新唐書

巻四十三下 志第三十三下 地理七下

羈縻州

唐が興り、初めは四夷に手が回らなかったが、太宗が突厥を平定して以降、西北の諸蕃及び蛮夷は次第に内属し、その部落に即して州県を列置した。その大なるものは都督ととく府とし、その首領を都督・刺史となし、皆世襲を許された。貢賦版籍は多く戸部に上らないが、声教の及ぶところは、皆辺州の都督・都護が領し、令式に著されている。今、招降開置の目録を記録し、その盛んなるを以て見せしめる。その後、或いは臣となり或いは叛き、経制は一様でなく、詳しくは見られない。突厥・回紇・党項・吐谷渾で関内道に隷するものは、府二十九、州九十。突厥の別部及び奚・契丹・靺鞨・降胡・高麗で河北に隷するものは、府十四、州四十六。突厥・回紇・党項・吐谷渾の別部及び亀茲・于闐・焉耆・疏勒・河西内属諸胡・西域十六国で隴右に隷するものは、府五十一、州百九十八。羌・蛮で剣南に隷するものは、州二百六十一。蛮で江南に隷するものは、州五十一、嶺南に隷するものは、州九十二。また党項州二十四あり、その隷属を知らない。総じて府州八百五十六、これを羈縻と号す。

関内道

突厥州十九、府五。

定襄都督府(貞観四年、頡利部を分けて二とし、左部を以て置く。僑治は寧朔)。領州四(貞観二十三年、諸部を分けて州三を置く)。阿德州(阿史徳部を以て置く) 執失州(執失部を以て置く) 蘇農州(蘇農部を以て置く) 拔延州

右は夏州都督府に隷す

雲中都督府(貞観四年、頡利右部を分けて置く。僑治は朔方の境)。領州五(貞観二十三年、諸部を分けて州三を置く)。舍利州(舍利吐利部を以て置く) 阿史那州(阿史那部を以て置く) 綽州(綽部を以て置く) 思壁州 白登州(貞観末、燕然都護に隷し、後に復た来属す)

桑乾都督府(龍朔三年、定襄を分けて置く。僑治は朔方)。領州四(貞観二十三年、諸部を分けて州三を置く)。郁射州(郁射施部を以て置く。初め定襄に隷し、後に来属す) 藝失州(多地藝失部を以て置く) 卑失州(卑失部を以て置く。初め定襄に隷し、後に来属す) 叱略州

呼延都督府(貞観二十年に置く)。領州三(貞観二十三年、諸部を分けて州二を置く)。賀魯州(賀魯部を以て置く。初め雲中都督に隷し、後に来属す) 葛邏州(葛邏・挹怛部を以て置く。初め雲中都督に隷し、後に来属す) 𨁂跌州(初め都督府とし、北庭に隷す。後に州となり、来属す)

右は単于都護府に隷す

新黎州(貞観二十三年、車鼻可汗の子羯漫陀部を以て置く。初め都督府とし、後に州となる) 渾河州(永徽元年、車鼻可汗の余衆歌邏祿の烏徳鞬山左廂部落を以て置く) 狼山州(永徽元年、歌邏祿右廂部落を以て置き、都督府とし、雲中都護に隷す。顕慶三年、州となり、来属す)

堅昆都督府(貞観二十二年、沙鉢羅葉護部落を以て置く)

右は安北都護府に隷す

回紇の州十八、府九。貞観二十一年(六四七)に回紇諸部を分けて設置。

燕然州多濫葛部の地に設置。初めは都督府とし、及び雞鹿・雞田・燭龍の三州とともに燕然都護に隷属。開元元年(七一三)に来属し、回楽に僑治。 雞鹿州奚結部を以て設置し、回楽に僑治。 雞田州阿跌部を以て設置し、回楽に僑治。 東皋蘭州渾部を以て設置。初めは都督府とし、併せて延陀の余衆を以て祁連州を設置。後に都督を廃し、また東・西州に分けた。永徽三年(六五二)に皆廃止。後に東皋蘭州を再設置し、鳴沙に僑治。 燭龍州貞観二十二年(六四八)に瀚海都督の掘羅勿部を分けて設置し、温池に僑治。 燕山州温池に僑治。

右は霊州都督府に隷属。

達渾都督府、延陀部落を以て設置し、寧朔に僑治。州五を領す。姑衍州 歩訖若州 嵠彈州永徽年間(六五〇‐六五五)に延陀の散亡部落を収容して設置。 鶻州 低粟州

安化州都督府朔方に僑治。

寧朔州都督府朔方に僑治。

僕固州都督府朔方に僑治。

右は夏州都督府に隷属。

榆溪州契苾部を以て設置。 窴顏州白霫部を以て設置。 居延州白霫の別部を以て設置。 稽落州もと高闕州。斛薩部を以て設置。永徽元年(六五〇)に高闕州を廃し、改めて稽落州を設置。後にまた廃止。三年(六五二)に阿特部を以て再設置。 余吾州もと玄闕州。貞観年間(六二七‐六四九)に骨利幹部を以て設置。龍朔年間(六六一‐六六三)に改名。

浚稽州 仙萼州初めは瀚海都護に隷属し、後に来属。

瀚海都督府回紇部を以て設置。

金微都督府僕固部を以て設置。

幽陵都督府拔野古部を以て設置。

龜林都督府貞観二年(六二八)に同羅部落を以て設置。

堅昆都督府結骨部を以て設置。

右は安北都護府に隷属す。

党項州五十一、府十五。貞観三年、酋長細封歩頼内附し、其の後諸姓の酋長相率ひて亦内附し、皆其の地を列して州県を置き、松州都督府に隷す。五年又其の地を開きて州十六、県四十七を置く。又拓跋赤詞の部を以て州三十二を置く。乾封二年、吐蕃の入寇に因り、都・流・厥・調・湊・般・匐・器・邇・鍠・率・差等十二州を廃す。咸亨二年又蠶・黎二州を廃す。禄山の乱、河・隴吐蕃に陥ち、乃ち党項州の存する所を霊・慶・銀・夏の境に徙す。 清塞州 帰徳州銀州境に僑治す。

蘭池都督府

芳池都督府

相興都督府

永平都督府

旭定都督府

清寧都督府

忠順都督府

寧保都督府

静塞都督府

萬吉都督府

楽容州都督府、州一を領す。東夏州

静辺州都督府、貞観中に置く。初め隴右に在り、後慶州の境に僑治す。州二十五を領す。布州 北夏州 思義州 思楽州 昌塞州 呉州天授二年、呉・朝・帰・浮等州を置く。 朝州「朝」一に「彭」と作す。 帰州「帰」一に「陽」と作す。 浮州 祐州貞観四年に置く。県二を領す:廓川、帰定。 卑州 西帰州 嶂州貞観四年に置く。県四:洛平、顕川、桂川、顕平。 餝州 開元州 帰順州本は山南の西に在り、宝応元年梁州刺史に詣でて内附す。 淳州貞観十二年、降戸を以て洮州の境に置き、幷せて索恭・烏城の二県を置く。開元中廃し、後ち羈縻と為る。 烏籠州 恤州 嵯州貞観五年に置く。県一:相鶏。相鶏は本西懐州に隷し、貞観十年来属す。 蓋州本は西唐州、貞観四年に置き、八年名を更む。県四:湘水、河唐、曲嶺、祐川。 悦州 迴楽州 烏掌州 諾州貞観五年に置く。県三:諾川、徳帰、籬渭。

右は霊州都督府に隷属す。

芳池州都督府、〈僑治は懷安にあり、皆野利氏の種落なり。〉領する州九。寧靜州 種州 玉州〈貞觀五年に置く。縣二:玉山、帶河。〉 濮州 林州 尹州 位州〈貞觀四年に置く。縣二:位豐、西使。〉 長州 寶州

宜定州都督府、〈本は安定、後に更めて名づく。〉領する州七。党州 橋州〈貞觀六年に置く。〉 烏州 西戎州〈貞觀五年に拓拔赤詞部落を以て置く。初めは都督府と為し、後に州と為し、來屬す。〉 野利州 米州 還州

安化州都督府、領する州七。永和州 威州 旭州 莫州 西滄州〈貞觀六年に置き、八年に更めて臺州と名づけ、後に復た故の名にす。〉 琮州 儒州〈本は西鹽州、貞觀五年に拓拔部を以て置き、治むるは故の後魏洪和郡の藍川縣の地、八年に更めて名づく。開元中に廢し、後に羈縻と為る。〉

右、慶州都督府に隷す

吐谷渾州二。

寧朔州〈初め樂容都督府に隷し、代宗の時に來屬す。〉

右、夏州都督府に隷す

渾州〈儀鳳中に涼州より內附する者、金明の西境に處して置く。〉

右、延州都督府に隷す

河北道

突厥州二。

順州順義郡〈貞觀四年に突厥を平らげ、其の部落を以て順、祐、化、長の四州都督府を幽、靈の境に置く。又た北開、北寧、北撫、北安等の四州都督府を置く。六年に順州は僑治して營州の南の五柳戍にす。又た思農部を分ちて燕然縣を置き、僑治は陽曲にす。思結部を分ちて懷化縣を置き、僑治は秀容にす。順州に隷す。後に皆省く。祐、化、長及び北開等の四州も亦廢す。而して順州は僑治して幽州城中にす。歳貢は麝香。縣一:賓義。〉 瑞州〈本は威州、貞觀十年に烏突汗達干部落を以て置く。營州の境に在り。咸亨中に更めて名づく。後に僑治して良鄉の廣陽城にす。縣一:來遠。〉

右、初め營州都督府に隷す。及び李盡忠營州を陷るるに及び、順州を以て幽州都督府に隷せしめ、瑞州を宋州の境に徙す。神龍初め北還し、亦た幽州都督府に隷す。

奚州九、府一。

鮮州〈武德五年に饒樂都督府を析いて置く。僑治は潞の古縣城にす。縣一:賓從。〉 崇州〈武德五年に饒樂都督府の可汗部落を析いて置く。貞觀三年に更めて北黎州と名づけ、治むるは營州の廢陽師鎮。八年に復た故の名にす。後に鮮州と同く僑治して潞の古縣城にす。縣一:昌黎。〉 順化州〈縣一:懷遠。〉 歸義州歸德郡〈總章中に新羅戶を以て置き、僑治は良鄉の廣陽城にす。縣一:歸義。後に廢す。開元中、信安王禕契丹の李詩部落五千帳を降し、其の眾を以て復た置く。〉

奉誠都督府(もと饒樂都督府、唐初に置き、後に廃す。貞観二十二年、内属した奚の可度者部落により更めて置き、併せて別帥の五部に弱水等五州を置く。開元二十三年に更名す。)州五を領す。弱水州(阿會部により置く。) 祁黎州(處和部により置く。) 洛瓌州(奧失部により置く。) 太魯州(度稽部により置く。) 渴野州(元俟析部により置く。)

契丹州十七、府一。

玄州(貞観二十年、紇主曲據部落により置く。范陽の魯泊村に僑治す。縣一:靜蕃。) 威州(もと遼州、武徳二年、内稽部落により置く。初め燕支城に治し、後に營州城中に僑治す。貞観元年に更名す。後に良鄉の石窟堡に治す。縣一:威化。) 昌州(貞観二年、松漠部落により置き、營州の靜蕃戍に僑治す。七年に三合鎮に移し、後に安次の故常道城に治す。縣一:龍山。) 師州(貞観三年、契丹・室韋部落により置き、營州の廃陽師鎮に僑治し、後に良鄉の東閭城に僑治す。縣一:陽師。) 帶州(貞観十年、乙失革部落により置く。昌平の清水店に僑治す。縣一:孤竹。) 歸順州歸化郡(もと彈汗州、貞観二十二年、内属した契丹の別帥析紇便部により置く。開元四年に更名す。縣一:懷柔。) 沃州(載初中に昌州を分けて置く。萬歳通天元年、李盡忠に没し、開元二年に復置す。後に薊の南回城に僑治す。縣一:濱海。) 信州(萬歳通天元年、乙失活部落により置く。范陽の境に僑治す。縣一:黃龍。) 青山州(景雲元年、玄州を分けて置く。范陽の水門村に僑治す。縣一:青山。)

松漠都督府(貞観二十二年、内属した契丹窟哥部により置き、その別帥七部に峭落等八州を分置す。李盡忠の叛後廃し、開元二年に復置す。)州八を領す。峭落州(達稽部により置く。) 無逢州(獨活部により置く。) 羽陵州(芬問部により置く。) 白連州(突便部により置く。) 徒河州(芮奚部により置く。) 萬丹州(墜斤部により置く。) 疋黎州(伏部により置く。) 赤山州(伏部を分けて置く。)

歸誠州

靺鞨州三、府三。

慎州(武徳初、涑沫・烏素固部落により置く。良鄉の故都郷城に僑治す。縣一:逢龍。) 夷賓州(乾符中、愁思嶺部落により置き、良鄉の古廣陽城に僑治す。縣一:來蘇。) 黎州(載初二年、慎州を分けて置く。良鄉の故都郷城に僑治す。縣一:新黎。)

黑水州都督府(開元十四年に置く。)

渤海都督府

安靜都督府

右は初め皆營州都督に隷す。李盡忠が營州を陥すや、乃ち玄州を徐・宋の境に遷し、威州を幽州の境に遷し、昌・師・帶・鮮・信の五州を青州の境に遷し、崇・慎の二州を淄・青の境に遷し、夷賓州を徐州の境に遷し、黎州を宋州の境に遷す。河南にある者十州、神龍初に乃ち北還を命じ、二年に皆幽州都督府に隷す。

降胡州一。

凜州(天寶初に置き、范陽の境に僑治す。)

右は幽州都督府に隷す

高麗降戸州十四、府九。(太宗親征し、蓋牟城を得て蓋州を置き、遼東城を得て遼州を置き、白崖城を得て巖州を置く。師還るに及び、蓋・遼二州の人を抜きて以て帰る。高宗高麗を滅ぼし、都督府九、州四十二を置く。後に存する州は止む十四。初め、顕慶五年に百濟を平らげ、その地に熊津・馬韓・東明・金連・德安の五都督府を置き、併せて帶方州を置く。麟德後廃す。) 南蘇州 蓋牟州 代那州 倉巖州 磨米州 積利州 黎山州 延津州 木底州 安市州 諸北州 識利州 拂涅州 拜漢州

新城州都督府

遼城州都督府

哥勿州都督府

舍利州都督府

居素州都督府

越喜州都督府

去旦州都督府

建安州都督府

右は安東都護府に隷す。

隴右道

突厥の州三、府二十七。

皋蘭州(貞観二十二年、阿史徳特健部を以て置く。初め燕然都護に隷し、後に来属す。)

興昔都督府

右は涼州都督府に隷す。

特伽州、鶏洛州(開元年間にまた火抜州・葛祿州があったが、後には再び現れない)。

濛池都護府(貞観二十三年、阿史那賀魯の部落を以て瑤池都督府を置く。永徽四年に廃す。顕慶二年に賀魯を擒え、その地を分かち、都護府二・都督府八を置く。その役属する諸胡は皆州となす)。

崑陵都護府

匐延都督府(処木昆部を以て置く)。

嗢鹿州都督府(突騎施索葛莫賀部を以て置く)。

潔山都督府(突騎施阿利施部を以て置く)。

双河都督府(摂舍提暾部を以て置く)。

鷹娑都督府(鼠尼施処半部を以て置く)。

塩泊州都督府(胡祿屋闕部を以て置く)。

陰山州都督府(顕慶三年、葛邏祿の三部を分かち三府を置く。謀落部を以て置く)。

大漠州都督府(葛邏祿熾俟部を以て置く)。

玄池州都督府(葛邏祿踏實部を以て置く)。

金附州都督府(大漠州を分かちて置く)。

輪臺州都督府

金満州都督府(永徽五年、処月部落を以て州と為し、輪臺に隷す。龍朔二年に府と為す)。

咽麪州都督府(初め、玄池・咽麪は州と為り、燕然都護府に隷属す。長安ちょうあん二年(702年)に都督府と為り、北庭都護府に隷す)。

鹽祿州都督府

哥係州都督府

孤舒州都督府

西鹽州都督府

東鹽州都督府

叱勒州都督府

迦瑟州都督府

憑洛州都督府

沙陀州都督府

答爛州都督府

右は北庭都護府に隷す。

回紇州三、府一。

蹛林州(思結の別部を以て置く)、金水州、賀蘭州。

盧山都督府(思結部を以て置く)。

右は初め燕然都護府に隷属し、総章元年に涼州都督府に隷属す。

党項の州七十三、府一、県一。

馬邑州(開元十七年に設置。秦州・成州の二州の山谷の間に在り。宝応元年に成州の塩井故城に移転す)。

右は秦州都督府に隷属す。

保塞州

右は臨州都督府に隷属す。

密恭県(高宗上元三年、吐蕃に破られ、因って廃止。後に復置す)。

右は洮州に隷属す。

叢州(貞観三年に設置。県三:寧遠、臨泉、臨河。) 崌州(貞観元年、降伏した戸をもって設置。県二:江源、落稽。) 奉州(本は西仁州、貞観元年に設置、八年に名を改む。県三:奉徳、恩安、永慈。) 巌州(本は西金州、貞観五年に設置、八年に名を改む。県三:金池、甘松、丹巖。) 遠州(本は西懷州、貞観四年に設置、八年に名を改む。県二:羅水、小部川。) 麟州(本は西麟州、貞観五年に設置、八年に名を改む。県七:硤川、和善、剣具、硤源、三交、利恭、東陵。) 可州(本は西義州、貞観四年に設置、八年に名を改む。県三:義誠、清化、静方。) 闊州(貞観五年に設置。県二:闊源、落呉。) 彭州(本は洪州、貞観三年に設置、七年に名を改む。県四:洪川、帰遠、臨津、帰正。) 直州(本は西集州、貞観五年に設置、八年に名を改む。県二:集川、新川。) 肆州(貞観五年に設置。県四:帰唐、芳叢、塩水、磨山。) 序州(貞観十年に設置。) 静州(咸亨三年、内附した部落をもって設置す。)

軌州都督府(貞観二年、細封歩頼部をもって設置。県四:玉成、金原、俄徹、通川。)以上は版籍有り。

研州、探那州、忋州、毗州、河州、幹州、瓊州、犀州、龕州、陪州、如州、麻州、州、䃹州、光州、至涼州、曄州、思帝州、統州、穀邛州、達違州、萬卑州、慈州、融洮州、執州、答針州、税河州、呉洛州、斉帝州、苗州、始目州、悉多州、質州、兆州、求易州、託州、志徳州、延避州、略州、索京州、柘剛州、明桑州、白豆州、瓚州、酋和州、和昔州、祝州、索川州、拔掲州、鼓州、飛州、索渠州、目州、宝剣州、津州、柘鍾州、紀州、徽州以上は版籍無し。

右は初め松州都督府に隷属す。粛宗の時、懿・蓋・嵯・諾・嶂・祐・臺・橋・浮・寶・玉・位・儒・歸・恤及び西戎・西滄・楽容・帰徳等の州は皆内陸に移徙し、余は皆吐蕃に没す。

乾封州、帰義州、順化州、和寧州、和義州、保善州、寧定州、羅雲州、朝鳳州(以上、宝応元年に内附す。) 永定州(永泰元年、永定等十二州の部落が内附し、州十五を分置す。) 宜芳州(余は欠く。)

右(欠く。)

吐谷渾の州一。

閤門州。

右は涼州都督府に隷す。

四鎮都督府、州三十四。咸亨元年、吐蕃安西を陥とす、因って四鎮を罷む、長壽二年復た置く。

龜茲都督府、貞觀二十年龜茲を平らげて置く。州九を領す。闕。

毗沙都督府、本は于闐國、貞觀二十二年內附し、初め州五を置き、高宗上元二年府を置き、州を析いて十となす。州十を領す。闕。

焉耆都督府。貞觀十八年焉耆を滅ぼして置く。碎葉城有り、調露元年、都護王方翼築く、四面十二門、屈曲隱出伏沒の状を為すと云ふ。

疏勒都督府、貞觀九年疏勒內附して置く。州十五を領す。闕。

河西內屬の諸胡、州十二、府二。

烏壘州、和墨州、溫府州、蔚頭州、遍城州、耀建州、寅度州、豬拔州、達滿州、蒲順州、郢及滿州、乞乍州。

媯塞都督府。

渠黎都督府。

西域府十六、州七十二。龍朔元年、隴州南由令王名遠を以て吐火羅道州縣使と為し、于闐より以西、波斯より以東、凡そ十六國、其の王都を以て都督府と為し、其の屬部を以て州縣と為す。凡そ州八十八、縣百十、軍・府百二十六。

月支都督府、吐火羅葉護阿緩城を以て置く。州二十五を領す。藍氏州鉢勃城を以て置く。、大夏州縛叱城を以て置く。、漢樓州俱祿犍城を以て置く。、弗敵州烏邏氈城を以て置く。、沙律州咄城を以て置く。、媯水州羯城を以て置く。、盤越州忽婆城を以て置く。、忸密州烏羅渾城を以て置く。、伽倍州摩彥城を以て置く。、粟特州阿捺臘城を以て置く。、鉢羅州蘭城を以て置く。、雙泉州悉計蜜悉帝城を以て置く。、祀惟州昏磨城を以て置く。、遲散州悉蜜言城を以て置く。、富樓州乞施巘城を以て置く。、丁零州泥射城を以て置く。、薄知州析面城を以て置く。、桃槐州阿臘城を以て置く。、大檀州頰厥伊城具闕達官部落を以て置く。、伏盧州播薩城を以て置く。、身毒州乞澀職城を以て置く。、西戎州突厥施怛駃城を以て置く。、篾頡州騎失帝城を以て置く。、疊仗州發部落城を以て置く。、苑湯州拔特山城を以て置く。

大汗都督府、嚈噠部落活路城を以て置く。州十五を領す。附墨州弩那城を以て置く。、奄蔡州胡路城を以て置く。、依耐州婆多楞薩達健城を以て置く。、犂州少俱部落を以て置く。、榆令州烏模言城を以て置く。、安屋州遮瑟多城を以て置く。、罽陵州數始城を以て置く。、碣石州迦沙紛遮城を以て置く。、波知州羯勞支城を以て置く。、烏丹州烏捺斯城を以て置く。、諾色州速利城を以て置く。、迷蜜州順問城を以て置く。、盻頓州乍城を以て置く。、宿利州頌施谷部落を以て置く。、賀那州汗曜部落を以て置く。

條支都督府、訶達羅支國伏寶瑟顛城を以て置く。州九を領す。細柳州護聞城を以て置く。、虞泉州贊候瑟顛城を以て置く。、犂蘄州據瑟部落を以て置く。、崦嵫州遏忽部落を以て置く。、巨雀州烏離難城を以て置く。、遺州遺蘭部落を以て置く。、西海州郝薩大城を以て置く。、鎮西州活恨部落を以て置く。、乾陀州縛狼部落を以て置く。

天馬都督府(解蘇国の数瞞城に置く)。二州を領す。洛那州(忽論城に置く)。束離州(達利薄紇城に置く)。

高附都督府(骨咄施の沃沙城に置く)。二州を領す。五翖州(葛邏犍城に置く)。休蜜州(烏斯城に置く)。

脩鮮都督府(罽賓国の遏紇城に置く)。十州を領す。毗舍州(羅漫城に置く)。陰米州(賤那城に置く)。波路州(和藍城に置く)。龍池州(遺恨城に置く)。烏弋州(塞奔你邏斯城に置く)。羅羅州(濫犍城に置く)。檀特州(半製城に置く)。烏利州(勃逸城に置く)。漠州(鶻換城に置く)。懸度州(布路犍城に置く)。

寫鳳都督府(帆延国の羅爛城に置く)。四州を領す。嶰谷州(肩捺城に置く)。泠淪州(俟麟城に置く)。悉萬州(縛時伏城に置く)。鉗敦州(未臘薩旦城に置く)。

悅般州都督府(石汗那国の豔城に置く)。雙靡州を領す(俱蘭城に置く)。

奇沙州都督府(護時犍国の遏蜜城に置く)。二州を領す。はい隸州(漫山城に置く)。大秦州(叡蜜城に置く)。

姑墨州都督府(怛沒国の怛沒城に置く)。栗弋州を領す(弩羯城に置く)。

旅獒州都督府(烏拉喝国の摩竭城に置く)。

崑墟州都督府(多勒建国の低寶那城に置く)。

至拔州都督府(俱蜜国の褚瑟城に置く)。

鳥飛州都督府(護蜜多国の摸逵城に置く)。鉢和州を領す(娑勒色訶城に置く)。

王庭州都督府(久越得犍国の歩師城に置く)。

波斯都督府(波斯国の疾陵城に置く)。

右は安西都護府に隷す。

劍南道

羌族の州百六十八。

西雅州(貞観五年に置く。県三:新城、三泉、石龍。) 蛾州(貞観五年に置く。県二:常平、那川。) 拱州(顕慶元年に鉢南伏浪恐部を以て置く。) 劍州(永徽五年に大首領凍就の部落を以て置く。)

右は松州都督府に隷す。

塗州(武徳元年に臨塗羌の内附に因りて置き、臨塗・端源・婆覧の三県を領す。貞観元年に州廃し、県も亦省く。二年に茂州の端源戍を分ちて復置す。県三:端源、臨塗、悉隣。) 炎州(本は西封州、貞観五年に生羌を開きて置き、八年に更めて名づく。県三:大封、慕仙、義川。) 徹州(貞観六年に西羌董洞貴の部落を以て置く。県三:文徹、俄耳、文進。) 向州(貞観五年に生羌を以て置く。県二:貝左、向貳。) 冉州(本は西冉州、貞観六年に徼外の斂才羌の地を以て置き、八年に更めて名づき、九年に第して冉州と為す。県四:冉山、磨山、玉溪、金水。) 穹州(本は西博州、貞観五年に生羌を以て置き、八年に更めて名づく。県五:小川、徹當、璧川、當博、恭耳。) 笮州(本は西恭州、貞観七年に白狗羌の戸を以て置き、八年に更めて名づく。県三:遂都、亭勸、比思。) 蓬魯州(永徽二年、特浪生羌の董悉奉求・辟惠生羌の卜檐莫等の種落万余戸が内附し、又州三十二を分置す。) 姜州 恕州 葛州 勿州 鞮州 占州 達州 浪州 邠州 斂州 補州 頼州 那州 挙州 多州 爾州 射州 鐸州 平祭州 時州 箭州 婆州 浩州 質州 居州 可州 宕州 帰化州 柰州 竺州 卓州

右は茂州都督府に隷す。

思亮州 杜州 初漢州 孚川州 渠川州 丘盧州 祐州 計州 龍施州 月亂州 浪彌州 月邊州 團州 櫃州 威川州 米羌州

右は巂州都督府に隷す。

當馬州(此の下二十一州は、天寶前に置く。) 林波州 中川州 林燒州 鉗矢州 會野州 當仁州 金林州 東嘉梁州 西嘉梁州 東石乳州 西石乳州 涉邛州 汶東州 費林州 徐渠州 彊雞州 長臂州 楊常州 羅巖州(初め黎州都督に隷し、後に来属す。) 雉州 椎梅州(此の下三十六州は、開元後に置く。) 三井州 束鋒州 名配州 鉗恭州 斜恭州 畫重州 羅林州 籠羊州 龍逢州 敢川州 驚川州 楇眉州 木燭州 當品州 嚴城州 昌磊州 鉗幷州 作重州 楇林州 三恭州 布嵐州 欠馬州 羅蓬州 論川州 讓川州 遠南州 卑廬州 夔龍州 耀川州 金川州 鹽井州 涼川州 夏梁州 甫和州 橛查州

右は雅州都督府に隷す。

奉上州(此の下二十二州は、開元前に置く。) 輒榮州 劇川州 合欽州 蓬口州 博盧州 明川州 胣䏢州 蓬矢州 大渡州 米川州 木屬州 河東州 甫嵐州 昌明州 歸化州(初め巂州に隷し、後に来属す。) 象川州 叢夏州 和良州 和都州 附樹州 東川州 上貴州(此の下二十八州は、開元十七年に置く。) 滑川州 比川州 吉川州 甫萼州 比地州 蒼榮州 野川州 邛凍州 貴林州 牒珍州 浪彌州 郎郭州 上欽州 時蓬州 儼馬州 邛川州 護邛州 脚川州 開望州 上蓬州 比蓬州 剝重州 久護州 瑤劍州 明昌州 護川州 索古州(此の下三州は、大和以前に置く。) 諾柞州 柏坡州

右は黎州都督府に隷す。

諸蠻の州九十二。(皆城邑なく、椎髻皮服す。惟だ都督府に来集するときは、則ち衣冠華人の如し。)

南寧州(漢代の夜郎の地。武徳元年に南中を開き、旧同楽県の地により置き、味に治す。四年に総管府を置く。五年に益州に僑治す。八年に再び味に治し、郎州と改名す。貞観元年に都督を廃す。開元五年に旧名に復す。天宝末に蛮に没し、廃止さる。唐末に清渓鎮に州を再置し、黔州より二十九日行程。県七:味、同楽、升麻、同起、新豊、隴堤、泉麻。)昆州(本来隋代に置き、隋の乱により廃す。武徳元年に南中を開き、再置す。土貢:牛黄。県四:益寧、晋寧、安寧、秦臧。滇池あり、晋寧に在り。その秦臧は、則ち故臧漢の地なり。)棃州(本来西寧州、武徳七年に南寧州の二県を分けて置き、貞観八年に改名す。北は昆州に接す。県二:梁水、絳。)匡州(本来南雲州、武徳七年に置き、貞観八年に改名す。漢代の永昌郡の地。県二:勃弄、匡川。)髳州(本来西濮州、武徳四年に置き、貞観十一年に改名す。漢代の越巂郡の地、南は姚州に接す。県四:濮水、青蛉、岐星、銅山。)尹州(武徳四年に置く、北は髳州に接す。県五:馬邑、天池、塩泉、百泉、涌泉。)曾州(武徳四年に置く、西は匡州に接す。県五:曾、三部、神泉、龍亭、長和。)鉤州(本来南龍州、武徳七年に置き、貞観十一年に改名す。東北は昆州に接す。県二:望水、唐封。)裒州(武徳七年に置く。本来弄棟の地、南は姚州に接す。県二:楊彼、樂彊。)宗州(本来西宗州、武徳七年に置き、貞観十一年に順序を宗州とす。北は姚州に接す。県三:宗居、石塔、河西。)微州(本来西利州、武徳七年に置き、貞観十一年に改名す。北は縻州に接す。県二:深利、十部。)縻州(本来西州、武徳七年に置き、貞観三年に改名す。南は姚州に接す。初め都督府と為り、縻・望・謻羅の三州を督し、後に都督を廃す。県二:磨豫、七部。)望州(貞観末に諸蛮の内附により、傍州と共に置き、初め郎州都督に隷し、後に来属す。)謻羅州 盤州(本来西平州、武徳四年に置き、貞観八年に改名す。故興古郡の地、その南は交州。県三:附唐、平夷、盤水。)麻州(貞観二十二年に郎州を分けて置く。)英州 聲州 勤州 傍州(貞観二十三年、諸蛮の末徒莫祗・儉望の二種落が内附し、傍・望・求・丘・覧の五州を置く。)求州 丘州 覧州 咸州 瀘慈州 帰武州 厳州 湯望州 武徳州 奏龍州 武鎮州(本来武恆、穆宗の諱を避けて改む。)南唐州 連州(県六:当為、都寧、邏遊、羅龍、加平、清坎。)南州(盈州を分けて置く。県三:播政、百栄、洪盧。)徳州(志州を分けて置く。県二:羅連、万巖。)為州(扶徳州を分けて置く。県二:扶、羅僧。)洛州(鏡州を分けて置く。県四:臨津、賓夷、曾城、葱薬。)移州(悦州を分けて置く。県三:移当、臨河、湯陵。)悦州(県六:甘泉、青賓、臨川、悦水、夷鄰、胡璠。)鏡州(県六:夷郎、賓唐、渓琳、琮連、池臨、野幷。)筠州(県八:塩水、筠山、羅余、臨居、澄瀾、臨崑、唐川、尋源。)志州(「志」は一に「総」と作す。県四:浮萍、鶏惟、夷賓、河西。)盈州(県四:盈川、塗賽、播陵、施燕。)武昌州(県七:洪武、羅虹、琅林、夷朗、来賓、羅新、綺婆。)扶徳州(県三:宋水、扶徳、阿陰。)播朗州(鞏州を分けて置く。県三:播勝、従顔、順化。)信州 居州 炎州 馴州(県五:馴禄、天池、方陀、羅蔵、播騁。)騁州(県二:斛木、羅相。)浪川州(貞元十三年、節度使韋皋が上表して置く。県五:郎浪、郎違、何度、郎仁、因閤。)協州(本来隋代に置き、隋の乱により廃す。武徳元年に南中を開き再置し、県三:東安、西安、胡津。)靖州(協州を分けて置く。県二:靖川、分協。)曲州(本来恭州、隋代に置き、隋の乱により廃す。武徳元年に南中を開き再置し、八年に改名す。故朱提郡、北は協州に接す。県二:朱提、唐興。朱提は、本来安上、武徳七年に改名す。)播陵州(盈州を分けて置く。)鉗州(開辺県を分けて置く。)哥霊州 滈州(県三:拱平、掃宮、羅谷。)切騎州(県四:柳池、奏禄、縻託、通識。)品州(県三:八秤、松花、牧。)従州(県六:従花、昆池、武安、羅林、梯山、南寧。)牱連州(県三:牱連、羅名、新戍。)碾衞州(県三:麻金、碾衞、涪麻。)

右は戎州都督府に隷す

于州(武徳四年に古滇王の国民多く姚姓なるを以て、因りて姚州都督を置き、併せて十三州を置く。)異州 五陵州 䄂州 和往州 舍利州 范鄧州 野共州 洪郎州 日南州 眉鄧州 邆備州 洛諾州

右は姚州都督府に隷す

納州都寧郡(儀鳳二年に山洞を開いて置く。県八:羅圍、播羅、施陽、都寧、羅當、羅藍、都、胡茂。先天二年に薩・晏・鞏の諸州と共に皆羈縻州に降格す。) 薩州黄池郡(儀鳳二年に生獠を招いて置く。県二:黄池、播陵。) 晏州羅陽郡(儀鳳二年に生獠を招いて置く。県七:思峩、牱陰、新賓、扶來、思晏、哆罔、羅陽。) 鞏州因忠郡(儀鳳二年に山洞を開いて置く。県五:哆摟、都檀、波婆、比求、播郎。) 奉州(儀鳳二年に山洞を開いて置く。県二:牱里、邏蓬。) 浙州(儀鳳二年に山洞を開いて置く。県四:浙源、越賓、洛川、鱗山。) 順州(載初二年に置く。県五:曲水、順山、霊巌、来猿、龍池。) 思峩州(天授二年に置く。県二:多溪、洛溪。) 淯州(久視元年に置く。県四:新定、淯川、固城、居牢。) 能州(大足元年に置く。県四:長寧、来銀、菊池、猿山。) 高州(県三:牱巴、移甫、徒西。) 宋州(県四:牱龍、牱支、宋水、盧吾。) 長寧州(県四:婆員、波居、青盧、羅門。) 定州(県二:支江、扶德。)

右は瀘州都督府に隷属す。

江南道

諸蛮州五十一。

牂州(武徳三年に牂柯の首領謝龍羽の地に置き、四年に柯州と改名し、後に元の名に復す。初め、牂・琰・莊・充・応・矩の六州は皆下州と為し、開元中に牂・琰・莊を羈縻州に降格し、天宝三載にまた充・応・矩を羈縻州に降格す。県三:建安、賓化、新興。建安は本は牂柯なり、武徳二年に改名す。新興は州と同時に置く。) 琰州(貞観四年に置く。県五:武侯、望江、応江、始安、東南。貞観中にまた隆昆・琰川の二県を領し、後に省く。) 莊州(本は南寿州、貞観三年に南謝蛮の首領謝彊の地に置き、四年に改名し、十一年に都督府と為し、景龍二年に都督を罷む。故に隋の牂柯郡の地なり。南百里に桂嶺関あり。県七:石牛、南陽、軽水、多楽、楽安、石城、新安。貞観中にまた清蘭県を領し、後に省く。) 充州(武徳三年に牂柯蛮の別部を以て置く。県七:平蛮、東停、韶明、牂柯、東陵、辰水、思王。) 応州(貞観三年に東謝の首領謝元深の地に置く。県五:都尚、婆覧、応江、陁隆、羅恭。) 矩州(武徳四年に置く。) 明州(貞観中に西趙の首領趙磨酋の地に置く。) 蒍州 労州 羲州 福州 犍州 邦州 清州 峩州 蛮州(県一:巴江。) [上山下歐]州(「[上山下歐]」は一に「鼓」と作る。) 濡州 琳州(県三:多梅、古陽、多奉。) 鸞州 令州 那州 暉州 都州 総州(咸亨三年、昆明十四姓が戸二万を率いて内属し、分けて置く。) 敦州(咸亨三年に内属した昆明部を分けて置く。県六:武寧、溝水、古質、昆川、叢燕、孤雲。) 殷州(咸亨三年に昆明部を分けて置き、後に廃す。開元十五年に戎州を分けて復置し、後にまた廃す。貞元二年、節度使韋皋が表を上って復置を請う。故に南漢の境なり。県五:殷川、東公、龍原、韋川、賓川。初めは敦州と共に皆戎州都督に隷属し、後に来属す。) 候州 晃州 樊州 稜州 添州 普寧州 功州 亮州 茂龍州 延州 訓州 卿州(貞観十五年置。) 双城州 整州 懸州 撫水州(県四:撫水、古労、多蓬、京水。) 思源州 逸州 南平州 勲州 襲州 宝州(万歳通天二年に昆明夷の内附に因りて置く。) 姜州 鴻州(県五:楽鴻、思翁、都部、新庭、臨川。)

右は黔州都督府に隷属す。

嶺南道

諸蛮州九十二。

紆州(県六:東区、吉陵、賓安、南山、都邦、紆質。) 帰思州 思順州(県五:羅遵、履博、都恩、吉南、許水。) 蕃州(県三:蕃水、都伊、思寮。) 温泉州温泉郡(土貢:金。県二:温泉、洛富。) 述昆州(土貢:桂心。県五:夷蒙、夷水、古桂、臨山、都隴。) 格州

右は桂州都督府に隷属す。

椳州(県八:正平、富平、龍源、思恩、饒勉、武招、都象、歌良。) 帰順州(本は帰淳、元和初年に改名す。) 思剛州 候州 帰誠州 倫州 石西州 思恩州 思同州 思明州(県一:顕川。) 万形州 万承州 上思州 談州 思琅州 波州 員州 功饒州 万徳州 左州 思誠州 𩹄州 帰楽州 青州 得州 七源州

右は邕州都督府に隷属す。

德化州(永泰二年、林覩符の部落を以て置く。縣二:德化、歸義。) 郎茫州(永泰二年、林覩符の部落を分ちて置く。縣二:郎茫、古勇。) 龍武州(大曆年中、潘歸國の部落を以て置く。縣二:龍丘、福宇。) 歸化州(縣四:歸朝、洛都、落回、落巍。) 郡州(土貢:白鑞、孔雀尾。縣二:郡口、樂安。) 萬泉州(縣一:陸水。) 思農州(縣三:武郎、武容、武全。) 為州(縣三:都龍、漢會、武零。) 西原州(縣三:羅和、古林、羅淡。) 林西州(縣二:林西、甘橘。) 思廓州(縣三:都寧、昆陽、羅方。) 武靈州(縣三:文葛、甘郎、蘇物。) 新安州(縣三:歸化、賓陽、安德。) 金廓州(縣三:羅嘉、文龍、祿榮。) 提上州(縣三:長賓、提頭、朱綠。) 甘棠州(縣一:忠誠。) 武定州(縣三:福祿、柔遠、康林。) 都金州(縣四:溫泉、嘉陵、甘陽、都金。) 諒州(縣二:武興、古都。) 武陸州(開成三年、都護馬植表を以て武陸縣を置く。) 平原州(開成四年、都金州の平原館を分ちて置く。縣三:龍石、平林、龍當。) 龍州 武定州 真州 信州 思陵州 祿州(中宗の時に單樂縣有り、後に省く。) 南平州 西平州 門州 餘州 巋州 金隣州(儀鳳元年に置く。) 暑州 羅伏州 儋陵州 樊德州 金龍州 哥富州(貞元十二年に置く。) 尚思州(貞元十二年に置く。) 安德州(貞元十二年に置く。)

右は安南都護府に隷す。

右は峯州都督府に隷す。

唐が羈縻諸州を置くは、皆塞外の傍らに在り、或いは夷落に名を寓す。而して四夷の中国と通ずる者甚だ衆く、将臣の征討する所、勅使の慰賜する所、宜しく其の出づる所を記すべき有らん。天宝中、玄宗諸蕃国の遠近を問ひ、鴻臚卿王忠嗣西域図を以て対ふるに、纔かに十数国なり。其の後貞元の宰相賈耽方域道里の数を考ふるに最も詳しく、辺州より四夷に入り、鴻臚に於いて通訳する者、畢く記せざる莫し。其の四夷に入る路と関戍走集の最も要なる者七:一に曰く営州より安東道に入る、二に曰く登州海行して高麗渤海道に入る、三に曰く夏州塞外より大同雲中道に通ず、四に曰く中受降城より回鶻道に入る、五に曰く安西より西域道に入る、六に曰く安南より天竺道に通ず、七に曰く広州より海夷道に通ず。其の山川聚落、封略遠近、皆其の目を概挙す。州縣名有りて前に録せざる所は、或いは夷狄の自ら名づくるところなり。

営州西北百里を松陘嶺と曰ひ、其の西は奚、其の東は契丹なり。営州より北四百里に至りて湟水に至る。営州より東百八十里に至りて燕郡城に至る。又汝羅守捉を経て、遼水を渡り安東都護府に至る五百里。府は、故に漢の襄平城なり。東南平壤城に至る八百里、西南都里海口に至る六百里、西建安城に至る三百里(故に中郭縣なり)、南鴨淥江北の泊汋城に至る七百里(故に安平縣なり)。都護府より東北古蓋牟・新城を経、又渤海の長嶺府を経て、千五百里にして渤海王城に至る。城は忽汗海に臨み、其の西南三十里に古肅慎城有り、其の北徳理鎮を経て、南黒水靺鞨に至る千里。

登州より東北海行し、大謝島・龜歆島・末島・烏湖島を過ぐること三百里。北烏湖海を渡り、馬石山の東の都里鎮に至ること二百里。東海壖に傍ひ、青泥浦・桃花浦・杏花浦・石人汪・橐駝湾・烏骨江を過ぐること八百里。乃ち南海壖に傍ひ、烏牧島・貝江口・椒島を過ぎ、新羅西北の長口鎮を得る。又秦王石橋・麻田島・古寺島・得物島を過ぎ、千里にして鴨淥江唐恩浦口に至る。乃ち東南陸行し、七百里にして新羅王城に至る。鴨淥江口より舟行すること百余里、乃ち小舫にて流れを泝り東北三十里にして泊汋口に至り、渤海の境を得る。又流れを泝ること五百里、丸都縣城に至る(故に高麗王都なり)。又東北流れを泝ること二百里、神州に至る。又陸行四百里、顕州に至る(天宝中、王の都とす)。又正北より東の如く六百里、渤海王城に至る。

夏州より北烏水を渡り、賀麟澤・拔利干澤を経、沙を過ぎ、次いで内横剗・沃野泊・長澤・白城を経て、百二十里にして可朱渾水源に至る。又故陽城澤・横剗北門・突紇利泊・石子嶺を経て、百余里にして阿頽泉に至る。又大非苦塩池を経て、六十六里にして賀蘭驛に至る。又庫也干泊・彌鵝泊・榆祿渾泊を経て、百余里にして地頽澤に至る。又歩拙泉故城を経て、八十八里にして烏那水を渡り、胡洛塩池・紇伏干泉を経て、四十八里にして庫結沙を度る(一に普納沙と曰ふ)、二十八里にして横水を過ぎ、五十九里にして十賁故城に至り、又十里にして寧遠鎮に至る。又屯根水に渉り、五十里にして安楽戍に至る(戍は河西壖に在り、其の東壖に古大同城有り)。今の大同城は故に永済柵なり。北大泊を経て、十七里にして金河に至る。又故後魏沃野鎮城を経て、金河に傍ひ、古長城を過ぎ、九十二里にして吐俱麟川に至る。水に傍ひて行き、破落汗山・賀悦泉を経て、百三十一里にして歩越多山に至る。又東北二十里にして纈特泉に至る。又東六十里にして賀人山に至る(山西の磧口に詰特犍泊有り)。吐俱麟川の水西に城有り、城東南より拔厥那山を経て、二百三十里にして帝割達城に至る。又東北諾真水汊に至る。又東南百八十七里、古可汗城を経て鹹澤に至る。又東南烏咄谷を経て、二百七里にして古雲中城に至る。又西五十五里に綏遠城有り。皆霊・夏以北の蕃落の居る所なり。

中受降城の真北より東へ八十里、呼延谷あり、谷の南口に呼延柵あり、谷の北口に帰唐柵あり、車道なり、回鶻に入る使の経由する所。また五百里で鷿鵜泉に至り、また十里で磧に入り、麚鹿山・鹿耳山・錯甲山を経て、八百里で山鷰子井に至る。また西北に密粟山・達旦泊・野馬泊・可汗泉・横嶺・綿泉・鏡泊を経て、七百里で回鶻の衙帳に至る。

また別道は鷿鵜泉より北に公主城・眉間城・怛羅思山・赤崖・鹽泊・渾義河・爐門山・木燭嶺を経て、千五百里でもまた回鶻の衙帳に至る。東に平野あり、西は烏徳鞬山に拠り、南は嗢昆水に依り、北へ六七百里で仙娥河に至る、河北岸に富貴城あり。また真北より東へ雪山の松樺林及び諸泉泊を過ぎ、千五百里で骨利幹に至り、また西へ十三日行で都播部落に至り、また北へ六七日で堅昆部落に至る、牢山・劍水あり。

また衙帳より東北に仙娥河を渡り、二千里で室韋に至る。骨利幹の東、室韋の西に鞠部落あり、また祴部落とも曰う。その東十五日行に俞折國あり、これも室韋部落なり。また真北十日行に大漢國あり、また北に骨師國あり。骨利幹・都播二部落の北に小海あり、氷堅の時は馬行八日で渡ることができる。海の北は大山多く、その民の状貌は甚だ偉大で、風俗は骨利幹に類し、昼長くして夕べ短し。

回鶻に延姪伽水あり、一に延特勒泊と曰い、延特勒郍海と曰う。烏徳鞬山の左右の嗢昆河・獨邏河は皆屈曲して東北に流れ、衙帳の東北五百里で合流する。泊の東北千余里に俱倫泊あり、泊の四面は皆室韋なり。

安西より西に出でて柘厥関を経て、白馬河を渡り、百八十里西に進みて俱毗羅磧に入る。苦井を経て、百二十里で俱毗羅城に至る。また六十里で阿悉言城に至る。また六十里で撥換城に至る、一に威戎城と曰い、姑墨州と曰い、南は思渾河に臨む。ここより西北に撥換河・中河を渡り、思渾河より百二十里隔てて、小石城に至る。また二十里で于闐の境の胡蘆河に至る。また六十里で大石城に至る、一に于祝と曰い、温肅州と曰う。また西北三十里で粟樓烽に至る。また四十里で抜達嶺を度る。また五十里で頓多城に至る、烏孫の治めたる赤山城なり。また三十里で真珠河を渡り、また西北に乏驛嶺を度り、五十里で雪海を渡り、また三十里で碎卜戍に至り、碎卜水に沿って五十里で熱海に至る。また四十里で凍城に至り、また百一十里で賀獵城に至り、また三十里で葉支城に至り、谷を出て碎葉川口に至り、八十里で裴羅将軍城に至る。また西二十里で碎葉城に至る、城の北に碎葉水あり、水の北四十里に羯丹山あり、十姓可汗は毎に君長をここに立てる。碎葉より西十里で米國城に至り、また三十里で新城に至り、また六十里で頓建城に至り、また五十里で阿史不來城に至り、また七十里で俱蘭城に至り、また十里で稅建城に至り、また五十里で怛羅斯城に至る。

撥換・碎葉より西南に渾河を渡り、百八十里に濟濁館あり、故に和平鋪なり。また故達幹城を経て、百二十里で謁者館に至る。また六十里で據史徳城に至る、龜茲の境なり、一に鬱頭州と曰い、赤河北岸の孤石山にある。赤河を渡り、岐山を経て、三百四十里で葭蘆館に至る。また達漫城を経て、百四十里で疏勒鎮に至る、南北西の三面に皆山あり、城は水中にある。城の東にまた漢城あり、これも灘上にある。赤河は疏勒西の葛羅嶺より来たり、城の西に至り分流し、城の東北で合流し、據史徳界に入る。撥換より南へ東へ、崑崗を経て、赤河を渡り、また西南に神山・睢陽・鹹泊を経て、また南に疎樹を経て、九百三十里で于闐鎮城に至る。

于闐の西五十里に葦関あり、また西に勃野を経て、西北に繫館河を渡り、六百二十里で郅支満城に至る、一に磧南州と曰う。また西北に苦井・黄渠を経て、三百二十里で双渠に至る、故に羯飯館なり。また西北に半城を経て、百六十里で演渡州に至り、また北八十里で疏勒鎮に至る。疏勒より西南に劍末谷・青山嶺・青嶺・不忍嶺に入り、六百里で葱嶺守捉に至る、故に羯盤陀國、開元中に守捉を置く、安西の極辺の戍なり。寧弥故城あり、一に達徳力城と曰い、汗弥國と曰い、拘弥城と曰う。于闐の東三百九十里に建徳力河あり、東七百里に精絶國あり。于闐の西南三百八十里に皮山城あり、北は姑墨と接す。凍凌山は于闐国の西南七百里にある。また于闐の東三百里に坎城鎮あり、東六百里に蘭城鎮あり、南六百里に胡弩鎮あり、西二百里に固城鎮あり、西三百九十里に吉良鎮あり。于闐は東は且末鎮より千六百里を距つ。焉耆より西五十里で鉄門関を過ぎ、また二十里で于術守捉城に至り、また二百里で榆林守捉に至り、また五十里で龍泉守捉に至り、また六十里で東夷僻守捉に至り、また七十里で西夷僻守捉に至り、また六十里で赤岸守捉に至り、また百二十里で安西都護府に至る。

また一路は沙州寿昌県より西十里で陽関故城に至り、また西で蒲昌海南岸に千里。蒲昌海南岸より、西に七屯城を経る、漢の伊脩城なり。また西八十里で石城鎮に至る、漢の楼蘭國なり、また鄯善とも名づく、蒲昌海南三百里にあり、康豔典が鎮使となり西域に通じた者なり。また西二百里で新城に至る、また弩支城とも謂う、豔典の築く所なり。また西に特勒井を経て、且末河を渡り、五百里で播仙鎮に至る、故に且末城なり、高宗上元年中に改名す。また西に悉利支井・祅井・勿遮水を経て、五百里で于闐東の蘭城守捉に至る。また西に移杜堡・彭懐堡・坎城守捉を経て、三百里で于闐に至る。

安南より交趾・太平を経て、百余里で峯州に至る。また南田を経て、百三十里で恩樓縣に至り、ここより水路四十里で忠城州に至る。また二百里で多利州に至り、また三百里で朱貴州に至り、また四百里で丹棠州に至る。これらは皆、生獠の地である。また四百五十里で古湧歩に至る。水路による安南からの距離は、総計千五百五十里である。また百八十里、浮動山・天井山を経る。山上の夾道には皆天井があり、跬歩を容れぬ間隔が三十里続く。二日行程で湯泉州に至る。また五十里で祿索州に至り、また十五里で龍武州に至る。これらは皆、爨蠻の安南境内である。また八十三里で儻遲頓に至り、さらに八平城を経て、八十里で洞澡水に至る。また南亭を経て、百六十里で曲江に至る。ここは劍南の地である。また通海鎮を経て、百六十里、海河・利水を渡り絳縣に至る。また八十里で晉寧驛に至る。ここは戎州の地である。また八十里で柘東城に至り、また八十里で安寧故城に至り、また四百八十里で雲南城に至り、また八十里で白崖城に至り、また七十里で蒙舍城に至り、また八十里で龍尾城に至り、また十里で大和城に至り、また二十五里で羊苴咩城に至る。

羊苴咩城より西へ永昌故郡まで三百里。また西へ怒江を渡り、諸葛亮城まで二百里。また南へ楽城まで二百里。さらに驃國境に入り、萬公等八部落を経て、悉利城まで七百里。また突旻城を経て驃國まで千里。また驃國より西へ黒山を越え、東天竺の迦摩波國まで千六百里。また西北へ迦羅都河を渡り、奔那伐檀那國まで六百里。また西南へ中天竺國東境の恆河南岸にある羯朱嗢羅國まで四百里。また西へ摩羯陀國まで六百里。

一路は諸葛亮城より西へ騰充城まで二百里。また西へ彌城まで百里。また西へ山を越え、二百里で麗水城に至る。ここより西へ麗水・龍泉水を渡り、二百里で安西城に至る。ここより西へ彌諾江水を渡り、千里で大秦婆羅門國に至る。また西へ大嶺を渡り、三百里で東天竺北界の箇沒盧國に至る。また西南へ千二百里で、中天竺國東北境の奔那伐檀那國に至り、驃國より婆羅門に至る路と合流する。

一路は驩州より東へ二日行程で、唐林州安遠縣に至り、南行して古羅江を経て、二日行程で環王國の檀洞江に至る。また四日で朱崖に至り、また単補鎮を経て、二日で環王國城に至る。ここはかつて漢の日南郡の地である。

驩州より西南へ三日行程で、霧溫嶺を越え、また二日行程で棠州日落縣に至る。また羅倫江及び古朗洞の石蜜山を経て、三日行程で棠州文陽縣に至る。また漦漦澗を経て、四日行程で文單國の算臺縣に至る。また三日行程で文單外城に至り、また一日行程で内城に至る。これを陸真臘といい、その南に水真臘がある。また南へ小海に至り、その南に羅越國があり、また南へ大海に至る。

廣州より東南海行二百里で屯門山に至り、ここより帆風にて西行二日で九州石に至る。また南へ二日で象石に至る。また西南へ三日行程で、占不勞山に至る。この山は環王國の東二百里の海中にある。また南へ二日行程で陵山に至る。また一日行程で、門毒國に至る。また一日行程で、古笪國に至る。また半日行程で、奔陀浪洲に至る。また二日行程で、軍突弄山に到る。また五日行程で海硤に至る。蕃人はこれを「質」という。南北百里、北岸は羅越國、南岸は佛逝國である。佛逝國より東へ水行四五日で訶陵國に至る。これは南海中の洲で最大のものである。また西へ硤を出て、三日で葛葛僧祇國に至る。これは佛逝西北隅の別島にあり、国人は多く鈔暴で、船に乗る者はこれを畏れる。その北岸は箇羅國である。箇羅の西は哥谷羅國である。また葛葛僧祇より四五日行程で、勝鄧洲に至る。また西へ五日行程で、婆露國に至る。また六日行程で、婆國伽藍洲に至る。また北へ四日行程で、師子國に至る。その北海岸は南天竺の大岸より百里の距離である。また西へ四日行程で、沒來國を経る。これは南天竺の最南境である。また西北へ十余りの小国を経て、婆羅門の西境に至る。また西北へ二日行程で、拔䫻國に至る。また十日行程で、天竺西境の小国五つを経て、提䫻國に至る。この国には彌蘭太河(一名を新頭河)があり、北の渤崑國より来たり、西流して提䫻國の北で海に入る。また提䫻國より西へ二十日行程で、小国二十余りを経て、提羅盧和國(一名を羅和異國)に至る。国人は海中に華表を立て、夜にはその上に炬火を置き、船人が夜行しても迷わぬようにする。また西へ一日行程で、烏剌國に至る。ここは大食國の弗利剌河が南流して海に入る所である。小舟にて流れを遡ること二日で末羅國に至る。これは大食の重鎮である。また西北へ陸行千里で、茂門王の都する縛達城に至る。

婆羅門南境より、沒來國から烏剌國に至るまで、皆、海の東岸に沿って行く。その西岸の西は、皆、大食國である。その西の最南端を三蘭國という。三蘭國より正北へ二十日行程で、小国十余りを経て、設國に至る。また十日行程で、小国六七つを経て、薩伊瞿和竭國に至る。ここは海の西岸に当たる。また西へ六七日行程で、小国六七つを経て、沒巽國に至る。また西北へ十日行程で、小国十余りを経て、拔離謌磨難國に至る。また一日行程で、烏剌國に至り、東岸の路と合流する。

西域に陀拔思單國あり。疏勒の西南二万五千里に在り、東は勃達國に距ること一月行程、西は涅滿國に至ること一月行程、南は羅剎支國に至ること半月行程、北は海に至ること両月行程なり。

羅剎支國、東は都槃國に至ること半月行程、西は沙蘭國に至り、南は大食國に至ること皆二十日行程なり。

都槃國、東は大食國に至ること半月行程、南は大食國に至ること二十五日行程、北は勃達國に至ること一月行程なり。

勃達國、東は大食國に至ること両月行程、西北は岐蘭國に至ること二十日行程、北は大食國に至ること一月行程なり。

河沒國、東南は陀拔國に至ること半月行程、西北は岐蘭國に至ること二十日行程、南は沙蘭國に至ること一月行程、北は海に至ること両月行程なり。

岐蘭國、西は大食國に至ること両月行程、南は涅滿國に至ること二十日行程、北は海に至ること五日行程なり。

涅滿國、西は大食國に至ること両月行程、南は大食國に至ること一月行程、北は岐蘭國に至ること二十日行程なり。

沙蘭國、南は大食國に至ること二十五日行程、北は涅滿國に至ること二十五日行程なり。

石国は東は抜汗那国に至るまで百里、西南は東米国に至るまで五百里。

罽賓国は疏勒の西南四千里にあり、東は俱蘭城国に至るまで七百里、西は大食国に至るまで千里、南は婆羅門国に至るまで五百里、北は吐火羅国に至るまで二百里。

東米国は安国の西北二千里にあり、東は碎葉国に至るまで五千里、西南は石国に至るまで千五百里、南は抜汗那国に至るまで千五百里。

史国は疏勒の西二千里にあり、東は俱蜜国に至るまで千里、西は大食国に至るまで二千里、南は吐火羅国に至るまで二百里、西北は康国に至るまで七百里。