新唐書

巻十六 志第六 礼楽六

第二は賓礼とし、四夷の君長とその使者をもてなす。

蕃国の主が来朝するときは、使者を遣わして迎え労う。前日、守宮が館門の外、道の右に次を設け、南向きとする。その日、使者は次に就き、蕃主はその国の服を着け、東階の下に立ち、西面する。使者は朝服を着て次より出で、門の西に立ち、東面する。従者が束帛を執りてその南に立つ。有司が門を出で、西面して曰く「敢えて事を請う」と。使者曰く「制を奉じて某主を労う」と。その国名を称す。有司入りて告ぐ。蕃主は門外の東で迎え、西面して再拝し、ともに入る。使者先に升り、西階の上に立ち、束帛を執る者従い升り、その北に立ち、ともに東向きとする。蕃主乃ち升り、東階の上に立ち、西面する。使者幣を執りて曰く「制あり」と。蕃主将に下りて拝せんとす。使者曰く「後制あり、下拝無し」と。蕃主旋り、北面して再拝稽首す。使者制を宣す。蕃主進みて命を受け、退きて位に復し、幣を左右に授け、又た再拝稽首す。使者降り、出でて門外の西に立ち、東面する。蕃主門の外に送り、西し、使者を止め、揖してともに入り、譲りて升る。蕃主先に東階の上に升り、西面する。使者西階の上に升り、東面する。蕃主土物を以て使者に儐す。使者再拝して受く。蕃主再拝して物を送る。使者降り出づ。蕃主従いて門外に出づ。皆初めの如し。蕃主再拝して使者を送り、還る。蕃主入る。鴻臚迎え引いて朝堂に詣らしめ、方に依りて北面して立つ。所司奏聞す。舍人勅を承け出で、「勅あり」と称す。蕃主再拝す。労を宣し、又た再拝す。乃ち館に就く。

皇帝使いを遣わして蕃主に見の日を戒む。労礼の如し。制を宣して曰く「某日、某主見ゆ」と。蕃主拝稽首す。使者降り出づ。蕃主送る。

蕃主奉見す。前一日、尚舎奉御、御幄を太極殿に設け、南向きとする。蕃主の座を西南に設け、東向きとする。守宮次を設け、太楽令宮懸を展べ、挙麾の位を上下に設け、鼓吹令十二案を設け、乗黄令車輅を陳べ、尚輦奉御輿輦を陳ぶ。典儀、蕃主の立位を懸南の道西に設け、北面する。蕃国諸官の位をその後に設け、重行、北面西上とす。典儀の位を懸の東北に設け、賛者二人その南に在り、差退き、ともに西面する。諸衛各その部を勒し、門に屯し黄麾仗を列ぶ。所司迎え引いて蕃主を承天門外に至らしめ、次に就かしむ。本司入りて奏す。鈒戟近仗皆入る。典儀賛者を帥いて先に入り、位に就く。侍中版を奏して「中厳を請う」とす。諸侍衛の官及び符宝郎閤に詣り奉迎す。蕃主及びその属各閤外の西廂に立ち、東面する。侍中版を奏して「外辦す」とす。皇帝通天冠・絳紗袍を服し、輿に乗りて出づ。舍人蕃主を引いて門に入る。舒和の楽作る。典儀曰く「再拝せよ」と。蕃主再拝稽首す。侍中制を承け降りて蕃主の西北に詣り、東面して曰く「制あり」と。蕃主再拝稽首す。乃ち制を宣し、又た再拝稽首す。侍中還りて奏し、制を承け降りて労し、勅して座に升らしむ。蕃主再拝稽首し、座に升る。侍中制を承け労問す。蕃主俛伏して席を避け、将に下りて拝せんとす。侍中制を承けて曰く「下拝無し」と。蕃主位に復し、拝して対す。侍中還りて奏し、制を承けて労し館に還らしむ。蕃主降り、懸南の位に復し、再拝稽首す。その官属は舍人以て労す。その主とともに出づ。侍中奏して「礼畢す」と。皇帝興つ。

もし蕃国使いを遣わして表幣を奉ずれば、その労及び戒見は皆蕃国主の如し。庭実は客の前に陳ぶ。中書侍郎表を受け案に置き、西階に至りて表を以て升る。有司各その属を率いその幣を受く。

その蕃国主及びその使を宴するは、皆見礼の如し。皇帝既に御座に即く。蕃主入る。その献物あるはその前に陳ぶ。侍中制を承け降りて勅し、蕃主座に升らしむ。蕃主再拝して贄を奉り、曰く「某国蕃臣某、敢えて壤奠を献ず」と。侍中升りて奏し、旨を承けて曰く「朕それを受く」と。侍中降りて蕃主の東北に在り、西面し、「制あり」と称す。蕃主再拝し、乃ち制を宣す。又た再拝して贄を侍中に授け、以て有司に授く。有司その余の幣を受け、ともに以て東す。舍人旨を承け降りて勅し座に就かしむ。蕃国諸官ともに再拝す。升殿すべき者は西階よりし、その升殿せざる者は別に廊下の席の後に立ちて分つ。典儀曰く「坐に就け」と。階下の賛者伝えを承け、皆坐に就く。太楽令歌者及び琴瑟を引いて階に至らしめ、履を脱ぎ、升りて坐す。その笙管の者は、階間において北面して立つ。尚食奉御酒を進め、階に至る。典儀曰く「酒至る、興せよ」と。階下の賛者伝えを承け、皆俛伏し、興ち、立つ。殿中監及び階に至りて酒を省み、尚食奉御酒を進む。皇帝酒を挙ぐ。良醞令酒を行ふ。典儀曰く「再拝せよ」と。階下の賛者伝えを承け、皆再拝し、觶を受く。皇帝初めて酒を挙ぐるに、登歌昭和三終を作す。尚食奉御虚觶を受け、坫に奠む。酒三行す。尚食奉御食を進む。典儀曰く「食至る、興せよ」と。階下の賛者伝えを承け、皆興ち、立つ。殿中監及び階に至りて案を省み、尚食奉御食を品尝し、次を以て進む。太官令蕃主以下の食案を行ふ。典儀曰く「坐に就け」と。階下の賛者伝えを承け、皆坐に就く。皇帝乃ち飯す。蕃主以下皆飯す。案を徹し、又た酒を行ひ、遂に庶羞を設く。二舞次を以て入り、作す。食畢りて、蕃主以下復た県南の位に在り、皆再拝す。もし筐篚あらば、舍人前に在りて旨を承け降りて勅を宣す。蕃主以下又た再拝し、乃ち出づ。

その第三は軍礼。

皇帝親征。

纂厳。前期一日、有司御幄を太極殿に設け、南向きとする。文武群官の次を殿庭の東西に設け、毎等位を異にし、重行北向きとする。乗黄令革輅以下の車旗を庭に陳ぶ。その日未明、諸衛その部を勒し、黄麾仗を列ぶ。平明、侍臣・将帥・従行の官は皆平巾幘・袴褶。留守の官は公服、次に就く。上水五刻、侍中版を奏して「中厳を請う」とす。鈒戟近仗庭に列ぶ。三刻、群官位に就く。諸侍臣閤に詣り奉迎す。侍中版を奏して「外辦す」とす。皇帝武弁を服し、輿に御して出で、即ち御座に就く。典儀曰く「再拝せよ」と。在位の者皆再拝す。中書令旨を承けて百官群官に出でしむ。侍中跪いて奏して「礼畢す」と。皇帝東房より入り、侍臣従いて閤に至る。

乃ち昊天上帝に禷す。前一日、皇帝太極殿に清斎す。諸告の官・侍臣・軍将及び在位の者は皆一日清斎す。その日、皇帝武弁を服し、革輅に乗じ、大駕を備え、壇の所に至る。その牲二及び玉幣は皆蒼を以てす。尊は太尊・山罍各二を以てし、その献は一。皇帝既に福を飲み、諸軍将東階より升り、神座の前に立ち、北面西上し、福を飲み胙を受く。将軍の次は外壝の南門の外、道の東に在り、西向き北上す。その即事の位は県の南に在り、北面す。毎等位を異にし、重行西上す。その玉帛を奠め、熟を進め、福を飲み、燎を望むは、皆南郊の如し。

社に祀り、廟に祭るに相応しく、皆それぞれその礼に従って一献を行う。軍将は太稷において福酒を飲み、廟においては皇考の室で行う。

凱旋の際には、捕虜と斬首の左耳を廟の南門の外に陳列し、戦利品をその後ろに陳列する。

解厳の際には、皇帝は通天冠・絳紗袍を着用し、群臣は再拝して退出し、詔は下されない。その他は皆、纂厳の時と同じである。

もし征討の地において禡祭を行う場合は、二重の壇を築き、熊皮の敷物を用いて軒轅氏を祀る。兵部は外壇の南門の外に二旗を立て、甲冑・弓矢を神位の傍らに陳列し、矛をその後ろに立てる。犧尊・象尊・山罍をそれぞれ二つずつ供え、特牲を供物とする。皇帝は武弁を着用し、群臣は戎服を着用し、三献を行う。神に接する儀礼は全て通常の祭祀と同じとし、埋納して燎祭は行わない。軍将の位置は禷祭と同じとする。

国門において軷祭を行う場合は、右校が国門の外に土を盛って軷を築き、また神位の西北に埋納の穴を掘る。太祝が軷の前に神位を設け、南向きとする。太官令が宰人を率いて羊を屠る。郊社の属官が尊・罍・篚・冪を神位の左に設け、全て右向きとする。幣を尊の傍らに置く。皇帝が到着する頃、太祝は罍と洗の東南に立ち、西向きに再拝し、幣を取り進み、跪いて神に供える。供物を進める者が脯醢を薦め、羊を軷の西側に頭を向けて置く。太祝は手を洗い爵を洗い、酒を酌んで進み、跪いて神に供え、立ち上がり、少し退き、北向きに立って祝文を読む。太祝は再拝する。しばらくして、斎郎を率いて幣・爵・酒饌を奉じ、宰人が羊を挙げて解体し、太祝がこれらをまとめて載せ、穴に埋める。尊を執る者が罍・篚・席を撤去し、車駕が到着したら、一時停止する。太祝が爵で酒を酌み、太僕卿に授ける。太僕卿は左手で轡を併せ持ち、右手で酒を受け、両軹と軌の前を祭り、飲み干し、爵を返し、車駕は軷を轢いて進む。

通過する山川については、官を遣わして告祭し、一献を行う。もし将を派遣して出征させる場合は、全て有司が行事を行う。

賊を平定して露布を宣布する。その日、守宮が群官の仮屋を適宜設ける。露布が到着すると、兵部侍郎が奉じて奏聞し、制を承けて文武の群官・客使を東朝堂に集め、それぞれその礼服を着用させる。奉礼がその前に版位を設ける。南に近く、文官は東、武官は西、重ねて北向きとする。また客使の位を設ける。中書令の位を群官の北に設け、南面とする。吏部・兵部が群官・客使を補佐し、謁者がそれぞれの位に導く。中書令が露布を受け取り、机の上に置く。令史二人が絳色の公服を着て、向かい合ってこれを捧げて従う。中書令が出て、南面の位に就き、机を持つ者は西南に立ち、東面とする。中書令が露布を取り、「制あり」と称する。群官・客使は皆再拝する。そこでこれを宣布し、また再拝し、舞蹈し、また再拝する。兵部尚書が進み出て露布を受け、退いて元の位に戻り、兵部侍郎が前に進んでこれを受ける。中書令が入り、群官・客使はそれぞれ仮屋に戻る。

仲冬の月に、都の外で講武を行う。

前もって十一日、所司が講武を奏請する。兵部が詔を承け、将帥に命じて軍士を選び、地を整えて場とし、一辺千二百歩の方形とし、四方に出入口を設ける。また歩兵・騎兵の六軍の営域を設け、左右廂にそれぞれ三軍ずつ、北を上とする。中間は三百歩離し、五つの標柱を立て、標柱の間は五十歩とし、二軍の進退の節度とする。別に北廂に墠地を設け、南向きとする。三日前、尚舎奉御が墠に大次を設ける。前日、講武の将帥及び士卒が墠の場所に集まり、旗を立てて出入口とし、方色に従う。都墠の中央及び四隅に全て五采の牙旗・旗鼓・甲仗を立てる。大将以下、それぞれ統帥を有する。大将は甲冑を着て馬に乗り、士衆を教習する。年少者は前、年長者は後とする。帰還の際は、これを逆にする。年長者は弓矢を持ち、短身者は戈矛を持ち、力ある者は旌を持ち、勇ある者は鉦・鼓・刀・楯を持って前行とし、矛を持つ者はこれに次ぎ、弓箭を持つ者は後とする。旌旗・金鼓の節度を見慣れさせる。旗が倒れれば跪き、旗が挙がれば起つ。

講武の当日、夜明け前十刻に厳戒とし、五刻に武装し、歩軍は直陣を布いて待機し、大将は旗鼓の下に立つ。六軍はそれぞれ鼓十二・鉦一・大角四を有する。夜明け前七刻、鼓一厳、侍中が「宮殿門及び城門を開けよ」と奏する。五刻、再厳、侍中が版奏して「中厳を請う」と奏する。文武官で従うべき者は皆先に配置され、文武官は皆公服を着用し、所司が小駕を整える。二刻、三厳、諸えいがそれぞれその隊と鈒戟を督率して順次入り、殿庭に陣を布く。皇帝が革輅に乗って墠の場所に至り、兵部尚書が甲冑を着て馬に乗り奉引し、北門から入り、両歩軍の北に至り、南向きとなる。黄門侍郎が輅を降りるよう請う。そこで大次に入る。兵部尚書は東廂に留まり、西向きとする。領軍が小駕を減らし、騎士が都墠の四周に立ち、侍臣は左右に大次前に立ち、北を上とする。九品以上は皆公服を着用し、東・西は侍臣の外十歩の所に、重ねて北向きに立つ。諸州の使人及び蕃客は先に北門外に集まり、東方・南方の者は道の東に立ち、西方・北方の者は道の西に立ち、北を上とする。車駕が到着する頃、奉礼が「再拝」と言う。在位者は皆再拝する。皇帝が次に入ると、謁者が諸州の使人を導き、鴻臚が蕃客を導き、東方・南方の者は大次の東北に立ち、西方・北方の者は西北に立ち、観覧者は都墠の騎士・仗の外の四周に立ち、それから講武を行う。

大角を三度吹き鳴らす。中軍の将は各々鞞を用いて鼓を令し、二軍ともに鼓を撃つ。三度鼓を撃つと、有司が旗を倒し、歩兵は皆跪く。諸帥の果毅以上の者は、各々その中軍に集まる。左廂の中軍大将は旗鼓の東に立ち、西に向かい、諸軍の将はその南に立つ。右廂の中軍大将は旗鼓の西に立ち、東に向かい、諸軍の将はその南に立つ。北に向かい、大将の誓いを聴く。左右三軍に各々長史二人ずつあり、鐸を振って分かれて巡り、諸果毅は各々誓詞を以てその所部に告げる。やがて鼓を鳴らし、有司が旗を掲げると、士衆は皆起ちて行進し、表に至ると鉦を撃ち、そこで止まる。また三度鼓を撃つと、有司が旗を倒し、士衆は皆跪く。また鼓を撃つと、有司が旗を掲げ、士衆は皆起ち、駆けて表に至ると、そこで止まる。東軍が一鼓すると、青旗を掲げて直陣と為す。西軍もまた鼓し、白旗を掲げて方陣と為し、これに応ず。次に西軍が鼓し、赤旗を掲げて鋭陣と為す。東軍もまた鼓し、黒旗を掲げて曲陣と為し、これに応ず。次に東軍が鼓し、黄旗を掲げて円陣と為す。西軍もまた鼓し、青旗を掲げて直陣と為し、これに応ず。次に西軍が鼓し、白旗を掲げて方陣と為す。東軍もまた鼓し、赤旗を掲げて鋭陣と為し、これに応ず。次に東軍が鼓し、黒旗を掲げて曲陣と為す。西軍もまた鼓し、黄旗を掲げて円陣と為し、これに応ず。凡そ陣は、先に挙げる者を客と為し、後に挙げる者を主と為す。毎に陣を変えるごとに、二軍は各々刀・楯五十人を選んで挑戦せしめ、第一・第二の挑戦は勇怯の状を迭り為し、第三の挑戦は敵均の勢いを為し、第四・第五の挑戦は勝敗の形を為す。毎に陣を変えんとするときは、先ず鼓して直陣と為し、然る後に余りの陣の法に従って変ず。既に終わると、両軍ともに直陣と為す。また三度鼓を撃つと、有司が旗を倒し、士衆は皆跪く。また鼓を鳴らし旗を掲げると、士衆は皆起ち、騎兵は馳せ、徒歩は走り、左右軍ともに中表に至り、相擬えて撃って還る。毎に退いて一行の表に至るごとに、跪き起つこと前に如く、遂にその初めに復す。侍中が跪いて奏し「騎軍を観ることを請う」、制を承けて曰く「可なり」。二軍の騎軍は皆歩軍の法の如く、毎陣各々八騎で挑戦し、五陣終わると、大いに鼓を撃って前進し、盤馬して相擬えて撃って罷む。遂に旅を振う。侍中が跪いて奏し称す「侍中臣某言す、礼畢す」と。乃ち還る。

皇帝の狩猟田猟の礼も、仲冬に行う。

前もって、兵部が衆庶を集めて田法を修め、虞部が田猟する野を表し、その後に旗を建てる。前一日、諸将帥士は旗下に集まる。夜明けに、旗を弊い、後至の者は罰する。兵部が田令を申し、遂に田を囲む。その両翼の将は皆旗を建てる。夜に及んで、囲みを布き、その南面を闕く。駕が田所に至ると、皇帝は鼓行して囲みに入り、鼓吹令が鼓六十を皇帝の東南に陳し、西に向かう。六十を西南に陳し、東に向かう。皆馬に乗り、各々簫角を備える。諸将は皆鼓行して囲む。乃ち駆逆の騎を設ける。皇帝は馬に乗り南に向かい、有司が大綏を斂めて従う。諸公・王以下は皆馬に乗り、弓矢を帯び、前後に陳ずる。所司の属が又小綏を斂めて従う。乃ち獣を駆り出して前に出す。初め、一たび駆り過ぎると、有司が弓矢を整えて前に進む。再び駆り過ぎると、有司が弓矢を奉って進む。三たび駆り過ぎると、皇帝は乃ち禽に従い左よりこれを射る。毎に駆るごとに必ず三獣以上。皇帝が発つと、大綏を抗ぎ、然る後に公・王が発ち、小綏を抗ぐ。駆逆の騎が止まると、然る後に百姓が猟す。

凡そ獣を射るには、左よりこれを射て、右の腢に達するを上射と為し、右の耳の本に達するを次射と為し、左の髀より右の䯚に達するを下射と為す。群獣相従うものは尽く殺さず、既に射られたる者は重ねて射ず。その面を射ず、その毛を翦らず。凡そ表を出たる者はこれを逐わず。田猟将に止まらんとするとき、虞部が田内に旗を建て、乃ち雷鼓を撃ち駕鼓及び諸将の鼓を鳴らし、士は従って躁ぎ呼ぶ。諸々禽を得たる者は旗下に献じ、その左耳を致す。大獣は公とし、小獣は私とす。その上なる者は宗廟に供え、次なる者は賓客に供え、下なる者は庖厨に充つ。乃ち有司に命じて獣を四郊に饁せしめ、獣を以て廟社に告至す。

射礼。

前一日、太楽令が宮懸の楽を設け、鼓吹令が十二の桉を射殿の庭に設け、東面の懸は東階の東に、西面の懸は西階の西にあり。南北二懸及び登歌は中央を広く開け、射位を避く。熊侯を張ること殿より九十歩、乏を侯の西十歩・北十歩に設く。五つの楅を庭前に設け、やや西にす。侍射者の位を西階前に布き、東面し北上す。司馬の位を侍射位の南に布き、東面す。獲者の位を乏の東に布き、東面す。侍射者の射位を殿階下に布き、当前やや西に、横に布き、南面す。侍射者は弓矢を西門外に俟つ。賞物を東階下に陳べ、やや東にす。罰の豊を西階下に置き、やや西にす。罰の尊を西階に設け、南北は殿の深さに依る。篚を尊の西に設け、南に肆き、爵を実し冪を加う。

その日、夜明けに、皇帝は武弁を服し、文武官は俱に公服し、典謁が引いて見えしめ、楽作し、元会の儀の如し。酒二遍、侍中一人が奏し称す「有司謹みて具え、射ることを請う」と。侍中一人が前に進み制を承け、退きて称す「制に曰く可なり」と。王・公以下は皆降る。文官は東階下に立ち、西面し北上す。武官は西階下に立ち、射の乏の後に、東面し北上す。持鈒隊は群れをなして両辺に立ち、千牛備身二人が御弓及び矢を奉じて東階上に立ち、西面し、弓を執る者は北に在り。又、坫を執弓者の前に設け、又、御の決・拾の笥をその上に置く。獲者は旌を持ち乏より南に行き、侯に当たり東に、行きて侯に至り、侯に背き北面して立つ。侍射者は西門外に出で、弓矢を取り、両手に弓を奉じ、乗る矢帯に搢し、入り、殿下の射位の西に立ち、東面す。司馬が弓を奉じて西階より升り、西楹の前に当たり、南面し、弓を揮い、獲者に命じて旌を以て侯より西に行くこと十歩、北に行きて乏に至り止まる。司馬は西階より降り、位に復す。千牛中郎一人が決・拾を笥に奉じ、千牛将軍が弓を奉じ、千牛郎将が矢を奉じ、進み、御榻の東やや南に立ち、西に向かう。郎将は跪きて笥を御榻の前やや東に奠め、遂に巾を以て拂い、決を取り、興る。決を設くると贊す。又、跪きて拾を取り、興り、拾を設くると贊す。笥を以て退き、坫に奠む。千牛将軍は北面して弓を張り、袂を以て左右の隈に順い、上を再び下を一たびす。西面し、左に弣を執り、右に簫を執りて進む。千牛郎将は巾を以て矢を拂い進み、一々御に供す。射んと欲すれば、協律郎が麾を挙げ、先ず鼓吹を奏し、及び楽の騶虞五節を奏す。御及び射に、第一の矢は第六節と相応じ、第二の矢は第七節と相応じ、以て九節に至る。協律郎が麾を偃し、楽止む。千牛将軍は矢の行きを奏し、中るを「獲」と曰い、下るを「留」と曰い、上るを「揚」と曰い、左るを「左方」と曰い、右るを「右方」と曰う。千牛将軍は御座の東に在り、西面して弓を受け、退き、千牛に付して東階上にす。千牛郎将は笥を以て決・拾を受け、坫に奠む。

侍射者進み、射席に升り北面して立ち、左に旋り、東面して弓を張り、南面して矢を挟む。協律郎麾を挙ぐれば、乃ち楽を作し、鼓吹は作さず。楽は狸首の三節を奏し、然る後に矢を発つ。若し侍射者多ければ、則ち斉しく発つ。第一発は第四節と相応じ、第二発は第五節と相応じ、以て七節に至る。協律郎麾を偃せば、楽止む。弓を右に旋し、東西に弓を㢮け、面立するが如く、乃ち退きて復た西階下に立ち。司馬西階より升り、西楹の前より、南面し、弓を揮い、矢を取るを命ず。矢を取る者は御矢を以て千牛に付し東階下に於て、侍射者は位に於て弓を釈し、庭前にて北面し東上す。有司奏して賞罰を請い、侍中称して曰く「制に曰く可なり」と。有司楅の西に立ち、東面し、射矢を監し唱ふ。矢を取る者は各中たる者の姓名を唱ふ。中たる者は東階下に立ち、西面し北上す。中たらざる者は西階下に立ち、東面し北上す。倶に再拝す。有司東階下に於て以て賞物を付す。酌者は罰尊の西に於て、東面し、跪き、爵を豊上に奠む。中たらざる者進み豊の南に、北面し跪き、爵を取り、立ちて飲み、爵を卒へ、豊の下に奠む。酌者北面し跪き、虚爵を取り酌みて奠めば、中たらざる者は次を以て継ぎて飲み、皆初めの如し。典謁王公以下及び侍射者を引き、皆庭前にて北面し相対して首と為り、再拝訖りて、引出す。持鈒隊復た位に就く。皇帝入れば、楽を奏し、警蹕す。有司弓矢を以て中門外に出し、侍射者出づ。

若し特射にして侍射の人無ければ、則ち楅を設けず、賞罰を陳べず。若し燕遊の小射なれば、則ち常服し、楽縣を陳べず、会礼を行わず。

合朔に鼓を伐つ。

其の日の前二刻、郊社令及び門僕赤幘・絳衣、四門を守り、巡門監察を令す。鼓吹令平巾幘・袴褶、工人を帥いて方色を以て麾旒を執り、分ちて四門の屋下に置き、龍蛇鼓を右に設く。東門の者は北塾に立ち、南面す。南門の者は東塾に立ち、西面す。西門の者は南塾に立ち、北面す。北門の者は西塾に立ち、東面す。隊正一人平巾幘・袴褶、刀を執り、衛士五人を帥いて五兵を執りて鼓の外に立ち、矛は東に、戟は南に、斧・鉞は西に、矟は北に在り。郊社令𥎞を社壇の四隅に立て、朱絲の繩を以て之を縈ぐ。太史一人赤幘・赤衣、社壇の北に立ち、日に向かって変を観る。黄麾之に次ぐ。龍鼓一之に次ぎ、北に在り。弓一・矢四之に次ぐ。諸の兵鼓立ちて変を候ふ。日に変有れば、史官曰く「祥に変有り」と。工人麾を挙ぐれば、龍鼓声を発して雷の如し。史官曰く「止めよ」と。乃ち止む。

其の日、皇帝素服し、正殿を避け、百官務めを廃し、府史以上より皆素服し、各其の廳事の前に於て、重行し、毎等位を異にし、日に向かって立つ。明るく復して止む。

貞元三年八月、日に食有り、有司将に鼓を伐たんとす、徳宗許さず。太常卿董晉言す「鼓を伐つは陰を責め陽を助くる所以なり、請ふ有司に経に依りて鼓を伐つを聴かん」と。報えず。是れより其の礼遂に廃す。

大儺の礼。

人を選び年十二以上・十六以下を侲子と為し、仮面し、赤布の袴褶。二十四人を一隊と為し、六人を列と為す。執事十二人、赤幘・赤衣、麻鞭。工人二十二人、其の一人方相氏、仮面し、黄金四目、熊皮を蒙り、黑衣・朱裳、右に楯を執る。其の一人を唱帥と為し、仮面し、皮衣、棒を執る。鼓・角各十、合して一隊と為す。隊別に鼓吹令一人、太卜令一人、各監す所部を。巫師二人。以て悪鬼を禁中に逐う。有司予め備へ毎門雄鷄及び酒を、宮城正門・皇城諸門に磔攘せんことを擬し、祭を設く。太祝一人、齋郎三人、右校瘞埳を為し、各皇城中門外の右に於てす。前一日の夕、儺者集所に赴き、其の器服を具へて事を待つ。

其の日未明、諸衞時刻に依りて所部を勒し、門に屯し仗を列ね、近仗階に入りて陳ぶ。鼓吹令儺者を帥い各宮門外に集む。内侍皇帝の御する所の殿前に詣り奏す「侲子備わり、疫を逐わんことを請う」と。出でて命す寺伯六人、分ちて儺者を長楽門・永安門より引き以て入り、左右上閤に至り、鼓譟して以て進む。方相氏戈を執り楯を揚げて唱い、侲子和し、曰く「甲作は𣧑を食らい、胇胃は虎を食らい、雄伯は魅を食らい、騰簡は不祥を食らい、攬諸は咎を食らい、伯奇は夢を食らい、彊梁・祖明共に磔死寄生を食らい、委随は観を食らい、錯断は巨を食らい、窮奇・騰根共に蠱を食らう。凡そ一十二神をして悪凶を追わしめ、汝が軀を赫し、汝が幹を拉ぎ、汝が肉を節解し、汝が肺腸を抽く。汝急ぎ去らざれば、後なる者糧と為らん」と。周く呼び訖り、前後鼓譟して出づ。諸隊各順天門に趨り以て出で、分ちて諸城門に詣り、郭を出でて止む。

儺者将に出づるに、祝神席を布き、中門の中に当たり南向す。出づること訖り、宰手・齋郎牲を疈き匈を磔ぎて神席の西に、席を以て藉け、北首す。齋郎清酒を酌み、太祝受け、之を奠む。祝史版を座の右に持ち、跪きて祝文を読みて曰く「維れ某年歳次月朔日、天子太祝臣姓名を遣わし、太陰の神に昭告す」と。興り、版を席に奠め、乃ち牲幷びに酒を挙げて埳に瘞す。