臣、収らが啓上する。昔、司馬遷は世に名を成す偉才であり、班固は時に冠たる特秀であって、先哲を規範とし、古史を裁断して編纂し、紀・伝の間に書・志を加え、緒言と余跡とを伝えて、知ることができるようにした。司馬彪は後漢を削除してまとめ、司馬紹統は季漢を削って撰し、十志はまさに司馬遷・班固を範とし、表はおおよそ欠けている。曹氏一代の記録は、まったく具体的でなく、晋代の終世の筆は、周到に整っているとは言い難い。仮にまた事が伝播し、四夷が盗み聞きし、時に小道俗言があり、奇を好み異を求め、雅旧を考証すれば、みな実録にそむく。永嘉の乱以降、 中原 は乱れ、偏った偽りの小書は、ほとんど取るに足りない。魏は天下を有し、前代の事跡を踏み越え、順を追って末に譲り、善く始めて終わりを全うした。陛下は極めて聖にして神に通じ、天に奉じて己を屈し、百王を顧み、万世を指掌し、深く魏の運を撫でる業を存し、永く神州の人倫の緒を念う。臣らは謹んで明詔を奉じ、魏の史籍を刊行し、紀を編み伝を次ぐこと、天のご意志を十分に承った。ひそかに思うに、志の用は、遺逸を網羅し、載紀にはできず、伝に附するのも適切でない。理が切実であれば必ず明らかに選別し、事が重ければ特に標示すべきであり、上下を捜索し、代の終わりを総括して、これを諸篇の後に置き、天人の跡を統一する。狭量な見識ではあるが、ここに及んだ。このゆえに遅く始めて撰録し、寒暑を経て、旧を採り新を増し、今や筆を断つ。時は移り世は変わり、理は船に刻むべからず、閣に登り筆を口に含み、論叙は殊なる趣がある。河溝は往時の切実なもの、釈老は当今の重んずべきもの、芸文は前志に尋ねることができ、官氏は魏代の急務である。それらを去りこれを取り、愚心を率いることを敢えてする。謹んで十志二十巻を成し、伝の末に続けることを請い、前の例目と合わせて、合わせて百三十一巻とする。臣らは官を妨げ筆を執り、ついに採るべきものなく、旒冕を汚し、深き氷谷に堕つる思いである。謹んで啓上する。