宋書
志第十二 楽四
志第十二 楽四
聖皇は歴数に応じ、正しく康帝の道は美しい。
九州ことごとく賓服し、威徳は八幽に通じる。
三公は諸公に奏上し、久しく滞留するを得ず。
蕃位の任は至って重く、旧章ことごとくこれに従う。
侍臣は文奏を省み、陛下は仁慈をお体になる。
沈吟して愛恋あり、聴き容れるに忍びず。
迫るに官の典憲あり、恩私を顧みるを得ず。
諸王はまさに国に就くべく、 璽綬 は何と縷縷たるか。
便 時に外殿を出で、宮省は寂として人無し。
主上は顧念を増し、皇母は苦辛を懐く。
何をもって贈賜と為さん、府を傾け宝珍を 竭 くす。
文銭は百億萬、采帛は煙雲の若し。
乗り物や衣服、飾り物には、錦や羅織物、金銀が用いられた。
龍の旗には九つの旒が垂れ、羽蓋と班輪が並んだ。
諸王はそれぞれ心に考え、功績がないのに厚い恩恵を受けていることを思った。
筋力を尽くして報いようと、身を粉にして国に報いようと願った。
鴻臚が節を持って警護し、副使が従って事を運営した。
貴戚たちも皆見送りに出て、道の両側に車が並び交わった。
車と衣服は整然と 設 えられ、輝きは天の精のように煌めいた。
武騎が前後を衛り、鼓吹や簫・笳の音が響いた。
魏の東門で餞別の宴が催され、涙が冠の纓を濡らした。
車蓋にすがって内を顧み、うつむき仰ぎながら兄弟を慕った。
進み行くうちに日は暮れ、いつ宮廷に戻れるだろうか。
車輪はぐるぐると回り、四頭の馬は躊躇して鳴いた。
通りすがりの人でさえ鼻を酸くするのに、まして肉親の情はどうだろう。
霊芝は玉のような地に生え、朱草は 洛 水のほとりを覆った。
栄華は互いに輝き映え、光り輝く様は神々しいほどであった。
古の時代に 虞 舜という者がおり、父母は頑固で道理に暗かった。
田畑で孝行を尽くし、真心を込めて仁に背かなかった。
伯瑜は七十歳になっても、色とりどりの衣を着て親を喜ばせた。
慈母が鞭打っても痛くなく、すすり泣いて涙が衣を濡らした。
丁蘭は幼くして母を失い、早くに孤児となったことを悲しみ、
木を刻んで厳しい親と見立て、朝夕に三牲を供えた。
暴虐な子が侮辱を受け、罪を犯して形を失い、
老人が血の涙を流し、咎を免れてその名を全うした。
董永は家が貧しく、父は年老いて財産も残っていなかった。
借金をして養い、雇われて働き美味しいものを届けた。
債権者が門に押し寄せ、何を使って返すか分からなかった。
天の霊が至徳に感じ、神女が機を織った。
年月は 安 らかに過ぎず、ああ、我が亡き父よ!
私を生んで既に遅く、私を捨てるのは何と早かったことか!
『蓼莪』は誰が詠んだのか、思い出すと人は老いる。
退いて『南風』の詩を詠じ、涙を袖に満たして抱きしめる。
乱(終章)に曰く:
聖なる皇帝は四海を治め、徳と教化を朝夕に宣べ伝える。
万国はみな礼譲し、百姓の家は厳粛で敬虔である。
学校は儀礼を失わず、孝悌の道は田舎の中にも行き渡る。
家には曾参や閔子騫のような子がおり、隣家もみな仁賢である。
幼い子供は夭折せず、白髪の老人は天 寿 を全うする。
陛下は三万年、慈母もまた 同 じくそうであられる。
大魏は霊符に応じ、天の禄はまさに始まろうとしている。
聖徳は太平と和合をもたらし、神明がこれを駆り使う。
左右には供養すべき者がおり、中殿には皇子がおられるべきである。
陛下は長寿であられ、群臣は拝賀して皆喜びに満ちている。
善を積めば余慶があり、栄禄は天の常である。
多くの善が門に満ち至り、臣下は福と祥瑞を蒙る。
患いなく陽遂(順調)に至り、我が聖皇を輔翼する。
すべての吉兆が集まり、凶悪な 邪 悪なものはことごとく滅び去る。
黄色の 鵠 が宮殿の前を遊び、神鼎が四阿を巡る。
玉馬が乗輿に満ち、芝蓋が九華の樹のように立つ。
白虎が西の 階 で戯れ、舎利が辟邪に従う。
麒麟は足を踏み鳴らして舞い、鳳凰は翼を打ち鳴らして歌う。
豊年の大酒宴、玉の杯が広い庭に並ぶ。
楽しく飲み三爵を過ぎると、朱の顔がすでに形を現す。
宴は礼に背かず、君臣は『鹿鳴』の詩を歌う。
楽人が鼙鼓を舞い、百官は雷のような拍手で賛え驚く。
蓄えられた礼は江海のごとく、積まれた善は 陵 山のようだ。
皇嗣は繁栄し盛んで、子孫は曾孫・玄孫まで並ぶ。
群臣はみな万歳を唱え、陛下の長楽と寿年を願う!
御酒はまだ飲まれず、貴戚は東廂に跪く。
侍人は顔色をうかがい、金玉の杯を奉り進める。
この酒もまた真の酒、福禄は聖皇に当たる。
陛下が 軒 先で笑われると、左右の者たちは皆、喜び楽しんだ。
杯が 来 るのがなんと遅いことか、群臣たちは順番に進んで行く。
賞賜は累計で千億にも及び、百官は皆、豊かで栄えた。
精妙な心は金石をも爛らせ、至 誠 の心は神明をも動かす。
杞の妻が死んだ夫のために泣くと、梁山がそのために傾いた。
子丹が西の秦に人質となると、 烏 が白くなり馬に角が生えた。
鄒羨が燕の市に囚われると、夏に繁霜が降りた。
関東に賢女がおり、自ら蘇來卿と名乗った。
壮年に父の仇を報い、身は滅びても功名を後世に残した。
女休は赦免の文書に巡り合い、白刃がまさに首にかかろうとしていた。
共に仙人の籍に名を連ね、死を去ってただ生に就いた。
太倉 令 が罪を得て、遠く徴発され、拘束されようとしていた。
自ら悲しんだのは、家に男子がおらず、災いが来ても共にいてくれる者がいないことだった。
緹縈は父の言葉を痛ましく思い、どうして西の都へ上書をしなかったのか。
北闕の下でためらいつつ、流れる涙はなんと連なったことか。
乞うて姉弟ともに、身を没して父の身を贖わんことを。
漢文(文帝)その義に感じ、肉刑の法用いられず。
その父免かるを得、義を弁ずる図に列す。
男子多くともまた何を為さん、一女足りて居を成す。
簡 子南に河を渡らんとし、津吏舟船を廃す。
法を執り刑を加えんとす、女娟櫂を擁して前に出づ。
「妾の父君の来たるを聞き、測り難き淵に渉らんとす。
風波の起こるを畏れ懼れ、名川に祭りを祷り祝す。
礼を備え神祇を饗し、君のために福を先に求めん。
釂祀の誠に 勝 えず、至って罰を犯す艱きを令す。
君必ずや誅を加えんと欲せば、罪諐を知らしめんことを乞う。
妾願わくは身を以て代わらん」、至誠天に感ず。
国君その義を高しとし、その父赦免を用う。
河激中流に奏し、簡子その賢を知る。
帰りて娉して夫人と為し、栄寵後先を超ゆ。
聡明な娘が父の命令を理解するのだから、ましてや健やかな若者であろうか。
黄初の世に和やかな気風が生じ、明堂において徳による教化が施された。
治世の道は太平を招き、礼楽によって風俗が移り変わった。
刑罰が廃され民に冤罪はなく、恨みを抱く女が再び何をなそうというのか。
聖なる皇帝は長寿であり、めでたい福は常に訪れる。
孟冬の十月、陰気が厳しく清らかである。武官は狩猟を戒め、軍隊を整えて 統 率する。大亀は吉を重ね、大いなる光は明らかに輝く。蚩尤が道を清め、風は止み雨は停む。天子の車が行を始めると、鈴の音が幽かに響く。虎賁や采騎がおり、飛象や珥鶡を飾る。鐘や太鼓は鏗鏘と鳴り、簫や管は嘈 雑 に響く。一万の騎兵が一 斉 に手綱を取り、千の兵車が同じ蓋の下に並ぶ。山を平らにし谷を埋め、平らな林や藪を洗い流す。網を万里に張り巡らせ、飛ぶもの走るものをことごとく捕らえる。素早い狡兎が、白い毛を翻して跳ねる。青い鷹で狩り、長い竿で捕らえる。韓盧や宋鵲といった名犬が、その才を現し足を駆使する。引き綱を噛み切らず、麋や鹿を引き倒す。魏氏の弩が機を発し、養由基が弦を撫でる。都盧人が高所を探り、猿や猨を捜索する。慶忌や孟賁が、谷を踏み越え峰を超える。目を見開き眼角を裂き、怒りに髪冠を突き破る。熊を打ち据え虎を扼し、豹を蹴り貙を搏つ。気勢はなお余り、象を背負って走る。獲物を載せた車はすでに満ち、日は傾き楽しみは終わる。役務を解き徒を解散し、離宮で大いに饗宴する。
乱(歌の結び)に曰く、
聖なる皇帝が飛軒に臨み、功績を論じて狩猟の徒を評価される。
死んだ禽獣は積み上げて京のごとく、流れる血は溝や渠となる。
明らかな 詔 により大いに労をねぎらい賜物を与え、大官が有る無しを供給する。
走る馬で酒や醴を運び、駆る車で肉や魚を配る。
太鼓を鳴らし觴や爵を挙げ、鐘を打って席に余る者なく座る。
網を絶ち麟や麑を 放 ち、罠を弛めて鳳の雛を出す。
功績は羽林の 校尉 に収まり、威霊は鬼の住む区域まで振るう。
陛下は長く歓楽され、永世に天の符命に合わされますように。
魏の曲《明明魏皇帝》に当てる。古曲《関東に賢女あり》。
宣文(司馬懿)が大業を創始し、盛徳は太始(司馬炎の年号)に在り。聖皇(司馬炎)は霊符に応じ、天命を受けて四海を君臨す。万国何ぞ楽しむ所あらん、上に明天子有り。唐堯は帝位を禅じ、虞舜はただ恭己(己を慎み)たり。恭己して南面を正し、道化は時と共に移る。大赦は萌漸(民衆)を 蕩 し、文教は黄支(遠方の国)に被る。天に象り地に則り、無為を体す。聡明は日月に配し、神聖は両儀(天地)に参ず。三凶の類有りと雖も、静かに言えば施す所無し。天に象り地に則り、無為を体す。稷と契は並びに命を佐け、伊尹と呂尚は王臣に昇る。蘭芷(賢人)は朝廷に登り 肆 (並び)て、下に宿民(旧来の民)を失うこと無し。声発すれば響自ずから応じ、表立てば影来たりて附く。虓虎(猛将)は羈制(統制)に従い、潜龍(潜んでいた龍)は天路に昇る。備物は成器を立て、変通は其の数を極む。百事は時に従って叙(整)い、万機(政務)は常度有り。克譲を以て訓(教)え、忠恕を以て納(受け入)る。群下は清風を仰ぎ、海外同じく歓慕す。天に象り地に則り、化(教化)は雲の如く布(広)がる。昔日は彫飾を貴び、今は倹と素を尚ぶ。昔日は繊介(些細なこと)多く、今は情と故(縁故)を去る。天に象り地に則り、化は雲の如く布がる。 済 済たる大朝の士、夙夜万機を綜(総)べる。万機廃れる理無く、明らかに降りて疇咨(諮問)す。臣は譬えば列星の景(光)の如く、君は朝日の暉(光)に配す。事業並びに通済し、功烈何ぞ巍巍たる。五帝は三皇を継ぎ、三王は世の帰する所。聖徳は期運に応じ、天地も違う能わず。之を仰げば 弥 よ 已 に高く、猶お天の階に登るべからざるが如し。将に復た御龍氏(賢君を補佐する者)を御し、鳳凰は庭に棲まん。
魏の曲《太和に聖帝有り》に当てる。古曲《章和二年中》。
聖祖(司馬懿)は天命を受け、期に応じて魏皇を輔佐す。入れば万機を綜べ、出れば四方を征す。朝廷に 遺 れる理無く、方表(四方)寧か且つ康し。道は舜の堯に臣たるに隆(盛)んにし、積徳は太王( 周 の古公亶父)を踰(超)ゆ。孟達は阻窮の険に拠り、乱を造りて天の一隅をなす。神兵は不 意 に出で、命を奉じて天誅を致す。善を赦し罪有るを戮し、元悪(首謀者)の宗(一族)虚しとなる。威風は勁蜀を震わせ、武烈は彊呉を 懾 す。諸葛(諸葛亮)は命を知らず、肆に逆を為して天常を乱す。徒を擁すること十余万、数たび来たりて辺疆を寇す。我が皇は神武に 邁 み、鉞を 秉 って雍涼を鎮む。亮(諸葛亮)乃ち天威を畏れ、未だ戦わずして先ず 仆 れ 僵 る。盈虚は自然に運び、時変固より多難なり。東征して海表を陵し、万里にして賊淵(賊の首領)を梟す。遺 詔 を受けて七政(政務)を斉えしに、曹爽又滔天す。群凶は誅殛を受け、 百禄咸 く来たり臻(至)る。黄華(王淩の反乱)は福の始めに応じ、王淩は禍の先と為る。
魏の曲《魏歴長し》に当てる。古曲《楽久長》。
景皇帝(司馬師)は、聡明にして命世に生まれ、盛徳は天地に参ず。帝王の道、基を創むは既に難く、世を継ぐも 亦 未だ易からず。外には夏侯玄、内には張(張緝)と李(李豊)、三凶逆を称し、帝紀を乱す。天に従いて誅を行い、其の姦宄(悪事)を窮む。将に其の漸(兆し)を御(防)がんとし、潜謀起こるを得ず。 罪人咸 く辜(罪)に伏し、威風万里を震わす。平衡(公平)に万機を綜べ、万機理めざる無し。召陵公(曹芳)は君たらず、内外何ぞ 紛 紛たり、衆小(小人物)便ち群を成す。蒙昧として心を 恣 にし、治乱分かたず。叡聖独断し、武を済すに常に文を以てす。天に従いて 惟 廃立を行い、 霓 を掃い浮雲を 披 う。雲霓既に已に 闢 け、清和未だ幾ばくもあらざるに 間 に。羽檄首尾より至り、変は東南の蕃(辺境)に起こる。儉(毌丘倹)・欽(文欽)は長蛇と為り、外には呉蛮に 馮 る。万国紛擾し、戚戚として天下懼れて安からず。神武六軍を御し、我が皇は鉞を秉って征す。儉・欽は寿春に起こり、前鋒は項城に拠る。其の不意に出で、並びに奇兵を 縦 つ。奇兵誠に御し難く、廟勝(朝廷での勝算)実に支え難し。両軍期せずして遇い、敵退きて計施す所無し。 虎騎惟 武進し、大戦沙陽陂にす。欽乃ち亡魂走り、虜に奔ること雲の 披 るるが如し。天恩罪有るを赦し、東土に鯨鯢(大悪人)を放つ。
魏の曲《天生れ烝民》に当てる。古曲《四方皇》。
赫赫たる大晋、 於 穆 しき文皇(司馬昭)。蕩蕩巍巍、道は陶唐(堯)に邁む。世は三皇五帝を称し、及今其の光を重んず。 九徳克 く明らかに、文既に顕れ 武又章 かなり。恩は六合(天下)に弘く、兼ねて万方を済す。内に元凱(賢臣)を挙げ、朝政を以て綱とす。外に虎臣を簡び、時に惟鷹揚(武勇に優れた者)たり。従わざる無く、命に逆らえば 斯 に亡ぶ。仁は春日に配し、威は秋霜を踰(超)ゆ。済済たる多士、 茲 に同じき蘭芳(賢人)たり。唐虞の至治に、四凶滔天す。儉・欽を致討し、粛虔ならざる無し。化は海外に感し、海外来賓す。其の声楽を献じ、並びに妾臣と称す。西蜀は夏(中国)を 猾 し、方域に僭号す。将を命じて致討し、国を 委 てて稽服(帰順)す。呉人は命を放にし、海に馮り江を阻む。飛書を以て告諭すれば、応えて来たり同う。先王は万国を建て、九服を蕃衛と為す。亡秦は諸侯を壊し、序胙(爵禄の継承)二世に及ばず。歴代復する能わず、忽ち五百歳を踰ゆ。我が皇は聖徳に邁り、期に応じて典制を 剙 る。土を五等に分ち、蕃国の封界を正す。莘莘たる文武の佐、千秋に嘉会に 遘 う。洪業は区内に溢れ、仁風は海外に 翔 る。
魏の曲《君と為る既に易からず》に当てる。古曲《殿前に桂樹生ず》。
明君は四海を御し、聴鑑(聴察)して物情を尽くす。顧みて譴罰有れば、忠を竭くせば身必ず栄ゆ。蘭茝(賢人)は荒野より出で、万里を 升 りて紫庭(朝廷)に至る。茨草(悪人)は堂階を穢し、埽截(掃き除け)て生ずるを得ず。能うと 否 やと 相蒙 くこと莫く、百官其の名を正す。恭己して有為を慎み、有為にして成らざる無し。闇君は自ら信ぜず、群下は異端を執る。正直は譖潤(讒言)に 罹 り、姦臣其の権を奪う。忠誠を尽くさんと欲すと雖も、舌を結んで敢えて言わず。舌を結ぶも亦何ぞ 憚 らん、忠を尽くすは身の患いと為る。清流豈に潔からざらんや、飛塵其の源を濁す。岐路は人をして迷わしめ、未だ遠からざるに勝えて還らず。忠臣は君の朝に立ち、正色として身を顧みず。邪正並びに存せず、譬えば 胡 と秦の如し。秦胡も合う時有りと雖も、邪正は各々津(道)を異にす。忠臣明君に遇えば、乾乾として惟日新たなり。群目(多くの目)は綱に統べられ、衆星は北辰(北極星)を 拱 む。設い闇主に遭うことを令ば、斥退せられて凡民と為る。薄くとも時に用を供するは、白茅猶お珍しむ可し。氷霜昼夜に結び、 蘭桂摧 かれて薪と為る。邪臣は端変多く、用心何ぞ委曲なる。 便辟 は情の 指 す所に従い、動くこと君の欲する所に随う。目前に安きを 偷 み楽しみ、清と濁とを問わず。偽を積みて時主(当代の君主)を 罔 き、交を養い以て禄を持(保)つ。言行恒に相違い、 饜 たすこと谿谷の甚だしきに難し。昧死(命を顧みず)して乾没(利を貪る)を 射 い、覚露(発覚)すれば則ち族を滅す。
右の五篇は《鼙舞歌行》。
昔、皇(黄帝)・文(周文王)・武(周武王)は邪、弥隬(いよいよ盛ん)に善を捨て、誰れか吾が時に吾が、行いて帝道を 許 め、 銜 を来して治路(治世の道)万邪、治路万邪、赫赫たり、意うに黄運の道吾、治路万邪、善道明らかなる邪金邪、善道、明らかなる邪金邪帝邪、近き帝武邪武邪、聖皇八音、 偶 邪尊来たり、聖皇八音、及んで来たり義邪同邪、烏んぞ及んで来たり義邪、善草国に供え吾、 咄 等邪烏、近き帝邪武邪、近き帝武邪武邪、節に応じて用い合わす、武邪尊邪、節に応じて用い合わす、酒期義邪同邪、酒期義邪、善草国に供え吾、咄等邪烏、近き帝邪武邪、近き帝武武邪邪、下音足木、上は鼓と為り義邪、衆に応じ義邪、楽邪邪延びて否や、已に邪烏已に礼祥(礼の吉兆)、咄等邪烏、素女に絶つ其の聖有り烏烏武邪。
魏の《太和の時》に当てる。
黄帝の《雲門》、唐堯の《咸池》、虞舜の《韶舞》、夏殷の《濩》。刑(型、様式)代に五有り、鐸を振り金を鳴らし、近くは《大武》に及ぶ。清歌発して倡(先唱)と為り、刑(型)を主と為す。声は八音に和し、律呂に協う。身虚しく動かず、 手徒 らに挙げず。節に応じて度に合い、其の叙(順序)を周らす。時に宮商を奏し、之に徴羽を雑う。下は衆目を饜し、上は鐘皷に従う。楽は以て風を移し、徳礼と相輔い、安んぞ其の所を失わん。
右の二篇は《鐸舞歌行》。
白鳩が軽やかに舞い、二度飛び二度鳴く。我が君の徳を慕い、君の庭に集まる。白雀が瑞兆を現し、白い羽は明るく鮮やか。庭を翔け舞い、仁なる天に応える。鳩が交々と鳴き、あるいは赤、あるいは黄。我が君の恵みを楽しみ、羽を振るって飛来する。東壁の余光、魚は江湖にあり。恵みを与えて費やさず、我が微躯を敬う。我が良駒に鞭打ち、駆け馳せる技を習う。君と共に周旋し、道を楽しみ余念なし。我が心は虚静、我が志は潤う。琴を弾き瑟を鼓し、しばし自らを楽しむ。雲を凌いで台に登り、太清を浮遊す。龍に攀じ鳳に附き、日に日に身の軽きを望む。
暢やかに飛び暢やかに舞い、気は芳しきを流す。三五の昔を追い念じ、大いなる綺黄を思う。去るもの失うものあり、時に行うべきことあり。去ること来ること同時に、これ未だ尽きず。時は冉冉として、桑榆に近づく。ただ酒を飲むべし、歓楽のため。衰老は逝く、何の期かあらん。憂い多く耿耿として、内に思いを懐く。淵池広し、魚は独り希なり。黄浦を得んことを願う、衆の依る所。恩は人を感ず、世に比類なし。悲歌を具し舞い、極まり無く已まん。
独祿よ独祿よ、水は深く泥は濁る。泥の濁りはまだしも、水の深さは我を殺す。雝雝と鳴く双雁、田の畔に遊戯す。我は雁を射んと欲すも、汝の孤散を思いやる。軽やかに浮かぶ浮萍、風を得て遥かに軽し。我が心は何と合わさん、これと同様に並ばん。空の床に帷は低く、誰か人の無きを知らん。夜の衣は錦繡、誰か偽りと真を別たん。刀は箾の中で鳴り、床に倚りて施すところなし。父の冤み報いられず、生きんと欲して何を為さん。猛虎は班班として、山間に遊戯す。虎は人を嚙まんと欲し、豪賢をも避けず。
東に碣石に臨み、以て滄海を観る。水は何と澹澹たり、山島は竦峙す。樹木は叢生し、百草は豊かに茂る。秋風蕭瑟として、洪波湧き起こる。日月の運行、若しその中より出ずるが如し。星漢燦爛として、若しその裏より出ずるが如し。幸いなるかな、甚だ至れるかな!歌を以て志を詠ず。『観滄海』。
孟冬十月、北風裴回す。天気は肅清、繁霜霏霏たり。鵾雞は晨に鳴き、雁は南へ飛び過ぐ。鷙鳥は潜み隠れ、熊羆は窟に棲む。錢鏄は停め置かれ、農の収穫は場に積まれる。逆旅は整え設けられ、以て賈商を通ず。幸いなるかな、甚だ至れるかな!歌を以て志を詠ず。『冬十月』。
郷土は同じからず、河朔は厳寒なり。流氷は浮かび漂い、舟船の行くこと難し。錐も地に入らず、豊かな藾は深く奥まり、水は竭きて流れず、氷は堅くして踏むべし。士で隠れる者は貧しく、勇侠は 非 を軽んず。心は常に歎き怨み、戚戚として悲しみ多し。幸いなるかな、甚だ至れるかな!歌を以て志を詠ず。『土不同』。
神龜は長寿といえども、猶お竟わる時あり。騰蛇は霧に乗ずれども、終には土灰となる。老いたる驥は櫪に伏すも、志は千里にあり。烈士の暮年、壮心已まず。盈縮の期は、ただ天に在るのみにあらず。養怡の福は、永年を得べし。幸いなるかな、甚だ至れるかな!歌を以て志を詠ず。『龜雖壽』。
淮南王、自ら尊しと言い、百尺の高樓は天と連なる。後園に井を鑿ち銀を以て牀と為し、金瓶に素綆を以て寒漿を汲む。寒漿を汲み、少年に飲ます。少年の窈窕、何ぞ能く賢ならん?声を揚げて悲歌し、音は天を絶つ。我は河を渡らんと欲すれども河に梁なし、願わくは双の黄鵠と化し、故郷に還らん。故郷に還り、故里に入る。故郷に徘徊し、身を苦しめて已まず。繁舞は声を寄せて泰からざるは無く、桑梓に徘徊して天外を遊ぶ。
右の五篇は『拂舞行』。
晋の世は寧らか、四海は平らか、普天安楽して永く大いに寧し。
四海安らか、天下歓び、楽治興隆して杯盤を舞う。
杯盤を舞うこと、何と軽やかなり、挙座覆り返って寿万年。
天と日、終わりと一、左に回り右に転じて相失わず。
箏笛悲し、酒舞疲る、心中慷慨として健児たるべし。
樽酒甘く、絲竹清らか、願わくは諸君をして酔いて復た醒めしめん。
酔ってはまた醒め、時は合い、四座の楽しみ皆が巧みと言う。
糸竹の音、聴かずともよい、またこの槃を舞い左右軽やかに。
自ずと相応じ、座を共にして楽しみ人の命は長し。
人の命は長し、友を結ぶべく、千秋万歳皆老いて寿を保つ。
右は《柸槃舞歌行》。
我は公莫の時を見ず、我は何を 嬰 ぶ、公来り 嬰 ぶ姥の時、我は 哺 す声、何の為に茂る時、為に来り 嬰 ぶ、当に思え我が明月の上の転起、我は何を 嬰 ぶ、土来り 嬰 ぶ転去る、我は 哺 す声、何の為に土転じて南来り 嬰 ぶ、当に去れ我が城上の羊下り草を食らう、我は何を 嬰 ぶ、下り来り我は草を食らう、我は 哺 す声、汝は何ぞ三年針縮む、何ぞ来り 嬰 ぶ、我も亦た老いぬ、 我平平門淫 り涕下る、我は何を 嬰 ぶ、何ぞ来り 嬰 ぶ涕下る、我は 哺 す声、昔結びし我が馬客来り 嬰 ぶ、我当に行かん、我が四州を度り洛り四海、我は何を 嬰 ぶ、海何ぞ来り 嬰 ぶ、海何ぞ来り 嬰 ぶ四海、我は 哺 す声、 熇 として西馬頭香来り 嬰 ぶ、我が洛道、我が河五丈を度り汲水、我は 噫 邪 哺 す誰か当に児を求めん、母は何を意う 零 めざる邪、 銭健歩哺 す誰か当に我が児を求めん、母は何ぞ我は 哺 す声、三針一発交わり時還り弩心意何ぞ 零 めざる、意弩心遥かに来り 嬰 ぶ 弩心哺 す声、復た相い頭巾意何ぞ 零 めざる、何ぞ邪相い 哺 す頭巾相い我来り 嬰 ぶ頭巾母は何ぞ何ぞ我は復た来り推排す意何ぞ 零 めざる、相い 哺 す推し相い来り 嬰 ぶ推す非母は何ぞ我は復た車輪す意何ぞ 零 めざる、子以て邪相い 哺 す転輪我来り 嬰 ぶ転ず母は何ぞ我は使君去る時意何ぞ 零 めざる、子以て邪使君去る時使来り 嬰 ぶ去る時母は何ぞ我は君の去る時を思う意何ぞ 零 めざる、子以て邪思う君の去る時思来り 嬰 ぶ我が去る時母は何ぞ何ぞ我我。
右は《公莫巾舞歌行》。
高く両手を挙げて白鵠翔ぶ。軽き 躯徐 ろに起きて何と洋洋たる。
凝 停して善く 睞 れば容儀光る。 宛 ら龍の転ずるが如く 乍 ち低昂す。
世に随いて変わり誠に方無し。推すが如く引くが若く留まり且つ行く。
宋の世方に 昌 えて楽未だ 央 きず。舞いて以て神を尽くし安んぞ忘るべけんや。
これを愛して誰に遺るか 人 に贈らん。質は軽雲の如く色は銀の如し。
袍 は以て躯を光らし巾は塵を払う。制して以て袍と為し余りを以て巾と作す。
四座の楽しみ胡ぞ 陳 べん。清歌徐舞して 祗 神に降る。
右一篇。
両方の袖を揃えて挙げれば鸞鳳が舞い翔がる。羅の裾が飄颻として昭儀の光を放つ。
歩みを進める姿は流れるように美しく、芳しい香りを漂わせる。弦を鳴らし清らかに歌い、三陽の時を迎える。
人の世に生きることは稲妻が過ぎるが如く。楽しみの時は常に少なく、苦しみの日は多い。
幸いにして良き辰に巡り合い、春の花が輝く。斉の倡優が舞を献じ、趙の女が歌う。
羲和が駆ける日影は留まることなく過ぎ去る。春の露がまだ乾かぬうちに厳しい霜が降りる。
百草は凋み索め、花は落ちて英を散らす。蟋蟀が窓で吟じ、寒蝉が鳴く。
百年の命は忽ちとして傾くが如し。早くからその迅速なるを知り、燭を執って行こう。
東は扶桑に至り紫庭を遊び、西は崑崙に至って曾城で戯れる。
右、一篇。
陽春の白日、風は花を香らせる。歩みを進める明玉、瑤璫を舞う。
声は金石より発し、笙簧を媚びる。羅の袿はゆるやかに転じ、紅袖が揚がる。
清らかな歌の流れる響きは鳳梁を巡る。矜るが如く思うが如く、凝りて且つ翔る。
目を転じて遺す精、艶やかに輝光を放つ。将に流れんとし将に引かんとし、双鴈が翔る。
歓び来ること何ぞ遅き、意何ぞ長き。明君世を御するに永く歌い倡う。
右、一篇。《白紵》新旧合わせて三篇。
皇業は徳を沿って建てられ、帝運は勲功によって融和される。
胤唐は盛んな軌跡を重ね、胄楚は美しい風を載せる。
堯帝は深い祥瑞の兆しを示し、元王は遠くまで慶事を広げた。
積善は上代の業を伝え、福祚は英聖を開く。
衰微の数は金祿に従い、登歴は永命を昌にする。
維宋は光輝ある功績を垂れ、世の美は舞詠に流れる。
聖祖は高徳を有し、勲功を積んで晋の歴を代えた。
永く建てて鴻基を享け、万古に盛んな音冊を伝える。
叡文は宸馭を継ぎ、広運は帝声を崇める。
徳を広めて仁祉を被り、化を留めて民霊に融和する。
孝建は孝業を結び、天人の謀に允協する。
宇内は政軌を斉しくし、宙表は威流を照らす。
鐘管は列聖を騰がせ、彝銘は重猷を飾る。
明君は乾の数に応じ、乱を撥ねて穨れた基を紐解く。
民は来蘇の日を慶び、国は『薰風』の詩を頌する。
天の歩みには時に困難が訪れ、諸侯が迷いと悪を煽り立てた。
朝廷の勝算は九伐の策を敷き、神の謀略は七徳を貫き通した。
文教は暗愚な風俗を洗い清め、武の義は不吉な地を清めた。
英傑の勲功は帝王の法則を超え、万寿は永遠に天に広がる。
宝の業を開き、賢者を資して栄えさせ、謀略は明らかで盛んに、補佐は調和して光り輝く。烈武は謀略に優れ、景王は勲功を立てた。南康と華容は、政治を変え文を興した。猛々しい功績は顕著で、左軍がいた。三王と到氏は、文武で補佐した。丞相は輔佐となり、伊尹や周公旦のような役割を果たした。沈氏と柳氏の宗侯は、皆乱を平定した。泰始の時代に運が開け、百王を超えた。 司徒 と 驃騎 将軍は、勲功と徳行で安泰であった。江安は謀略と功績を挙げ、誠実さが明らかになった。劉氏と沈氏は規矩を受け継ぎ、功名を揚げた。慶事は我が君主に帰し、国祚は無窮である。
天の符瑞が運命を変え、世に英明な皇帝が誕生した。学館では神が輝き、既に壮年の龍のように躍動した。六つの鐘が表に集まり、四つの緯星が並んで光った。ああ、天に配し、永遠にその吉祥を休める。
明徳は教えを信じさせ、幽玄な符瑞は紀元に輝いた。山の鼎が奇跡を現し、醴泉の水が福を内包した。鵷雛が儀容を輝かせ、騶虞が足跡を残して歩いた。福は億の世に延び、慶事は万の祀りに流れる。
帝王の図謀は遠くに凝集し、瑞祥の美は明らかに宣べられた。流れを渡る月の鏡、鹿の柔らかな毛は霜のように鮮やか。甘露が和を降らせ、花雪が豊年を表した。孝の徳は広く広がり、芳しい風は永遠に伝わる。
龍は軍府で躍り出で、玉は藩王の宮殿で輝いた。歳月は 豫 の野に滞り、璽は后宮に属した。江の波は澄んで映り、石の柏に文が開かれた。花の蕊が育つのを見、楼には景雲が凝った。白い烏が三度獲られ、甘い液が再び現れた。嘉穂は肥沃を表し、連理の枝は調和して成った。徳は充実して万物を動かし、道は積もって神と通じた。宋の大業は確かに大きく、霊瑞がまさに至ろうとしている。
淮水の祥瑞が応じ、賢い俊才が生まれた。中興を補佐し、太平をもたらした。
宋の世は泰始の時代に安寧であった。酒に酔って歓び、徳に飽きて喜んだ。万国が朝貢し、寿の酒を捧げた。帝は天と共に、ただ長く久しい。
王の命により軍を整え、征伐はあっても戦いはなかった。巾と払子で清め、悪党は面目を改めた。王の儀礼で軍を整え、武器を収める時が来た。中は虚しく巾と払子で、四方の表は塵が静まった。
心にあるものを志といい、言葉を発すれば詩となる。声が文となって管弦楽器に乗る。手を舞い足を踏んで太平の時を喜び、風俗を移し易えて王化の基とする。琴と角が韻を揮って白雲が広がり、『簫韶』の音に調和して神鳳が来る。打ち叩き節を和して詠うのは初めにあり、章曲が終わると情が余る。文は軌を一にして道徳を行い、国は靖まり民は和して礼楽が成る。四県の庭に響くのは美しい勲功の英傑、八列の階で歌うのは貴人の声。舞の飾りは華麗で楽の容姿は巧み、羅の裳は皎日のごとく袖は風に従う。金と翠が輝き並び蕙と麝香が豊か、淑やかな姿は体を委ねてまさに帝の心に叶う。
朱鷺よ、魚は烏のように路を邪魔する。鷺は何を食べるか、茄の下を食べる。食べずに、吐き出さず、誅める者(一説には諫める者)に問おうとする。
悲しみを思う翁よ、唐を思う、我が美人を奪い去り侵して遇う、悲しむ翁よ、ただ我は思う。蓬の頭(一説には蕞)の犬、狡兎を追い、食らい交わる君、梟の子五匹。梟の母六匹、引き連れて高く飛び安らかに宿ることはない。
網を張って待ち構えても、夷狄はどこにいるのか。行いが成就すれば、四季は調和する。山から黄雀が出ても網がある、雀は高く飛んで雀をどうしようか?このような欲望に頼って、誰が部屋を掃除しようか。
上は巡幸し、その行く先は益州である。夏が来ようとしているので、北へ行く。甘泉宮を承けて、寒暑の徳を保つ。石関を遊覧し、諸国を望み、月氏は臣下となり、匈奴は服従する。百官に命じて疾駆させ、千秋万歳楽しみは尽きない。
離趾の中に、家を建てることができる。何で葺くのか、蘭で葺くのか。離趾の中に抱かれて。
城南で戦い、郭北で死に、野原で死んで葬られず、烏が食べる。烏に言ってくれ、「せめて客のために豪勢にせよ!野原で死ねば葬られないのは当然、腐った肉がどうしてお前から逃げられようか」。水は深く激しく流れ、蒲や葦は暗く茂る。勇猛な騎兵は戦って死に、駑馬はうろうろと鳴く。梁で家を建てる、どうして南へ行くのか?梁はどうして北なのか?禾や黍を収穫しても君は何を食べるのか?忠臣になろうとしてどうしてなれようか?良き臣下を思う、良き臣下は誠に思うに値する、朝に出撃し、夜には帰らぬ!
巫山は高く、高くて大きい。淮水は深く、渡るのが難しい。私は東へ帰りたいが、梁が害になるのでできない。私は高みに集まらず、水を引いて梁をどうする。湯湯と回り流れ、水辺に立って遠くを望む。涙が衣を濡らす、遠方の人の心は帰りを思う。これをどう言おうか?
上陵はなんと美しいことか、下津の風は寒い。客にどこから来たか尋ねると、水の中央から来たと言う。桂の木が君の船となり、青い糸が君の 笮 となり、木蘭が君の櫂となり、黄金がその間にちりばめられる。滄海の雀、赤い翼の鴻、白雁が従い、山林は開いたり閉じたり、かつて日月の明るさを知らない。醴泉の水は、光沢がなんと豊かであることか。芝が車となり、龍が馬となる。遊覧し、四海の外を巡る。甘露二年の初め、芝が銅池の中に生え、仙人が降りてきて飲み、寿命は千万歳に延びる。
酒を進めよう、太白星に乗って。弁じ加えよ、詩を審らかに搏て。古い歌を放ち、心の作るところ。陰気と同じく、詩を悉く索める。禹のような良工を使い、観る者を苦しめる。
君の馬は黄色、臣の馬は蒼色、三匹の馬が一緒に走るが臣の馬が優れている。易には 騩 があり蔡には 赭 がある、美人は南へ帰り、車を駕し馬を馳せる。美人は私の心を傷つける!佳人は北へ帰り、車を駕し馬を馳せる。佳人よ、どこまで行くのか!
芳樹よ、日月の君は乱れ、風のようだ、芳樹は上らず心もない。温かくて鵠、三つで一行となる。蘭池に臨み、心中に私の悩みを懐く。心は正せず、目は顧みられず、妬む人の子は悲しみで人を殺す。君に他心あれば、楽しみは禁じられない。王は何に似るか?孫や魚のようか?悲しいことだ!
思う人がいる、それは大海の南にいる。何を贈ろうか、君に双珠の玳瑁の簪を、玉で飾り繚らす。君に他心があると聞き、引き裂き壊して焼く。焼いて、風に乗せて灰を撒く。今から後は、二度と思い慕わない!相思いを君と絶つ。鶏が鳴き犬が吠え、兄や嫁は知っているだろう。ああ!秋風が蕭々と吹き、 晨風 が颸(さっと吹く)、東方はやがて明るくなるだろう。
雉の子よ、このように、雉の梁に至っては、我が 翁孺 には及ばない。雉の子は雉を得ることを知り、子は高く飛んで止まる、黄鵠は千里を飛び、王は思うに値する。雄が飛んで雌に従い、子を見て一羽の雉に趨る。雉の子よ、車は大駕馬を駆り、王に送られて行く先の中に、 堯芊 が飛んで王孫に従って行く。
聖人が現れ、陰陽が調和する。美人が現れ、九河を遊ぶ。佳人が来て、 騑離 なるかな何と。六匹の飛龍を駕して四季が調和する。君の臣は明らかに護り道に外れず、美人なるかな、天子にふさわしい。甘星の 筮 を免じて楽が始まる、美人の子よ、四海を含む。
天よ!私はあなたと相思い通じ合い、長く命尽きることなく衰えないことを願う。山が平らになり、江水が枯れ、冬に雷が轟き夏に雪が降り、天地が合わさって初めて、あなたと絶とう。
高台に臨んで軒とし、下には清水が清くかつ寒い。江には香草があり目には蘭、黄鵠は高く飛び離れて翻る。弓を引き絞って鵠を射れば、我が主の寿命は万年となる。収めて我が中に。
遠くに期し、益々寿の如く、天の左側に処し、大いに楽しみ、万歳天と極まりなし。雅楽を陳ね、佳きかな紛として、単于自ら帰順し、動くこと驚く心の如し。虞の心大いに佳し、万人還り来たり、 謁者 が引き、 郷殿 に陳ね、累世未だ 嘗 てこれを聞かず。寿を増して万年、亦誠なるかな!
石留涼陽涼石水流為沙錫以微河為香向始𥡙冷將風陽北逝肯無敢與于楊心邪懷蘭志金安薄北方開留離蘭
漢代の第一曲は『朱鷺』であったが、現在の第一曲は『初之平』であり、魏のことを述べている。
初之平、義兵征。神武奮、金鼓鳴。邁武徳、揚洪名。漢室微、 社稷 傾。皇道失、桓與霊。閹宦熾、羣雄争。辺韓起、乱金城。中国擾、無紀経。赫武皇、起旗旌。麾天下、天下平。済九州、九州寧。剙武功、武功成。越五帝、{辶豸頁}三王。興礼楽、定紀綱。普日月、斉暉光。
右の『初之平』の曲は、全部で三十句、各句三字である。
漢代の第二曲は『思悲翁』であったが、現在の第二曲は『戦 滎陽 』であり、曹公(曹操)のことを述べている。
戦 滎陽 、汴水陂。戎士憤怒、貫甲馳。陳未成、退徐滎。二万騎、塹壘平。戎馬傷、六軍驚。勢不集、衆幾傾。白日没、時晦冥、顧中牟、心屏営。同盟疑、計無成。頼我武皇、万国寧。
右の『戦 滎陽 』の曲は、全部で二十句、そのうち十八句は各句三字、二句は各句四字である。
漢代の第三曲は『艾如張』であったが、現在の第三曲は『獲呂布』であり、曹公が東の臨淮を包囲し、呂布を生け捕りにしたことを述べている。
呂布を獲、陳宮を戮す。鯨鯢を芟夷し、羣雄を駆騁す。天下を囊括し、掌中に運ぶ。
右の『獲呂布』の曲は、全部で六句、そのうち三句は各句三字、三句は各句四字である。
漢代の第四曲は『上之回』であったが、現在の第四曲は『克官渡』であり、曹公が袁紹と戦い、官渡でこれを破ったことを述べている。
紹を克つ官渡、白馬より由る。僵屍流血、原野に被る。賊衆は犬羊の如く、王師は尚ほ寡し。沙塠の傍、風飛揚す。転戦利あらず、士卒傷つく。今日勝たずんば、後何をか望まん!土山地道、当るべからず。卒に大捷に勝ち、冀方を震わす。城を屠り邑を破り、神武遂に章る。
右の『克官渡』の曲は、全部で十八句、そのうち八句は各句三字、一句は五字、九句は各句四字である。
漢代の第五曲は『翁離』であったが、現在の第五曲は『旧邦』であり、曹公が官渡で袁紹に勝ち、譙に還って戦死した士卒を収め葬ったことを述べている。
旧邦蕭条、心傷悲しむ。孤䰟翩翩、何に依らん。游士故を恋い、涕摧くが如し。兵起り事大、令願に違う。博く親戚を求め、在る者は誰ぞ。廟を立て後を置き、䰟来たり帰る。
右の『旧邦』の曲は、全部で十二句あり、そのうち六句は句が三字、六句は句が四字である。
漢の第六曲『戦城南』は、今の第六曲『定武功』であり、曹公が初めて鄴を破り、武功が定まったのは、ここから始まったことを述べている。
武功を定め、黄河を渡る。河水は湯湯として、朝から夕べまで横流する波がある。袁氏は衰えようとし、兄弟は争いを始める。漳水を決壊させると、水流は滂沱となる。ああ、城中は流れる魚のようで、誰が再び家を顧みることができようか!計略は尽き、考えは尽きて、連和を求めて来る。和は時を得ず、心中に憂い悲しむ。賊の衆は内で崩れ、君臣は北へ奔る。 鄴城 を抜き、魏国を覆う。王業は艱難であり、古今を観覧すれば、長く嘆息すべきことである。
右の『定武功』の曲は、全部で二十一句あり、そのうち五句は句が三字、三句は句が六字、十二句は句が四字、一句は五字である。
漢の第七曲『巫山高』は、今の第七曲『屠柳城』であり、曹公が北塞を越え、白檀を経て、三郡の烏桓を柳城で破ったことを述べている。
柳城を屠り、功績は誠に難事であった。隴塞を越え渡り、道は漫漫である。北へ岡平を越えると、ただ悲風が正に酸いと聞こえる。蹋頓は首を授けられ、遂に白狼山に登る。神武は海外を慹しめ、永遠に北顧の患いは無い。
右の『屠柳城』の曲は、全部で十句あり、そのうち三句は句が三字、三句は句が四字、三句は句が五字、一句は六字である。
漢の第八曲『上陵』は、今の第八曲『平南荊』であり、曹公が南で荊州を平定したことを述べている。
南荊は何と遼遠なことか、江漢は濁って清くない。菁茅は久しく貢がず、王師は赫々と南征する。劉琮は襄陽に拠り、賊の劉備は樊城に屯する。六軍は新野に駐屯し、金鼓は天庭を震わす。劉子(劉琮)は面縛して至り、武皇(曹操)はその降伏を許す。降伏を許し、その民を撫でる。陶陶たる江漢の間で、普く大魏の臣となる。大魏の臣は、風に向かって自ら新たにすることを思う。自ら新たにすることを思い、功績を古人と等しくする。昔の虞と唐において、大魏はそれと均しいを得る。多く忠義の士を選び、喉脣(重臣)とする。天下が一定し、万世に風塵(戦乱)無し。
右の『平南荊』の曲は、全部で二十四句あり、そのうち十七句は句が五字、四句は句が三字、三句は句が四字である。
漢の第九曲『将進酒』は、今の第九曲『平関中』であり、曹公が馬超を征伐し、関中を平定したことを述べている。
関中を平定し、路は潼に向かう。濁水を渡り、高墉を築く。韓遂、馬超を討ち、群凶を離散させる。 驍 騎 を選び、両翼を縦にし、虜は崩壊し、首級は万億に及ぶ。
右の『平関中』の曲は、全部で十句あり、句は全て三字である。
漢の第十曲『有所思』は、今の第十曲『応帝期』であり、曹文帝が聖徳をもって天命を受け、運期に応じたことを述べている。
帝期に応じ、ああ輝かしい我が文皇(曹丕)、歴数は天の序きを承け、龍飛は許昌より起こる。聰明は四表に輝き、恩徳は遐方に動く。星辰は垂れ燿るものとなり、日月は重光となる。河洛は符瑞を吐き、草木は嘉祥を挺でる。麒麟は郊野を歩み、黄龍は津梁を遊ぶ。白虎は山林に依り、鳳凰は高岡に鳴く。図籍を考定し、功績は上古の羲皇に配する。羲皇に遺文無く、仁聖は相因循する。運期は三千歳、一人の聖明の君が生まれる。堯は舜に万国を授け、万国は皆親しみを附す。四門は穆穆として、教化は常に神の如し。大魏の興盛は、それと隣り合うものである。
右の《応帝期》の曲は、全部で二十六句あり、そのうち一句は三字、二句は四字、二十二句は一句五字、一句は六字である。
漢の第十一曲《芳樹》は、現在の第十一曲《邕熙》であり、魏氏がその国を治め、君臣が和やかに睦まじく、多くの功績がすべて盛んになったことを述べている。
邕熙は、君臣が徳を合わせ、天下が治まる。帝道が隆盛し、瑞祥の宝を得て、頌声がともに起こり、広大で盛んである。吉日に高堂に臨み、酒を置き名だたる倡優を列ねる。歌声はなんと余韻があり、笙や簧が混じる。八音が調和し、秩序がある。子孫は永遠に万国を建て、長寿で楽しみに限りなし。
右の《邕熙》の曲は、全部で十五句あり、そのうち六句は一句三字、三句は一句四字、一句は二字、三句は一句五字、二句は一句六字である。
漢の第十二曲《上邪》は、現在の第十二曲《太和》であり、魏の明帝が統治を継承し、太和と改元し、徳沢が広く行き渡ったことを述べている。
太和元年、皇帝が即位し、聖明で仁徳があり、徳沢が流れ広がる。災害や蝗害は一時に絶え、上天は時に雨露を降らす。五穀は田畑にあふれ、四民は相率いて軌度に従う。事務は澄み清らかで、天下の訴訟は実情をもって明らかにする。元首は明らかで、魏の家がこのようであるなら、どうして太平でないことがあろうか。
右の《太和》の曲は、全部で十三句あり、そのうち二句は一句三字、五句は一句五字、三句は一句四字、三句は一句七字である。
《霊の祥》は、宣皇帝が魏を補佐したことは、虞舜が堯に仕えたのと同じであることを述べている。すでに石の瑞祥の兆しがあり、また武力を用いて孟度の逆命を誅することができた。
霊の祥、石の瑞祥が現れる。金徳の旗を掲げ、西方より出ず。天命が降り、宣皇帝に授かる。期運に応じ、時に龍のごとく躍り出る。大舜を継ぎ、陶唐を補佐する。武と文を賛え、帝綱を建てる。孟氏が叛き、南疆を占拠する。有扈を追い、五常を乱す。呉の寇は強く、蜀の虜は強い。誓いを交わし盟を結び、遠く荒れた地まで連なる。宣帝は激しく怒り、鷹のように奮い立つ。乾の威を震わせ、電光のように輝く。九天を凌ぎ、石城を陥れる。逆命の者を梟首し、生ある者を救う。万国は安らか、四海は寧らか。
《宣受命》は、宣皇帝が諸葛亮を防ぎ、威厳を養い、神兵を動かし、亮が震え恐れて死んだことを述べている。
宣帝は天命を受け、天機に応ず。風雲時に動き、神龍飛ぶ。諸葛亮を防ぎ、雍涼を鎮める。辺境は安らか、民と夷は康らか。節倹に務め、傾きを定めることに勤しむ。英雄を観察し、満ち足りた状態を保つ。淵のように深く厳かで、赫々として明らか。沖虚で泰然、天の経。威厳を養い、神兵を動かす。亮はついに震え死に、天下は平らかに寧らか。
《征遼東》は、宣皇帝が大海の外に至り、公孫淵を討ち滅ぼしてその首を梟したことを述べている。
遼東を征伐し、敵は拠り所を失い、威霊は日域を超える。淵はすでに首を授けられ、群逆は胆を破られ、皆震え恐れる。朔北は呼応し、海表は影のように従う。武功は赫々、徳の雲が広がる。
《宣輔政》は、宣皇帝の聖道が深遠で、乱を撥ね返して正しさに戻し、文武の才を網羅し、天地の秩序を定めたことを述べている。
宣皇帝が政を補佐し、聖なる功業は深い。乱を撥ね返して正しさに戻し、天の心に従う。文武の才を網羅し、その生まれを慎む。生まれた者は賢く、遺された教えを施し、上を安んじ民を治め、風俗を移す。帝業の基礎を創始し、洪業を後世に伝える。ああ輝く明らかさよ、時に赫々たり。功は万世を救い、天地を定める。天地を定め、雲は沢となり雨を施し、海外に風のごとく馳せる。
『時運多』は、宣皇帝が呉を討伐するにあたり、征伐はあっても戦闘はなかったことを述べたものである。
時運は多難であり、道の教えは衰えた。天地は変化し、盈ち虚がある。愚かなる呉の蛮族が、江湖を虎視眈んとしている。我が皇帝は威光赫々として、天誅を下す。征伐はあっても戦闘はなく、その企てを鎮める。天威は広く覆い、東方を震動させる。
『景龍飛』は、景帝が威と教えを明らかにし、従う者には賞を与え、逆らう者を滅ぼし夷し、福祚が隆盛で限りなく、この洪大な基盤を崇めたことを述べたものである。
景龍が飛翔し、天威を統御する。聡明な鑑識は玄遠に発し、行動は神明の機微と協調する。これに従う者は顕栄し、これに逆らう者は滅び去る。文教は広く敷かれ、武功は高くそびえる。四海に遍く覆い、万邦は風を望み、来たりて服従しないものはない。聖なる徳は密かに断じ、天に先んじて違わない。天に違わず吉祥を享け、世を永く長く保つ。猛きをもって寛容に至らしめ、道の教化は光り輝く。赫々として明らかであり、福祚は隆盛で限りない。帝の業績は期するところにあり、天命は既に集まり、この洪大な基盤を崇める。
『平玉衡』は、景皇帝が万国の異なる風俗を一つにし、四海の乖離した心を揃え、礼をもって賢者を遇し士を養い、洪大な業績を受け継いだことを述べたものである。
玉衡を平らげ、奸回を糾す。万国は風俗を異にし、四海は心を乖離す。礼をもって賢者を遇し士を養い、英雄を羈縻し御するに思心を一つにする。洪大な業績を受け継ぎ成し、皇位の階梯を崇める。万物ことごとく亨通し、聖なる敬いの心は日々高まる。聡明な鑑識は下情を尽くし、明らかに天機を総べる。
『百揆』は、文皇帝が初めて百官を統率し、人を用いるに秩序があり、太平の教化を広く敷いたことを述べたものである。
文皇帝は百官を統率し、天を継いで万方を治める。武将は四方の隅を鎮め、英傑の補佐は朝廷に満ちる。謀言は秋の蘭と調和し、清風がその芳香を発する。洪大な恩沢の潤うところ、礫石も珪璋となる。大道は五帝に等しく、盛徳は三王を超える。ことごとく光大し、上は天と地に参じ、至極の教化に内外はない。内外なく、六合ともに康らかで治まる。ともに康らかで治まり、この嘉会に遇う。昔の伏羲と神農の世に、大いなる晋の徳はここに及ぶ。鎮守と征伐は諸州に及び、藩衛となる。功績は四海を済度し、洪大な業績は万世に流れる。
『因時運』は、文皇帝が時運に因って変じ、聖なる謀略を密かに施し、長蛇の交わりを解き、群雄の徒党を離散させ、武をもって文を助け、その大計を審らかにし、その徳を邁進させたことを述べたものである。
時運に因り、聖なる策謀を施す。長蛇の交わりは解け、群雄は離散す。勢い窮まって呉に奔り、虎の騎兵は猛る。ただ武を進め、大計を審らかにする。時にその徳を邁進させ、一世を清める。
『惟庸蜀』は、文皇帝が既に万乗の蜀を平定し、万国を封建し、五等の爵位を復活させたことを述べたものである。
ただ庸蜀が、天下一隅で僭称した。劉備は帝命に逆らい、劉禅と諸葛亮がその余を受け継いだ。数十万の衆を擁し、隙を窺って我が虚に乗ずる。驛騎は進み羽檄を飛ばし、天下は安居する暇もない。姜維はたびたび辺境を寇し、隴上は荒廃した。文皇帝はこの民を哀れみ、歴代にわたって罪を受けたことを憐れむ。外には藩屏の臣を謀り、内には多くの士大夫を謀る。爪牙は指図に応じ、腹心は良策を献じる。良策は文と協調して成り、大いに百万の軍を興す。雷鼓は地を震わせて起こり、猛勢は浮雲を凌ぐ。逃亡の虜は天誅を畏れ、面縛して陣営の門に至る。万里同じく風教を受け、逆命した者は妾臣と称する。五等の爵を光栄に建て、綱紀は天と人を正す。
『天序』は、聖皇が歴数に応じて禅譲を受け、大いなる教化を広く済度し、人を用いるに各々その才能を尽くさせたことを述べたものである。
天の序列、歴数に応じて禅譲を受け、霊なる福祐を承ける。群龍を御し、螭虎を統率する。大いなる教化を広く済度し、英傑が輔佐となる。明らかに万機を統べ、赫々として四方を鎮める。咎繇や稷・契の類い、蘭の芳香と調和する。王臣に礼を尽くし、兆民を覆う。これを化するは天と地の如く、誰が敢えてその身を惜しむことがあろうか。
『大 晉 承運期』は、聖皇が符籙に応じて図録を受け、神明の象を化したことを述べたものである。
大いなる晋は運命の時を継ぎ、聖なる皇帝は徳が高く盛んである。世は清らかで安らか、白昼の光が降り注ぐ。符命の図に応じて帝位に登り、天を継いで玉衡を正し、教化は行きわたり神明の如くである。なんと素晴らしいことか、道は虞と唐の時代のように隆盛である。元首は広大な教化を施し、百官は股肱として共に忠良であり、民は大いに安らかである。盛大で赫々たる福と栄えは、限りなく満ち溢れている。
『霊運』は、聖なる皇帝が践祚し、宗廟に敬意を表し、孝道を天下に施すことを述べている。
金の霊運が動き、天の符命が現れる。聖なる兆しが見え、日月と並ぶ。我が皇帝は、神聖なるお方を体現される。魏の禅譲を受け、天命に応じられる。皇帝の興隆には、霊験あらたかな兆しがある。大麓に登り、万乗を統御される。皇帝を補佐する者は、虎の如く勇猛である。爪牙を奮い、防ぐ者なし。皇帝を助ける者は、清らかな教化を補佐する。百事は治まり、万国は慶賀する。神祇が応じ、嘉瑞が現れる。恭しく祭祀を行い、先皇に奉る。時に合わせて楽を奏で、磬と管は鏘々と鳴る。鼓は淵淵と、鐘は喤喤と響く。尊と俎を供え、玉の觴を満たす。神々は饗宴を楽しみ、皆が喜び安らぐ。子孫を宴し、限りない福を授かる。大いなる孝は盛んで、徳の教化は万方に及ぶ。
『於穆』は、聖なる皇帝が天命を受け、その徳が神明と合致することを述べている。
ああ、荘厳なる我が皇帝、盛んな徳は聖にして明らかである。禅譲を受け君臨し、その光は全ての民を照らす。天の下、地の上、来朝しない者はない。天下四方は敬慕し、風になびいて泰清(天)を仰ぎ見る。万国は和やかで、頌歌が起こる。大いなる教化は行きわたり、地は平らかで天は成る。七政は整い、玉衡は平らかである。高く聳える補佐の臣、整然たる多くの英傑。朝から晩まで勤勉に、万機を執り行う。治世は興隆するも、決して安逸に陥らない。謙譲の道は輝き、満ち足りて驕らない。天地は徳を合わせ、日月は共に栄える。赫々煌々として、幽冥さえも照らす。三光(日月星)は従い、天には明らかに景星が垂れる。龍と鳳凰が集い、甘露が夜に降る。神祇を敬い、上なる霊を尊ぶ。万物は喜んで戴き、天自らがその成功を現す。
『仲春』は、大いなる晋が文武の教えを広め、時に従って田猟を行うことを述べている。
仲春に軍を整え、民を大いに集め、武の教えは日々新たである。師は提を執り、工は鼓を執り、坐作は命令に従い、節度は秩序正しく、盛んなことよ、文にも武にも優れている。狩猟の場で禡祭を行い、法と誓いを述べ、遂に囲みを禁じ、社に獲物を献じて祭り、誠に時宜を得た明らかな国の制度である。文武を併用するのは、礼の根本であり、車を戦列のように並べ、大いなる教えは明らかで、古今誰が兵を去ることができようか。大いなる晋は天を継ぎ、全ての民を救う。
『苗田』は、大いなる晋が時に従って田猟を行い、苗を害から守ることを述べている。
夏の苗を守る田猟、時運は過ぎ行こうとし、軍と国は様相を異にし、文と武は別である。そこで群吏に命じ、車と徒歩の兵を選び、その名号を弁別し、契約の書を記録させる。王の軍は八門を開き、行動は上帝の居所のようである。時に路に大麾を立て、雲のような旗が紫の空を覆う。百官はその事に倣い、急ぐ時は急ぎ、緩やかな時は緩やかにする。車の向きを回し陣を解き、車を休める。獲物を献じて祠に供え、盛んに虞舜に配祀する。大いなる晋は、その徳が両儀(天地)に並び、教化は雲のように広がる。
『仲秋』は、大いなる晋には文徳があるが、武事を廃さず、時に従って殺伐を行うことを述べている。
仲秋の獮(秋の狩猟)、金の徳は常に剛健である。涼風は清らかでかつ烈しく、凝った露は霜となる。白虎が時を司り、蒼隼が時に鷹揚である。鷹揚たることは周の尚父のようで、天に従って殺伐を行う。春秋の時節に従い、雷霆のように威光を震わせ、進退は鉦鼓による。獲物を獲て祊(廟門外)で祀り、羽毛の用途は軍府に充てられる。赫々たる大いなる晋の徳は、その芳しい功烈は三皇五帝を凌ぎ、教化を文で広めるが、治めても武を廃さない。四海を光栄ある住処とし、永遠に天の福を享受する。
『天道に従う』は、仲冬の大閲兵を行い、武を修め文を広め、大いなる晋の徳が天に匹敵することを述べている。
天道に従い、神の契約を握る。三時(春夏秋)にも武事を講じ、冬には大閲兵を行う。鐲を鳴らし鼓鐸を振るわせ、旌旗は虹霓のようである。文がその中を制し、武は武に溺れず、軍を動かし衆に誓い、礼が成り義が行われる。三面を開くことで仁を尊び、進退はその秩序を失わない。兵卒は練達し、将は虎のようである。まさに虎の如く、その気勢は青雲を凌ぐ。三面の包囲を解き、群れを殲滅せずに殺す。旌旗を伏せ、六軍を整列させる。献上と饗宴を行い、典章と文を修める。大いなる晋を称え、その徳は天に匹敵する。禄は功に報い、爵は賢者を待つ。宴楽を楽しみ、この百の福禄を受け、万年を嘉する。
『唐堯』は、聖なる皇帝が帝位に登り、徳化が四方に光り輝くことを述べている。
唐堯は務成に諮問し、謙譲の徳がそこから興った。積み重ね漸くにして終に光大し、霜を踏んで堅い氷に至る。神明の道は自然であり、河海でさえも凝結しうる。舜と禹は百官を統率し、元凱(優れた人材)が順に登用された。禅譲は天の暦数に応じ、聡明な聖人が代々相承した。我が皇帝は帝位に登り、平衡を正し準繩とする。徳化は四方の外に飛び、祥瑞の気がその兆しとして現れる。興隆する王は朝を待って座し、滅びる主は恬然として自ら誇る。遠くに至るには近くから始まり、一籠の土を積み重ねて山陵となる。図を開き先人の典籍に照らせば、その証拠は霊験あらたかである。
『玄雲』は、聖なる皇帝が人材を用い、それぞれの才能を尽くすことを述べたものである。
玄雲が山岳から湧き起こり、祥瑞の気が万里に集まる。龍が飛ぶさまはなんと蜿蜿たるものか、鳳凰が翔けるさまはなんと翽翽たるものか。昔、唐虞の朝にありし時、時に青雲の際に見えた。今、方国を巡り親しく遊ぶと、流光が天外に溢れる。鶴が後園で鳴き、清らかな音が風に乗って遠くまで届く。成湯が顕命を隆盛にし、伊尹が飛ぶが如く来たった。周の文王が渭水のほとりで狩りをし、遂に呂望を車に載せて帰った。符合すること影が形に、響きが声に応じるが如く、天に先んじても天は背かない。耕作を止めて地の綱を総べ、粗末な衣を解いて天の維を結ぶ。元勲は二主(堯・舜)に匹敵し、その芳しい香りは世に稀である。我が皇帝は群才を叙し、その偉大な功業はなんと巍巍たるものか。桓桓として四方を征し、済々として万機を治める。神妙な感化は方なく及び、俊才が帝畿に満ちる。丕顕なるは昧旦にあり、日々新たなるは孔子が称えたところ。茂なるかな聖明の徳、日月と同じく光輝く。
『伯益』は、赤烏が書を銜えて来たのは周公が興る兆しであったが、今、聖なる皇帝が天命を受け、神雀が来たことを述べたものである。
伯益は舜と禹を補佐し、職掌は山と川であった。その徳は十六相に等しく、思慮は間隙なく入り込む。智は万物に周遍し、下っては衆鳥の言葉を知る。黄雀が清化に応じ、翔け集うさまはなんと翩翩たるものか。和やかに鳴き庭の樹に棲み、雲と日の間を徘徊する。夏の桀が無道を行い、密な網を山の曲がりくねった所に施した。残酷な呪いが細かい網を振るっても、黄雀をどうすることもできなかった。殷の湯は天の徳を尊び、三面の網を取り去った。逍遥と群れ飛んで来て、鳴き声は再び和やかになった。朱雀は南の宿となり、鳳凰は羽族を統べる。赤い鳥が書を銜えて来たのは、天命が周の文王に瑞祥を示したからである。神雀が今遊びに来たのは、我が天命を受けた君のためである。嘉祥が天の和を招き、膏沢が青雲から降る。蘭の風が芳しい気を発し、全世界がその香りを同じくする。
『釣竿』は、聖なる皇帝の徳が堯・舜に匹敵し、また呂望のような補佐を得て大功を成し太平を致すことを述べたものである。
釣竿はなんと冉冉としていることか、甘い餌は芳しくて鮮やかである。川に臨んで思慮を巡らせ、細い糸を九淵に沈める。太公(呂望)はこの術を宝とし、それは霊秘の篇にある。機変は物に随って移り、精妙は未然に貫く。遊魚は釣り針にかかって驚き、潜龍は天に飛び上がる。天に飛び上がってどこへ行くのか、翼を撫でて太清に翔ける。太清はなんと異なることか、両儀が渾成から現れる。玉衡が三辰を正し、造化が群形を賦与する。退いて願うは聖君を補佐し、神とその霊を合わせること。我が君は弘遠な略を広げ、天人も並ぶに足りない。天人と初めて並ぶ時、昧昧としてなんと茫茫たるものか。日月には徴兆があり、文象は二皇(伏羲・神農)を興した。蚩尤が生民を乱し、黄帝は兵を用いて万方を征した。夏の禹に至って徳は衰え、三代(夏・殷・周)は虞と唐(堯・舜)に及ばない。我が皇帝の聖徳は堯・舜に匹敵し、禅譲を受けて即位し天の祥瑞を享受する。率土の民が祐りを受け、粛ならざるはなく、諸事は康らかである。諸事が康らかで、穆穆として明明である。百の禄を荷い、極まりなく保ち、永遠に泰平である。
『炎精缺』は、漢室が衰え、武烈皇帝(孫堅)が奮い立って猛志を奮い、匡救を念じ、しかしながら王業の跡はここから始まったことを述べたものである。漢の曲に『朱鷺』があり、この篇はそれに当たる第一である。
炎帝の精気が欠け、漢の道は微かになる。皇綱は弛み、政徳は背かれる。衆姦が熾んじ、民は頼る所がない。赫々たる武烈(孫堅)は、龍の如く飛び上がる。天の衢を登り、霊威を輝かす。雷鼓を鳴らし、電麾を掲げる。乾衡を撫で、地機を鎮める。虎の旅を励まし、熊羆を駆り立てる。神の聴きを発し、英奇を吐く。張角を破り、辺韓を羈縻する。宛・潁を平定し、南土を安んずる。神武は顕れ、渥沢が施される。金声が震わき、仁風が馳せる。高門を顕し、皇基を開く。統べること極まりなく、将来に垂れる。
右の『炎精缺』の曲は、合わせて三十句、句は三字である。
『漢之季』は、武烈皇帝(孫堅)が漢の衰微を悼み、董卓の乱を痛み、兵を興して奮撃し、その功が海内を覆うことを述べたものである。漢の曲に『思悲翁』があり、この篇はそれに当たる。第二。
漢の末世、董卓が乱を起こす。桓桓たる武烈(孫堅)は、時に応じて運に従う。義兵が興り、雲旗が建つ。六師を励まし、八陣を羅列する。鳴鏑を飛ばし、白刃を接する。軽騎を発し、介士が奮う。醜虜は震え、その衆を散らす。漢の主を劫い、西館に遷す。雄豪は怒り、元悪は倒れる。赫赫たる皇祖(孫堅)、その功名は聞こえる。
右の『漢之季』の曲は、合わせて二十句、そのうち十八句は句三字、二句は句四字である。
『攄武師』は、大皇帝(孫権)が武烈(孫堅)の業を継いで征伐に奮い立つことを述べたものである。漢の曲に『艾如張』があり、この篇はそれに当たる第三。
武師を奮い起こし、黄祖を斬る。凶族を粛清し、西夏を平定する。炎炎たる大烈、天下を震わす。
右の『攄武師』の曲は、合わせて六句、そのうち三句は句三字、三句は句四字である。
『烏林』とは、曹操が荊州を破った後、流れに乗って東下し、争おうとしたことを言う。大皇帝が将軍周瑜に命じてこれを烏林で迎え撃ち、破って敗走させた。漢の曲に『上之回』があり、この篇はそれに当たる第四である。
曹操は北伐して柳城を陥落させた。勝ちに乗じて席巻し、ついに南征した。劉氏(劉表一族)は不和で、八郡は震撼した。兵は既に降伏し、曹操は荊州を屠った。舟車十万、風声を揚げる。議する者は狐疑し、成功せぬことを憂慮した。我が大皇帝に頼り、聖明を発した。虎臣の雄烈、周瑜と程普。曹操を烏林で破り、功名を顕彰した。
右の『伐烏林』の曲は、全部で十八句、そのうち十句は句が四字、八句は句が三字である。
『秋風』とは、大皇帝が民を使うことを喜ばせ、民がその死を忘れたことを言う。漢の曲に『擁離』があり、この篇はそれに当たる。第五。
秋風が砂塵を揚げ、寒露が衣裳に滴る。角弓は弦を張って急で、鳩鳥が鷹と化す。辺境に羽檄が飛び、寇賊が境界を侵す。馬に跨り介冑を着け、慷慨として悲傷を懐く。親に別れを告げて長路に向かい、生きるか死ぬかを知る由もない。窮達には固より分があり、志士は功を立てんと考える。これを戦場に招き、身が安らかであれば高い賞を得、身が滅びても封を遺す。
右の『秋風』の曲は、全部で十五句、そのうち十四句は句が五字、一句は四字である。
『克皖城』とは、曹操が併呑を志し、朱光を廬江 太守 としたことを言う。上(孫権)が親征して朱光を破り、皖城でこれを破った。漢の曲に『戦城南』があり、この篇はそれに当たる第六。
皖城を滅ぼし、寇賊を阻止した。この凶悪な悪党を憎み、奸悪を阻んだ。王師は赫々と征し、賊は傾覆した。穢れを除き暴を去り、兵革を収めた。民は農に就くことができ、辺境は安息した。君を誅し臣を弔い、至徳を明らかにした。
右の『克皖城』の曲は、全部で十二句、そのうち六句は句が三字、六句は句が四字である。
『関背徳』とは、蜀の将軍関羽が呉の恩徳に背き、心に不軌を抱いたことを言う。大皇帝が軍を率いて江を浮かび進み、これを捕らえた。漢の曲に『巫山高』があり、この篇はそれに当たる第七。
関羽は徳に背き、鴟梟のように威張った。我が邑城を割き、不吉を図った。兵を挙げて北伐し、樊城と襄陽を包囲した。ああ、腕が腿より大きければ、やがてその禍いを受ける。巍巍たる呉の聖主、叡智と徳は玄妙に通じる。玄妙に通じ、呂蒙を親任した。舟を洪汜池に浮かべ、長江を遡って渡った。神武はなんと桓桓たることか! 声威と功烈はまさに風と共に翔る。江安城を歴撫し、大いに郢の地を占拠した。虜の関羽は首を授けられ、百蛮は皆来て同化した。盛んなこと、これに比べるものはない。
右の『関背徳』の曲は、全部で二十一句、そのうち八句は句が四字、二句は句が六字、七句は句が五字、四句は句が三字である。
『通荊門』とは、大皇帝が蜀と友好を結び盟約を交わしたが、中に関羽が自ら過ちを犯し、戎蛮が乱を喜び、変を生じて患いとなった。蜀はその眩惑を疑い、呉はその詐りを憎み、ついに大いに兵を治め、終に初めの友好を回復したことを言う。漢の曲に『上陵』があり、この篇はそれに当たる第八。
荊門は巫山に限られ、高峻で雲と連なる。蛮夷はその険阻に拠り、歴世にわたって帰順しなかった。漢王(劉備)は蜀郡を拠り、友好を重んじて和親を結んだ。わずかな乖離から心中に疑いが生じ、讒言する者がその間を乱した。大皇帝は赫々と怒り、虎臣の勇気は震動した。幽藪を蕩滌し、恭しからざる者を討った。兵を観て炎燿を揚げ、鋒を励まして封疆を整えた。封疆を整え、威武の容を闡揚した。功は赫戲、洪大な功烈は章明である。遥か遠い帝皇の世、聖なる呉はその風を同じくする。荒裔は清化を望み、教化は恢弘である。煌煌たる大呉、延びる祚は永遠に尽きない。
右の『通荊門』の曲は、全部で二十四句、そのうち十七句は句が五字、四句は句が三字、三句は句が四字である。
『章洪徳』とは、大皇帝がその大徳を顕彰し、遠方の者が帰服してきたことを述べたものである。漢の曲に『将進酒』があり、この篇はそれに当たる第九曲である。
章洪徳は、威神を邁進させる。異なる風俗を感じ、遠方の隣国を懐かしむ。南方の辺境を平定し、海辺を整える。越裳が貢ぎ物を捧げ、扶南が臣下となる。珍しい宝物が庭に満ち、目にするものは日々新たである。
右の『章洪徳』の曲は、全部で十句あり、そのうち八句は句が三字、二句は句が四字である。
『従歴数』とは、大皇帝が籙図の符瑞に従って、大いなる称号を建てたことを述べたものである。漢の曲に『有所思』があり、この篇はそれに当たる第十曲である。
歴数に従い、ああ荘厳なる我が皇帝よ。聖哲は天よりこれを受け、神明は奇異を表す。称号を建て皇基を創始し、聡叡は神思と協和する。徳沢は昆虫にまで浸透し、浩蕩として前代を越える。三光は精燿を顕わし、陰陽は至治と称される。肉角の獣が郊畛を歩み、鳳凰が霊囿に棲む。神亀が沼池を遊び、図讖は文字を模す。黄龍は鱗を現し、符祥は日月に記される。往昔を観て今を察するに、我が皇は多くの喜ばしい事績がある。上は昊天の象を敬い、下は万姓の意に副う。光は被うこと蒼生に及び、家々戸々は恵みの賜物を蒙る。風教は厳かで平らかであり、頌声は嘉喜を顕彰する。大いなる呉は興隆し、余裕たっぷりである。
右の『従歴数』の曲は、全部で二十六句あり、そのうち一句は句が三字、三句は句が四字、二十二句は句が五字、一句は六字である。
『承天命』とは、上(天子)が聖徳をもって位に即き、道化が至徳に盛んであることを述べたものである。漢の曲に『芳樹』があり、この篇はそれに当たる第十一曲である。
天命を承け、ああ荘厳なる聖徳よ。三精が象を垂れ、符霊が徳を表す。巨石が立ち、九穂が植わる。龍はその鱗を金色にし、烏はその色を赤くする。輿人は歌い、億万の民はため息をつく。龍を超えて昇り、帝服を襲う。躬は淳懿、体は玄嘿。夙に興きて朝に臨み、労謙して日は昃る。易簡をもって仁を崇め、讒と慝を遠ざける。賢才を挙げ、有徳の者に親近する。田畑を均し、稼穡を茂らせる。法令を審らかにし、品式を定める。功能を考課し、 黜 陟を明らかにする。人は自ら尽くそうと思い、心と力のみを注ぐ。家国は治まり、王道は直き。我が帝皇を思えば、寿は万億。天祿を長く保ち、胙は極まりなし。
右の『承天命』の曲は、全部で三十四句あり、そのうち十九句は句が三字、二句は句が五字、十三句は句が四字である。
『玄化』とは、上(天子)が文を修め武を訓え、天に則って行い、仁沢が流れ洽く、天下が喜び楽しむことを述べたものである。漢の曲に『上邪』があり、この篇はそれに当たる第十二曲である。
玄化は天を象り、陛下は聖真である。皇綱を張りめぐらし、道に率いて民を安んずる。恵沢は宣流して雲のごとく布き、上下睦まじく親しむ。君臣は酣に宴楽し、弦歌を激発して妙新を揚げる。文を修め廟勝を籌策し、時に須いて駕を備え洛津を廵る。康なるかな泰平、四海歓忻し、三五(三皇五帝)と隣り合う。
右の『玄化』の曲は、全部で十三句あり、そのうち五句は句が五字、二句は句が三字、三句は句が四字、三句は句が七字である。
(楽人は音声によって伝え合い、訓詁はもはや解することができない。)
大竭夜烏自雲何來堂吾來聲烏奚姑悟姑尊盧聖子黃尊來餭清嬰烏白日為隨來郭吾微令吾
応龍夜烏由道何來直子為烏奚如悟姑尊盧雞子聽烏虎行為來明吾微令吾
詩はすなわち夜烏道祿何來黑洛道烏奚悟如尊爾尊盧起黃華烏伯遼為國日忠雨令吾
伯遼夜烏若國何來日忠雨烏奚如悟姑尊盧面道康尊錄龍永烏赫赫福胙夜音微令吾
右の四解は『上邪曲』である。
幾令吾幾令諸韓亂髮正令吾
幾令吾諸韓從聽心令吾若裏洛何來韓微令吾
尊盧忌盧文盧子路子路為路雞如文盧炯烏諸胙微令吾
幾令諸韓或公隨令吾
幾令吾幾諸或言隨令吾黑洛何來諸韓微令吾
尊盧安成隨來免路路子為吾路奚如文盧炯烏諸胙微令吾
右の九解は『晚芝田』である。漢曲に『遠期』があり、これかと疑われる。
幾令吾呼曆舍居執來隨咄武子邪令烏銜針相風其右其右
幾令吾呼群議破葫執來隨吾咄武子邪令烏今烏今狖入海相風及後
幾令吾呼無公赫吾執來隨吾咄武子邪令烏無公赫吾婮立諸布始布
右の三解は『艾張曲』である。
朱塗りの車に和鸞を響かせ、翠の蓋が金華を輝かせる。黒い牡牛に樊纓を飾り、流れる旌旗が飛霞を払う。雄戟が広い道を開き、班劒が高車を守る。三軍よしばし喧噪をやめ、我が鐃歌を奏でるのを聴け。清らかな鞞が短簫を驚かせ、朗らかな鼓が鳴笳の拍子をとる。人心はただ喜び楽しみ、この音は明るくかつ和やかだ。軽風が紅塵を起こし、静かな水に微かな波が立つ。優れた韻律が天の路を駆け上がり、衰えゆく響きが城壁に結びつく。仁の声は八方に及び、威勢は九遐に震う。ああ、甲冑の士よ、努めよ、皇家を思え。
思悲公のことを思い、袞衣を懐かしむ。東の国は何を悲しむのか、公は西に帰る。公が西に帰ると、二叔(管叔・蔡叔)は流され、幼い主君は既に悟り、倒れた禾は復活した。倒れた禾が復活し、聖なる志は伸ばされた。新たな都を営み、この民に従う。この民に従い、徳はただ明らかである。礼を制定し楽を作り、頌の声を興す。頌の声が興り、嘉祥をもたらす。鳳凰が鳴き集い、万国は安泰である。万国が安泰でも、なお止むことはない。髪を握り、食事を吐き出して、多くの士を迎える。わが君のみが、伊尹・周公を継ぐ。盛世をこの目で見る、他に何を求めようか。
雍州の士は多く心を離し、荊州の民は怨みの情を抱いた。二凶(劉劭・劉濬)は己の徳を量らず、難を構えて兵を称えた。王の使者は朝廷の命を奉じ、正しい言葉で朝廷に従わぬ者を糾弾した。上宰(宰相)は九伐の法を宣べ、万里に長い旌旗を掲げた。楼船は江辺を覆い、四頭立ての甲冑馬車は重なる飾りを飛ばした。徳に帰する者は後れを戒め、勇を売る者は先に鳴ることを尚んだ。逆徒は既に渡れず、愚者と智者もまた互いに傾いた。霜のように鋭い刃先がまだ染まらぬうちに、鄢郢は忽ちにして清まった。西川には潜む鱗はなく、北の水辺には奔る鯨がいた。威を凌いで天府に至り、一戦で三城を平らげた。江漢は美しい教化を被り、宇宙は太平を歌った。ただ我が東郡の民は、かつて深く誠を推し量ったものであった。
城南で戦い、黄塵が立ち衡める。丹の旌旗は電光のように燃え、太鼓は雷のように震える。強敵は猛く、軍馬は盛んである。野原に横たわり連なり、雲が屯するかのようだ。大義に従い、天地人の三霊に応える。義に感じるところあれば、兵士は命を忘れる。長剣を撃ち、繁弱(弓の名)が鳴る。飛ぶ矢はきらめき輝き、乱れ飛ぶ星のようだ。虎の騎兵は躍り、華やかな飾り毛は旋回する。朱い炎は延びて起こり、飛煙を騰げる。 驍 雄は斬られ、高い旗は奪い取られる。長い角笛が浮き立って叫び、清らかな天に響く。夷狄の群盗を平らげ、逆徒を滅ぼす。残された民は恵みに濡れ、蘇りを詠う。凱旋の楽を奏で、皇都に帰る。爵位を班け、捕虜を献上し、邦国は楽しむ。
巫山は高く、三峡は険しい。青い壁は千尋、深い谷は万仞。高く聳える岩は霊気を冠し、林は冥々としている。山鳥は夜に響き、朝の猿は互いに鳴き和す。洪波は迅く渦を巻き、流れては停まる。悲しげな商旅の客は、苦しい情を抱く。昔、陽九の厄年に、皇綱は微かであった。李氏(李勢)が天命を窃み、宣武将軍(桓温)が霊威を輝かせた。愚かなる逆賊の徒党は、再び乱の機会を踏みにじった。王の軍旅が討伐に迫り、首級を伝えて京師に至らせた。古く国を治めるには、ただ徳を貴んだ。力戦して民を虚しくするなら、顛墜せぬことは稀である。ましてや叛逆し道理に背くなら、どうして成し遂げられようか。汝ら巴の者よ、放肆するな。
陵に上る者は、互いに追い攀じる。繊細で麗しい衣服をまとって、綺や紈を振るう。童幼を連れ、高い山に登る。南に城闕を望めば、鬱然として盤桓する。王公の邸宅は、大通りのはしにある。高い甍に華やかな屋、朱い軒が並ぶ。深い谷に臨み、秋の蘭を摘む。士女は悠奕として、低湿地の原野に映える。営丘を指し、牛山に感じる。爽鳩氏(少皞氏の司寇)が既に没し、景公(斉の景公)が嘆いた。歳月の流れを嗟き、遊んで還らぬ。志気は衰え沮え、黒髪に白髪が混じる。野原に宿り、墳土は乾く。この累累たるものを見て、心中は酸い。生ある者は必ず死ぬ、また何を怨もうか。今日の楽しみを取り、情を展べて歓ぶ。
酒を進めよう、三朝(正月一日)を慶ぼう。繁雑な礼を備え、嘉肴を薦める。栄枯は入れ替わり、霜と霧が交わる。春の帯を緩め、朋僚を招く。車は旗と等しく、馬は鑣を揃える。温和で克己の心を抱き、林や川辺を楽しむ。士が志を失えば、怒りの情に労する。旨い酒を思い、遊び歩きに託す。徳を敗る者は、醇厚な酒を甘んじる。長夜に耽り、あるいは淫らで妖しい。舞いが屡々興り、卑しい歌謡が激しい。形はよろめき、声はわめき騒ぐ。頭が既に濡れれば、志もまた荒む。性命は天にあり、国家は亡ぶ。後の生を嗟き、節度なく杯を傾ける。酒の罪ではない、誰が災いとなろうか。
君の馬は麗しくかつ優雅で、鑣を揚げて逸る姿を騰がせる。駿足は流れる光景を踏み、高らかな歩みで軽やかに飛ぶものを追う。冉冉と六つの手綱は柔らかく、奕奕と金の飾りは輝く。軽やかな雲が羽蓋を翼とし、長風が淑やかな旗を靡かせる。范氏(范宣子)の御者となって、雍容として都の中を歩みたい。どうして詭遇(不正な手段で獲物を得る)の者を真似て、馳せ騒ぎ危機に趣こうか。鉛陵(地名)で良駟を策し、造父はこれに悲しんだ。呉坂の険峻さを怨まず、ただ伯楽の稀なことを恨む。あの岐山の盗賊を赦し、実に韓原の戦いの師となった。どうして漢や魏の君主は、情を恣にして私利を営んだのか。疲れた民は藜藿を甘んじ、厩の馬は肥え過ぎることを患う。人と畜がその養いを取り替えるなら、蒼生はどこに帰ろうか。
芳しい樹は北の庭に生え、豊隆(雷神)が正に裴徊する。翠色の穂先は冬を凌いで秀で、紅い花は春を迎えて開く。佳人は幽かな室に閑かにして、恵みの心は婉にして和らぐ。蘭の房は綺麗な幌を掩い、緑の草は長い階に覆われる。日夕に雲の際を遊び、帰る禽は同じく棲むことを命じる。皓月は素景に満ち、涼風が中閨を撫でる。哀しい弦は虚堂に調べ、要妙で清らかかつ悲しい。嘯歌は激楚の調べを流し、この碩人(賢人)の懐を傷む。梁の塵は丹帷に集まり、微風が羅の袿を揚げる。どうして良き時の過ぎることを怨もうか、ただ良き願いが乖れることを惜しむ。
思うところがある、昔の人を思う。曾子と閔子騫の二人は、親を善く養った。和やかな顔色で、朝夕の礼を奉じた。至誠は烝烝として、明らかな神に通じた。鄒の孟軻は、斉の卿となった。身分に応じて禄を受け、栄華を貪らなかった。道が用いられず、ただ柱に寄りかかった。三度の移転で既に責められ、礼義は明らかになった。飛ぶ鳥は集まり、猛獣は付き従った。功が成り事が畢わって、ようやく更に娶った。我が生を哀しむ、凶なる天に遭う。幼くして荼毒に罹り、艱難辛苦を備えた。慈愛の顔は絶え、会う因縁がない。長く思い永く思って、邱墳に託す。
雉の子が原沢に遊び、初めは耿介な心を抱く。飲み啄むことは勤苦ではあるが、園林に棲むことを願わない。古に避世の士がおり、志を高く清らかな霄の岑に抗した。浩然として卜肆に身を寄せ、櫂を揮って川の陰に通じた。風塵の外に消遙し、髪を散らして鳴琴を撫でた。卿相は顧みる所ではなく、まして千金などどうしてか。功名は美しくないわけではないが、寵辱もまた相次ぐ。氷と炭が六府に結び、憂虞が胸襟に纏わる。当世には大度が必要で、己を量れば任に堪えぬ。泉流の戒めを三度繰り返し、自ら驚くこと既に深し。
上邪であれば下は正し難く、多くの曲がったものは矯正できない。音が和すれば響きは必ず清く、端正な影は直く立つ柱に縁る。大いなる教化は仁風を揚げ、斉(同じ)の人はなお倒れた草のようだ。聖王が既に没すれば、誰が至道を弘められようか。春が開けて柔らかな露が湛えられ、終わりに代わって厳しい霜が粛とする。平穏な時は孔子・孟子を貴び、政治が弊れると申不害・商鞅を待つ。孝公(秦の孝公)は賞罰を明らかにし、六世(孝公から始皇まで六代)に至るまでなお盛んであった。李斯が濫刑を肆にすれば、秦氏が亡びた所以である。漢の宣帝は中興を隆盛にし、魏の太祖(曹操)は三方を寧んじた。あの針と石(薬石)に譬えれば、疾に効く故に良しと称される。『行葦』(詩経)は厚くないわけではないが、悠々としてどうして尽きようか。琴瑟が時に調わなければ、弦を改めて更に張るべきだ。ましてや天下を治めるには、この要はどうして忘れられようか。
高台に臨み、天の衢を望む。飄然として軽く挙がり、太虚を凌ぐ。列子を携え、帝郷を超える。雲の衣に雨の帯、風に乗って翔る。厳かな龍駕を整え、瑤台に会う。清らかな輝きが景に浮かび、蓬莱に溢れる。西海を渡り、洧盤で濯ぐ。雲の岳に佇立し、幽蘭を結ぶ。迅風を馳せ、炎州を遊ぶ。願わくば桑梓(故郷)を言い、旧遊を思う。霄の蓋を傾け、電の旌を靡かせる。あの天の途に降り、窈冥に頽る。仙の族を辞し、人の群れに帰る。忠を懐き義を抱き、明君に奉る。窮達に任せ、遭う所に随う。どうして遠く思いを馳せて、心を労させようか。
遠方より来る千里の客を待ち、厳かに駕を整えて良辰を候う。近く城郭の友に命じ、汝らはみな懿親である。高門は双闈を開き、長い筵に嘉賓を列ねる。中唐で六佾の舞い、三廂に楽人を羅列する。簫管は悲しき音を激しくし、羽毛は華やかな文を揚げる。金石は高い宇に響き、弦歌は梁塵を動かす。長い竿は巧みで敏捷、九劒もまた神に入る。善に遷るは雅調より自ずから、化を成すは清均より由る。主人は隆慶を垂れ、群士は身を忘れて楽しむ。我が聖明の君が、近き期に万春を保たんことを願う。
石の上の流水は、湔湔とその波を立てる。幽かな岫より発源し、永く長河に帰る。あの逝く者を瞻れば、歳月もまた共にある。子(孔子)が川上にあり、ただ懐いを増すのみ。我が殷なる憂いを嗟き、載せて労し寤寐する。この百の罹いに遭い、志あれど遂げられず。行く年は倏忽として、長き勤めがこれに嬰る。永く世を没するを言い、この成らざることを悼む。幸いに開泰に遇い、嘉運に沐浴する。帯を緩めて安らかに寝る、また何を慍ろうか。古の仁を為すは、自ら己に求む。虚ろな情で遥かに慕うも、終には徒らなるのみ。
『景祐広楽記』によると、文字に誤りがあり、声と詞が混在して書かれている。宋の鼓吹鐃歌辞四篇は、旧史が言うには、解釈ができない。漢の鼓吹鐃歌十八篇は、『古今楽録』によると、すべて声、詞、艶が混ざり合っており、再び分けることができない。
楽志四『霊芝篇』:「伯瑜は七十歳で彩衣を着て親を楽しませた。」○「伯瑜」の一つの版本は「伯俞」と作る。〈臣照〉按:『困学紀聞』が陳思王を引用し、この二語について言うには、人はただ老萊子の事を知るだけで伯瑜を知らず、顧みるに老萊子と伯瑜が果たして二人なのかどうかもまた考証するすべがない。
『孟冬篇』:「鐘を撃つ位余り無し」。○『曹植集』では「鐘を撃ち釂して余り無し」と作る。
『碣石篇』。○〈臣承蒼〉按:この曲の詞はすなわち前の二十一卷に載せられた『歩出夏門行』四解の一つであり、魏の武帝の作である。
『芳樹曲』:「人の子を妬みて悲しみ人を殺す」。○妬:一つの版本は「如」と作る。
漢の第五曲『翁離』は今の第五曲『旧邦』である。○翁:晋書は「雍」と作る。〈臣承蒼〉按:晋の鼓吹歌曲の中に『時運』が多く一篇あり、題して『古{扌雝}離行』という。「{扌雝}」は「雍」と通じ、「翁」と作るのは誤りである。
『霊之祥』篇:「呉の寇勁し」。○勁:『晋書』は「叛」と作る。
『宣受命』篇:「毫は乃ち震死し天下寧し。」○死:『傅集』は「斃」と作る;『晋書』では「寧」の上に「安」の字がある。
『征遼東』篇:「淵既に首を授く」。○淵:『晋書』は「公孫」と作る、『傅集』も同じ。〈臣承蒼〉按:『晋書』は唐の太宗の時に完成し、高祖の 諱 を避けたため、「公孫」と称し、後人が『傅集』を校刻する際に再び『晋書』に拠って改竄し「淵」と作ったのである。
『宣輔政』篇:「雲沢雨施す」。○沢:『晋書』は「行」と作る。
『景龍飛』篇:「聡鑑玄く発す」。○「発」の字は『晋書』及び『傅集』ともに「察」と作る。
『平玉衡』篇:「洪業を纂成す」。○成:『晋書』『傅集』ともに「戎」と作る。
『文皇統百揆』篇:「武将四隅を鎮む」。○諸本はすべて「武皇四寓を鎮む」と作るが、今『晋書』『傅集』に拠って改正する。
『惟庸蜀』篇:「腹心同じく良図を献ず」。○『晋書』には「同」の字がない。
『天序』篇:「天序」〈句〉「歴に応じて禅を受く」〈句〉。○『晋書』では「天序歴」を一句とし、「応受禅」を一句とする。
『仲秋獮田』篇に「鷹揚猶周尚父從天以殺伐」とある。○『 晉 書』には「周」の字がなく、また「從」を「順」としている。
『從天道』。○『 晉 書』では『順天道』としている。〈臣承蒼〉が按ずるに、沈約は斉に仕えて『宋書』を作り、その後また梁の武帝の時代に顕職にあった。父の名は順之であるため、凡そ「順」の字は全て「從」に改められており、なお「順」の字を用いているものは、おそらく伝写の誤りであろう。
『從天道』篇に「三時亦講武事」とある。○「亦」は、『 晉 書』では「示」とし、「三時示」を句としている。
また「將如虎惟虓虎」とある。○『 晉 書』では「如」の字の下に「虓」の字がある。
また「受茲百祿嘉萬年」とある。○「嘉」は、『 晉 書』では「壽」としている。
『唐堯』篇に「披圖按先籍有其證靈」とある。○『 晉 書』では「靈」の字の下に「液」の字がある。〈臣承蒼〉が按ずるに、原文には「液」の字があったはずで、後人がこの二句の韻が合わないと疑い、故に一つの「液」の字を除いて「靈」の字を上文の「繩、徵、矜、陵」等の字と一つの韻に合わせたのであろう。古人の詩歌において、凡そ今、庚、青部の字は、いずれも蒸部と同用しないことを知らない。もしこの「液」の字を残しておけば、則ち上句の「籍」の字と別に一つの韻をなし、より合致するのである。
『秋風』曲に「志士思立功」とある。○ある版本では「思立功」の三字を重ねている。
『君馬』篇に「願為范氏驅,雝容步中畿,豈效詭遇子馳騁趣危機」とある。○〈臣承蒼〉が按ずるに、「范氏」の二字は「範我」と作るべきを疑う。下文の「詭遇」と対になる。第十曲の『有所思』篇が直ちに孟子が斉の卿となった事を述べているのを見れば、その意図するところが見える。
『上邪』篇に「上邪下難正,眾枉不矯」とある。○〈臣承蒼〉が按ずるに、『漢鼓吹鐃歌』の第十二曲は「上邪」といい、本来意味はなく、「邪」の字はおおよそ「耶」と同じで語助辞である。繆襲や傅玄はその名を全て改め、漢の曲の順序に依りながらも文意はそれぞれ異なる。第十二曲は皆「上邪」の二字を用いていない。何承天が作るに至って、直ちに上下の「上」、邪正の「邪」とし、その『雍離』一篇(あるいは『{扌雝}離』とも作る)もまた意味はなく、何承天は直ちに雍州の「雍」、離合の「離」とし、冒頭に「雍士多離心」と云っている。されば古人が楽府を作るのは、ただそれぞれその意のままに行ったのであり、定式があったわけではない。古今楽録には曲を作った所以の意を言っているが、後の作者もまた全てに拘るわけではなく、その音節に至っては、ますます考証することができないのである。