隋書

巻二十一 志第十六 天文下

十煇

『周礼』に、眡祲氏は十煇の法を掌り、以て妖祥を観、吉凶を弁ずとある。一に曰く祲、陰陽五色の気を謂い、昆淫相侵す。或いは曰く、抱珥背璚の属、虹の如くして短き是なり。二に曰く象、雲気の形象を成すを謂い、雲赤烏の如く、日を夾みて飛ぶの類是なり。三に曰く鐫、日旁の気日を刺し、形童子の佩く所の鐫の如きなり。四に曰く監、雲気日上に臨在するを謂う。五に曰く暗、日月の蝕、或いは日光の暗きを謂う。六に曰く曹、瞢瞢として光明ならざるを謂う。七に曰く弥、白虹天に弥りて日を貫くを謂う。八に曰く序、気山の如くして日上にあるを謂う。或いは曰く、冠珥背璚、重疊次序し、日旁にあるなり。九に曰くU、暈気を謂う。或いは曰く、虹なり。『詩』に所謂「朝U於西」の者なり。十に曰く想、気五色にして形想有るを謂い、青は饑、赤は兵、白は喪、黒は憂、黄は熟。或いは曰く、想は思なり、赤気人獣の形を為し、思いて以て其の吉凶を知るべし。周より已降、術士間出す、今其の著しき者を采りて之を言う。

日は、君土に乗じて王たるに、其の政太平なれば、則ち日五色なり。又曰く、或いは黒或いは青或いは黄、師破る。又曰く、遊気天を蔽い、日月色を失う、皆是れ風雨の候なり。若し天氣清静にして、諸の遊気無く、日月明らかならざれば、乃ち失色と為す。或いは天氣降下し、地気未だ昇らず、厚ければ則ち日紫、薄ければ則ち日赤、若し夜に於いては則ち月白、皆将に雨ならんとす。或いは天氣未だ降らず、地気上升し、厚ければ則ち日黄、薄ければ則ち日白、若し夜に於いては則ち月赤、将に旱且つ風ならんとす。亦た日月暈の候と為し、雨少なくして陰多し。或いは天氣已に降り、地気又升り、上下未だ交わらざれば則ち日青、若し夜に於いては則ち月緑色、将に寒の候なり。或いは天地の気交わりて未だ密ならざれば則ち日黒、若し夜に於いては則ち月青、将に雨にして雨降らず、雺霧に変じ、暈背虹蜺す。又曰く、沈陰、日月倶に光無く、昼は日を見ず、夜は星を見ず、皆雲之を鄣う有り、両敵相当し、陰相図議す。日曚曚として光るは、士卒内乱す。日薄赤にして、日中に烏を見るは、将軍出で、旌旗挙がる、此れ不祥にして、必ず敗亡有り。又曰く、数日倶に出でて斗の若きは、天下の兵大いに戦う。日斗の下に城を抜く。

日戴とは、形直状の如く、其の上微かに起り、日上にあるを戴と為す。戴は徳なり、国に喜有り。一に云う、日上に立つを戴と為す。青赤の気日上に抱く、小なる者を冠と為し、国に喜事有り。青赤の気小さくして日下に交わるを、纓と為す。青赤の気小さくして円く、一二日下の左右にあるを、紐と為す。青赤の気小半暈の状の如く、日上にあるを負と為す。負は地を得て喜と為す。又曰く、青赤の気長くして斜に日傍に倚るを戟と為す。青赤の気円くして小なり、日の左右にあるを珥と為す。黄白なる者は喜有り。又曰く軍有り。日に一珥有るは喜と為し、日の西にあれば、西軍戦に勝ち、日の東にあれば、東軍戦に勝つ。南北も亦た之の如し、軍無くして珥有れば、将を拝するに為る。又日旁半環の如く、日に向うを抱と為す。青赤の気月初めて生ずるが如く、日に背く者を背と為す。又曰く、背気青赤にして曲がり、外向するは叛の象と為し、分かれて反城と為す。璚は帯の如く、璚は日の四方に在り。青赤の気長くして日旁に立つを直と為す。日旁に一直有れば、敵一旁に在りて自立せんと欲し、直の撃つ所に従う者は勝つ。日旁に二直三抱有れば、自立せんと欲する者成らず。抱に順いて撃つ者は勝ち、将を殺す。気形三抱、日の四方にあるを提と為す。青赤の気横たわりて日の上下にあるを格と為す。気半暈の如く、日下にあるを承と為す。承は、臣君を承く。又曰く、日下に黄気三重抱の若き有り、名づけて承福と曰い、人主吉喜有り、且つ地を得。青白の気履の如く、日下にある者を履と為す。日旁五重を抱けば、戦に抱に順う者は勝つ。日一抱一背は破走と為す。抱は順気なり、背は逆気なり。両軍相当し、順抱逆を撃つ者は勝つ、故に破走と曰う。日抱き且つ両珥し、一虹抱を貫きて日に至れば、虹に順いて撃つ者は勝つ。日重ねて抱き、内に璚有れば、抱に順いて撃つ者は勝つ。亦た曰く、軍内に反せんと欲する者有り。日重ねて抱き、左右二珥し、白虹有りて抱を貫けば、抱に順いて撃てば勝ち、二将を得。三虹有れば、三将を得。日黄白潤沢を抱き、内赤外青なれば、天子喜有り、和親有りて来降する者有り。軍戦わず、敵降り、軍罷む。色青ければ、将喜ぶ。赤ければ、将兵争う。白ければ、将喪有り。黒ければ、将死す。日重ねて抱き且つ背けば、抱に順いて撃つ者は勝ち、地を得、若しくは師を罷むる有らん。日重ねて抱き、抱の内外に璚有り、両珥すれば、抱に順いて撃つ者は勝ち、軍を破り、軍中和せず、信ぜず。日旁に気有り、円くして周市し、内赤にして外青、名づけて暈と為す。日暈は、軍営の象なり。周環日を匝して厚薄無く、敵と軍勢斉等。若し外に軍無ければ、天子禦を失い、民多く叛く。日暈五色有れば、喜有り。五色を得ざれば、憂有り。

凡そ両軍相当するを占うには、必ず謹みて日月の暈気を審らかにし、其の起こる所を知り、留止遠近、応ずるか応ぜざるか、疾遅大小、厚薄長短、抱背多少を為すか、有無実虚久亟、密疏沢枯を弁ず。相応じて等しき者は勢等し。近きは遠きに勝ち、疾きは遅きに勝ち、大なるは小なるに勝ち、厚きは薄きに勝ち、長きは短きに勝ち、抱は背に勝ち、多きは少きに勝ち、有るは無きに勝ち、実は虚に勝ち、久しきは亟きに勝ち、密なるは疏なるに勝ち、沢は枯に勝つ。重背は大いに破れ、重抱は和親と為す。抱多きは親しむ者益多く、背は和せざるなり。分離相去るは、内に背く者は内に離れ、外に背く者は外に離るるなり。

凡そ分離相去るを占うには、赤内青外は、以て和して相去り、青内赤外は、以て悪して相去る。日暈明らかに久しければ、内赤外青は外人勝ち、内青外赤は内人勝ち、内黄外青黒は内人勝ち、外黄内青黒は外人勝ち、外白内青は外人勝ち、内白外青は内人勝ち、内黄外青は外人勝ち、内青外黄は内人勝つ。日暈周匝し、東北偏に厚ければ、厚きは軍の福と為し、東北に在れば戦に勝ち、西南に在れば戦に敗る。日暈黄白なれば、鬭わず兵未だ解けず、青黒なれば和解して地を分かち、色黄なれば土功動き、人安からず、日色黒なれば水有り、陰国盛ん。日暈七日風雨無ければ、兵大いに作し、起こすべからず、衆大いに敗る。日蝕に及ばず、日暈きて明らかなれば、天下兵有り、兵罷む。兵無ければ、兵起こりて戦わず。日暈始めて起こり、前滅して後成る者は、後成る面勝つ。日暈し兵外に在る者有れば、主人勝たず。日暈し、内赤外青なれば、群臣外に親しみ、外赤内青なれば、群臣内に其の身を親しみ、身外に其の心をす。日に朝夕の暈有れば、是れを失地と謂い、主人必ず敗る。

日暈にが生ずれば、主に謀あり、軍は外に在り、外軍に悔いあり。日暈に抱珥ほうじが上れば、将軍易わる。日暈に珥ありて井幹せいかんの如き者は、国亡び、大兵交わる。日暈の上西すれば、将軍易わり、両敵相あい当たる。日暈に両珥あり、平等にともに起こりて色同じければ、軍勢等しく、色厚く潤沢なる者は賀喜す。日暈に直珥ありて破軍となり、貫きて日に至れば将を殺す。日暈員まるくしてたいすれば、国に喜びあり、戦い戴する所に従いて撃てば勝ち、地を得。日暈に珥背じはい左右にありて、大軍のぼうの如き者は、兵起こり、其の国は城を亡ぼし、兵野に満ちて城また帰す。

日暈、暈内に珥一抱ほうあり、所謂る囲城の者は内に在り、内人則ち勝つ。日暈に重抱あり、後に背あれば、戦い抱にしたがう者は勝ち、地を得て軍あり。日暈に一抱あり、抱は順となり、暈内を貫き、日の西に在れば、西軍勝ち、軍あり。

日暈に一背あり、背は逆となり、日の西に在れば、東軍勝つ。余の方も此にならう。日暈に背あれば、兵起こり、其のぶん、城を失う。日暈に背あり、背は逆となり、降叛する者有り、城を反す。日の東に在れば、東に叛あり。余の方も此に放う。日暈の背気、暈内に在るは、此れ不和にして、分離して相去る。其の色青く外赤く内なるは、節臣王命を受けてく所あり。日暈の上下に両背あり、兵無ければ兵起こり、兵有れば兵入る。日暈に四背、暈内に在り、名づけて不和と曰い、内乱あり。日暈に四背ありて大車の輞の如き者四提ていすれば、其の国衆の外に在るをもうし、反臣あり。日暈に四提あれば、必ず大将出亡する者有り。日暈に四背璚けいあり、其の背端尽く暈を出づれば、反内より起こる。

日暈に両珥外にあり、聚雲しゅううん内外にありて、三日を出でず、城囲みて出戦す。日暈に背珥直ちょくありて、虹之を貫けば、虹に順って之を撃てば、大勝して地を得。日暈、白虹ありて暈を貫き日に至れば、虹の指す所に従いて戦勝し、軍を破り将を殺す。日暈、虹ありて暈を貫き、日に至らざれば、戦い貫く所に従いて之を撃てば勝ち、小将を得。日暈、一虹ありて暈内を貫けば、虹に順って撃つ者勝ち、将を殺す。日暈、二白虹ありて暈を貫けば、戦あり、客勝つ。日重暈じゅううん、四五の白虹気あり、内より出でて外に至れば、此を以て城を囲めば、主人勝ち、城抜かず。又日重暈、城を攻め邑を囲みて抜かず。日暈二重、其の外清く内濁りて散ぜず、軍会聚す。日暈三重、城を抜くことあり。日交暈こううん厚薄無く、交争し、力勢均しく、厚き者勝つ。日交暈、人主の左右に争う者有り、兵は外に在りて戦う。日暈上に在れば、軍罷む。交暈日を貫けば、天下に破軍死将あり。日交暈にして争う者先ず衰え、勝たざれば即ち両敵相向う。交暈日月に至れば、順って以て戦勝し、将を殺す。一法、日の上に在る者勝つ。日に交ある者は、赤青く暈の状の如く、或いは合背の如く、或いは正直に交わる者は、偏交なり、両気相交わるなり、或いは相貫穿し、或いは相向い、或いは相背く。交は内乱を主り、軍内和せず。日交暈連環の如ければ、両軍の兵起こり、君地を争う。日に三暈あれば、軍三つに分かる。日方に暈りて上下に二背聚あつまれば、将敗れ人亡ぶ。日暈井垣せいえんの若く、車輪の若ければ、二国皆兵亡ぶ。又た曰く、軍あり。

又た曰く、軍外に在り、月暈師上にすれば、其の将戦いて必ず勝つ。月暈黄色ければ、将軍益ますます秩禄を得、位を得。月暈に両珥あり、白虹之を貫けば、天下大戦す。月暈に珥あれば、兵珥に従いて攻撃する者利あり。月暈に蜺雲げいうんあれば、之に乗じて戦い、蜺の往く所に従えば大勝す。月暈、虹蜺直ちょくに指して暈より月に至れば、軍を破り将を殺す。

雑気

天子気は、内赤く外黄にして四方正しく、発する所、当に王者有るべし。若し天子游往せんと欲する処あれば、其の地亦た先ず此の気を発す。或いは城門の如く、気霧中に隠々として、恒に殺気森森然たり、或いは気霧中に華蓋の如く、或いは五色有り、多く晨昏に見ゆ。或いは霧中に千石倉の如く、恒に殺気を帯び、或いは霧気中に高楼の如く、或いは山鎮の如し。蒼帝起これば、青雲日をたすく。赤帝起これば、赤雲日を扶く。黄帝起これば、黄雲日を扶く。白帝起これば、白雲日を扶く。黒帝起これば、黒雲日を扶く。或いは日気青衣人の象、手無く、日の西に在るは、天子の気なり。敵上の気龍馬の如く、或いは雑色鬱々として天に衝くは、此れ帝王の気、撃つべからず。若し吾が軍に在れば、戦いて必ず大勝す。凡そ天子の気は、皆多く上天に達し、王相の日に見ゆ。

凡そ猛将の気は龍の如し。両軍相あい当たるに、若し気其の上に発すれば、則ち其の将猛鋭なり。或いは虎の如く、殺気中に在り。猛将行動せんと欲すれば、亦た先ず此の気を発す。若し行動無くとも、亦た暴兵起こる。或いは火煙の状の如く、或いは白く粉沸ふんふつの如く、或いは火光の状の如く、夜人を照らし、或いは白くして赤気之をめぐらし、或いは山林竹木の如く、或いは紫黒く門上の楼の如く、或いは上黒く下赤く、状黒旌に似、或いは弩を張るが如く、或いは埃塵の如く、頭鋭くしてひくく、本大にして高し。両軍相当たるに、敵軍上の気囷倉きゅんそうの如く、正白く、日に見えていよいよ明らかなり、或いは青白くこうの如ければ、将勇なり。大戦気発すれば、漸々として雲の如く、此の形に変作すれば、将に深謀有らん。

凡そ気上に天と連なれば、軍中に貞将あり、或いは云う賢将と。

凡そ軍勝気は、堤の如く阪の如く、前後地をるが如く、此れ軍士衆強盛にして、撃つべからず。軍上の気火光の如ければ、将軍勇、士卒猛、好んで撃戦し、撃つべからず。軍上の気山堤の如く、山上林木の若ければ、将士ぎょう勇なり。軍上の気埃塵粉沸の如く、其の色黄白、旌旗風無くしてあがり、揮揮ききとして敵を指せば、此の軍必ず勝つ。敵上に白気粉沸して楼の如く、赤気を以て繞らせば、兵鋭し。営上の気黄白色、重厚潤澤なれば、ともに戦うこと勿れ。両敵相当たるに、気ありて人の斧をりて敵に向かうが如ければ、戦いて必ず大勝す。両敵相当たるに、上に気ありて蛇の首を挙げて敵に向かうが如ければ戦勝す。敵上の気一匹のはくの如きは、此れ雍軍ようぐんの気、攻むべからず。敵上の気を望むに覆舟の如く、雲牽牛の如く、白気出でて旌幟に似、軍上に在り、雲ありて鬭鶏の如く、赤白相随い、気中に在り、或いは黄気を発すれば、皆将士精勇にして、撃つべからず。軍営上に赤黄気あり、上天に達すれば、亦た攻むべからず。

凡そ軍営上の五色気、上に天と連なれば、此れ天応の軍、撃つべからず。其の気上小下大なれば、其の軍日に士卒を増益す。軍上の気堤の如く、以て其の軍上を覆い、前赤後白なれば、此れ勝気。若し吾が軍を覆わば、急ぎ往きて之を撃てば、大勝す。天気鋭く、黄白団団として潤澤なれば、敵将勇猛、且つ士卒能く強戦し、撃つべからず。雲日月の如くして赤気之を繞らし、日月暈の状の如く光ある者は、見ゆる所の地大勝し、攻むべからず。

およそ雲気において、獣が上に居るものは勝つ。軍の上に気が塵埃の如く、前は低く後は高いものは、将兵精鋭なり。敵の上の気が乳武豹の伏するが如きものは、攻め難し。軍の上に常に気あるものは、その軍は攻め難し。軍の上の雲が華蓋の如きものは、往って戦うことなかれ。雲が旌旗の如く、蜂が人に向かうが如きものは、戦うことなかれ。両軍相対するに、敵の上に雲が飛鳥の如く、その上を徘徊し、或いは来たりて高きものは、兵精鋭にして、撃つべからず。軍の上の雲が馬の如く、頭は低く尾は仰ぐものは、戦うことなかれ。軍の上の雲が狗の形の如きものは、戦うことなかれ。四方を望むに気が赤鳥の如く、烏気の中にあり、烏の人が赤気の中にあるが如く、赤杵が烏気の中にあるが如く、人が十十五五するが如く、或いは旌旗の如く、烏気の中にあり、赤気が前にあるものは、敵人は精悍にして、当たるべからず。敵の上に雲が山の如きものは、説くべからず。雲が素を引くが如く、陣前の鋭きが如く、或いは一或いは四、黒色は陰謀あり、赤色は饑饉あり、青色は兵に反あり、黄色は急ぎ去れ。

およそ気において、上が黄で下が白なるものは、名づけて善気という。臨むところの軍は、和を求め退かんと欲す。もし気が北方に出ずれば、退くを求め北に向かい、その衆は死散す。東に向かえば則ち信ずべからず、終に害を為す能う。南に向かえば将死す。敵の上の気は囚われて廃れ枯れ散ず。或いは馬の肝の色の如く、死灰の色の如く、或いは偃蓋に類し、或いは偃魚に類し、皆な将敗るるなり。軍の上の気が乍に見え乍に見えず、霧の起こるが如きは、これ衰気なり、撃つべし。上が大にして下が小なるは、士卒日々に減ず。

およそ軍営の上に十日気の発することなきは、則ち軍必ず勝つ。而して赤白の気が乍に出でて即ち滅し、外は声を戦わんと欲すれども、その実は退散せんと欲す。黒気が壊れたる山の軍の上に堕つるが如きものは、名づけて営頭の気という、その軍必ず敗る。軍の上の気が昏く発して夜に連なり、夜人を照らせば、則ち軍士散乱す。軍の上の気が半ばにして絶つは、一敗、再び絶てば再敗、三たび絶てば三敗す。東に発して白気あるものは、災い深し。軍の上の気の中に黒雲が牛の形の如く、或いは猪の形の如きものあり、これは瓦解の気なり、軍必ず敗る。敵の上の気が粉の如く塵の如きものは、勃勃として煙の如く、或いは五色雑乱し、或いは東西南北定まらざるものは、その軍敗れんと欲す。軍の上の気が群羊群猪の気の中に在るが如きは、これ衰気なり、これを撃てば必ず勝つ。軍の上に赤気あり、天に炎降すれば、則ち将死し、士衆乱る。赤光が天より流れ下りて軍に入れば、軍乱れて将死す。彼の軍の上に蒼気あり、須臾にして散ずれば、これを撃てば必ず勝つ。我が軍の上にあれば、須らく自ら堅守すべし。軍に黒気が牛の形の如く、或いは馬の形の如く、気霧の中より下り、漸漸として軍に入るものあり、名づけて天狗下りて血を食らうという、則ち軍破る。軍の上の気が或いは群鳥の乱れ飛ぶが如く、或いは衣を懸くるが如く、人相随うが如く、或いは紛紛として転蓬の如く、或いは灰を揚ぐるが如く、或いは雲が席を巻くが如く、匹布の乱れ穣れるが如きものは、皆な敗徴なり。気が乍に見え乍に没し、乍に聚まり乍に散じ、霧の始めて起るが如きは、敗気なり。気が繋がれたる牛の如く、人の臥するが如く、敗車の如く、双蛇の如く、飛鳥の如く、堤垣の決するが如く、壊屋の如く、人相指すが如く、人頭なきが如く、驚鹿の相逐うが如く、両雞の相向うが如きは、皆な敗気なり。

およそ降人の気は、人が十十五五するが如く、皆な叉手して頭を低うす。また云う、人が叉手して相向うが如し。白気が群鳥の如く、趣きて屯営に入り、連結すること百余里絶えず、而して能く徘徊し、須臾にして見えざるものは、当に他国来降すべし。気が黒山の如く、黄を以て縁とせるものは、降服せんと欲す。敵の上の気が青くして高く漸く黒きものは、将まさに死散せんと欲す。軍の上の気が生草を燔く煙の如きは、前は鋭と雖も、後必ず退く。黒気が営に臨み、或いは聚まり或いは散じ、鳥の将に宿らんとするが如きは、敵人は我を畏れ、心意定まらず、終に必ず逃げ背き、これを逼れば大勝す。

およそ白気が城中より南北に出ずるものは、攻むべからず、城は屠るべからず。城中に黒雲が星の如きものあり、名づけて軍精という、急ぎ囲みを解き去れ、突兵出でば、客敗る。城上の白気が旌旗の如く、或いは青雲城に臨めば、喜慶あり。黄雲城に臨めば、大いなる喜慶あり、青色中より南北に出ずるものは、城は攻むべからず。或いは気が青色の如く、牛頭の人のを触るるが如きものは、城は屠るべからず。城中の気が東方に出で、その色黄なるは、これ太一なり。城の白気中より出で、青気城北より入り、反って向き還るものは、軍入るを得ず。城を攻め邑を囲み、旬を過ぎて雷雨あるは、城に輔あるとなす。疾くこれを去り、攻むることなかれ。城上の気が煙火の如きは、主人出でて戦わんと欲す。その気極まりなきものは、攻むべからず。城上の気が双蛇の如きものは、攻め難し。赤気が杵の形の如く、城中より外に向かうものは、内兵突出し、主人戦いに勝つ。城上に雲あり、分かれて両彗の状なるは、攻むるを得ず。赤気城上にあり、黄気四面これを繞れば、城中の大将死し、城降る。城上の赤気が飛鳥の如く、敗車の如く、及び雲気なきは、士卒必ず散ず。城営の中に赤黒の気あり、狸皮の斑及び赤きが如きものは、並びに亡ぶ。城上の気上が赤くして下が白色なる、或いは城中の気聚まって楼の如く、外に現れ出づるは、城皆な屠るべし。城営の上に雲が衆人の頭の如く、赤色なるは、下多く死喪流血す。城上の気が灰の如きは、城は屠るべし。気出でて北するは、城は克つべし。その気出でてまた入るは、城中の人逃亡せんと欲す。その気出でてその軍を覆うは、軍必ず病む。気出でて高く、止まる所なきは、用いること日久しく長し。白気が蛇の如く来たりて城を指せば、急ぎ攻むべし。白気が城より営を指せば、宜しく急ぎ固守すべし。城を攻むるに若し雨霧死風至れば、兵勝つ。日色光なきを日死と為す。雲気が雄雉の城に臨むが如きは、その下必ず降る者あり。濛氛城を囲みて城に入るものは、外勝ち、入るを得。雲が立つ人五枚の如く、或いは三牛の如きものあり、辺城囲まる。

およそ軍の上に黒気あり、渾渾として円長く、赤気その中にあるは、その下必ず伏兵あり。白気粉沸き起こり、楼の状の如きは、その下必ず兵万人を蔵す、皆な軽く撃つべからず。伏兵の気は、幢節の状の如く、烏雲の中にあり、或いは赤杵の烏雲の中にあるが如く、或いは烏人の赤雲の中にあるが如し。

およそ暴兵の気は、白くして瓜蔓の連結するが如く、部隊相逐い、須臾にして罷みてまた出で、八、九たび来たりて断えざるは、急賊卒至る、宜しくこれを防ぎ固むべし。白気が仙人の衣の如く、千万連結し、部隊相逐い、罷みてまた興る、是の如く八、九たびするものは、当に千里の兵来るべし、起こる所を視てこれを備うべし。黒雲が敵の上より来たり、我が軍の上に至るは、我を襲わんと欲す。敵人の告発するは、備うるに宜しく戦うに宜しからず。壬子の日、四望に雲なく、独り赤雲が旌旗の如きを見るは、その下に兵起こる、若し四方に遍くするは、天下尽く兵あり。若し四望に雲なく、独り黒雲天に極まるを見るは、天下の兵大いに起こる。半天は、半ば起こる。三日の内に雨あれば、災い解く。敵来たらんと欲するは、その気の上に雲あり、下に氛零あり、中天よりして下る、敵必ず至る。雲気が旌旗の如きは、賊兵暴に起こる。暴兵の気は、人が刀楯を持つの如く、雲が人の如く、赤色なる、臨むところの城邑は、卒兵至り、驚怖し、須臾にして去る。赤気が人が節を持つが如きは、兵来りて未だ息まず。雲が方虹の如きは、暴兵あり。赤雲が火の如きものは、向かうところ兵至る。天に白気あり、状匹布の如く、醜未を経るものは、天下に兵多し。

およそ戦気は、青白く膏の如きは、将勇なり。大戦の気は、人頭なきが如く、死人臥するが如し。敵の上の気が丹蛇の如く、赤気これに随うは、必ず大戦し、将を殺す。四望に雲なく、赤気が狗の営に入るが如きを見るは、その下に流血あり。

およそ連日陰天十日、昼は日を見ず、夜は月を見ず、乱風四方より起こり、雨あらんと欲して雨なし、これを蒙と名づけ、臣、君を謀る。故に曰く、久陰にして雨降らずは臣、主を謀る。霧気、昼の如く夜の如く、その色青黄、互いに掩い覆い、忽ち合い忽ち散ず、臣、君を謀り、逆者は喪う。山中冬霧十日解けざるは、崩れんとする候なり。四方を見て常に大雲あり、五色備わるものは、その下に賢人の隠るるあり。青雲潤沢にして日を蔽う、西北に在れば賢良を挙ぐるなり。雲気乱穰の如きは、大風将に至らんとす、その来たる所を視てこれを避く。雲甚だ潤にして厚きは、大雨必ず暴かに至る。四始の日に、黒雲気陣の如きあり、厚く重く大なるものは、雨多し。気霧に似て霧にあらず、衣冠雨降らずして濡るれば、見ればその城甲を帯びて趣く。日の出没する時、雲ありてこれを横截す、白きは喪、烏きは驚。三日の内に雨ある者は各解く。黒気営に入るものあり、兵相い残す。赤青の気営に入るものあり、兵弱し。雲蛟龍の如きあり、見る所の処将軍魄を失う。雲鵠尾の如きあり、来たりて国上を廕す、三日にして亡ぶ。雲日月の暈の如きあり、赤色、その国凶。青白色、大水あり。雲状龍行の如きあり、国に大水あり、人流亡す。雲赤黄色、四塞終日、竟夜地を照らすものあり、大臣恣にす。雲気の如きあり、昧にして濁る、賢人去り、小人位に在り。

およそ白虹は、百殃の本、衆乱の基なり。霧は、衆邪の気、陰来たりて陽を冒す。

およそ四方の盛気に遇うは、これに向かって戦うことなかれ。甲乙の日は青気東方に在り、丙丁の日は赤気南方に在り、庚辛の日は白気西方に在り、壬癸の日は黒気北方に在り、戊巳の日は黄気中央に在り。四季戦この日の気に当たるは、これを背くは吉なり。日中に黒気あり、君小過ありて臣諫めず、また君の悪を掩い君の善を揚ぐる故に、日中に黒気ありて明らかならざるなり。

およそ白虹霧は、奸臣君を謀り、権を擅にし威を立てる。昼霧夜明るきは、臣の志申さる、夜霧昼明るきは、臣の志申さず。霧終日終時するは、君憂いあり。色黄は小雨。白は兵喪を言い、青は疾を言い、黒は暴水あり、赤は兵喪あり、黄は土功を言い、或いは大風あり。

およそ夜霧、白虹見ゆるは、臣憂いあり。昼霧白虹見ゆるは、君憂いあり。虹頭尾地に至るは、流血の象なり。

およそ霧気四時に順ぜず、逆相交錯し、微風小雨は、陰陽気乱の象なり。寅より辰巳に至る上、周りて復始す、逆なる者は成らず。日を積みて解けず、昼夜昏暗、天下分離せんと欲す。

およそ霧四方に合し、虹各その方に見ゆ、四時の色に随うは吉、時に非ざる色は凶。気色青黄、互いに掩い覆い、忽ち合い忽ち散ず、臣君を謀らんと欲す、逆なる者は成らず、自ら亡ぶ。

およそ霧気四方より俱に起こり、百歩人を見ず、これを晝昏と名づく、破国なきことなくんば、必ず滅門あり。

およそ天地四方昏濛塵を下すが若く、十日五日以上、或いは一日、或いは一時、雨衣に沾わずして土あり、これを霾と名づく。故に曰く、天地霾れば、君臣乖い、大旱す。

およそ海傍の蜃気楼台の如く、広野の気宮闕を成し、北夷の気牛羊群畜穹閭の如く、南夷の気舟船幡旗に類す。華より以南は、気下黒上赤。嵩高・三河の郊は、気正赤。恆山の北は、気青。勃・碣・海・岱の間は、気皆正黒。江湖の間は、気皆白。東海の気円簦の如し。漢・河水に附くは、気引布の如し。江・漢の気勁くして杼の如し。済水の気黒㹠の如し。滑水の気狼白尾の如し。淮南の気帛の如し。少室の気白兔青尾の如し。恆山の気黒牛青尾の如し。東夷の気樹の如く、西夷の気室屋の如く、南夷の気闍台の如く、或いは舟船に類す。陣雲立垣の如く、杼軸雲軸搏に類し、両端鋭し。㣿雲繩の如く、前に居て天に亙り、その半は半天、その蛪なるもの闕旗に類す、故に鉤雲勾曲す。諸の此の雲見ゆるは、五色を以て占い而して澤摶密なり。その見ゆる、人を動かし及び兵あり、必ず起ちて合鬭す。その直なる、雲気三匹の帛の如く、前広く後鋭く、大軍行くの気なり。韓の雲布の如く、趙の雲牛の如く、楚の雲日の如く、宋の雲車の如く、魯の雲馬の如く、衛の雲犬の如く、周の雲車輪の如く、秦の雲行人の如く、魏の雲鼠の如く、鄭・齊の雲絳衣の如く、越の雲龍の如く、しょくの雲囷の如し。車気乍高乍下、往往にして聚まる。騎気卑くして布き、卒気摶す。前卑く後高き者は疾し、前方にして高く、後鋭くして卑き者は卻る。その気平なる者は、その行徐し。前高く後卑き者は、止まらずして返る。校騎の気正しく蒼黒く、長さ数百丈、遊兵の気彗掃の如く、一に云う長さ数百丈、根本なし。喜気上黄下白、怒気上下赤、憂気上下黒、土功気黄白、徙気白。

およそ気を候うの法、気初めて出づる時、雲に似て雲にあらず、霧に似て霧にあらず、仿佛として見ゆべし。初めて出づる森森然たり、桑榆の上に在り、高さ五六尺なるは、是れ千五百里外なり。平に視れば千里、目を挙げて望めば五百里。中天を仰ぎ瞻れば、百里内なり。桑榆の間を平に望めば二千里、高く登りて望めば、下地に属するは、三千里。

およそ我が軍の気を知らんと欲すれば、常に甲巳の日及び庚・子・辰・戌・午・未・亥の日、並びに八月十八日、軍を去ること十里許り、高く登りてこれを望めば見え、別記に依りてこれを占う。百人以上皆気あり。

およそ災異を占うには、先ず九宮分野を推し、六壬日月、陰霧風雨に応ぜざるに陰霧するは、乃ち占うべし。敵に対して坐し、気来たりて甚だ卑下し、その陰人を覆い、上溝を掩い道を蓋うは、是れ大賊必ず至る。敵東に在れば、日出を候う。南に在れば、日中を候う。西に在れば、日入を候う。北に在れば、夜半を候う。王相の色は吉、囚死の色は凶。

およそ軍上の気は、高きは下に勝ち、厚きは薄に勝ち、実なるは虚に勝ち、長きは短に勝ち、澤なるは枯に勝つ。我が軍西に在り、賊軍東に在り、気西厚く東薄く、西長く東短く、西高く東下り、東枯るれば、則ち知る我が軍必ず勝つと。

およそ気初めて出づる、甑上の気に似て、勃勃として上昇す。気積もりて霧と為り、霧は陰と為り、陰気結びて虹蜺姿暈珥の属と為る。

凡そ気は積もらざれば結ばず、一方に散漫にして災いを為す能わず。必ず殺気と和雑し、森森然として疾く起こりて、乃ち占うべし。軍上の気安らかなれば則ち軍安らか、気安からざれば則ち軍安からず。気南北なれば則ち軍南北、気東西なれば則ち軍も亦東西なり。気散ずれば則ち軍破敗す。

気を候うには、常に平旦・下晡・日出没の時処の気を以てし、以て大なるを知る。占期の内に大風雨久陰あれば、則ち災い成らず。故に風は以てこれを散らし、陰は以てこれを諫め、雲は以てこれを幡し、雨は以てこれを厭う。

五代災変応

梁の武帝天監元年八月壬寅、熒惑南斗を守る。占いに曰く「糴貴く、五穀成らず、大旱し、火災多く、呉・越に憂いあり、宰相死す」と。是の歳大旱し、米一斗五千、人多く餓死す。其の二年五月、尚書范雲卒す。

二年五月丙辰、月心を犯す。占いに曰く「乱臣有り、三年を出でずして、亡国有り」と。其の四年、交州刺史李凱兵を挙げて反す。七月丙子、太白軒轅大星を犯す。

四年六月壬戌、歳星昼に見ゆ。占いに曰く「歳星色黄潤し、竿を立て影見ゆれば、大熟す」と。是の歳大穣し、米一斛三十。又曰く「星日と光を争えば、武且つ弱く、文且つ強し」と。此の後より、帝文儒を崇尚し、躬自ら講説し、太清に終わるまで、武備を修めず。八月庚子、老人星見ゆ。占いに曰く「老人星見ゆれば、人主寿昌す」と。此の後より、毎年恒に秋分後参の南に見え、春分に至りて伏す。武帝寿考の象と云う。

七年九月巳亥、月東井を犯す。占いに曰く「水災有り」と。其の年京師大水す。

十年九月丙申、天西北隆隆として声有り、赤気地に上る。占いに曰く「天狗なり、往くの郷に流血有り、其の君地を失う」と。其の年十二月、馬仙琕大いに魏軍を敗り、斬馘十余万、朐山城を克復す。十二月壬戌朔、日食す、牛四度に在り。

十三年二月丙午、太白行を失い、天関に在り。占いに曰く「津梁通ぜず、又兵起こる」と。其の年填星天江を守る。占いに曰く「江河塞がり、決溢有り、土功有り」と。其の年、大いに軍衆を発して浮山堰を造り、以て淮水を堨つ。十四年に至り、填星天江を移り去りて堰壊れ、奔流決溢す。

十四年十月辛未、太白南斗を犯す。

十七年閏八月戊辰、月行き昴を掩う。

普通元年春正月丙子、日食有り。占いに曰く「日食は、陰陽を侵し、陽陰に克たざるなり。大水と為す」と。其の年七月、江・淮・海溢る。九月乙亥、星晨に東方に見え、光爛として火の如し。占いに曰く「国皇見ゆれば、内難有り、急兵反叛有り」と。其の三年、義州刺史文僧朗州を以て叛す。

四年十一月癸未朔、日食有り、太白昼に見ゆ。

六年三月丙午、歳星南斗に入る。庚申、月食す。五月己酉、太白昼に見ゆ。六月癸未、太白天を経る。九月壬子、太白右執法を犯す。

七年正月癸卯、太白歳星牛に在りて相犯す。占いに曰く「其の国君凶なり、政を易う」と。明年三月、元を改め、大赦す。大通元年八月甲申、月填星を掩う。閏月癸酉、又これを掩う。占いに曰く「大喪有り、天下主無く、国政を易う」と。其の後中大通元年九月癸巳、上又同泰寺に幸して身を捨て、王公一億万銭を以て奉贖す。十月己酉宮に還り、大赦し、元を改む。中大通三年、太子薨ず、皆天下主無く、政を易え及び大喪の応なり。

中大通元年閏月壬戌、熒惑が鬼宿の積屍を犯す。占いに曰く、「大喪あり、大兵あり、軍を破り将を殺す」と。その二年、蕭玩が衆を率いて巴州を援けんとし、魏の梁州軍に敗れ、玩は殺さる。

四年七月甲辰、星隕ちて雨の如し。占いに曰く、「星隕つは、陽その位を失い、災害の象萌ゆるなり」と。また曰く、「星隕ちて雨の如きは、人民叛き、下に専ら討つことあり」と。また曰く、「大人憂う」と。その後、侯景狡乱し、帝は憂いて崩じ、人衆奔散す、皆その応なり。

五年正月己酉、長星見ゆ。

六年四月丁卯、熒惑南斗に在り。占いに曰く、「熒惑出入留して南斗中に舍まば、賊臣謀反あり、天下政を易え、元を更む」と。その年十二月、北梁州刺史蘭欽、兵を挙げて反す。後年、大同元年と改む。

大同三年三月乙丑、歳星建星を掩う。占いに曰く、「反臣あり」と。その年、会稽山賊起こる。その七年、交州刺史李賁、兵を挙げて反す。

五年十月辛丑、彗星南斗に出で、長さ一尺余、東南を指し、漸く長さ一丈余となる。十一月乙卯、婁に至りて滅す。占いに曰く、「天下に王を謀る者あり」と。その八年正月、安成の民劉敬躬、左道を挟みて反し、党与数万。その九年、李賁、交州に於いて皇帝を僭称す。

太清二年五月、両月見ゆ。占いに曰く、「その国乱れ、必ず亡国に見ゆ」と。

三年正月壬午、熒惑心を守る。占いに曰く、「王者これを悪む」と。乙酉、太白昼に見ゆ。占いに曰く、「三年を出でずして、大喪あり、天下政を革め王を更え、強国弱まり、小国強まる」と。三月丙子、熒惑また心を守る。占いに曰く、「大人政を易え、主その宮を去る」と。また曰く、「人饑えて亡び、海内哭き、天下大いに潰ゆ」と。是の年、帝は侯景に幽せられ、崩ず。七月、九江大饑し、人相食むこと十四五。九月戊午、月斗に在り、歳星を掩う。占いに曰く、「天下君を亡ぼす」と。その後、侯景、篡殺す。

簡文帝大寶元年正月丙寅、月昼光見ゆ。占いに曰く、「月昼光るは、隠謀あり、国雄逃ぐ」と。また云う、「月昼明るきは、奸邪並び起こり、君の朝を擅にする」と。その後、侯景、篡殺す、皆国乱れて君を亡ぼす。大喪政を更むるの応なり。

元帝承聖三年九月甲午、月心中の星を犯す。占いに曰く、「反臣あり、王者これを悪み、亡国あり」と。その後三年、帝は周軍に俘え執らる。陳氏国を取り、梁氏以て亡ぶ。

陳武帝永定三年九月辛卯朔、月南斗に入る。占いに曰く、「月南斗に入れば、大人憂う」と。一に曰く、「太子殃いあり」と。後二年、帝崩ず。太子昌は周に在りて質と為り、文帝立つ。後、昌国に還るも、侯安都に盗を遣わし迎えて殺さる。

三年五月丙辰朔、日食ある。占いに曰く、「日食は君傷つく」と。また曰く、「日食は帝徳消ゆ」と。六月庚子、填星鉞と太白並ぶ。占いに曰く、「太白と填星合すれば、疾となり内兵となる」と。

文帝天嘉元年五月辛亥、熒惑右執法を犯す。占いに曰く、「大臣憂いあり、執法者は誅さる」と。後四年、司空しくう侯安都、死を賜う。

九月癸丑、彗星長さ四尺、芒を見せ、西南を指す。占いに曰く、「彗星見れば則ち敵国兵起こり、本を得る者勝つ」と。その年、周将獨孤盛、衆を領いて巴湘に趣くも、侯瑱襲いこれを破る。

二年五月己酉、歳星南斗を守る。六月丙戌、熒惑東井を犯す。七月乙丑、熒惑鬼中に入る。戊辰、熒惑斧質を犯す。十月、熒惑太微右掖門内を行く。

三年閏二月己丑、熒惑が逆行し、上相を犯す。甲子、太白が五車・填星を犯す。七月、太白が輿鬼を犯す。八月癸卯、月が南斗を犯す。丙午、月が牽牛を犯す。庚甲、太白が太微に入る。十一月丁丑、月が畢の左股を犯す。辛巳、熒惑が歳星を犯す。戊子、月が角を犯す。庚寅、月が氐に入る。

四年六月癸丑、太白が右執法を犯す。七月戊子、熒惑が填星を犯す。八月甲午、熒惑が軒轅の大星を犯す。丁未、太白が房を犯す。九月戊寅、熒惑が太微に入り、右執法を犯す。癸未、太白が南斗に入る。占いに曰く、「太白が斗に入れば、天下大いに乱れ、将相謀反し、国政易わる」と。また曰く、「君死す、死せざれば則ち廃せらる」と。また曰く、「天下爵禄を受く」と。その後、安成王が太傅となり、少帝を廃して自ら立ち、官を改め爵を受ける応である。辛卯、熒惑が左執法を犯す。十一月辛酉、熒惑が右執法を犯す。甲戌、月が畢の左股を犯す。

五年正月甲子、月が畢の大星奎を犯す。丁卯、月が星を犯す。四月庚子、太白と歳星が奎に合し、金は南に、木は北に在り、相去ること二尺許り。壬寅、月が氐に入り、また熒惑を犯し、太白と歳星がまた合し、婁に在り、相去ること一尺許り。癸卯、月が房の上星を犯す。五月庚午、熒惑が二十一日間逆行し、氐の東南・西南の星を犯す。占いに曰く、「月に賊臣あり」と。また曰く、「人主出でず、廊廟の間に伏兵あり」と。また曰く、「君死し、赦あり」と。後二年、少帝廃される応である。六月丙申、月が亢を犯す。七月戊寅、月が畢の大星を犯す。閏十月庚申、月が牽牛を犯す。丙子、また左執法を犯す。十一月乙未、月が畢の大星を食む。

六年正月己亥、太白が熒惑を犯し、相去ること二寸。占いに曰く、「其の野に兵喪あり、侯王を改め立てる」と。三月丁卯、日入りの後、衆星未だ見えず、流星白色有り、斗の如く大にして、太微の間より南行し、尾長さ尺余り。占いに曰く、「兵と喪あり」と。四月丁巳、月が軒轅を犯す。占いに曰く、「女主に憂いあり」と。五月丁亥、太白が軒轅を犯す。占いに曰く、「女主勢を失う」と。また曰く、「四方禍起こる」と。其の後年、少帝廃され、廃後に慈訓太后崩ず。六月己未、月が氐を犯す。辛酉、彗星有り、長さ丈余りに可し。占いに曰く、「陰謀奸宄起こる」と。一に曰く、「宮中火起こる」と。後、安成王が尚書を録し、中外諸軍事を都督ととくし、少帝を廃して自ら立ち、陰謀の応である。八月戊辰、月が畢の大星を掩う。丙子、月と太白並び、光芒相い著き、太微の西蕃の南三尺所に在り。九月辛巳、熒惑が左執法を犯す。癸未、太白が右執法を犯す。辛卯、左執法を犯す。乙巳、月が上相を犯し、太白が熒惑を犯す。其の夜、月また太白を犯す。占いに曰く、「其の国内外に兵喪あり、侯王を改め立てる」と。明年、帝崩じ、また少帝廃される応である。

七年二月庚午、日光無く、烏現る。占いに曰く、「王者之を悪む」と。其の日庚午は、呉・楚の分野なり。四月甲子、日に交暈有り、白虹之を貫く。是の月癸酉、帝崩ず。

廃帝天康元年五月庚辰、月が軒轅の女禦大星を犯す。占いに曰く、「女主憂う」と。後年、慈訓太后崩ず。癸未、月が左執法を犯す。

光大元年正月甲寅、月が軒轅の大星を犯す。占いに曰く、「女主之に当たる」と。八月戊寅、月が哭星を食む。占いに曰く、「喪有りて泣く事あり」と。明年、太后崩じ、臨海王薨じ、哭泣の応である。壬午、鎮星と辰星軫に合す。九月戊午、辰星と太白相い犯す。占いに曰く、「侯王を改め立てる」と。己未、月が歳星を犯す。占いに曰く、「国亡び君あり」と。十二月辛巳、月また歳星を犯す。辛卯、月が建星を犯す。占いに曰く、「大人之を悪む」と。

二年正月戊申、月が歳星を掩う。占いに曰く、「国亡び君あり」と。五月乙未、月が太白を犯す。六月丙寅、太白が右執法を犯す。壬子、客星氐の東に見ゆ。八月庚寅、月が太微を犯す。九月庚戌、太白逆行し、鎮星と合し、角に在り。占いに曰く、「白衣の会と為る」と。また曰く、「合する所の国、亡地と為り、疾兵と為る」と。戊午、太白昼に見ゆ。占いに曰く、「太白昼に見ゆれば、国政を更え王を易う」と。十一月丙午、歳星右執法を守り、甲申、月が太微の東南星を犯す。戊子、太白が氐に入る。十二月甲寅、慈訓太后、帝を廃して臨海王と為し、太建二年四月薨ず、皆其の応なり。

宣帝太建七年四月丙戌、星大角に孛す。占いに曰く、「人主亡ぶ」と。五月庚辰、熒惑が右執法を犯す。壬子、また右執法を犯す。

十年二月癸亥、日の上に背有り。占いに曰く、「其の野地を失い、叛兵あり」と。甲子、呉明徹軍呂梁に敗れ、将卒並びに周軍の虜と為る。来年、淮南の地、尽く周に没す。十月癸卯、月が熒惑を食む。占いに曰く、「国敗れ君亡び、大兵起こり、軍を破り将を殺す」と。来年三月、呉明徹呂梁に敗れ、十三年帝崩じ、国を敗り君を亡ぼす応である。

十一年四月己丑、歳星・太白・辰星東井に合す。

十二年二月壬寅、白虹西方に見ゆ。占いに曰く、「喪あり」と。其の後十三年帝崩ず。十月戊午、月が牽牛の呉越の野を犯す。占いに曰く、「其の国亡び、君に憂いあり」と。後年帝崩ず。辛酉、歳星が執法を犯す。十二月癸酉、辰星太白の上に在り。甲戌、辰星と太白交相いに掩う。占いに曰く、「大兵野に在り、大戦す」と。辛巳、彗星西南に見ゆ。占いに曰く、「兵喪あり」と。明年帝崩じ、始興王叔陵乱を作す。

後主至徳元年正月壬戌、蓬星見ゆ。占いに曰く、「必ず亡国乱臣有り」と。後、帝は太皇寺に於いて身を捨て奴と為し、以て冥助を祈り、国政を恤れず、施文慶等に惑わされ、以て国亡ぶに至る。

魏普泰元年十月、歳星・熒惑・填星・太白觜参に聚まり、色甚だ明大なり。占いに曰く、「当に王者興る有るべし」と。其の月、斉高祖こうそ信都より起り、中興二年春に至り爾朱兆を破り、遂に覇業を開く。

魏武定四年九月丁未、高祖玉壁城を囲み、星営に墜ち、衆驢皆鳴く。占いに曰く、「軍を破り将を殺す」と。高祖せず、五年正月丙午崩ず。

北斉の文宣帝天保元年十二月甲申、熒惑が房宿の北頭第一星及び鉤鈐を犯す。占いに曰く、「大臣に反する者有り」と。その二年二月壬辰、太尉彭楽謀反し、誅せらる。

八年二月己亥、歳星少微を守り、六十三日を経る。占いに曰く、「五官乱る」と。五月癸卯、歳星太微の上将を犯す。占いに曰く、「大将憂い、大臣死す」と。その十年五月、諸元宗室四十余家を誅し、乾明元年、楊遵彦等を誅す。皆、五官の乱れ、大将の憂い、大臣の死の応なり。

八年七月甲辰、月心星を掩う。占いに曰く、「人主之を悪む」と。十年十月、帝崩ず。

九年二月、熒惑鬼質を犯す。占いに曰く、「斧質用いられ、大喪有り」と。三月甲午、熒惑軒轅を犯す。占いに曰く、「女主之を悪む」と。その十年五月、魏氏宗室を誅し、十月帝崩ず。斧質用いられ、大喪有りの応なり。

十年六月庚子、填星井鉞を犯し、太白と並ぶ。占いに曰く、「子は玄枵、斉の分野、君に戮死する者有り、大臣誅せられ、斧鉞用いらる」と。その明年二月乙巳、太師常山王、尚書令しょうしょれい楊遵彦・右僕射燕子献・領軍可朱渾天和・侍中宋欽道等を誅す。八月壬午、少帝を廃し済南王と為す。

廃帝乾明元年三月甲午、熒惑軒轅に入る。占いに曰く、「女主凶なり」と。後、太寧二年四月、太后崩ず。

粛宗皇建二年四月丙子、日食有り。子は玄枵、斉の分野。七月乙丑、熒惑鬼中に入り、戊辰、鬼質を犯す。占いに曰く、「大喪有り」と。十一月、帝暴疾にて崩ず。

武成帝河清元年七月乙亥、太白輿鬼を犯す。占いに曰く、「兵謀有り、大臣誅せられ、斧質用いらる」と。その年十月壬申、冀州刺史平秦王高帰彦反し、段孝先討ちて擒え、都市にて斬る。又その二年、太原王紹徳を殺す。皆、斧質用いられし応なり。八月甲寅、月畢を掩う。占いに曰く、「其の国に君死し、大臣誅せらるる者有り、辺兵大戦有り、軍破れ将殺さる」と。その十月、平秦王帰彦反を以て誅せられ、その三年、周師と突厥へい州に入り、城西に大戦し、伏屍流血百余里。皆其の応なり。

四年正月己亥、太白熒惑を犯し、相去ること二寸、奎に在り。甲辰、太白・熒惑・歳星婁に合す。占いに曰く、「甲は斉なり。三星若し合せば、是れを驚立絶行と謂い、其の分に兵喪有り、侯王を改め立て、国政を易う」と。三月戊子、彗星見ゆ。占いに曰く、「旧を除き新を布き、王を易うる有り」と。四月に至り、位を太子に伝え、元を改む。

後主天統元年六月壬戌、彗星文昌に見え、長さ数寸、文昌に入り、上将を犯し、然る後紫微宮西垣を経て危に入り、漸く長さ一丈余に及び、室壁を指す。後百余日、虚危に在りて滅す。占いに曰く、「大喪有り、亡国易政有り」と。その四年十二月、太上皇崩ず。

三年五月戊寅、甲夜、西北に赤気天を竟う、夜中に始めて滅す。十月丙午、天の西北頻りに赤気有り。占いに曰く、「大兵大戦有り」と。後、周の武帝衆を総べて来たり伐ち、大戦す。大兵有りの応なり。

四年六月、彗星東井に見ゆ。占いに曰く、「大乱し、国政を易う」と。七月、孛星房心に見え、白きこと粉絮の如く、大さ斗の如く、東に行く。八月、天市に入り、漸く長さ四丈、瓠瓜を犯し、虚危を歴て、室に入り、離宮を犯す。九月奎に入り、婁に至りて滅す。孛とは、孛乱の気なり。占いに曰く、「兵喪並び起こり、国大いに乱れて政を易え、大臣誅せらる」と。其の後、太上皇崩ず。武平二年七月に至り、領軍庫狄伏連・治書侍御史王子宜、琅邪王儼の旨を受け、詔を矯りて録尚書・淮南王和士開を南台にて誅し録す。伏連等即日誅せられ、右僕射馮子琮死を賜う。此れ国乱の応なり。

五年二月戊辰、歳星逆行し、太微上将を掩う。占いに曰く、「天下大いに驚き、四輔に誅せらるる者有り」と。五月甲午、熒惑鬼積屍を犯す。甲は斉なり。占いに曰く、「大臣誅せられ、兵大いに起こり、斧質用いられ、大喪有り」と。武平二年九月に至り、琅邪王儼を誅し、三年五月、右丞相・咸陽王斛律明月を誅し、四年七月、蘭陵王長恭を誅す。皆、懿親名将なり。四年十月、又崔季舒等を誅す。此れ斧質用いられし応なり。

武平三年八月癸未、填星・歳星・太白氐に合す。宋の分野。占いに曰く、「其の国内外に兵喪有り、侯王を改め立てる」と。その四年十月、陳の将吳明徹彭城を寇し、右僕射崔季舒・国子祭酒張雕・黄門裴澤・郭遵・尚書左丞封孝琰等、車駕北幸して并州に至るべからずと諫む。帝怒り、並び之を誅す。内外兵喪の応なり。九月庚申、月婁に在り、食既し、旦に至るも復せず。占いに曰く、「女主凶なり」と。その三年八月、斛律皇后を廃し、穆后を立てる。四年、又胡后を廃し庶人と為す。十一月乙亥、天狗西北より下る。占いに曰く、「其の下に大戦流血有り」と。後、周の武帝晉州を攻め、兵を進めて并州を平げ、大戦流血す。

三年十二月辛丑、日歳星を食らう。占いに曰く、「亡国有り」と。七年に至りて斉亡ぶ。

四年五月癸巳、熒惑が右執法を犯す。占いに曰く、「大将死す、執法者は誅せらる、若し罪有らば」と。その年、右丞相斛律明月を誅し、明年、蘭陵王長恭を誅し、後年、右僕射崔季舒を誅す。皆、大将死し、執法誅するの応なり。

周閔帝元年五月癸卯、太白が軒轅を犯す。占いに曰く、「太白軒轅の中を行けば、大臣令を出す」と。又曰く、「皇后勢を失う」と。辛亥、熒惑が東井北端の第二星を犯す。占いに曰く、「其の国乱る」と。又曰く、「大旱あり」と。その年九月、塚宰護、帝を逼りて位を遜らしめ、旧邸に幽し、月余にして殺し崩ず。司会李植・軍司馬孫恆及び宮伯乙弗鳳等、誅害せらる。その冬大旱あり。皆、大臣令を出し、大臣死し、旱の応なり。

明帝二年三月甲午、熒惑が軒轅に入る。占いに曰く、「王者之を悪み、女主凶なり」と。その月、王后獨孤氏崩ず。六月庚子、填星が井鉞を犯し、太白と並ぶ。占いに曰く、「傷、鉞に成り、君に戮死する者有り」と。その年、太師宇文護、食を進め、帝、毒に遇い崩ず。

武帝保定元年九月乙巳、客星、翼に見ゆ。十月甲戌、日食あり。戊寅、熒惑が太微上將を犯し、合して一となる。

二年閏正月癸巳、太白が昴に入る。二月壬寅、熒惑が太微上相を犯す。三月壬午、熒惑が左執法を犯す。七月乙亥、太白が輿鬼を犯す。九月戊辰、日食あり、既なり。十一月壬午、熒惑が危の南にて歳星を犯す。

三年三月乙丑朔、日食あり。九月甲子、熒惑が太微上將を犯す。占いに曰く、「上將誅死す」と。十月壬辰、熒惑が左執法を犯す。

四年二月庚寅朔、日食あり。甲午、熒惑が房の右驂を犯す。三月己未、熒惑また房の右驂を犯す。占いに曰く、「上相誅せられ、車馳ぎ人走り、天下兵起こる」と。その年十月、塚宰晉公護、軍を率いて齊を伐つ。十二月、柱国・庸公王雄、力戦して之に死し、遂に班師す。兵起こり將死するの応なり。八月丁亥朔、日蝕あり。

五年正月辛卯、白虹日を貫く。占いに曰く、「兵喪と為す」と。甲辰、太白・熒惑・歳星、婁に合す。六月庚申、彗星、三台より出で、文昌に入り、上將を犯し、後、紫宮西垣を経て危に入り、漸く一丈余に長じ、室壁を指し、後百余日稍々短く、長さ二尺五寸、虚危に在りて滅す。齊の分野なり。七月辛巳朔、日食あり。

天和元年正月己卯、日食あり。十月乙卯、太白昼見し、天を経る。

二年正月癸酉朔、日食あり。五月己丑、歳星と熒惑と井宿に合し、相去ること五尺。並びに秦の分と為す。占いに曰く、「其の国に兵あり、饑旱と為し、大臣謀を匿し、下に反する者有り、若しくは地を亡ぼす」と。閏六月丁酉、歳星・太白合し、柳に在り、相去ること一尺七寸。柳は周の分なり。占いに曰く、「内兵と為す」と。又曰く、「主人凶憂有り、城を失う」と。是の歳、陳の湘州刺史華皎、衆を率いて来附し、衛公直を遣わして兵を将いて之を援けしめ、因りて南伐す。九月、衛公直、陳の将淳于量と沌口に戦い、王師利あらず。元定・韋世衝、歩騎数千を以て先ず度り、遂に陳に没す。七月庚戌、太白が軒轅大星を犯し、相去ること七寸。占いに曰く、「女主勢を失い、大臣之に当たる」と。又曰く、「西方禍起こる」と。其の十一月癸丑、太保・許公宇文貴薨ず。大臣之に当たるの験なり。十月辛卯、黒気一有り、大さ杯の如く、日中に在り。甲午、又た一を加え、六日を経て乃ち滅す。占いに曰く、「臣に主の明を蔽う者有り」と。十一月戊戌朔、日食あり。庚子、熒惑が鉤鈐を犯し、之を去ること六寸。占いに曰く、「王者憂い有り」と。又曰く、「車騎驚き、三公謀る」と。

三年三月己未、太白が井北轅の第一星を犯す。占いに曰く、「將軍之を悪む」と。其の七月壬寅、隋公楊忠薨ず。四月辛巳、太白が輿鬼に入り、積屍を犯す。占いに曰く、「大臣誅せらる」と。又曰く、「乱臣内に在り、城を屠る有り」と。六月甲戌、彗星東井に見え、長さ一丈、上白下赤にして鋭く、漸く東行し、七月癸卯に至り、鬼の北八寸所に在りて乃ち滅す。占いに曰く、「兵と為し、国政崩壊す」と。又曰く、「將軍死し、大臣誅せらる」と。七月己未、客星房心に見え、白きこと粉絮の如く、大さ斗の如く、漸く大となり東行す。八月、天市に入り、長さ匹の如く、復た東行し、河鼓右将を犯す。癸未、瓠瓜を犯し、又た室に入り、離宮を犯す。九月壬寅、奎に入り、稍々小なり。壬戌、婁の北一尺所に至りて滅す。凡そ六十九日。占いに曰く、「兵起こり、若し喪有らば、白衣会し、饑旱と為し、国政を易う」と。又曰く、「兵外城を犯し、大臣誅せらる」と。

四年二月戊辰、歳星逆行し、太微上將を掩う。占いに曰く、「天下大いに驚き、国安からず、四輔誅せらる有り、必ず兵革有り、天下大赦有り」と。庚午、流星有り、大さ斗の如く、左摂提より出で、流れて天津に至りて滅し、声雷の如し。五月癸巳、熒惑が輿鬼を犯す。甲午、積屍を犯す。占いに曰く、「午は秦なり。大臣誅せらる有り、兵大いに起こる」と。後三年、太師・大塚宰・晉国公宇文護、臣に非ざるを以て誅せらる。皆其の応なり。

五年正月乙巳、月氐に在り、暈し、白虹長さ丈所有りて之を貫き、而して兩珥有りて連接し、北斗の第四星を規す。占いに曰く、「兵大いに起こり、大戦有り、將軍野に死す」と。是の冬、齊の将斛律明月辺を寇し、汾北に城を築き、華谷より龍門に至る。其の明年正月、詔して齊公憲に師を率いさせて之を禦がしむ。三月己酉、憲、龍門より河を度り、其の新たに築く五城を攻め抜く。兵起こり大戦の応なり。

六年二月己丑夜、蒼雲有り、廣さ三丈、天を経て、戌より辰に加う。四月戊寅朔、日蝕あり。己卯、熒惑逆行し、輿鬼を犯す。占いに曰く、「兵喪有り、大臣誅せらる、兵大いに起こる」と。その月、又た師を率いて齊の宜陽等九城を取る。六月、齊の将、汾州を攻め陥す。六月庚辰、熒惑太白合し、張宿に在り、相去ること一尺。占いに曰く、「主人兵勝たず、合する国に殃有り」と。

建徳元年三月丙辰、熒惑と太白が壁宿に合した。占いに曰く、「その分野に兵喪あり、事を挙ぐべからず、兵を用いれば必ずその殃を受く」と。また曰く、「侯王を改めて立て、徳ある者は興り、徳なき者は亡ぶ」と。その月、晋公護、護の子譚公会、莒公至、崇業公静等を誅し、大赦を行ふ。癸亥、詔して斉公憲を大塚宰と為す、是れその験なり。七月丙午、辰星と太白と井宿に合し、相去ること七寸。占いに曰く、「その下の国、必ず重徳ありて天下を致す」と。後四年、上師を帥いて斉を平らげ、天下を致すの応なり。九月己酉、月心宿の中星を犯し、相去ること一寸。占いに曰く、「乱臣傍らに在り、五年を出でず、下に亡国あり」と。後周の武帝斉を伐ちて平らげ、亡国の応あり。

二年二月辛亥、白虹日を貫く。占いに曰く、「臣君を謀る、三年を出でず」と。また曰く、「近臣乱を為す」と。後年七月、衛王直京師に在りて兵を挙げて反す。癸亥、熒惑鬼宿の西北星を掩ふ。占いに曰く、「大賊大人の側に在り」と。また曰く、「大臣誅せらる」と。四月己亥、太白西北星を掩ひ、壬寅、また東北星を掩ふ。占いに曰く、「国に憂ひあり、大臣誅せらる」と。六月丙辰、月心宿の後二星を犯す。占いに曰く、「乱臣傍らに在り、三年を出でず、亡国あり」と。また曰く、「人主之を悪む」と。九月癸酉、太白左執法を犯す。占いに曰く、「大臣に憂ひあり、執法者は誅せられ、若しくは罪有り」と。十一月壬子、太白尾宿に在る填星を掩ふ。占いに曰く、「填星は女主と為り、尾は後宮と為る」と。明年皇太后崩ず。

三年二月戊午、客星桃の如く大にして青白色、五車の東南三尺許りに出で、漸く東行し、稍々長さ二尺許りに及ぶ。四月壬辰に至りて文昌に入り、丁未、北斗の魁中に入り、後に魁を出でて漸く小となる。凡そ九十三日見ゆ。占いに曰く、「天下兵起り、車騎野に満ち、人主憂ひ有り」と。また曰く、「天下乱有り、兵大いに起り、臣主を謀る」と。その七月乙酉、衛王直京師に在りて兵を挙げて反し、之を討ちて擒にし、庶人に廃す。十月に至り、始州の民王鞅衆を擁して反し、之を討ちて平らぐ。四月乙卯、星紫宮垣外に孛し、拳の如く大にして赤白、五帝座を指し、漸く東南行し、稍々長さ一丈五尺に及ぶ。五月甲子、上臺の北に至りて滅す。占いに曰く、「天下政を易へ、徳なき者は亡ぶ」と。後二年、武帝六軍を率いて斉を滅ぼす。十一月丙子、歳星と太白相犯し、光芒相及び、危宿に在り。占いに曰く、「その野に兵あり、人主凶なり、その城邑を失ふ。危は斉の分野なり」と。後二年、宇文神挙陸渾等五城を攻め抜く。十二月庚寅、月歳星を犯し、危宿に在り、相去ること二寸。占いに曰く、「その邦流亡し、三年を出でず」と。辛卯、月営室に行き、太白を食む。占いに曰く、「その国兵を以て亡び、将軍戦死す。営室は衛なり、地は斉の境に在り」と。後斉亡びて周に入る。

四年三月甲子、月軒轅の大星を犯す。占いに曰く、「女主に憂ひあり、また五官に乱有り」と。

五年十月庚戌、熒惑太微西蕃の上将星を犯す。占いに曰く、「天下安からず、上将誅せられ、若しくは罪有り、其れ止む」と。

六年二月、皇太子西土を巡撫し、仍て吐谷渾を討つ。八月、伏俟城に至りて旋る。吐谷渾辺を寇す、天下安からざるの応なり。六月庚午、熒惑鬼宿に入る。占いに曰く、「喪と旱有り」と。その七月、京師旱す。十月戊午、歳星大陵を犯す。また己未・庚申、月連ねて暈し、昴・畢・五車及び参を規す。占いに曰く、「兵起りて地を争ふ」と。また曰く、「王自ら兵を将ふ」と。また曰く、「天下大赦有り」と。癸亥、帝衆を率いて晋州を攻む。是の日虹晋州城上に見え、首は南に向ひ、尾は紫宮に入り、長さ十余丈。庚午、之を克つ。丁卯夜、白虹見え、長さ十余丈、頭は南に在り、尾は紫宮中に入る。占いに曰く、「その下兵戦し流血す」と。また曰く、「若し兵無くば、必ず大喪有り」と。六年正月に至り、斉を平らげ、斉軍と大戦す。十一月稽胡反し、斉王之を討ちて平らぐ。

六年四月、此に先だち熒惑太微宮に入ること二百日、東蕃の上相を犯し、西蕃の上将を犯し、句已して往還す。此の月甲子に至りて端門を出づ。占いに曰く、「大臣主に代はる」と。また曰く、「臣臣たらず、反する者有り」と。また曰く、「必ず大喪有り」と。後宣帝・武帝継いで崩じ、高祖大運を以て代はりて起る。十月癸卯、月食し、熒惑斗宿に在り。占いに曰く、「国敗れ、その君亡び、兵大いに起り、軍を破り将を殺す。斗は呉・越の星、陳の分野なり」と。十一月、陳の将呉明徹呂梁を侵し、徐州総管梁士彦軍を出して之と戦ひ、利あらず。明年三月、郯公王軌陳の将呉明徹を討ちて擒にし、俘斬三万余人。十一月甲辰、晡時に、日中に黒子有り、杯の如く大なり。占いに曰く、「君過有りて臣諫めず、人主之を悪む」と。十二月癸丑、流星月の如く大にして、西流し声有り、蛇行屈曲し、光地を照らす。占いに曰く、「兵大いに起り、下に戦場有り」と。戌辰平旦、流星三斗器の如く大にして、色赤く、紫宮より出で、天に凝著し、乃ち北下す。占いに曰く、「人主その宮殿を去る」と。是の月、営州刺史高宝寧州に拠りて反す。その明年五月、帝戎を総べて北伐す。後年、武帝崩ず。

宣政元年正月丙子、月は昴を食む。占いに曰く、「白衣の会あり」と。また曰く、「匈奴辺境を侵す」と。その月、突厥幽州を寇し、吏人を殺略す。五月、帝は総戎して北伐す。六月、帝疾甚だしく、京に還り、雲陽に次いで崩ず。六月壬午、癸丑、木火金の三星合し、井に在り。占いに曰く、「その国覇たり」と。また曰く、「その国外内に兵喪あり、侯王を改立す」と。是の月、幽州の人盧昌期、范陽に拠りて反し、王侯を改立す。兵喪の験なり。七年辛丑、月は心前星を犯す。占いに曰く、「太子これを悪む、若しくは位を失う」と。後に静帝天子に立てらるも終わらず。これ徴なり。丙辰、熒惑・太白合し、七星に在り、相去ること二尺八寸所。占いに曰く、「君憂う」と。また曰く、「その国に兵あり、王侯を改立す。徳あるは興り、徳なきは亡ぶ」と。後年、四輔官を改署し、位を太子に伝え、王侯を改立す。これ応なり。己未、太白は軒轅大星を犯す。占いに曰く、「女主凶なり」と。後二年、宣帝崩ず。楊后その父隋公をして大丞相と為らしめ、軍国の事を総べしむ。隋氏命を受け、后を廃して楽平公主と為し、余の四后悉く比丘尼に廃す。八月庚辰、太白太微に入る。占いに曰く、「天下の驚きと為る」と。また曰く、「近臣兵を起こし、大臣相殺し、国憂いあり」と。その後、趙・陳等五王、執政に誅せられ、大臣相殺の応なり。九月丁酉、熒惑太微西掖門に入り、庚申、左執法を犯し、相去ること三寸。占いに曰く、「天下安からず、大臣憂いあり」と。また曰く、「執法者は誅せらる、若しくは罪あり」と。是の月、汾州稽胡反し、討ちて平らぐ。十一月、突厥辺境を寇し、酒泉を囲み、吏人を殺略す。明年二月、柱国・郯公王軌を殺す。皆その応なり。十二月癸未、熒惑氐に入り、守りてこれを犯すこと三十日。占いに曰く、「天子その宮を失う」と。また曰く、「賊臣内に在り、下に反する者あり」と。また曰く、「国君繫えられ饑死し、若しくは毒死す」と。静帝位を禅し、隋高祖幽閉してこれを殺す。

宣帝大成元年正月丙午・癸丑、日皆背あり。占いに曰く、「臣逆を為し、反叛あり、辺将これを去る」と。また曰く、「卿大夫主たらんと欲す」と。その後、隋公覇を為し、尉迥・王謙・司馬消難各兵を挙げて反す。

大象元年四月戊子、太白・歳星・辰星合し、井に在り。占いに曰く、「是れ驚立と謂い、是れ絶行と謂う。その国内外に兵喪あり、王公を改立す」と。また曰く、「その国覇たるべし。徳を修むる者は強く、徳なきは殃を受く」と。その五月、趙・陳・越・代・滕の五王併びに国に入る。後二年、隋王命を受け、宇文氏の宗族相継いで誅滅す。六月丁卯、流星一あり、鶏子の如く大、氐中より出で、西北に流れ、尾跡あり、長さ一丈所、月中に入りて即ち滅ぶ。占いに曰く、「三年を出でず、人主憂いあり」と。また曰く、「亡国あり」と。静帝幽閉の応なり。己丑、流星一あり、斗の如く大、色青く、光明地を照らし、営室より出で、壁に抵りて濁に入る。七月壬辰、熒惑房北頭第一星を掩う。占いに曰く、「亡君の誡なり」と。また曰く、「将軍乱を為し、王者これを悪み、大臣に反する者あり、天子憂う」と。その十二月、帝親しく驛馬を禦し、日行三百里。四皇后及び文武侍衛数百人、並びに馹に乗りて以て従う。房は天駟たり。熒惑は乱を主る。これ宣帝道徳を乱し、車騎を馳騁し、将に亡びんとする誡なり。八月辛巳、熒惑南斗第五星を犯す。占いに曰く、「且つ反臣あり、道路通ぜず、軍を破り将を殺す」と。尉迥・王謙等兵を起こし敗亡する徴なり。九月己酉、太白南斗魁中に入る。占いに曰く、「天下大乱あり、将相謀反し、国政を易う」と。また曰く、「君死す、死せざれば則ち疾あり」と。また曰く、「天下爵禄あり」と。皆高祖命を受け、群臣爵を分つ徴なり。十月壬戌、歳星軒轅大星を犯す。占いに曰く、「女主憂い、若しくは勢を失う」と。周は宣政元年より、熒惑・太白歳星に従い東井に聚まる。大象元年四月、太白・歳星・辰星また井に聚まる。十月、歳星軒轅を守る。その年、また翼を守る。東井は秦の分、翼は楚の分なり。漢東は楚の地たり。軒轅は后族なり。隋は后族を以て秦の地に興る象にして、周の后妃勢を失う徴なり。乙酉、熒惑虚に在り、填星と合す。占いに曰く、「兵大いに起こり、将軍乱を為し、大人これを悪む」と。是の月、相州段徳挙謀反し、誅せらる。その明年三月、杞公宇文亮兵を挙げて反し、擒えてこれを殺す。

二年四月乙丑、星斗の如く大、天厨より出で、紫宮に流入し、鉤陳に抵りて乃ち滅ぶ。占いに曰く、「大喪あり、兵大いに起こり、将軍戮せらる」と。また曰く、「臣上を犯し、主憂いあり」と。その五月、帝崩ず。隋公国政を執る。大喪・臣主を犯すの応なり。趙王・越王謀を以て執政に誅せらる。また荊・豫・襄三州諸蛮反し、尉迥・王謙・司馬消難各兵を挙げて畔き、執政に従わず、終に敗亡す。皆大兵起こり将軍戮せらるるの応なり。五月甲辰、流星一あり、三斗器の如く大、太微端門より出で、翼に流入し、色青白く、光明地を照らし、声幡旗を吹く風の如し。占いに曰く、「王を立つるあり、若しくは王を徙す」と。また曰く、「国君を失う」と。その月己酉、帝崩ず。劉昉制を矯り、隋公をして遺詔を受け政を輔わしむ。終に天命を受けしむ。王を立て王を徙し君を失うの応なり。七月壬子、歳星・太白張に合し、流星あり、斗の如く大、五車より出で東北に流れ、光明地を燭す。九月甲申、熒惑・歳星翼に合す。

静帝大定元年正月乙酉、歳星逆行し、右執法を守り、熒惑房北第一星を掩う。占いに曰く、「房は明堂、政を布くの宮、徳なき者はこれを失う」と。二月甲子、隋王尊号を称す。

高祖文皇帝開皇元年三月甲申、太白昼見す。占いに曰く、「太白天を経て昼見すは、臣強く、政を革むるなり」と。四月壬午、歳星昼見す。占いに曰く、「大臣強く、逆謀あり、王者安からず」と。その後、劉昉等謀反し、誅せらる。十一月己巳、流星あり、声は牆の隤るるが如く、光地を燭す。占いに曰く、「流星光あり声あるは、名づけて天保と曰う。墜つる所の国安らかに喜びあり」と。その九年、陳を平らげ、天下一統す。五年八月戊申、流星数百あり、四散して下る。占いに曰く、「小星四面に流行するは、庶人流移の象なり」と。その九年、陳を平らげ、江南の士人、悉く播遷して京師に入る。

八年二月庚子、填星東井に入る。占いに曰く、「填星の居する所に徳あり、兵を称するに利あり」と。その年大いに挙りて陳を伐ち、これを克つ。十月甲子、星牽牛に孛す。占いに曰く、「臣君を殺し、天下謀を合わす」と。また曰く、「内に大乱なくんば、則ち外に大兵あり。牛は呉・越の星、陳の分野なり」と。後年、陳氏滅ぶ。

九年正月己巳、白虹日を夾む。占いに曰く、「白虹日を銜めば、臣に主に背く者有り」と。また曰く、「人主徳無き者は亡ぶ」と。是の月、陳を滅ぼす。

十四年十一月癸未、彗星虚危及び奎婁に孛す、斉・魯の分野なり。その後魯公虞慶則法に伏し、斉公高熲名を除かる。

十九年十二月乙未、星渤海に隕つ。占いに曰く、「陽其の位を失うは、災害の萌しなり」と。また曰く、「大人憂う」と。二十年十月、太白昼に見ゆ。占いに曰く、「大臣強く、革政を為し、王を易うるを為す」と。右僕射楊素、高祖及び献后を熒惑し、嫡を廃し庶を立てんことを勧む。その月乙丑、皇太子勇を廃し庶人と為す。明年元を改む。皆陽位を失い及び革政易王の験なり。

仁寿四年六月庚午、星月中に入る。占いに曰く、「大喪有り、大兵有り、亡国有り、破軍殺将有り」と。七月乙未、日青くして光無く、八日にして乃ち復す。占いに曰く、「主勢奪わる」と。また曰く、「日光無ければ、死王有り」と。甲辰、上疾甚だし、丁未、宮車晏駕す。漢王諒反し、楊素これを討ち平らぐ。皆兵喪亡国死王の応なり。

煬帝大業元年六月甲子、熒惑太微に入る。占いに曰く、「熒惑は賊と為り、乱と為りて宮に入れば、宮中安からず」と。

三年三月辛亥、長星西方に見え、天に竟き、奎婁・角亢を幹歴して没す。九月辛未に至り、転じて南方に見え、亦天に竟き、また角亢を幹し、頻りに太微帝座を掃し、列宿を干犯す。唯だ参・井に及ばず。歳を経て乃ち滅す。占いに曰く、「穢を去り新を布くは、天の以て無道を去り有徳を建つる所以なり。見ゆること久しき者は災深く、星大なる者は事大なり、行き遅き者は期遠し。兵大いに起こり、国大いに乱れて亡ぶ。余殃は水旱饑饉・土功疾疫と為る」と。その後、長城を築き、吐谷渾及び高麗を討ち、兵戎歳に駕し、略ね寧息無し。水旱饑饉疾疫、土功相仍い、而して群盗並び起こり、邑落空虚なり。九年五月、礼部尚書楊玄感黎陽に於いて兵を挙げて反す。丁未、熒惑逆行して南斗に入り、色赤くして血の如く、三斗の器の如く、光芒震耀し、長さ七八尺、斗中に於いて句巳して行く。占いに曰く、「反臣有り、道路通ぜず、国大いに乱れ、兵大いに起こる」と。斗は呉・越の分野、玄感の父越に封ぜられ、後楚地に徙封せられ、又これに次ぐ。天意曰く若し、熒惑をして句巳せしめ、其の分野を除かしむ、と。七月に至り、宇文述これを討ち平らぐ。其の兄弟悉く梟首車裂せられ、其の党与数万人を斬る。その年、硃燮・管崇亦た呉郡に於いて衆を擁して反す。此の後群盗屯聚し、郡県を剽略し、屍草野に横たわり、道路通ぜず、詔勅を齎す使人は、皆歩渉夜行し、敢えて路に遵わず。

十一年六月、星文昌の東南に孛す、長さ五六寸、色黒くして鋭く、夜動揺し、西北に行き、数日にして文昌に至り、宮を去ること四五寸、入らず、却行して滅ぶ。占いに曰く、「急兵と為る」と。その八月、突厥帝を雁門に囲み、従兵悉く城に馮りて寇を禦ぎ、矢帝の前に及ぶ。七月、熒惑羽林を守る。占いに曰く、「衛兵反す」と。十二月戊寅、大流星斛の如く、賊盧明月の営に墜ち、其の衝輣を破り、十余人を圧殺す。占いに曰く、「奔星の墜つる所は、軍を破り将を殺す」と。その年、王充盧明月の城を撃ち、これを破る。

十二年五月丙戌朔、日食有り、既す。占いに曰く、「日食既すれば、人主亡び、陰陽を侵し、下上を伐つ」と。その後宇文化及等殺逆を行う。癸巳、大流星呉郡に隕ちて石と為る。占いに曰く、「亡国有り、死王有り、大戦有り、軍を破り将を殺す」と。その後大軍逆賊劉元進を呉郡に於いて破り、これを斬る。八月壬子、大流星斗の如く、王良閣道より出で、声牆の隕つるが如し。癸丑、大流星甕の如く、羽林より出づ。九月戊午、枉矢二有り、北斗魁より出で、委曲蛇形し、南斗に注ぐ。占いに曰く、「主兵を以て去り、天の伐つ所」と。亦曰く、「乱を以て乱を伐ち、矢を執る者正しからず」と。後二年、化及帝を殺し号を僭し、王充亦た東都に於いて恭帝を殺し、号を鄭に篡す。皆殺逆無道、乱を以て乱に代えるの応なり。

十三年五月辛亥、大流星甕の如く、江都に墜つ。占いに曰く、「其の下に大兵戦有り、血を流し軍を破り将を殺す」と。六月、星太微五帝座に孛す、色黄赤、長さ三四尺許、数日にして滅ぶ。占いに曰く、「亡国有り、君を殺す有り」と。明年三月、宇文化及等帝を殺すなり。十一月辛酉、熒惑太微を犯し、日光四散して血を流すが如し。占いに曰く、「賊宮に入り、主急兵を以て伐たるるを見る」と。また曰く、「臣君に逆らう」と。明年三月、化及等帝を殺し、諸王及び幸臣並びに戮せらる。