堯は羲和に命じて横簫を制し、星度を考察せしめ、その機衡には玉を用い、燥湿に変化せず、運動に常あり、堅久にして廃すること能わざらんことを欲した。後世に至り、銅を鋳て円儀と為し、以て天體を法とす。洛下閎が『太初曆』を造り、渾儀を用いてより、東漢の孝和帝の時に至り、太史には赤道儀あるのみにて、歳時の測候、頗る進退あり。帝、典星待詔の姚崇等に問う。皆曰く「星圖に規法あり、日月は実に黄道に従う。今其の器無きを以て、是を失う」と。永元十五年に至り、賈逵始めて黄道儀を設く。桓帝の延熹七年、張衡更に之を制し、四分を以て度と為す。其の後、陸績・王蕃・孔挺・斛蘭・梁令瓚・李淳風並びに嘗て製作す。五代乱亡し、遺法蕩然たり。真宗の祥符の初め、韓顯符が渾儀を作るも、但だ遊儀の双環が望筒を夾みて旋転し、黄道・赤道は相固して動かず。皇祐の初め、又た日官の舒易簡・于淵・周琮等に命じ、淳風・令瓚の制を参用し、黄道渾儀を改鋳し、又た漏刻・圭表を為し、詔して翰林學士の錢明逸に其の法を詳にせしめ、内侍の麥允言に其の工を総べしむ。既に成り、渾儀を翰林天文院の候台に置き、漏刻を文德殿の鐘鼓楼に置き、圭表を司天監に置く。帝、『渾儀總要』十巻を制し、前代の得失を論ず。已にして留中に出でず。今、黄道遊儀の法を具し、此に著す。
陽経双環:外周二丈三尺二寸八分、直径七尺七寸六分、幅六寸、厚さ六分。南北並び立ち、両面各に周天三百六十五度少強を列し、北極出地三十五度少強。
陰緯単環:外周・直径・幅は陽経双環に等しく、外厚二寸五分、内厚一寸九分。上に十干・十二支・八卦方位を列し、以て地形を正す。上に池沿環有りて流転し、以て平準を定む。
天常単環:外周二丈四寸六分、直径六尺八寸二分、幅・厚さ一寸二分。上に十干・十二支・四維時刻の数を列し、以て辰刻を測り、陽経・陰緯環と相固し、卵の殻幕の如し。
璿璣双環:外周一丈九尺五寸六分、直径六尺五寸二分、幅一寸四分、厚さ一寸。両面各に均しく周天三百六十五度少強を列し、二枢を造りて両極に対す。
赤道単環:外周一丈九尺六寸八分、直径六尺五寸六分、幅一寸一分、厚さ六分。上に二十八宿距度・周天三百六十五度少強を列し、璿璣の上に附す。
黄道単環:外周一丈九尺二分、直径六尺三寸四分、幅一寸二分、厚さ一寸。上に周天三百六十五度少強を列し、均しく二十四気・七十二候・六十四卦・三百六十策に分つ。赤道より二十四度出入し、赤道と相交わり、毎歳退差一分有餘。
白道単環:外周一丈八尺六寸三分、直径六尺二寸一分、幅一寸一分、厚さ五分。上に交度を列し、黄道環の中に置き、黄道に六度入り、一交終る毎に、黄道一度半弱を退行し、皆六合の内に旋転す。
璿枢双環:外周一丈八尺二寸一分、直径六尺七分、幅二寸、厚さ七分。両面各に周天三百六十五度少強を列し、直距を挟みて枢軸に対し、東西三辰儀の内に運転し、以て星度を格す。
横簫望筒:長さ五尺七寸、外は方形、内は円形、中に望孔を通し、直径六分、日輪に周り、璿枢直距の中に在り、南北に遊仰せしめ、以て辰宿を窺い、至らざる所無し。
十字水準槽:長さ九尺四寸八分、首幅一尺二寸七分、身幅九寸二分、高さ七尺。水槽の幅一寸、深さ八分、四本の柱は各長さ六尺七寸八分、水槽の末端に立てて天體を補助し、すべて銅で作られている。これにより七曜の遠近と盈縮を測り、昼夜の長短を知る効果がある。その測った二十八宿の距度は、後に記す。周天の星の入宿と去極が主る吉凶については、『天文志』に詳しく載せている。
角十二度、亢九度、氐十六度、房五度、心四度、尾十九度、箕十度、斗二十五度、牛七度、女十一度、虚十度、危十六度、室十七度、壁九度、奎十六度、婁十二度、胃十五度、昴十一度、畢十八度、觜一度、参十度、井三十四度、鬼二度、柳十四度、星七度、張十八度、翼十八度、軫十七度。
皇祐漏刻
皇祐圭表
新表による測影長一丈一尺三寸五分、王朴の算による影長一丈一尺三寸九分、新法による算影長一丈一尺三寸四分小分四十八。
新表による測影長一丈一尺三寸、王朴の算による影長一丈一尺四寸七分、新法による算影長一丈一尺二寸九分小分九十八。
新表による測影長一丈二尺四寸五分半、王朴の算による影長一丈二尺四寸五分、新法による算影長一丈二尺四寸四分小分二十五。
新表の測影長は一丈二尺八寸五分、王朴の算影長は一丈二尺八寸六分、新法の算影長は一丈二尺八寸五分。
新表の測影長は一丈二尺八寸四分、王朴の算影長は一丈二尺八寸六分、新法の算影長は一丈二尺八寸五分。
新表の測影長は一丈二尺四寸、王朴の算影長は一丈二尺四寸八分、新法の算影長は一丈二尺四寸小分十五。
新表の測影長は一丈二尺三寸七分、王朴の算影長は一丈二尺四寸八分小分二十六。
新表の測影長は一丈一尺一寸七分、王朴の算影長は一丈一尺四寸四分、新法の算影長は一丈一尺一寸八分小分四十。
四年壬辰十二月二十七日甲辰
新表による測量の影の長さは九尺六寸七分半、王朴の算法による影の長さは一丈一寸五分、新法による算法の影の長さは一丈六寸八分小分七
新表による測量の影の長さは八尺一寸半分、王朴の算法による影の長さは八尺五寸、新法による算法の影の長さは八尺九寸小分七十六
四年壬辰正月十二日己未
新表による測量の影の長さは八尺一寸二分半、王朴の算法による影の長さは八尺六寸一分、新法による算法の影の長さは八尺一寸二分小分一十八
新表による測量の影の長さは六尺六寸三分、王朴の算法による影の長さは六尺八寸五分、新法による算法の影の長さは六尺六寸三分小分三十九
新表による測量の影の長さは六尺六寸五分、王朴の算法による影の長さは六尺八寸五分、新法による算法の影の長さは六尺六寸五分小分六十八
四年壬辰正月二十八日乙亥、雲陰のため測量せず
新表による測量の影の長さは五尺三寸五分、王朴の算法による影の長さは五尺二寸七分、新法による算法の影の長さは五尺三寸四分小分七十七
四年壬辰二月十四日庚寅
新表の測影長は五尺三寸一分、王朴の算影長は五尺二寸七分、新法の算影長は五尺三寸小分七十二。
新表の測影長は四尺二寸、王朴の算影長は三尺八寸九分、新法の算影長は四尺一寸八分小分六十一。
四年壬辰二月二十九日乙巳
新表の測影長は四尺二寸二分、王朴の算影長は三尺九寸六分、新法の算影長は四尺二寸一分小分八十五。
新表の測影長は三尺三寸、王朴の算影長は二尺九寸六分、新法の算影長は三尺二寸九分小分八十六。
四年壬辰三月十五日庚申
新表の測影長は三尺三寸一分半、王朴の算影長は三尺一寸、新法の算影長は三尺三寸一分小分一十六。
新表の測影長は二尺五寸七分、王朴の算影長は二尺三寸、新法の算影長は二尺五寸六分小分二十八。
新表による測影の長さは二尺五寸七分半、王朴の算法による影長は二尺三寸、新法による算法の影長は二尺五寸七分小分四十二。
四年壬辰三月三十日乙亥
新表による測影の長さは二尺五寸八分半、王朴の算法による影長は二尺三寸四分、新法による算法の影長は二尺五寸八分小分四十四。
新表による測影の長さは二尺三分、王朴の算法による影長は一尺八寸六分、新法による算法の影長は二尺三分小分五十一。
新表による測影の長さは二尺三分半、王朴の算法による影長は一尺八寸六分、新法による算法の影長は二尺三分小分五十一。
四年壬辰四月十六日辛卯、雲陰のため測れず。
新表による測影の長さは一尺六寸九分、王朴の算法による影長は一尺六寸、新法による算法の影長は一尺六寸半分小分九十七。
新表による測影の長さは一尺六寸七分、王朴の算法による影長は一尺五寸九分、新法による算法の影長は一尺六寸七分小分八十四。
四年壬辰五月二日丙午
新表による測影の長さは一尺六寸八分半、王朴の算法による影長は一尺六寸、新法による算法の影長は一尺六寸八分小分二十。
新表の測影長は一尺五寸七分半、王朴の算影長は一尺五寸一分、新法の算影長は一尺五寸七分。
四年壬辰五月十七日辛酉、
新表の測影長は一尺五寸七分、王朴の算影長は一尺五寸一分、新法の算影長は一尺五寸七分。
新表の測影長は一尺六寸九分半、王朴の算影長は一尺六寸、新法の算影長は一尺六寸九分小分七十五。
四年壬辰六月三日丙子、雲陰のため測れず。
新表の測影長は二尺四寸、王朴の算影長は一尺八寸五分、新法の算影長は二尺四分小分九十七。
新表の測影長は二尺二分太、王朴の算影長は一尺八寸五分、新法の算影長は二尺四分小分二十四。
四年壬辰六月十九日壬辰、
新表の測影長は二尺五分、王朴の算影長は一尺八寸七分、新法の算影長は二尺六分小分五十三。
新表の測影長は二尺五寸九分、王朴の算影長は二尺二寸九分、新法の算影長は二尺五寸九分小分五十一。
新表の測影長は二尺六寸一分半、王朴の算影長は二尺三寸三分、新法の算影長は二尺六寸二分小分七十三。
新表の測影長は三尺三寸六分、王朴の算影長は三尺、新法の算影長は三尺三寸六分小分六十五。
四年壬辰七月十九日壬戌、雲陰のため測れず。
四年壬辰八月五日丁丑、雲陰のため測れず。
新表の測影長は五尺三寸八分、王朴の算影長は五尺二寸一分、新法の算影長は五尺三寸八分小分六十九。
四年壬辰八月二十日壬辰、雲陰のため測れず。
新表の測影長は六尺六寸七分、王朴の算影長は六尺八分、新法の算影長は六尺六寸七分小分八十八。
四年壬辰九月六日戊申
新表の測影長は六尺七寸三分半、王朴の算影長は六尺九寸一分、新法の算影長は六尺七寸四分小分八十四。
新表の測影長は八尺一寸六分、王朴の算影長は八尺四寸五分、新法の算影長は八尺一寸四分小分七十。
四年壬辰九月二十一日癸亥
新表の測影長は八尺二寸、王朴の算影長は八尺五寸六分、新法の算影長は八尺一寸九分小分六十六。
新表の測影長は九尺八寸半分、王朴の算影長は一丈一寸、新法の算影長は九尺八寸一分小分二十五。
新表の測影長は九尺七寸九分、王朴の算影長は一丈一寸、新法の算影長は九尺七寸八分小分六十三。
四年壬辰十月六日戊寅
新表の測影長は九尺七寸六分、王朴の算影長は一丈一寸、新法の算影長は九尺七寸六分小分一十。
測影を正して時刻の早晚を定む
距至の泛日に加減し、定日と為す。仍て半日の刻を加へ、前の距日の辰より命じ、算外、即ち二至の加時の日辰及び刻分なり。此くの如く推求すれば、則ち二至の加時の早晚験ふ可し。
皇祐岳台の晷景法
『大衍』の載する日及び『崇天』の定差の率に按ずるに、号して通密と雖も、然れども上下交応の理を尽くす能はず、則ち晷度契に合する由無し。今新法を立て、上は盈縮の行に符し、下は句股の数に参らしめ、算する所の尺寸天に測験して、先後無からしむ。其の術曰く、二至後の日数を計り、乃ち二至の約余を減去し、仍て半日の分を加ふ。即ち求めざる日の午中の積数なり。而して之を置きて進退の差分を求めむ。進退の差分を求むる者は、中積の数を置く。一象九十一日三十二分以下の如きは前と為す。一象以上の如きは、返って二至限一百八十二日六十一分を減じ、余りは後と為す。前後の度を上に置き、二百を下に列す。上を以て下を減じ、余りを下に乗じ、四千一百三十五に満てて之を除して分と為し、満たざれば退除して小分と為す。冬至後なれば即ち進差と為し、夏至後なれば即ち退差と為す。
仍て初・末の二限を列す。初・末限に入るを求むる者は、求めざる日の午中の積数を置く。日の冬至後初限・夏至後末限の数四十五日六十二分以下なれば、即ち求めざる所の初限に在ると為す。若し已上に在るが如きは、乃ち返って二至限を減じ、余り即ち求めざる所の末限に入ると為す。其の冬至後末限・夏至後初限は、一百三十七日を率と為す。
用て午中の晷数を求む。午中の晷数を求むる者は、求めざる所を視る。若し冬至後初限・夏至後末限に入るが如きは、限に入る日を以て一千九百三十七半を減じ、余りを泛差と為す。仍て限日の分を以て其の進退差に乗じ、五因百約し、用て泛差を減じ、定差と為す。乃ち限に入る日分自ら相乘じ、以て定差に乗じ、一百万に満てて尺と為し、満たざれば寸・分及び小分と為し、以て冬至の常晷一丈二尺八寸五分を減じ、余り其の日の午中の晷数と為す。若し求めざる所の冬至後末限・夏至後初限に入るが如きは、乃ち三約して限に入る日分を以て四百八十五少を減じ、余りを泛差と為す。仍て進退差を以て極数を減じ、余る者若し春分後・秋分前に在れば、直に四約し、以て泛差に加へ、定差と為す。若し春分前・秋分後に在れば、乃ち二分を去る日数及び分を以て之に乗じ、六百に満てて一と為し、以て泛差を減じ、余りを定差と為す。用て限に入る日分自ら相乘じ、以て定差に乗じ、一百万に満てて尺と為し、満たざれば寸・分及び小分と為し、以て夏至の常晷一尺五寸七分に加ふ。即ち其の日の午中の晷数と為す。若し周歳暦を用ゐば、直に其の日の晷景の損益差分を以て其の日の午中の余に乗じ、法に満てて之を約し、乃ち其の下の晷数を損益す。即ち其の日の午中の定晷なり。
此くの如く推求すれば、則ち上下通応の理、句股斜射の原、皆視験す可し。乃ち岳台の晷景周歳の算数を具す。