元史

志第二十六: 祭祀四

宗廟下

親謝儀、その項目は八つあり:

一は齋戒。享祭の三日前、皇帝は別殿で散斎二日、大次で致斎一日を行う。享祭に参与すべき官員は中書省で誓戒を受け、常儀の如し。

二は陳設、前の親祀儀に同じ。

三は車駕出宮。享祭の前日、所司は儀従・内外仗を備え、享祭に参与すべき官員とともに両行に序立して崇天門外に立ち、太僕卿は御馬を控えて大明門外に立ち、諸侍臣及び導駕官二十四人は、皆斎殿前の左右に分班して立って待つ。通事舍人が侍中を引いて跪奏し中厳を請い、俛伏して興る。少しくして、侍中が版奏して外辦を奏し、皇帝は即座に御座に着く。四品以上の享祭執事官が起居を終え、侍中が奏して輿に升ることを請う。皇帝は斎殿を出て、正階より降り、輿に乗り、華蓋繖扇は常儀の如し。導駕官が前導して大明門外に至り、侍中が進みて輿前に当たり、奏して輿を降り、馬に乗ることを請い終わり、導駕官は左右に分かれて歩導する。門下侍郎が跪奏して進発を請い、俛伏して興り、前に進んで警蹕を称す。崇天門に至り、門下侍郎が奏して権停を請い、衆官に上馬を勅す。侍中が承旨して退き、制可と称し、門下侍郎が退いて制を伝え、衆官上馬と称し、贊者が承伝し、衆官は櫺星門外に出て、上馬し終わり、門下侍郎が奏して進発を請い、前に進んで警蹕を称し、華蓋繖扇儀仗と衆官が左右より前引し、教坊楽鼓吹は振作せず。太廟櫺星門外、紅橋の南に至り、贊者が承伝して衆官に下馬を告げる。下馬し終わり、卑より尊に及び、儀仗は倒巻して北に向かい、両行に駐立する。駕が廟門に至り、侍中が奏して皇帝の下馬、歩いて廟門に入ることを請う。廟門に入り終わり、侍中が奏して輿に升ることを請い、尚輦が輿を奉じ、華蓋繖扇は常儀の如し。導駕官が前導し、皇帝が輿に乗って大次前に至り、侍中が奏して輿を降りることを請う。皇帝は輿を降りて位に就き、簾を降ろし、侍えいは式の如し。尚食が饍を進め、常儀の如し。禮儀使が祝冊を以て奏御署し終わり、奉じて出で、太廟令がこれを受け、各々坫に奠し、各室の祝案上に置く。通事舍人が旨を承け、衆官に各々斎次に還ることを勅す。

四は省牲器、前の親祀儀に見ゆ。

五は晨祼。享日の丑前五刻、光祿卿・良醞令・太官令が入りて籩豆簠簋尊罍を実じ、各々常儀の如し。太樂令が工人・二舞を率い、次第に位に就く。禮直官が御史及び執事者を引いて次第に位に就く。禮直官が太常卿・御史を引いて殿に升り陳設を点視し、退いて復位す。禮直官が司徒しと等の官を引いて各室に詣り、香を分け酒を設くること常儀の如し。禮直官がまた太常卿及び御史・太廟令・太祝・宮闈令を引いて殿に升り、帝后の神主を奉出し終わり、各々退き降りて拜位に就き、立って定まる。奉禮が殿上にて神主を奉ずることを贊し終わり、奉禮が贊して曰く「再拜」、贊者が承伝し、御史以下皆再拜し終わり、各々位に就く。禮直官が攝太尉を南神門東偏門より引いて入り位に就き、立って定まる。協律郎が跪き俛伏し、麾を挙げて興り、工が柷を鼓し、宮縣の楽は思成の曲を作し、黄鐘を宮とし、大呂を角とし、太簇を徵とし、応鐘を羽とし、文舞九成して止む。太尉以下皆再拜し終わり、禮直官が太尉を引いて盥洗位に詣らしめ、宮縣の楽は肅寧の曲を作し、位に至りて楽止み、北に向かって立ち、笏を搢げ、手を盥い、手を帨い、笏を執って爵洗位に詣り、北に向かって立ち、笏を搢げ、瓚を洗い、瓚を拭い、瓚を執事者に授く。笏を執って殿に升り、宮縣の楽作し、阼階の下に至り、楽止む。阼階より陞り、登歌の楽作し、太祖の尊彝所に詣り、西に向かって立ち、楽止む。執事者が瓚を奉じて太尉に授け、太尉は笏を搢げて瓚を執る。司尊者が冪を挙げて鬱鬯を酌み終わり、太尉は瓚を執事者に授け、笏を執って太祖神位の前に詣り、笏を搢げて跪き、三たび香を上ぐ。執事者が瓚を奉じて太尉に授け、太尉は瓚を執りて鬯を以て地に祼し終わり、虚瓚を執事者に授く。笏を執り俛伏して興り、戸外に退出し、北に向かって再拜し終わり、次いで各室に詣り、並びに上儀の如し。禮畢し、阼階より降り、復位す。

六は進饌。太尉の祼が将に畢らんとする時、進饌は前儀の如し。

第七は酌献である。太尉が既に祼を終えると、礼直官が博士を導き、博士が礼儀使を導いて大次前へ至り、北向きに立つ。通事舍人が侍中を導いて大次前へ詣でさせ、版奏して中厳を請う。皇帝は袞冕を着ける。しばらく座ると、侍中が外辦を奏し、礼儀使が跪いて皇帝に行礼を請うことを奏し、俯伏して起つ。簾を捲き上げて次を出ると、礼儀使が前導して西神門へ至り、華蓋・傘・扇は門外に留め、近侍が従って入り、太礼使が後に従う。殿中監が跪いて鎮圭を進め、皇帝は圭を執って門に入る。協律郎が跪き、俯伏して起ち、麾を挙げると、宮懸の順成の楽が奏され、版位に至り東向きに立つと、楽は止む。引礼官が左右に分かれて侍立し、礼儀使が皇帝の再拝を奏請する。奉礼が「衆官再拝」と言うと、賛者が承伝し、凡そ在位する者皆再拝する。礼儀使が皇帝が盥洗の位に詣でることを奏請し、宮懸の楽が奏され、位に至ると楽は止む。内侍が跪いて匜を取り、起ち、水を注ぎ、また内侍が跪いて盤を取り、水を受ける。礼儀使が鎮圭を搢げることを奏請し、皇帝は圭を搢げて手を盥ぐ。内侍が跪いて篚の中から巾を取り、起ち、進める。手を拭い終わると、奉爵官が爵を跪いて進める。皇帝が爵を受け、内侍が匜を奉じて水を注ぎ、また内侍が盤を奉じて水を受ける。皇帝が爵を洗い終わると、内侍が巾を奉じて跪いて進める。皇帝が爵を拭い終わると、内侍は盤と匜を奠め、また巾を篚に奠め、奉爵官が爵を受ける。礼儀使が鎮圭を執ることを奏請し、導いて殿に昇り、宮懸の楽が奏され、西階の下に至ると楽は止む。西階より昇り、登歌の楽が奏される。礼儀使が前導して太祖室の尊彝の所に詣で、東向きに立つと、楽は止む。宮懸の楽が奏され、開成の曲を奏する。奉爵官が爵を尊に臨ませ、執事者が冪を挙げ、侍中が跪いて犧尊の泛斉を酌み、爵を執事者に授ける。礼儀使が前導し、入って太祖神位の前に詣で、北向きに立つ。礼儀使が鎮圭を搢げることを奏請し、跪き、また三たび香を上ることを奏請する。香を上り終わると、奉爵官が爵を進酒官に授け、進酒官は東向きに爵を跪いて進め、礼儀使が爵を執って酒を祭ることを奏請する。爵を執って茅苴に三たび酒を祭り終わると、虚爵を進酒官に授け、進酒官は爵を受けて奉爵官に授け、退いて尊彝の所に立つ。進酒官が進み、神案上に奠めた玉爵の馬湩を徹し、東向きに跪いて進め、礼儀使が爵を執って馬湩を祭ることを奏請する。祭り終わると虚爵を進酒官に授け、進酒官は進んで神案上に奠め終わり、退く。礼儀使が圭を執つことを奏請し、俯伏して起つ。司徒が笏を搢げて俎の前に跪き、牲盤を挙げて西向きに進める。礼儀使が鎮圭を搢げることを奏請し、皇帝は圭を搢げ、俯いて牲盤を受け、北向きに跪き、神案上に奠め終わると、礼儀使が圭を執って起つことを奏請し、前導して戸外の褥位に出、北向きに立つと、楽は止む。挙祝官が笏を搢げて跪き、祝版を対挙する。読祝官が北向きに跪き、祝文を読み終わると、俯伏して起つ。挙祝官が祝版を奠め終わると、先に次室に詣でる。次いで蒙古祝史が室前に詣でて祠を致し終わると、礼儀使が再拝を奏請する。拝し終わると、礼儀使が前導して各室に詣で、各室の楽を奏する。その酌献・牲体を進める・馬湩を祭ることは、並びに第一室の儀の如し。既に終わると、礼儀使が飲福の位に詣でることを奏請する。登歌の楽が奏され、位に至り、西向きに立つと、楽は止む。宮懸の釐成の楽が奏され、礼直官が司徒を導いて飲福位の側に立たせ、太祝が爵で上尊の福酒を酌み、合わせて一爵に置き、侍中に奉じ、侍中は爵を受けて奉じて立つ。礼儀使が皇帝の再拝を奏請する。拝し終わると、鎮圭を搢げて跪くことを奏し、侍中は東向きに爵を跪いて進める。礼儀使が爵を執って三たび酒を祭ることを奏請し、また啐酒を奏請する。啐し終わると、爵を侍中に授ける。礼儀使が胙を受けることを奏請し、太祝が黍稷飯の籩を司徒に授け、司徒は東向きに跪いて進め、皇帝は受け、左右に授ける。太祝がまた胙肉の俎を跪いて司徒に授け、司徒が跪いて進め、皇帝は受け、左右に授ける。礼直官が司徒を導いて退き立たせる。侍中が再び爵酒を跪いて進め、礼儀使が皇帝が爵を受けることを奏請し、福酒を飲み終わると、侍中は虚爵を受け起ち、太祝に授ける。礼儀使が鎮圭を執つことを奏請し、俯伏して起ち、また再拝を奏請する。拝し終わると、楽は止む。礼儀使が前導して版位に還る。登歌の楽が奏され、西階より降りると、楽は止む。宮懸の楽が奏され、位に至ると楽は止む。奉礼が殿上で太祝に籩豆を徹することを唱える。宮懸の豊寧の楽が奏され、徹し終わると、楽は止む。奉礼が「胙を賜う」と言うと、賛者が「衆官再拝」と唱え、在位する者皆再拝する。送神の楽が奏され、保成の曲が奏され、一成で止む。礼儀使が皇帝の再拝を奏請し、賛者が承伝し、在位する者皆再拝する。拝し終わると、礼儀使が前に進み礼畢を奏し、皇帝は大次に還る。宮懸の昌寧の楽が奏され、門を出ると、楽は止む。礼儀使が鎮圭を釈めることを奏請し、殿中監が跪いて受け、華蓋・傘・扇は常の儀の如し。次に入り、簾を降ろす。礼直官が太常卿・御史・太廟令・太祝・宮闈令を導いて殿に昇り神主を納め終わると、各々降りて位に就く。賛者が殿上で神主を昇納し終わったことを唱え、奉礼が「再拝」と言うと、御史以下諸執事者皆再拝し終わり、順次に出る。通事舍人・礼直官が各々享官を導いて順次に出し、太楽令が工人・二舞を率いて順次に出し、太廟令が戸を閉めて降りてから退く。祝版は匱に蔵める。

第八は車駕の還宮である。皇帝が既に大次に還ると、侍中が解厳を奏請する。皇帝は袞冕を解き、大次に留まる。五刻ほどして、尚食が膳を進め、常の儀の如し。所司が儀従・内外の仗を備え、従祀の諸執事官と共に両行に序立して太廟の櫺星門外に立つ。侍中が版奏して外辦し、皇帝は次を出て輿に昇り、導駕官が前導し、華蓋・傘・扇は常の儀の如し。廟門に至ると、太僕卿が御馬を進め、侍中が皇帝が輿を降りて馬に乗ることを奏請する。馬に乗り終わると、門下侍郎が進発を奏請し、俯伏して起ち退き、前に進んで警蹕を称える。櫺星門外に至ると、門下侍郎が権停を奏請し、衆官に上馬を勅する。侍中が旨を承り退き「制可」と称し、門下侍郎が退き制を伝え、賛者が承伝し、衆官が上馬し終わると、導駕官及び華蓋・傘・扇が左右に分かれて前導し、警蹕を称え、教坊楽・鼓吹が振作する。崇天門の櫺星門外に至ると、門下侍郎が権停を奏請し、衆官に下馬を勅する。賛者が承伝し、衆官が下馬し終わると、左右前導して内の石橋の北に入り、儀仗と共に倒捲して北へ向かい、駐立する。駕が崇天門に入り、大明門外に至って馬を降り、輿に昇って入る。駕が既に入ると、通事舍人が旨を承り衆官皆退くことを勅し、宿衛官が衛士を率いて式の如く宿衛する。

摂祀の儀、その目は九つ有り:

第一は斎戒である。享祭の三日前、三献官以下すべて祭事に参与する員は、皆公服を着て中書省において誓戒を受ける。この日、夜明けに、有司が省庭に金椅を設け、一人が紅羅傘を執ってその左に立つ。奉礼郎が儀鸞局を率いて版位を陳設し、献官および諸執事の位は、皆席を敷き、さらに紫綾の褥を加える。初献太尉の位を省階のやや西に設け、南向きとする。大礼使の位をその東、やや南に設け、西向きとする。監祭御史の位二つを、通道の西に設け、東向きとする。監礼博士の位二つを、通道の東に設け、西向きとする。いずれも北を上とする。司徒・亜献・終献の位をその南に設け、北向き、西を上とする。次に助奠七祀献官、次に太常卿・光禄卿・光禄丞・書祝官・読祝官・太官令・良醞令・廩犠令・司尊彝・挙祝官・太官丞・廩犠丞・奉爵官・奉瓚官・盥爵官二名・巾篚官・蒙古太祝・巫祝・点視儀衛・清道官および祭事に参与する官を、品級に従って陳設し、皆異なる位で重行とする。太廟令・太楽令・郊社令・太祝の位を通道の西に設け、北向き、東を上とする。太廟丞・太楽丞・郊社丞・奉礼郎・協律郎・司天生の位を通道の東に設け、北向き、西を上とする。斎郎の位をその後に設ける。賛者が行事等の官を導き、各々その位に就き、立って定まる。次に初献官を導いて立って定まらせる。礼直官が笏を搢し、誓文を読む。「某年某月某日、太廟において享祭を行い、各々その職務を揚げる。もし敬わざる者あれば、国に常刑あり」。散斎二日は正寝に宿し、致斎一日は祠所に宿する。散斎の日は事を治めること従前の如し、喪を弔い病を問わず、楽を作さず、刑殺の文字を判署せず、罪人を決罰せず、穢悪の事に関与せず。致斎の日は享事を行うことのみ許され、その他はすべて禁ずる。凡そ享祭に参与する官で、既に斎戒して欠ける者は、通じて事を摂行する。七品以下の官は先に退き、その余の官は再拝する。礼直官が「鞠躬」「拝」「興」「拝」「興」「平立」「礼畢」と唱える。廟を守る兵衛と太楽の工人は、共に清斎一宿する。祝所に赴く日、官より酒饌を給す。

第二は陳設である。享祭の二日前、所司が廟門に兵衛を設け、行人を禁断する。儀鸞局が饌殿に幄幔を設ける。所司が三献官以下の行事執事官の次舎を斎房の所に設ける。前一日、太楽令がその属を率いて宮懸の楽を庭中に設ける。東方・西方は磬簴を北から始め、鐘簴これに次ぐ。南方・北方は磬簴を西から始め、鐘簴これに次ぐ。十二の鎛鐘を編懸の間に設ける。各々辰位に依り、建鼓を四隅に樹て、柷敔を北懸の内に置く。柷一つは道の東に、敔一つは道の西に。路鼓一つは柷の東南に、晉鼓一つはその後に、また路鼓一つは柷の西南に。諸工人は各々その後に。東方・西方は、北を上とし、南方・北方は、西を上とする。文舞は北に、武舞は南に、舞表を酇綴の間に立てる。また登歌の楽を殿上の前楹の間に設ける。玉磬一簴は西に、金鐘一簴は東に、柷一つは金鐘の北やや西に、敔一つは玉磬の北やや東に。搏拊二つ、〔一つは柷の北に〕、一つは敔の北に、東西相向き。歌工これに次ぎ、その余の工は各々懸の後に位する。その匏竹の者は階間に立ち、重行北向き、相対して首とする。

享前一日、太廟令はその属僚を率いて廟庭の内外を掃除する。枢密院の軍官一員は軍人を率いて草穢を刈り取り、道路を平らに治める。また七祀の燎柴を廟門の外に設ける。また室内に神位を北牖の下、戸に当たって南向きに敷設する。每位に黼扆一、紫綾厚褥一、薄褥一、莞席一、繅席二、虎皮次席二を設ける。時節が暖かければ桃枝竹席を用い、几は筵の上に置く。また三献官の跪拝褥位二を設け、一つは室内、一つは室外とする。学士院が祝冊の撰定を終え、書祝官は饌幕において公服を具えて祝文を書き終え、初献官に御名を署させた後、太廟令に授ける。また祝案を室戸外の右に設ける。また三献官の位を殿下の横街の南、やや西寄りに東向きに設ける。亜献・終献の位はやや後退させ、助奠七祀献官はさらにその南に設ける。書祝官・読祝官・挙祝官・太廟令・太官令・良醞令・廪犧令・太廟丞・太官丞の位はさらにその南に設ける。司尊彝・奉瓚官・奉爵官・盥洗巾篚・爵洗巾篚・蒙古太祝・蒙古巫祝・太祝・宮闈令及び七祀司尊彝・盥洗巾篚は、順次南に設ける。また斎郎の位をその後に設ける。毎等は位を異にし、重行、東向き、北上とする。また大礼使の位を南神門東偏門のやや北、北向きに設ける。また司徒・太常卿等の位を横街の南、やや東寄りに西向きに設け、亜献・終献と相対し、司徒の位は北、太常卿はやや後退させる。太常同知・光禄卿・僉院・同僉・院判・光禄丞・拱衞使は順次南に設ける。また監祭御史の位二、監礼博士の位二を横街の北、西向きに設け、北を上とする。また協律郎の位を宮懸楽簴の西北、東向きに設け、太楽丞は楽簴の間に置く。また太楽令・協律郎の位を登歌楽簴の間に設ける。また牲榜を東神門外、南向きに設ける。太常卿の位を牲位の南向きに設ける。監祭御史の位は太常卿の左、太官令は次、光禄丞・太官丞はさらに次、廪犧令の位は牲の西南、廪犧丞はやや後退させ、いずれも北向き、右を上とする。また諸太祝の位を牲の東、西向きに設け、北を上とする。また蒙古巫祝の位を牲の東南、北向きに設ける。また省饌の位を省饌殿前、太常卿・光禄卿・光禄丞・太官令の位を東、西向きに設ける。監祭・監礼の位を西、東向きに設ける。いずれも北上とする。太廟令は祝版を室右の祝案に陳列し、また祠祭局を率いて籩豆簠簋を設ける。毎室左に籩十二、右に豆十二、いずれも四行とする。登三は籩豆の間に、鉶三はその次、簠二・簋二はさらにその次、簠は左、簋は右、俎七は簠簋の南、香案一はその次、沙池はさらにその次とする。また毎室の尊罍を通廊に設け、斝彝・黄彝各一、春夏は雞彝・鳥彝・犧尊二・象尊二を用い、秋冬は著尊・壺尊・太尊二・山罍二を用い、順次本室の南の左に置き、いずれも勺冪を加える。酌尊所とし、北向き、西上とする。彝には舟坫冪がある。また壺尊二・太尊二・山罍四を殿下の階間に設け、いずれも北向き、室戸の左を望み、いずれも坫を加え冪をかけ、設けるが酌まない。凡そ祭器は、いずれも席を敷く。また七祀の位を横階の南道の東、西向きに設け、北を上とする。席はすべて莞を用いる。神版位を設け、各座首に置く。また祭器を設け、每位左に籩二、右に豆二、簠一・簋一は籩豆の間に、俎一は籩の前、爵坫一はその次、壺尊二は神位の西、東向き、北を上とし、いずれも坫勺冪がある。また三献の盥洗・爵洗を通街の西、横街の南、北向きに設ける。罍は洗の西に置き勺を加え、篚は洗の東に置き、いずれも巾を実す。爵洗にはなお瓚を実し、爵には盤坫を加える。罍篚を執る者は各後ろに位する。また七祀献官の盥洗の位を七祀神位の前、やや北に設ける。罍は洗の西、篚は洗の東に置き、巾を実す。また爵を坫に実す。罍篚を執る者は各後ろに位する。

三は習儀。享前二日、三献以下の諸執事官員は太廟に赴き儀式を習う。次日の早朝、各公服を具え馬に乗り東華門に赴き、御香を迎えて廟に至り牲を省みる。

四は迎香。享前一日、有司は坊市に告諭し、経行する衢路を灑掃し、香案を祗備させる。享前一日の質明、三献官以下及び諸執事官は各公服を具え、六品以下の官は皆紫服を借り、崇天門下に詣でる。太常礼儀院官一員は御香を奉じ、一員は酒を奉じ、二員は馬湩を奉じ、内より出る。監祭・監礼・奉礼郎・太祝は両班に分かれて前導し、控鶴五人、一人は繖を執り、従者四人は儀仗を執り前行する。大明門に至り、正門より出て、教坊の大楽が奏される。崇天門外に至り、香・酒・馬湩を奉ずる者は腰輿に安置し、前の如く導引する。外垣の櫺星門外に至り、百官は馬に乗り、両班に分かれて儀仗の外を行き、清道官は儀衞の先を行き、兵馬司の巡兵は道を挟んで次ぎ、金鼓はさらに次ぎ、京尹の儀従はさらに次ぎ、教坊の大楽は一隊として次ぐ。控鶴の弩手は各その服を着し、儀仗を執り左右に列を成して次ぎ、拱衞使はその中に居り、儀鳳司の細楽はさらに次ぐ。太常卿と博士・御史は輿の前に導き、献官・司徒・大礼使・助奠官は輿の後に従う。廟に至り、南門より入る。神門外に至り、百官及び儀衞は皆止まる。太常卿・博士・御史は輿を導き、三献・司徒・大礼使・助奠官は従って入り殿下に至り、献官は香酒馬湩を奉じて太階より昇り、殿内の通廊の正位に安置する。礼直官は献官を導き東階より降り、東神門北偏門より出て、服を解く。

五は省牲器、親祀儀を見よ。

第六は晨祼しんかんである。祭祀の日の丑の刻の五刻前、太常卿・光祿卿・太廟令がその属官を率いて神位に燭を設け、ついで三獻官・司徒・大禮使らとともに、毎室一人ずつ、御香と酒醴を分設し、金玉の爵・斝を用いて馬湩ばどう・蒲萄尚醞酒を酌み取り、神案にささげる。また籩豆の実を陳べる。籩は四行、右を上とする。第一行は魚鱐ぎょしゅうが前、糗餌きゅうじ粉餈ふんしがこれに次ぐ。第二行は乾䕩(かんりょう)が前、乾棗かんそう形鹽けいえんがこれに次ぐ。第三行は鹿脯ろくほが前、榛実しんじつ乾桃かんとうがこれに次ぐ。第四行はひしが前、けんりつがこれに次ぐ。豆は四行、左を上とする。第一行は芹菹きんそが前、筍菹じゅんそ葵菹きそがこれに次ぐ。第二行は菁菹せいそが前、韮菹きゅうそ・𨠑じゅうしょくがこれに次ぐ。第三行は魚醢ぎょかいが前、兔醢とかい・䐁とくはくがこれに次ぐ。第四行は鹿臡ろくじが前、醓醢たんかい糝食さんしょくがこれに次ぐ。には稻粱とうりょうたし、には黍稷しょしょくを実たし、とうには大羹たいこうを実たし、けいには和羹わこうを実たし、尊彝そんい斝彝かいいには明水めいすいを実たし、黄彝こういには鬱鬯うっちょうを実たし、犧尊ぎそんには泛齊はんせいを実たし、象尊ぞうそんには醴齊れいせいを実たし、著尊ちょそんには盎齊おうせいを実たし、山罍さんらいには三酒さんしゅを実たし、壺尊こそんには醍齊たいせいを実たし、太尊たいそんには沈齊ちんせいを実たす。凡そ齊の上尊には明水を実たし、酒の上尊には玄酒げんしゅを実たし、その酒齊はすべて上醞じょううんで代える。また七祀の祭器を実たし、每位左に二籩、栗が前、鹿脯がこれに次ぐ。右に二豆、菁菹が前、鹿臡がこれに次ぐ。簠には黍を実たし、簋には稷を実たし、壺尊には醍齊を実たし、その酒齊もまた上醞で代える。陳設が終わると、獻官以下行事執事官、各々その服を着し、齊班廳に会する。禮直官が太常卿・監祭・監禮・太廟令・太祝・宮闈令・諸執事官・齋郎を導き、南神門東偏門より入り就位し、東西相向いて立定する。監祭・監禮が殿の上下を按視し、蓋冪がいべきを徹去し、儀にかざる者を糾察するのを俟ち、退きて位に復する。禮直官が太常卿・監祭・監禮・太廟令・太祝・宮闈令を導き、東階より陞り、太祖室に詣る。蒙古太祝が帝主の神冪を起し、宮闈令が后主の神冪を起す。次いで毎室に詣り、並びに常儀の如く終わり、禮直官が太常卿以下諸執事官を導き、横街の間に当たり、重行し、西を上として、北向きに立定する。奉禮郎が贊して曰く「神主を奉ずること訖り、再拝」。禮直が承傳し、太常卿以下皆再拝し訖り、奉禮郎また贊して曰く「各々位に就け」。禮直官が諸執事官を導き各々位に就き、次いで太官令が齋郎を率い、南神門東偏門より以て次に出る。贊者が三獻官・司徒・大禮使・七祀獻官・諸行事官を導き、南神門東偏門より入り、各々位に就き、立定する。禮直官が進み初獻官の左に立ち、贊して曰く「有司謹みて具す、請う行事をなさん」、退きて位に復する。協律郎が跪き、俛伏し興り、を挙ぐ(興る)、こうしゅくを鼓し、宮縣の楽は思成の曲を奏し九成し、文舞は九変す。奉禮郎が再拝を贊し、在位者皆再拝す。奉禮また諸執事者各々位に就くを贊し、禮直官が奉瓚・奉爵・盥爵・洗巾篚の執事官を導き各々位に就き、立定する。禮直官が初獻官を導き盥洗位に詣らしめ、宮縣の楽は無射宮の肅寧の曲を作し、位に至り北向きに立定す。笏をし、手をすすぎ、手をぬぐい、笏を執りて爵洗位に詣る。位に至り北向きに立定し、笏を搢し、瓚を執り、瓚を洗い、瓚を拭い、瓚を執事者に授け、笏を執し、楽止む。登歌の楽は作し、夾鐘宮の肅寧の曲を奏し、東階より升る、楽止む。太祖の酌尊所に詣り、西向きに立ち、笏を搢す。執事者、瓚を初獻官に授く。初獻官、瓚を執す。司尊彝、跪きて冪を挙ぐ。良醞令、跪きて黄彝の鬱鬯を酌む。初獻、瓚を執事者に授け、笏を執りて太祖神位の前に詣り、北向きに立ち、笏を搢し跪き、三たび香を上ぐ。執事者、瓚を初獻に授く。初獻、瓚を執して鬯を沙池に灌ぎ、瓚を執事者に授け、笏を執し、俛伏し興り、室の戸外に出、北向きに立つ。再拝し訖り、毎室に詣り祼鬯すること上儀の如し。俱に畢り、禮直官が初獻を導き東階より降り、登歌の楽は作し、夾鐘宮の肅寧の曲を奏す。位に復し、楽止む。

第七は饋食きしょくである。初獻が祼を終えると、前の進饌の儀の如くす。

第八は酌獻しゃくけんである。太祝、茅苴ぼうしょを盤に立てる。禮直官が初獻を導き盥洗位に詣らしめ、宮縣の楽は作し、無射宮の肅寧の曲を奏し、位に至り北向きに立つ。笏を搢し、手を盥ぎ、手を帨い、笏を執りて爵洗位に詣る。位に至り、笏を搢し、爵を執り、爵を洗い、爵を拭い、爵を執事者に授け、笏を執し、楽止む。登歌の楽は作し、夾鐘宮の肅寧の曲を奏す。東階より陞る、楽止む。太祖の酒尊所に詣り、西向きに立ち、笏を搢し爵を執す。司尊彝、笏を搢し跪きて冪を挙ぐ。良醞令、笏を搢し跪きて犧尊の泛齊を酌む。爵を執事者に授け、笏を執す。宮縣の楽は作し、無射宮の開成の曲を奏す。太祖神座の前に詣り、北向きに立ち、やや前に進み、笏を搢し跪き、三たび香を上ぐ。爵を執し、三たび酒を茅苴に祭し、爵を執事者に授け、笏を執し、俛伏し興り、平に立つ。請うて室の戸外に出、北向きに立ち、楽止み、祝を読むを俟つ。挙祝官、笏を搢し跪き、祝版を対挙し、読祝官、跪きて祝文を読む。読み訖り、挙祝官、祝版を案に奠し、笏を執し興る。読祝官、俛伏し興る。禮直官、再拝を贊し訖り、次いで毎室に詣り、酌獻すること上儀の如くし、各々その室の楽を奏す。獻畢り、宮縣の楽止む。東階より降り、登歌の楽は作し、夾鐘宮の肅寧の曲を奏す。初獻、位に復し、立定す。文舞退き、武舞進み、宮縣の楽は作し、無射宮の肅寧の曲を奏す。舞者立定し、楽止む。禮直官が亞獻を導き盥洗位に詣らしめ、位に至り北向きに立ち、笏を搢し、爵を執り、爵を洗い、爵を拭い、爵を執事者に授く。東階より陞り、太祖の酌尊所に詣り、西向きに立ち、笏を搢し爵を執す。司尊彝、笏を搢し跪きて冪を挙ぐ。良醞令、笏を搢し跪きて象尊の醴齊を酌む。爵を執事者に授け、笏を執す。宮縣の楽は作し、無射宮の肅寧の曲を奏す。太祖神座の前に詣り、北向きに立ち、稍前に進み、笏を搢し跪き、三たび香を上ぐ。爵を執し三たび酒を茅苴に祭し、爵を執事者に授け、笏を執し俛伏し興り、平に立ち、請うて室の戸外に出、北向きに立つ。再拝し訖り、次いで毎室に詣り、酌獻すること並びに上儀の如し。獻畢り、楽止む。東階より降り、位に復し立定す。禮直官が終獻を導き、亞獻の儀の如くす。ただ著尊の盎齊を酌むのみ。禮畢り、降りて位に復す。初・終獻の将に行わんとするとき、贊者が七祀獻官を導き盥洗位に詣らしめ、笏を搢し、手を盥ぎ、手を帨い訖り、笏を執りて酒尊所に詣り、笏を搢し、爵を執り、酒を酌み、爵を執事者に授け、笏を執りて首位の神座の前に詣り、東向きに立ち、稍前に進み、笏を搢し跪き爵を執し、三たび酒を沙池に祭し、爵を案に奠し、笏を執し俛伏し興り、少しく退き立ち、再拝し訖り、每位並びに上儀の如し。俱に畢り、七祀獻官は終獻官の降りて位に復するを俟ち、立定す。

第九は馬乳を祭る儀式である。終献の酌献がまさに終わろうとする時、礼直官が分かれて初献官・亜献官、司徒、大礼使、助奠官、七祀献官、太常卿、監祭、監礼、太廟令・丞、蒙古の庖人、巫祝らを導いて殿上に昇らせる。各室ごとに献官一名ずつがそれぞれ戸外に立ち、太常卿、監祭、監礼以下はその後に立つ。礼直官が献官を導いて神座の前に進み、蒙古の庖人が犠牲の体を割いて献官に授ける。献官は笏を帯に挿して跪き、まず帝主の神位の前に奠め、次いで后主の神位の前に奠め終わると、笏を出して退き拝位に就き、笏を挿して跪く。太廟令が机上にあらかじめ設えてある金玉の爵・斝の馬乳、葡萄の尚醞酒を取り、順に献官に授けると、献官は皆これを沙池に祭る。蒙古の巫祝が詞を述べ終わると、宮懸の楽が奏され、進饌の曲と同じになる。初献官は笏を出して拝位に就き、起立し、室の戸外に出て、北を向いて立つ。他の献官が皆立ち終わるのを待ち、礼直官が通贊して「拝」、「興」と唱え、合わせて四拝する。監祭、監礼以下はこれに従って拝する。皆、本朝(元朝)の跪礼を行う。拝し終わると退き、登歌の楽が奏され、階を降りると楽が止む。太祝が籩豆を徹し、登歌の楽が奏され、夾鐘宮の豊寧の曲を奏する。奉礼郎が胙を賜うと唱え、賛者がこれを承伝し、衆官は再拝して起立する。送神の楽が奏され、黄鐘宮の保成の曲を奏し、一成で止む。太祝がそれぞれ各室の祝版を奉じ、太階から降りて瘞位を望み、礼直官が三献、司徒、大礼使、助奠、七祀献官、太常卿、光禄卿、監祭、監礼を導いて燔焼する祝版を視察し、位の坎の北で南に向かって跪き、祝版を柴の上に奠め、拝位に就いて起立する。半ば燎えるのを待ち、礼直官が「瘞すべし」と唱える。礼直官が三献以下および諸執事者・斎郎らを導き、南神門の東の偏門から出て揖位に至り、円揖する。楽工と二舞は順次これに従って出る。三献が出る時、礼直官が分かれて太常卿、太廟令、監祭、監礼、蒙古太祝、宮闈令および各室の太祝を導き、東階から昇り、太祖の神座の前に進み、神主を納め、各室も儀式の通りに行う。全て終わると、東階から降り、横街の南に至り、北に向かって西を上として立って定まる。奉礼郎が「神主を納め終わり、再拝」と唱え、賛者がこれを承伝し、再拝終わると、順次退出する。礼が終わると、三献官、司徒、大礼使、太常礼儀院使、光禄卿らは、胙を奉じて闕庭に進める。皇帝が上都に行幸している時は、駅伝で赴いて奉進する。

摂行告謝の儀:告祭の三日前、三献官以下の諸執事官は、それぞれ公服を着て中書省に赴き誓戒を受ける。告祭の前日の未正二刻、犠牲と器を省みる。当日の質明に、三献官以下の諸執事者はそれぞれ法服を着け、礼直官が太常卿、監祭御史、監礼博士、五令諸執事官を導いて先に入り就位する。礼直官が監祭、監礼を導いて陳設を点視し終わると、復位する。礼直官が太常卿、監祭、監礼、太廟令、太祝、宮闈令を導いて各室の神主を遷し奉り終わると、横街から降り、北に向かって立って定まる。奉礼郎が再拝と唱え、在位の官は皆再拝し終わると、奉礼郎が各々就位と唱え終わると、太官令、斎郎が出る。礼直官が三献、司徒、光禄卿、瓚を捧げる官、爵を盥ぐ官、爵を洗う官を導いて入り就位し、立って定まる。礼直官が「有司謹んで具え、行事を請う」と唱え、降神の楽が奏され、九成で止む。奉礼郎が再拝と唱え、三献以下は再拝し終わると、奉礼郎が諸執事者各々就位と唱え、立って定まる。礼直官が初献を導いて盥洗の位に至り、手を盥ぎ、爵洗の位に至り、瓚を洗う。第一室の酒尊所に至り、鬱鬯を酌む。神座の前に至り北に向かって跪き、笏を挿し三たび香を焚き、幣を奠め瓚を執り、鬯を沙池に灌ぎ、笏を執り伏して興る。室の戸外に出て、再拝し終わると、次いで各室に詣で、皆上記の儀式の通りに行う。全て終わると、降りて復位する。司徒が斎郎を率いて饌を進め、常儀の通りとする。奠め終わると、降りて復位する。礼直官が初献を導いて盥洗の位に至り、手を盥ぎ、爵洗の位に至り、爵を洗う。第一室の酒尊所に至り、酒を酌む。神座の前に至り、北に向かって笏を挿し跪き、三たび香を焚き、爵を執り三たび酒を茅苴に祭り、爵を執事者に授け、笏を執り伏して興り、室の戸外に出て、北に向かって立つ。読祝官が祝文を読み終わるのを待ち、再拝する。各室に詣で、皆上記の儀式の通りに行い終わると、降りて復位する。礼直官が亜献官を導き手を盥ぎ、爵を洗い、酌献し、皆初献の儀式の通りとし、ただ祝を読まない。全て終わると、降りて復位する。礼直官が終献を導き、皆亜献の儀式の通りとする。全て終わると、復位する。太祝が籩豆を徹し、奉礼郎が胙を賜うと唱え、衆官は再拝する。在位の官は皆再拝し終わると、礼直官が三献官、司徒、太常卿、監祭、監礼を導いて祝版と幣帛の焚焼を視察し、礼直官が「瘞すべし」と唱える。礼が終わると、太常卿、監祭、監礼が昇って神主を納め終わると、横階から降りる。奉礼郎が再拝と唱え、在位の官は皆再拝し終わると、退出する。

薦新の儀:当日の質明に、太常礼儀院の官属は廟所に赴き、皆公服を着て次で待つ。太廟令がその属を率いて殿に昇り、室の戸を開き、神主は出さず、籩豆俎、酒醴、馬乳および室の戸内外の褥位を設ける。また盥洗の位を階下のやや東、西向きに設ける。奉礼郎が儀鸞局を率いて席褥の版位を横街の南に設け、また盥盆と手巾を二所、斉班幕の前に設ける。祭りに与かる執事官は皆手を盥ぎ終わると、太常官が神厨に詣で神饌を点視する。執事者が薦める饌物を奉じ、それぞれ饌幕の中に陳列する。太常官以下は入って就位し、東西に重なって行をなし、北に向かって立って定まる。礼直官が「皆再拝」、「鞠躬」、「拝」、「興」、「拝」、「興」、「平立」、「各々就位」と唱える。礼直官が太常の次官一名を導き、執事者を率いて出て饌所に詣で、饌を奉じて正門から入り、太階から昇り、各室の神位の前に奠める。執事者が時食を進め、院官は笏を挿して受けこれを奠める。礼直官が太常礼儀使を導いて盥洗の位に至り、手を盥ぎ手を拭う。殿に昇り第一室の神位の前に詣で、笏を挿し、執事者が杯に酒を注ぎ、三たび酒を祭り、また杯に馬乳を注ぎ、これも三たび祭り、杯を案に奠める。笏を出し、拝位に就いて興り、室の戸外に出て、北に向かって立ち、再拝する。各室とも終わると、降りて復位し、執事者も皆降りる。礼直官が「再拝」、「鞠躬」、「拝」、「興」、「拝」、「興」、「平立」と唱える。その他の官が執事者を率いて昇り饌を徹し、殿を出て戸を閉じる。礼直官が太常官以下を導き、皆東神門の外に出て、円揖する。

神御殿

神御殿は、旧称を影堂という。奉安する祖宗の御容は、すべて紋綺局が錦を織ってこれを作る。影堂の所在は、世祖帝后は大聖壽萬安寺、裕宗帝后もまたここにある。順宗帝后は大普慶寺、仁宗帝后もまたここにある。成宗帝后は大天壽萬寧寺。武宗及び二后は大崇恩福元寺にあり、東西二殿とする。明宗帝后は大天源延聖寺。英宗帝后は大永福寺。也可皇后は大護國仁王寺。世祖・武宗の影堂には、いずれも玉冊十二牒、玉宝一鈕を蔵す。仁宗影堂には、皇太子玉冊十二牒、皇后玉冊十二牒、玉宝一鈕を蔵す。英宗影堂には、皇帝玉冊十二牒、玉宝一鈕、皇太子玉冊十二牒を蔵す。およそ帝后の冊宝は、匣匱に金鎖鑰を以て太廟に蔵するが、これはその分置したものである。

その祭器は、黄金の缾・斝・盤・盂の類を数十点、黄金塗銀の香合・椀・楪の類を数百点、銀の壺・釜・盃・匜の類もこれに相当する。玉器・水晶・瑪瑙の器は数が異なり、玻瓈瓶・琥珀勺がある。世祖影堂には真珠簾があり、またいずれも珊瑚樹・碧甸子山の類がある。

その祭祀の日は、常祭として毎月の初一日・初八日・十五日・二十三日、節祭として元日・清明・蕤賓・重陽・冬至・忌辰。その祭物は、常祭は蔬果を以てし、節祭・忌辰は犠牲を用いる。祭官は便服で、三献の礼を行う。加薦には羊羔・炙魚・饅頭・[左飠右其]子・西域湯餅・圜米粥・砂糖飯羹を用いる。

泰定二年、また大天源延聖寺に顕宗影堂を作り、天暦元年に廃す。旧に崇福・殊祥の二院あり、影堂の祀事を奉じていたが、ここに改めて泰禧院と為す。二年、また太禧宗禋院と改め、秩は二品。その後、また祖宗の御殿がなお影堂と称するのを、改めて神御殿と号す。殿には皆、名を製して冠す。世祖は元寿、昭睿順聖皇后は睿寿、南必皇后は懿寿、裕宗は明寿、成宗は広寿、順宗は衍寿、武宗は仁寿、文獻昭聖皇后は昭寿、仁宗は文寿、英宗は宣寿、明宗は景寿。かつ学士に命じてその祭祀の儀注を擬させたが、今は欠く。

また玉華宮孝思殿が真定にあり、世祖の立てたところ。忌日に太上皇・皇太后の御容を享祀する。本路の官吏が祭奠し、太常博士が宋会要に拠ってその儀を定める。所司は期日に先立って茶食・香果を置き備える。質明に、礼直官・引献官と陪位官以下、みな公服で廟庭に入り、西向して立つ。ともに再拝し終え、引献官を殿の正階下に導き再拝し、階を升って案前の褥位に至り、三たび香を上げ、三たび酒を奠し終え、拝して興る。また再拝し終え、引献官を復位に導き、陪位官以下とともに再拝し、退く。仁宗皇慶二年秋八月庚辰、大司徒田忠良を命じて真定に詣り致祭させ、歳例に依り御香酒並びに犠牲祭物銭中統鈔一百錠を給す。延祐四年、初めて登歌楽を用い、三献の礼を行う。七年、太常博士が言うに、影堂が太常の礼楽を用いるのは正しくないと、制してこれを罷め、歳時は本処が旧礼に依りて致祭す。

その太祖・太宗・睿宗の御容で翰林院にあるものは、至元十五年十一月、承旨和禮霍孫に命じて太祖御容を写させた。十六年二月、また命じて太上皇御容を写させ、太宗の旧御容とともに翰林院に安置し、院官が春秋に致祭した。二十四年二月、翰林院が言うに、旧院の屋は破損し、新院の屋はわずか六間であるので、三朝の御容は太常寺に安奉すべきであり、後にまた新院に遷すと。至大四年、翰林院が旧尚書省に移署し、月祭の旨があった。中書平章完澤らが言うには、「祭祀は小事にあらず、太廟は歳一祭し、執事諸臣は戒誓を三日受けて乃ち行事す。今このごとく輕易にするは宜しからず。旧に翰林院に御容を置き、春秋二祭す、増益する必要なし」と。制して「可」と曰う。至治三年、普慶寺に遷置し、祀礼は廃す。泰定二年八月、中書省臣が言うに、従来通り祭るべきだと、ここに承旨斡赤に命じて香酒を大都に齎らせ、省臣とともに寺において祭らしむ。四年、石仏寺に影堂を造ったが、遷すに及ばず。至順元年七月、即ち普慶寺において故事のごとく祭る。二年、また翰林国史院において祀る。重ねて至元と改元した六年、翰林院が言うに、三朝御容の祭所は甚だ狭く、兼ねて歳久しく屋漏る、石仏寺の新影堂に奉安するが宜しいと。中書省臣が奏す、これは世祖の定制なり、当にその旧に仍るべしと。制して可とす。