巻21

宋書

志第十一 楽三

『但歌』四曲は、漢代に由来する。弦楽器の伴奏がなく、演じる際には、最初に一人が歌い、三人がそれに和する。魏の武帝は特にこれを好んだ。当時、宋容華という者がおり、澄み切った美しい声で、この曲を歌うのが巧みで、当時特に絶妙とされた。晋代以降は伝承されず、ついに絶えた。『相和』は、漢代の古い歌である。弦楽器と管楽器が互いに和し、拍子を取る者が歌う。本来は一部であったが、魏の明帝が二つに分け、夜ごとに交代で宿直させた。本来は十七曲あったが、朱生、宋識、列和らが再び合わせて十三曲とした。

六龍に駕して風に乗りて行く、四海の外を行く。路は下って八邦に至り、高山に登り、渓谷に臨み、雲に乗って行く、四海の外を行き、東は泰山に到る。仙人の玉女、下り来て翱游し、六龍を驂駕し、玉漿を飲む、河水尽きて、東に流れず。愁腹を解き、玉漿を飲む。奉持して行く、東は蓬莱山に到る。上は天の門に至る。玉闕の下、引見されて入ることを得、赤松子と相対し、四面を顧み望めば、正に焜煌として輝く。王の心を開き正に興り、その気百道より至り、伝え告げて窮まり無し。その口を閉じ、ただ気を愛すべし、寿万年。東は海に到り、天と連なる。神仙の道は、窈より出で冥に入る。常に専らすべく、心恬憺として愒欲する所無く、門を閉じて坐して自ら守り、天と期気を同じくす。神の人を得んことを願い、雲車に乗駕し、白鹿を驂駕し、上は天の門に到り、来たりて神の薬を賜わん。跪いてこれを受け、神を敬い斎す。かくの如くならば、道自ずから来たる。華陰山、自ら大なりと為し、高さ百丈、浮雲これが蓋と為る。仙人来たらんと欲すれば、風に随いて出で、雨を削ぐ。我が洞簫を吹き瑟琴を鼓すれば、何ぞ誾誾たる、酒と歌と戯れ。今日相楽する誠に楽と為す、玉女起ち、起ちて舞い数時に移る。鼓吹何ぞ嘈嘈たる、西北より来る時、仙道多く煙に駕し、雲に乗り龍に駕す、鬱として何ぞ蓩蓩たる。八極を遨游し、乃ち崑崘の山に到る、西王母の側。神仙金止玉亭、来る者は誰ぞ?赤松子、王喬、乃ち徳旋の門。楽しく共に飲食して黄昏に到り、多く駕を合せ坐し、万歳長く宜しく子孫たるべし。君山に游び、甚だ真なり、磪{石嵬}砟硌、爾自ら神と為る。乃ち王母の台に到り、金階玉を堂と為し、芝草殿の傍に生ず。東西の廂、客堂に満つ。主人まさに行觴すべく、坐する者長寿にして遽かに何ぞ央からん。長楽甫始宜しく孫子たるべし、常に願わくは主人の年増し、天と相守らんことを。

その初め生まるるや、造化の物を陶むるに、終期有らざるは莫し。終期有らざるは莫し、聖賢も免れず、何ぞこの憂いを懐かん。螭龍の駕を願い、崐崘に居らんと思いを馳せる。崐崘に居らんと思いを馳せれば、迂怪に期を見、志意は蓬莱に在り。志意は蓬莱に在れば、周孔の聖徂落し、会稽は以て墳丘と為る。会稽は以て墳丘と為れば、陶陶として誰か能く度らん、君子以て憂えず。年の暮れ奈何、時を過ぎ時来たりて微なり。

江南に蓮を採るべし、蓮葉何ぞ田田たり。魚は蓮葉の間に戯れ、魚は蓮葉の東に戯れ、魚は蓮葉の西に戯れ、魚は蓮葉の南に戯れ、魚は蓮葉の北に戯れる。

天地の間、人を貴しと為す。君を立てて民を牧し、これが軌則を為す。車轍馬迹、四極を経緯す。幽明を絀陟し、黎庶繁息す。於鑠なる賢聖、邦域を総統し、五爵を封建し、井田刑獄有り。丹書を燔く有り、普く赦贖する無し。臯陶の『甫刑』、何ぞ失職有らん。嗟哉後世、制を改め律を易う。民を労して君と為し、その力を役賦す。舜は食器を漆し、畔く者十国;唐堯に及ばず、棌椽を斲らず。世は伯夷を歎じ、以て俗を厲さんと欲す。侈は悪の大なるもの、儉は恭徳と為す。許由推譲す、豈に訟曲有らんや。兼愛尚同、疏なる者を戚と為す。

東光や!倉梧何ぞならざるや!倉梧腐粟多く、諸軍の糧に益無し。諸軍の游蕩子、早く行くこと多く悲傷なり。

山に登りて遠く望めば、谿谷多く所有す。楩柟千余尺、衆草の盛茂。華葉人目の燿く。五色紀すべく難し。雉雊き山雞鳴き、虎嘯き谷風起る。号羆我が道に当たり、狂顧して牙歯を動かす。

惟れ漢二十世、任ずる所誠に良からず。沐猴にして冠帯し、智小さくして謀強し。猶 して敢えて断ぜず、狩りに因りて君王を執る。白虹貫日の為と為り、己も亦先ず殃いを受く。賊臣国柄を持し、主を殺し宇京を滅ぼす。帝の基業を蕩覆し、宗廟以て燔喪す。西遷移に播越し、号泣して且つ行く。彼の洛城郭を瞻れば、微子の哀傷を為す。

関東に義士有り、兵を興して群凶を討つ。初期孟津に会し、乃ち心は咸陽に在り。軍合いて力斉わず、躊躇して雁行す。勢利人をして争わしめ、嗣いで還りて自ら相戕う。淮南の弟称号し、璽を北方に刻す。鎧甲蟣蝨を生じ、万姓以て死亡す。白骨野に露し、千里鶏鳴無し。生民百に一を遺す、これを念えば人膓を絶つ。

酒に対いて歌う、太平の時、吏門を呼ばず。王者賢く且つ明らか、宰相股肱皆忠良、咸く礼譲し、民争訟する所無し。三年耕して九年の儲け有り、倉穀満盈し、斑白負戴せず。雨澤かくの如く、五穀用いて成る。却って走馬を以てその土田に糞す。公侯伯子男の爵、咸くその民を愛し、以て幽明を 黜 陟し、子を養うこと父と兄の若き有り。礼法を犯せば、軽重その刑に随う。路に遺物を拾うの私無く、囹圄空虚、冬節人を断ぜず。耄耋皆以て寿終を得、恩徳広く草木昆虫に及ぶ。

鶏は高樹の顛に鳴き、狗は深宮の中に吠ゆ。蕩子何の所にか之く、天下まさに太平。刑法貸す有るに非ず、柔協して正しく乱名す。黄金君の門と為り、璧玉軒堂と為る。上に双尊の酒有り、作して邯鄲の倡を使わしむ。劉玉碧青の甓、後れ出でて郭門の王。舍の後方池有り、池の中双の鴛鴦。鴛鴦七十二、羅列して自ら行を成す。鳴声何ぞ啾啾たる、我が殿の東廂に聞く。兄弟四、五人、皆な 侍中 郎と為る。五日一時に来たり、観者道傍に満つ。黄金馬頭を絡め、熲熲として何ぞ煌煌たる。桃は露井の上に生じ、李樹は桃の傍に生ず、虫来たりて桃の根を齧めば、李樹桃に代わりて僵る。樹木身相代わり、兄弟還りて相忘れん!

烏は八、九子を生み、端坐して秦氏の桂樹の間に在り。 唶 我が秦氏、家に游遨蕩子有り、工みて睢陽の強き蘇合の弾を用う。左手に強弾を持ち、両丸烏の東西に出づ入りす。 唶 我が一丸即ち発して烏の身に中り、烏死して魂魄飛揚して上天す。阿母烏の子を生める時、乃ち南山の巌石の間に在り。 唶 我が人民安んぞ烏子の処を知らん、蹊径窈窕として安んぞよりて通ぜん。白鹿乃ち上林西苑の中に在り、射工尚ほ復た白鹿の脯を得。 唶 我が黄鵠天を摩して極めて高く飛ぶも、後宮尚ほ復た亨煑するを得。鯉魚乃ち洛水の深淵の中に在り、釣鉤尚ほ鯉魚の口を得。 唶 我が人民生まるる各々寿命有り、死生何ぞ須いん復た前後を道わん。

平陵の東、松栢桐、何人なるかを知らず義公を劫う。義公を劫うて高堂の下に在り、銭百万両と走馬を交わす。両走馬、亦誠に難く、顧みて追吏を見れば心中惻たり。心中惻たり、血出でて漉れ、帰りて我が家に告げ黄犢を売らん。

故郷を捨て、家屋を離れ、遠く軍旅に従って万里の客となる。茨を分け、道を求め、足を踏み入れて独り窮地に陥り、道は狭く険しい。虎豹が吠え動き、鶏が驚き、鳥が群れを失い、互いに鳴き求める。南山に登り、どうして盤石を踏むのか、樹木が生い茂り鬱蒼と錯綜している。蒿草に寝て、松柏の陰に身を寄せ、涙が雨のように顔を流れ枕や敷物を濡らす。伴侶は少なく、次第に日々が零落し、愁い悩みひそかに自らを憐れみ、互いに痛み惜しむ。

今、ある人が山の曲がりくねった所にいて、薜荔を身にまとい女蘿を帯びている。目を細めて含み笑み、また笑うのに適い、あなたは私のしとやかさを恋い慕う。赤豹に乗り、文狸を従え、辛夷の車に桂の旗を結びつける。石蘭を身にまとい、杜衡を帯び、芳しい花を折り荃を抜いて思う人に贈る。暗い部屋にいて、ついに会えず、天の道は険しく困難で独り後に来る。孤立して立ち、山の上に、雲はどうしてゆったりと下にあるのか。深く暗く、昼も暗く、東風が吹き神霊の雨が降る。風がさらさらと、木がざわざわと、公子を思うだけで憂いが募る。

虹霓を駆り、赤雲に乗り、あの九疑山に登り王の門を経る。天の川を渡り、崑崙に至り、西王母に会い、東君に謁見する。赤松子と交わり、羨門に及び、秘要な道を受け精神を愛する。芝の花を食べ、醴泉を飲み、杖には桂枝を、身には秋蘭を佩びる。人事を絶ち、渾元の世界を遊び、疾風のようにさっと漂う。影がまだ動かぬうちに、数千里を行き、寿は南山のごとくで過ちを忘れない。

周の西伯昌は、この聖なる徳を抱き、天下を三分してその二を有した。貢ぎ物を整えて奉り、臣下の節度を失わなかった。崇侯がこれを讒言したので、拘束された。〈一解〉

後に赦免され、斧鉞を賜り、征伐を行うことを許された。仲尼に称賛され、その徳行は広く知られ、なお殷に仕え、その美を論じ述べた。〈二解〉

斉の桓公の功績は、覇者の首位であり、諸侯を九度会合させ、天下を一匡した。天下を一匡し、兵車を用いなかった。正しくして詭計なく、その徳は伝え称えられる。〈三解〉

孔子が嘆賞し、夷吾(管仲)と共に称え、民はその恩恵を受けた。廟胙を賜り、下拝しないよう命じられた。小白(桓公)は敢えてそうせず、天威が顔の咫尺にあることを畏れた。〈四解〉

晋の文公もまた覇者となり、自ら天王に奉仕した。珪瓚、秬鬯、彤弓、盧弓、矢千本、虎賁三百人を賜った。〈五解〉

威をもって諸侯を服従させ、彼を師とする者は尊ばれ、八方に聞こえ、その名は斉の桓公に次いだ。河陽の会では、周王と詐称したので、その名は紛れ咲き乱れた。〈六解〉

秋風が蕭瑟として天気は涼しく、草木が揺れ落ち露は霜となる。〈一解〉

群れをなす燕は帰りを告げ鵠は南へ翔び、君が旅にいることを思うと腸が千々に乱れる。〈二解〉

満たされぬ思いで故郷を恋い慕う、君はなぜ他郷に長く留まるのか。〈三解〉

賤しい妾は孤独に空房を守り、憂いが来て君を思うことを敢えて忘れない。〈四解〉

知らず知らず涙が流れて衣裳を濡らし、瑟を引き鳴らして清商の調べを奏でる。〈五解〉

短い歌を微かに吟じて長くは続かず、明月が皎々と私の床を照らす。〈六解〉

天の川は西へ流れ夜はまだ明けず、牽牛星と織女星は遥かに見つめ合う、ただお前だけが何の罪で天の川に隔てられているのか。〈七解〉

仰ぎ見れば帷と幕、俯せて見れば机と筵。それらの物は以前のまま、その人は存しない。〈一解〉

神霊はたちまち、私を見捨てて遠く去った。仰ぎ見ることも頼りにすることもできず、涙が次々と流れる。〈二解〉

呦呦と鳴く遊ぶ鹿、草を銜えて子鹿が鳴く。ひらひらと飛ぶ鳥、子を抱えて巣に棲む。〈三解〉

私はただ一人で孤独に、この百の別れを胸に抱く。憂いの心はとても痛み、私のことを知る者は誰もいない。〈四解〉

人にも言うことがある、憂いは人を老いさせる。嘆け、私の白髪、生えるのはなんと早いことか。〈五解〉

長く吟じ永遠に嘆き、我が聖なる父を偲ぶ。仁者は長寿というが、どうしてそれを保てないのか。〈六解〉

別れの日はなんと易く会う日は難しい、山や川は悠かで道ははるかに続く。〈一解〉

鬱陶しい思いで君を思うが口に出せず、浮雲に託した手紙は行って戻らない。〈二解〉

涙が雨のように顔を流し形や顔を損ない、誰が憂いを抱いてただ一人嘆かないでいられようか。〈三解〉

心にわだかまりがあって伏せた枕で眠れず、衣をまとって戸を出て東西に歩く。〈四解〉

詩を広げ清らかに歌って自らを慰め、楽しみは去り悲しみが来て心肝を砕く。悲しい風は清く激しく秋の気は寒く、絹の帷はゆっくり動いて秦の軒を経る。〈五解〉

仰いで星月を戴き雲間を観る、飛ぶ鳥が朝に鳴き、その声と気配は哀れで、名残惜しく思いを巡らせて自らを保てない。〈六解〉

酒に向かい歌うべし、人生はどれほどのものか! まるで朝露のようで、過ぎ去った日々は苦しみが多い。〈一解〉

慨然として慷慨すべき、憂いと思いは忘れがたい。何をもって憂いを解くか、ただ杜康(酒)あるのみ。〈二解〉

青々としたあなたの襟、はるかなる私の心。ただあなたのため、今に至るまで沈吟する。〈三解〉

明るきこと月の如く、いつか掬うことができようか。憂いは内から湧き、断ち切ることはできない。〈四解〉

呦呦と鹿が鳴く、野の苹を食む。我に嘉賓あれば、瑟を鼓し笙を吹く。〈五解〉

山は高きを厭わず、水は深きを厭わず。周公が哺を吐き、天下は心を帰す。〈六解〉

朝に散関山に登る、この道はなんと困難なことか!朝に散関山に登る、この道はなんと困難なことか!牛は立ち上がらず、車は谷間に堕つ。盤石の上に坐り、五弦の琴を弾じ、清角の韻を作り、意中に煩いを述べる。歌をもって志を言う、朝に散関山に登る。〈一解〉

何という三老公か、突然我が傍らに来る。何という三老公か、突然我が傍らに来る。丸く裘を被り、常ならぬ人のようだ。あなたに言う、どうして困苦して自らを怨み、彷徨い求め、ここに来たのか。歌をもって志を言う、何という三老公か。〈二解〉

我は崑崙山に住む、いわゆる真人である。我は崑崙山に住む、いわゆる真人である。道は深く得るべきものあり。名山を歴観し、八極を遨游す。石を枕に流れを漱ぎ泉を飲む。沈吟して決せず、遂に天に昇る。歌をもって志を言う、我は崑崙山に住む。〈三解〉

去り去りて追うべからず、長恨相い牽き攀じる。去り去りて追うべからず、長恨相い牽き攀じる。夜毎にどうして安らかに眠れようか、惆悵として自らを憐れむ。正しくして譎らず、辞賦はこれに依因す。経伝の過ぎし所、西より来たりて伝えし所。歌をもって志を言う、去り去りて追うべからず。〈四解。また別本:晨‖上‖散‖関‖山‖、此‖道‖當‖何‖難。有‖何‖三‖老‖公、卒‖來‖在‖我‖傍‖。我‖居‖我‖崐‖崘‖山‖、所‖謂‖真‖人‖、去‖不‖可‖追‖、長‖相‖牽‖攀‖。〉

北に上り太‖行‖山‖に至る、艱しきかななんと巍巍たること。羊腸の阪は詰屈し、車輪これがために摧かれる。〈一解〉

樹木はなんと蕭‖瑟‖たることか、北‖風‖の聲‖正‖に悲し。熊羆は我に向かって蹲み、虎豹は道を夾んで啼く。〈二解〉

溪穀には少‖人‖民‖、雪‖落つることなんと霏‖霏‖たることか。頸を延べて長く歎息し、遠行多く懐う所あり。〈三解〉

我が心はなんと佛‖鬱‖たることか、思うに一たび東に帰らんと欲す。水深く橋梁絶え、中道正に裴回す。〈四解〉

迷惑して徑‖路‖を失い、暝れて宿‖棲‖する所なし。行く行く日を以て遠く、人馬同時に飢う。〈五解〉

儋‖囊を行き薪を取り、斧‖冰を持ちて糜を作る。彼の東山の詩を悲しみ、悠悠として我をして哀しましむ。〈六解〉

願わくは泰‖華‖山‖に登り、神‖人‖と共に遠く游ばん。崑崙山を経歴し、蓬萊に到る。飄颻として八極し、神人と俱にす。神薬を得んことを思い、萬歳を期とす。歌をもって志を言う、願わくは泰華山に登らん。〈一解〉

天地はどうして長く久しいのか、人の道はそれに比べて短い。世間では伯陽(老子)が老を知らなかったと言い、赤松子や王子喬もまた道を得たと言われる。道を得たという話は聞いたことがないが、せめて長寿を得たいものだ。歌をもって志を言う、天地はどうして長く久しいのか!〈二解〉

明るく輝く日月の光は、どこを照らさないことがあろうか。天地の二儀が聖人の教化と合わさり、貴いのはただ人だけではないか。万国の地はすべて、王の臣でないものはない。仁義を名とし、礼楽を栄えとする。歌をもって志を言う、明るく輝く日月の光よ。〈三解〉

四季がさらに過ぎ去り、昼と夜が積もって年となる。大人は天に先んじ、しかも天はそれに背かない。年の過ぎゆくことを悲しまず、世が治まらないことを憂う。存亡には天命があり、それを思い悩むのは愚かである。歌をもって志を言う、四季がさらに過ぎ去る。〈四解〉

悲しみに沈んで何を思うのか、笑い楽しむことが心の向かうところだ。盛んな壮年と知恵は、二度と戻ってこない。時を愛し進み取ろうとして、それを誰に恵もうというのか。ただ漫然と放逸にふけることも、また何の意味があろうか。歌をもって志を言う、悲しみに沈んで何を思うのか。〈五解〉

私は高い山に登ってお目にかかりたいが、山の頂は険しく大変難しい。遥かに五嶽の頂を見ると、黄金の楼閣がきらめいている。ただ芝草が見えるだけで、その葉ははらはらと散っている。〈一解〉

百鳥が集まり、煙のようにやってくる。山の獣が入り乱れ、麒麟や辟邪がその先頭にいる。鵾雞が声をあげて鳴き、ただ山の獣が、戯れ合い互いにからみ合っているのが見える。〈二解〉

さらに少し進んで玉堂へ行くと、まだ心は流れ帰ることを思っている。教えが伝えられて門から出てくると、門の外の人は何を求めるのか?言うところによれば聖なる道に従い、一つのことを得て命を延ばしたいという。〈三解〉

すべての役人に命じて言葉を受け、神薬を若木の先端から採取させよ。白兎が長跪して薬を搗き蝦蟇丸を作り、陛下に一つの玉の盤に奉り上げる。この薬を服すればすぐに仙人になれる。〈四解〉

その神薬を服すれば、誰もが喜ばないことはない。陛下は長生きして老寿を保ち、四方から恭しく拝礼し、天神が左右を守り助け、陛下は天と共に長く守り保たれる。〈五解〉

蒲が私の池の中に生え、その葉はなんと茂っていることか。傍らでは儀礼を行えるが、自分自身を細かく知ることはできない。衆人の口は黄金をも溶かし、あなたを生き別れにさせる。〈一解〉

あなたが私のもとを去られた時を思うと、独り愁いて常に苦しみ悲しむ。あなたのお顔を思い浮かべると、感慨が結ばれて心と脾臓を傷つける。今は毎夜毎夜愁えて眠れない。〈二解〉

豪傑や賢者であることを理由に、いつも愛していたものを棄て去ってはならない。魚や肉が貴いことを理由に、葱と薤を棄て去ってはならない。麻や枲が安いことを理由に、菅と蒯を棄て去ってはならない。〈三解〉

恩を忘れる者は苦い括(刑具)に遭い、船が転覆すれば常に沈没の苦しみがある。あなたに安らぎと落ち着きを教え、決して慌てふためかないようにさせたい。あなたと共に別れることを思うと、またいつか共に座り再び相対することができるだろうか。〈四解〉

外に出てもまた苦しい愁い、中に入ってもまた苦しい愁い。辺境の地には悲しい風が多く、木々はなんと寂しくそよぐことか。今日は楽しく共に楽しみ、延年長寿を千秋に祝おう。〈五解〉

悠々と洛陽の都を発ち、私の東征の旅が始まる。征行は二十日にも及び、隴陂の城に屯して角笛を吹く。〈一解〉

古き陣営の跡を見れば、我が皇祖が築かれたところ。家屋は昔のまま、棟や梁は傾くこともない。〈二解〉

いかにして我が皇祖は、隠れた徳と聖なる姿を潜められたか。亡くなっても朽ちず、書物に貴き名を残す。〈三解〉

輝かしき我が皇祖、軒轅の栄光と共に輝く。遺した教化は四海に広がり、八方は粛然と清まる。〈四解〉

たとえ呉や蜀の賊があろうとも、春秋には十分に兵を輝かせた。ただ我が皇祖を悲しむ、百年を永く享けられなかったことを。詩を賦して思いを記し、軾に伏して涙が纓を濡らす。〈五解〉

朝日に楽しく遊び、酣に飲んで酔いを知らず。悲しげな弦が新たな音を激しく奏で、長笛が清らかな気を吐く。〈一解〉

弦歌は人の腸を揺さぶり、座る者皆喜びに満ちる。寂寥たる高堂の上、涼風が我が室に入る。〈二解〉

満ちたるを保つも溢れぬよう、得る者は終わりを全うできる。君子は苦心多く、憂うことは一つだけにあらず。〈三解〉

慊々として白屋に下り、吐哺握髪の礼を欠かせず。賓客は満腹して帰るも、主人は全てを尽くせぬことを苦にする。〈四解〉

比翼で雲漢を翔けても、網を張る者にどうして捕えられようか。沖虚静謐にして自然を得れば、栄華など何の足りるものか。〈五解〉

山に登り薇を摘み、暮れ近く飢えに苦しむ。渓谷には風多く、霜露が衣を濡らす。〈一解〉

野の雉が群れをなして鳴き、猿や猴が追いかけ合う。故郷を振り返れば、鬱蒼と重なり合う山々。〈二解〉

高い山には崖があり、林木には枝がある。憂いは方なく来り、人はこれを知らない。〈三解〉

人生は仮の宿りの如し、多く憂えて何を為さん。今我楽しまずば、歳月は疾く過ぎ去る。〈四解〉

滔滔と流れる川、その中を行く舟あり。波に従い漂うこと、旅人のようである。〈五解〉

我が良馬に鞭打ち、軽やかな裘をまとう。馳せ駆けつつ、ただ憂いを忘れんとする。〈六解〉

朝には高台の楼閣に遊び、夕には華やかな池のほとりで宴を催す。大酋が甘い酒を捧げ、狩人が美味しい鳥獣を献上する。〈一解〉

斉の倡女が東方の舞を始め、秦の箏が西方の音を奏でる。南から来た客が、私のために清らかな琴を弾いてくれる。〈二解〉

五音が入り乱れて響き合い、拍子を取る者が微かな吟唱を激しく響かせる。淫魚が波に乗って聞き入り、躍り上がっては浮き沈みする。〈三解〉

飛ぶ鳥は翻り翔け舞い、悲しげに鳴きながら北の林に集まる。楽しみが極まると哀しい感情が湧き起こり、はっきりとした調べが肝心を引き裂く。〈四解〉

清角の音は確かに妙ではないか、しかし徳が薄い者が堪えられるものではない。偉大なる子野の言葉よ、弦を押さえて自ら慎もう。〈五解〉

古公亶甫は、徳を積み仁を後世に伝えた。一つの道を広めようと思い、賢明な王として豳の地にあった。〈一解〉

太伯と仲雍は、王者の徳としての仁を示した。その行いは百世に施され、髪を断ち身に文身を施した。〈二解〉

伯夷と叔齊は、古の時代に伝わる賢人である。国を譲っても用いられず、首陽山で餓死した。〈三解〉

智恵ある山甫よ、あの宣王を補佐した。どうして杜伯を用いたのか、我が聖賢を苦しめた。〈四解〉

斉の桓公の覇業は、仲父(管仲)を得たことに頼っていた。後に豎刁を任用したため、虫が戸口から流れ出た。〈五解〉

晏子平仲は、徳を積み仁を兼ね備えていた。世と共に沈み徳を保ち、必ずしも天命を思わなかった。〈六解〉

仲尼(孔子)の時代、王国が君主であった。制度に従って酒を飲み、波を揚げて官を使った。〈七解〉

自ら身の薄幸を惜しみ、早くから賤しく孤苦に遭った。三度の移住による教えもなく、庭を過ぎる時の訓戒も聞かなかった。〈一解〉

その困窮は引き裂かれるようで、自ら思うところの頼りとする者を思う。わずか一介の志を抱いても、この時にどうしてそれが叶えられようか。〈二解〉

貧賤に守られる者は貧しく賤しく、嘆き悲しんで涙が雨のように流れる。悲しみに泣き、どうして生きることを願って見ることができようか。〈三解〉

私は天の果てまで願う、琅邪は左に傾き倒れる。忠誠を尽くそうと欲しても、公が楚に帰るのを喜ぶ。〈四解〉

快人は嘆きと為し、抱く情を述べるを得ず。天の教えを人に顕わし行う、誰か知らぬことなく緒に就かぬは。〈五解〉

私の願いはいつ従うか、この嘆きもまた処し難し。今私は何を以て光燿に照らさん、銜むを解くは雨の如くならず。〈六解〉

我は往き我は征く、かの蛮虜を伐つ。師を練り卒を簡び、ここにその旅を正す。〈一解〉

軽舟は川を競い、初鴻は浦に依る。桓桓たる猛毅、羆の如く虎の如し。〈二解〉

枹を発すれば雷の若く、気を吐けば雨と成る。旄旍を指麾し、進退矩に応ず。〈三解〉

百馬轡を斉しくし、御は造父に由る。休休たる六軍、皆同じくこの武に同ず。〈四解〉

塗を兼ねて星に邁し、ここに行路の阻むを亮かす。行く行く日遠く、西は京許に背く。〈五解〉

游すること淹旬に及ばず、遂に揚土に届く。奔寇震懼し、敢えて当たり御するもの莫し。〈六解〉

虎臣列将、怫鬱して怒を免る。淮泗は肅清し、微所に奮揚す。〈七解〉

徳を運び威を燿かし、鎮め撫でるのみ。旆を反して帰るを言い、皇祖に入るを告ぐ。〈八解〉

赫赫たる大魏、王師征く。暑を冒して乱を討ち、威霊を振燿す。〈一解〉

舟を黄河に汎かせ、波に随いて潺湲たり。渠を通じ回り越え、行路綿綿たり。〈二解〉

采旄は日を蔽い、旗旒は天を翳す。淫魚は瀺灂し、深淵に游戯す。〈三解〉

ただ塘泊あり、流れに従うが如し。単ならざるが為に、揚楚を握る。心は惆悵し、『采薇』を歌う。心は綿綿たり、淮肥に在り。君が速やかに捷し早く帰還せんことを願う。〈四解〉

来る日は大難、口は燥き唇は乾く。今日相楽しまば、皆な当に喜ぶべし。(一解)

名山を経歴し、芝草は翻翻たり。仙人王喬、薬一丸を奉ず。(二解)

自ら袖の短きを惜しみ、内手して寒きを知る。霊輒無きを慚じ、以て趙宣に報ゆる無し。(三解)

月没し参横たわり、北斗闌干たり。親交門に在り、飢えて餐に及ばず。(四解)

歓ぶ日は尚少なく、戚しむ日は苦しく多し。何を以てか憂いを忘れん、箏を弾じ酒を歌う。(五解)

淮南八公、要道は煩わしからず。六龍に参駕し、雲端に遊戯す。(六解)

東門を出でて、帰るを願わず。来たりて門に入れば、悵然として悲しまんと欲す。盎の中に斗の儲え無く、還りて桁の上を見れば懸くる衣無し。(一解)

剣を抜きて門を出で去らんとすれば、児女衣を牽きて啼く。他家は但だ富貴を願うも、賤妾は君と共に餔糜す。(二解)

共に餔糜す、上は倉浪天の故を用い、下は黄口小児の為なり。今の時は清廉にして、教言を犯し難し、君また自ら愛して非を為す莫れ。(三解)

今の時は清廉にして、教言を犯し難し、君また自ら愛して非を為す莫れ。行け!吾が去るは遅しと為す、平穏に慎みて行け、吾が帰るを望め。(四解)

西山は何ぞかくも高き、高きこと殊に極まり無し。其の上に両仙僮有り、飲まず亦た食わず。我に一丸の薬を与う、光耀五色有り。(一解)

薬を服すること四五日、身体に羽翼生ず。軽く挙りて浮雲に乗り、倏忽として万億を行く。流覧して四海を観れば、芒芒として識る所に非ず。(二解)

彭祖は七百と称す、悠悠として安んぞ原めん。老聃は西戎に適し、於今竟に還らず。王喬は虚詞を仮り、赤松は空言を垂る。(三解)

達人は真偽を識り、愚夫は妄伝を好む。往古の事を追念すれば、憒憒として千万端なり。百家は多く迂怪にして、聖道は我の観る所なり。(四解)

日出でて東南の隅、我が秦氏の楼を照らす。秦氏に好女有り、自ら名づけて羅敷と為す。羅敷は蚕桑を喜び、桑を采る城南の隅。青絲を以て籠の係と為し、桂枝を以て籠の鉤と為す。頭上に倭堕髻、耳中に明月珠。緗綺を以て下帬と為し、紫綺を以て上襦と為す。行者羅敷を見て、下儋して髭須を捋う。少年羅敷を見て、帽を脱ぎて帩頭を著く。耕者は其の犂を忘れ、鋤者は其の鋤を忘る。来たり帰りて相怒怨むも、但だ坐して羅敷を観るに因る。(一解)

あなたが南から来られて、五頭立ての馬車がためらうように立ち止まった。あなたは役人を遣わして、誰の家の娘かと尋ねさせた。秦家に美しい娘がいて、自ら名を羅敷と称している。羅敷はいくつか?二十にはまだ足りず、十五よりはかなり上だ。あなたは羅敷に言った、どうか一緒に車に乗ってくれないか?羅敷は前に進み出て言った、あなたはなんと愚かな方でしょう!あなたにはご自分の妻がおり、羅敷には自分の夫がいます。〈二解〉

東方に千余騎、私の夫はその先頭におります。どうやって夫を見分けるか?白馬に乗り、黒い子馬を従えています。青い糸で馬の尾を結び、黄金で馬の頭を飾っています。腰には鹿盧の剣を帯び、その価値は千万余りにもなります。十五で役所の下級吏、二十で朝廷の大夫、三十で侍中郎、四十で一城の長となりました。人となりは清らかで白く、髭もふさふさと立派です。ゆったりと役所を歩き、ゆるやかに官庁の中を歩む姿は、座中の数千人、皆が夫の非凡さを語ります。〈三解〉前に艶詞曲があり、後に 趨 がある。

西門を出て、歩きながら思う。今日楽しみを作らなければ、いつを待とうというのか。〈一解〉楽しみを為すとは、楽しみは時に応じて為すべきもの。どうして座して愁い鬱屈し、再びここに来るのを待てようか。〈二解〉醇酒を飲み、肥えた牛を焼く。心の喜ぶ者を呼び、これをもって憂いを解くべし。〈三解〉人生は百年に満たず、常に千年の憂いを抱く。昼は短く夜は長い、どうして燭を手に持って遊ばないのか。〈四解〉自‖ず‖か‖ら‖仙‖人‖王‖子‖喬‖で‖な‖け‖れ‖ば‖、寿‖命‖を‖計‖ら‖い‖会‖う‖こ‖と‖は‖難‖し‖い‖。〈五解〉人の寿命は金石の如くならず、年命をどうして期することができようか;財を貪り費用を惜しむのは、ただ後世に嗤われるだけである。〈六解〉。ある版本では「燭遊」の後に「行き去ること雲の除くが如く、弊れた車と痩せた馬が自らを推す」とあり、「自非」以下の四十八字はない。

黙々と悪行を重ねれば、その罰は事に随って来る。末喜が龍逢を殺し、桀は鳴条に流された。〈一解〉

祖伊の言葉が用いられず、紂の首は白旄に懸けられた。鹿を指して馬と為し、胡亥はこれによって身を喪った。〈二解〉

夫差は命絶えるに臨んで、ようやく子胥に負うたと言った。戎王が女楽を受け入れたため、その由余を失った。璧と馬の禍は虢に及び、二国ともに廃墟となった。〈三解〉

三人が虎が市にいると言えば、慈母でさえ機の梭を投げ出して逃げる。卞和が足を刖られ、接予は草廬に帰った。〈四解〉

盛んな園の桃、実がなく空しく育つ。虚ろな美は偽り難く、片輪だけでは走れない。〈一解〉

淮陰侯は五刑に処せられ、鳥尽きて弓蔵まる。身を保ち名を全うしたのは、子房ただ一人である。大きな憤りは収まらず、褒めたたえる衣には帯がない;多く語り誠実さに欠ければ、ただ事を敗るのみ。〈二解〉

蘇秦の説により、六国は滅亡した。主君を売って傾き倒れ、車裂きにされるのは当然である。賢いことよ陳軫、忠誠があり謀略に富み、楚の懐王が従わなかったため、禍いはついに救えなかった。〈三解〉

禍いなるかな呉起、智は小さく謀は大きい、西河ではいかに健やかであったか、伏した屍はいかに劣っていたことか。〈四解〉

ああ、かの郭生、古の雅人、智恵ある燕の昭王、臣を得たと言えよう。高きかな仲連、斉の高士;北では千金を辞し、東では滄海に蹈んだ。〈五解〉

飛んで来た一対の白い鵠、西北の方からやって来た。十羽、五羽と、整然と列を成している。〈一解〉

妻が突然病気にかかり、歩いて付いて行けなくなった。五里ごとに一度振り返り、六里ごとに一回ためらう。〈二解〉

私はお前をくわえて連れて行きたいが、口が堅く閉じて開かない;私はお前を背負って行きたいが、羽毛はなんと衰え萎えていることか。〈三解〉

楽しきかな新たな知己、憂い来たりて生別離を生ず。躊躇して群れの伴侶を顧み、涙下るも自ら知らず。〈四解〉

君との別離を思えば、気塞がりて言うこと能わず。各々重ねて自らを愛しめ、道遠く帰り還ること難し。妾は空しき房を守り、門を閉じて重ねて関を下さん。若し生きて当に相見えん、亡き者は黄泉に会わん。今日楽しみて相楽しみ、延年万歳の期せん。〈「念與」以下は趨曲、前に 豔 あり。〉

雲行き雨歩み、九江の臯を超越し、臨観して異同す。心意は游 を懐き、復た何に従うべきかを知らず。経過して我が碣石に至り、心は惆悵として我が東海を思う。〈「雲行」ここより豔。〉

東に碣石に臨み、以て滄海を観る。水は何ぞ淡淡たり、山島は竦峙す。樹木は叢生し、百草は豊茂なり。秋風蕭瑟として、洪濤湧き起こる。日月の行くこと、若し其の中より出ずるが如し;星漢燦爛として、若し其の裏より出ずるが如し。幸いなるかな至れるかな!歌を以て志を言わん。滄海を観る。〈一解〉

孟冬十月、北風裴回す。天氣は肅清にして、繁霜霏霏たり。鵾雞は晨に鳴き、鴻鴈は南に飛び、鷙鳥は潜蔵し、熊羆は窟に棲む。錢鏄は停置し、農の収は場に積む。逆旅は正に設けられ、以て賈商を通ず。幸いなるかな至れるかな!歌を以て志を詠わん。冬十月。〈二解〉

郷土同じからず、河朔は隆寒なり。流澌は浮漂し、舟船は行くこと難し。錐は地に入らず、豊藾は深奧なり。水は竭きて流れず、冰は堅くして蹈むべし。士隠者は貧しく、勇俠は非を軽んず。心は常に歎怨し、戚戚として悲しみ多し。幸いなるかな至れるかな!歌を以て志を詠わん。河朔寒。〈三解〉

神龜は壽なりと雖も、猶お竟うる時有り;騰蛇は霧に乗ずるも、終には土灰と為る。驥は老いて歷に伏すも、志は千里に在り;烈士は暮年も、壯心已まず。盈縮の期は、但だ天に在るのみに非ず;養怡の福は、永年を得べし。幸いなるかな至れるかな!歌を以て志を詠わん。神龜雖壽。〈四解〉。

何ぞ嘗て快く独り憂い無からんや?但だ醇酒を飲み、肥牛を炙るべし。〈一解〉

長兄は二千石たり、中兄は貂裘を被る。〈二解〉

小弟は官爵無きと雖も、鞍馬{馬反}{馬反}として、王侯長者の間を往来して遊ぶ。〈三解〉

但だ王侯の殿上に在りて、快く独り摴蒲六博し、対坐して碁を弾ずべし。〈四解〉

男兒世に居るは、各々努力すべし;䠞迫して日暮るれば、殊に久しく留まらず。〈五解〉

少小より相触れ抵い、寒苦は常に相随う、忿恚は安んぞ足らんとして諍わん、吾は中道にて卿と共に別離せん。身を約めて君に奉事し、禮節は虧くべからず。上は滄浪の夫に慚じ、下は黄口の小兒を顧みん。奈何ぞ復た老いて心皇皇たり、独り悲しむ誰か能く知らん!〈「少小」以下は趨曲、前は豔。〉

酒を高殿上に置き、親交我に従いて遊ぶ。中廚は豊膳を辦し、羊を烹り肥牛を宰つ。秦箏は何ぞ忼慨たり、齊瑟は和して且つ柔なり。〈一解〉

陽阿は奇舞を奏し、京洛は名謳を出す。楽飲して三爵を過ぎ、緩帯して庶羞を傾け、主は千金の壽を称し、賓は萬年の酬を奉ず。〈二解〉

古い約束は忘れてはならず、終わりを疎かにするのは道義に反する。謙虚な君子の徳は、身をかがめて何を求めるのか。盛んな時は二度と来ず、百年はあっという間に過ぎ去る。〈三解〉

激しい風が白日を吹き払い、光景は西へと流れ去る。生きて華やかな屋敷に住み、やがては零落して山丘に帰る。昔の人で誰が死ななかったか、天命を知ればまた何を憂えようか!〈四解〉

楽しみも束の間、世の険しさに遭い、このような多くの離別に逢う。孤独で苦しみ、憂いと憤りに耐え難い。遠く北極星を望めば、夜明けに月が移る。憂いが心に満ち、誰が私を理解してくれようか。〈一解〉

心配事が多く思慮に沈み、不安で落ち着かない。禍福は形がなく、ただ古人を思い、位を譲り自ら耕作したことを思う。私の願いを遂げ、これによって自ら安らぎを得る。山に棲むことを卑下し、この一つの栄誉を守る。〈二解〉

晩秋の冷たい風が吹き起こる。西の海を踏みしめ、心は安らかでない。衣をまとって夜を眺め起きれば、北斗星が傾いている。星漢が私を照らし、去り去ることに他意はない。両親に仕え奉る、その労苦は言い尽くせない。〈三解〉

困窮と栄達は天のなすところ、智者は憂えず、多くを為して憂いは少ない。貧しさに安んじて正道を楽しみ、あの荘周に学ぶ。名を遺す者は貴く、子熙は同じく険しい道を行く。過ぎ去った二人の賢者は、名を千秋に垂れる。〈四解〉

酒を飲み歌い舞う、楽しめないなら何の必要があろうか!善いかな、日月を観照せよ、日月は疾駆する。世間は 轗軻 として、何があり何がないというのか!財を貪り費を惜しむ、これはなんと愚かなことか!命は石を穿ち火を見るが如く、世に住んでいったいどれほどの時があるのか?ただ楽しみ自らを慰め、心を尽くして喜びを極めるべきだ。善く養って君の徳性を保ち、百年この長寿を保つ。〈「飲酒」以下は趨。〉

夏門を歩み出て、東に首陽山に登る。ああ、伯夷と叔齊よ、仲尼は賢者と称えた。君子は退譲し、小人は先を争う。ただこの二人だけが、今に至るまで伝え称えられる。林鐘の律が謝を受け、節気は改まり時は移る。日月は留まらず、誰が久しく存することができようか。善いかな、実に善い、弦歌は情を楽しませる。〈一解〉

秋風が夕方に吹き起こり、あの秋の蝉を悲しむ。形を変え色を易え、風に従って東西する。そこで西を顧みれば、雲霧が相連なり、丹霞が日を蔽い、采虹が天を帯びる。弱水は潺潺と流れ、落葉は翩翩と舞い、孤禽が群れを失い、その間に悲鳴をあげる。善いかな、実に善い、悲鳴がその間に響く。〈二解〉

朝に 清泠 の地に遊び、日暮れに帰るを嘆く。〈「朝游」より上は豔。〉日暮れに迫られ、烏鵲が南へ飛ぶ。樹を三たび巡り、どの枝に依りつけようか。突然風雨に遭い、樹は折れ枝は砕ける。雄が来て雌を驚かせ、雌は独り愁い棲む。夜に群れの伴侶を失い、悲鳴をあげて徘徊する。 芃芃 と茂る荊棘、葛は綿々と生い茂る。あの風人の詩に感じ、惆悵として自らを憐れむ。月は満ちれば欠け、花は再び繁らぬ。古来の言葉、ああ、この一言よ。〈「䠞迫」以下は趨。〉

王者は大いなる教化を布き、天に配し后土の神を敬う。陽が育てば陰は殺し、日影は度に応じて移る。〈一解〉

文徳は時に応じて振るい、武功は従わぬ者を討つ。重華(舜)は干戚を舞わせ、有苗は媯(舜の姓)に従った。〈二解〉

愚かなる呉と蜀の虜どもよ、江に憑り山の険阻に棲む。哀れなる王の士民よ、仰ぎ頼るものがない。〈三解〉

皇上はこれを悼み哀れみ、かつて天の怒りを奮い起こされた。許昌の宮より発し、舟を長浦に列ねる。〈四解〉

翌日は波に乗って進み、櫂歌は悲しくかつ涼しい。太常(旗)が白日を払い、旗幟は多く張り巡らされる。〈五解〉

旗と鉞を掲げて抗い、あの地に威光を輝かせよう。罪を討って民を弔い、我が東南の国境を清める。〈「將抗」以下は趨(曲の速い部分)である。〉

孝和帝の御代、洛陽令の王君は、もともと益州広漢の民であり、若くして官途につき、五経論に通じた。〈一解〉

法令を明らかに知り、代々の名門の出である。温から補任されて洛陽令となり、統治の実績は賢明で、百姓を擁護し、万民を子のように養った。〈二解〉

外には厳しい政務を行い、内には慈しみと仁愛を抱いていた。文武の才を備え、民の富貧を把握し、悪しき者の姓名を移し、五篇の法令を里の端に掲げた。〈三解〉

人を傷つけ殺せば、五家連座で同じ罪となり、向かい合う家も同罪とした。八尺の鎦矛を禁じ、軽薄な若者を捕らえ、笞を加えて罪を裁き、馬市で論告した。〈四解〉

不当に賦課を課すことなく、冤罪を正すことに心を砕き、役人に命じて獄を正し、煩瑣なことをさせなかった。費用として銭三十を用い、縄と礼竿を買った。〈五解〉

賢いことよ、賢いことよ、我が県の王君よ。臣下や官吏たちは、皇帝に仕えた。功曹や主簿も、みな適任の者を得た。〈六解〉

管轄区域に臨み職務につき、私情で恩赦を行わなかった。身を清くし苦労を厭わず、朝から晩まで勤労に励んだ。統治に有能な名声があり、遠近に知れ渡った。〈七解〉

天寿を全うせず、早くも亡くなられた。君のために祠を建てた、安陽亭の西に。後世に伝えられ、称えられることのないことがないようにと願って。〈八解〉

晴れた空は山の上の雲のようで、明るく輝くのは雲間の月のようだ。あなたに二心があると聞いたので、わざわざ別れを告げに来た。〈一解〉

これまで共に城の中で暮らしてきて、どうして酒を酌み交わすことがなかっただろうか。今日酒を酌み交わしても、明日の朝には溝のほとりで。御溝の上を小刻みに歩き、溝の水は東へ西へと流れる。〈二解〉

郭の東にも樵(薪を取る者)がおり、郭の西にも樵がいる。二人の樵が互いに押し合い、親しい者もいないのに誰のために誇るのか?〈三解〉

悲しみに悲しみ、嫁に行く時も泣きはしない。ただ一人の心ある人を得て、白髪になるまで離れずにいたい。〈四解〉

竹竿はなんとしなやかで、魚の尾はなんと揺れていることか。男が互いに知り合おうとするのに、どうして銭や刀が必要なのか?歯を立てて馬が豆がらを噛むように、川辺の高士は遊ぶ。今日相対して楽しみ、延年万歳を願おう。〈五解。ある本には、詞の上に「紫羅咄咄奈何」とある。〉

明月が高楼を照らし、流れる光はただ漂っている。その上には愁いを思う婦人がおり、悲しみ嘆いて余りの哀しみがある。〈一解〉

尋ねるに嘆く者は誰かと、自ら言うには旅人の妻と。夫は行くこと十余年、賤しい私は常に独りで暮らす。〈二解〉

君を思うこと渇きよりも過ぎ、君を思うこと飢えよりも激しい。君は高山の柏、私は濁った水の泥。〈三解〉

北風が蕭蕭と吹き、烈々と我が耳に入る。心中に故人を思い、涙が落ちて止まらない。〈四解〉

浮き沈みそれぞれ道は異なり、会合はいつ和らぐのか。願わくは東北の風となり、我を吹き君の懐に入らしめよ。〈五解〉

君の懐は常に開かず、賤しい私は何に頼ろうか。恩情は中途で絶え、流れ止まるは東西に任す。〈六解〉

我はこの曲を終えんと欲す、この曲は悲しくかつ長し。今日は楽しみを共にし、別れた後は互いに忘れるなかれ!〈七解〉

楽志三、武帝の『駕六龍』の詞:「仙人玉女下來翱游。」○翱、監本は誤って「朝」とし、『魏武帝集』は「遨」と作る。

また:「正焜煌開王心」。○焜煌、『魏武帝集』は「惶惶」と作る。

「隨風削之雨。」○削、『魏武帝集』は「列」と作る。

武帝の『厥初生』の詞「過時時來微」。○過時、『魏武帝集』は「時過」と作る。

文帝の『登山有遠望』の詞、衆草の盛茂。○之、『魏文帝集』は「芝」と作る。

武帝の『蒿里行』、生民百遺一念之絶人腸。○絶、『魏武帝集』は「断」と作る。

武帝の『陌上桑』登彼九疑歴王門。○王門、『魏武帝集』は「玉門」と作る。

また絶人事游渾元若疾風游歘飄飄。○飄飄、『魏武帝集』は「飄翩」と作る〈臣承蒼〉按:翩の字と作す方が上文の韻に合う。

文帝の『燕歌行』:念居字游多思腸。○『魏文帝集』の注に「多思腸一に思断腸と作す」とある。

文帝の『短歌行』:「曰仁曰壽。」○下の「曰」の字は『魏文帝集』では「者」と作る。

文帝の『燕歌行』:「耿耿伏枕不能眠,披衣出戶步東西〈四觧〉。展詩清歌聊自寬,樂往哀來摧心肝。悲風清厲秋氣寒,羅幃徐動經秦軒。」○『魏文帝集』では耿耿の二句が展詩の二句の下にある。また悲風清厲の二句はない。〈臣承蒼〉按ずるに:「西」は「先」の如く読み、下の「寬」と叶う。古詩は皆然り、唐以後に始めて斉韻に入る。

また「飛鳥晨鳴,聲氣可憐。」○『魏文帝集』には「氣」の字がない。

武帝の『短歌行』:「明明如明月,何時可掇。」○「掇」は諸本皆「輟」と作るが、今『魏武帝集』に従って改正する。本集では呦呦鹿鳴の四句がこの二句の上にあり、この二句にはまた「越陌度阡,枉用相存,契濶談讌,心念舊恩,月明星稀,烏鵲南飛,遶樹三匝,何枝可依。」の八句がある。

武帝の『秋胡行』「韻意中述煩。」○述:『魏武帝集』では「迷」と作る。

武帝の『苦寒行』「北上太行山,艱哉何巍巍。」○〈臣承蒼〉按ずるに:下の「五觧」の例に拠れば、「巍巍」の両字は皆重声を有すべきである。

武帝の『塘上行』:「傍能行儀儀。」○「儀儀」は一本では「仁儀」と作る。

文帝の『善哉行』:「有得者能卒。」○得:『魏文帝集』では「德」と作る。

明帝の『善哉行』:「虎臣列將,怫鬱免怒。」○「免」は一本では「充」と作る。

古詩『西門行』:「何能坐愁,怫鬱當復來茲。」○一本では「復」の下に「待」の字がある。

文帝の『煌煌京洛行』:「淮陰五行,鳥得弓藏。」○『魏文帝集』では「行」を「刑」とし、「得」を「盡」とする。

武帝の『歩出夏門行』:「驥老伏歷,志在千里。」○『魏武帝集』では「驥老」を「老驥」とし、「歷」を「櫪」とする。

また:「養怡之福,可得永年。」○怡:『魏武帝集』では「恬」と作る。

古詩『豔歌何嘗行』:「上慙滄浪之夫,下顧黃口小兒。」○〈臣承蒼〉按ずるに:前の『東門行』に「上用倉浪天」と云う、故に下は「黃口小兒」となる。この「夫」の字も亦「天」と作るべきである。滄浪は天の色が水の如きを言う。

〈謹〉案ずるに、巻二十第一頁後六行:「靈祚景祥」諸本は「祚」を「祁」と誤る。郭茂倩の『楽府』に拠って改む。

第十三頁の前三行:「神考降饗」、『 しん 書』によれば「神」の字は「祖」の字とする。

第十四頁の後二行:「纂宣之緒」、『刊本』では「緒」が「諸」と誤っている。『監本』に基づき改める。

第二十八頁の後八行:「我皇隆之」、諸本では「隆」が「降」と誤っている。郭茂倩の『楽府』に基づき改める。

第三十三頁の後七行:「繼明紹世」、諸本では「紹」が「昭」と誤っている。郭茂倩の『楽府』に基づき改める。

第三十七頁の前三行:「神武鷹揚」、諸本では「鷹」が「膺」と誤っている。今改める。

第三十七頁の後一行:「仰化青雲」、諸本では「青」が「清」と誤っている。今改める。

第四十三頁の後四行:「犠剛既陳」、諸本では「犠」が「儀」と誤っている。郭茂倩の『楽府』に基づき改める。

巻二十一の第四頁の前七行と八行:「惟漢二十世」、刊本では「十」の下に誤って「二」の字が衍っている。今削除する。

第五頁の後二行:「璧玉為軒堂」、『刊本』では「軒」の下に「關」の字が衍っている。今削除する。

第六頁の前七行:「白鹿脯」、『刊本』では「脯」の下に「哺」の字が衍っている。郭茂倩の『楽府』に基づき削除する。

第七頁の前五行:「新夷車駕」、新:『楚辭』の諸本はすべて「辛」とする。

第十一頁の前八行:「我心何佛鬱」、佛:郭茂倩の『楽府』本では「怫」とする。

第十三頁の前一行:「采取神藥若木端」、諸本では「木」が「水」と誤っている。今改める。

第十六頁の後三行:「發枹若雷」、諸本では「枹」が「砲」と誤っている。郭茂倩の『楽府』に基づき改める。

第二十五頁の後八行:「晴如山上雲」、郭茂倩の『楽府』本では「晴」を「皚」とし、「雲」を「雪」とする。

第二十六頁の前から四行目:「白頭不相離」の下に、《刊本》では「四觧」の二字が脱落している。六行目:「延年萬歳期」の下に《刊本》では「五觧」の二字が脱落している。今、前後の例及び本章の題注に基づいて増補した。