明史

本紀第二十三 荘烈帝一

荘烈愍皇帝、諱は由檢、光宗の第五子なり、萬暦三十八年十二月に生まる。母は賢妃劉氏、早く薨ず。天啓二年、信王に封ぜらる。六年十一月、信邸に出居す。

天啓七年

明年八月、熹宗疾大漸し、王を召し入れて、遺命を受く。丁巳、即ち皇帝の位に即く。天下に大赦し、明年を以て崇禎元年と為す。

九月甲申、生母賢妃を追諡して孝純皇后と曰ふ。丁亥、刑を停む。庚寅、妃周氏を冊して皇后と為す。

冬十月甲午朔、太廟を享く。癸丑、南京地震す。

十一月甲子、魏忠賢を鳳陽に安置す。戊辰、各辺鎮守の内臣を撤す。己巳、魏忠賢縊死す。癸酉、天啓時に逮死せし諸臣の贓を免じ、其の家屬を釈す。癸巳、黄立極致仕す。

十二月、前南京吏部侍郎錢龍錫、禮部侍郎李標、禮部尚書來宗道、吏部侍郎楊景辰、禮部侍郎周道登、少詹事劉鴻訓、俱に禮部尚書兼東閣大学士と為り、機務に預る。魏良卿、客氏の子侯國興、俱に伏誅せらる。

崇禎元年

崇禎元年春正月辛巳、詔して内臣は命を受けざれば禁門を出づべからず。壬午、熹宗后を尊びて懿安皇后と為す。丙戌、魏忠賢及び其の党崔呈秀の尸を戮す。

二月乙未、章奏の冗蔓を禁ず。癸丑、経筵に御す。丁巳、廷臣の内侍に交結するを戒む。

三月己巳、悊皇帝を徳陵に葬る。癸未、施鳳來、張瑞圖致仕す。乙酉、冤陷の諸臣を贈卹す。

夏四月癸巳、劉若宰等に進士及第、出身を賜ふこと差有り。甲午、袁崇煥を兵部尚書と為し、薊・遼を督師せしむ。庚戌、指揮卓銘、開礦を請ふ、許さず。

五月己巳、李國𣚴致仕す。庚午、三朝要典を燬つ。甲戌、各部の添注官を裁す。辛巳、雨を禱る。乙酉、外吏の久任及び挙保連坐の法を復し、有司の私派を禁ず。

六月、魏忠賢の党馮銓・魏廣微を除籍す。壬寅、許顯純誅せらる。壬子、來宗道・楊景辰致仕す。

秋七月癸酉、廷臣及び袁崇煥を平臺に召して対す。壬午、浙江に風雨あり、海溢れ、数万人を漂没す。癸未、海寇鄭芝龍降る。甲申、寧遠に兵変あり、巡撫都御史畢自肅自殺す。

八月乙未、盛暑・祁寒にあらざれば、日々文華殿に御して輔臣と政を議すべしと詔す。

九月丁卯、京師地震す。

冬十月戊戌、劉鴻訓罷免せられ、尋いで戍に遣わさる。

十一月癸未、南郊にて天を祀る。

十二月丙申、韓爌再び内閣に入る。

是の年、広寧及び薊鎮塞外諸部の賞を革む。諸部飢え、糴を告ぐるも、許さず。陝西の飢民加派に苦しみ、流賊大いに起こり、分かれて鄜州・延安を掠む。

崇禎二年

二年春正月丙子、先師孔子に釈奠す。丁丑、逆案を定め、崔呈秀以下凡そ六等とす。

二月戊子、社稷を祀る。庚寅、皇長子慈烺生まる、天下に赦す。

三月戊寅、薊州に兵変あり、有司これを撫定す。

夏四月甲午、駅站を裁す。

閏月癸亥、流賊三水を犯し、遊撃高從龍戦歿す。癸未、北郊にて地を祀る。

五月乙酉朔、日食あり。庚子、暦法を改むるを議す。

六月戊午、袁崇煥が双島において毛文龍を殺す。癸亥、久旱のため、文華殿に斎居し、群臣に修省を命ず。

秋八月甲子、総兵官侯良柱・兵備副使劉可訓が紅土川において奢崇明・安邦彦を撃ち斬る。水西の賊、平らぐ。甲戌、熹宗の神主を太廟に祔す。

九月丁未、楊鎬を棄市に処す。

冬十月戊寅、大清兵、大安口に入る。

十一月壬午朔、京師戒厳す。乙酉、山海関総兵官趙率教、遵化において戦死す。甲申、大清兵、遵化に入り、巡撫都御史王元雅・推官何天球等死す。丁亥、総兵官満桂、入援す。己丑、吏部侍郎成基命を礼部尚書兼東閣大学士とし、機務に預からしむ。前大学士孫承宗を召して兵部尚書中極殿大学士とし、通州において師を視る。辛卯、袁崇煥入援し、薊州に駐屯す。戊子、宣府・大同・保定の兵、相次いで入援す。天下の鎮巡官に勤王を徴す。辛丑、大清兵、徳勝門に迫る。甲辰、袁崇煥等を平台に召す。崇煥、城に入り兵を休めんことを請うも、許さず。兵部尚書王洽を獄に下す。

十二月辛亥朔、再び袁崇煥を平台に召し、錦衣衛の獄に下す。甲寅、総兵官祖大寿の兵潰え、東に出て関を去る。乙卯、孫承宗、山海関に移り駐屯す。庚申、廷臣に馬を進めるよう諭す。丁卯、中官を遣わして満桂を促して出戦せしむ。桂及び前総兵官孫祖寿ともに戦死す。総兵官馬世龍、援軍を総理す。壬申、錢龍錫罷免さる。癸酉、山西の援兵、良郷において潰える。丁丑、礼部侍郎周延儒・尚書何如寵・侍郎錢象坤、いずれも礼部尚書兼東閣大学士とし、機務に預からしむ。

崇禎三年

三年春正月甲申、大清兵、永平を陥とす。副使鄭国昌・知府張鳳奇等死す。丙戌、城外の戦士の骸を葬る。戊子、大清兵、灤州を陥とす。庚寅、総督薊遼都御史劉策を逮えて獄に下し、死を論ず。乙未、辺報の抄伝を禁ず。韓爌致仕す。壬寅、兵部右侍郎劉之綸、遵化において敗死す。是月、陝西諸路総兵官呉自勉等、師を率いて入衛す。延綏・甘粛の兵、西へ潰走し、群寇と合す。

二月庚申、皇長子慈烺を立てて皇太子とし、大赦す。

三月壬午、李標致仕す。戊申、流賊、山西を犯す。

夏四月乙卯、久旱のため、文華殿に斎居し、百官に修省を諭す。丁丑、流賊、蒲県を陥とす。

五月辛卯、馬世龍・祖大寿諸軍、灤州に入る。壬辰、大清兵、東へ帰る。永平・遷安・遵化、相次いで回復す。

六月癸丑、流賊王嘉胤、府谷を陥とす。米脂の賊張献忠、衆を聚めてこれに応ず。己未、宋儒邵雍の後裔に五経博士を授く。辛酉、礼部尚書温体仁・呉宗達、ともに東閣大学士を兼ね、機務に預かる。

秋八月癸亥、袁崇煥を殺す。

九月己卯、錢龍錫を逮えて獄に下す。

冬十月癸亥、刑を停む。丙寅、延綏巡撫副都御史洪承疇・総兵官杜文煥、賊張献忠を清澗にて破る。

十一月壬辰、賊を懐寧にて破る。甲午、山西総兵官王国樑、賊を河曲に追撃し、敗績す。

十二月乙巳朔、田賦を増し餉に充つ。戊午、流賊、寧塞を陥とす。

是の年、烏斯藏、貢を入る。

崇禎四年

四年春正月己卯、流賊、保安を陥とす。丁酉、御史呉甡、延綏の饑民を賑恤す。己亥、内閣・九卿・科道及び入覲の両司官を文華殿に召して対す。都察院に命じ、巡按御史を厳しく覈査せしむ。

二月壬子、流賊、慶陽を囲み、兵を分かち合水を陥とす。

三月丁丑、副将張応昌等、之を撃ち破り、慶陽の囲み解く。癸未、陝西三辺軍務総督侍郎楊鶴、流賊を寧州にて招撫す。群賊偽り降り、尋いで復た叛く。己丑、陳于泰等に進士及第・出身を賜うこと差等あり。

夏四月庚戌、雨を祈る。辛酉、詔して廷臣に時政を条奏せしむ。是の月、延綏副将曹文詔、賊を河曲にて撃ち、王嘉胤敗死す。

五月甲戌朔、歩みて南郊にて祈る。庚辰、錢龍錫を戍す。

六月丁未、錢象坤致仕す。

秋七月甲戌、総兵官王承恩、賊を鄜州にて破り、賊首上天龍を降す。

八月癸卯、総兵官賀虎臣、賊劉六を慶陽にて撃ち斬る。丁未、大清兵、祖大寿を大凌城に囲む。丙辰、何如寵致仕す。

九月庚辰、内臣王応朝・鄧希詔等、関・寧・薊鎮の兵糧及び諸辺の撫賞を監視す。甲午、楊鶴を逮えて獄に下し、戍に論ず。洪承疇、三辺軍務を総督す。丁酉、太監張彝憲、戸・工二部の銭糧を総理す。給事中宋可久等相継いで諫むも、聴かず。戊戌、山海総兵官宋偉等、大凌を救援し、長山にて敗れ、監軍太僕少卿張春捕らわる。

冬十月辛丑朔、日食あり。戊辰、祖大寿、副将何可綱を殺す。己巳、大寿、大凌より自ら脱して帰り、錦州に入る。

十一月丙戌、太監李奇茂をして陝西の茶馬を監視せしめ、呉直をして登島の兵糧・海禁を監視せしむ。群臣、疏を合して諫むも、聴かず。壬辰、孫承宗致仕す。癸巳、文華殿において廷臣を召して対せしめ、軍国の諸務を歴問す。語、内臣に及ぶや、帝曰く、「諸臣若し実心を以て事を任ずれば、朕亦何ぞ此輩を需いんや」と。己亥、流賊羅汝才、山西を犯す。

閏月乙丑、陝西の降賊復た叛き、甘泉を陥とし、参政張允登を殺す。丁卯、登州遊撃孔有徳、師を率いて遼を援け、呉橋に次ぎて反し、陵県を陥とし、連ねて臨邑・商河・斉東を陥とし、新城を屠る。

十二月丙子、済南の官軍、賊を阮城店にて禦ぐも、敗績す。丁丑、大凌に城を築きて釁を招くを以て、孫承宗の官を奪う。是の冬、延安・慶陽大雪、民饑え、盗賊益々熾んず。

崇禎五年

五年春正月辛丑、孔有徳、登州を陥とす。遊撃陳良謨戦死し、総兵官張可大之に死す。巡撫都御史孫元化・副使宋光蘭等捕らえられ、尋いで放ちて還す。辛亥、孔有徳、黄県を陥とす。丙寅、総兵官楊御蕃・王洪、師を率いて孔有徳を討つも、新城鎮にて敗績す。

二月己巳朔、孔有徳、萊州を囲む。巡撫都御史徐従治固く守る。辛巳、孔有徳、平度を陥とす。

三月壬寅、兵部侍郎劉宇烈、山東軍務を督理し、孔有徳を討つ。

夏四月甲戌、劉宇烈、沙河にて敗績す。癸未、徐従治、傷に中り卒す。是の月、総兵官曹文詔・楊嘉謨、連ねて賊を隴安・静寧に破り、賊は水落城に奔る。平涼・莊浪の饑民之に附き、勢復た熾んず。

五月丙午、参政朱大典を僉都御史と為し、山東を巡撫せしむ。辛亥、礼部尚書鄭以偉・徐光啓並びに東閣大学士を兼ね、機務に預かる。

六月、京師大いに雨水す。壬申、河、孟津に決す。

秋七月辛丑、太監曹化淳、京営戎政を提督す。癸卯、孔有徳偽り降り、登萊巡撫都御史謝璉を誘いて執り、萊州知府朱萬年之に死す。己未、孫元化、市に棄つ。劉宇烈を逮えて獄に下し、戍を論ず。

八月甲戌、洪承疇、賊を甘泉に破る。賊首白広恩降る。甲申、朱大典、軍を督して萊州を救い、前鋒参将祖寛、賊を沙河に破る。乙酉、萊州の囲み解く。癸巳、官軍、孔有徳を黄県に大いに破り、進みて登州を囲む。

九月丁酉、海賊劉香、福建を寇す。是の秋、陝西の賊、山西に入り、連ねて大寧・沢州・寿陽を陥とし、部を分かち河北に走り、懐慶を犯し、修武を陥とす。

冬十一月戊戌、劉香、浙江を寇す。

崇禎六年

六年春正月癸卯、曹文詔に山・陝の諸将を節制させ賊を討たせる。丁未、副将左良玉が賊を涉県で破り、賊は林県の山中に逃れ、飢えた民が争ってこれに附く。庚申、使者を遣わし直省の逋賦を分督させる。是の月、曹文詔が山西の賊を撃ち、屡々これを敗る。

二月壬申、左副都御史王志道を削籍す。癸酉、流賊が畿南を犯す。戊子、総兵官陳洪範等が登州水城を克つ。辛卯、孔有德が海に遁れ、山東平ぐ。

三月癸巳、曹文詔ら諸将に勅し、三月を限り賊を平げしむ。

夏四月己巳、延安・慶陽・平涼の新旧遼餉を免ず。壬申、総兵官鄧玘・左良玉が河南の賊を剿す。

五月乙巳、太監陳大金等を分遣し曹文詔・張応昌・左良玉・鄧玘の軍を監せしむ。壬子、孔有德及びその党耿仲明等が航海して我が大清に降る。癸丑、河套部が寧夏を犯し、総兵官賀虎臣戦死す。

六月辛酉朔、太監高起潛に寧・錦の兵餉を監視せしむ。乙丑、鄭以偉卒す。庚辰、周延儒致仕す。甲申、延綏副将李卑を援け河南を剿せしむ。庚寅、太監張彝憲が逋賦一千七百余万の催促を請う、給事中范淑泰諫むも聴かず。

秋七月甲辰、大清兵旅順を取り、総兵官黄龍之に死す。癸丑、曹文詔を大同に転鎮せしむ、山西巡撫都御史許鼎臣が文詔を留めて賊を剿かんことを請うも、許さず。

八月己巳、曹文詔が賊を済源で破り、又これを懐慶で破る。

九月庚戌、南京礼部侍郎錢士升を礼部尚書兼東閣大学士とし、機務に預からしむ。

冬十月戊辰、徐光啓卒す。

十一月癸巳、礼部侍郎王応熊・何吾騶を倶に礼部尚書兼東閣大学士とし、機務に預からしむ。辛亥、保定・河南・山西に詔し兵を会して賊を剿がしむ。壬子、賊河を渡る。乙卯、澠池を陥す。

十二月、連ねて伊陽・盧氏を陥し、分かれて南陽・汝寧を犯し、遂に湖廣に逼る。

是の年、安南貢を入る。

崇禎七年

七年春正月己丑、広鹿島副将尚可喜我が大清に降る。河南・山・陝・川・湖の五省総督を設け、延綏巡撫陳奇瑜を兵部侍郎を兼ねてこれとす。庚寅、総兵官張応昌河を渡り、賊を霊宝で破る。壬辰、賊鄖陽より漢を渡る。癸巳、襄陽を犯し、連ねて紫陽・平利・白河を陥し、南に入り四川に至る。

二月戊寅、賊は夔州を陥とし、大寧諸県は皆失守す。甲申、耤田を耕す。乙酉、張献忠は商・雒を突き、凡そ十三営、漢南に流入す。是の月、登州・萊州の饑饉を振恤し、逋賦を蠲免す。

三月丁亥朔、日食あり。甲辰、劉理順らに進士及第・出身を賜うこと差あり。乙巳、張応昌、賊を五嶺山にて撃ち、敗績す。庚戌、賊は四川より湖広に走り、副将楊世恩、石河口にてこれを追撃し敗る。山西は去年より雨なくして是の月に至り、民大いに饑う。

夏四月、賊は湖広より盧氏・霊宝に走る。癸酉、帑金を発して陝西・山西の饑饉を振恤す。

五月丙申、副将賀人龍ら、賊を藍田にて敗る。

六月辛未、総督侍郎陳奇瑜・鄖陽撫治都御史盧象昇、上津に会師し、湖広の賊を剿討す。甲戌、河、はい県に決す。是の夏、官軍は高迎祥・李自成ら諸賊を興安の車箱峡に囲むこと両月。賊は食尽き、偽りて降る。陳奇瑜これを受けて、険より出だして放つ。復た叛き、過ぐる州県を陥とす。張応昌、清水より賊を追い、敗績す。

秋七月壬辰、大清兵、上方堡に入り、宣府に至る。乙未、詔して総兵官陳洪範に居庸を守らしめ、巡撫保定都御史丁魁楚らに紫荊・雁門を守らしむ。辛丑、京師戒厳す。庚戌、大清兵、保安を克ち、沿辺の諸城堡多く守らず。

八月、総兵官尤世威らを分遣して辺境を援けしむ。戊辰、宣大総督侍郎張宗衡、各鎮の援兵を節制す。閏月甲申、賊は隆徳・固原を陥とし、参議陸夢龍、赴援して敗沒す。丁亥、大清兵、万全左衛を克つ。庚寅、師を旋して塞より出づ。壬寅、李自成、賀人龍を隴州に囲む。

九月庚申、盔甲廠に災あり。庚辰、洪承疇、隴州の囲みを解く。甲戌、賊の陝西に聚まるを以て、詔して河南兵は潼関・華陰に入り、湖広兵は商州・雒南に入り、四川兵は興安・漢中よりし、山西兵は蒲州・韓城より出で、合して剿討せしむ。

冬十月庚戌、湖広兵、漢中を援け、副将楊正芳戦死す。

十一月庚辰、陳奇瑜を逮えて獄に下し、戍を論ず。乙酉、洪承疇、五省の軍務を兼ねて摂す。是の冬、陝西の賊は分かれて湖広・河南を犯し、李自成は陳州を陥とす。

是の年、暹羅、貢を入る。

崇禎八年

八年春正月乙卯、賊は上蔡を陥とし、連ねて汜水・滎陽けいよう・固始を陥とす。己未、洪承疇、関を出でて賊を討つ。辛酉、張献忠、潁州を陥とす。丙寅、鳳陽を陥とし、皇陵の楼殿を焚き、留守朱国相等戦死す。壬申、徐州の援兵、鳳陽に至る。張献忠は廬州を犯し、尋いで廬江・無為を陥とす。李自成は帰徳に走り、羅汝才とともに復た陝西に入る。

二月、張献忠は潜山・羅田・太湖・新蔡を陥とし、応天巡撫都御史張国維これを禦ぎて退く。甲午、皇陵失守を以て、総督漕運尚書楊一鵬を逮えて獄に下し、尋いで市に棄つ。丁酉、総兵官鄧玘、賊を羅山にて敗る。是の月、曹文詔、賊を随州にて敗る。

夏四月、張献忠は復た漢中に走り、平涼・鳳翔を犯す。丁亥、鄭芝龍、海賊劉香を撃ち破り、香は自殺し、衆は悉く降る。辛卯、洪承疇、汝州に会師し、諸将を分かち部して・楚の要害を防がしむ。乙巳、川兵、樊城にて変を起こし、鄧玘自殺す。丙午、洪承疇は西還し、霊宝に師を駐む。

五月乙亥、呉宗達が致仕する。

六月己丑、官軍が乱馬川において賊と遭遇し、敗績する。壬辰、副将の艾萬年・柳國鎮が寧州の襄楽において李自成を撃つが、戦死する。丙午、曹文詔が賊を真寧の湫頭鎮まで追撃し、伏兵に遭い、力戦して死す。

秋七月甲戌、少詹事の文震孟・刑部侍郎の張至發がともに礼部侍郎兼東閣大学士となり、機務に預かる。是月、張献忠が朱陽関を突破し、総兵官の尤世威が敗績、賊は再び河南へ走る。

八月、李自成が咸陽を陥落させる。賊将の高傑が降る。壬辰、詔して監視総理の内臣を撤去することを命じ、ただ京営及び関・寧のみは従前の如し。辛丑、盧象昇が直隷・河南・山東・湖広・四川の軍務を総理する。

九月辛亥、洪承疇が副将の曹變蛟等を督して関山鎮において賊を破る。李自成は東へ走り、張献忠と合流する。壬戌、官軍が沈丘の瓦店において敗績し、総兵官の張全昌が捕らえられる。壬申、王応熊が致仕する。

冬十月庚辰、詔を下して己を罪し、武英殿に辟居し、膳を減じ楽を撤き、将士と甘苦を共にすることを示す。丙戌、戸部尚書の侯恂が新旧の逋賦の厳徴を請い、従う。辛卯、李自成が陝州を陥落させる。

十一月庚戌、何吾騶・文震孟が罷免される。庚申、南郊において天を祀る。総兵官の祖寬が汝州において賊を破る。

十二月戊寅、鳳陽に城を築く。乙酉、盧象昇・祖寬が確山において李自成を破る。戊子、左良玉が閿郷において賊を破る。癸巳、賊が江北を犯し、滁州を包囲する。乙巳、老回回ら諸賊が河南より陝西を犯し、洪承疇が臨潼においてこれを破る。

是年、安南・暹羅・琉球が入貢する。

崇禎九年

九年春正月甲寅、総理侍郎の盧象昇・祖寬が滁州を救援し、朱龍橋において賊を大破する。丁卯、前礼部侍郎の林釬が原官のまま東閣大学士を兼ね、機務に預かる。

二月、前副将の湯九州が嵩県において賊と戦い、敗死する。山西大飢饉、人相食む。乙酉、寧夏飢饉、兵変起こり、巡撫都御史の王楫を殺す。兵備副使の丁啓睿がこれを撫定する。辛卯、武挙の陳起新を給事中とする。

三月、盧象昇・祖大楽が河南の賊を剿討する。高迎祥・李自成が分かれて陝西に入り、残賊は光化より湖広へ走る。南陽の飢饉を賑恤し、山西の被災州県の新旧二餉を蠲免する。

夏四月戊子、錢士升が致仕する。

五月壬子、詔して脅従の諸賊を赦す。帰郷を願う者は護送して郷里に還し、有司に安置させる。軍に随い自ら効力を願う者は、功あれば一様に叙録する。丙辰、延綏総兵官の俞冲霄が安定において李自成を撃つが、敗績し、死す。李自成が榆林を犯すも、賀人龍がこれを撃破する。癸酉、畿内の五年以前の逋賦を免ずる。

六月乙亥、林釬卒す。甲申、吏部侍郎孔貞運、禮部尚書賀逢聖・黄士俊、ともに禮部尚書兼東閣大學士と為り、機務に預かる。己亥、総兵官解進忠、賊を淅川に撫すも、殺さる。

秋七月甲辰、内臣李國輔ら、紫荊・倒馬諸関を分守す。庚戌、成國公朱純臣、辺関を巡視す。癸丑、諸鎮に詔して星馳して入援せしむ。己未、大清兵、昌平に入り、巡関御史王肇坤ら之に死す。壬戌、陝西巡撫都御史孫傳庭、賊首高迎祥を盩厔に撃ちて擒え、京師に送りて誅に伏す。癸亥、廷臣に諭して餉を助けしむ。甲子、兵部尚書張鳳翼、援軍を督し、高起潜を総監と為す。是の月、大清兵、宝坻に入り、近畿州県を連ねて下す。

八月癸酉、勲戚文武諸臣の馬を括る。乙未、盧象昇入援し、真定に次ぐ。丙申、唐王聿鍵、兵を起こして王を勤め、還国を勒せられ、尋いで庶人に廃せらる。是の月、大清兵、塞に出づ。

九月辛酉、盧象昇を改めて宣大・山西軍務を総督せしむ。

冬十月乙亥、工部侍郎劉宗周、内臣及び大学士温体仁を論じて籍を削らる。甲申、張献忠、襄陽を犯す。丙申、銀鉄銅鉛諸鉱を開くを命ず。

十一月丁未、山東五年以前の逋賦を蠲す。

十二月、大清兵、朝鮮を征す。

是の年、洪承疇、賊を隴州に敗り、賊は慶陽・鳳翔に走る。暹羅、貢に入る。

崇禎十年

十年春正月辛丑朔、日食有り。丙午、老回回諸賊、江北に趨き、張献忠・羅汝才、襄陽より安慶を犯し、南京大いに震う。

二月甲戌、使を遣わして直省の逋賦を督む。丁酉、賊、潜山を犯し、総兵官左良玉・副使史可法、之を楓香駅に敗る。是の月、朝鮮、我が大清に降る。

三月辛亥、陝西の災を振るう。丁巳、劉同升らに進士及第・出身を賜うこと差有り。甲子、官軍安慶を援け、酆家店にて敗績す。

夏四月戊寅、大清兵、皮島を克ち、副総兵金日観、力戦して之に死し、総兵官沈冬魁、石城島に走る。癸巳、旱つ。刑獄を清む。是の月、洪承疇、賊を漢南に剿す。

閏月壬寅、群臣に勅して己を潔くし民を愛し、以て天意を回らしむ。江北の賊、分かれて河南を犯す。両広総督都御史熊文燦を兵部尚書と為し、南京・河南・山・陝・川・湖の軍務を総理せしめ、鄖陽に駐して賊を討たしむ。五月戊寅、李自成、秦州より四川を犯す。

六月戊申、温体仁致仕す。是の夏、両畿・山西大いに旱つ。

秋七月、山東・河南に蝗害あり、民大いに飢う。

八月己酉、吏部侍郎劉宇亮・禮部侍郎傅冠ともに禮部尚書となり、僉都御史薛國觀を禮部侍郎とし、ともに東閣大學士を兼ね、機務に預かる。庚申、城を閲す。

九月丙子、左良玉、賊を虹縣にて破る。辛卯、洪承疇、賊を漢中にて破る。癸巳、李自成、寧羌を陥す。

冬十月丙申、自成、七盤関より西川に入る。壬寅、昭化・劍州・梓潼を陥し、兵を分かちて潼川・江油・綿州に向かう。總兵官侯良柱戦死し、ついに彰明・鹽亭諸縣を陥す。庚戌、成都に迫る。

十一月庚辰、星変を以て修省し、直言を求む。

十二月癸卯、黃士俊致仕す。癸亥、洪承疇・曹變蛟、四川を援け、廣元に次ぐ。

是年、安南・琉球、貢を入る。