新五代史

巻第五十八

ああ、五代の礼楽文章については、私は取るべきものがない。しかし後世にこれを知ろうとする者がいるならば、遺すことができない。よって司天職方考を作る。

司天考第一

司天は日月星辰の象を掌る。周天は一歳、四時、二十四気、七十二候、十日十二辰を運行し、これをもって暦とする。そしてその変化を謹んで察することを、占とする。占とは、尋常ならざる兆しであり、吉凶を験し、天意を求め、人事を覚ますもので、その術は有司に蔵される。暦とは、常なる数であり、寒暑を推し、天道を先んじ、人事を励ますもので、その法は天下に信ぜられる。術は時に用いられ、法は一日たりとも誤ってはならない。毫厘でも誤れば、天人の序を乱し、百事の時を乖き、およそ国を有する者の重んずるところである。しかし堯が羲・和に命じたことが書に見える以来、中星閏餘に、その大法が略存する。しかし三代の中間千有余歳、遺文は曠廃し、六経には述べるところがない。孔子の徒も、また未だ嘗てこれを道うことはなかった。後世に至って、その学は一たび陰陽の家より出で、その事は重んぜられるが、その学は末である。夫れ天人の際は、遠くして微である。しかるに一芸の士に、算を布き分を積み、上って数千万歳の前を求め、必ず甲子朔旦夜半冬至を得て、日・月・五星が皆子に会することを、上元と謂い、暦の始めとする。蓋し漢以後より、その説始めて世に詳しく見え、その源流の自ら出づるところは、ただこのようなものに止まる。これは果たして堯・舜・三代の法であろうか。皆考うるを得ない。しかしこれ以来、暦家の術は、世多く同じからざるも、未だ嘗てこれに本づかざることはない。

五代の初め、唐の故により、崇玄暦を用いた。晋の高祖こうその時に至り、司天監馬重績が始めて新暦を造り、古の上元甲子冬至七曜の会を推さず、唐の天宝十四載乙未を上元とし、正月雨水を気首として用いた。初め、唐の建中の時、術者曹士蒍が始めて古法を変え、顕慶五年を上元とし、雨水を歳首とし、符天暦と号した。しかし世はこれを小暦と謂い、ただ民間に行われるのみであった。重績は乃ちこれを用いて法とし、遂に朝廷に施し、調元暦と号を賜った。しかしこれを五年行うと、誤差が生じて用いることができず、再び崇玄暦を用いた。周の広順年中、国子博士王処訥が、私に家で明玄暦を撰した。民間にはまた万分暦があり、しょくには永昌暦・正象暦があり、南唐には斉政暦があった。五代の際、暦家に考うるべきものは、ここに止まる。調元暦の法は既に古に非ず、明玄暦はまたただその家に蔵されるのみ、万分暦はただ民間に行われるのみで、その法は皆記すに足りない。永昌・正象・斉政の各暦は、皆その国にのみ用いられ、今もまた亡びて、再び見ることはない。

世宗が即位し、外には僭叛を伐ち、内には法度を修めた。端明殿学士王朴は、暦数に通じていた。乃ち詔して朴に撰定させた。歳余りして、朴が奏上して言うには、

臣が聞くに、聖人の作るものは、天人の変を知るに在り。人情の動きは、以て言うをもって知ることができる。天道の動きは、当に数をもって知るべきである。数の用いられる所以は、聖人が以て天道を観るためである。歳月日時は、これによって成り、陰陽寒暑は、これによって節せられ、四方の政は、これによって行われる。国を為す者は、端を履み極を立てるには、必ずその元を体し、政を布き績を考うるには、必ずその歳に因り、礼を動かし楽を挙ぐるには、必ずその朔を正し、三農百工は、必ずその時に順い、五刑九伐は、必ずその気に順い、庶務有為は、必ずその日月に従う。これ故に聖人は命を受けて、必ず暦数を治める。故に五紀には常度があり、庶徴には常応があり、正朔は天下に行われるのである。

唐の季より以来、凡そ数朝を歴た。乱れて日を失い天に背き、将に百載に垂んとす。天の暦数は、汨陳するのみである。陛下は古道に順って考へ、上天を寅畏し、庶官に諮詢し、墜典を振挙される。臣は能ある者に非ざるも、敢えて詔を奉ぜざらんや。乃ち万象を包んで以て法とし、七政を斉えて以て元を立て、圭箭を測って以て気を候い、朓朒を審らかにして以て朔を定め、九道を明らかにして以て月を歩み、遅疾を校して以て星を推し、黄道の斜正を考へ、天勢の昇降を辨じ、而して交蝕詳ならしむ。

夫れ天の道を立てるは、陰と陽と曰う。陰陽は各々数有り、合すれば則ち化して成る。陽の策は三十六、陰の策は二十四。奇偶相命じ、両陽三陰、同じく七十二を得る。同じければ則ち陰陽の数合う。七十二は、化して成るの数である。化して成れば則ちこれを五行の数と謂う。これを五倍すれば、朞数を得る。これを過ぐる者は、気盈と謂い、及ばざる者は、朔虚と謂う。応変分用に至るまで、通ぜざる所なし。故に七十二を以て経法とす。経とは、常用の法である。百は、数の節である。法に随って進退し、旧位を失わず、故に通法と謂う。通法を以て経法を進め、七千二百を得る。これを統法と謂う。元より経に入るに、先ずこの法を用い、暦の諸法を統べるのである。通法を以て統法を進め、七十二万を得る。気朔の下、収分必ず尽きる。これを全率と謂う。通法を以て全率を進め、七千二百万を得る。これを大率と謂い、而して元紀ここに生ず。元とは、歳・月・日・時皆甲子、日・月・五星合して子に在り、盈縮・先後の中に当たり、所謂七政斉うのである。

古、陽城に圭を植う。これ洛に近きを以てなり。蓋し尚ほその中を慊とし、乃ち洛の東偏に在り。開元十二年、使者を遣わして天下に影を候わしむ。南は林邑に距り、北は横野に距り、中に浚儀の岳台を得て、南北の弦に応じ、地の中に居る。大周国を建て、都を汴に定む。圭を樹て箭を置き、岳台の漏を測り、以て中数と為す。晷漏正しければ、則ち日の至る所、気の応ずる所、これを得るのである。

日月には皆盈縮有り。日盈ち月縮むれば、則ち中に後れて朔す。月盈ち日縮むれば、則ち中に先んじて朔す。古来朓朒の法は、率皆平行の数なり。入暦既に前次有り、而して又衰稍倫ならず。皇極の旧術は、則ち迂回にして用い難し。降りて諸暦に及べば、則ち疎遠にして失多し。今、月離の朓朒を以て、暦に随って校定し、日躔の朓朒を、臨用に加减す。得る所は、入離定日なり。一日の中、九限に分つ。毎限損益し、衰稍倫有り。朓朒の法は、審らかなりと謂うべし。

赤道は、天の大帯なり。その勢いは円くして平らに、宿度の常数を紀す。黄道は、日の軌道なり。その半は赤道の内にあり、半は赤道の外にあり、極を去ること二十四度。赤道に近きに当たれば、その勢いは斜めなり;赤道に遠きに当たれば、その勢いは直なり。斜めなる時は、日の行き宜しく遅く;直なる時は、日の行き宜しく速し。故に二分の前後にはその度を加え、二至の前後にはその度を減ず。九道は、月の軌道なり。その半は黄道の内にあり、半は黄道の外にあり、極を去ること遠く六度。黄道を出づるを、正交と謂い;黄道に入るを、中交と謂う。もし正交が秋分の宿に在り、中交が春分の宿に在れば、則ち黄道より益々斜めなり。もし正交が春分の宿に在り、中交が秋分の宿に在れば、則ち黄道より却って直なり。もし正交・中交が二至の宿に在れば、則ちその勢いはやや斜めなり。故に二至・二分を去ることの遠近を校し、以て斜正を考へ、乃ち加減の数を得る。古より九道の説有りと雖も、蓋し知るのみにて未だ詳らかならず、徒らに祖述の文有るも、推歩の用無し。今、黄道一周を以て、八節に分ち;一節の中を、九道に分つ;七十二道を尽くし、而して日月に其の斜正の勢いを隠す所無からしむ。九道の法は、明らかなりと謂うべし。

星の行きは、日に近くして疾く、日に遠くして遅し。日を去ること極めて遠ければ、勢い尽きて留まる。古より諸曆、分段実を失い、隆降準無し;今日の行分尚ほ多きに、次日便ち留まる;留まりより退くは、惟だ平行を用い、仍って入段行度を以て入曆の数と為す:皆な本理に非ず、遂に乖戾に至る。今、逐日の行分積を校し、以て変段と為す。然る後に疾きより漸く遅く、勢い尽きて留まる。留まりより行くも、亦た微を積みて後に多し。別に諸段の変曆を立て、以て変差を推し、諸段の変差をして、際会相合せしむ。星の遅疾は、知るを得べし。

古より相伝え、皆な交を去ること十五度以下と謂えば、則ち日月に蝕有りとす。殊不知、日月の相掩うと、闇虚の射る所とは、其の理異なる有り。今、日月径度の大小を以て、交を去ることの遠近を校し、黄道の斜正を以て、天勢の昇降を以て、仰視・旁視の分数を度り、則ち交虧其の実を得べし。

臣、前世を考うるに、食神首尾の文無し。近くは司天の卜祝小術より、其の大體を挙ぐること能わず、遂に等接の法と為す。蓋し仮用に従い、以て径捷を求め、是に於いて交に逆行の数有り。後の学者詳らかに知ること能わず、因りて曆に九曜有りと言い、以て曆を注するの常式と為す。今並びに削り去る。謹んで歩日・歩月・歩星・歩発斂を以て四篇と為し、合せて曆経一卷、曆十一卷、草三卷、顕徳三年七政細行曆一卷と為し、以て欽天曆と為す。

昔、帝堯に在りて、昊天を欽若す。陛下曆象を考へ日月星辰を、唐堯の道なり。天道玄遠にして、微臣の尽く知る所に非ず。

世宗之を嘉す。詔して司天監に用いしめ、以て明年正月朔旦を始めと為す。

顕徳欽天曆

演紀上元甲子、今の顕徳三年丙辰を距ること、積七千二百六十九万八千四百五十二算外。

欽天統法:七千二百。

欽天経法:七十二。

欽天通法:一百。

欽天歩日躔術

歳率:二百六十二万九千七百六十、四十。

軌率:二百六十二万九千八百四十四、八十。

朔率:二十一万二千六百二十、二十八。

歳策:三百六十五、一千七百六十、四十。

軌策:三百六十五、一千八百四十四、八十。

歳中:一百八十、四千四百八十二、二十。

軌中:一百八十二、四千五百二十二、四十。

朔策:二十九、三千八百二十、二十八。

気策:一十五、一千五百七十三、三十五。

象策:七、二千七百五十五、七。

周紀:六十。

歳差:八十四、四十。

辰則:六百、八刻二十四分。

赤道宿次

斗:二十六度。 牛:八度。 女:十二度。 虚:一十度少。 危:十七度。 室:十六度。 壁:九度。

北方七宿九十八度少。

奎:十六度。 婁:十二度。 胃:十四度。 昴:十一度。 畢:十七度。 觜:一度。 参:一十度。

西方七宿八十一度。

井宿:三十三度。鬼宿:三度。柳宿:十五度。星宿:七度。張宿:十八度。翼宿:十八度。軫宿:十七度。

南方七宿の総計は一百一十一度なり。

角宿:十二度。亢宿:九度。氐宿:十五度。房宿:五度。心宿:五度。尾宿:十八度。箕宿:十一度。

東方七宿の総計は七十五度なり。

中節

歳率を置き、演紀上元より所求の積年までの年数を以て之を乗じ、気積と為す。統法にて一たび除し、日と為す。周紀に満てば之を去り、甲子より算を外して命ずれば、即ち天正の中気の日辰及び分秒なり。気策を以て累次之に加へ、秒は通法に満てば分に従ひ、分は統法に満てば日に従ひ、日は周紀に満てば之を去れば、即ち各々次気の日辰及び分秒を得るなり。

朔弦望

気積を置き、朔率を以て之を去り、尽きざるを閏餘と為す。之を以て気積を減じ、朔積と為す。統法にて一たび除し、日と為す。周紀に満てば之を去り、甲子より算を外して命ずれば、即ち天正の常朔の日辰及び分秒なり。象策を以て累次之に加へれば、即ち各々弦望及び次朔を得るなり。

日躔入暦

歳率を置き、閏餘を以て之を減じ、統法にて一たび除し、日と為す。歳中以下は盈と為し、以上は、歳中を減じて縮と為し、即ち天正の常朔加時に入る所なり。象策を累次加へ、歳中に満てば之を去り、盈縮互いに命ずれば、即ち四象の入る所なり。

日躔朓朒

加時の入暦分秒を置き、其の日の損益率を以て之を乗じ、統法にて一たび除し、其の日の朓朒数を損益し、日躔朓朒の定数と為す。

赤道日度

気積を置き、軌率を以て之を去り、余りを統法にて一たび除し、度と為す。赤道虚八より算を外して命ずれば、即ち天正中気加時の日躔赤道宿度及び分秒なり。歳中を加へ、次第に之を命ずれば、即ち夏至の宿なり。

黄道宿次

二至の日に赤道宿度を運行する位置を置く。前後各五度を限とし、初率は八、毎限ごとに一を減じ、九限を尽くせば末率は空となり、乃ち一度少強、亦た限率は空なり。其の半は四立の宿に当たる。自後も亦た五度を限とし、初率は空、毎限ごとに一を増し、九限を尽くせば末率は八となり、二分の宿に殷し。二分より二至に至るも、亦た之の如し。各々限率を以て入る所の限度に乗じ、分となす。経法にて一と為し、度となす。二至の前後各九限を以て減じ、二分の前後各九限を以て加へ赤道宿に、黄道宿及び分となす。就き其の分を以て少・太・半の数と為す。

黄道日度

天正中気加時の赤道宿度を運行する位置を置く。各々入る所の限率と相乘じ、皆統法を以て之を通す。入る所の限率其の分に乗じ、以て之に従う。経法にて一と為し、分となす。統法に盈ちれば、度となす。用ひて赤道の運行する所を減じ、即ち天正中気加時の黄道宿度及び分なり。歳中を加へ、黄道宿次を以て之に命じ、即ち夏至加時の日度及び分なり。

午中日躔

二至分を置き、半法を減じ去り、午後分と為す。足らざれば、反って減じ、午前分と為す。以て初日の運行分に乗じ、経法にて一と為し、午前は以て加へ、午後は以て減じ加時の黄道日度に、午中の日度及び分となす。各々次日の運行分を以て之に加へ、統法に満てば度に従う。宿次に依りて之に命じ、即ち次日の午中の運行なり。

午中日躔入暦

天正中気の午前分を置き、便ち午中の盈暦に入る日分と為す。其の午後に在る者は、午後分を以て歳中を減じ、午中の縮暦に入る日分と為す。一日を累加し、歳中に満てば即ち之を去り、盈縮互いに命じ、毎日の午中の入暦と為す。

岳臺中晷

午中の入暦分を置き、其の日の損益率を以て之に乗じ、統法の如くして一と為し、分となす。分十を以て寸と為す。用ひて其の下の中晷数を損益し、定数と為す。

晨昏分

各々入暦分を置き、其の日の損益率を以て之に乗じ、統法の如くして一と為し、用ひて其の下の晨分を損益し、即ち求むる所の晨定分なり。用ひて加へに損し、減じに益して其の下の昏分に、即ち求むる所の昏定分なり。

日出入辰刻

晨昏分を置き、一百八十を以て晨に加へ、昏を減じ、日出入分と為す。各々辰則を以て除し、辰数と為す。余り経法に満てば、刻と為す。辰数子正を命じ算外とし、則ち日出入の辰刻なり。

昼夜刻

日入分を置き、日出分を以て之を減じ、晝分と為す。用ひて統法を減じ、夜分と為す。各々経法に満てば、昼夜刻と為す。

五夜の辰刻

昏分を置き、辰数で除し、辰数を得る。経法で除し、刻数を得る。辰数に子正を命じ、算外すれば、即ち甲夜の辰刻なり。晨分を倍し、五で約し、更用分と為す。又五で約し、籌用分と為す。甲夜に累加し、辰数に満てば辰と為し、経法に満てば刻と為し、即ち各々五夜の辰刻を得るなり。

昏曉の中星

昏分を置き、半統を減じ、軌率を乗じ、統法で除し、距中分と為す。統法に盈れば、度と為す。午中の日躔に加へば、昏中星と為し、之を減ずれば、曉中星と為す。

赤道内外の数

入暦分を置き、其の日の損益率を以て之に乗じ、統法の如くして一と為し、其の下の内外数を損益す。若し損するに足らざれば、則ち反って之を損す。内外互いに命ずれば、即ち求むる所の赤道内外定数を得るなり。

九服の距軌数

岳臺を距る南北の里数を置き、三百六十を以て之を通じ、歩と為す。一千七百五十六で除し、北は加へ、南は減じて二千五百一十三を用ひ、其の地の戴中数と為す。赤道内外定数を以て、内は減じ、外は加へれば、即ち九服の距軌数なり。

九服の中晷

距軌数を置き、二十五を乗じ、一百三十七で除し、天用分と為す。之を置き、二十二を乗じ、六で約し、四千を減じて、晷法と為す。又天用分を以て自ら相乘じ、晷法の如くして一と為し、地用分と為す。相従ひて晷分と為し、分十を以て寸と為せば、即ち其の地の中晷を得るなり。

九服の刻漏

経法を以て軌中を通じ而して半とし、自ら相乘じ、其の地の戴中数の如くして一と為す。二百六十三を乗じ、経法で除し、漏法と為す。軌中を通じて上に置き、赤道内外数を下に置き、下を以て上を減じ、余りを以て之に乗ず。漏法に盈れば、漏分と為す。赤道内は以て減じ、赤道外は以て加へ一千六百二十と為し、其の地の晨分と為す。統法を減じ、昏分と為す。晨昏分を置き、各々岳臺の術の如く之に入れば、即ち其の地の日出入辰刻、五夜辰刻、昏曉中星を得るなり。

欽天歩月離術

離率:一十九萬八千三百九十三、九。

交率:一十九萬五千九百二十七、九十七、五十六。

離策:二十七、三千九百九十三、九。

交策:二十七、一千五百二十七、九十七、五十六。

望策:一十四、五千五百一十、一十四。

交中:一十三、四千三百六十三、九十八、七十八。

離朔:一、七千二十七、一十九。

交朔:二、二千二百九十二、三十、四十四。

中準:一千七百三十六。

中限:四千七百八十。

平離:九百六十三。

程節:八百。

月離入暦

朔積を置き、離率を以て之を去り、余り統法に満てば日と為し、即ち天正常朔加時に暦に入るなり。象策を累加し、離策に盈てば之を去り、即ち弦望及び次朔の暦に入るなり。

月離朓朒

入暦分を置き、日躔朓朒定数を以てし、朓は減じ、朒は加え、程節を以て之を除し、限数と為す。余り乗ずる所入限の損益率を、程節を以て一とし、用て其の限の朓朒を損益して定数と為す。

朔弦望定日

各々日躔と月離の朓朒定数により、朓は減じ、朒は朔弦望の常分に加え、定日と為す。定朔の加時に日が入った後ならば、一日を進める。交食が初めて見える場合は進めない。弦望の加時に日が未だ出でざるならば、一日を退ける。日は出でたりとも交食が初めて見える場合もまた之の如し。元日に交食あれば、則ち消息して之を定む。定朔と後の朔の干が同じならば大、同じからざれば小。中気なき者は閏と為す。

朔望加時の日度

各々日躔の入歴を置き、日躔月離の朓朒定数により、朓は減じ、朒は加え、定朔加時の入歴と為す。歴分を以て其の日の損益率に乗じ、統法にて一とし、其の下の盈縮数を損益し、定数と為す。定朔の歴分を置き、通法を以て之を約し、定数を以て盈は加え、縮は減じ之。各々冬夏至の宿を以て命じ算外とすれば、即ち求めるところなり。

月離の入交

朔積を置き、交率を以て之を去き、余り統法に満てば日と為し、即ち天正常朔の入交泛日なり。望策を以て累次之に加え、交策に盈てば之を去き、即ち望及び次朔の入る所なり。各々日躔の朓朒定数を以て、朓は減じ、朒は加え、入交常日と為す。月離の朓朒定数を置き、経法を以て之に乗じ、平離を以て一とし、朓は減じ、朒は常分に加え、即ち入交定日なり。

黄道正交の月度

統法を以て朔交定日を通じ、二百五十四を以て之に乗じ、十九を以て一とす。復た統法を以て除し、入交度と為す。之を以て其の朔加時の日度を減じ、即ち朔前月離の黄道宿度に正交するなり。

九道の宿次

月離は黄道を出入すること六度。八節に従いて変じ、斜正同じからず。故に月に九道あり。黄道八節、各々九限あり。若し正交起こり、八節後の第一限の宿は、月の其の節の第一道を行くに為る。第二限の宿を起こせば、月の其の節の第二道を行くに為り、即ち起こす限を以て正交後の第一限と為す。初率八、毎限一を減じ、九限に尽き、末率空。又九限、初率空、毎限一を増し、末率八、半交の宿に殷る。自ら後も亦九限、初率八、毎限一を減じ、末率空。又九限、初率空、毎限一を増し、末率八、復た黄道と相会し、之を中交と謂う。中交より正交に至るも、亦之の如し。各々入る所の限度を置き、限率を以て之に乗じ、泛差と為す。其の正交・中交の前後各九限は、二至の宿に距る限数を以て之に乗ず。半交の前後各九限は、二分の宿に距る限数を以て之に乗ず。皆経法を以て一とし、黄道差と為す。冬至の宿後に在りては、正交の前後各九限は減と為し、中交の前後各九限は加と為す。夏至の宿後に在りては、正交の前後各九限は加と為し、中交の前後各九限は減と為す。凡そ月は正交後に出でて黄道の外に在り、中交後に入りて黄道の内に在り。其の半交の前後各九限は、春分の宿後に在りては出でて黄道の外に在り、秋分の宿後に在りては入りて黄道の内に在り。皆差を以て加と為す。春分の宿後に在りては入りて黄道の内に在り、秋分の宿後に在りては出でて黄道の外に在るは、皆差を以て減と為す。泛差を四約し、黄道差を以て之を減じ、赤道差と為す。正交・中交の前後各九限は、皆差を以て加と為す。半交の前後各九限は、皆差を以て減と為す。黄赤二差を以て黄道に加減し、九道の宿次と為す。就き其の分を以て少・太・半の数と為す。八節各九道、七十二道周る。

九道正交の月度

月離の正交黄道宿度を置く。各々入る所の限率を以て之に乗じ、亦其の分に乗じ、経法を以て之を約し、泛差と為す。用て黄赤二差を求め、以て之を加減すれば、即ち月離の正交九道宿度なり。

九道朔の月度

月離の正交九道宿度を置き、入交度を以て之に加え、九道の宿次を以て命ずれば、即ち其の朔加時の月離九道宿度なり。

九道望の月度

朔望加時の日の相距する度を置き、軌中を以て之に加え、加時象積と為す。用て其の朔の九道月度に加え、其の道の宿次を以て命ずれば、即ち求めるところなり。望より朔を推すも、亦之の如し。

月が午中を離れて暦に入る

朔望月の離暦を置き、半統を加え、定分を減じ、各々日躔月離朓朒定数を用い、朓は減じ、朒は加え、即ち求むる所なり。

晨昏月度

其の日の晨昏分を置き、定分を以て之を減じ、前と為す。足らざれば、返って減じ、後と為す。用て其の日の離程を乗じ、統法にて一とし、経法に満てば度と為し、晨昏前後度と為す。前は加え、後は減じ、加時月に加へ、晨昏月度と為す。

晨昏象積

加時象積を置き、前象前後度を以て、前は減じ、後は加へ、又後象前後度を以て、前は加へ、後は減じ之、即ち求むる所なり。

毎日晨昏月度

距後象離度を累計し、以て晨昏象積を減じ、加と為す。足らざれば、反って之を減じ、減と為す。距後象日数を以て之を除し、用て毎日の離度を加減し、定度と為す。晨昏月度を累加し、九道宿次を以て命じ、即ち求むる所なり。

月去黄道度

入交定日を置く。交中以下は、月は陽道を行く。以上は、之を去り、月は陰道を行く。皆経法を以て之を通す。用て九百八十を減じ、余を以て之を乗じ、五百五十六にて一とし、分と為す。経法に満てば度と為す。陽道を行くは、黄道の外に在り。陰道を行くは、黄道の内に在り。即ち求むる月の黄道内外を去る度なり。

日月食限

定交行陰陽道日を置く。半交中以下は、交後と為す。以上は、用て交中を減じ、交前と為す。皆統法を以て之を通し、距交分と為す。朔は距交分を視る。陽道四千二百一十九、陰道一万三百八十三以下は、日食限に入る。望は距交分を視る。陰陽道皆六千九百九十五以下は、月蝕限に入る。

日月食甚加時定分

朔定分を置く。半統以上は、半統を以て之を減ず。半統以下は、用て半統を減ず。距午分と為す。十一を之に乗じ、経法にて一とす。半統以下は、以て半統を減じ。以上は、以て朔定分に加ふ。日食加時定分と為す。望は其の日の晨分と一千六百二十を相減じ、余を二百四十五に乗じ、三百一十三にて一とす。用て二百四十五を減じ、余を以て望定分を損益し、月食加時定分と為す。

日食常準

中準を置く。その日の赤道内外の数と相乘じ、二千五百一十三で除し、黄道出入の食差とする。距午分を以て半昼分を減じ、之を乗じ、半昼分を以て一と為す。赤道内は以て減じ、赤道外は以て加え中準と為し、日食の常準とする。

日食定準

日躔の入歴を置き、経法を以て之を通じ、三千二百八十七以下は、用て三千二百八十七を減じ、二至後と為す。以上は、減じて三千二百八十七を去り、二分前と為す。六千五百七十四以上は、用て九千八百六十一を減じ、二分後と為す。以上は、減じて九千八百六十一を去り、二至前と為す。各々三を以て之を約し、二至前後は用て減じ、二分前後は用て加え二千七百七十二と為し、黄道斜正の食差とする。距午分を以て之を乗じ、半昼分を以て一と為し、以て常準に加え、定準と為す。

日食分

定準を以て中限に加え、陰道の定準と為す。中限を減じ、陽道の定限と為す。減ずるに足らざる者は、反て之を減じ、限外分と為す。陰道の距交分を視るに、定準以上、定限以下は、陰道の食と為す。即ち定限を置き、距交分を以て之を減じ、距食分と為す。定準以下は、陰道と曰うと雖も、亦た陽道の食と為す。即ち陽道の定限を加え、距食分と為す。其の限外分有る者は、即ち限外分を減じて去り、距食分と為す。減ずるに足らざる者は、食せず。其の陽道の距交分、定限以下は、定食限に入ると為す。即ち用て陽道の定限を減じ、距食分と為す。各々距食分を置き、皆四百七十八を以て除し、日食の大分と為す。余りは小分と為す。大分を命ずるに十を以て限と為し、小分を命ずるに半及び彊弱を以てす。

月食分

距交分を視るに、中準以下は、皆既と為す。以上は、用て食限を減じ、距食分と為す。之を置き、五百二十六を以て除し、月食の大分と為す。余りは小分と為す。大分を命ずるに十を以て限と為し、小分を命ずるに半及び彊弱を以てす。

日食泛用分

距食分を置く。一千九百一十二以上は、用て四千七百八十を減じ、余り自ら相乘じ、六万三千二百七十二を以て之を除し、以て六百四十七を減じ、泛用分と為す。九百五十六以下は、用て一千九百一十二を減じ、余りを通法を以て乗じ、七百三十五を以て一と為し、以て五百一十七を減じ、泛用分と為す。九百五十六以上は、距食分を以て自ら相乘じ、二千三百六十二を以て之を除し、用て三百八十七を減じ、泛用分と為す。

月食泛用分

距食分を置く。二千一百四以上は、用て五千二百六十を減じ、余り自ら相乘じ、六万九千一百六十九を以て之を除し、以て七百一十一を減じ、泛用分と為す。一千五十二以上は、用て二千一百四十を減じ、余り、七を以て之を除し、以て五百六十七を減じ、泛用分と為す。一千五十二以下は、距食分を以て之を減じ、余り自ら相乘じ、二千六百五十四を以て一と為し、用て四百一十七を減じ、泛用分と為す。

日月初末加時定分

各々泛用分を置き、平離を以て之を乗じ、其の日の離程を以て一と為し、定用分と為す。以て朔望の定分を減じ、虧初と為す。之を加え、復末と為す。加時の常分、食甚の術の如く之を推し、虧初・復末の定分を得。初・甚・末の定分を置き、各々辰則を以て之を除し、辰と為し、経法を以て之を除し、刻と為す。即ち初・甚・末の辰刻なり。

虧食所起

日食は虧を西より起こし、月食は虧を東より起こす。其の食分少き者は、月陽道を行えば、則ち日食は南に偏し、月食は北に偏す。陰道を行えば、則ち日食は北に偏し、月食は南に偏す。此れ常數なり。立春の後、立夏の前、食分多ければ、則ち日食は南に偏し、月食は北に偏す。立秋の後、立冬の前、食分多ければ、則ち日食は北に偏し、月食は南に偏す。此れ黄道の斜正なり。陽道は交の前、陰道は交の後、食分多ければ、則ち日食は南に偏し、月食は北に偏す。陽道は交の後、陰道は交の前、食分多ければ、則ち日食は北に偏し、月食は南に偏す。此れ九道の斜正なり。黄道は常數に比して偏差少く、九道は黄道に比して偏る所又四分の一なり。皆午を据えて之を言う。若し午前午後、一理は南に偏し、一理は北に偏し、及び消息して食する所の分數の多少を以て、初・甚・末の方角を定めれば、即ち各々求むる所を得るなり。

帯食出入分

その日の出入分を視るに、虧初定分より已上、復末定分より已下にあれば、即ち帯食出入す。食甚が出入分より已下にある者は、出入分を以て復末定分を減じ、帯食差と為す。食甚が出入分より已上にある者は、虧初定分を以て出入分を減じ、帯食差と為す。各帯食差を置き、距食分を以て之を乗じ、定用分にて一と為し、日は四百七十八、月は五百二十六を以て除し、帯食の大分と為す。余は小分と為す。

食入更籌

各初、甚、末の定分を置く。晨分より已下は、昏分を以て之を加ふ。昏分より已上は、昏分を以て之を減ず。皆更用分にて一と為し、更数と為す。余は、籌用分にて一と為し、籌数と為す。

欽天歩五星術

歳星

周率:二百八十七万一千九百七十六、六。

変率:二十四万二千二百一十五、六十六。

暦率:二百六十二万九千七百六十一、七十八。

周策:三百九十八、六千三百七十六、六。

暦中:一百八十二、四千四百八十、八十九。

熒惑(火星)

周率:五百六十一萬五千四百二十二、一十一。

變率:二百九十八萬五千六百六十一、七十一。

曆率:二百六十二萬九千七百六十、空。

周策:七百七十九、六千六百二十二、一十一。

曆中:一百八十二、四千四百八十、空。

鎮星

周率:二百七十二万二千百七十六、九十。

変率:九万二千四百十六、五十。

暦率:二百六十二万九千七百五十九、八十。

周策:三百七十八、五百七十六、九十。

暦中:百八十二、四千四百七十九、九十。

辰星

周率:八十三万四千三百三十五、五十二。

変率:八十三万四千三百三十五、五十二。

暦率:二百六十二万九千七百六十、四十四。

周策:一百一十五、六千三百三十五、五十二。

暦中:一百八十二、四千四百八十、二十二。

日は中天にあり、星は中天にあり。

気積を置き、その星の周率を以てこれを除し、周数と為す。尽きざるを天正中気積前合と為す。用いて歳率を減じ、前年天正中気後合と為す。もし減に足らざれば、則ち歳率を加えてこれを減じ、次前年天正中気後合と為す。各おの統法を以てこれを約し、日と為し、度と為し、即ち求めし平合中日・中星なり。中日を置き、逐段変日を以て累加すれば、即ち逐段中日なり。中星を置き、逐段変度を以て順加・退減すれば、即ち逐段中星を得。金水の夕伏・晨見は、皆退変なり。

入暦す。

置きて變率を置く。周數を以て之を乗じ、曆率を以て之を去り、餘り統法に滿てば度と為す。曆中以下は、先と為し;以上は、曆中を減じ去り、後と為す:即ち求めし平合入曆なり。逐段變曆を以て累加し之に、逐段入曆を得るなり。

先後定数

入暦分を置き、其の度の損益率を以て之を乗じ、経法にて一と為し、以て其の下の先後数を損益し、即ち求むる所なり。

常に日を定めて星を観る。

中日中星を置き、各々先後の定数に依り、先は加え、後は減じ、留は前段の先後数を用い、太白の順伏見及び前順疾次疾後次遲次疾疾、辰星の順伏見及び前疾後遲は、並びに先は減じ、後は加え、即ち各々其の段の常日定星と為す。定星を置き、其の年の天正中気日躔黄道宿次を以て加えて之を命ずれば、逐段末日加時の宿度を得るなり。

盈縮は定数なり

常日を置く、歳中以下なるは、盈に在るを為し、以上なるは、歳中を減去し、余を縮に在るを為す:即ち常日盈縮暦に入るなり。暦分を置く。其の日の損益率を以て之を乗じ、経法にて一とし、用て其の下の盈縮数を損益し、即ち求めるところを得るなり。

日を定む。

常日を置き、盈縮定數を以て盈は減じ、縮は加へて、定日と為す。其の年の天正中気を以て加へて之を命ずれば、即ち逐段末日加時の日辰なり。

中書省に入る。

定日を置き、気策をもってこれを除き、冬至を起算と命じ、即ち入る気の日数なり。

平行分

定日を置き、前段の定日をもってこれを減じ、日率と為す。定星と前段の定星と相減じ、度率と為す。度率を通じ、経法を以てこれを乗じ、日率を通じて一と為し、平行分と為す。

初末行分

近伏段と伏段の平行分を合してこれを半ばにし、其の段の近伏行分と為す。平行分を以てこれを減じ、余りを平行分より減じ、其の段の遠伏行分と為す。近留段の近留行分は空なり。平行分を倍して其の段の遠留行分と為す。其の近伏留段に近からざる段は、皆、順行の二段の平行分を合してこれを半ばにし、前段の末日、後段の初日の行分と為す。各々其の段の平行分と相減じ、平行分多ければ則ち平行分を加え、平行分少なければ則ち平行分を減じ、即ち前段の初日、後段の末日の行分なり。其の近伏留段に近からざる段、退行するものは則ち遅段の近疾行分を以て、疾段の近遅行分と為し、得る所を平行分と相減じ、平行分多ければ則ちこれを加え、少なければ則ちこれを減ず。皆、遠遅行分なり。

初行夜半宿次

経法を置き、前段の末日加時分を以てこれを減ず。余りに前段の末日行分を乗じ、経法を以て一と為す。順加・退減を用い、前段の末日加時宿度を以て、其の段の初行昏後夜半宿度と為す。

毎日行分

初末行分相減じ、差率と為す。其の段の初行昏後夜半より後段の初行昏後夜半に至る日数を累計し、これを除き、日差と為す。日差を半ばにし、多きを減じ、少なきを加えて其の段の初末定行分と為す。初定行分を置き、日差を用い、末多ければ則ち累加し、末少なければ則ち累減し、毎日行分と為す。毎日行分を以て順加・退減し、初行昏後夜半宿度を以て、毎日昏後夜半に星の至る所の宿度と為す。

先定日昏後夜半宿次

初日より累計し、求むる所の日に距る日数を以て乗じ、其の段の日差と為す。末多ければ用いて加え、末少なければ用いて減じ、初日の行分を以て、其の日の行分と為す。初日と合してこれを半ばにし、累計したる日を以てこれを乗じ、順加・退減を用い、其の段の初行昏後夜半宿次を以て、即ち求むる所なり。

欽天歩発斂術

候策:五、五百二十四、四十五。

卦策:六、六百二十九、三十四。

外策:三、三百一十四、六十七。

維策:十二、一千二百五十八、六十八。

気盈:一千五百七十三、三十五。

朔虚:三千三百九十九、七十二。

気候図

爻象圖

七十二候

各々中節を置く、即ち初候なり。候策を以て累加すれば、即ち次候なり。

六十四卦

中氣を置くは、即ち公卦なり。卦策を以て累加すれば、即ち次卦なり。候卦を置き、外策を以て加へれば、即ち外卦なり。

五行の用事あり

四立の節を置きて之に命ずるは、即ち春木・夏火・秋金・冬水の用事の初めなり。四季の節を置き、各維策を以て之に加ふるは、即ち土の用事なり。

没日

中節分が五千六百二十六秒六十五以上なる者は、統法を以て減じ、有沒分と為す。通氣策を以て之を乗じ、氣盈にて一とし、統法に満てば日と為す。用て其の氣に加へて之を命ずれば、即ち求めし沒日なり。

日を滅ぼす。

常に朔分より朔虚以下のものを滅分と為す。朔率を以て之を乗じ、朔虚にて一と為し、盈統法を日と為す。用て其の朔に加へて之を命ずれば、即ち求めんとする滅日なり。

右は朴の撰せる欽天暦経四篇なり。旧史は其の歩発斂一篇を亡くし、在る者三篇は簡略にして完からず、法と為すに足らず。朴の暦は世既に伝はること罕にして、予嘗て著作佐郎劉羲叟に問ふ。羲叟予の為に其の本経を求め得て、然る後に朴の暦大いに備はる。羲叟は学を好み書史を知り、尤も星暦に通ず。嘗て予に謂ひて曰く、「前世暦を造る者は、其の法同じからずして多く差あり。唐の一行に至りて始めて天地の中数を以て大衍暦を作り、最も精密なり。後世暦を善く治むる者は、皆其の法を用ゐ、唯だ分を写し数を擬するのみ。朴に至りても亦能く自ら一家を為す。朴の暦法は、総べて日躔の差を盈縮二暦と為し、月離を分ちて遅疾二百四十八限と為し、以て衰殺の漸を考へ、以て朓朒を審かにして、朔望正し。赤道九限を校し、其の率数を更へ、以て黄道を歩み、日躔をして常度有らしむ。黄道八節を分ち、其の内外を弁じ、以て九道を揆ひ、月行をして循環の如くならしめて、二曜協ふ。天勢の升降を観、軌道の斜正を察し、以て食差を制して、交会密なり。岳臺の中晷を測り、以て二至の日夜を弁じて、軌漏実なり。星行の逆順・伏留を推し、舒亟をして漸有らしめて、五緯斉し。然れども宏深簡易ならずして、径急是れ取る。其の長ずる所に至りては、聖人出づとも能く廃せず。」羲叟の言蓋し此の如し。覧る者以て考ふるを得ん。