あり、垣曲県及び河南の済源県と境を接す。東に沁河あり、また西北に濩沢水ありてこれに入る。
陵川州の東北。西北に蒲水あり、西流して丹水に入る。南に永和隘巡検司あり、後に廃す。
沁水州の西北。東に沁河あり。また西に蘆河あり、下流して沁水に入る。西北に東烏嶺巡検司あり。
沁州
沁源州の西やや南。北に綿山あり、沁水ここより出で、県の東を経て、下流は河南の修武県に至り大河に入る、九百七十余里を行く。また北に綿上巡検司あり。
武郷州の東北。西に涅水あり、また西に武郷水ありてこれに入る。
遼州
楡社州の西。西に楡水あり。西南に武郷水あり。また西北に黄華嶺・馬陵関の二巡検司あり。
和順州の北。東に黄楡嶺あり、北に松子嶺あり、西に八賦嶺あり、いずれも巡検司あり。また清漳水は西北にあり、松嶺水及び八賦水・梁楡水は皆これに入る。
山西行都指揮使司
山西行都指揮使司は本来大同都衛、洪武四年正月に置く。白羊城に治す。八年十月に改名す。二十五年八月、大同府に治を移す。二十六年二月、衛二十六を領す、宣府左・右、万全左・右、懐安の五衛は、万全都司に改属す。後に衛十四を領す。朔州衛は州城に治し、安東中屯衛は応州城に寄治す。
大同前衛は洪武七年二月に置き、行都司と同城なり。
大同中衛は洪武二十五年八月に設置され、行都司と同城にあったが、後に廃止された。
天成衛は元代の天成県で、興和路に属した。洪武四年五月に大同府に改属し、まもなく県は廃止された。二十六年二月に衛を設置し、後に鎮虜衛が移って同治した。桑乾河は南にある。南洋河は北にあり、これが雁門水で、東に流れて宣府西陽和堡の界に入る。西南は行都司まで一百二十里。
平虜衛は成化十七年に設置され、行都司と同城にあった。嘉靖年間に現在の治所に移った。西に小青山があり、また黄河が東勝衛から流入する。北に南大河がある。西北に云内県があり、もとは元代の雲内州で大同路に属したが、洪武五年に廃止された。宣徳年間に再び県を設置して豊州に属したが、正統十四年に再び廃止された。西北に平地県があり、元代は大同路に属したが、これも洪武年間に廃止された。東北は行都司まで二百四十里。管轄する千戸所は一つ:
井坪守禦千戸所は成化二十年七月に設置された。
宣徳衛は元代の宣寧県で、大同路に属した。洪武年間に県は廃止された。二十六年二月に宣徳衛を設置したが、後に廃止された。東南は行都司まで八十里。